2017年10月10日

「宮崎勤の肉声」の件

7日、フジテレビで放送された「衝撃スクープスペシャル」は副題「30年目の真実〜埼玉・東京連続幼女誘拐殺人犯〜宮崎勤の肉声〜」とし、宮崎勤の肉声が公開されました。肉声が公開になったこと、それそのものがスクープであり、特に目新しい真実が明かされたという内容ではありませんでしたが、それでも視聴するに充分すぎる内容だったかのような印象を受けました。

30年。この月日が過ぎたという事実に愕然とさせられます。当時の映像を使用しながらの再現ドラマとして回想できるようになっていましたが、「おはようナイスデイ」というワイドショウが昔あったっけなぁ…という部分から記憶の糸を辿ることになる。随処に、この工夫がありました。例えば、天安門事件、橋下龍太郎が選挙で惨敗を喫し「ちっきしょう」と呟いた映像、定番の映像なので順番的には最後にしましたが小渕恵三が「平成」という年号を発表したシーンなど。ああした時代に、埼玉・東京連続幼女誘拐殺人事件、すなわち宮崎勤事件が発生し、世間を震撼させていた犇気瓩鮖廚そ个垢海箸出来ました。

再現ドラマ中、あれは秋元才加さんだろね、レポーター役の女性が「今田勇子」の名義で出された文書を読み上げるシーンがありましたが、あの「今田勇子」名の文書が記された新聞記事を目にしていた瞬間というのが蘇るんですね。たしか、こういう場所で、こんな感じの記事に目を通し、こんな感慨を抱いたものだったという風に時間を遡れる。勿論、

「こんなの、作り話じゃない?」

という反応をしていた訳ですが、テレビの中の言論人は二手に分かれていて、じれったさを感じたのだったかな。

少し、本題とは離れた感想になりますが、被害者の名前を仮名とするという配慮というのは、今後、どうなっていくんだろうなと、ちらりと頭の中をよぎりました。実は、やまゆり園事件にも、そのニュアンスがあるのですが、何故、やまゆり園事件の被害者の方たちの実名は報じられなかったのかという素朴な疑問があると思うんですね。察するに御遺族に対しての配慮か行なわれたという事であり、配慮すべきは遺族らに対して向いている事は間違いがない。ヒトの死でも、一人称の死、二人称の死、三人称の死に触れましたが、故人を偲ぶという名目で葬儀や法要が営まれているが、それでいて、それら儀式は故人そのものに対してではなく、残された遺族に対しての何かではないのかという指摘があったりする。

と言いながら、本音では、日本のマスコミが、そんなに重厚に考えているとは思っておらず、ただただ、プライバシー、個人情報保護の重要性といった新しい天賦論的なモラルに従って、そのようにしているような気がするんですね。中学生や高校生が葬儀の席で、

「死んだじいちゃんの葬儀で、酒飲んで笑ってるとは何事や!」

という具合に取り乱す。それももっともな怒りなんですが、悲しんで悲しんで悲嘆にくれて泣き明かすというのは儒教的というか、ややムリがある。そうしたいのであれば、そうしてあげればいいのだけれども、現在ともなると誰も霊魂の存在を信じていない。むしろ、気を落としているであろう遺族を支える目的が主目的になっている。また、遺族側にしても、どちらかといえば手軽に葬儀を済ませてしまいたいという風に価値観がシフトしてしまっていると思う。沈痛、沈痛、沈痛と沈痛を繰り返すような喪の服し方というのは、ちょっとムリがあるし、それに乗じて生じる常識・非常識の話も語り手のサイコロの出目次第。

やまゆり園事件の場合、基本的には被害者の実名を報道してもおかしくなかったと思うし、余計な配慮をしないことが公正・公平であるとするなら、迷わなかった筈なのですが、近年の日本の報道スタンスの傾向として、過剰反応するというか、ヒステリックに配慮を期待する傾向があるので、「遺族の意向を最優先すべし!」になったのであろうなって思う。因みに、やまゆり園事件の犯人の彼は、被害者の実名が報道されていない事を根拠として、獄中から尚も「不要なものを不要なものとして処理した。自分は間違っていない」旨の主張を続けているとされる。殺害されても名前を報じられない人を殺害したのだの意趣返しなんですね。しかし、確かに、何故、実名報道を躊躇してしまったのかという問題を残したと思う。

