以前に、エッセイストの酒井順子著書『処女の道程』（新潮文庫）にて、『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの小説『消滅世界』が取り上げられ、その作品中では既に性交渉という行為は死滅しているという設定が取り上げられていた。その世界では、生身の人間が性器を結合させる等というのは野蛮な行為になっているという。そして酒井順子さんも、そうなるのではないのかという主旨の事を綴っていた。
その際には、正直、まだピンと来ていなかった。人の生の営みに於いてセックスは大きな部分を占めているので、そう簡単にはなくならないだろうという思いがあったのだ。
しかし、今回、改めてユリイカ2024年４月号に掲載されていた鼎談『山田太一の季節』（長谷正人・頭木弘樹・岡室美奈子）という記事を目にしていて、驚くべき事に気が付いてしまった。今どきの大学生に往年のドラマ「ふぞろいの林檎たち」を視聴させ、感想文を書かせてみると、従来の世代とは全く異なる反応が返ってくるのだという。
岡室 ただ、『ふぞろいの林檎たち』を大学の授業で取り上げるといまの学生はある種の違和感を覚えるんですよ。あんなに恋愛にがっついていないですよと。〜略〜
長谷 そういえば僕も、二〇一〇年代の半ばころに受け持っていた全学科目の演習で、『ふぞろいの林檎たち』を毎週一話ずつ見せて議論をし、感想をかかせるという授業をしてみたんです。岡室さんのおっしゃるとおり、『ふぞろいの林檎たち』の主人公たちが恋愛したり喧嘩したりするやりとりには違和感を覚えるという反応でしたね。しかも面白いことに、一番リアルだと共鳴されたのは、放送当時は現実的には見えなかった引きこもり的な国広富之だったんです。最終回だったかな、国広が、みんながそうやって熱くなれるのっていいな、なんて傍観者的な台詞を言っていたはずなのに、次の瞬間にはネクタイを締めてスクーターに乗ってお酒の配達の手伝いをするという場面があるんですが、それを見て一〇人余りの学生が爆笑したんです。それは決して軽蔑の笑いではなかった。君たちは熱くていいけど、自分は違うと言っていたはずなのに、いつの間にか一緒に熱くなっている国広富之にとても暖かい共鳴の笑いが起きた。じっさい感想を読むと、すごく国広富之の気持ちが分かると書いていました。放送当時には、リアルではなかった国広富之がいま見ると確かに我々に近いところにいると感じました。
岡室 私の授業でも、エリートだけど人間関係が苦手でなかなか輪に入れない国広富之が支持されていました。〜略〜
この箇所は目を通していて〈ああっ！〉と思った。何しろ、『処女の道程』に目を通していたし、新聞記事でも日本の女性小説家は海外でも人気を集めているという小記事があって、その記事中では川上未映子と村田紗耶香の名前が挙げられていた。川上未映子は何冊か読んだ事があるものの、村田紗耶香は『コンビニ人間』しか読んでいない。それらを踏まえた上で、昨今の学生たちが「ふぞろいの林檎たち」の中であれば国広富之が演じた「本田修一」に共鳴しているというのだ。その「本田修一」という役柄は、実はサイコパス気質の青年である事は「ふぞろいの林檎たち」を視聴した人たちに共通する認識であった。
とゆー事は、もしかしたら2010年代中頃から日本の若者たちは既に幾らかサイコパス化してきているという事かも知れない。（このサイコパスという表現は後にニュアンスとしては修正されてゆく予定だ。）
というのも同誌には、その本田修一役を演じた国広富之さんのインタビューも記事になっており、その役を与えらえる際に「ちょっと不思議な役なんだけれど大丈夫か？ できるか？」と声を掛けられるほどの特殊な役であった事が語られている。まぁ、それが「本田修一」という役であったのだけれども。インタビューの中で、国広さん自身が「本田は俗に言うサイコパスなんです。だから僕も標準的なサイコパスということなんでしょうけど、その当時はサイコパスという言葉は心理学で使うぐらいで一般の人は知らなかったでしょうし、そういう部類の人間がいるということも認識されていなかった。」と述べている。（※標準的なサイコパスなんでしょうけど⇒脚本家・山田太一は〈当てがき〉を得意としており、その俳優俳優に適した役柄や台詞を書く。国広さんは自分のサイコパス的な本性を、山田太一に見抜かれ、あの本田修一の配役をもらったのだと言っている。）
