以前に、添田知道著『日本春歌考』(祥伝社カッパブックス)を題材に小野小町について記した事があったのですが、どういう訳か、気まぐれにアクセス数を稼いでくれている。『日本春歌考』は、なんだったかな、荒木一郎さんの自伝あたりで「自分が主演した映画であるが原作が非常に面白いものであった。当時のベストセラーだった」と記してあったので探して読んだのだったかな。簡単に言えば、日本人にとっての唄とは、おおらかなものであり、平気で春歌(猥褻な歌)を唄っていたのですよの意味であり、おそらくは野坂昭如なども影響を受けていたものと思われる。ずいずいずっころばしって、指でつくった輪っかに人差し指を出し入れしますが、あれは、なんのジャスチャーでしょうって考えれば、察しはつくのかな。

で、小野小町無腔説というのは、平たく言えば、美女で有名な小野小町にはアソコの穴がなかったという俗説であった。故に、裁縫の待ち針は「待針」であるが別名として「小町針」、「町針」とも呼ばれる――と。(この『日本春化考』の著者は、日本初の演歌歌手(演歌師)とも呼ばれた添田唖蝉坊の息子さんだったのかな。)

そのテーマが、このように繋がってくるのかと改めて感心したのが佐伯順子著『遊女の文化史』(中公新書)でした。もう、これは色々と…。前述した小野小町についてから、別の機会に取り上げた華厳経に記されている善男童子が阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい/最高の悟りの意)を得んとして高級娼婦ヴァスミトラ―に出会った話などにも触れられている。私は、この話をひし美ゆり子さんがヌードを披露した「好色元禄マル秘物語」という東映映画に絡めて取り上げましたが、まさしく、あの話であった。

いやいや、それどころか近松門左衛門、折口信夫、柳田邦男等。それらをヨハン・ホイジンガの遊戯論なるものをベースにして、そもそも「遊び」とは何か? 文化とは遊びではないのか? 本当は聖と性は元は一緒であった、聖女とは即ち遊女であったという切り口で述べている。内容的には学術論文に近いのかな。

どこか書き漏らした事があるだろうかと思えば、やはり、『遊女の文化史』に倣えば「聖と性」もしくは「聖女と遊女」が元々は、同一であっただろうの部分でした。ホントは、さほど議論の余地は残していないテーマでもあるが、何故か巷では聖女と遊女とは対照的なものとして理解され、聖女は上品であるが遊女は下品である、聖女は称揚されてしかるべきであるが遊女は冷遇されて然るべきであるという、その決定的な差別的な認識がある。

小野小町は、日本に在っては古代から美女の代名詞であるワケですね。本当に美女であったのかどうかは、この際、問題ではない。美女の象徴が小野小町に求められた事が問題なんですね。では、美女の像を重ねれられた小野小町の像とは何かというと、「恋多き女」という像であるという。きっと美女だから言い寄る男が沢山いて、モテてモテて仕方がなかったのだろうと考えるが、そうではなく、像としての小野小町が「恋多き女」であり、「気の多い女」と理解されていた事が、小野小町の像を絶世の美女にしていったという。

その後に、小野小町無腔説などが俗説として出回った訳ですが、小野小町に関しては無腔説のほかにも御伽草子の類いでは、「かつての絶世の美女も、憐れ、乞食になっていた」とか「かつての絶世の美女も、憐れ、ドクロになっていた」という類いに描かれていた。それらは作り話であり、おそらくは絶世の美女と言われた小野小町、その美女のその後はどうなっていると考えらえるだろうかという思索の中で生まれたフィクションである訳ですね。そこには、「絶世の美女だって年月を経ればドクロになっちまうワな」という日本人の無常観が反映していただろうし、絶世の美女への嫉妬のようなものがあれば「小野小町? 美人だったそうだけど、アソコに穴がなったって言うぜ」という具合に後世に描かれていった事が読み取れる。

小野小町は絶世の美女だったから、王子様に気に入れられて、それはそれは幸せな人生を送りましたとさ、めでたし、めでたし。とは、後日談を紡いでくれていないのだ。そのような絶世の美女は、まるで地獄へ落ちるべきという怨嗟が隠れているかのような、悲しい結末を後日談として人為によって書き加えれてきた事、その証左なのだ。

