パスワード管理は限界に達したよなって思う。昨今ともなるとパスワードを設定するにもアルファベットの「大文字」と「小文字」と「数字&記号」で9文字以上のパスワードじゃないと、新たにパスワードを受け付けてくれない場合なんてのがある。パスワードを重複して使用するなんて以ての外。住所や電話番号の使用は不可。ヤフーショッピングで買い物をした場合に還元されるポイント「PayPayボーナスライト」なんて、確認しようとするだけでケータイにショートメールで暗証番号を発行してくるからケータイを手元に於いてパソコンに向き合わねばならなくなった…。

ただでさえ、記憶力が衰えてきていて、新しく何かを覚えると何か記憶を失っている気がしている私からすると、もう、パスワード地獄は限界に達してきたよなって思う。少しばかりのポイント、それこそ1%程度のポイント還元の為に、せっせと個人情報を登録し、先方にビッグデータの蓄積をさせてやっている事に意味が在るんだろうか。ポイント還元のキャンペーン期間中は、確かに還元率が高いのでポイントもバカにならないぞと錯覚させてくれていますが、もう、色々とポイント還元キャンペーンのようなものって打ち切られたり、還元率を切り下げられたりしていますやね。確かに、消費者にとっては、人々が感じているほどメリットがないのが電子マネーの正体だろうなと実感できるようになってきた。


さて、データ爆発がもたらせたデータ資本主義、デジタル独裁の話というのを、8月15日付の読売新聞12面を参考にして――。

先ず、【ゼタ・バイト】という情報単位を理解できるだろうか? 1バイトの千倍が1キロバイト(KB)で、その千倍がメガバイト(MB)、その千倍がギガバイト(GB)であり、その千倍がテラバイト(TB)であるという。うーん、実際に私が日常的に言葉として使用していそうなのはMBまでかな。電子メールで送受信できる容量がそんな程度だから。テラバイトはパソコンの購入時に、そんな言葉を目にしたものの、身近な単位だとは認識していない。

しかしですね、これが厄介な事に、テラバイトの千倍がペタバイト(PB)となり、ペタバイトの千倍がエクサバイト(EB)となり、エクサバイトの千倍がゼタバイト(ZB)というデータ容量になるという。

ゼタバイト? なんじゃ、そりゃ? 

日本語にすると10垓(がい)バイトであり、万→億→兆→京ときて、その京の上の単位が垓であるという。0が6個で100万だとしたら、0の数が21個という世界で、理屈として、そういう単位を理解できなくもないが、直感的に理解するのは不可能な次元に突入している。

そして世界中の巨大なインターネット空間には膨大なデータが存在しており、2011年に初めて1ゼタバイトに達したのだそうな。しかし、そのデータは、データ爆発とでも呼ぶべき、膨張を見せており、昨年となる2018年には33ゼタバイトとなり、2025年には175ゼタバイトに達する見込みであるという。スマホの普及、SNSの普及、監視カメラの普及によってデータ総量が文字通り、膨張し始めており、最早、従来の常識では捉え切れる事が不可能な、「データ爆発」という次元のビッグデータ世界をつくり上げてしまっているの意であるという。

最早、データも膨大になってきているので、データを自分のスマホやパソコン、或いは会社のパソコンに保存する事も難しくなってきており、いわゆるクラウド依存の流れが出来上がってきているという。冒頭で掲げた「パスワード管理が限界だ」という私の愚痴は、ホントは愚痴ではなく、どうしようもなく世界が直面している管理不可能状態、情報渦、データ爆発とも合致しているのだ。

少し楽な次元の話に戻りますが、データが膨大となるビッグデータの時代に既になってしまっており、クラウド依存が進行しているという事は、もう、どうしようもなく「データ集中」が起こってしまっている事を意味しているという。GAFAの問題というのは昨年か一昨年から新聞やテレビでも目にするようになりましたが、単なる偶然ではなく、もう同時進行というか同時並行というか、現在進行形で今日も明日も巨大IT企業によるデータの寡占が起こり、しかもデータそのものが価値になりつつある。巨大IT企業のみに利益が集中する傾向が継続し、現在は勿論の事、今後もしばらくは市場支配と寡占化が進行していくと見られるのだそうな。ヒトがヒトとして、いわゆる人力で熟している仕事、作業があるとすれば、その労働価値は相対的に低下していく事も同時に想定される訳ですね。

そして、この流れを【データ資本主義】や【デジタル独裁】という呼称が生まれているという。アマゾン・ドットコムのような企業を念頭に置くと、もう、アマゾン一社で、一つの巨大市場を形成している事になる。既に、太刀打ちのしようはないのではないかという次元なのだ。これまでの資本主義を、金融資本主義と定義するなら、これからの資本主義は「データ資本主義」になる可能性がある。また、市場支配や寡占が進行していくことから「デジタル独裁」となる。

英オックスフォード大のビクター・マイヤー・ショーンベルガー教授が「データ資本主義」の提唱者の一人であり、おそらく、ここで巨大IT企業のデータの寡占化を放任しておくと、公正な競争は起こらなくなり、様々な弊害を発生させるという。また、この事は、意思決定が分散している事がメリットであった自由主義市場の法則とは異なり、中央集権型の経済に近づいていくという。

この話は、先に世界的ベストセラーとなった『サピエンス全史』の著者でもあるイスラエルの歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラル氏も警鐘を鳴らしているという。

「資本主義と民主主義は分散処理を好むのに対し、共産主義と独裁制は集中処理に依存する」

と。

あー。なるほど。

「AI(人工知能)になんて何ができるってんだ!」という言説も未だに健在ですが、最早、膨れに膨れ上がってしまったビッグデータは人力では管理も処理も不可能なまでに膨れ上がっており、その膨大なデータの処理をこなせるのは、もう人工知能しかなさそうな状況へ、知らぬ間に突入してしまっていたのかも知れませんやね。

自動車の自動運転一つにしたって、何が決め手になるのかというと、データ容量なのだそうな。圧倒的なデータが存在し、それを処理できるAIが在れば、もう、人間の能力なんてものをあっさりと超えてしまう可能性がある。というか、高そうですかね。

ハラル氏は、巨大IT企業によるデジタル独裁は必然的に中央集権を選択するので、近い将来、民主主義を脅かす事になると警鐘を鳴らしているという。