そのインタビューで、今どきの若者は国広さんが演じた本田修一に共感するところが大きいそうですよ、と話を向けられると、次のように応じている。
国広 いまの若者だからですよ！ 通じるものがあるんでしょうね。オタク的というか、かかわりたくない、面倒くさいという。それに比べて劣等生たちはベトベトしている。ベトベトしたくなくても、ベトベトしてしまう。だからいまの若い人はそういうふうに思うんじゃないかな。僕も人とのかかわりはそんなに好きじゃないので、そちら寄りなんですよ。パーティーなどもなるべくいきたくなかった。
ああ、なるほどなぁ…という感慨に到った。あの時代の空気というのは、確かに異常な部分もあった。世の中はバブルだったのだ。がつがつしていたという意味も分かる。私自身はそうでもなかった方だけれども友人の中には、そのテの雑誌類を読み漁っている者も多かった。時代の空気みたいなものは確かにあった。クリスマスともなると若者はラブホテルに行かねばならないかのような雰囲気であり、寒空の中、何時間も待たされたりした経験が確かに私にもある。また、そうした当時の風景については倉本聰の「北の国から」にも描かれていたと思う。確かに今にしてみればバカみたいな事をジョーシキであるかのように錯覚していたのだ。しかし、当時は交際している異性があれば、そのようにクリスマスを過ごす事が当然であるかのような時代の空気みたいなものが厳然とあったのだ。
だから「ふぞろい」の第一話でもって「合コン」から始まり、そこで相手にされなかった中井貴一演じる仲手川が性風俗店へ入るのであった。そこで風俗嬢をしていたのが「合コン」の際に見惚れていた女性（高橋ひとみ演じる伊吹夏恵）だった事に気付き、仲手川はというとラッキーとばかりにプレイを愉しむのではなく、バスタオルで股間を抑えながら泣き声を上げながらその一室から逃亡してしまうというシーンからドラマが始まったのであった。その高橋ひとみ演じる伊吹夏恵は、実は国広富之演じる本田修一と同棲生活を送っていた――と。
という事は、確かに冒頭で述べたような「人類は性交渉を卒業するのでは？」という予測も、何やら真実味があるじゃないかと思えてきた。反転させると、現在でも、他人の文章を目にしていて、「ああ、この人は人生にとって欠かせないものとして、あれとあれとあれのように考えているのだな」と気付いてしまう事がある。総じて人生に欠かせないものの一つとして、そこに性交渉が含まれていたりする。例えば「あいつはオンナの味も知らないで死んでしまった」みたいな事が語られたりする。しかし、もしかしたら若い世代の人たちは、既に、そういう考え方をしていない可能性がある。
そして、その正解らしきものを、サイコパス的な気質を自分も有しているかも知れませんと発言している国広富之さんが言い当てている。どこかというと「面倒くさい」の箇所でしょう。となると、山田太一は、どのあたりまで、その事情を掘り下げていたのかという問題にまでなってくる。
国広富之演じる本田修一のキャラクターが前面に押し出されたシーンがあった。今にして思えば、それは〈まさしく〉と感じるような凄いシーンだ。性欲はあるのでセックスパートナーは必要であるが、余計な煩わしい事柄を二人の間に持ち込みたくないと言って、伊吹夏恵との恋愛関係についても〈契約〉と理解している事が明かされるシーンだ。確かに当時、この本田修一はサイコパス的な登場人物であった。しかし時間が経過してみると、実際に多くの若者が本田修一に共感するようになっているという。
この事は酒井順子＆村田紗耶香と組み合わせて考えると、殆んど、この先の日本人のセックス観が丸見えになってくるかのような気がしないでもない。
今、セックスに対するハードルは高まり続けています。事前に完全な同意を得た上で行わないとハラスメントになりますし、相手の性自認や性的指向の多様性も認識し、尊重して行うことが求められている。
そうなると慎重な性格の人達は、セックスに対して及び腰にならざるを得ないことでしょう。もはやマニュアルなど存在せず、「当たり前」も無い中で、自己責任において相手と丸腰でぶつかり合わなくてはならいのですから。（酒井順子著『処女の道程』（新潮文庫）260頁）
