2017年10月11日

御巣鷹の惨劇について

最初に正直に告白すると、なんら1985年8月12日に起こった日航123便墜落事故について疑念というものを抱いていませんでした。陰謀論がある事は15年ぐらい前から知っていたのだと思うんですが、率直なところ、当時のテレビ報道の記憶もあったので陰謀論の介入の余地はないであろうと判断していたんですね。平均的な生活の人以上に総合週刊誌などを手にする事が多い生活習慣を持つ人間なのですが、考えてみると、この事件を疑ってかかった経験そのものがないんですよね。

しかし、この度、書店で平積みにされていた或る書籍が非常に気になりました。気に留めながらも一度は購入を躊躇って書店を出て駐車場でクルマに乗り込んだのでしたが、ちょっと気まぐれが起こりました。居てもたっても居られない衝動が起こったんです。結局、その衝動に抗えず、再び書店に足を向けて、その書籍を購入することにしました。その書籍は本年7月30日に初版発行となった青山透子著『日航123便墜落の新事実』(河出書房新社)でした。

読み始めて間もなく「あっ!」と自分が詳しく事実を認識していない事に気付きましたが、ページを読み進めてゆく中で、再び私のテンションは下落しました。なんていうんでしょ、事実から事実に切り込んで欲しいところだったのですが、やや主観的とも取れる中曽根康弘の描写などもあって、それだと犹廚すみ瓩箸いΔ發里皺霪してしまうものだよなと気持ちが切れ掛かったのですが、120ページを過ぎた頃からの各種証言の擦り合わせ、そこから考えられるシナリオを組み立ててゆくと、「ああ!!」と心の中で唸ることになりました。

湯舟に浸かりながら、ぼんやりと考えこんでみると、この著者は執念で真実を炙り出したんじゃないかな――と。

これは内容的には凄いな。おそらく、まともな人はまともである程、

「そんなの信じてるのォ?」

という反応をとると思う。私自身もそうだったから、その感覚は手に取るように分かる。

しかし、情報を整理してみると、各種の状況証拠というのは、驚天動地の一つの事実を浮かび上がらせてしまうと思う。

そもそも色々な陰謀説があるというのだけれども、関心が低かったものだから私が知っていた陰謀論とは異なりました。この著者が列挙している多数の証言と、事実確認と検証からすると、運輸省や事故調査委員会、或いはマスコミ報道は誤まっており、不幸な事故によって墜落し、その事故を隠蔽する為の隠蔽工作が現在まで通用してしまっている事件であった可能性が高い。しかも、後味は悪い。また、各種の、「専門家」であるとか「評論家」という肩書きの人々が如何に無力であるのか思い知らされる。実は、そういう人たちは権力機構側の人間であるから、そういう利益をも忖度して物事を発言する人たちなのだ。終盤に著者も言及していましたが、事実の隠蔽をも正当化しようとする古狸体質、自分が墓場まで秘密を持ってゆく事を美しいとする感覚というのが思考回路があるのでしょう。

先ず、第一点として、1985年8月12日、多くの不可解な目撃証言があったという。これを私は知らなかったので驚きましたが、低空飛行をしている123便と思われる日航機、その日航機を追尾し、まるで追いかけっこをしているような自衛隊のファントム機二機があったという事。この目撃証言というのが一つないし二つだったら、流言飛語の類いであると退けられるのですが、そうではないという。多くの人が思いの外、生々しい目撃証言をしているというのだ。



検証を補助するにあたり、事故が起こった1985年8月12日をタイムテーブル方式で。

18時12分、羽田発大阪行き123便が羽田空港を離陸する。

18時24分頃、最後部のトイレを目指して歩いた乗客があり、ボイスレコーダーにスチュワーデスが副操縦士に許可を得たという記録。

18時24分、ボイスレコーダーの記録として機長が「なんか爆発したぞ!」と発言し、緊急事態発生を連絡する。

副操縦士:「これみてくださいよ」

航空機関士:「オールエンジン…」(オレンジ…)

