どーか誰にも見つかりませんようにブログ

人知れず世相を嘆き、笑い、泣き、怒り、足の小指を柱のカドにぶつけ、金星人にSOSのメッセージを発信し、「私は罪のない子羊です。世界はどうでもいいから、どうか私だけは助けて下さい」と嘆願してみるブログ。

カテゴリ: 雑記

昨日の国会を伝えるニュースショウ番組の一コマの中で、どこぞの野党議員が、

「補正予算に1兆円のGoTo予算が入っている事は不謹慎だと思う。3月までにやるんですか、税金で旅行キャンペーン。撤回して組み換えを求めたい」

と発言したらしい音声が耳に入り、ハッとした驚きがありました。そう、そうなんです。ずーっと、私が考えているのも、それ。コロナ禍にあって、そこで経済対策も大切である事は確かなのですが、どうしてもGoTo事業だけは、拒絶反応してしまう。これほど短絡的にカネを撒いて、物事の道筋をつけるという愚行があるだろうか、しかも、原資となるのは税金であり、どこぞの民間企業が自らの判断でリスクを採ってポイントをばら撒いて、会員を獲得している事とは訳が違う、少なくとも税金でやる事業ではないじゃないかという思いが根底にあるんですね。だって、そこでばら撒かれているのは税金ですよ、税金。バッカじゃねぇのかってぐらいに感じているのがホンネでもある。

それなのにテレビなどのマスメディアから私に入ってくる情報は、せいぜい「GoToは平時であれば、いい政策であるが、今の時期に行なうのは愚策」という程度。そもそも、妙案でもないし、いい政策でもないという私の価値観とズレているんですね。ずーっと私なりに注視してきた感じでは、世界中で、経済振興の目的で外出しての消費に税金を投じて奨励し、経済対策としている例がない。日本のGoTo事業を真似したイギリスが失敗したという話しかない。普段、凡そのリベラル論陣は、アメリカではこうだとか、イギリスではこうだとか、フランスではこうだという具合に、諸外国の制度を羨ましがり、日本にも導入せよと展開させるのに、GoTo事業に関しては諸外国との比較も怠るというダメっぷりにゲンナリとしていたのでした。

一体、誰だろう、とうとう、その正論をブチかましてくれたのは?

とテレビの画面に目を向けたら、そこには「立憲民主党・小川淳也」というテロップがあり、即座に「!」という感慨が沸き上がりました。

昨年末、ドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」で、密着取材の対象になっていた小川淳也さんであった。「なぜ君は総理大臣になれないのか」は大島新監督が、偶々、親戚筋の縁で取材対象とし、小川議員の国会議員生活、足掛け17年間を描いたものであり、且つ、小川議員の不遇の議員人生を浮き彫りにし、その上で、

「小川さん、あなたは政治家に向いていないんじゃないですか? 国会議員というのは誠実さや熱意だけではダメで、政党内で這い上がり、政党間では権謀術数を弄して相手を叩きのめすぐらいの政治家じゃないと、この国では政治家として大成できないんじゃないですか?」

という主旨で、それを映画の終盤で、率直に現役の衆議院議員でもある小川淳也氏御本人に、その意見をぶつけてしまうという衝撃的なドキュメンタリーであった。小川淳也氏の経歴からすると東京大学法学部を出て厚労省に入省するも、「これでは日本は良くならない!」と一念発起して政治家に転身したという経歴であり、苦しみながら17年間の政治家生活を送って来た小川氏に突きつける「君は政治家に向いてないんじゃないですか?」という質問は、空気を凍らせ、その直球の質問をぶつけられてしまった小川氏は半泣きの顔になりながら「自分でもそう考える事があります…」と、その真っ直ぐな苦悩の表情が映像に納められている。しかし、ホントに彼のような情熱とか誠実さは、ニッポンの政治には必要ないんだろうか…と、視聴後に複雑な心境になりました。


あれやこれやと考えさせられますかねぇ。維新旋風の際、私の地元の埼玉の片田舎でも、幟を指した自転車で2〜3人の仲間を引き連れて、マンション前に陣取っている30代か40代か、比較的若い青年立候補者を目にした事があって、しかし、足を止める人はゼロ。当時、これは報道もされていましたが、ああした彼等は政党から選挙資金も出ず、自腹で手作りの選挙戦を展開し、見事に日本中で多くの若年有志が落選したのでした。当時、週刊新潮あたりでも、「彼等の熱意のようなものは勿体ないのではないのか?」という記事が掲載されており、私もそう感じたものでした。既に、二大政党制、政党助成金による政党選挙になってしまっているので、有権者の投票行動は政党のイメージや、党首のイメージによって左右されるような選挙環境になっていた。碌に熱意なんてもっておらずとも、大政党の比例区の名簿に名前が掲載されさえすれば、なんとかチルドレンや、なんたらガールズとして、国会議員バッジをつけられてしまうという、ヘンテコな選挙環境が原因であるとされた。

