どーか誰にも見つかりませんようにブログ

人知れず世相を嘆き、笑い、泣き、怒り、足の小指を柱のカドにぶつけ、金星人にSOSのメッセージを発信し、「私は罪のない子羊です。世界はどうでもいいから、どうか私だけは助けて下さい」と嘆願してみるブログ。

カテゴリ: 世相・社会

アダム・オルター著/上原由美子訳『僕らはそれに抵抗できない』(ダイヤモンド社)では、依存症ビジネスについて語られており、帯には「悪用厳禁!」という言葉も踊っている。デジタル礼讃の御時勢であるが、その実、世界的IT企業の経営者たちは自分の子息たちにはデジタル・デバイスを与えない教育をしていいる、これは、最近、週刊新潮でも取り上げられた有名な話でもある訳ですね。何故、デジタル機器が危険なのかというと、そもそもからしてデジタル産業の多くは、利用者を依存症にしてしまう「依存症ビジネス」とでも呼ぶべき、思いの外、巧妙な技術を駆使して、それらが出来ている事を証明している。

で、その中で、興味深い実験の話がありました。それは、その報酬を一件あたり片付けるごとに定額でカウントされる出来高払い制と、そうではなく、報酬が確実なのか不確実の方が効率的に働かせることが出来るのかという問題に直結している。巧く利用すれば、労働者から効率的に搾取できるかもしれないという、その脳の報酬系に係る或る実験の話です。

簡単に言うと、

ヾ袷棺侏莵睚Гい猟螻枩の報酬

不確定の報酬

の比較でもある。

1971年、マイケル・ゼイラーという心理学者が、空腹の鳩3羽を使った実験であるという。この実験台たる鳩によって、最も効率的な報酬の出し方を見い出そうとしたものだという。

どういう実験であったのかというと、鳩が、装置のボタンを突くと、エサが出て来るというシンプルなものであった。^豌鵝▲椒織鵑鰉椶覇佑韻丱薀ぅ箸赤く点灯して必ず定量のエサが必ず出てくるという完全出来高払い定額制と、▲椒織鵑鰉椶覇佑とライトは赤い点灯するが、必ずしも定量のエサが出て来るとは限らないケース、とを比較したのだそうな。

さて、この,鉢△如△匹舛蕕効率的に鳩にボタンを突かせる事が出来るのか?――という実験であった。

これは動機付けの各種理論なども参考にして結果を予想すれば、約束は守られるべきであり、,良ず労働の対価として報酬が与えられた方が動機付けとしては巧く行くに決まっているように思える。ところが、この鳩の実験では、その予想は覆された。つまり、△諒が鳩は必死にボタンを突いたのだという。

この実験から何がどう仮説づけられるのかというと、報酬は確実に与えられるよりも、不確実な方が人を病みつきにできる、夢中にさせる事ができる、依存症に陥らせる事が出来るという、その悪魔的な、ヒトを含めた動物の脳、その脳内の報酬系の仕組みに触れてしまった実験あった可能性がある訳ですね。

10回ボタンを突けば、10回、エサを得られる。これが,任△詭ですが、この鳩の実験では、それ以上に鳩を必死にさせたのは、10回中5〜7回しかエサが出ない報酬装置であった――。100%の確実な報酬を与えるよりも、50〜70%の割合で報酬を与えた方が、動物は必死に働く可能性がある――と。

因みに、10回中1回、つまり、10%の確率でエサが出るというのでは、さすがの鳩さんも心が折れるらしく、碌にボタンを突かなくなる。しかし、鳩さんの心を最もフィーバーさせるのは、50〜70%の確率でエサが出るか出ないかの、そのギャンブル性にある事が、その仮説からなんとなく導けてしまう可能性がある。鳩さんは、100%の確率でエサをもらえる場合よりも、50〜70%の確率でエサをもらえる方が、猛烈にボタンを突っつくらしいのだ。

で、薄々、この話から、我々は我が身、我が世にも、これが当て嵌まるであろうことを想起できますやね。パチンコ機器やスロットマシン、その他のカジノ施設などのギャンブル全般は、実はヒトを依存症にするノウハウを思いの外、多く利用している可能性がある。何故なら、それら依存症ビジネスは、ヒトを依存症にしてナンボというビジネスだから――。しかも、脳の中の報酬系のデータを流用して、そういう仕組みをつくっているのだから、そもそも我々が、そんなものに抗える訳がない。総じて現在のデジタル社会には、ゲームに限らず、この応用が為されている。フェイスブックの「いいね」ボタンや、YouTubeの再生回数や、ツイッターの閲覧者数だとかリツイート数だとか、つまり、バズるかバズらないか等も、往々にして、その報酬系を刺激する材料にして爆発的に拡散したシステムである訳ですね。

AIの新井紀子さんでしたっけ、「その内、人類はタダ働きをさせられるようになるかも知れない」てな具合の事を語っていたけど、その話です。効率化の名の下に、社会全体、世の中全体がゲーミフィケーションされてしまうであろう――と。

で、100%ではなく、また、80〜90%でもなく、50〜70%の割合でしかエサがもらえない場合に、最も鳩さんを欲望の虜にし、猛烈にボタンを突かせる事が分かってしまった場合、どうせ動物の脳の仕組みは同じだろうから、どれ、人間にも応用してやるべと悪魔的な事を考える訳ですナ。

日雇い労働者に対して、一日働かせて、その日の日当として報酬を払うが、その報酬を7割に減らした方が、効率的に働かせることが可能かも知れない。さすがに、そんなマヌケな人は居ないさと思うものの、これ、実は思い当たる事がありました。伝説的ノンフィクションライターの朝倉喬司さんの著書であったと思いますが、明治・大正期の炭鉱労働者などは、所謂、飯場(ハンバ)に住み込んで仕事、仕事、仕事と、仕事漬けにされていた。【飯場】って、今、変換できませんでしたが、昭和50年頃までは、あちこちにありましたやね。そこでは、花札やトランプ、麻雀などの博打が娯楽として行なわれていた訳ですが、多くの炭鉱労働者は、それら博打の負け分の返済があって、全報酬の全額とは言わないまでも、結構な割合を仲間に借金してしまっているので、容易に飯場から逃亡できなくなるという仕組みになっていたという。また、労働基準法などにも定められていますが、賃金全額払いの原則があり、勿論、賃金は全額を支払わねばならず、労働者に負債を追わせて働かせる事を禁じている。しかし、これを飯場、つまり、仲間内、同僚たちとの間でやらせて負け分の支払いの為に働かざるを得ない状況までもを、法律でどうこうできる訳ではない。だから、人足を調達する手配師らは、仲間内で花札をして借金があるので里へ逃げることもできない、そういう原理を利用して炭鉱労働者を管理していたものと思われる。

いやいや、月給制の人たちに対しても、要はギャンブル制を導入して賃金全額払いの原則が見えないようにしてしまえばいいのだから、定額報酬制から不確実性の高い報酬体系に変えてしまえば、気付いた時には、50〜70%の報酬なのに仕事中毒にしてガムシャラに働かせる事が可能になるかも知れない等と応用する未来が来るのかも知れませんやね。

既に、椅子に腰掛けての仕事は効率的ではない、健康的に良くない、ロコモ症候群がうんぬんかんぬんとか、なんとか言っちゃって、四六時中、立たせた状態で仕事をさせる事が持て囃されているようですが、きっと、どこかで資本家がほくそ笑んでるって気もしますかねぇ…。また、まんまと、競争心理を煽られて、自分だけが抜け駆けをして出世しない事には、生活はままならぬという状態をつくれれば、我々は実験箱の中の鳩さんのように、せせこましく生きねばならない。

資本家の手下の手配師の論理かすれば、東京の山谷であるとか、大阪の釜ヶ崎であるとか、ああいう場所の人足は隠語で「アンコ」と呼んでいた。そのアンコを巧く手配して、なだめておだてて働かせて、東京や大阪といった街を築いた。アンコにゃ、酒と博打でもやらせておきゃあ、それでいいのよ、という街場の資本主義は、いつの時代にもあって、きっと今でも、そしてこれからも…。
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年末年始に週刊誌の整理をしていて、思わずコピーを取ってしまったのが、週刊文春6月11号でした。半年ほど前の話なので記憶も朧ですが、今一度、当時の状況を回想してみると――。

昨年6月27日に、第二次補正予算が閣議決定された。その事業規模は160兆円を超える巨大のものであり、当時の安倍政権は「スピード重視」と口を揃え、且つ、コロナ禍でマスコミも沸き上がってしまっており、プッシュ式の支援が必要だと、この犒貔罵霹餃瓩糧稟修枠鷯錣望なかったんですね。

で、そのドサクサに幽霊法人の問題が浮上した。一般社団法人サービスデザイン推進協議会(以下、サービス協議会)が問題視されたのでした。政府は同サービス協議会に796億円分を依頼したが、その内の749億円分(97%)は電通に再委託されていた。電通と経産省が近い関係になっており、当のサービス協議会は幽霊会社、20億円ほどを狠翦瓦瓩靴禿田未亡歸蠅欧靴燭世韻任呂覆い里――と騒ぎになったのでした。そして、この一般社団法人サービス協議会なる組織には公式サイトもなければ、電話番号さえ非公開だったので「実体のない幽霊法人ではないのか?」と騒がれたんでしたよね。

で、このサービス協議会なる一般社団法人の正体ですが、そもそも経産省と電通とを繫ぐトンネル会社ではないのかと問題視された。サービス協議会は2016年5月に設立され、経産省の「おもてなし規格」の認定団体としてスタートしている。

おもてなし事業については公募され、それをサービス協議会が落札した。落札日は2016年5月16日であり、サービス協議会の設立日も2016年5月16日だそうで、常識的に考えれば、これはトンネル法人でしょうねぇ。落札する前から、落札して事業をする事が前提になっていたかのような、そういう幽霊法人だったのだ。しかも、「おもてなし規格」とは主にインバウンド向けにサービス産業を評価する枠組みであり、普及促進、実態調査について請け負っていたのは電通であるという。まぁ、言ってはなんですが、イベサー、イベントサークル的な広告業界のノリの法人であり、しかも、困った事に経産省と電通がどう考えても牛耳って、ミシュランのような格付け委員会になろうとしていたかのような、そういう法人、団体であったと強く推測できてしまう。