18時25分、羽田空港へ帰る要求をし、機体を降下させる。

18時30分、米軍の輸送機C-130Hが異変を察知する。

18時30分頃、静岡県藤沢市で或る女性が鮮明に超低空飛行をする日航機と、それを追尾するファントム機2機を目撃する。この証言者は航空ショーなどを観覧する女性で証言もクリアであり、信憑性が高そうな証言である。

18時31分、機体の最後部付近が壊れているとの情報がボイスレコーダーで語られている。

18時40分頃、休暇中だった自衛隊相馬原所属隊員が自衛隊ファントム機2機が群馬県上空を飛行している事を目撃している。静岡県藤沢市の女性の証言と実は整合性が取れている。

18時45分、123便が操縦不能に陥る。

18時45分、横田基地の横田管制が123便に対して着陸を許可する。

18時45分頃、群馬県上野村で多数の小中学生や、その家族が大型機1機と、その大型機を追尾する小型機2機の姿を目撃している。上野村の小中学生らは墜落事故を受けて文集を作成しており、その中にある目撃談として「大型機1機と小型機2機とが追いかけっこをしているように見えた」という記述が多数発見できる。また、小学生の証言として、「大型機を追い掛けていた小型機2機は埼玉県方面に去っていった」としている。

18時46分、機長が「これはダメかも分からんね」と洩らす。

18時56分、123便、御巣鷹の尾根に墜落する。

18時56分頃、上野村にて爆音を聞いたという住民が数十名おり、中には「南の方向から機体のお腹の文字が読めるほどの低空飛行で、飛行機がゆったり飛んできた後にドカンと…」という証言もある。

19時05分、百里基地から空自ファントム機2機が発進する。

19時15分頃、上野村の住人たちの多数がヘリコプターが上空を飛んでいたと証言している。

19時21分、百里基地を発った空自ファントム2機が墜落現場で炎を確認する。

19時30分頃、小学生らを対象としたキャンプ合宿を主宰していたリーダーの大学生が御巣鷹山近く檜原川原で東から西へと飛ぶヘリコプターの音を聞いている。

19時54分、百里基地から空自の救難ヘリコプターのV-107が位置確認の為に発進する。

20時33分頃、墜落事故に遭うも奇跡の生還を果たした落合さん川上さんらによると、この頃、多くの生存者が居たらしく、「助けて」などの多くの声を聞いたと証言している。

21時05分、米海兵隊も救難目的のヘリコプターを飛ばし墜落現場に到着していたが煙と炎が酷く着陸不可能との連絡を受ける。それでも場所の移して救難に当たろうとしていたが、何故か帰還命令が出たので帰還したという。

21時35分、日航広報部長が「事故に違いありません」と認める。

21時35分、陸自第12偵察隊(相馬原)、第13普通科連隊情報小隊(松本)から状況確認の為に合計12名が派遣される。

22時00分頃、上野村猟友会が村役場に集合する。

23時00分頃、県警機動隊員が集合する。

23時00分、日航事故対策本部が設置され、第一回会議が行なわれる。

23時30分、陸自第13普通科連隊(松本)、大12戦車大隊(相馬原)、大12施設大隊(相馬原)から約1000名が第一陣として派遣される。

――と、ここまで。

当時、墜落現場が特定されず、ニュース報道が大混乱だったんですよね。

うーん。18時50分頃までには日航機123便が行方不明になっているという臨時ニュースがテレビのテロップとして流れたが、その後も行方不明がずっと続き、静岡県だ、長野県だ、と情報が錯綜し、最終的には群馬県になった。

私の記憶だと、堺正章さんが司会をしていた歌番組「歌のトップテン」か「ザ・トップテン」だかを視聴していたよなという記憶が現在でも残っていました。なので、1985年8月12日とは「トップテン」が放送されていた月曜日じゃなかったかなと思っていたら、やはり、月曜日でした。私のおぼろな記憶は狂っていなかったよな、と。いや、物凄い不安なものを予感させる臨時ニュースのテロップを目にしていたような気がするんですね。「まだ、行方不明なの? どこかに墜落したにしても…」と家族で話していたような、その時の感触というものが脳裡に薄っすらと残っている。