うーん、記憶は定かじゃないけど、当時、立候補した有志らは自腹で3〜4百万円ほど用意して立候補をし、政党は彼らに資金援助するもなく、そういう破れ方をした選挙だったんですよね。得票率に応じて、幾らかの金額は返却されるような仕組みであったと思いますが、おそらく、その得票率に達したかどうか…。というのも、先に私が目撃したマンションでは、地元の県会議員であるとか市会議員のツテで人数を集めたり、或いは、公明党さんが凄い組織選を展開して、マンションの公園の周囲を公明党の幟だらけで埋め尽くしたり、更には当時は民主党だったのかな、かの有名な蓮舫さんが忙しく、応援に入って選挙カーに乗ったまま、何やら連呼して我が家の前を通り過ぎて行ったり…。もう、そういう選挙戦であり、熱意のある立候補者が特定の大政党の後ろ盾もないままに、自転車や徒歩で選挙戦をやっても、なんら有権者には響かない、投票行動を動かす訳がない、そういう環境なんですね。

(その裏を掻いたのが、埼玉県の東松山市長選に出馬した東大のセンセ、「教授」でいいのかな、安富歩氏であった。安富氏は女性装をし、なんたらっていう馬だかポニーを引き連れて町中を歩きながら選挙戦をするという既存の選挙の概念を覆す選挙戦を展開して落選。しかし、その安富氏に面白味を見い出したのが原一男監督であり、安富氏をテーマにドキュメント映画をつくろうとしていたところ、なんと、山本太郎氏から「れいわ新選組」からの出馬に誘われた為、原一男監督の構想は、急遽、膨らんで「れいわ一揆」というドキュメンタリー映画となった。一定以上の閉塞的な現代の政治環境というものが分かって来ると、この映画の面白さは倍増すると思う。聴衆をアジる者もあれば、しんみりと郷土を語り、既存の選挙戦にはなかった、聴衆を涙ぐませるような、そういう演説も有り得るのだ。)

それと、手前味噌に感じられてしまいそうですが、やはり、陳舜臣の小説ですかねぇ。諸葛亮孔明と耶律楚材は、陳舜臣自身も好きな英傑として名前を掲げていますが、そこで描かれている像は「天下万民の為に動こうとする英傑像」なんですね。行動原理は天下万民の為ですよ。特定の利害関係者の人たちを有利する為の政治家などという、そうした偏った政治思想を持っていない。諸葛孔明が劉備に惹かれた理由は、劉備には仁があり、人望もあり、この劉備玄徳のような人物が皇帝になれば、きっと天下は泰平となり、万民の幸福の実現に最も近くなるだろうと考えるから――。小説ですから応用も効くのでしょうけど、諸葛孔明は劉備に物足りなさも感じている。「劉備は冷徹に徹することができいない」、と。しかし、諸葛孔明は、そういう人物であるからこそ、劉備に仕え、蜀の宰相として辣腕を振るう。そして合理的覇道を唱える曹操に抗う。確かに、三国志を捉えて、その主人公が曹操ではなく、劉備であるのは、そうした価値観が底流としてあるからでしょうねぇ。

この話は、掘り下げてしまうと、実はリーダーの資質には、人徳が必要であり、また、清廉潔白な人柄が好まれるなど、現在の日本人が全く見失ってしまっている資質の要素が詰まっている。肩書きとして華麗な経歴を有する圧倒的なエリートであるとか、どこぞの学者だとか、MBAを取得しているからという優秀さで人物評をしているのではなく、もっと、総合的に、リーダーの資質を問うている。仮に、頭脳が明晰であっても人徳がなければ、そもそもリーダーの器ではないのだ。その当たり前を、陳舜臣の小説は、これでもか、これでもかと、描いている。中国の古典は、劉邦にしても劉備にしても、この両者は共に漢民族から愛された為政者ですが、リーダー自身がとびきり優秀なのではなく、ただただ人徳があり、仁と誠があるだけのタイプなんですよね。それら人徳によって、人を束ねることが初めて可能になるべきではないのか――。

