2019年10月23日

淮南子に読む「世も末」とは?

『淮南子』(えなんじ)とは、紀元前2世紀に編纂された猊寛併典瓩箸い辰仁爐い僚颪如∧垰爾靴燭里淮南(わいなん)王であった劉安(りゅうあん)とされている。現在の江蘇省を淮南(わいなん)と呼び、この前漢時代は皇帝の血を引く者は諸侯となって赴任先の国で王となり、その国を統治していた。(郡国制や郡県制といった時代であり、まだ完全に中央集権体制的な中華思想による冊封体制が確立していなかった。)

この劉安も庶流であるが高祖の孫に該当し、この『淮南子』を編纂したが最後は謀反の罪で自殺に追い込まれたという。この淮南子には春秋戦国時代の諸子百家の思想が反映されており、特に後の道教に集約されてゆく段階で、「先の聖帝に理想を学ぶべし」という黄老思想が強く反映されていたという。この黄老思想といのは老荘思想と内容的にはダブっており、その表記が「黄帝」の【黄】に「老子」の【老】になっているものと推測できそう。つまり、聖王による徳治を理想の政治体制としていた思想であり、或る意味では現在も天皇制を戴いている我々日本人にとっては、非常に馴染み深い思想でもあると思う。

では、紀元前2世紀なんていう時代の『淮南子』はどのような事を述べていたのか? 以下、池田知久編『訳注「淮南子」』(講談社学術文庫)の現代訳を引用しながら――。

(前段で神農の治世では、国境外にまでその名声は響き渡っていたので服従しないものはなかったと、神農の時代の治世を語った後、次のように展開している。)

ところが末世の政治は違う。上は搾取することを好んで際限がなく、下は貪欲に荒んで謙譲を知らず、民は貧困のために争い合い、仕事は労力を費やすばかりで成果が挙がらない。やがてずる賢さが生まれるに伴って、次第に盗賊が出没するようになり、上下が互いに怨み合い、命令も実行されなくなった。執政官から役人たちに至るまで、誰も道に立ち返ろうと努めず、根本に背き末梢にこだわり、恩地を捨て刑罰を増やして、このようなやり方で政治を行おうとしているのだ。『淮南子』巻第九「主術」

これは現代訳なので、そのまま読めるかと思いますが、令和の現在でも結構、当て嵌まりかねない考察がされているのが分かる。これらを嘆き、【末世】という言葉を使用して紀元前2世紀には既に認識していたという事でもある。上は税を上げる事に抵抗が無くなり、その上限を失い、下は貧困の為に競い合い、そこでは貪欲に欲と欲とがぶつかるので謙譲などというものはなくなる。そうなってくると足の引っ張り合いになるので、仕事量ばかりが増えるが成果が出なくなる。やがて、狡賢い知恵が生まれ、盗賊や詐欺行為が跋扈するようになり、上と下とが互いに憎しみ合う。(このクダリなどは正しく現状の「分断」を想起させる。)

もう一つ引用します。

法というものは、天の降したものでなければ、地の生んだものでもなく、人間社会の中で発生しながら、かえって人々が自らを正す手段となるものである。それ故、正しさが己にあるからといって、他人を非難してはならず、正しさが己になければ、他人にそれを要求してはならない。下に対して設けた法は、上においても廃棄せず、民に禁じたこと、君主自身も行うことができない。いわゆる亡国とは、君主がいないのではなく、法のない国のことである。変法(法をしばしば変えること)とは、法がないのではなく、法があっても実行されないため、法がないのと同様になった時に生じる事態である。それ故、君主が法を作る場合、まず自ら模範・モデルとなるべきであって、そうしてこそ命令が天下に行なわれるようになるのだ。『淮南子』巻第九「主術」

この説明は感心する事が多いですかねぇ。この淮南子の時代の後に中央集権体制が強まってゆき、また、儒教が官学として国教的な地位を占めていくという経緯を東洋は辿る。だから礼節を重んじるべしとか、忠義云々という方向性が美徳となり、そのように儒教圏の国々は教化されて歴史を歩むことになる。

しかし、その儒教的な締め付けを批判していたのが老荘思想、特に『老子』であり、この老子は道教になると老上太君として神格化されてゆく。礼節は貴賤を分ける為というけれど、礼節をわきまえる必要性もない者が貴賤の貴のつもりになって、傲岸不遜に陥る事を指摘できるワケですね。