で、ちょっと書籍を読み終えてからも記憶が判然としないのですが、当時は名称らしいものも定かではなかった墜落現場である御巣鷹山、その墜落現場が完全にマスコミによって報じられたのは、翌13日朝方だったんでしたっけ? いや、ここは判然としないんですが、多分、そういう事であったかなぁ。もっと情報を収集すれば分かる事なのかも知れませんが。もう、この13日になると生存者4名が奇跡的に発見され、救出されたという、あの有名な報道史のワンシーンになってしまう。しかし、兎に角、初期の報道は大混乱であったのは確かでしたかね。

で、それら一連を私はそんなに疑って来なかったんですね。まぁ、報道から情報を得て、それで事件を認識しているのであって。昨年か一昨年にも「しりもち事故」と「圧力隔壁の破損」、「ボーイング社による修理ミス」で説明された日航ジャンボ機墜落事故の真相を放送していたテレビ番組を視聴し、納得させられてしまっていたんですが、どうも私が持っていた情報というのは、色々と違うようなのだ。



以下、これも断片的に材料を列挙していきます。


1.アントヌッチ元中尉の証言

先ず、1995年8月27日、墜落した123便の第一発見者である米軍輸送機C-130Hであった。そして機中にあったマイケル・アントヌッチ元中尉(当時は中尉)が、パシフィック・スターズ・アンド・ストライプ紙(星条旗新聞)に日本の事故調査委とは全く異なる内容の証言を発表し、大々的に掲載されていた。

アントヌッチ元中尉に拠ると、「123便がレーダーから姿を消した後、C-130Hは燃料的には後二時間ほど飛行できる状態にあったので、そのまま現場上空に行き、19時15分にいは既に墜落場所を特定していた」という。なので、そのまま、「横田基地に墜落した場所の位置情報を伝えた」と。更に、同機は「救護目的の米海兵隊を乗せたヘリコプターを墜落地点まで無線で誘導した」という。それ故に、20時50分頃に米軍ヘリが到着、21時05分に降下するのは困難という状況に遭遇していた中、米軍ヘリに横田基地への帰還命令が出ていた等の、在日米軍内のやりとりが明らかになった。(このアントヌッチ氏の証言を信じるのか否か、情報を組み立てて精査するのかは、読み手の自由です。)



2.オレンジ色の何か、赤色の何かの謎

目撃証言の多くは、日航123便を追尾する二機の自衛機ファントム2機が目撃されていた事は既に触れましたが、それとは別にオレンジ色、もしくは赤色のフシギな証言が多数あるのだという。

一つ目は、静岡県で超低空飛行をするジャンボ機便を目撃したという女性によるものですが、そのジャンボ機の左腹部に「赤い色をした何か」が見えたという。これが18時30分頃の証言であるという。この女性は帰宅後に日航機123便が行方不明という臨時ニュースに遭遇したが、自分が目撃した超低空飛行をするジャンボ機には2機のファントム機がぴったりと追尾していたので、自分の目撃したものが123便であるとは当初、気づかなかったという。「赤色の楕円、または円筒形のものが飛行機に付着しているように見えた」という、非常に奇妙な証言なのだ。

そして、二つ目、これは小中学生らが残した文集から読み取れるという。実は多くの目撃者が一機の大型機と、それを追尾する二機の小型機を目撃していたのだという。そして追尾する二機の小型機とは別に、オレンジ色もしくは赤色の何かを目撃していたというのだ。その証言を抽出すると、中学一年生は

「ぼくの家の下の人は、真っ赤な飛行機を見たと言いました。どうして飛行機がこんな方に飛んできたのかと思いました。それも真っ赤な飛行機。ぼくはその時、いやなことがおこらなければよいなと思いました」

と文集に書き残している。それ以外にも「赤く光るもの」、「赤い流れ星」、「赤い閃光」というものもある。

更には、墜落した123便の乗客が撮影した機外の写真には正体不明の「黒い点」が写り込んでいたが、著者が黒い点が何なのであるか、専門機関に依頼して技術的に拡大して分析したところ、オレンジ色をした何か旋回するものが123便に迫って来ていたという可能性を含む、その説明を受けたという。また、その写真が撮影されていた時刻は123便の離陸間もない時間帯である事が想定されている。つまり、123便はオレンジ色の未確認飛行物体に付き纏われていたという可能性があるのだ。