当時、メディアでは、狠翦瓦瓩鬚靴燭畔鵑犬蕕譟△修粒曚20億円にも批判が集まっていた。しかし、週刊文春の当時の記事に目を通すと、政府の説明と一緒で、銀行振込手数料だけで15億6千万円かかっており、実は20億円の中抜きそのものは、さほど異常ではなかったので、批判も盛り上がらなかった訳ですね。しかし、問題は、20億円の中抜きではありませんね、コレ。公募した事業なのに、経産省から事前に電通に打診があって、電通と経産省とが共謀して立ち上げた法人こそが、この「一般社団法人サービスデザイン推進協議会」の正体であった。ホントは、中抜きが問題だったのではなくて、政権と電通、経産省と電通の距離が近すぎて税金で行なうべき事業なのかどうか、或いは、公正な競争原理から逸脱しての公募であった事、いわば「公募に見せかけての公募」であった事に問題は集中している。

で、当時、治療薬として期待されていた薬品名としては、アビガン、レムデシビル、オルベスコ、フサンといった候補があった訳ですが、当時、最も注目を集めていたのは御存知、アビガンであった。経緯は以下のようであった。漢数字を算用数字に変換した上で、引用します。

実際、治療薬やワクチン開発には莫大な予算が投じられている。再注目は、安倍晋三首相が名指しで治療薬の有望株としてきたアビガンだ。

「4月7日に決定した緊急経済対策では『200万人分のアビガン備蓄』として約139億円が計上されました。また、アビガンや人工呼吸器等生産のための設備整備には約88億円の予算がつき、うちアビガンを製造する富士フイルム分として約47億円が割り当てられた。この日、日本は世界各国に対してアビガンの無償提供を決めましたが、この予算が約1億円。つまりアビガン関連では、約187億円が拠出されています」(同前)
(この「同前」とは政治部デスクの弁)

で、記憶されている方も多いと思いますが、アビガンの場合は妊婦が服用すると胎児に奇形が起こる事が動物実験で判明していた。仮に有効だとしても、その使用は対象を制限される事が分かっていたものでもあった。

「妊婦だけではなく、男性の精液中にも移行する。投与から7日間は避妊することが求められていますが、それ以降は影響がないのかどうか、検証されたことがなく誰にも分かりません」(医療ジャーナリスト)

それでも厚労省の要請がなければ製造すらできない異例の条件付きで承認されたことから、一部で「アベガン」と呼ばれてきた。というのも製造元である富士フイルムの古森重隆会長兼CEOは、安倍首相と最も仲の良い財界人の一人として知られているのだ。


まぁ、安倍晋三氏は長期政権であった事もあって、交流そのものが広いから、この辺りは何とも…。当時は、罹患した芸能人らもツイッターで「アビガンを投与された後に劇的に症状が改善した」のような言説も流布していたし、富士フィルムの株価が急騰していたという記憶もある。実際のところ、どうなのか分からない状況で、藁をもすがる中で、アビガンに予算をつけたとすれば強烈な批判は酷かも知れませんやね。しかし、分からないが故に、その問題もあって、新型コロナの場合は容態が急変する事が知られており、アビガンを投与したから劇的に回復をしたのか、或いは単に、医療者側が「こうなったらアビガンを使ってみるしかない」という状況になってアビガンを投与、アビガンとは関係なく、その重症化してからの日数で回復しているだけではないのか等々の指摘もあったと思う。

実はアビガンを巡っては、政権とマスメディアは前向きであったが、それでいて厚労省側は慎重姿勢であった。現在の加藤厚労大臣がアビガンではなくワクチンについてであったと思いますが、「オレは受けないよ」と放言してしまった騒動などもありましたね。どういう事かというと、アビガンを投与した患者と、投与しなかった患者との比較を行わない限り、アビガンの効果、その有効性を証明したことにはならず、どうも懐疑的なのだ。

昨年4月7日、厚労省ではワクチン開発支援として100億円の予算を計上し、対象となる研究について、AMED(日本医療研究開発機構)が公募を行なった。このAMEDの公募には、アンジェス社と、塩野義製薬と、KMバイオロジクスへの支援が決まった。しかし、その内は以下の通り、アンジェス社のみが支援額が多かった。

アンジェス社⇒約20億円

塩野義製薬社⇒約13億円

KMバイオロジクス社⇒約11億円

週刊文春は、ここでも安倍総理の交友関係を問題視されている。アンジェス社はDNAワクチンを研究しているので、これはアメリカのワクチンの状況からしてもおかしくはない。大量生産が可能なのが、DNAワクチンの特徴である。日本国内で、このDNAワクチンを扱っているのは、アンジェス社ぐらいしかないのでは…という事なので、予算配分そのものが不適切だとも言い切り難い。

しかし、アンジェス社の創業者にして大阪大学大学院教授の森下竜一氏は、安倍晋三氏との間に人的ネットワークがあり、2011年、つまり、野党議員であった時代の安倍氏は森下氏が司会を務めていたローカルラジオ番組にゲスト出演するほどの親密な間柄であった。ゴルフ仲間であり、勿論、桜を見る会にも招待されていた人物だという。

週刊文春は、DNAワクチンにコネクティングルーム不倫で騒動を起こした大坪審議官が傾斜し、肩入れしていた――と、皮肉を述べていたのが確認できる。確かに、中々、アンジェス社の開発したDNAワクチンについての報道というのが聞こえてきませんやね。

それと、やはり、これに触れないと変ですね。確かGoToトラベルには1兆6千億円もの予算がついた。しかし、ここで回想する限り、AMEDのワクチン支援には約100億円だという。GoToトラベル、つまり、観光業界って、どんだけ優遇されてんだよっていう。金額の単位、スケールが違いすぎじゃないんスかね。為政者に分配させれば分配させるほど、不公平が蔓延しているような感慨がないと言えばウソになる。実際に週刊文春6月11号では、8ページにも渡っ「血税乱費」の記事を掲載していたんですなぁ。
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23日付の読売新聞では、1面と13面と社説とで「デジタル教科書」への不安を報じている。読売新聞社の調査で、74市区町村を調査したところ、デジタル教科書への不安の声が相次いで上がり、望ましい教科書の形は「紙とデジタルの併用」という回答が62市区町村となり、これは併用が83%である事を改めて示した。デジタル化推進、デジタル化推進と、政府は大騒ぎしているものの、実際にはこんなものでしょうねぇ。

また、この事情は切迫している可能性があり、同日付の社説でも「紙とデジタルの併用を」と訴えており、「紙の教科書か、それともデジタル教科書か?」という二者択一の思考は誤まっていると釘を指している。

13面は特別面と銘打って、実施されたアンケートの詳細が報じられていますが、教育現場には根強い懸念がある事が、改めて示されている。

〇詢呂猟祺爾覆彪鮃面への不安

家庭の通信環境の確保

9仔發琉堕蠹な通信環境の確保

ざ軌のデジタル機器を利用しての指導力ノウハウ

ゥ妊献織覿飢塀颪諒脅困簀紡察盗難への対応

Α崕颪」時間の減少

等の項目が挙げられた。

また、この内、横浜市などでは、デジタル教科書に対しての制限は学校内ではかけられるが、自宅へ持ち帰っての有害サイトへのアクセスを防げるのかどうか等という声も挙げられてたという。

更に、端末の更新費用を誰が負担するのかという問題では、「国が負担すべき」が71.6%となり、費用負担の問題も発生しているという。

元文科大臣の河村建夫氏も「紙と併用で」と意見を述べ、読解力の低下を指摘した著書で話題となった国立情報学研究所の新井紀子教授の指摘も掲載されている。

,望紊欧蕕譴討い襦峪詢呂覆匹侶鮃面への懸念」には、読解力とすべきか理解力とすべきか、その問題もはらんでいる。というのは、実際に「目や脳への影響について、専門家の意見を聞きたい」という回答があり、デジタル学習の脳への影響も実は判然としていない訳ですね。

しかも、結構、不都合な事実が判明しつつある可能性がある。教育大国と冠されるスウェーデンでは、子供たちのスマホやタブレット端末の使用を制限する方向へと向かっているという。週刊新潮12月17日号では特集記事『子どもに蔓延する病『スマホ脳』」が掲載されていましたが、要は精神科医にしてMBA(経営学修士)の資格も有しているアンデシュ・ハンセン氏の著書が、スマホ脳の危険性を喚起した為であるという。(もっともその記事は、前掲著が新潮新書で発刊されるPRになっている訳ですが…)

過去にも別の著書を参考にして触れましたが、実は、スティーブ・ジョブスも、ビル・ゲイツも、トニー・ファデルも、我が子にはデジタル・デバイスを使用させていないという衝撃的な事実がある。フェイスブックの「いいね」機能を開発したジャスティン・ローゼンスタインともなると、(デジタル・デバイスを我が子に使用させない理由として、「依存症ではヘロインに匹敵するから」と回答しているほどだという。

これについて、科学ライターの竹内薫氏も答えている。ここから着色文字は引用です。

「当然でしょう。スマホがどうして人を夢中にさせるのか、仕組みを知っている人間なら子どもに安易にスマホは使わせませんよ」

東大の物理学専攻でプログラマー、現在は子どもたちに英語からプログラミングを学ばせる最先端のフリースクールを運営する竹内氏までそう言うのだ。

人間を夢中にさせる仕組みとは簡単に言えばこういうことだ。

そもそも人間の脳は、危険を察知する能力を高める方向で進化してきた。その結果、危機を脱する行為をしようとすると爛鼻璽僖潺鶚瓩箸いκ質を放出する。例えば、おいしそうな食べ物を前にしたとき、性的に興奮したときなどだ。太古の昔から脳は、飢餓から脱出せよとか、子孫を残せとかわれわれに命じてきたわけである。

そして新しい知識を増やしたり、未知の何かに期待したりすることもまたドーパミンを増やす。知識は危機の察知につながる。〜略〜

問題は、スマホはのべつまくなし、こういう刺激を人に与えてしまう点である。ニュースサイトだろうとメールだろうとSNSだろうと、「新しいもの」に出会えば脳の猜鷭轡轡好謄爿瓩郎酘阿垢襦