この問題を、前掲著では、「聖女と遊女」及び「聖と性」は元々は一つであったが、文化度の上昇と共に対照的な事柄、「聖」が高貴にして善であり、「遊」が破廉恥にして悪であるという具合に分離していったという、その文化史を論じているのだ。これは原点は、折口信夫の「浮かれ女」の話でしょうねぇ。浮かれ女とは、遊女である。遊女と記して「ゆうじょ」と読むか「あそびめ」と読むか、微妙ですが、そもそもは「浮かれ女」の意味であり、つまりは、きっちりとした土台を持っていない、つまり、娘として生まれ、嫁に行き、子を産んで、しっかりと地に足のついた生活をしている母親像からは、逸脱し、浮いてしまった女の意での「浮かれ女」である。こう述べると、いわゆる「行かず後家」とか「オールドミス」を想起してしまうかも知れませんが、そう限定するものではなく、地に足の着いた女に対しての対義語としての「浮かれ女」である。地女⇔浮女。

遊女というと即座に売春婦を想像してしまいますが、そうではない。結果として、地女になれなかった女は、定住の拠点がない事から「浮かれ女」になったと考えられる。こう述べると、浮かれ女の意味が腑に落ちて来るでしょう。

そして、どういう女が浮かれ女になるのかという問題がある。現代社会を念頭に置いてしまうと毒々しい話でもありますが、それらを引っくり返す話なので、お付き合いいただくとして、つまりは、嫁になれないとか、母になれないとか、そういう女は、浮かれ女にならざるを得なかった、その問題を指している。地女に向かない女は、浮かれ女にならざるを得ない。地女は妻となり、母となる事で、その安定を獲得する。しかし、浮かれ女には、その安定は訪れない。定住の家がなく、流浪の生活をする訳ですが、一定程度の容姿を有していれば、結局は、体を売る事、春を売る事になる。また、地女に向かない女には、聖女が含まれる。美女の誉れが高ければ高いほど、実は一人の夫に嫁ぐ事が難しくなる訳ですが、これが、つまり、「美女」と認識される女の正体でもある。最近でこそ、アイドルの結婚も祝福されるようになったものの、一昔前は結婚を発表した途端にアイドルではなくなってしまい、途端に人気がなくなってしまうなんてのがあり、実際には現在でも、この法則性は生きているものと思われますが…。

で、小野小町ですが、これ、即ち「美女と認識されてしまう像」になりますが、その「美女と認識されてしまう像」は、娼婦と同じように、実は人々から共有の財産として認識され、そう扱われてしまうので、実は一人の夫の元へ嫁ぐという事のハードルが上がってしまうらしい。

この部分、簡単な事なんですが、見落としてしまいがちだし、説明が難しい。人気のあるキャバクラ嬢は、人気キャバクラ嬢であるが故に一人の夫の所有物となる選択を選びにくい。この「人気キャバクラ嬢」は「アイドル」に入れ替える事もできる。比較文化論的に、それを広げてゆけば、美女全般は、美女、特に稀有なレベルの美女と認識されてしまったりすると、或る種、共有財産のように思われてしまうので、一人の夫の所有物になるかのような、その選択をするハードルが上がってしまう。またまた、それは売春婦や娼婦も同じで、一人の男の所有物になる訳にはいかない。彼女たちは春をひさぐ事が商売であり、生業なのだ。

また、その事によって「美女と認識される女≒浮かれ女」であり、「浮かれ女⇔地女」の図式が見えてくる。小野小町こそが、日本では美女の像を押し着せられてしまった人物である訳ですが、実は、その美女の像を押し着せられてしまった瞬間から、もう、本人が地女にはなりたいと欲しても、そちらに行くにはハードルが高くなるという目に見えぬ圧力が生じると考えらえるのだそうな。しつこいようですが、「浮かれ女」とは、地に足をつけて生きていけない女であり、美女と認識される女、殊に美女度合いが過ぎると、実は地に足をつけて生きにくくなる――という目に見えない圧力が生じるの意。

