連合赤軍と日本赤軍の話というのは、それまで理解できていなかった事が理解できたという意味でも意義があったと自覚しているのですが、それ以外にも色々と波及する内容が多かったような感慨がある。念の為と思って、北朝鮮行きを選択した「よど号グループ」についても、よど号グループ著『拉致疑惑と帰国〜ハイジャックから祖国へ』(河出書房新社)に目を通してみたのですが、大別すると2点、気になる事柄があった。

一つは、印象としてなのですが「よど号グループ」は、「純真な人」が多いのかも知れないなという感慨でした。幾度となく、報道番組などでも目にしてきたつもりだったのですが、改めて文章に目を通してみると、その印象が強い。打ち合わせの上で、各人が辻褄を合わせの文章を書いたのだろうと勘繰ることも可能ですが、どうも、そういう印象ではない。どこか純真というか無邪気というか、それが読み取れてしまう。どういう箇所から読み取ったのかというと、既に死んでしまっているよど号事件のリーダー田宮高麿との関係性、その逸話に言及されているのですが、「こう言われたので、こう思った」という感じの文章が目に付く。「面白くないと感じた」というものもあれば、「指摘された通りで自分は傲慢だった」という具合に記されているのですが、基本的に棘とか毒が無い人たちなのだろうかと感じる。

私が知る世間の人というのは本音と建前を使い分けている。何かわきまえている事があれば、わきまえている程、その使い分けは巧妙であり、発した言葉と発さずに胸の内に留めた気持ちとは必ずしも一致しない。意外と丁寧に長文を書いていると、どうしても本音と建前との間でぎくしゃくとしたものになったりするものであろうと思う。殊に悪感情なんてのは完全に殺して取り繕うか、それとも適度に皮肉とするか、そういう風になってしまう訳ですが、そういうものを感じない。これは、どういう事だろうか。

しばしば、「洗脳」とか「マインド・コントロール」などと説明されている事があるものの、少なくとも強制的に洗脳された何かではなさそうなのだ。

塩見卓也、重信房子の文章には明らかに【自己批判】という単語の頻発を確認できたし、また、唯物的な思考回路であり、やはり理屈っぽく感じる文章だなと感じた。しかし、「よど号グループ」の場合は理屈っぽさは余りなく、どういう事なのか【自己批判】という単語の頻度も高くない。

よど号ハイジャック犯たちは北朝鮮へ亡命し、北朝鮮で亡命外国人という扱いになった。ハイジャック犯は、これまた楽観的に北朝鮮へ行った節があり、本人たちも語っている通り、日本を脱出して北朝鮮で軍事訓練を受け、また、キューバやベトナムなどから軍事的援助を受けて日本に再上陸し、日本で革命を起こすという計画であったが、これを信じていた人たちなのだ。当然、そんな事が可能なのかどうかハイジャックの際には話し合われたが、金正日をオルグする、自分たちの理論で説得し、取り込めるものと考えていた節がある。

実際に北朝鮮へ行った後、よど号グループは北朝鮮政府に「勉強をしたい」と「軍事訓練を受けたい」と申し出た所、前者は許可されたが後者は拒否されたという。また、日本人村という集落に囲われていた訳ですが、軍事訓練を受けない事には革命という目的が果たせないので、その日本人村の村内で自主的な軍事訓練をしたという。(連合赤軍は日本政府との殲滅戦に備えて銃器や爆弾を調達し、射撃訓練をしていた。日本赤軍は遊撃戦=ゲリラ戦法に活路を見い出した。)

また、勉強するという事で北朝鮮特有の主体(チュチェ)思想を学習したが、その主体思想についての批判はない。疑問には言及している者もあるし、一部、将軍様をネタにしたジョークらしい事も述べているが、主体思想への批判は殆んど読み取れなかった。

よど号ハイジャック犯らは、結婚適齢期となって小西が日本に居た恋人を北朝鮮に呼び寄せて結婚すると、各自が結婚を模索する。ハイジャックをして北朝鮮へ渡った身なので勿論、結婚を諦めていたらしいが、どうも結婚も可能かも知れないぞという状況になると、順番に花嫁探しの欧州旅行や、あるいは北朝鮮当局に申し入れをしてお見合いをし、それぞれ婚姻している。しかも、その頃の回想も各人がしている訳ですが、思いの外、無邪気なのだ。ねるとん紅鯨団ほどの軽薄さはないにせよ、大胆にも「ナンパ」をして花嫁を探した者もある。必ずしも花嫁探した事を以って無邪気と言うのも変ですが、意外といえば意外と感じますよね。何しろ、ハイジャック事件を起こして自ら北朝鮮へ亡命した人たちなのだから、より極左思想なのだろうと思う訳で。(「ハイジャック犯」である身の上を隠してナンパしたところ、その相手も主体思想に傾倒している女性であったので…という具合。黒田佐喜子、森順子らは、よど号ハイジャック犯の妻となった主体思想に傾倒していた女性であった事になる。)