この仕組みを熟知して、利用しているのがゲーム会社やスマホメーカー、SNS運営会社なのである。


そして、結文ちかくに飛びますが――

衝動を抑制し、報酬を先延ばしにする機能を持つ脳の前頭葉という部位は、脳の中で最も遅く発達する。25歳〜30歳になるまでは完全には発達せず、10代ではまだまだ未熟であるために、脳の報酬システムが命じるままにスマホにたんでいしてしまうのである。だからこそ、この「報酬を先延ばしにする能力」、平たくいえば我慢をする能力が人生を左右するほどに重要なのだ。

すぐに新しい刺激が手に入るスマホをずっと手元に置いていると、この能力は育たない。子どもは欲望の赴くままに刺激され、どんどんバカになってしまうのだ。


この箇所、実はスマホを傍らに置いて勉強するのと、スマホを傍らに置かないで勉強するのとでも、実は学習効果に差異があったという研究があるのだそうな。

また、ノルウェーでは、タブレット端末と紙媒体で同じ短編小説を読ませ、どちらのグループが内容をよく覚えてたのかという研究をしており、結果は推察の通り、紙媒体の方がきちんと内容を覚えていたという。

拙ブログ:ネット依存社会〜2020-9-8

なんでもかんでもデジタル化する事が正しいかのような、そういう政策がブチ上げられていますが、ひょっとしたら既に為政者の方がスマホ脳になってしまっているっていうオチじゃなんでしょうな。







カジノをつくりたがっている人たちの脳味噌が、どうなっているのかって問題も、関係しているかも。
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イギリスで新型コロナの感染力が70%強いとされる変異種が確認され、世界中の株価にも変異種に係るものと解説されながら下落を始めていますね。

ちょっと気になっている事があって、週刊文春12月24日号には、次のような一節があったのでした。以下、着色文字は引用ですが、数字のみ算用数字に変換しています。

新規感染者数が2千人を超え、「第三波」が到来した11月12日。<現在流行中のSARS-CoV-2 D614G変異株は、高い増殖力と感染伝播力を示す>と題された論文が公開された。発表者はウイルス学で世界的な業績を持つ東大医科学研究所の河岡義裕教授だ。

「日本でいま流行しているコロナウイルスは欧州由来の変異株ですが、この株は変異によって感染力が拡大しており、飛沫感染しやすい性質を持つことが示唆されています。国立感染症研究所内でもこの研究結果は重要視され、官邸にも報告されていますが、菅首相が危機感を抱くには至りませんでした」(感染研関係者)

逆に、官邸側が強調してきたのは「GoToの安全性」を裏付けているのかように見えるデータだ。厚労省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード。そのメンバー、爍験笋じさん瓩海叛庄最邉大大学院教授が訴える。

「11月19日に<航空旅客数と感染者数の増加には統計的な因果関係はない>と題された『参考資料』が提出されました。厚労省の会議なのに、なぜか作成者は<内閣官房・内閣府>。そのため、官邸の意思が反映された資料だと受け止められたのです」

どんな内容なのか。資料では新千歳空港(北海道)、福岡空港(福岡県)、那覇空港(沖縄県)の三ヵ所における航空旅客数と、自治体の感染者数が折れ線グラフで比較されている。例えば北海道の感染者数グラフは、10月中旬から右肩上がりのカーブを描く一方、旅客数はこのタイミングで山なりに下降傾向にあり、確かに二つの数字は関連性がないように見える。

しかし西浦氏は言う。

「非常に杜撰なデータです。航空旅客数と感染者数の因果関係を調べるなら、コロナの潜伏期間も考慮するべきなのに、単純な人数比較しかしていません」

会議の出席者からも異論も相次いだ。「政策的な意図が透けて見える」「誤解を招く資料なので、公開するべきではない」――。

「ところが後から厚労省のホームページを見ると、この資料がしっかりアップされていた。事務局は会議前から報道関係者に配布していたため、公開しないのは不自然だと判断したそうです」(同前。内閣官房は「統計的観点からの一つの分析例として提出したもの。疫学的手法によるものではない」などと回答)

要は「GoToと感染拡大には因果関係がない」ことを示唆する資料が、専門家の反対を無視して公開されたのだ。しかも、西浦氏の分析によれば、むしろ結論は逆になるという。

「本来、航空旅客数と比較すべきなのは、感染者数ではなく、一人から何人に感染が広がるかを示す『実行再生産数』。問題の資料をベースに比較してみたところ、航空旅客数が増えた直後に二次感染が増えていることが分かりました」

西浦氏は他の様々な側面も含めて因果関係を分析した論文を執筆し、現在、第三者による査読を受けている最中だという。


専門的な事柄には言及しませんが、基本的には、コロナの潜伏期を考慮しない資料を以ってして、官邸サイドは「移動と感染拡大には因果関係がない」と言い張っていた可能性が高いのだ。なので、文春の記事のタイトルは『医療崩壊は人災だ!』と真っ向から批判している。

菅政権誕生と同時に学術会議の問題も浮上し、その学術会議の問題にしても、自民党は学術会議に対して民間による学術会議、つまり、政府からの独立を促すような改正案を固めていますが、或る意味では、そのまんまですかねぇ。実は、ここで登場している「8割オジサン」は、春先の専門家会議のメンバーであったが、扇動的な役割をしたとして、分科会メンバーからは外されている。つまり、相変わらず、都合の悪い学者を排除し、都合の悪い指摘は無視してしまう体質が固定化してしまっている。

(以前に述べましたが、「学術」なんていう分野は採算が合わないので、民間に放り出したら、あっという間に没落するのが目に見えている。或る程度の予算は国が出さないと話にならない。なのに自民党ときたら…)

想像以上に官邸はハチャメチャになっている可能性がある。少し感情論がマスメディアを席巻していたのでタイミングをズラしましたが、本当は11月下旬もしくは12月上旬の時点で、分科会や専門家から「GoToを何とかすべき」という声が相次いでいたのに、それを悉く却下していたのが、「エビデンスがない」と、言い張って頑なに拒絶してきたのが現行政権らしい。なんだかカタカナを使用したくてしょうがない小学5年生ぐらいの子供のように言い張ってしまっていたという内情が暴かれている。

というのは、次のクダリで分かる。

「あまりにもナンセンスだ」

そう漏らしたのは、分科会の中枢メンバーで、公衆衛生学の狎こε権威甓|仁東北大学大学院教授。SARSに対峙した指揮官として名を馳せた人物だ。その押谷氏をして、なぜ「ナンセンス」と言わしめたのか。

2日後の12月3日、押谷氏は厚労省アドバイザリーボードの会議に、重要な資料を提出している。

<国内移動歴のある例での二次感染の頻度>

1月13日から8月31日の期間で、感染者のうち公表されている25,276例を解析した押谷氏。そのうち県を越えた国内移動をした人が他の人に感染させた割合は25.2%だったが、移動歴のない人や不明な人は21.8%だった。つまり、移動した人のほうが他人に感染させる頻度が高いことが明らかだったのだ。

さらに年代別に見ていくと、<感染して移動している症例数は圧倒的に若年層に多い。また移動した後に二次感染を起こした人も若年層に多い>。だからこそ、押谷氏は「65歳以上だけのGoTo自粛はナンセンス」だと嘆いたわけだ。

押谷氏は同じ資料を、12月11日の分科会でも報告。分科会メンバーの一人がその重要性を指摘する。

「GoToが推奨する『人の移動』と感染拡大の関連性は、専門家には自明の理でした。ただ、それを示す『完全なエビデンス』だけがなかった。しかし押谷氏のデータで、そのエビデンスが分科会やアドバイザリーボードの場で初めて示された形になるのです」


この数日来、「実は65歳以上の者が外出をして感染拡大をさせているのではなく、若年層の外出が…」と指摘され始めていますが、実は12月3日の時点で押谷教授が、そして12月11日の時点で分科会も、それを把握していた事が分かる。にも関わらず、「65歳以上の外出は更なる自粛を」のようなメッセージを発したので、押谷教授は「ナンセンス!」とキレていたのが実情らしい。

そして、12月9日、この日の衆院厚労委員会で、分科会の尾身茂会長が

「ステージ3相当の地域においては、GoToも含めて人の動き・接触を控える時期だと分科会では思っている。この見解は政府に対し何度も言っている」

などと答弁。政府が分科会の意見を無視してきたことを半ば認めたのだ。

会見の回数も増え、強い口調でGoTo見直しを求めた尾身氏。菅首相の怒りの矛先は、分科会の担当閣僚、西村氏に向かう。

「尾身さんをもう少し黙らせろ。政府の対応が後手後手に見えるじゃないか」

そう猝仁甅瓩鮟个靴燭箸いΑ


だって。

そして、実際にGoToの一時停止を発表したのが、12月14日の夕方のことでしたね。これまた、急な方針変更であり、様々な混乱を巻き起こし、且つ、一時停止をする期間は12月28日から1月11日まで。混乱が起こったので、GoTo事業にかかるキャンセル料は当初は35%負担であったが、昨日21日には50%への引き上げを発表。

うーむ、色々とズレているというか、ズレがズレを呼んで、ズレによって生じた失策を隠す為にドバドバと税金を注ぎ込んで、穴埋めしているような状態に見えなくもない。

こうした一連で、かの12月14日の発表があり、その日の晩に銀座の高級ステーキ店で会食をしていた訳ですな。「会食ぐらいで目くじらを立てるのも…」と思う気持ちはあるけど、正直、これらの経緯からすると、もう、どうしようもない状態かもね。あんまり政府はアテになりそうもないスよ。分科会の尾身会長あたりは、ちゃんと説明している節があるのにねぇ。

確かに春先、ロックダウンだなんだという騒ぎの際には、医療関係者で構成されている専門家委員会に引き摺られているという状態があって、そこから分科会という組織をつくった。少しは経済を回すべきだ、とね。しかし、そうしたら、無茶苦茶な事をやり出してしまった。GoToにしたって、イギリスが日本を真似て導入して、直ぐに感染拡大を惹き起こしたという報道を目にしたかな。おそらく、他に世界中のどこかで、旅行する者に政府が割引クーポンを配るなんていうヘンテコな政策はしていないんじゃないの?