何故なら「美」は共有財産であると、実際に認識されてしまうものだから。これは非常に身勝手な原理ですが、きっとあるでしょう。福山雅治さんが結婚した後、何やら、それまでの人気路線に異変があったような記憶がある。また、私にしても、高校生の頃に部屋にポスターを貼っていた原田知世さんあたりが結婚しているのかどうか、もう、これは断じて知りたくない。仮に、これこれこういう人と結婚したらしいと知る機会があったなら、落胆と言う程ではないにしても、やはり、軽く落胆に近い脱力感を感じるような気がする。極めて勝手な落胆である訳ですが、まぁ、世の中、そういう心理が実際にあるし、作用していますね。


そして、浮かれ女の代表選手は、遊女、流しの売春婦であっただろうとなる。おそらく遊女とて恋をする。できることなら一人の男と結ばれて幸せになりたいと考えるものかも知れない。しかし、遊女は遊女であるが故に、その選択が難しい。地女の対極にあるような存在であり、地女が最も敵視するのも遊女かも知れない。不特定多数の男と同衾してカネを得る女なのだから、これほどの脅威もないし、歴史的なものがあるから、亭主族を色香で誑かしている女狐、そういう迷惑な存在として認識される。しかし、それは地女目線であり、男たちからすれば遊女はカネを払いさえすれば、相手をしてくれるという有難い存在の、共有財産であったという顔を持っている。

フツウの遊女が誰かの妻になったからといって大事件になりやしないだろうが、遊女は共有財産であると認識されているのも確かだから、人気のある遊女であったなら、やはり、問題が起こる。遊郭のような場所が出来て、大夫(たゆう)だ、花魁(おいらん)だと人気者が登場するようになると、彼女たちは引く手あまた。そうなると惚れた男と結ばれたいが、「そうは問屋が卸さない!」と横槍が入ってトラブルとなる。そして、それは社会秩序化してしまうのだ。

そうした社会秩序の中で遊女はどう考えるのか? 遊女の悲恋、結ばれたい一心で心中する男女を描いたのが近松門左衛門の心中モノの正体であるという。現実世界の浮世では地獄に堕ちようともが、あの世では結ばれようじゃねぇかいとか、生まれ変わって結ばれようじゃないかいっていう死生観に基づいている。


何故、遊女は悪と認識されるのかについては、既に触れているのかも知れませんが、つまり、地女からすれば敵視される存在であり、また、家内安全という風に家の安寧を第一に考える男からしても遊女は、或る種のパートトイム・ラヴァ―という意味で、共有財産と認識されている。カネで割り切っているパートタイム・ラヴァ―なのだから家に入れる訳にはいかない。なので、どうやっても遊女は、社会からは爪弾きにされやすい性質を持っている。

しかし、そもそも「元始、女性は太陽であった」というのは真実だと思われる。文明、文化の発展に伴い、女性は男権的な文明の中で、おそらくは囲われの性となった。そして、おそらくは、人々は聖女を共有財産とし、聖女は売春をしていた。ヘロドトスなどが「聖なる性は、すべての女に課されていた」等と残しているという。バビロン人の風習として、アフロディーテの社内で、バビロン人の女には、そこへやってくる見知らぬ男との性交渉を一生に一度はする事が義務付けられていたという。また、そこで女と性交渉した男は、そこにカネを投げ捨てていく事が義務付けられていたという記述があるのだそうな。これを解釈すれば、つまり、すべての女性には聖性が負託されており、そこで性を売り、しかもカネは、おそらくは女が受け取っていない。神の前で聖なる儀式をし、それで発生した対価は神を通して何かしら還流していたと思われる。これは代表例であり、この他にもインドネシアでは衆人環視の下で着飾った売春婦が招かれ、その売春婦を村の男の一人が抱くという風習などもあったといい、また、ここ日本でも何やら、お祭りに乗じて乱交らしき事に興じていた風習があった事は確かなのだ。どこかの時点で人類は、聖なるものと、性とを分離させた。元々は、売春にしてもも、性的な事柄にしても、忌避される何かではなかった。売春という行為にしても、売春婦にしても明らかに神聖なるもの、聖性のものであったと思われる訳ですね。性の方に関しては、なにやら、すまし顔で、破廉恥な行為と認識するようになった――。