著者はオレンジ色、または赤い楕円形のもの、その正体について、自衛隊の訓練用炸薬非搭載のミサイルの可能性を指摘している。このミサイルは実際に赤色もしくはオレンジ色に着色されているのだそうで、しかも誘導ミサイルの可能性を指摘している。熱や音を感知して標的を追い掛ける、もしくは光の反射を読み取ってミサイル自身が標的を追い掛けるという技術が基本的な誘導ミサイルの原理であるという。

因みにインターネット上で「日航機 墜落 オレンジ色」と入力して検索すれば、現在のタイミングであれば、実際にそれっぽい画像がヒットするので、それを見ることも可能ですが、大きさは4〜5メートル。小さな翼も実はついているので見ようによっては、その姿は確かに「真っ赤な飛行機」に見えるものであるという。そのオレンジ色の訓練用炸薬非搭載のミサイルが何かしらの誤射によって123便を標的として捉え、一機目のミサイルが尾翼を的中して損傷を負わせ、更にもう一機のミサイルが、ずっと123便を追いかけまわしていたという可能性はないのか――と。

そういう不測の緊急事態になったから、自衛隊所属のファントム2機が出動し、123便を追尾しており、墜落する前の段階からある不可解な目撃談の、大型機1機を追い掛けるようにあった小型機2機の姿が存在するという事ではないのか。

この仮定を機長のボイスレコーダーに当て嵌めていると色々と整合性が合致するのが分かる。一発目のオレンジ色のミサイルが尾翼部分に命中、爆発音がして緊急事態発生となり、ボイスレコーダーに「オール・エンジン」と発表された航空用語ではない謎のフレーズが登場するが、それは「オール・エンジン」ではなく「オレンジ」と言っている可能性が高い。航路としても、当初、123便は羽田空港に戻ろうとしていたが諦め、次には伊豆半島を周回した後に東に進路をとって横田基地に着陸しようとしていたが、実は大月市の上空で右旋回して、ぐるりと一周するという不可解な飛行ルートをとっているの分かる。しかし、その大月市上空で右に一回転した航路とは、もう一発あったオレンジ色の誘導ミサイルを振り切ろうとしたが振り切れず、ピッタリとマークされていたが為に横田基地への着陸を諦めて、更に北の方角へ飛行せざるを得なくなった事を示していると考えると、一応の整合性はつくように思える。

勿論、何故、2機の自衛隊ファントム機が123便を終始追尾していたのかという謎も同時に説明がつくワケですね。そして、その挙げ句、オレンジ色の誘導ミサイルから逃れ切ることが出来ず、機長が「もうダメかも知れんね」と洩らし、その十分後に墜落したとは考えられないだろうか――という推理が一定の整合性を以って成立してしまうのだ。


3.余りにも多かった誤報

自衛隊の二機のファントム機が目撃されているが、そもそもそれは、百里基地から発ったファントム機二機のことであろうと説明されてしまう。しかし、目撃者の証言とは時刻がずれているのだ。実はファントム機は2機+2機が、あの1985年8月12日、日航ジャンボ123便を追尾していたという可能性を排除できないのだ。しかも、報道では墜落前の123便を追尾していたファントム機の事は触れられることはない。客観的、中立的に物事を判断しようとした場合、この報道と目撃証言との乖離に疑念を抱くことになると思いますが、驚くなかれ、実は上野村の住民は19時頃から低空飛行をするジャンボ機、それを追尾し、追いかけっこをしているようにも見える小型機二機の目撃証言が多数あり、しかも、テレビの臨時ニュースが墜落現場を特定できずに誤報を連発していた中、上野村の住民の中には「ここに落ちたのに何故、テレビやラジオは墜落現場を特定できないのか」と思い、NHKに墜落したのは群馬県上野村だと電話を入れていた人物まで居たというのだ。となると、異常に遅い現場特定だったことになる。