それと、ステージ3だとかステージ4のようなものの、国際基準は存在していないという話も、この3週間ぐらいに耳にしましたかね。明確な基準のようなものがないのだから、或る程度のブレが生じるのは致し方がないとも言える。しかし、この話が暗示していたのは、「一日当たりの死者が✕✕名程度は出るが、それを許容して経済を回すという指針を固める」のようなものであり、つまり、死者数や重傷者数のカウントし、その数字程度であるなら経済を回すという数値目標を掲げる事であるという指摘もありましたかね。一日当たり40名の死者はしょうがないであるとか、一日当たり50名の死者はしょうがないと、最初からそのような基準を設けていないと、際限なく患者を医療施設が抱え込むことになり、医療体制の方が崩壊してしまう――と。まぁ、現実的な指摘なのかもね。ブラック企業の問題と同じで、無制限で仕事を受け入れてしまうと実はパンクしてしまう事も有り得る訳のが実際でしょうからね。
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【SDGs】とは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称だそうで、この2〜3ヶ月間に急激に耳目にするようになっているフレーズですね。テレビCMだったのかな、俳優の香川照之さんが、何の略称であるかスラスラと、つまり、「Sustainable Development Goals」と、答えてみせる映像を視た記憶がある。それに続けて、持続可能な開発目標の意であり、それが17点あり、2015年の国際サミットで採決され、2030年までの目標として掲げられている事、等の解説が為されていたのかな。正しい読み方は「エスディージーズ」らしい。まぁ、「エスデージーズ」かな。

先週、地元の銀行の投資信託担当の方とお話を伺った際、この「SDGs」を冠した投資信託について、一言二言、やりとりがありました。意訳してしまうと、

「こりゃ、もう、国連が主導してコロナのドサクサに、そちらに投資すべしって言っているだから、SDGs関連株を取り扱った投資信託があって、これに便乗するのも悪くないかも知れませんよ。積立とかしたら、どうでしょうかね?」

というニュアンス。

これは、SDGsに関しては一言二言程度しか触れていないシーンの切り取りで、何故なら、その投資信託は年1回とか月1回といった配当はなく、投資信託を保有している限り、再投資して資金を増やす事が見込めるかも知れませんよという話だから。

しかし、これはホンの一コマであり、多くの話はロボテックもしくはロボティクスについてでした。こちらの話は、嫌が応にもそうなるであろう話なので、投資するのであれば確度は高そうに思えるので、その方も私も、基本的には、ロボティクス推奨の意見で一致していたから。

で、その後、あれこれと考えていて「おや?」と気付いた事がありました。何故、2015年に国連サミットで採決された話が、このコロナ禍の事態で金融商品にされ、これが猛プッシュされているのか――と。

これ、簡単ですよね。確かにSDGsのような構想にも、例えば環境問題などですが、そういうものは否定しようもないのですが、ここにはリベラル思想体系の考えるところの指針であり、つまり、国連サミットのようなもので「そうしなさい」とか、「こうあるべきなのです」と言ってしまえば、自ずと投資家は、そちらに資金を投じるという原理・原則がある。しかも、厄介な事に、現状では、投資家が投資家として物事を判断しているのではなく、各国の政府が投資にも手を出してしまっているので、この国連の採択は、そのまんま、世界中を巻き込んでの投資話、儲け話になりかねないんですね。

で、先週、トヨタ自動車の豊田章夫会長が、脱炭素社会に係る大手マスコミの報道に苦言を呈した。これ、悔しいかな、そうだよなって感じていました。大手マスコミは政府の指針を疑うこともなく、そのように報じていたんですね。で、私の場合は、「あれ? なんでEV、電気自動車って断言してしまっているんだろう? トヨタあたりは水素社会とか言っているのに…」と感じていた。こう連想させるのは、電気自動車は目下、日産自動車が有利に展開させている訳ですね。で、本社は横浜である。カルロス・ゴーン氏の一件もあり、また、カルロス・ゴーンに対しての告発が起こる前日だか前々日に日産自動車の関係者が面会をしていた人物こそが、現在の日本国総理大臣である菅義偉氏であり、勿論、その選挙地盤は横浜なのだ。(当時は官房長官。)

港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ。ヨコハマBJブルース。街の灯りがとてもきれいね、横浜、ブルーライト・ヨコハマ。

勿論、これに決定的な論拠がないので悪筋の陰謀論であるのは自覚しているものの、自覚しながら「何も疑わない」というのも、おかしな話でもある。で、豊田章夫氏の主張は「脱炭素だからといって、なんでEVなんだ! マスコミは追随すべきではない!」が論旨であったと思いますが、あの奥底には当然、「政府が示した指針を、そのまんまに報道するな!」という主張が隠れていると思う。もう、本当は筋からして、おかしい。本来的な自由競争を阻害するような政策決定が為されている。しかし、政府を露骨に批判する事を避けて、「マスコミは、よく考えて報じてくれ!」と訴えていたのだと思う。

これに先駆けて、携帯電話料金値下げにかかる話があり、これを主導したのも、菅義偉首相であるとされている訳ですね。これについては、再三、再四、当ブログでは触れてきた通りで、政治主導で値下げを要求する、これをやってしまうと、勿論、自由競争ではなくなってしまう。しかし、大衆層はきっと「ケータイが安くなるゥ!」といって歓喜するだろうから、或る種の大衆迎合に注意すべきだというのは、この問題がブチ上げれた翌日の、読売新聞の小記事でも読んだ記憶がある。もう、絶対にソレなんですね。長年にわたって経済や政治を眺めてきたものであれば、それに気付いて当たり前なのに、ここ半年ぐらいの報道という報道はケータイ料金の値下げを歓迎するかのような言説のみしか目撃していない。僅かに、週刊文春か週刊新潮で、「きっと、今、ハラワタが煮えくり返っているのはソフトバンクの孫正義氏であろう」ぐらいの記事はありましたが、同時にソフトバンク・グループの経営方針への批判も一緒に書いてしまっているので、どうしても「国策経済」と「自由経済」の部分に焦点が当たり難くなってしまっている。

ホントは、アナウンサーにしても、解説者にしても、コメンテーターにして、一言、「ケータイの値下げは歓迎しますが、これは政治家が主導して行なっていいものなのでしょうか?」と、そこそこ、苦言を呈する事を忘れるべきじゃないのになって感じながら、この数ヵ月、報道を眺めてきましたかねぇ。値下げだ、値下げ、あいつ等、儲けすぎなんじゃいって、わいわい、きゃっきゃっと、喜んでいる状態というのは、ポピュリズム(大衆迎合)である事を自覚した方がいいと思う。

で、NTTがドコモを完全子会社化し、そのドコモが12月3日に新プランとして「アハモ」を発表し、その後も値下げ計画発表が続いている訳ですね。で、その都度、マスメディア、特にテレビは、

「ケータイ料金が安くなる事に反対する人は居ないでしょう!」

と、相槌を打ち続けているという現状がある。KDDIとソフトバンクの両社がNTTの肥大化に対して「公正な競争環境が確保されていない!」と不満を示しているが、既に、日本社会の8割方はポピュリズム政治に慣れてしまっているから、

「あに、言ってんだよっ! ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと、ソフトバンクとKDDIも値下げしろっ! ガースーは偉いだろっ! マスコミはガースーの足を引っ張ってる!」

という声が圧勝する世論、そういう言論環境になってしまっている。しかし、これは民主主義の自殺、自由主義のオウンゴールかも知れませんワな。

さて、週刊文春12月24日号には、「さよなau、格安楽天の誤算 “既得権益”NTTが一人勝ち」という小記事がありました。

要旨は、NTTのドンである澤田純社長の動向を語った人物の弁が次のように記されていました。

(社長は)「官邸や公正取引委員会へ周到な根回しを済ませていました。十一月二十七日にはドコモの井伊基之次期社長を連れ、菅義偉首相と面会。首相も『ドコモは値下げに応じる』とご満悦でした

とある。

KDDIは、UQモバイルの格安プランを発表したが、武田良太総務大臣から「サブブランドだけの値下げは問題」と、暗に批判された。これに対して、KDDIの高橋誠社長は、日経新聞紙上で、

「国に携帯電話の料金を決める権利はない」

と反論してしまったが、政府や官邸を攻撃して勝てる筈がなく、12月9日、乗り換え手数料の無料化を発表するも、先発のドコモが発表したプランに比べてインパクトが乏しかったという。また、ケータイ事業に殴り込みをかけていた楽天、この三木谷浩史社長は菅義偉首相に近い人物とされていたが、ここにNTTの安売り攻勢で、低価格路線で追いつかれてしまい、「逆風だ」と周囲にこぼしはじめているという。

結局、これも既得権益ですな。権力に群がった政官財マ学、ウハウハ。

で、SDGsに戻りますが、結局は国が国策として税金でつかって、そちらの事業に投資してしまうのだろうから、自ずと無視できなくなってくる可能性がある。脱炭素化プランは2050年までに段階的に、そして「子供の貧困解消」や「性差別解消」など17項目からなるSDGsは2030年までを目標に掲げている。ガチの投資家らしい投資家は利益で動くのでしょうけど、最近は「きっと政府が、どこの国でも政府が国策として予算を投じるだろうから」に端を発し、それに「便乗しろ!」となって世の中が変えられていくような方向性になってしまっている。きっと主導者(目標設置者)は、ボロ儲けなんじゃないですかね。思いのままに世の中を操れてしまう。


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最近、NHKでも番組が放送されたのかも知れませんが、そちらは視聴せず。週刊新潮12月17日号の特集記事「過去最多!『わいせつ教師』は二度と子どもに近づけるな」を参照しながら、以下へ――。

近年、ニュース報道を眺めていても、いわゆる「ワイセツ教師」の報道が増えているんだなと感じていましたが、実際に数字が掲げられていました。公立の小中学校でワイセツ行為を理由に処分を受けた教員は、2018年度で282名で、これは過去最多の数字なのだそうな。10年前からは、1.7倍に増加しているという。しかも実状として、この数字にしても加害教員が処分を受ける前に依願退職した例などもあるので、それは数字に反映されておらず、一説に、実数は、その数倍、数十倍である可能性さえ指摘されているという。

数倍、数十倍って、まぁ、このテの問題は、自己申告に係る案件の把握となる事もあり、論者によっては、過大に問題を膨らませてしまっている可能性もあるのでしょうけど、基本的に増加している事は疑いようがない、そう考えなければならない訳ですね。

