テルアビブ空港襲撃事件(リッダ闘争)は文献上、世界初の自爆テロであったとされ、それを敢行した人物の一人が奥平剛士であった。この奥平剛士は元々はセツルメント活動などをしており、社会奉仕の精神に富んでいた人物であった。同時並行として左翼思想へ没入した。没入したのは都市ゲリラ戦で革命を成し遂げようとする京都パルチザンと名乗る組織であった。

この奥平剛士は、詩を残していた。

奥平剛士
これが俺の名だ
まだ何もしていない

何もせずに生きるために
多くの代価を支払った
思想的な健全さのために
別な健全さを浪費しつつあるのだ

時間との競争にきわどい差をつけつつ
生にしがみついている

天よ、我に仕事を与えよ


最後の一行である「天よ、我に仕事を与えよ」は、「私にジョブをくれ」の意ではなく、当然、「天よ、我に天命を与え給え」の意である。

いわゆる左翼思想の人物でありながら「天」を前提にしている。これは西洋的なマルクス主義ではなく、実は東洋思想が典型的に影響しているよなって思う。実際のところ、この奥平剛士は三國志マニアだったと重信房子の証言にある。それ故に、このリッダ闘争(つまり、自爆テロ)を敢行する前に、自爆テロを近いあった同志3名で「桃園の誓い」なるものを行なっている。念の為、説明しておくと「桃園の誓い」とは、劉備と関羽と張飛とが義兄弟の誓約を交わしたのものである。

【桃】が東洋思想、特に道教思想に特に痕跡を残している。桃源郷・桃仙郷とは即ちユートピアの事であり、果実としての桃は、その象徴であり、その桃の種ともなると女陰に形状が似ている事から魔除け(邪視)の技法にも用いられる特別な果実である。日本神話にも桃は登場しているし、おとぎ話の桃太郎なんてのも、その御供として犬、猿、雉が登場しますが、実は方位としての戌、申、酉を意味している等と言われている訳ですね。

また、「誓い」とは「誓約」である。またまた、同志と義兄弟の契りを結ぶという発想も東洋では古代からの伝統であり、つまり、「死ぬときは一緒である」と固く固く兄弟分の誓いを立ててしまう事である。で、この様式は、紛れもなく任侠映画などで昭和30年代もしくは40年代ぐらいまでは、実際に日本社会の中で一定以上の価値基準を置かれていた事が否定のしようがない。

京都パルチザンの教祖的な存在であった竹本信弘は左翼思想に任侠道を取り入れていたとされ、或る種、義侠心などを肯定したゲリラ思想であった事で、改めて、答え合わせが可能になるし、赤軍派最高幹部と呼ばれていた塩見卓也にしても水滸伝に多大な影響を受けていたらしいから、なんだかんだいってマルクス主義を掲げていた過激派にしても東洋思想のそうした精神風土は影響していたのでしょう。

では、何故に自爆テロにまで到ってしまうのか? 

それは自己犠牲を厭わないという態度であり、そこに到るまでには精神的跳躍がないと、そこまでは踏ん切れないものでしょう。そこまでの覚悟に到達してしまうという事が不思議といえば不思議でもある訳ですが、これは「振れ幅」の問題のような気がする。

この振れ幅の問題は、観念的な問題ですが、好きな人に嫌われたらショックは大きいが、好きでも嫌いでもない人に嫌われてもショックは小さい、その振れ幅の問題と似ている。おそらく、社会正義なり、理想世界実現への情熱が強い者は、社会正義の為や理想世界実現の為であれば、我が身を捧げても構わないと発想するのでしょう。なんのことはない、情熱の強い人は、自己犠牲をも厭わないという態度になる訳ですね。

真面目な人ほど振り切れた場合には怖いという事かも知れない。セツルメント運動というのも典型的な慈善活動である訳ですが、やはり、未読ですが人文書院の書籍にはセツルメント運動をしていた大学生らが国家主義に取り込まれ、結局は、持ち前のその強い奉仕の精神、自己犠牲の精神というものが戦前の軍国主義に利用されたと分析しているらしい。

また、詩の前半には或る種の焦燥感のようなものも読み取れるかも知れない。前半で「(自分は)まだ何もしていない」と述べ、最後に「天よ、我に仕事を与えよ」なのだから、一たび、生を享けていながら未だ何も成し得ていない自分、そんな自分への焦燥。これは、或る種の功名心と関係しているような気がする。詩でも書いているタイプの者ではない限り、そういう心性を吐露する機会は少ないものと思いますが、思春期以降、何かを成し遂げて、出来る事なら歴史的な功績を残したいものだよね、なんて具合に夢想するものでしょう。内なる野望としてでしょうけどね。

死を覚悟して決行される決死隊によるテロという事になりますが、旧日本赤軍に言わせれば、当時の情勢からすれば、パレスチナとイスラエルとの間での戦争行為そのものであり、義勇兵として決行された作戦であった事となり、そもそも国際法上でも承認されている正当な戦争行為に義勇兵と参加したものであったという。正義というのは確かに相対的なものである事を考慮すると、そうなる訳ですね。また、リッダ闘争後に反イスラエルのアラブ諸国では、この作戦を決行した奥平剛士(自爆完遂)、安田安之(自爆完遂)、岡本公三(逮捕、服役後に亡命)は英雄視され、重信房子、丸山修の証言に拠れば、リッダ闘争のニュースは現地の人々を歓喜させ、タクシーに乗れば「あんた、日本人だろ。タダにしてやるぜ」となり、新聞を買いに行けば「あんた、日本人か。タダでもっていけよ」となり、町を歩けば日本人だというだけで地元の子供たちがまとわりついてくるほどの熱狂があったという。どうも実際に英雄的行為と認識され、大きな熱狂をもたらせた出来事であったらしい。

ミュンヘン五輪村襲撃事件にしても、最終的には銃撃戦を行ない死亡したテロリストたちの遺体を納めた柩がリビアに運ばれると、群衆らは手に手に頭上を橋渡しするようにして柩を御神輿のように担いで歓待している映像などが確認できる事を考慮すると、それらがホラ話であるとは片付けられなくなるでしょう。