実際に現代社会では個人は孤立化している。つまり、アトム化が起こっている事は否定しようもない。法律的には不同意性交罪なんていう、その名称からして恐ろしい法律も出来てしまっているのだ。この問題があるのに、この問題の重要さに気づいて、ちゃんと声を上げている者は非常に少ない。
その際には、正直、まだピンと来ていなかった。人の生の営みに於いてセックスは大きな部分を占めているので、そう簡単にはなくならないだろうという思いがあったのだ。
しかし、今回、改めてユリイカ2024年４月号に掲載されていた鼎談『山田太一の季節』（長谷正人・頭木弘樹・岡室美奈子）という記事を目にしていて、驚くべき事に気が付いてしまった。今どきの大学生に往年のドラマ「ふぞろいの林檎たち」を視聴させ、感想文を書かせてみると、従来の世代とは全く異なる反応が返ってくるのだという。
岡室 ただ、『ふぞろいの林檎たち』を大学の授業で取り上げるといまの学生はある種の違和感を覚えるんですよ。あんなに恋愛にがっついていないですよと。〜略〜
長谷 そういえば僕も、二〇一〇年代の半ばころに受け持っていた全学科目の演習で、『ふぞろいの林檎たち』を毎週一話ずつ見せて議論をし、感想をかかせるという授業をしてみたんです。岡室さんのおっしゃるとおり、『ふぞろいの林檎たち』の主人公たちが恋愛したり喧嘩したりするやりとりには違和感を覚えるという反応でしたね。しかも面白いことに、一番リアルだと共鳴されたのは、放送当時は現実的には見えなかった引きこもり的な国広富之だったんです。最終回だったかな、国広が、みんながそうやって熱くなれるのっていいな、なんて傍観者的な台詞を言っていたはずなのに、次の瞬間にはネクタイを締めてスクーターに乗ってお酒の配達の手伝いをするという場面があるんですが、それを見て一〇人余りの学生が爆笑したんです。それは決して軽蔑の笑いではなかった。君たちは熱くていいけど、自分は違うと言っていたはずなのに、いつの間にか一緒に熱くなっている国広富之にとても暖かい共鳴の笑いが起きた。じっさい感想を読むと、すごく国広富之の気持ちが分かると書いていました。放送当時には、リアルではなかった国広富之がいま見ると確かに我々に近いところにいると感じました。
岡室 私の授業でも、エリートだけど人間関係が苦手でなかなか輪に入れない国広富之が支持されていました。〜略〜
この箇所は目を通していて〈ああっ！〉と思った。何しろ、『処女の道程』に目を通していたし、新聞記事でも日本の女性小説家は海外でも人気を集めているという小記事があって、その記事中では川上未映子と村田紗耶香の名前が挙げられていた。川上未映子は何冊か読んだ事があるものの、村田紗耶香は『コンビニ人間』しか読んでいない。それらを踏まえた上で、昨今の学生たちが「ふぞろいの林檎たち」の中であれば国広富之が演じた「本田修一」に共鳴しているというのだ。その「本田修一」という役柄は、実はサイコパス気質の青年である事は「ふぞろいの林檎たち」を視聴した人たちに共通する認識であった。
とゆー事は、もしかしたら2010年代中頃から日本の若者たちは既に幾らかサイコパス化してきているという事かも知れない。（このサイコパスという表現は後にニュアンスとしては修正されてゆく予定だ。）
というのも同誌には、その本田修一役を演じた国広富之さんのインタビューも記事になっており、その役を与えらえる際に「ちょっと不思議な役なんだけれど大丈夫か？ できるか？」と声を掛けられるほどの特殊な役であった事が語られている。まぁ、それが「本田修一」という役であったのだけれども。インタビューの中で、国広さん自身が「本田は俗に言うサイコパスなんです。だから僕も標準的なサイコパスということなんでしょうけど、その当時はサイコパスという言葉は心理学で使うぐらいで一般の人は知らなかったでしょうし、そういう部類の人間がいるということも認識されていなかった。」と述べている。（※標準的なサイコパスなんでしょうけど⇒脚本家・山田太一は〈当てがき〉を得意としており、その俳優俳優に適した役柄や台詞を書く。国広さんは自分のサイコパス的な本性を、山田太一に見抜かれ、あの本田修一の配役をもらったのだと言っている。）
そのインタビューで、今どきの若者は国広さんが演じた本田修一に共感するところが大きいそうですよ、と話を向けられると、次のように応じている。