しかし、これはホントに懸念していた事態なんじゃないのかなって思う。気のせいか、世の中全体がロリコン化しているような気がしているんですね。アンジャッシュ渡部さんの謝罪会見の当日か翌日か、その頃、やはり、若い男性が女児を多目的トイレに連れ込んでワイセツ行為をしたという報道があって、マスク姿の、その男性が連行されてゆく映像も目にしたのですが、見た目はフツウと言いますか、少なくとも20年前のロリコン・オタクなどと称されていた分かり易い外見ではなく、外見としては、まぁ、特に怪しまない、警戒しないかも知れないなという、見た目がフツウの青年でした。しかも、元教師であり、数年前にも女児へのワイセツ事件を起こしており、どうも女児に性的興奮をする性癖の持ち主であるかのような印象を受けました。

宮勉事件、或いは冤罪であった足利事件の頃には、一般論として「成人女性に相手にされない男性の性衝動が、より弱い女児に向かっている」という具合に語られていたんでしたよね。代謝性小児性愛などと説明されていた。勿論、代謝性ではないものもある事を示唆して、そうした言葉があったのだとは思いますが、もう、兎に角、結果として幼年者にしか性衝動を抱けないという性癖の持ち主が増えているという現象なのではないかって気がする。性衝動、性欲が満たされないというのであれば、変な話、性風俗店だってあるし、エロ動画だってあるし、仮にセックスパートナーを見つけられない場合でも犯罪に手を染めずに処理する方法はあるのでしょうにね。しかも、なんていうのかな、これがティーンにしても生物学的にも或る程度の成熟したものに性的魅力を感じてしまうというのであれば健全な気がしますが、明らかに小学生などに向いているのは気になる。一口に「青い性」とは言っても、どんなに低くてもミドルティーン、凡そ、その成熟が整うはハイティーンぐらいじゃないのかな、と。ローティーンに対しても「青い性」と括る事も可能なのかも知れませんが、それ以下になると、ちょっと理解に苦しむ。

なので、過去にEテレだったかな、尾木直樹さんが「何故、教師のワイセツ事件が増えているんですか?」という質問に答えて「よく分からないけど、教師になる人は子供好きが多いから、その子供好きが、変な方向へ行ってしまうのではないか?」と応じたシーンを記憶している。ホントは尾木ママ口調だったのですが、元々は性衝動や性欲の自覚がない「子供好き」が、その後、性衝動や性欲と結び付いた「子供好き」に変節していってしまう――という、その仮定は、結構、怪しい気がしないでもない。

この問題は、再犯率が高いという事が予ねてより指摘されており、実際にイギリスでは性犯罪の前科があるとスクールバスの運転手にもなれないような法改正をして応じているのだという。ところが、日本の場合は、性善説で物事を思考し、また、これが加害者の人権に配慮するという法意識で戦後の歩みがあるので、もう現実的に対処せざるを得ないところまで来てしまっている。

そして、問題視されているのが教員免許法であるという。この法律では、ワイセツ行為などで懲戒免職となり、教員免許を失った教員でも、3年が経過すると免許を再取得できてる事が定められているという。ああ、その問題か。その問題なのであれば、直ぐに応じられそうですかね。やはり、ワイセツ行為ってのは、実は再犯率が高い事とも関係しており、その性癖の人は、そちらへ向かっていってしまう。小児性愛の傾向があり、理性でそれを抑えられない者は、どう考えても繰り返しますな。性癖に係る事柄というのは、ヒトにしても、どこかサルみたいなところがあると思う。また、再取得の禁止という法改正なのであれば、別に人権うんぬんにも抵触しないと思う。

また、懲戒免職処分を受けて教員免許を失った場合は、官報に記載される事が義務付けられているという。来年2月からは過去、40年分の処分歴を閲覧できるようになるが、現行では過去3年間分までしか遡って閲覧できないような仕組みになっているという。まぁ、これは、どうでしょう。一気に、処分歴の閲覧期間を40年間とするのは極端な反応の気もしますが、基本的に処分歴のチェックが過去3年間では短すぎるのは明白と感じますかねぇ。本来、これらの資料の管理は徹底されている事が望ましく、一方で、30年前や40年前の経歴までもを蒸し返すのもどうなのか…。中間をとって、過去20年もしかくは25年間の処分歴の閲覧でもいいような気がする。

いやいや、一たび、こういう部分をいじってしまうと、思いの外、混乱してしまうのだ。既に、公官庁の公文書が黒塗りにされていたり、紛失されたり、隠蔽されたり、改竄されたり、捏造されたり、公文書問題に関しては、現行、公的機関の側の管理もかなり怪しい。労基法だったかな、各種の資料に秘密のマークなどの記入が行われていた事があった。犯罪歴や宗教、更には労働組合の活動歴などを、自分たちに分かるようにだけマークしておくといった行為も起こり得る訳ですね。或いは、部落差別名簿が大手企業の間に流れていたという一時期もあった。それらを考慮すると、実は誰も信用できないところがある。

で、浮上しているのが無犯罪証明書であるという。つまり、「この者は刑事事件を起こした事はありませんよ」と証明するものだという。うーむ、こうなると本末転倒は本末転倒なのですが、これによって、性犯罪者を子供に近づける職業に就けないようにする事が可能になるって事か。で、これをやってしまうと「職業選択の自由」という憲法で保障された権利に抵触するのではないかという指摘があるのだそうな。うーん、どうかな。しかし、もう現実問題に対処するには、致し方ない気もしますかねぇ。そうじゃないと、別に犯罪歴なんてなくても、警戒されてしまい、物凄く神経を使わされてしまう非ロリコンの人たちも多いのが実際でしょうからね。こんな小学生のチビッコに対しても、セクハラだなんだと気をつかわにゃならんのかって思う事って、ホントは、世の男性はあると思いますよ。めんどくさいったら、ありゃしない。

私ぐらいの年齢だと、中学1年生の時に、なんだったのかな、小学1年生に校内を案内する機会があって、「トイレに案内してあげて!」と女性教師に命じられ、「ちゃんと、女子トイレの中まで行って、面倒みてやれよ(ニタリ)」ぐらいの事を言われていたんですけどねぇ。そんな、ちっちゃい子を相手に欲情するなんて絶対に無理だぞってのが常識だったからなぁ…。

最後に数字に触れておくか。成人女性に対しての単独強姦型の性犯罪の5年以内の再犯率は3.6%であるのに対して、小児わいせつ型の5年以内の再犯率は9.5%なのだそうな。一般的に性犯罪の再犯率は高いと言われているけど、小児ワイセツ型の性犯罪は、更に高い事が分かる。実は、アルコールや薬物への依存症に似ていて、意志が本能に負けてしまう事が考えられているらしい。
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コロナ対応を巡って、物凄い情報の混乱が発生しており、どこにニュースヴァリューを見い出すのかも難しい現況になっていますが、紛れもなく一大事なのは、「これほどの異常な財政出動でホントに大丈夫なのか?」という問題だと思うんですね。菅政権のGoToキャンペーンの対応を巡っての一喜一憂も情緒的には分かりますが、色々とひどいな感じている。

昨日から今朝までで、まともな社会人であれば、絶対に心配したであろう問題は、絶対に「マスコミが菅政権の判断を誤らせた!」のような問題ではないし、そもそもからして、ここまで尋常ではない次元でのバラマキを放置していた事の不安に尽きる。とてもじゃないけど、この期に及んで菅政権を間接的に擁護し、マスコミ批判を展開させているのはどうかと思う。

対応を巡って、物凄い情報の混乱が発生しており、どこにニュースヴァリューを見い出すのかも難しい現況になっていますが、紛れもなく一大事なのは、「これほどの異常な財政出動でホントに大丈夫なのか?」という問題だと思うんですね。菅政権のGoToキャンペーンの対応を巡っての一喜一憂も情緒的には分かりますが、色々とひどいな感じている。

昨日から今朝までで、まともな社会人であれば、絶対に心配したであろう問題は、絶対に「マスコミが菅政権の判断を誤らせた!」のような問題ではないし、そもそもからして、ここまで尋常ではない次元でのバラマキを放置していた事の不安に尽きる。とてもじゃないけど、この期に及んで菅政権を間接的に擁護し、マスコミ批判を展開させているのはどうかと思う。

フジテレビ「とくダネ!」では、昨日、既に政府の仕事を受けていると思しき三浦瑠麗さんが「毎日新聞の世論調査には疑義がある」と口走ってしまい、田崎史郎さんから「毎日だけではなく、NHKの世論調査でも…」と窘められて苦笑いをされているシーンがありました。また、本日の同番組でも、古市憲寿さんが「昨日までマスコミはGoToこそが元凶だと報じていたのに、一夜、明けたらホテルや旅館が可哀想だという報道になっていてついていけない」という主旨の発言をしていますが、いずれも「マスコミ害悪論」でしたが、思うに、「今のタイミングでマスコミ批判っては悪筋じゃないの?」と感じている。

また、どなたであったか忘れてしまいましたが、ドイツのメルケル首相の演説を批判されているコメンテーターを目撃しました。つまり、「あんなメルケルの演説は情緒的なものであり、エビデンスがない!」といった具合の一刀両断だったのですが、昨夜、遅い時間にメルケル首相の演説内容の翻訳抜粋を目にして愕然としました。

ええっー! 今の日本だと、メルケルの、あの演説が否定され、ガースーさんがカワイソって言っちゃう人が登場しゃってるのか?!

そりゃ、「こんにちは、ガースーです」なんて単なる失策、駄洒落おじさんが滑った程度。そんなの事に一喜一憂している方がおかしい。しかし、仮にそうなのだとしたら、そんな事で動いてしまう支持者の支持をアテにしている政治家にこそ、問題がある訳でしょう? 良識のあるオトナであれば、あんなのハナッからスルーですよ。NHKのニュースが取り上げたか? あれで盛り上がっている層が、そもそもスタートダッシュ時の菅政権の支持基盤だったっていう話でしかない。一切、同情なんてする必要はないんだと思いますよ。勝手に、メディア操作をしていた者が勝手に墓穴を掘っているだけなんだし。それを「マスコミが悪いんだいっ!」って言われましてもねぇ…。

ホントにそんな事を言っている場合だろうか?