これに対して、日本赤軍では重信房子には陰鬱は余り感じないが、総じて陰鬱さが読み取れる。死が隣り合わせであったが故の何かなのか、連合赤軍のリンチ事件を知って泣き崩れたうんぬんや、まるで叱られた子供が押し入れに閉じこもってしまうように部屋にこもって出て来なくなってしまう等の仲間の裏切りや死についての「重さ」が読み取れたが、それが「よど号グループ」にはない。おそらく、楽観的にして純真なタイプか。そうとしか思えないという感慨がある。

そして2つ目、この「よど号グループ」は本当に北朝鮮による拉致事件の手先として行動していたのかという問題がある。スパイであればスパイならではの、何かしら強固な気骨の強さのようなものがあって良さそうなのに、それが感じられないのだ。どこか、この「よど号ハイジャック犯」の場合は学生運動をしていた若者が、そのまま、加齢したかのような、その純真さというか無邪気さがある。こういう人物に「工作員」としての資質があるのだろうか。

少し、込み入った話になりますが、「よど号グループ」が北朝鮮による日本人拉致事件に関与していたというストーリーが定説になっており、それは「八尾恵」(やお・めぐみ)の証言によって、成り立っている。複雑なので私も完全に忘れていましたが、つまり、有本恵子さん、石岡亨さん、松木薫さんの日本人拉致事件があり、その手引きをしたのは八尾恵の証言によって成立したという。八尾証言では、有本さんの手引きをしたのが魚本公博(旧姓安部)が、石岡さんと松木さんの拉致の手引きをしたのが森順子・黒田佐喜子という事になっている。罪名は「結婚目的誘拐罪」で国際指名手配中であるというが、このストーリーを当のよど号グループは完全否定しており、そればかりか現在も裁判で争っているのだ。

「八尾恵」という名前は記憶があるが、どういう訳か私には、何をどうした人物だったのか、さっぱり記憶がない。しかし、前掲著に拠れば、この八尾恵なる人物は、北朝鮮当局が「お見合いしてみてはどうか?」と、よど号グループに取り次がれ、16歳でよど号ハイジャック事件に参加していた柴田泰弘(故人)の妻になった人物である事が分かる。北朝鮮当局が「よど号グループ」の結婚願望を知ってお見合い話を持ってきた例は2件があり、2件とも成婚に到ったが、その内の1件が「八尾恵」であった。この北朝鮮からのお見合いで結婚したよど号ハイジャック犯は岡本武と柴田泰弘であった。(岡本武はFKさんと結婚。また岡本武は岡本公三の実弟である。)

更に、八尾恵(敬称略)の場合は、新左翼ジャーナリストの高沢皓治と当時・内縁関係にあったとされ、且つ、よど号グループが日本人拉致疑惑に関与したと証言しているのは、この八尾恵、高沢皓治の両名に拠る。確かに、色々と不可解さを感じる事実関係によって、日本人拉致疑惑へのよど号グループの関与というシナリオが定説化して現在に到っている。

「よど号グループ」は、「八尾恵が変節した」という見立てをし、その見解を記している。背後にはアメリカによる北朝鮮への「テロ国家指定」があり、その意向を受けた日本の警察当局が八尾恵に対して厳しい尋問をするなどし、それに八尾恵が猴遒舛伸瓩箸靴討い襦つまり、警察によって懐柔された八尾恵がアメリカの意向に沿って、北朝鮮及びハイジャック犯を悪者にする為に嘘の証言をしたというのが、その論旨である。



しかし、読後、私が考えたのは、そのシナリオではありませんでした。数年前から『FBI秘録』やら『イギリス秘密警察VSレーニン』等の諜報ものの本を読んできましたが、先ず、最初に思いついてしまったのは狷鷭泥好僖き瓩砲弔い討任靴拭

諜報機関や秘密警察といった類いの怖さというのは、アメリカの例がベストだと思いますが、エドガー・フーバー伝説などでも顕著であると思いますが、証拠を捏造できてしまう事にある。FBIやCIAといった情報機関の場合、ひょっとしたら現役の大統領さえもハメて、失脚させてしまう事ができる可能性がある訳ですね。なにしろ、証拠を捏造できる情報機関なのだ。本気で動かれてしまったたら、白いものも黒に出来てしまう可能性がある。事実を認定にするにあたっては物証が重視されますが極論すれば物証のデッチアゲも可能な世界なのだ。