国広 いまの若者だからですよ！ 通じるものがあるんでしょうね。オタク的というか、かかわりたくない、面倒くさいという。それに比べて劣等生たちはベトベトしている。ベトベトしたくなくても、ベトベトしてしまう。だからいまの若い人はそういうふうに思うんじゃないかな。僕も人とのかかわりはそんなに好きじゃないので、そちら寄りなんですよ。パーティーなどもなるべくいきたくなかった。
ああ、なるほどなぁ…という感慨に到った。あの時代の空気というのは、確かに異常な部分もあった。世の中はバブルだったのだ。がつがつしていたという意味も分かる。私自身はそうでもなかった方だけれども友人の中には、そのテの雑誌類を読み漁っている者も多かった。時代の空気みたいなものは確かにあった。クリスマスともなると若者はラブホテルに行かねばならないかのような雰囲気であり、寒空の中、何時間も待たされたりした経験が確かに私にもある。また、そうした当時の風景については倉本聰の「北の国から」にも描かれていたと思う。確かに今にしてみればバカみたいな事をジョーシキであるかのように錯覚していたのだ。しかし、当時は交際している異性があれば、そのようにクリスマスを過ごす事が当然であるかのような時代の空気みたいなものが厳然とあったのだ。
だから「ふぞろい」の第一話でもって「合コン」から始まり、そこで相手にされなかった中井貴一演じる仲手川が性風俗店へ入るのであった。そこで風俗嬢をしていたのが「合コン」の際に見惚れていた女性（高橋ひとみ演じる伊吹夏恵）だった事に気付き、仲手川はというとラッキーとばかりにプレイを愉しむのではなく、バスタオルで股間を抑えながら泣き声を上げながらその一室から逃亡してしまうというシーンからドラマが始まったのであった。その高橋ひとみ演じる伊吹夏恵は、実は国広富之演じる本田修一と同棲生活を送っていた――と。
という事は、確かに冒頭で述べたような「人類は性交渉を卒業するのでは？」という予測も、何やら真実味があるじゃないかと思えてきた。反転させると、現在でも、他人の文章を目にしていて、「ああ、この人は人生にとって欠かせないものとして、あれとあれとあれのように考えているのだな」と気付いてしまう事がある。総じて人生に欠かせないものの一つとして、そこに性交渉が含まれていたりする。例えば「あいつはオンナの味も知らないで死んでしまった」みたいな事が語られたりする。しかし、もしかしたら若い世代の人たちは、既に、そういう考え方をしていない可能性がある。
そして、その正解らしきものを、サイコパス的な気質を自分も有しているかも知れませんと発言している国広富之さんが言い当てている。どこかというと「面倒くさい」の箇所でしょう。となると、山田太一は、どのあたりまで、その事情を掘り下げていたのかという問題にまでなってくる。
国広富之演じる本田修一のキャラクターが前面に押し出されたシーンがあった。今にして思えば、それは〈まさしく〉と感じるような凄いシーンだ。性欲はあるのでセックスパートナーは必要であるが、余計な煩わしい事柄を二人の間に持ち込みたくないと言って、伊吹夏恵との恋愛関係についても〈契約〉と理解している事が明かされるシーンだ。確かに当時、この本田修一はサイコパス的な登場人物であった。しかし時間が経過してみると、実際に多くの若者が本田修一に共感するようになっているという。
この事は酒井順子＆村田紗耶香と組み合わせて考えると、殆んど、この先の日本人のセックス観が丸見えになってくるかのような気がしないでもない。
今、セックスに対するハードルは高まり続けています。事前に完全な同意を得た上で行わないとハラスメントになりますし、相手の性自認や性的指向の多様性も認識し、尊重して行うことが求められている。
そうなると慎重な性格の人達は、セックスに対して及び腰にならざるを得ないことでしょう。もはやマニュアルなど存在せず、「当たり前」も無い中で、自己責任において相手と丸腰でぶつかり合わなくてはならいのですから。（酒井順子著『処女の道程』（新潮文庫）260頁）
実際に現代社会では個人は孤立化している。つまり、アトム化が起こっている事は否定しようもない。法律的には不同意性交罪なんていう、その名称からして恐ろしい法律も出来てしまっているのだ。この問題があるのに、この問題の重要さに気づいて、ちゃんと声を上げている者は非常に少ない。