経緯を列挙すれば、列挙すれば、11月の下旬の土曜日に「菅首相はGoTo事業の見直し」を宣言したのだ。なので、「ああ、GoToキャンペーンを見直すんだ。きっと、何かしら感染対策を講じるのだろう」と思っていた。ところが、週が明けてみると、見直しの内容とは「GoToキャンペーンを来年の6月末まで延長する」という発表であった。

また、それに先駆けて、これはある程度は許容できるのかも知れませんが、雇用調整助成金による通常よりも引き上げた所得8割水準の所得補償の継続を発表していた。実は、どんどん財布のヒモを弛めてしまっているのだ。いやいや、とうとう財布を逆さまにして、銀行にカネを借りに行って、未曾有の財政出動を始めてしまっている。新型コロナ対策に託けて、未曾有のカネが湯水のように使用されてしまっており、しかも、打ち出された見直し政策とは、どれもこれも「(手当、給付の特例的な)期間を延長します!」という犖直し瓩世辰燭里澄

今回の突然のGoTo停止とやらで発生したキャンセル料、その負担率の上乗せを発表しているようですが、これは明らかに政治判断の失敗に起因して発生したものなのだから、自民党さんと公明党さんの方で、なんとかして財源を出してくれないかなって意地悪な事を思う。これにも税金なのか…と。もう、際限なく無尽蔵に公金を使い果たそうという態度ってのは、どうにかならないものかな。

本日12月16日付の読売新聞1面には、「異常な予算 脱する道探れ」という経済部長の署名記事が置かれている。問題は、絶対にココで、異常な予算、まさしく、これでしょうねぇ。昨夕の民放のニュースショウ枠、NHK「ニュース7」でも冒頭からほどなく取り上げられていましたが、つまり、政府は昨日15日の臨時閣議で、追加経済対策を盛り込んだ第三次補正予算案を決定した。そして2020年度の一般会計の歳出は、175兆円6878億円へと大きく膨らんだ――と。

こりゃ、ホントに政権交代させないとダメじゃないんスかね。財政を破綻させる気になっているんじゃないのかって疑念を抱かざる得ないんですね。本年3月もしくは2月の時点で、今の政府だと、際限なくカネをバラ撒いて、支持率を上げようとする可能性があると、疑念を抱き、おそらくはブログにも綴った記憶がありますが、その悪い方向が現実味を帯びてきてしまっている。

読売新聞の記事から、少し抜粋、引用します。

3回の補正予算編成で、今年度一般会計の歳出は175兆円に膨らみ、国債発行額は年間最多の112兆円になる見通しだ。巨額の借金のツケは若者世代に回る。

日銀が大量に国債を買うため、国債をいくら発行しても価格は下がらず、金利はほぼゼロのまま。当然、財政規律は緩みやすい。その危うさを政府・与党は自覚する必要がある。


偶々、私が読売新聞を取っているので、引用しましたが、これ、殆んど、まともな新聞社であれば同じような内容を掲載していると思う。尋常ではない。新型コロナの脅威は、或る意味では避けようがない脅威なんですが、新型コロナ対策と称して山積みされている財政赤字は、どう考えても人為的な決定によって為されている。とはいえ、アメリカも似たような状況かも知れないし、先に挙げたドイツあたりにも、異常なレベルで金銭をばら撒いているようで、詳細を把握し切れませんが、世界中が似たようなレベルで財政を悪化させているのであれば、その相対的な、均衡は保たれる訳ですが、日本の場合はコロナ以前から超高齢化社会であり、財政均衡をマトモに把握できていたなら、大盤振る舞いなんて絶対に出来ないような財政状況であったと思う。なのに、非常事態だ、緊急事態だとなって、やっちゃった。これがホントだと思いますよ。さすがに、ヤバくないかとなって、NHKも読売新聞も、この問題をトップに近いニュースで取り上げている。

「メルケルの演説は情緒的?」、まぁ、情緒的といえば情緒的だけど、もう、そうせざるを得ないと追い込まれての、あの演説であり、あの演説を否定する感覚というのは、私には全くない。あれだったら、「それしかないよね…」と納得すると思う。つまり、現在の日本人というのは、情報渦の中で政治に対しても、すっかり、或る種の応援団気質になってしまっており、物事を中立的に捉える感覚を喪失しやすい状況にあるんだろうなって思う。それがなんだか醜悪な「エビデンス中毒」として目に映っていましたかね。分科会の尾身茂さんを筆頭に、テレビで目にした勝田吉彰さんにしても二木芳人さん、他にも沢山いたかと思いますが、多くの医療関係者の弁は「現時点でエビデンスはありませんが、感染症対策として捉えたらエビデンスを示している時間はないんです」という一連の説明の冒頭箇所を切り取って、金科玉条のように「エビデンスはない(GoToキャンペーンを存続させるべし)」という言説を、本当に3週間も継続させていたのは、引っくり返しようのない事実でもある訳ですね。

医療関係者の弁が或る種の謙虚さで「エビデンスはない」と前置きしているのに対して、エビデンス中毒の方たちは「そらみろ! 学者も言っている通り、エビデンスはないのだ! GoToは悪くない! 経済を回せ! 移動しても感染しない!」と持論の補強に援用してしまっている。謙虚さの欠片もない。そして、彼等に手を焼いてる間にも、どんどん「異常な予算」が積み上げられてしまってきたのだ。

昨日のNHKのニュースでしたか、1990年の国債発行額は、僅か9兆円だったと言っていかな。それが2020年ともなると112兆円ですよ。コロナだから仕方がないと思うかも知れませんが、実はリーマンショック時でさえ、51兆円の国債発行だったのだ。

いやいや、アメリカもドイツも似たように大盤振る舞いをしているのであれば、奇跡的に世界経済のバランスがとれて、余計な苦しみを味わう必要性もないのでしょうけど、現在の日本はカネに糸目をつけないという、そういう暴走機関車になっているところがあると思う。

実は、手元にメモがあって、そこには9月末時点で、日本銀行が保有しているETF(上場投資信託)の額と、年金を運用する独立法人たるGPIFの運用、保有している金融商品の額なんですね。

日本銀行は9月末の時点で、40兆4733億円もETFを保有している。これは本来は中央銀行だから、そういう事をすべきではないのに、そのようにしている意です。想像以上の巨額なんですね。

そして年金運用をしているGPIFの方が、41兆5010億円を運用している。官製相場も官製相場、自由市場でもなんでもない。税や年金の原資で、ただただ表面上の経済指標を支えているだけなんじゃないのっていうう恐ろしい現実が垣間見えている。

それ以外に政府が発行している国債、これは返済義務のある国が発行した債券ですが、これが出回っており、おそらくは、既に軽いサラ金地獄状態に近くなっていると思う。働いても働いても借金が減らないよぅ状態。少なくとも私であれば、そういう金銭感覚はないので、とてもとてもついていけない。諸々の数字を引用できた藤原正彦さんの『亡国の改革至上主義』を眺めて、どういう状況なのか組み立てた方がいいと思う。

藤原正彦の「亡国の改革至上主義」前編

藤原正彦の「亡国の改革至上主義」中編

藤原正彦の「亡国の改革至上主義」後編

読売新聞の経済部長さんも指摘していますが、これ、とてもとても短い期間では立て直しようのない財政状態にしてしまったから、おそらくは、若年世代にも大きな借金を残すことになると思う。若い人の中には「オレたちはコロナに感染しても症状出ねぇし」というタイプの者が、私見では2〜3割がいるかな。しかし、長い目で考えると、これ、「増税が必至です」って持っていかれますよ。国民総不幸社会が出来上がる。個人として借金はなくても国がとんでもない事をやらかしちまってるって可能性が高い。なのに、余裕をぶっこいていますな。40歳、50歳…となったとき、顔面蒼白になって、ガクガクと震えなきゃいけないような状態なのに、きっと関心がないから気付かないんだろうなぁ。
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さほど、ニュースとして大きく取り上げられぬまま、騒動が拡大している鶏卵大手アキタフーズ問題というのがありますね。大きくマスメディアが取り上げないような対応をしているのか、今月2日頃にアキタフーズから、吉川貴盛(70歳・北海道2区)元農水大臣に500万円の寄付が行われていたが、それについての政治資金収支報告書に記載がないというのが、最初に上がった煙であった。

しかし、思いの外、その報道への反応は素早く、吉川貴盛元農水相は報道のあった今月2日に体調不良を理由に自民党の選挙対策委員長代理の役職や、所属する二階派の事務総長の職を辞任を発表。この報道と同時に、実は東京地検特捜部による捜査が行われている事も報じられた。

そして今月8日、今度は西川公也(こうや)内閣官房参与にもアキタフーズから数百万円の金銭が渡っていたという報道が出ると、今度は、この西川公也内閣官房参与も同日中に「一身上の都合により」と発表して内閣官房参与を辞任するという事態に陥っている。この西川公也議員(74歳)も元農水大臣であり、このアキタフーズ社絡みの政治とカネの問題のように考えれば、確かにニュースヴァリューとしては、大きくも感じない。

しかし、これ、大きな騒動に発展していく可能性がありそうですね。実は、菅義偉総理と繋がっている事が、週刊文春最新号に掲載されており、驚きました。「人柄」や「誠実さ」を評価されてスタートから異常な高支持率だったという世論調査があるようですが、早々、何やら怪しい話が浮上してしまっている事に気付かされる。

この二人の元農水大臣と、アキタフーズとの関係性は、より良い環境で飼育を目指すという「アニマルウェルフェア」、その国際基準を巡って、国内の養鶏業者に有利な内容になるように働きかけをしていたものであるので、政治資金収支報告書への不記載は、不記載として問題視されるべきですが、点と点、点と線とで、面白い繋がり方をする事を、週刊文春12月17日号が提示しているのだ。

以下が、週刊文春最新号の本旨になりますが――。

このアキタフーズ問題が浮上したのは、実は河井克行・杏里夫妻に対しての通称「河井捜査」の中で発覚したものだという。つまり、河井捜査の関係先を家宅捜索している中で発見してしまったのが、このアキタフーズ問題であったらしい。何故、関係先なのかというと、河井夫妻の選挙区に当のアキタフーズ(広島県福山市)がある為だという。

アキタフーズ社には本年7月に河井捜査の一貫として家宅捜査が入った。この家宅捜査が入った際に同社は代表(代表取締役社長に該当か?)を交代しており、つまり、それまでの代表は秋田善祺氏であった事を意味している。秋田善祺(よしき?)前代表となる。