で、7日に放送された宮崎勤事件の番組は、ああした仮名の扱いで、概ねは、良かったのだろうと思いました。しかし、複雑なもので、風化させてしまうのもどうなんだろうという思いもあるんですよね。余裕があれば遺族の意向を酌むこととするのが筋であろうと思います。しかし、遺族の中にも事件を風化させたくないという風に考えている場合もあるのだろうから、あの一律の思考、一律で、報道する側が配慮や忖度して仮名で報じるというのは、要は事なかれ主義なのだろうなって思う。ホントは、やまゆり園事件を起こした彼に言われるまでもなく、被害者の名前は原則的には報じるものという思考が貫徹されていたなら、被害者の名前が報じられず、数字だけが報じられるというヘンテコな報道にはならなかったんだろうになぁ。

それと【オタク】ですね。現在では宮崎勤の事件を契機としてマスメディアは【オタク】が取り上げられて広く「薄気味悪い人たち」というネガティブなものとして認識された一時期があった。今もあるかな。で、みうらじゅんさんだったと記憶していますが、その語り口を踏襲すると、元々は、ごくごく狭い人たちの間で、侮蔑的なニュアンスを持った【オタッキー】という言葉があり、勿論、それは【おたく族】と同義であったという。それらが【オタク】というワードとして定着した、と。俗世間というのは偏見の塊みたいなものだから、勿論、マスメディアによって流布された【オタク】というのは実社会と隔離した暗い部屋で趣味に没頭して生きる薄気味の悪い人たちという印象を、広く伝えたと思う。しかし、それ以前から【ネクラ】に対しての公然とした俗世間の侮蔑・差別感情があった事を思えば、そんなに変わっていないのかもね。むしろ若年世代に限っては【オタク】というワードからネガティヴなものを差し引いて使用している気もしますしね。

しかし、思うに、サブカル化が進行したのであり、それは分別することから始まったと捉え直すと、必ず社会を理解しようとするときに、通らずにはいられない道であったろうなと思う。とはいえ、実は複雑で、サブカル化によって、一部なのだという事になっていますが、ロリコンのエロ漫画というジャンルが確立したりもしましたやね。三次元ではなく、二次元世界、バーチャル世界に恋をしたり、欲情するという、不思議な性を現代人を身に付けるようになった。

再現劇の中で、宮崎勤が、幼女の遺体を傍らに置いていた理由を取調室の中で問われて語った一連は、実は現代を風刺した怖い話であったと思う。

「自分のものにしたかった」ので、宮崎は幼女の遺体を部屋に持ち帰った。部屋に持ち帰りたいと思った理由を詰問され、宮崎は「(成人女性には)相手にしてもらえないから」と返答した。そう。ホントはテニスギャルのパンチラをカメラで撮影していたのだ。

ussyassya at 12:06│Comments(10)TrackBack(0)雑記 

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この記事へのコメント

1. Posted by 雨亭   2017年10月10日 18:01
奴が捕まる前、被害者の御家族が必死に「人探し」ビラを配ってる現場に出会いました。
ビラを見たお婆さんが「きっと見つかるから頑張るのよ。この子も頑張ってる」と言った。その時まで俺も含めて無関心を決め込む通行人に、唇を一文字にして配っていた方は、途端に泣き崩れた。
我が子の為に自分は強くなければ、と必死に無関心に耐える覚悟出合ったのでしょう。その強さが、逆にやさしい言葉で決壊して、泣き崩れたのだと思います。
家族の、遺族の気持ちってあるから。

何年か後、アジアをウロウロした時にタイでレスキューと仲よくなった。レスキューてのは救急車ボランティアです。当時のタイには官の救急車が存在しなかった。
彼らは「死人」も怪我人と同様に運ぶのです。霊柩車と救急車の境がない!
現場で息がないと、死体と記念写真撮っていたりする。じゃ遊び半分?
時に命懸けで運んでました。不良が更正する場でもあったんですよレスキューは。
タイでは死体ジャーナリズムが存在して、その日の死人を放送するケーブルTVや、現場写真を載せる死体新聞雑誌があった。今の日本なら炎上まちがいない「死体とチーズ!」が載ってる。なぜか死体の方に「目伏せ」が入ってる。でも決して不信心で、ふざけてる訳じゃない!生者が死者に会った時に、
「自分は生きてる!!」と実感してバカ陽気になるのは当然と考えてました。だから更正する為にレスキューに入れられたバカ者は、おバカでも死者をバカにはしなかった!真剣かついい加減!
タイでは虫の死骸とかが路上にあると、暑いから日本の数倍の速度で腐って分解して、夕立で流されてしまう。数日で消えてしまう!
湿度高いけど日射しも強い国だから、サバサバしてるんですよ命についてもね。