『遊女の文化史』では、この問題をやっている。聖と性とは元々は一つであった。遊女を題材とした和歌は多く残っており、しかも遊女はこの上なく歌舞が上手いものとして描かれている。つまり、遊女とは性行為を金銭と交換するという意味での狭義の売春婦そのものではなく、美の体現者であり、見目うるわしく、服装も化粧も派手で、歌も舞も上手い存在として描かれているという。花魁のド派手な衣装に象徴的ですが、美の化身は豪華絢爛であらねばならないという。ひょっとしたら、いわゆる水商売の女性たちがケバケバしいのは、派手である事の体現であるかも知れない。

アン・ルイスの名曲「あゝ無情」では、


ねぇ、わたし (フッ、フー)

ステキでしょ? (フッ、フー)
 
ケバさがいいでしょ? (フーイ、フーイ、フーイ、フーイ!)

とサラリと唄われていますが、案外、ヒトは、そういうケバケバしさに見惚れたり、本能的に欲情してしまうものでもある。ド派手なメイクを悪趣味だと感じるのは少なからず町の人の感性であり、地女的な感性であり、市民階級の感性で、本来的・本能的にはヒトは、とにかく「ド派手である事そのもの」が「美の体現そのもの」であったと思われる。

勿論、遊女と一口に言っても、ピンからキリまでなのかも知れませんが、和歌に残されているような遊女は、総じて美女であり、そう、普賢菩薩に例えられたりしている。華厳経で言えば、これはヴァスミトラ―でしょうねぇ。実は聖女なのだ。男たちは遊女に向き合っていたのではなく、そこに見目麗しい聖女を目撃し、歌を聞き、そして言葉を交わし、体を重ね、忘我の境地を得ていたという事のような気がする。

そして、その聖女は、簡単に男たちを昇天させてしまうことができる。この部分の「昇天」は昇天なのだから、俗っぽい表現になってしまいますが、高尚な意味でも昇天は昇天でしょう。男を忘我の域に達する事が実際に出来てしまう。だから、大阪の神崎の遊女伝説の中には、その神崎の遊女の長者(カシラぐらいの意味)に会いに行ったら、実は普賢菩薩だったという都市伝説が生まれた。また、これらの売春は舟の上で行なわれたというから、色々と気付いてしまう部分はあるかも知れない。

貴と賤、貴賤の分岐点ってのは、聖と性との分岐点と一致しそうかなぁ…。表面的に変態丸出しでは変態扱いされてしまう訳ですが、本当の事を言えば、世の中は破廉恥なのに、破廉恥である事を覆い隠し、自分たちだけは「貴・聖」のつもりとなって、分離した「賤・性」を不当に貶めているのではないだろか。

『遊女の文化史』では、巫女と遊女は同源であり、性の方だけを遊女が持って行き、穢れの無い聖性を巫女が担ったという具合に説明していましたが、基本的には、類する事もそうでしょうねぇ。性的な事柄を信仰していたのに、近現代になってから、そんなものは破廉恥だと言い出して自分の身の周辺だけ清潔にして、ヨゴレの部分に関しては賤しい人達に押し付けてしまっているというのが真相のような気がする。

これは少々、複雑とも感じましたが、ホイジンガの遊戯論らしきもので説明されていました。性とは生命の称揚であり、本来は何ら後ろめたいものではない。また、「遊び」とは万物の素であり、そもそも人間は「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)だという。性交渉は子孫を残す為の神聖な儀式であるという考え方は偽りであり、こりゃ、ケーシー高峰が言ったように、ホントは別に大義なんて持っておらず、ただただ気持ちがイイから性交渉をしてきた訳ですね。しかし、見栄っ張りな人類は、いつしか「遊び」は勤勉に繋がらないので「悪い事」として、また、快楽の「楽」にしても、「貴様、楽をしてサボータジュする気だな、けしからん!」という風に世の中を正義で編んでしまい、遊びには生産性がないと忌避し、快楽を貪る事を忌避するようになった。