この秋田前代表がアキタフーズを全国規模の大手鶏卵会社に成長させた人物であるが、この一連の河井捜査の中で、2013年から2019年までの6年間で、河井氏に対して総額1900万円もの献金をしていたという。また、広島の自民党分裂選挙となった案里氏の参院選出馬時には、このアキタフーズ社が約500名の社員を動員したという。つまり、政治に熱心、自民党の支援に経営者であったらしい様子がうかがえる。(アキタフーズ関係者の話として、文春は、それを掲載している。)

そして、意外な人間関係図が浮かび上がって来る。河井克行氏(広島)と吉川貴盛氏(北海道)とは、家族ぐるみの付き合いであったという。先の自民党分裂選挙時にはJAは、河井案里氏の対抗馬であった溝手顕正氏を支持していたが、そんな中で北海道選出の農政族議員の吉川貴盛氏はJA関係者に案里氏支援の電話をするなどしていたという。また、河井氏が有権者に「じゃがいも」を配っていたという問題があるが、その「じゃがいも」は北海道を地盤とする吉川貴盛氏から贈られたものであったという。(文春は自民党広島県連関係者の話として、それを掲載している。)

また、河井事務所の元秘書(女性)がアキタフーズに再就職し、その後に退職していた。特捜部は、河井捜査をしていた中で、アキタフーズを関係先と見当をつけたのは、これであったと思われる。その後、アキタフーズへの家宅捜査で、「裏帳簿」及び「裏手帳」が発見され、アキタフーズの政界工作を裏付ける重要証拠が上がった。

今月2日に共同通信がアキタフーズと吉川貴盛元農水省との間の猊垉載瓩鯤鵑犬襪函△修瞭のうちに吉川氏は、要職を辞した。つまり、自民党の二階派に於ける事務総長職を辞し、自民党の選挙対策委員長代理を辞した。

そして8日、これも異常に素早い対応である事を確認できますが、西川公也氏はアキタフーズの秋田前代表から豪華クルーザーで接待を受けた事が報じられた。これも第一報は共同通信であった。(事実関係は現時点では判然としないが、数百万円がアキタフーズから西川公也元農水相にも渡ったという疑念も既に報じられている。)

そしてそして、既に検察も週刊文春も入手しているという裏手帳には、件の吉川元農水相、西川元農水相を支えていた人物の名前として当時の菅官房長官、つまり、現在の菅総理の名前が記しされているという。どうもアキタフーズの秋田元代表と菅首相は、点と点とで繋がっていたらしい。秋田元代表が取り仕切っている日本養鶏政治同盟は、2012年と2014年に菅氏に、それぞれ20万円の献金を行なっている事は微々たるものであるが、当時の菅官房長官と当時のアキタフーズ代表とが広島の自民分裂選挙では、熱心に河井案里候補を応援していたのは、覆しようのない事実であるという。(ああ、確か、この選挙では、現職の溝手候補に対して自由民主党は1千万円を、そして河井案里候補の方には1億円とも1億5千万円とも言われる選挙資金を送っていたんでしたっけ。)

つまり、このアキタルートは、官房長官時代の菅義偉総理の影がうっすらと浮かんでいるのだ。

また、吉川貴盛氏は北海道議から衆院議員になったという経歴を持ち、その衆院デビュー年度は1996年であるという。これは政治家・菅義偉の同期という事であり、しかも地方議員から衆議院議員に転身したという経緯まで似ているという。そんな菅氏と吉川氏とが近くならない訳がなく、勿論、両者は親密であるという。

ついでに河井克行氏も1996年当選組の1996年組らしい。菅義偉、河井克行、吉川貴盛の各氏は実際にコネクションがあり、そうであるが故に分裂選挙で河井案里氏支援に回っていた。そして河井氏は裁判中、吉川氏の方も既に地検にマークされているのが現況。

今年9月の自民党総裁選では、いち早く、吉川氏は菅氏支持を表明。推薦人として名を連らね、総裁選の菅陣営として選対事務局長を務めていた――と。

あー、色々と、見えてしまっているんですけどねぇ。この分だと広島の自民党員あたりになると、相当、情報は出回っている筈で、もう、殆んど、このコネクションは解明できてしまっている気もしますけどねぇ。

週刊文春が報じている内容の中には、安倍前総理と特捜部との間では既に落としどころとして見い出されたのが、秘書の略式起訴であるという筋書きを掲載している。ここは正確に引用しなきゃダメですね。

「〜略〜安倍氏には元高検検事長のヤメ検弁護士がついていますが、安倍氏側と特捜部の狠鵡膈瓩侶覯漫秘書の略式起訴が落としどころになったでしょう〜略〜」

という安倍氏側近の言葉も掲載している。しかし、これは安倍氏側近の言葉であるから、仮に「アキタルート」が破裂すると思いも拠らぬ大きな展開へ向かったりする可能性も現時点では捨てきれない訳ですナ。思いの外、吉川氏と西川氏の辞任するという対応が迅速なのは、世間の関心がそちらへ向かわないようにする為の、火消しのようにも思える。

こうなると政府は次から次へと新聞紙面やニュース枠を占める大きなネタを提供してくる可能性がある。読売新聞を7日付のものまで遡ってチェックしたのですが、実は西川公也元農水相とアキタフーズの記事は、9日付の社会面で一回掲載されているだけなんですよねぇ。かなり読売紙面も厳しくなってきてはいますが、紙面を他のニュースに占有されている印象ですかね。

要チェックなのは、アキタフーズがらみの吉川・西川両氏の辞任劇が異常なまでにスピーディーに行われている事ですかねぇ。それが逆に問題の大きさ、背景を覆い隠す為の偽装に見えてしまう。野党は吉川・西川の両氏に説明を求めるようですナ。その前に検察が動いてしまったりして?!
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引き続き、『亡国の改革至上主義』の引用となります。

菅首相がデジタル庁を新設してまで推進しようとするデジタル化は、効率を上げるという点でメリットも大きいが、大きな問題をはらんでいることも忘れてはならない。デジタル化は単純労働を自動化するから、自動化に取り組む高度熟練労働者などは必要だが、単純労働に携る多くの者は不要となる。すなわちデジタル化が進むほど中産階級が薄くなる。これはアメリカなどのデジタル先進国で見られている現象であり、行く行くは一部の富裕層とそれ以外の貧困層に分かれて行くことになろう。それに国民一人一人の行動の効率的把握にもつながり、中国の如きおぞましき監視社会への移行も危惧される。

おさらい的な言辞ですが、多分、そうなっていきそうですよね。それに続けてデジタル教科書の問題に言及している。

十年ほど前、民主党政権が、デジタル教科書を言い始めた。またとないビジネスチャンスととらえるIT企業や経団連の尻馬に乗って、「子供達が重い教科書を持ち運ばずに授業が受けられる」「将来のIT化に対応できる人材を育てる」などと言った。OECDによる3年に1度のテスト、PISAで、日本の生徒の読解力がOECD中で11位とふるわなくなったことも影響している(数学は1位、科学は2位)。デジタル教科書を使うエストニアは読解力と科学でトップに躍り出たからなおさらだ。PISAの成績に教育界や財界は一喜一憂するが、主催するOECDが経済協力開発機構であること、すなわち経済発展の為の組織であることを忘れてはならない。PISAの問題は、教養や情緒に富む立派な人間を育てるためというより、有能な企業戦士を育てることを主眼にすえたものなのだ。だから読解力試験は、人の心情を読み取るようなものではなく、契約書をきちんと読めるかといったことが問われる。こんな試験の結果に右往左往し、数年前まではフィンランド教育を喧伝し、最近は教育のデジタル化を声高に言う。情けない。

この文章の後、活字本とデジタル本との違いを、デジタル写真とプリント写真の違いに似ていると展開させている。デジタル写真はパソコンやスマホの中に膨大に保管されているが、「大概は撮りっぱなしである」とする。それに対して、プリント写真の多くはアルバムに貼ってあり、結婚式、子供の成長といった具合のタイトルをつけて本棚に並んでいる。いい思いでも悪い思い出も、楽しい思い出も苦しかった思い出も、感慨深く回想するのは、そうしたアルバムに貼られた写真の方である。そして、それは活字本とデジタル本との違いだ展開させている。自らが選んで購入して読んだ本(書籍)には、その当時の様々な記憶、感慨と一緒に保存されているとする。失恋した時に読んでいた本であるとか、それらは印刷されたインクの匂いと共に記憶に刻まれている――と。それに対して、デジタル本は、書名や読書履歴がパソコン内に一覧表となっていようが、その者が意識して一冊をチョイスし、何度かクリックしてファイルから取り出さない限りは無味無臭であり、情緒の痕跡はデジタル本には刻み込めないものなのだ――と、その差異を説明している。

そして、終章へ。

ここ20年ほどを振り返ると、我が国は改革に次ぐ改革だった。ほとんど経済のためだったが、一向に経済はよくならない。ほとんどの先進国がGDPを大幅に上げているのに日本だけが低迷している。これら改革の総括を怠ったまま、政府も国民も改革イコール改善と勘違いし、憑かれたように改革に狂奔してきた。
(これは事実としてもそうなのですが、「憑かれたように」という表現が使用されているのが気になりました。西部邁も最晩年に「テクニカルマネー・マニアックス」という造語を用いて電子マネー狂奔を取り上げていましたが、つまりは、まるで憑りつかれたように狂奔に見えるという事なのでしょう。両者ともに批評家、評論家としての位置付けは、かなり高い人物と捉えるべきでしょうしね。ああ、石原伸晃さんが藤原正彦さんの著書を読んでいたら、現在ではすっかり老害の代名詞にされてしまった石原慎太郎さんが「オマエ、何を読んでるんだ?」と言って藤原正彦本を手に取って読んで、「今の時代は、こんな当たり前の事さえ、語れられる機会が減ったんだな」という主旨の声を掛けたという逸話が昨年あたりあったかな。このニュアンスも分かる人には分かるのだろうけど、ぶっちゃけ、街を行く人の何割が首肯してくれるだろうかと推察すると、せいぜい1〜2割ぐらいになっている気もしますかね。。。)