二階さん、勘弁してくれよ。ガースー氏は過去の沖縄選で「沖縄にユニバーサル・スタジオを誘致する」とかまで言っちゃうタイプの、典型にも典型を重ねた超典型的なポピュリストですよ。しかも、これを評せる政治家や論者が皆無ってのがキモチワルイ。

自公政権、即ち与党の絶望的な腐敗を嘆くのであれば、野党再編に期待をかけるしかない訳で、野党の足りなさばかりを言っていても始まらない。旧民主党政権は、大雑把に、20年ぐらいは政権与党になる事はないだろうと予測された。それぐらいの信用失墜を演じてしまった。では、自公政権は、セーフなのかというと、これは同じか、それ以上であろうなって思う。行政文書の隠蔽・改ざん・捏造の蔓延、河井夫妻の件、森友・加計学園の件、アキタフーズの件、さくらの件、カジノ誘致の件、学術委員会任命拒否問題はじめ情報に対しての圧力の問題、何故か逮捕状が出ていたのに逮捕が執行されなかったという安倍政権に近いジャーナリストの件などって、実は、司法界、検察、学者ら、そのものが、一権力たる自公政権に支配されてしまって、ごくごく当たり前の善悪を裁けなくなっているという事であり、かなりの重症ですやね。税金の使い道も逸脱することが恒常化している。やはり、さっさと腐敗を一掃すべきなんだと思いますけどねぇ。

武力クーデターに問題がある以上、世の中を変えるには合法的な選挙しかない訳で、日本は中国やロシアのように言論弾圧が強まっていく前段階にあり、曹操に、この状態に終止符を打つべきだと思いますけどねぇ。(中国に続き、ロシアの野党ナワリヌイ氏を巡ってのロシア当局による拘束、その拘束へのデモ鎮圧がありましたが、風雲急、世界は帝国化していますな。何をやっても強権発動をした側が許されるような言論環境に傾斜してしまっている。)

小川淳也議員は、中々、頑張ってるなぁ…と感心してしまった。堂々と、貫徹して欲しい。権謀術数を弄する者が勝利する政治世界なのだとしたら、それを放任してしまっている民意、有権者の側に問題がある。有権者はバカじゃないんですというのであれば、政治家を計る尺度として、熱意があり、誠実であり、信用されるという事の価値を、今一度、令和の日本に復活させて欲しいもんですね。

税金をばら撒いて、インセンティブとやらで消費行動を動かして、オレ優秀っていうタイプの政治家は、ホントは最低の政治家なんだと思いますよ。民間の広告会社か総合商社にでも入社して、そこで自前で商売やってろやって話で。


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ああ、分からない事だらけで、自分さえ信じられないところがある…。故に、気もそぞろなので、中途半端になりますが、江上波夫が巻き起こした王朝征服説について少しだけ。

1940〜1950年代の時点で、既に「騎馬民族王朝征服説」はあり、その名称は批判する側が勝手につくっていったもののよう。その発端となった当時の座談会を活字化をしたものを読んだのですが、おお、確かに大きなムーブメントになるのは分かるなぁ…。批判に次ぐ批判が沸き起こるのですが、批判の箇所は海を越えて騎馬民族が征服したという箇所に集約できてしまう可能性があり、実は、このブログで述べるところの倭族論の元祖かも知れない。基本的に弥生人の水稲稲作文化は揚子江付近から入り、そして朝鮮半島南端と九州北部で、一つの文化圏があったと江上が展開し、この征服説を批判する人々にしても、そこには異議を挟んでいない事が確認できる。

要は、江上の言葉を用いると、南方系、これは「南支」や「インドネシア」と似たもので弥生時代が構成されていたのに古墳時代になって、この古墳時代を江上は大雑把には前期と後期とに分類し、前期の古墳からは宝飾品などが出るのに、後期の古墳になると実用的な武器が出て来る事、これだけではありませんが、諸々の根拠を掲げながら、4世紀頃に騎馬民族が日本を征服したであろうという仮説を立てた。

目を通していて、「ああ、さすがだな」と感じた箇所もありました。征服した騎馬民族の正体について、おそらく草原の民であるモンゴル系ではないだろうと考えているものの、それでもモンゴル人の風習から【テングリ】と【クリルタイ】という用語を持ちている。テングリとは、これは、まさしく天道思想であり、何事も天の意志であると考えるそれであり、勿論、これが天皇制に繋がっている可能性に気付かなかったら嘘になる。また、クリルタイとは江上に拠れば「全体会議」であり、つまり、独裁的な総統を選ぶにいは氏族のトップが一堂に会して話し合いで決定するという、モンゴル族が重視していたクリルタイを、「実は日本的ではないのか?」と匂わせている。なにしろ、倭国大乱の後、倭国では共立して女王を建てた国らしいのだ。思いの外、似ている。また、騎馬民族にとっては宝飾品よりも実用的な武器や冑、馬具を重んじるので、古墳時代後期の古墳から出土する埋葬品が前期が宝飾品であったのに対して、後期になると実用品に変わっているとしている。