そもそも礼というものは、尊卑・貴賤を区別するための手段であり、義というものは、君臣、父子、夫婦、朋友の間を結合するための方便である。ところが、現代の礼を行うものは、うわべは恭(うやうや)しいが実は相手を傷つけ、義を行う者は、恩恵を施して有徳者を気取っている。そのために君臣は互いに非難し合い、親兄弟は憎み合うのであるから、これは礼儀の根本を見失ったものと言わなければならない。

それ故、成し遂げれば成し遂げるほど咎めを受けることになるのだ。一体、水が沢山集まると、共食いをするような魚が生まれ、土が沢山集まると、互いに食い合う獣が生まれ、礼儀が飾り立てられると、詐欺・邪悪の輩が生まれる。灰を吹きながら目に入らないことを望み、川を渡りながら水に濡れないことを望んでも、それは出来ない相談である。
『淮南子』巻第十一「斉俗」


この前漢時代というのは、先立つ春秋戦国時代の百家争鳴の思想が生きていたので、儒家の思想だけではなく、墨家も道家も存在していたので、結構、手厳しく批判も為されていたよう。しかし、それが災いして、この『淮南子』を編纂した劉安は自殺に追い込まれている。しかし、よくよく考えてみれば、これは東洋文明・東洋思想に在っては非常に貴重な財産であり、実際には儒教も道教も仏教も溶け込み合って東洋思想になっているが、この聖なる帝による徳治を理想とするという部分は、日本の歴史にあっても、或いは天皇制そのものとも関係が深いと認めざるを得ないのがホントであろうと考えられる。

これは現代社会に投影したときに、特に生々しいと思う。礼節を、忠義をわきまえろというが、当の御上やら上司やら先輩が礼節を尽すだけの価値を見い出せない場合はどうするのか…。その硬直した教えの欺瞞を突いている訳ですね。勿論、善は善、悪は悪という次元では構成されておらず、善や悪にしても相対的な立場によって主張が異なる事、つまり相対主義で論じられている。おかしな発言ばかりをしている昨今のテレビの中の専門家よりも、遥かに高い次元の知性で物事を語っているよなって思う。

引用文を一つ戻りますが、法治主義についても同じ事を思う。「悪法もまた法なり」という。そうであれば現在の香港デモに係る問題で、法律的に覆面は禁止されたのだから覆面をすべきではないという結論になる。しかし、違うでしょう? ホントは人為的な法律というのは人為的な法律であり、しかも為政者が自分に都合のよいように法律を定めてしまう悪法というものが現実的に存在している事を示している。法は天が降すものでもなく、地が生んだものでもなく、実は人間(じんかん)の社会が、これは御上が人為的につくるものではなく、世俗社会の価値観から生まれて来るべきである事を説明しているように思う。なので人の知恵がつくった法、それも世俗社会の価値観にそぐわないで導入された法というのは、かなり怪しい価値観なのだ。違法行為をつくれるし、敵対勢力を違法状態にして警察力や軍事力で排除するという狡智にも繋がってしまう。紀元前2世紀に、これを論じている。

現在、日本に限らず、世界中がおかしいらしい。22日付の読売新聞6面(国際面)中国では習近平政権では、とうとう記者に対して思想試験を義務付け、その試験で80点以上の合格ラインに到達していない者には取材活動を禁止するという制度を導入しようとしているという。まぁ、言ってしまえば、完全に教化という名の洗脳であり、或る種の思想狩りを模索しており、「思想の自由」を完全に強姦しに来ているのが分かる。天安門事件なるものは無かった事として、国内を統治している。こんな事が21世紀にあるんだよなぁ…。

「共産党一党独裁の中国の事だから今に始まったことではないだろう」と言いたいところですが、英連邦の一角であるオーストラリアでは現在、報道機関および記者に対して警察が捜索に入るなどし、内部通報者の刑事訴追も相次いで発生しているという。(公共放送ABCのシドニー本部に本年6月、警察の捜索が入り、捜索は記者の自宅にまで及んでいるそうな。)発端は公的機関の内部情報を伝えた報道、それに対しての報復だという。そして、とうとう21日、オーストラリアの主要新聞各紙が黒塗りだらけの新聞を敢行するというデモンストレーションを行ったという。モリソン豪首相は「ジャーナリストであっても法律を無視することはできない」などと述べているという。

「自由」という概念が、ホントに世界同時多発的に危機に瀕しているって、やっぱり、世も末って事じゃないんだろか。報じてはいけない事柄が多い自由主義陣営ってのは、もう、歴史的な役割が終わってるって事なんじゃないの?



ussyassya at 11:56│Comments(0)世迷い言 

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