更には、地元消防団や猟友会のメンバーは墜落現場捜索に駆り出されたが、地元住民らは墜落現場は音がしたし、何かが落下したのは御巣鷹だと確信していたが、何故かそれとは異なる方面からの捜索命令になった事を怪訝に感じていたという。二班に分けて、まるで故意に墜落現場を避けるようなルートで捜索活動が行なわれていた? いや、地元住民は目撃していり、爆発音も聞いていたのであって。

また、この著者はボイスレコーダーの開示がおかしいと指摘している。全てを公開するのがボイスレコーダーなのに、一部の音声が開示されていない事を指摘する。離陸直後に何者かがトイレに入ったと思われ、それをスチュワーデスが副機長と連絡を取っているが、プライバシーの保護なのか個人情報保護なのか、音声が加工されている事を指摘している。通常、航空機の事故を検証する場合、ブラックボックスは完全開示されるもので、個人のプライバシーよりも優先されるものだという。

もの凄い誤報もあったそうで、事故発生当日の20時頃、

「ただ今、現地救助に向かった自衛隊員数名が何者かに銃撃され、死者負傷者が多数出た模様です。情報が入り次第お伝えします」



「自衛隊員二名が射殺された模様」

という旨の誤報が一時的に流れて、間もなくして

「先ほどのニュースは誤報でした」

という具合に訂正したものがあったという。(この誤報についてはYouTubeで動画投稿サイトにあったが現在は削除されているのだそうな。)

何故、そうした情報の混乱や錯綜が起こったのか、謎なのですが、一方で、この日航123便の行方、或いは墜落現場の特定がなされず、且つ、ニュースとしても報じれなかったのは事実でしたよね。また、事故原因の調査にしても、幾度も幾度も疑問がつき、法的手続きとしても責任者ら20名が送検されたが最終的には全員が不起訴となるなど、実は、原因の特定が実質的には済んでいないと見る事ができてしまう。


4.航空機事故を巡る事故と、事故報告


情報が正確に報告されないなんて事は有り得ないと考えるのが「順」と「逆」で行けば「順」でしょう。しかし、航空機事故を巡っての事故調査の事例では、実際に情報操作が行われた事例があるのだという。

米国ではトランスワールド航空800便墜落事故なるものが1996年7月に発生、そこで事故調査報告書が作成され、それが公式見解となっていたが、2013年6月になって6名の元事故調査員が、事故原因は虚偽であると記者会見を開き、墜落の原因は「ミサイルの誤射であった」と発表した先例があるという。しかも、この一件はドキュメンタリー映画「Flight 800」としてアメリカで公開されたのだそうな。(但し、日本では非公開であった。)記者会見した元調査員らに拠れば、「虚偽の事故調査報告書は政府によって真の事故原因を揉み消す為に行われたものだった」と明言してみせたという。

また、自衛隊と民間航空会社との事故というのは、日本に於いては1971年に発生た全日空雫石衝突事故があり、これは自衛隊の訓練機2機が千歳発羽田行きの全日空機に空中で衝突し、乗員8名、乗客155名、合計162名全員が死亡するという大事故が発生している。潜水艦と漁船の衝突事故など、民間船舶と軍用船との事故というものも幾つもニュースとなり、それを思い浮かべることが可能ですが、実際、そういう事故も起こっているワケですよね。

荒唐無稽な陰謀論であろうと考えるのが通常の思考ですが、それでいて実は、似たような事故、および事後処理の例を見つけることが出来てしまうような話なのだ。


5.炭化した遺体の謎

これは、ここまでに挙げた謎と並べるには一段、下げての扱いにすべき推測の多い部分です。墜落現場では遺体の回収作業や特定作業が当時なされていた訳ですが、123便、その機体前方の乗客らの遺体は炭化した状態で発見・回収されたのだという。遺体の特定作業に当たった人物の中には、その炭化状態というのが焼死体をもう一度焼いたかのような、そういう炭化状態であったと語っているという。通常の焼死の事案で発見される焼死体とは異なる状態であったのだそうな。