元々は、座談会の中で発した江上の発言と、それに批判を加えながらも認めるべき部分は認めた当時の知識人たち、そのやり取りが、どんどん拡大し、民俗学の見地から柳田国男、折口信夫なども反対論として登場している。どんどん、その問題が日本全体を巻き込んでいったのが分かる。8割方が批判であるが、批判する側も自説を展開させるので、そこで東日本と西日本とはどうも断層があるという意見が出て来る。現在では、頭骨の長短を計測する手法は不適当とされていますが、これは要は、頭蓋骨を上から見て、顔と後頭部との直径となる縦軸が長いか短いかを調べたものでは、関東以北は長頭の者が多いのに対して、西日本の近畿と九州北部は短頭が多いというデータなども示されてゆく。しかも興味深い事に島根、鳥取あたりは長頭なのだ。短頭というのは、平べったい顔になるんでしょうかねぇ。顔が長いがかどうか、馬面か否かではなく、頭上から見た場合の平べったさ。

そして、江上の王朝征服説は、これほどの劇的な変革が古墳時代に起こっているという事は、征服があったと考えるべきであるとした。それに対して反論は、変革ではなく、発展の結果である――と批判した。これは、否定できない論点が浮き彫りにされていますね。古墳時代の前期と後期、そこに中期もありますが、前期と後期とでは劇的な変革が確認できる事には、双方ともに異論がない。問題は、それは征服されることなく発展したものなのか、それとも征服されたからこそ変革が成ったのか――。

江上は更に反論している。江上は、古墳時代の前期から後期までの間に古代国家が出来たと考えるべきだとし、その国家が形成されるまでの期間が余りにも短期間であること、また、征服者による流入によって、そうした国家が形成されるのが通例ではないのか――とした。エジプト文明はエジプト人が興したのではなく、そこに入ったメソポタミア人がエジプト人を支配して成り、インドにしてもアーリア人による征服を受けた後に国家の体裁を強めたであり、縄文時代に次いで弥生時代と歩んできた日本人が、例え、諸外国の影響を受けたとしても、独自に国家を形成するには、かなりの年月が必要になる筈で、それを踏まえて、征服されたのではないかとした。これは面白い主張ですよね。そもそも、独自の発展とか発達といったもので、急に中央集権的な国家が出来るものなのかどうか。そもそも征服者によって征服されて初めて、(古代)国家という形状が出来上がったのではないか――となる。

その上で、江上は記紀上の崇神天皇を頂点とする大伴、物部、蘇我などの氏族連合体が弁韓(朝鮮半島南部)と九州北部を統一した。崇神天皇の別名はハツクニシラスであり、また、ミマキイリヒコというが、「ミナマに入った彦」だから「ミマ(キ)入彦」という連想もした。

この「任那に入った彦=ミマキイリヒコ」という連想は、大島渚監督の映画「日本春歌考」でもクライマックスに用いられていた。そこで掲げられた国旗は白地に黒の日章旗であり、実は、この頃に流行していた騎馬民族王朝征服説を引用したものだという。結構、ゾクリとする描写でもある。

また、批判論陣の中で、折口信夫あたりは「騎馬民族征服説は、つまり、我々の祖先が征服されたという意味であり、天皇は征服者という意味だから、忸怩たる気持ちになる」といったニュアンスの言葉を発して批判している。(気分として良くないの意ですな。)一方の柳田国男は批判しながらも、江上波夫の主張は、白鳥庫吉博士の主張を継承している本来的な指摘であるとも発言している。

この論争の中で、征服説は、天津神と国津神との対立、或いは大和系と出雲系の問題にも合致する。果たして、征服なくして一定以上の高度な統治システムを持つ大和朝廷のような古代国家の枠組みが成立か可能であったのかどうか――。