では、実際にスパイ活動というのは、どのように行われるものなのかというアプローチがあると思う。先ず、映画として「裏切りのサーカス」というのがありましたが、実は生々しいスパイ活動とは二重スパイなんですね。日本でも日本共産党の歴史をやってゆくと、スパイの話が出てきますが、この諜報戦というのは、その大会に参加している出席者の半分がスパイであったり、支部長そのものがスパイであったりするという世界だったりする。近代に於けるスパイの登場と同時に、二重スパイは誕生している。実は最も確実なのが「二重スパイ」であり、実際のところ「あ。こいつ、敵のスパイじゃないか」と気付いても、その上で、「まぁ、それでもあいつは敵の情報を持ってくるから利用してやれ」とか「ガセネタを掴ませてやれ」といった具合に利用する、非常にタチの悪い世界で、しかも「裏切りのサーカス」は実話を元にした映画ですが、A国の諜報機関のボスが、実はB国のスパイであるという事さえ起こる、とんでもない世界らしい。(二重スパイはA国からも報酬を受けてB国からも報酬を受けるが、スパイと呼ばれる人たちは敵地に潜伏している人間であるから、必然的に、この二重スパイが実際に多いらしく、近代スパイの発祥と同時に二重スパイは登場している。)

本格的な諜報機関や秘密警察が介入してしまっている事件では、真相が明らかにならないなって思う事が多々ある。アメリカなどは機密情報であっても開示が可能で、且つ、特定の年数が過ぎたら開示するという運営をしていますが、そんなもん、守られているかどうかだって怪しい訳です。先ほど、BSテレ朝で「激論クロスファイア」で、例の「桜を見る会」についても取り上げていましたが、廃棄したという前提で語るのか、実は書類に記入していなかったようだから実は、まだどこかに文書を隠しているのではないかと疑う必要性とがある。ホントにひどい話だと思うんですけどねぇ。

いつぞや廃棄した筈の文書が出てきた事、それも6種類ぐらいの文書が存在し、改竄されて出てきた事がありましたよね。ミステリーみたいなもんだ。しかも「廃棄した」という発言は国会で為されていた。あの彼は五千万円台後半の退職金を手にして無事に官僚人生を終えたと週刊新潮が報じていましたが、案外、世の中を欺く事なんて、ちょろいって思っている人は多いのかも知れませんやね。

なので、思うに、その証言が嘘だというのであれば「仲間が変節した」のではなく、「仲間のつもりであったが実は最初から二重、三重のスパイであったのでは?」なんてことも考えながら読み終えました。

そもそも北朝鮮当局がお見合い相手として現れた女性であり、且つ、「八尾恵」さんが起こした訴訟などは、前掲著『拉致疑惑と帰国』で赤木志郎の項で指摘してある通り、訴訟を起こすにしても方向性そのものに矛盾がある。訴訟できないのに訴訟騒動を起こしている前段など、不自然な経緯がある。そのことも、つまり、最初から二重スパイとして存在していたと考えた方が、実は、しっくりするような気もしましたかね…。アメリカの陰謀と言い出してしまうのは悪手ではないのかな、と。スパイこそ、簡単に寝返る訳だろうからね。

「純真と感じた」と私は評していながら、どのように、それを感じているのかというと、懐疑的な態度ではないこと、皮肉屋ではないこと、現実の把握に諦念がないこと等から、純真と感じました。このケースで云えば、主体思想を巡る態度が純真であり、それだけではなくマルクス・レーニン主義に対しても純真に向き合っており、主体思想やML主義に対しての批判的な態度というのを取らないのだなぁ…と。北朝鮮当局が自分たちを欺く可能性があるという事にも言及していない。恐怖で批判できないという感じではなく、おそらく、本心から疑っていないように思え、それは「よど号ハイジャック犯」の境遇によるもののようにも感じました。北朝鮮当局によって、よど号ハイジャック犯は親切に飼い殺しにされた――という印象がある。なので、その手応えからも、田宮高麿が拉致や誘拐を命令し、それに「よど号グループ」の一味が工作員として活動したというあたり、これも疑わしいような気がする。利用された可能性はあるが、主体的にスパイ任務をこなせるような集団ではないんじゃないのかな、と。

主体思想とは、どうも彼等の説明からすると、「ありとあらゆる世界の主体者は人間である」が中核であるという。辞典などでは独裁体制の金王朝、つまり、金日成個人や金正日個人への崇拝と解説されているが、仮に奥義、核になっているものが「ありとあらゆる世界の主体者は人間である」が主体思想なのであれば、或る時期までの科学主義にも似ているような気もする。世界の主体者は神でも自然でもなく人間であるという考え方だから、「人間が世界の主体なのだから、人間による環境破壊も人間による核開発、核戦争も勿論、許される」と考える思考回路になっていると思う。科学万能主義に対しても言えることなのですが「神をも畏れぬ何か」の思想体系だなって感じましたかね。