新自由主義はリーマンショックとそれに続く世界的不況を引き起こした。世界の富の半分以上を上位1%が持つという格差社会を作った。新型コロナの世界的蔓延を引き起こし、十分な医療を受けられない弱者を中心にすでに120万人近くを殺し、世界的不況を引き起こしている。新自由主義で長期間繁栄を続けた国はない。すべての価値を金銭で計り、人間を生き馬の目を抜くような競争に駆り立て、社会を殺伐としたもにする。人類を絶対に幸せにしないものなのだ。明治二十二年、英国の詩人エドウィン・アーノルドは「日本の優美な景色、絶妙な美術、そして日本人の神のようにやさしい性質、魅力的な態度、礼儀正しさ、謙虚」などを目の当たりにして、講演会でこう語った。「日本は地上で天国あるいは極楽にもっとも近づいている国だ」。そんな日本はこれら改革により大きく傷つけられた。

アイルランドの思想家エドマンド・バークは、こんな趣旨のことを語った。「制度、慣習、道徳、家族などには祖先の叡智が巨大な山のごとく堆積している。人間の知力は遠くそれに及ばない。理性への過信は危うい」。頭で考え、「こうした方がよさそうだ」、と深い省察なしに従来強いてきたものを変えることの危険を説いたのである。

〜略〜福澤諭吉は「学問のすすめ」でこう語った。「東西の人民、風俗を別にし情意を殊にし、数千年の久しき、各々その国土に行われたる週刊は、仮令(たと)い利害の明らかなるものと雖ども、頓(とみ)にこれを彼に取りてこれに移すべからず、況やその利害の未だ詳らかならざるものにおいてをや。これを採用せんとするには千思万慮月を積み、漸くその性質を明らかにして取捨を判断せざるべからず(筆者注、判断しなければならない)」。バークと福澤はほとんどんど同じことを言っている。二人の言葉が今、新しい。


ほぼ、当ブログでは前編、中編、後編と引用しまくったので、全体的にも6〜7割は引用した感じですが、凡その論旨は、こういう事でしょうねぇ。
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引き続き、文藝春秋12月に掲載された藤原正彦さんの『亡国の改革至上主義〜菅総理よ、「改革」を売り物にするなかれ』についてです。

菅首相は高らかに構造改革を掲げる。これまでの改革の総括はしないどころか、竹中平蔵氏に加え、ゴールドマン・サックス出身のデイビッド・アトキンソン氏を経済ブレーンとして重用する予定だ。新型コロナによる中小企業の大量倒産、そして長期間の自粛による国民の鬱屈を、懲りない面々がショック・ドクトリンの好機と捉えたのである。要警戒である。

〜略〜すでに掲げられた改革目標のうち、携帯電話料金の値下げ、不妊治療の保険適用、外国人の土地取引規制などは、利権が絡みそうもないし、ほぼすべての国民が望むもので激励したいほどだ。役所のデジタル化も、国民によって利便性が高まるから反対はさほどでないだろう。


(携帯電話料金の値下げとデジタル化推進については、当ブログでは典型的なポピュリズム(大衆迎合)だと位置付けているので藤原正彦さんとはズレがあるかも知れない。当ブログの方が藤原正彦さんよりも厳しく政権批判をしている可能性がある。いやいや、それらさえも小手先の外資系の可能性があるからなんですね。本年9月20日付の読売新聞一面では、外資系ファンドに対しての減税案が菅政権内にある事が報じられていた。東京を国際金融センターにするので外資系ファンドを誘致するにあたって減税措置を用意するというものですが、もう、分かりやすい亡国政策だと思う。また、この「国際金融センターをつくる」は、小池百合子都知事も掲げていれば、確か福岡県あたりにも構想が浮上しているんじゃなかったかな。ヒントは麻生太郎大臣の御膝下だからって事なのでしょう。)

菅総理が躍起になっているIR誘致とは、ラスベガス型のカジノを作り外国人観光客を増やそうというものだ。私も訪れたことがあるが、よくぞあんな下品なものを日本にと考えたものだ。意図した効果は多少あるかもしれないが、世界トップクラスの観光国のイタリアのローマ、フィレンツェ、ナポリなどにカジノはない。カジノで観光客を誘致しようという、というのは囲碁でいう「筋の悪い手」なのだ。それに我が国はパチンコや競馬競輪などのギャンブル依存症が300万人を上回る、世界一の依存症国家だ。そのうえカジノはすでに世界で飽和状態と言われ、アメリカではトランプ大統領所有のカジノを含め倒産が相次ぎ、マカオ、シンガポールでも売上高を減らしている。何より、我が国では賭博は持統天皇以来禁止されているのだ。菅首相は不敬にも持統天皇に背く積りらしい。

カジノ飽和説は、おそらく池上彰さんなども週刊文春の連載で提示していたのかな。維新の会系も含めて、現在の日本の世論は、道徳・倫理よりも利益至上主義になっていますが、諸々の視座に立てば政策でカジノをつくって税収を上げようという目論見が、如何に狡猾で恥ずべきものなのか気付く時が来るかも知れない。

ギャンブル依存症なんて自業自得だと捨て置くのであれば、また、これも一興ですが、きっとそうなりませんやね。仰々しく「あれは病気なのだから手厚く保護をすべきなのだ」と言い出して、これまた盛大に税金をぶち込んで、上級国民様の天下り先を増やしていく事になるのがオチのような気がする。元ミスター慶応という肩書きを持つ強姦魔が短期間で立て続けてに事件を起こしながら全て示談が成立して不起訴になっていますが、実家は時価総額100億円の企業を経営する資本家なのだそうな。それ以外にも実業の他にも貧困ビジネスをやっているそうで、つまりはナンタラ法人という法人をつくって、生活保護受給者を施設に住まわせ、平均11万円支給されている内の9万円ほどを運営に回していると今週号の週刊文春に記してあったかな。世の中、デタラメですなぁ。

カジノ? 百害あって一利なしでは? 基本的には人心を腐敗させながら、僅かばかりの税金増収を見込んでいるという程度でしょう。真の狙いは利権、天下り先の確保だと思いますけどね。ナンタラ法人とかナンタラ財団といった類いのものがつくられて、はて、彼らは一体全体、何の仕事をしているのか、一日、何時間も働いていないのに、何故か高収入を保証される人たちを作り出すシステムのような気がしますけどね。

引用に戻ります。

地方銀行や中小企業の再編も本気のようだが、これは携帯電話料金の値下げのごとき人気取り改革と違い本格的な構造改革で、大きな問題をはらんでる。地銀は7割以上が赤字か減益だから、吸収合併などの再編が必要という。しかし、そういう状況に追い込んだのは低金利政策なのだ。日銀のマイナス金利が現在のマイナス0.1%からマイナス0.2%に下がるだけで貸出し金利もほぼ同じだけ下がり、地方銀行の収益は21%減となるのだ。(大銀行は海外事業などもあるから6%減)。異次元緩和の犠牲者なのである。中小企業再編は、IRと同じく菅首相が心酔すると言われるアトキンソン氏の次の主張に沿ったものだ。

‘本の労働生産性は先進国中最低に近く、イタリアやスペインよりも低い。

中小企業の生産性は大企業よりも低い。それが日本の生産性を下げている。

生産性を上げないと国民は豊かになれない。

そ召辰特羮企業を税金その他で守ってきた中小企業基本法を廃し、中小企業を潰すべきである。

このうち,鉢△論気靴ぁとい早トチリである。労働生産性とは労働者一人当たりの産み出す価値のことである。別の言葉で言えば、GDPを労働者数で割ったものだ。生産性を上げる手っ取り早い方法は、分母を小さくすること、すなわち労働者を解雇することだ。イタリアやスペインの生産性は確かに日本より高いが、それは失業率が10%を超し(日本は2.8%)労働者数が少ないから、生産性が高くなったというだけだ。実際、国民一人当たりのGDPを比べると両国より日本の方が高い。このことは日本人の方が豊かという事を示している。労働生産性というたった一つの尺度で豊かさを論じる危うさだ。い和臺僂併態を招く暴論だ。360万ある中小企業の3割が潰れてしまうと言われる。〜無論ある程度の再編は必要だが実行には細心の注意を要する。そもそも、中小企業の生産性が低い原因の一つは、大企業が下請け中小に不当な取引条件を押しつけていることである。


元々、日本や台湾は、アメリカのように商工農業が発達した歴史ではなく、農地は狭く、零細企業や零細の店舗が軒を犇めかせるようにして発展した文明なんですね。屋台や路地裏なんてのは典型でしょう。工場で働く労働者も、建設業の人足も、こじんまりとした飲食店でどんぶり飯を掻っ込んで、仕事への叡智を養ってきたし、凡そは江戸時代あたりでも、ドンブリモノの文化ですね。昭和50年頃でも地元の蕎麦店やラーメン店から出前を取ったり、目出度いときに地元の寿司屋から出前を取ったり、ホントは、そういゆ文化、歴史があったのだ。既に、前編で触れたように、ここは広大なアメリカではないのにアメリカを模して大店法を廃止し、大型のショッピングモールを郊外に建設し、地方では駅前であるとか元々の都市計画上の繁華街を見事にシャッター街にしてみせたのって、実は政治的決断と無縁ではないんですよねぇ。

相変わらず、海外の経済理論や、外国人に畏敬の念が強く、有難がってしまう島国根性があると思う。カタカナの名前の人を有難がり、崇拝してしまっているだけの可能性だってある。世界一貧乏な大統領と呼ばれたホセ・ムヒカは、来日した際、「何故、日本の女性は美しい人が多いのに、街中の広告は欧米人のモデルばかりなのでしょう?」と発言していましたが、ホントは、そういう部分には表れてますやね。グローバリズムを称揚しておきながら、同時に島国根性も強くて、隣人を否定して舶来を崇めてばかりいる。ショーン・マクアードル・カワカミと名乗った瞬間に、その者は…。

また、戻ります。

首相が外国人アナリストの浅知恵などを信奉していたは、いつまでもぬかるみから這い出ることはできない。一言で言うと、安倍政権の失政の結果を弱者である地銀や中小企業になすりつけるものだ。吸収合併の際の利権も頭にありそうだ。強者である大企業の内部留保はここ7年間増加し続け、460兆円に上っている。

上記の箇所の小見出しは「失政の結果を弱者になすりつけるな」になっていますが、おそらくは、ここを指摘する事で、少しは無理解を突いているように思う。腹立たしいのは、改正論者というのはルールを変更し、失敗をしておきながら、その失敗を認めるもことなく、ただただ弱者に責任を押しつけようとしている部分にあって、それが為に経済的逼迫だけではなく、自尊心をも傷つけれているところがある。こういう部分は、きっちりと強調しておいた方がいいでしょう。
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