評論家の御田寺圭(みたでら・けい)さんが命名した【大きく黒い犬の問題】というワードは、色々と取り扱いが難しさを感じる。取り上げられてたのは、週刊文春9月5日号の橘玲(たちばな・あきら)さんによる『息子という病い』なのですが、先ずは【大きく黒い犬の問題】という名称の説明から――。

捨て犬の保護施設では、毛並みの明るい犬や小型犬は容易に引き取り手が見つかりますが、「大きく黒い犬」はほとんどが殺処分されてしまいます。

大きくて黒い犬というのは、保護施設でも引き取り手がないので殺処分されているという事実があるらしい。うーん、私は犬派ではなく猫派なので犬を飼う事を検討した事もないのですが、もし、どうしてもというのであれば、なんだかんだいって大型犬は避けると思う。色合いはどうかなぁ…。好みの問題だと思いたいところですが、黒犬は避けるか…。できたら、みてくれからして可愛がりようのある犬を選ぶと思う。しかし、もう、この時点で、或る種の理不尽なんですね。その大きな黒い犬とて、そのような色やサイズを自分の意志で選択して生まれてきた訳ではない。偶々、人間様から不人気なサイズと色とで生まれてしまったのだろうから。挙げ句、もらい手がないので殺処分される事になるという。

つまり、「大きく黒い犬の問題」とは、引き受け手がないが為に殺処分されている犬の話である。

では、それは、その犬の話なのかというと、それは全く異なる。これは現代社会の問題、特に男性、特に「非モテ」というワードの問題であるという。

色々と棘のある問題でもあるので、橘玲さんの論旨に沿うと感情的になって反論したくなる気持ちや、感情を沸き立たせる可能性もありますが、先ずは、冷静に、その論旨を見つめるものとして、以下、続きます。ハッキリ言って、身もフタもない話なのですが、直視しないことには始まらない。

婚活サイトのビッグデータで明らかなように、女がモテる要素が「若さ」で、男は「カネ」です。恋愛の基本形はカネとエロスの交換、すなわち売春です。

この「男女の性愛の非対称性」によって、男の場合、社会的・経済的な成功者=「持てる者」は、複数の女から「モテる者」になる一方で、金も権力もない「持たざる者」は、女性の関心を惹くことができず「モテない」のです。これは、ネットスラングでは「モテ/非モテ問題」と呼ばれています。

低所得の男は社会的・経済的に排除され、同時に性愛からも排除されることで、人生を丸ごと否定されてしまいます。ところが、貧困問題が声高に叫ばれる一方で、経済格差が性愛格差に直結することは、これまでタブーとされてきました。


経済力のある男性がモテて、経済力のない男性はモテないという事は、おそらくは世俗的価値観としてはホントは多くの者は薄々、知っている。誰が好き好んで貧乏な男性と付き合いたがるものかという話でもある。しかし、ここで述べられている事は、単なる経済格差ではなく、性愛格差と直結していると指摘している事が目新しい。ごくごく単純に美形男性が美形女性と交際する事になるのではなく、カネのある男性が不特定多数の女性たちから「引く手数多」でモテるのに対して、貧困男性は全くモテようがないというシビアな現実に言及している。それを【性愛格差】という語句を使用して表現しているあたりが、橘玲さんらしい。で、おそらくは、これ、説得力がある話なんですね。ホントの事であろうし、シビアな現実であろうから。吊り合うか、吊り合わないかという尺度を持っているのは、実は世俗の中の価値観であるから、どうにもならない。

また、「カネとエロスの交換である」とか「売春」という言及は非常にドライですが、もう、或る次元では、それを認めざるを得ない。仮に、仮にですよ、かの有名なIT社長がカネも権力もなかったとしたら、ただのチンパンジーみたいなもんじゃんってホントは、あなただって思っているでしょう? ブ男だろうがハゲだろうがデブだろうがチビだろうが、カネさえあれば基本的にはモテるのが現実社会の真の姿であり、美女を射止めるのも言ってしまえば経済的バックボーンを有している人である事は間違いなく、つまり、そういう世の中なのだ。そこは認めざるを得ない。(ここを直視せずに、恋愛は平等であると思考するとたちまちの内に思考が破綻する。ヒント、AKBビジネス。)

男の分断は、日本に限ったことではありません。アメリカでは「非モテ」の男性たちは「インセル(Incel)」と呼ばれます。「Involuntury celibate(自発的禁欲)」の略で、ネット上の自虐的な俗語として急速に広まりました。きっかけは二〇一四年五月に起きた無差別銃撃事件で、犯人のエリオット・ロジャー(当時22歳)は「インセル」を名乗り、自分に関心を持たない女たちへの復讐が目的だと「犯行声明」を発表したのです。この事件以降、アメリカでは自称「インセル」による凶悪事件が立て続けに起きました。これはまさに猗鵐皀討離謄蹈螢坤爿瓩任后

そんな事件報道、ありましたよね。【インセル】という単語は知りませんでしたし、それが広まっているという事も知りませんでしたが、「自分に関心を持たない女たちへの復讐」というクダリは、記憶がある。また、そのインセルが意味するものが【自発的禁欲】であるというのも実は興味深く感じますが、先ずは『息子という病い』の記事に沿って続けます。

で、次の部分が意外に重要である可能性がある。

自由恋愛では、「非モテ」の男性は社会からも性愛からも排除される苦境に追いやられますが、男を「抑圧する側=マジョリティ」と見なす「リベラル」は、これまで「非モテ」の存在を黙殺してきました。LGBTのような「見えやすいマイノリティ」を支援した方が気分がいいからです。

