NHK大河ドラマ「麒麟がくる」では終盤に本木雅弘さん演じる斉藤道三が、

「人の上に立つ者は正直でなきゃならぬ。正直でなければ、偽りによって人々を騙す。偽りによって国を騙す」

という具合のセリフを吐き、「おっ!」という感慨がありました。明智十兵衛光秀は正直者である事から、ドラマ序盤から見込まれていたのでした…。

また、本日、再放送されていた「未解決事件File8〜ケネディ暗殺事件」は、悔しいかな前編の録画に失敗してしまったものの、内容そのものは素晴らしい内容であったと思う。言ってしまえば、CIAによる一部のエージェントによる暴発説であった訳ですが、愈々、ケネディ暗殺事件の謎にチェックメイトをかけたのではないかと感じるような内容でしたかね。諸説あったものの、リー・ハーヴェイ・オズワルドは「捨て駒であった」、つまり、「嵌められた」という可能性を強く指摘し、同時にウォーレン委員会の公式発表を、ケネディ暗殺事件を追っている全米66名の専門家が悉く不支持である事に触れたのも大きな収穫であった気がする。

情報というのは怖いもので、先日、説明した水槽に粉末の一群を投入した場合と同じで、粉末が水面を万遍なく覆いつくしてしまったら、それが真実であろうが真実でなかろうが真実として認識されてしまう。ケネディ暗殺から、これだけ時間が経過しても政府による公式見解がこれだけ疑われてしまっており、且つ、「真実を隠し続けることはおかしい」という声がアメリカでも尚も根強い事に驚かされましたかね…。

ケネディ暗殺事件を陰謀論扱いして、のほほんとしたまま、陰謀論批判をする人たちが多い反面、実は、諜報機関による大統領暗殺と、その為に捨て駒にされた男が居たらしいという、恐ろしい真実を炙り出している。このケネディ暗殺事件は、小学生の頃の学級図書コーナーあたりでも「疑惑」について書いてあったことを懐かしく思い出しながら、「こりゃ、ホントに真実が語られる日が来るのかもなぁ」という気がしたものでした。

昨日のETV特集では、イアン・ブレ―マ―、ジャック・アタリ、ユヴァル・ノア・ハラリの3氏に道傳愛子さんがインタビューをしているという、硬派な番組がありました。ハラリ氏については、既に朝日新聞のインタビューでも、どのような見解を現在、発信しているのか既に知っていたのですが、イアン・ブレマー氏、ジャック・アタリ氏の見解も、基本的にはそんなに懸け離れておらず、本当は私の認識が著しく脱線しているという事は無さそうだなと確認した思いがしました。凡そは、3氏が3氏とも文明の分岐点になる可能性があるという提言でした。

イアン・ブレマー氏は、「犬を飼いましょう」という意外な提言をしてみせました。いきなり、意外な事を言い出したなと思ったら、「人間性を失わない為に犬を飼ってはどうでしょう?」のような意見でした。つまり、本旨は人間性を失う可能性があるので、そうならない為に犬を飼える人は犬を飼ってはどうでしょうの意。まぁ、犬派もあれば猫派もあるでしょうから、必ずしも犬でなくても良さそう。しかし、裏返すと、今後は接触を制限される等の常識になるのかも知れないので、人間性を喪失しやすく、そうならないようにしましょうの意であった。

ジャック・アタリ氏はどうだったかな。少し記憶が曖昧になってしまいましたが、視聴していて一番、私の見解と似ていてのが、このジャック・アタリ氏であったと思う。そうだからこそなのかも知れませんが、何を主張していたのか思い出せない。

そしてハラリ氏ですが、朝日新聞のインタビューには記されていなかった部分まで見解を知ることができました。本当は「民主主義を堅持せよ」と強く発信している。二つの選択肢に差し掛かっており、独裁的監視国家体制を選択すべきか、或いは現行の民主主義を選択すべきかと提示していた訳ですが、ハッキリと、後者を選んだ方が利口だとハラリ氏は語っている。イスラエルと、確かチェコと言っていたと思いますが、現在のコロナ禍に乗じて、国家元首に超越的権限を与える動きがあった事に言及していたので間違いない。

ここのところ、新型コロナのニュースだらけであり、ロクに、そうした政治情勢を知りませんでしたが、ハラリ氏の説明から私が想起したのは、ナチスドイツが選挙で勝利した後にヒトラーが総統になったのを思わせる動きと似ている動きなんですね。日本でも緊急事態宣言に対して、慎重であるべきとか警戒感があったのは、それをやられてしまう事への危惧であったと思う。何しろ、安倍政権の場合は問題が噴出中、しかも現在進行形で「不信」の渦中にあったのが事実なのだ。検事長人事問題もあれば、「桜の会」の問題も忘れ去られましたが、実際にはホテルの料金に係る部分で嘘が露見し、且つ、リストからマルチ商法の名士の名前が出てしまい、それが更に総理夫人の営んでいる「UZU」に出資していた辺りまで報じられ、総理と官房長官の間にも隙間風が吹いているというタイミングで、このコロナ危機に突入したというタイミングでもあった訳で。

やはり、一方的に監視されるのではなく、相互監視であるべきで、一方的な監視社会をつくられてしまった場合、真実は常に覆い隠され、人々は騙され、国も騙されるって事って事を、懸念している――で、いいのだと確認できましたかね。日本では、何故か、この言説が弱いので不安もありましたが…。

おそらく、現在、マスメディアを通して、マスメディア的な英雄待望感情が形成されてしまっていると思う。小池都知事あたりは日本には珍しい政治パフォーマンス巧者だし、吉村府知事あたりにしても在京マスメディアの注目の仕方はに安倍政権への失望から英雄待望感情になってしまっているような気がしないでもない。鈴木道知事や吉村府知事が迅速な対応をしている事は冷静に評価して然るべきですが、だからといってテレビ的ポピュリズムには傾斜しない方が賢明なのではないかなという気もしますかね。この流れは数年前の「ハシズム」にも似ているのかな。このパニック下で、超権的リーダーを希望し、排外主義的な全体主義を希求し始めてしまっている事、既に国家主義的社会主義に傾斜している事を肝に銘じておくべきだと考えますかねぇ。政治家もテレビやネットに乗せられ放題で、即座にハンコ文化批判を政府が検討に入り、9月入学案などは僅か2日の間で政府が検討に入るみたいなことになっちゃってる。自覚はないのでしょうけど、付和雷同といえば付和雷同な状態になっているようにも見える。

家賃補助にしても、おいおい、先ずは当事者間の犒戚鶚瓩箸いι分を考慮すれば、地権者と借主側との間での折衝の仲介をしてやるのが先決でしょう。いきなり、苦しんでいる人たちの為に国費で家賃を代わりに払ってあげますというのでは、借主を助けているのは確かだが、同時に地権者に対して国民の税金で支払いをしている事にもなりかねない問題ですやね。