2. Posted by 雨亭   2017年10月10日 18:17
尻切れトンボなので結末を。
私は遺族の想い…てのはあるけど…と思う。
その相模原の被害者の名前が伏せられた件について。色々あるんでしょうが、
日本人が似非仏教徒の国だからでないすか?
クリスチャンでも仏教でも「デスはデス」なんですよね本来は!
クリスチャンはまぁ、最後の審判をどう取るかで、肉体保存するエンバマー技術とか発達したりもするのですが。
基本的にデスはデスですよ。でなきゃ古いいこつを大量に集めて片付けるカタコンベがパリ中に存在する訳がない。
仏教に至っては輪廻転生が基本だから、死体なんかどうでも良いはずです。
鳥葬なんか切り刻んで、潰して団子にしますよ。いえいえ業者だけでなく遺族が供養の為に手を出します。
あーいうの観てきてるので、死者の尊厳、遺族の想い…それは確実に存在はするが、表現は様々で、絶対的な真実とか正しい方法なんかない。マスコミって多様性の受容を建前にするくせに、死者の扱いを今の日本のやり方を絶対視してません?
基本は決めつけて商売。多様性なんか考えてない。だからネットに駆逐されてゆくんだ。
まぁ、あと10年。団塊が死に絶えればTVの時代は終わる。
3. Posted by メロンぱんち   2017年10月10日 22:11
雨亭さん>
やまゆり園事件の被害者の実名が伏せられた事というのは、率直に何を疑っているのかというと偽善としての正義がホントにメディアを支配してしまっているのかもなという部分が見えてしまうからんですよね。同情する事が正義であると思い込み、勝手な忖度をし、尚且つ、それを周囲にも強いようとするところがある。しかし、過去の例からして被害者の実名を伏せる必要性なんて無いので何某かの判断が働いたのでしょう。しかし、きちんと実名で報道して遺族に支えるという考え方もあるし、社会とはそもそもそうあるべきなのではないのかという問題もありますし。アメリカの場合、ウン年間拉致監禁されていた少女の場合でさえ実名報道をし、きちんと世俗社会が少女をサポートしていますよね。この屈折は何なんだろう、と。
4. Posted by 雨亭   2017年10月11日 01:43
メロンぱんち様。
仰る事は理解いたしました。そんたくするのは勝手なのですが、それを周囲に押し付ける…というのが日本型の「自粛」の嫌らしさですね。同調圧力とも言う。
誰が観ても文句つけようのない立場にいち早く立って、他を支配しようとする。
私は「ガイアの夜明け」でプロデューサーを勤めるTV記者が、中国で拘束歴21回の猛者で、その視点を気に入ってました。でも、彼がガイアでプロデューサーに栄転したのは、北京駐在権を巡るマスコミ各社と中国政府との約束(破ると北京支社を潰される)による「左遷」と考えてます。
気骨あるジャーナリストはいるが、基本的にマスコミは信じない!で、その最たる話は、被害者の実名報道じゃないと思います。
犯人を異常者と決めつけている事。
介護ワーカーの世界は糞溜め!
福利厚生の良い病院勤務の俺でも、看護師、悪いけど賃金、待遇、社会的地位の「脱出」めざした。同期は全て去るか、看護師など「免許」ある資格者に転身してる。この10年は人が集まらず業界は劣下の一方!
某区役所で福祉担当する友がいるので耳に入ってる!
あの犯人「まともな人材」で「優秀」だったと思いますよ。それが中年童貞や、股ユル女や、借金・ギャンブル漬け、追い込み掛けられてる人材が山盛り業界で、「狂うに決まってる!」です!
でも、みんな自分で介護できないし、したくない。だから「美談」を押し付けて、他人にババを引かせてる。
そこから必死に勉強して「脱出」した者だから言います。犯人はまともな人間だったから、クソ職員しかいないクソ業界で発狂したのですよ!それを隠している…医療の仲間は、みんな影で声を潜めて言ってる!
5. Posted by 雨亭   2017年10月11日 01:58
もしこのコメントを読む他の読者の方がいて、お子さんが介護の道に入ろうとしたら、
止めることをお勧めします。
ほんとうに酷いです。
待遇と給与が悪すぎて、普通の私語とで雇ってもらえない人間の吹きだまりです。
どうしても入るならば、病院で助手に。
介護福祉師の資格が取れません。
けどね、介護福祉師なんてのは正負が作った贋のクソ資格!
私共のように「免許」でなく「業務独占」できませんので持っていてもムダ!
苦労して習得しても、給与が「基本給」でなく「手当」で数千円あがれば御の字!
で、介護関係を手広く経営してる経営者は、勝ち組にはいれば豪遊してる!
詐欺なのですよ業界そのもんが!
搾取で成り立つ世界で、それはブラック企業を上回ると思う方が良いです!
6. Posted by メロンぱんち   2017年10月11日 02:24
雨亭さん>
当初は、本当に「介護」というもの、つまり、自分の両親などをカネを払って他人に面倒をみさせるというものがビジネスに成り得るのだろうかという部分からのスタートだったんですよね。かれこれ20数年が経過していると思いますが、かなり懐疑的でもあったのですが、誰かのニーズと、政策と世論とが合致して、このような流れが出来上がったというのがホントですね。