また、読み込んでゆくと、江上や江上に賛同した征服王朝説論者は、モンゴル族のような草原で生活していた騎馬遊牧民が征服したのではなく、満州系であろうと考えてた事も分かる。高句麗が朝鮮半島に影響を及ぼし、また、扶余(ふよ)も北支・満州系の狩猟騎馬民族であったとする。騎馬遊牧民と狩猟騎馬民族に分けて考えており、山岳地帯の騎馬民族は狩猟に頼り、それが歴代中華王朝との接触の中で一定の定住型の文化を取り入れていた訳ですね。いやいや、鮮卑族はツングース系と現在では分類されますが、これは匈奴と別れた何かであり、匈奴や鮮卑は漢化していっている。三国時代前後であれば、公孫瓚勢力の北には烏丸(うがん)と呼ばれていた勢力もあり、それら騎馬民族が一定以上の文化水準を以って朝鮮半島を征服したと思われるのだから、当然に、その時期に倭国にもその波が押し寄せたと考えて然るべきではないのか――と。つまり、天皇及び皇族の起源とは満州系に求めるべきではないのか、とも論じられている。

批判としては、江上氏らは、そのように展開させるが、そもそも騎馬民族が大船団で日本に乗り込んでくるのは不可能であっただろう――が、この一連の論争、その核心でしょうねぇ。
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漫画やゲーム、或いは人形劇などで親しんできた三国志(演技)の粗筋というのは、おおよそは、黄巾賊退治に立ち上がった英傑たちの動静から始まっていたような気がする。道教的宗教の指導者であった張角らを首謀者とする黄巾賊による、「黄巾の乱」という括り方ですね。何故、黄巾(こうきん)の乱が発生したのかというと、前漢王朝が機能不全状態に陥っていたからであった。

改めて、この「黄巾の乱」の時代を西暦で確認すると184年であり、なんと現在から1837年も昔の事だったりする。

張角らの道教集団が武装蜂起をした訳です。では、その背景になった当時の前漢末期とは、これは当時、中国に生きていた人の感覚からすれば、まさしく「末法の世」と認識されたのでしょうけど、どんな具合であったのかを、私は考えた事もないし、おそらく漫画やゲームでも、そこまでは描かれていなかった気がする。

陳舜臣著『諸葛孔明』(中公文庫)に拠れば、その前漢末期、黄巾賊の反乱が起こった時代というのは、「孝や廉という徳目は色褪せ、銅臭の時代」であったという表現を使用している。【孝】と【廉】という文字が何を表わしているのかというと、即ち「孝行」と「清廉」であり、この時代、まだ科挙制度は存在しておらず、儒教に拠る徳目である「孝」と「廉」とが人物査定に於ける基準であり、孝と廉という徳目が高いと思われる者が、政府に登用されて官職に就いていたという。

郊外や地方では、そうした価値観が保守的な価値観として残っていたが、当時の都、洛陽では孝や廉といった徳目は色褪せ、銅の臭いに満ちていたという。銅臭、つまり、「銅の臭い」とは、金銭至上主義を意味しているのだそうな。

誰も彼もが銅銭に群がり、銅銭、すなわちカネこそが力であった。霊帝は当時の皇帝ですが、霊帝も金銭至上主義に染まり、官職を金銭で売り出すようになり、自らも庭園に店舗を並べて商人風情の真似事をしていた。宮廷に仕えていた宮女たちも売子の真似事としての商売を宮廷内でするような、もう、都そのものが金銭に群がるような状態で、それを「銅臭」と表現している。物欲が剥き出しになった時代であり、当の霊帝は、その時代に生まれているから、自分のしている事をおかしな事とも思わない。まさしく、「世の中、カネじゃ、カネじゃ、商売してカネを集めればいいのじゃ!」という按配。

そんな時代でも郊外や地方では、旧態依然とした儒教的徳目の価値観は残っていたが都市部は、完全に金銭至上主義となり、そうなると孝や廉といった徳目の存在感が薄らいで行く訳ですね。万事、この世は金次第という、末法の世(まだ仏教は明確には作用していない時代ですけど)、世も末。

この頃、宮廷では宦官という男根を切って皇族に仕えていた側近の集団と、何かしらの資質を買われて高級官僚になった士大夫(しだいふ)との間でも、対立があったという。国家という概念があったかどうかも微妙ながら、つまり、この世の先行きを決定するだけの権能を有していたのが中央政府であり、朝廷・宮廷となりますが、そこには皇族の側近として仕えている宦官と、士大夫とがあり、政策の決定は士大夫の仕事の範囲であるが、最終的な決定権、裁可の権利は皇帝が掌握しているので皇帝の側近は政治を左右する力を有していた。それも過分に有するようになっていたのが、この銅臭の時代であり、宦官は敵対勢力である士大夫らに対して、残忍な弾圧を加えるまでになっていたという。讒訴・讒言などによって、処刑に追い込む事も出来た訳ですね。既に、孝や廉といった徳目の価値は地に落ちていた。