【完全炭化】という言葉が使用されており、一部の遺体の状態とは、「黒いころころとした塊があるだけで、人としての原型をとどめておらず、歯を含む骨まで完全に炭化した状態」を示すのだという。通常の火災では目にしないような、完全炭化状態の遺体があったと検死に当たった人物が指摘しているのだそうな。

勿論、墜落して火災が発生したのだから炭化してもおかしくないと考えることもできるのですが、回収にあたった消防団員らは現場周辺には「ガソリンとタールの匂いがあった」と証言している。当然、それにしてもジェット機のジェット燃料、「ケロシン」の匂いではないのかという指摘できてしまうものの、ケロシンとは灯油とほぼ同じ成分であるのに対して、完全炭化状態まで焼けてしまうものの話として、ガソリンとタールとを混合させたゲル状燃料を吹き付けると人体を完全炭化するまで燃やすことが可能であるという。

そうしたゲル状燃料を利用した兵器としては、第二次大戦時に米軍が使用していた例があるという。そして、その改良型とも言えるM2型火炎放射器を自衛隊も所持・配備していると推測できるのだそうな。どの部隊に配備されているのかというと陸上自衛隊の普通科、および化学防護武器隊に配備されている可能性が高いという。

まぁ、推測すれば墜落現場にはオレンジ色の誘導ミサイルの残骸もあったので何とか事実を隠蔽したいという意向が働いたという風にも考えられますかね。それ故に実際にはとっくに墜落現場を特定し、自衛隊のヘリコプターが何機も現場上空に到着していたのに、報道を含めて公には墜落地点は翌朝まで、ずっと特定されなかったという煙幕が張られ、何故か一部の遺体はというと完全炭化という状態で発見された、と。

――以上。


あの日、つまり、1985年8月12日ですが、あの日、この日本で何が起こっていたんだろうって考え直してしまう。翌朝まで墜落現場が特定されなかったというのは、嘘ですやね。

下の書籍の絵はセブンイレブンで受取ができるオムニ7のアフィリエイトになっています。同著は税抜き1600円。本年7月30日初版発行とありますが私の手元にあるもので既に15刷発行になっていることからも大注目の一冊。これを新聞や雑誌が書評として扱うかどうかは微妙ですけど…。
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この記事へのコメント

1. Posted by メロンぱんち   2017年10月11日 20:23
雨亭さん>
貴重なお話を有難うございます。無理をなさらず、マイペースで当コメント欄を使用してもらってOKです。

メールの絵である⇒【✉】にカーソルを合わせて頂くとポストが利用できるようになっているかと思います。

2. Posted by 雨亭   2017年10月12日 01:01
メロンぱんち様。
お気づきと思いますが、数人以上から聞いた話を組み合わせ、二人のキャラクターをつくって書いています。事実も歪曲してある。
けど、気がついたのですが穴がありました。
万一の為に、メロンぱんち様が一読なさった後で、削除もしくは読めないように不表示の処置を取っていただけますか?
全文をお願い致します。
3. Posted by メロンぱんち   2017年10月12日 01:02
雨亭さん>
熟読させていただきました。どうも有難うございました。

なるほど。マルコポーロ廃刊事件ですか。色々と考えられそうですねぇ。

この日航123便に関するウワサというのは何種類かありますね。ミリオン出版系の雑誌では、在日米軍が直接的に関与していた説であるとか、或いは爆発直前にトイレに立った人物がある事やその直後に爆発が起こっている事から何某かの破壊工作が行われた説、或いは日航労組説なんてものもあるそうです。

てっきり、テレビの再現映像などで同機が「しりもち事故」を起こしていた事、また、「隔壁」、「ボーイング社がミスを認めた」という公式見解でいいんだと思っていたのですが、事故調査委員会の報告書なども揉めた痕跡がある上に、実際には全員が不起訴になっている等、ちょっと不自然さを残しているのは疑いようがなさそうですね。

4. Posted by メロンぱんち   2017年10月12日 01:04
雨亭さん>
全文、非表示でいいですか?

20分ぐらいの間に処理しますけど。
5. Posted by 雨亭   2017年10月12日 01:08
お願い致します。済みません。
6. Posted by メロンぱんち   2017年10月12日 01:12
雨亭さん>
処理済みました。どうもでした。

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