この箇所、特に留意した方がいい。先日、このブログ記事でも触れたばかりですが、ホントの事を言うと、大雑把に中高年男性の賃金だけが伸びていないが、それに対しては完全に黙殺されている。社会保障政策として、ですよ。本年、問題視され、慌ててロスジェネ世代に対してカネをバラまくかのような政策が掲げられましたが、ホントは大変な大失敗をしている。《LGBTのような「見えやすいマイノリティ」を支援した方が気分がいいからです。》は橘さんの文体に挑発的なものを感じ取れるかも知れませんが、リベラルという思想体系の欺瞞に気付いてしまうと、毒づきたくもなるものでしょう。或る時期から、結構な年齢になっても交際経験がない人とか性交渉の経験を持っていない人というのがチラホラと話題になり、米国では「40歳の童貞男」という身もフタもない映画がスマッシュヒットし、日本でも影響を受けたらしい非モテの悲恋を自虐的に描いた創作物が登場していたような感慨がありますが、ホントは馬鹿馬鹿しいほどに、LGBT問題だけが崇高な問題として取り扱われ、非モテ問題は軽んじられてきた訳ですね。

いやいや、女装家であるとか、オカマと呼ばれる人たちがテレビなどで毒舌を吐く事で重宝された反面、非モテはどうかというとイロモノとしてしか扱ってきていない。経済学者の森永卓郎さんが冗談半分自虐半分で展開していたのは確かですが、ホントは黙殺してきたのが事実なんですね。男性の実質賃金に限って言えばオイルショックの頃から上がっておらず、それを「パラサイト・シングル」なる言葉を流行語にした家族社会学者の山田昌弘さんにしても著書の中で指摘したら、無視されたという体験を綴っていたのを記憶している。これは正真正銘、リベラルが黙殺してきた問題なんですね。私が思うに、或る時期から「キモい」と面と向かって発言する事が許されるようになり、一方で、過剰なまでにモラリストである事を強いるような言論に反抗してきたつもり。

(平成30年度版の労働経済白書でも40代の男性を中心に給与所得が月額5〜7万円で減少している事が指摘されているが、これがマスコミに取り上げられたり、政治家が対策に言及する事はない。ついでに言及すると、20代などの若年層で保守化が起こっていると分析されていますが職場に対しての満足度が高いというデータが示されている。ああ、謎が解けてしまったかな。。。)

ホントは酷かったと思う。七夕の頃、やはり、週刊文春に連載されている益田ミリさんの漫画「沢村ん家のこんな毎日(平均年齢60歳)」で、主人公の「ヒトミさん」がレストランで七夕の短冊を渡される話がありました。つまり、その短冊に願い事を書けという事ですが、ヒトミさんには、これといった願い事も見つからない。頭の中で「今日は疲れたから帰りの電車、座れたらいいな…」と思う。それぐらいしか願い事が思い浮かべる事しかないという単身OL「ヒトミさん」の自虐的なほのぼの感を描いた漫画ですが、こういうものがホンネの中のホンネであろうと思う。「市民の声」として声高に掲げられる事はないが、本来的には誰だって「今日は疲れたから電車、座れたらいいな〜」ぐらいには感じる生き物なのだ。勿論、高齢者や妊婦が優先される事が望ましいが、そうした隠れた当たり前をどんどん殺していったのは、背伸びをしたような権利意識の高い人たちとか、意識高い系の人たちで、かなり窮屈なモラルが支配するようになったと思う。


この「息子という病い」の内容が如何にヤバいかは察しがついたのではないだろか。本年、3月、内閣府は40〜64歳のひきこもり状態の人が全国に61万3千人いると発表した。大雑把な統計であろうと予測できますが、その4分の3は男性であるという。この際、特に偏りが大きかったのが団塊ジュニア世代であり、これは同義でロスジェネ世代であった。正社員になれぬまま、年を重ねた人が多い世代であり、言ってしまえば、非正規雇用に甘んじ、そのままであり、時間が経過してみると下の世代では人手不足となり超売り手市場となったので、実は中高年世代の中で社会や仕事から、取り残されてしまった人を多く出している。特に男性の場合は、性愛格差として彼等を襲った可能性もある。

引用します。

ロスジェネ世代は仕事=社会から排除されて孤立しやすいのに加えて、男の場合、「性愛」からも排除されてしまいます。報道によれば、凶悪事件の犯人たちに、妻や恋人などがいた形跡はありません。未婚率の上昇が懸念されていますが、実は男女でかなりの差があります。五十歳時点で一度も結婚したことのない割合は、二〇一五年時点の調査で、女性は一四・一%に対して男性は倍の二三・四%です。

で、この問題、「大きくて黒い犬は、捨てられて、引き取り手も居ない」という。


追記:令和になってから社会を震撼させた事件が幾つかがある訳ですね。令和になって、まだ日も浅いというのに…。一つは登戸事件であり、この登戸事件という園児を切りつけた通り魔事件の犯人は、51歳で、最近はひきこもり状態であったと報じられたのでした。そして元農水次官がゲーム三昧でひきこもり状態、その上に家庭内暴力をふるっていたという長男を刺殺した事件がありましたが、このケースでは刺殺された長男は44歳であった。更に、京都アニメ放火事件の犯人は謎が多いものの、年齢は41歳であった。関西テレビの幹部の息子が手の込んだ交番襲撃事件を起こしましたが、この人物は33歳。必ずしもロスジェネという分類も当て嵌まっていないし、引きこもりも完全に当て嵌まっている訳ではないが、何か社会からの紐帯が切れていた人物(男性)だな、社会と隔絶して生きていたのだろうな、とは窺がわせる素姓であったかも知れない。