そういう銅臭の時代は、その腐敗は都市部、それも中央政府から始まっている。既に、国家の中枢から道義や理念が喪失していた。世の中、カネ、カネ、カネ、カネという守銭奴(まだ仏教は入っていない)が蔓延していた。そこで地方の人士や民衆が何を求めたのかというところへ来て、ここで、道教だったのだ。道教とは老子を太上老君とし、神と崇めてしまう宗教であり、東アジア的な呪術要素をも含んでいた。仙術、妖術、そういう要素をも併せ持っており、おそらくは、魏志倭人伝の卑弥呼が用いたという「鬼道」も、この類いの呪術であったと推定されている。魏志倭人伝には「卑弥呼は鬼道によって、よく人々を惑わせた」という旨の記述がありますが、この黄巾の乱のリーダーたちは、様々な妖術を使用したとされる。蜂起したのは、一般的な困窮した民衆であり、おそらくは宗教的指導者の下に集まって本格的な民衆による武装蜂起というのは、少なくとも東洋では初の出来事ではなかったか。

その黄巾賊退治で名を上げた新しい芽が、曹操、劉備、孫堅らであった。しかし、初期段階ではそれぞれ小さな英傑に過ぎず、実際に大きな権力を有していたのは、袁紹であり、また、董卓であり、袁術であり、劉表であった。末世に於いて、黄巾賊の乱が起こり、それを鎮圧する為に軍閥が起動したが、一筋縄で世直しが叶う筈もなく、董卓は増長した宦官らを討伐する為に洛陽に雪崩れ込んで宦官殺戮を強行、その後、霊帝の次に即位した劉弁が少帝として即位するも僅か半年で廃帝し、新たに献帝を即位させ、そのまま洛陽に居残って、皇帝の名の下に権勢を握ってしまう。

おいおい董卓、ふざけるなと、反董卓連合軍が組織され、そこでは名門の袁紹、袁術がリーダーとなり、軍閥が登場する。しかし、これも酷く、袁術は自ら皇帝を名乗り出す。曹操は献帝を懐に入れて覇を唱え、やがて国としての魏を建てる。袁術の下にいた孫堅・孫策も国としての呉を建国し、劉備も蜀を建てる。そのぐちゃぐちゃの中で、曹操の勢力と、孫堅・孫策・孫権の勢力と、劉備の勢力とによる三国鼎立、三国時代を形成してゆく訳ですね。

しかし、この話、元はと言えば、秩序が崩壊したところから始まっている。金銭至上主義による腐敗であったというのも興味深いところですが、「そもそも金銭至上主義で国が成り立つのか?」と捉えると興味深い。陳舜臣の小説では、勿論、それが否定されている。道理も理念もなく、国が成り立つ筈もない。道理もなく理念もない状態、これが秩序の喪失ですね。

これを、現在の世界とか、現在の日本政府に当て嵌める事も出来てしまう気がしないでもない。もう、口を開けば経済優先であるといい、さほどバランスを考えているとは到底、思えない。道徳がない状態、道理が通用しない状態で共同体が成り立つ状態というのは、既に世も末って事かもね。カネ、カネと直接的には言っていないが口を開ければカネにまつわる話であり、しかも政策に直結している。官職を金銭で売買し、自らも商人ごっこに執心していたという霊帝本人には、世も末という自覚がなかったようですが、つまりは、我々も自覚のないままに、この世界を正しいと認識しているって事のような…。
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数年来、モヤモヤとしている事があって、その一つが、「何故、こうまで平成以降の日本は大衆迎合な世の中になってしまったのか?」なんですね。このブログ全般にも、それは溢れていて、もろもろ、子供の御機嫌取りみたいな、ポピュリズム的な言説を批判してきたものだと思う。DJポリスなるものをワイドショウが称賛する中で、「なんで、若者に媚びてんだよ」と毒づいてきたし、恋チュンを踊る動画を出したりする政治家に対しても「何をしたいの? そうまでして媚びたいの?」と毒づいてきたし、実は一貫している。