あまり本音をぶつけすぎても支障があるのかも知れませんが、年数を経てしまうと若年世代には何が何だかさっぱり通じなくなっている可能性もあるよな、と。ホントは汚い仕事をカネで他人に押し付けているという行為なのに正当化されていますよね。

クロポトキンは社会主義思想家ですが実は白い手をしたブルジョアが肉体労働者を蔑視する風潮に警句を発していて、どんな者でも40歳になるまでの一定期間は肉体労働をすべきであるのような事を書物に残しています。資本主義の小狡さと言いますか。現在でも群馬県の或る進学校が清掃会社に一日の二度のトイレ清掃を依頼して生徒の成績アップに成功したそうですが、もう、モロに、そういう社会に変質しているという事ですやね。人も社会も。

しかし、そうなると金銭的な格差だけではなく、自尊心の面でも格差が拡大することになるんでしょうに、そちらの道を無意識に日本は選択してしまったよな、と。


7. Posted by 雨亭   2017年10月11日 03:53
自尊心の格差か…。日本でも「分断」による
テロは起きますね。
ほら、何年か前の九州で、介護職(病院の看護助手)が首になり、スポーツジムの水泳界コーナーで散弾銃を乱射した事件。
あの時に私は老人医療専門病院にナースとして勤めてました。そこはね、フツーは介護職員はナースの「業務送り」に参加するだけなんですけど、介護職員が独自のホームルームを開く時間を与えられていて、その時間は上級職員であるナースが、業務を負担する…つまり病院でありながら、介護の独立が認められる病院でした。
事件直後に、介護のフロア長と私と婦長で、
「やっぱり…」と嘆息したのです!
それ位に職業の上下を廃した(ドクターすら私共に敬語を使ってました!)病院でも、
介護の大半が下層民の仕事である…みたいな見解が職務を越えてあった!
介護現場は劣悪化する一方です!
悪いけど介護ワーカーに戻るくらいなら、一かバチか、現金輸送車を襲う方がマシだ!!
ヘルパーに戻るしかないなら、私は自殺します。これは本音です!
8. Posted by メロンぱんち   2017年10月11日 10:11
雨亭さん>
「どんな人でも40歳になるまでの一定期間は肉体労働に就くべき」というのは、如何にも社会主義思想なのですが、それでいて多くの者が納得できた当番制のようにも感じるんですよね。まぁ、便所掃除当番を念頭に置いているんですが…。しかし、そうしないと人というのは実は傲慢になり易いものでしょうし、ましてやキャリアを重ねて指導的立場になるのであれば、やはり、苦労というものを身体的に経験しておかないと人間社会を回せないだろうという風に考えているので。

現行世論は社会主義の基本理念以上に金銭的なものに依存し、再分配による社会福祉の充実を目指す方向へ傾斜していますが、それに危機感がないというのは伝統的なポピュリズム批判とも合致しているようにしか見えないんですよね。「パンとサーカス」状態なのに、決して誰も、それを認めようとしない(笑
9. Posted by 雨亭   2017年10月11日 11:29
上記の御意見、全くもって賛成です。
便所掃除もした事のない奴に、社会をリードして回していけませんよ。若い頃にホテルに勤めていたら、鹿島建設の偉い方がはたらきにきた。鹿島が警告にホテル建設・経営するので、ホテルのあらゆる末端を数ヵ月かけて体験するのだと。エリートなんだけどおもしろい方で私ら末端の若造に好かれた。便所掃除してましたよ。佐藤優さんもモスクワで日本大使館の便所掃除した話が「自壊する帝国」に出てきます。
内部崩壊についても。
とにかく仰る通りに「パンとサーカス」状態に報道からネット言論まで、学識ある方すら気がついてない…てのが絶望的!!
ゆるゆると茹でられ、茹でカエルが大量死するまで悪貨の差かを転げ落ち続けるのか?
日本は危機に晒された時の変わり身の速さには定評があるのですが、外圧で来るまで反応が遅いからなぁ。
10. Posted by メロンぱんち   2017年10月11日 14:49
雨亭さん>
なかなか問題化されないというか、言論として問題がピックアップされないようになっていますが、ホントは、この話は物凄く重要だった筈なんですよね。

そういう後ろめたさがあるから、やまゆり園事件などでも被害者の実名を伏せるという奇妙な忖度が罷り通ってしまっているように考えています。ホンネを巧妙に隠して、偽善や欺瞞が物凄く支配的になってしまっていると言いますか。

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