実質的に無趣味であるが故にテレビ受像機を通して映画やドラマなどを視る機会が増えているのだと思いますが、最近、「おや?」という事に気付いてしまった。なんだかんだいって映画やドラマというのは娯楽なでしょうからエンタメ、エンターテイメント作品の評がなんぼであろうなと考えていたのですが、そうとは言い切れない可能性があるなぁ…と。勿論、エンタメ作品は直接的に「オモシロさ」を追及しているので、その判断基準は「オモシロいか否か」という尺度になる。しかし、そうとも言い切れないよなぁ…と。

たとえば、是枝裕和監督の「万引き家族」はエンタメ作品なのかというと、そうではないと思う。断片的にはあったのかも知れませんが、全体的にはそうではない。で、やはり、衝撃を受けたのは「十九歳の地図」あたりなのかなぁ…。何故、それを食い入るように視てしまうのか視ていても、自分でもよく分からないんですね。ストーリーは追っているのだと思いますが、分かり易い起承転結のようなものがあるものではなく、万引き家族も同じですが、筋立ててストーリーがどうのこうのという作品じゃないんですよねぇ。で、そういえば「青い春」なんてものも同じで、監督さんは覚醒剤で逮捕されてしまっているのだけれども、淡々と流れてるストーリー、映像、それに魅入らせられてしまう不思議な作品というのが、確かにあるよな、と。

これは何と言うべきかな、自分で自分の好みのものを発掘できるじゃないか。理由が分からないが面白いと感じているって事は、きっと何かあるのでしょう。で、今村昌平監督作品と柳町光男監督作品には、そういうものを感じる。じーっと観賞していられる。ストーリーがどうのこうのというのではなくて、深みがあるので、そのまま、視聴し続ける事となってしまう。しかもエンタメではない。今村昌平監督については「重喜劇」という評を目にすることができて、つまり、軽喜劇ではなく重喜劇であり、重たいテーマの中に人間味としての喜劇的なものを鏤めた作風という評が定説のよう。まぁ、そうなのかなぁ。勿論、好き嫌いという好みの問題もあるのでしょうけど。

柳町作品は「十九歳の地図」が切欠だったのですが、どうも印象深いというか印象に残る作品なんですよねぇ。物語の途中で割り込んでくる風景のカットなんてのも、いちいち印象的で。

で、柳町監督作品にして根津甚八&秋吉久美子主演の「さらば愛しき大地」について。例によって、ダイジェストで粗筋ばんばん行きます。

根津甚八は茨城あたりの農家の長男であるが、長距離トラックの運転士をしている。これは、ひょっとしたら北関東などでは或る時期まで珍しくなかった、ありがちな設定のような気がする。斯くいう私の高校時代の同級生の中には、高校在学中から長距離トラックの運転士になるのが希望する進路であるというヤツがいたしねぇ。当時でも都市部とは事情が違うし、現在ともなると、そういう時代背景は理解されないかも知れない。次男は東京で建設業に従事しており、親は次男の方をアテにしてるところがあり、根津甚八演じる長男は少しだけオモシロくない。それでも嫁は長男の嫁として両親と上手くやってくれているが、或る時、目を離した隙に幼い二人の兄妹が川だか沼だかに遊びに行ってしまい、溺死してしまう。それを契機にして根津演じる長男は嫁(山口美也子)の過失を許せないという心情が芽生える。

そんな長男(幸雄)は、昔、次男(明彦)のカノジョであった秋吉久美子演じる女と出会う。秋吉演じる女は田舎町で小さな小料理店を営んではいるが、「かあちゃんをなんとか養おうと思ってんだども、こんな町じゃ、ダメだ」(北関東弁)でこぼし、東京へ向かおうと歩いているところへ、根津演じる男のトラックが通りかかり、「どこさ、いく気だ? 送ってやっぺよ」と声を掛けられ、この二人は同棲生活を始める。実家から距離をとっているが、実家には嫁が残り、両親と嫁とは巧くやっている。両親は嫁を庇い「あの幸男のバカは、明彦(次男)の元カノジョと付き合い始めて、嫁を実家に残したまま、何をやっとんだろうね」と呆れる展開となる。

コンバインの脇、田んぼの畔に幸男の両親と嫁とがぺたんと座って一服をしている。握り飯を食べている。強い風が稲田をきれいに揺らしている。

根津演じる男は、入墨を背中に居れるなどし、いわゆるトラック野郎を気取りだし、運送会社に食い込んでリベートで儲けようなどと画策する。秋吉久美子演じる女の為に張り切っているようにも見える。しかし、結局は悪い筋との関係性が出来てしまい、覚醒剤に手を出し始める。(凄い展開ですなぁ…。)

蟹江敬三演じる同僚は家を新築し、まもなく、子供も生まれるという状況にある。覚醒剤に手を出して、それを運転士仲間に売りさばいて儲けたのが、この蟹江敬三演じる同僚である。その家を昼間から雨戸を締め切って、蟹江敬三演じる同僚と共に、根津演じる男は覚醒剤を注射するという覚醒剤遊びをしている。が、やがて蟹江敬三演じる同僚が「あんまり打つとまずいっぺな」と言い出すが、根津演じる男は覚醒剤の虜になってゆく。

根津の転落劇を間近いところで目撃していた秋吉演じる女は、徐々に愛想を尽かしだし、とうとうアパートの一室を飛び出す。そして何やら、裏では売春行為の斡旋もしていそうなパブのホステスになっている。

なにやら騒々しいパブリックバーでは、岡本麗演じるホステスが李香蘭の「夜来香」を上手に歌っている。岡本麗さんって歌が上手いんだなぁ…と感じさせる。

すると、次には美人だが客あしらいもままならぬ様子の秋吉演じるホステスに客たちが「歌えよ、歌え」と言い出して、だらしなく酔っ払っている秋吉がカラオケ用の小さな舞台の上に立つ。聞こえてくるイントロは、中島みゆきの「ひとり上手」である。やがて、秋吉がカラダでリズムを刻んで、如何にも素人っぽく唄い出す。ものすごく音程が安定しない、頼りない歌声なのだ。


わーたしのー、帰る家は〜

あなたの声のする街角


この秋吉久美子のカラオケシーンは、見事でした。ヘタクソというか、ボロボロな状態で歌っているのですが、味がある。


ひとーり、上手と、呼ばないで〜

一人が好きなワケじゃないのよ


このシーン、秋吉久美子の歌う調子っぱずれ具合に味がある。この「ひとり上手」という楽曲の世界が嵌まり出してしまい、うわぁ、見事なシーンだなぁ…と感嘆させられる事になる。演じている秋吉さんも、或る意味では見事なんだろうね。半開きの口で目も虚ろ、そんな女が騒々しい酒色に溺れた酔客たちの中で「ひとり上手」を唄っている。その果敢なさ、そのコントラスト、その美しさ。

根津甚八演じる幸雄は、どんどん狂い出す。幻覚のシーンでは、何やら鼻孔の中から口の中あたりにかけて、うじゃうじゃと蛆虫のような虫が蠢いている映像がある。この幸雄はやがて被害妄想を高まらせ、常に刃物を携行するようになる。「俺の人生が巧くいかないのは、あいつの所為だ」のような攻撃性が頭をもたげはじめる。終盤、「これは根津甚八じゃないよね」と見間違うほど人相が変わる。

強い風が森をざわざわと揺らめかせている。