当然、「叱らない子育てってホントに大丈夫なの?」という態度だし、遠慮している部分では「自殺や心中に係る記述」なんてのもあると思う。「自殺は犯罪なのです」みたいな婉曲的な表現が、あんまりにも押し付けられた理屈を背伸びして発言する優等生然としてみえてキモチワルイ。いっそ、「死んだら負けって事では?」とか「どうやっても自殺する者は自殺するのかもよ」と言いたくなってしまう。その者の命ってのは、外部から守れらる何かではないし、保障されている何かではないし、幼児でもない限りは庇護下に置かれる何かでもなくて、その者がその者の矜持によって死守すべき何かだ。それに気付くには、結構、厳しい事、嫌味な事を言わないと、本人は気付かないものだと思う。「死にたきゃ死ねよ!」と言い放たれて、それによって初めて「ふざけんなっ、この野郎っ! おめぇに謂われたくねぇやっ!」という気概が生起する。

昨秋から、陳舜臣の歴史小説をぱらぱらと目を通すようになって、先ずはアヘン戦争に於ける「林則徐」という人物の動静に何か発見を見い出した気がしました。これは日本人にも共通している筈で、つまり、夷敵、つまり、外夷からの開港要請に対峙し、その武力的威圧を感じながらも、清王朝の欽差大臣(全権大使的な大臣)として、当時の大英帝国を相手にアヘン戦争を起こした政治家兼官僚なんですね。「負ける戦争をしたのだから同情の余地なし」と一刀両断する事も可能ですが、17世紀から19世紀に掛けての西洋列強による開国要請とか開港要請というのは、実際には文明の衝突であり、西洋文明が東洋文明を飲み込んでしまった大きな時局であった訳ですね。日本でも薩摩や長州は局地戦を行なってしまっている。抗わねば、そのアイデンティティーなんてものは守れなかった時局だったのでしょう。そして、日本の場合、徳川幕府の場合はアヘン戦争の事も知っていたから当時の清国と同様に攘夷思想だったのに、一戦交える事なく、開港、開国に応じた――。

林則徐は、清国を実際に敗戦に追いやった、けしからん人物であったと判断するのかというと、そうならない気がする。やはり、違うんですね。むしろ、当時の中国人、清王朝、或いは漢民族、その誇り、矜持を賭して大英帝国に抗った英雄であろうと思う。アヘンなんてものを密貿易され、同胞をアヘン中毒にされ、そういう侵略の仕方をされていて、それなのに抗わなかったなら、意地を見せて立ち上がらなかったら、それは、その文明的アイデンティティーの全否定になってしまう。

この部分を作家の陳舜臣がどう描くのかと思ったら、多分に小説的な表現なのでしょうけど、「きっと、この戦争は敗北する。しかし、戦わずして敗北したなら我々が西洋に追いつき、そして立ち直るまでに、尚も、数百年を擁することになる」と、そんな風に語らせている。実際の林則徐が、どのように考えていたのは疑問も残りますが、おそらくは、「もう、どうしようもなくアヘンが蔓延しちゃってるし、いっそ、アヘンの取締りを弛め、アヘンに課税して清王朝の財政を立て直しましょう」という情勢に傾斜していたのを盛り返し、アヘンの締め出しを主張していた事から、どことなく林則徐という人物のスタンスが伝わってくる。アヘンの流入を緩和させるなんて事をしたら、我々の文明的な誇り、民族的な誇りは地に落ちてしまう。きっと、譲歩すれば譲歩したで、屈辱的な条件で不平等条約を突き付けられ、奴隷的な扱いにされてしまうと、そう思考していた公算が高いのだ。この戦争、負けてしまう公算が高いが、なんとしてでも大英帝国に一矢報いておく必要がある――と。

『耶律楚材』の耶律楚材は、同著の「あとがき」でも述べられていましたが、そもそも、どれだけの日本人が、それを「やりつそざい」と読む人名だと認識していたかに触れられている。耶律楚材は契丹人であり、且つ、モンゴル帝国に仕えていた人物なので、実は漢民族という民族的アイデンティティーで構成されている中国人の間でさえ、さほど認知度は高くないという。チンギスハンらのモンゴル軍は、いわゆる草原の民であり、圧倒的な武力を誇っており、向かうところ敵なし、殺戮と掠奪では無敵であるが、それでいて「定住する」という文化を持っていないし、「人々を統べる」というノウハウも持っていないし、仏法的な慈悲、そうした思想さえも有していない。そこへ飛び込んで、まがりなりにも方向性をつけたのが、この耶律楚材であったとする。殺戮をして何が問題なのか? 皆殺しにして何が問題なのか? 真っ向から正論を説くのは不可能である訳ですが、どうにかこうにか東洋的帝国主義に落ちつかせる。

林則徐は負け戦をしでかした戦犯だし、耶律楚材なんて金王朝に仕官していながら、モンゴル軍に投降した裏切者じゃないか――という批判が起こる。しかし、そう展開するのであれば、諸葛亮孔明はどうなのだろうか? 諸葛亮孔明は結果論からすれば、蜀の宰相となって奮闘はしたが、結果論からすれば実は敗れた人物なんですね。勝利したのは蜀ではなく魏であり、もっと言えば、司馬懿の一族であっただろうし、曹操であった。しかし、人々が語り継ぐのは諸葛亮孔明の方である。これはミームなのかも知れませんやね。社会的意味を背負った人物、それに現代人は英雄像を重ねる。義や礼を重んじ、唯物的覇道者に抗った人物を、確かに我々は英雄視してきた――。まさしく、ミームと関係している。統治主体を超越し、その上で中華文明の中での、「人の在り方」を示している。

耶律楚材は契丹人であり、且つ、満州人の金王朝に仕え、蒙古人の元王朝の重臣だった人物なので、漢民族の認知度は決して高くないという。それが同じく満州人の清王朝時代に発掘され、墓碑などが整備された。民族的アイデンティティーとしては漢民族ではないから歴史に埋もれていたが、広く中国文明、中華文明と解釈したとき、その功績は大きな人物であると再発見された。

そして、

「中原の百姓(ひゃくせい)をして、戎狄(じゅうてき)に践刈(せんがい)さるるに至らざらしめしは、皆、夫(か)の人の力なり。伝に謂う所の自ら貶損(へんそん)して以て権を行なう者とは、楚材其れ庶幾(ちかき)か。」

と評されたという。【践刈】とは、陳舜臣に拠れば「ふみにじって殺す」の意であり、【貶損】は字義の通りで「おとしめ損なう」の意であるという。つまり、「中原の百姓(数多のもの)が戎狄に、踏みにじられ、殺戮から免れることができたのは、みな、彼の力である」が前段であり、後段は「春秋公羊伝に謂うところの理想的な指導者とは、自ら貶め損なわれても、それでも人々の為に権を行なうものだと記されているが、その公羊伝が掲げた理想像に最も近かったと思われるのが、この耶律楚材である」の意だそうな。

つまり、真に理想的な指導者とは自ら恨まれて悪役になる事も厭わず、従って毀誉褒貶を受けるが、後世から振り返ってみれば、その功績は甚大であり、理想的な政治家とは、そういうものである――の意となる。

また、ここで期せずして、公羊(くよう)派というキーワードが出て来ましたが、これは林則徐が公羊派であった事とも関係しているかも知れない。「アヘンが広まっちゃったから取締りを緩和してアヘンに課税すればいい」と言い出した論調を引っくり返したのが公羊派であった。この公羊派は温故知新を地で行く一派であり、昔ながらの伝統的な知恵は時代を超越して通用する筈だと思考した伝統思考の一派であった。

大衆の御機嫌取りに躍起で、恋チュンを踊ったり、DJポリスによってハロウィン民たちから称賛されたり、或いは「叱らない子育て」と言い出し、結果として、生きる力の脆弱な子供を育ててしまう事のリスク、そうした責任を、平成・令和の世は放棄してしまっていますね。「自殺なんてしてたまるかっ! 自殺する前にあいつを殺してやるっ!」というぐらいの性根の教育を置き去りにし、ただただ、歯の浮くような外来のリベラル思想体系を称賛し、ゼロ・トレランスと言い出し、そう舵を切っててしまっている。彼等は嫌われる事もなく、ただただ、大衆の人気を獲得し、そして、おそらくは何も社会的意義(ミーム)は残さないって気がしますかねぇ。しかも、実はどれもこれも西洋の価値観は機械論的な唯物史観であり、功利主義ですね。東洋人としての叡智なんて微塵もない。

しかし、そうなんだよなぁ…。やんちゃ和尚こと、故・廣中邦光さんの発言とかって、圧倒的に、その個に生きる力を与えるべしという感じだった気がしますが、昨今ともなると、行き過ぎたスキンシップだとか、時代遅れというレッテル貼りをされてしまう訳でしょう? 父権とか父性みたいなものは悪であり、厳しさを教えることは悪にされてしまっている。しかし、憎まれ役になろうが口やかましくそういう事で救えていたものも救えなくなっていると思う。相変わらず、ホームセンターやスーパーマーケットでは、チビッコたちが元気に鬼ごっこをしているが、それを注意できる者なんて居ない世の中になった訳ですね。おそらくは、もう、そういう文化的精神的な改良とか改造は完成してしまっているような気がする。庇護されるばかりの人間の大量生産に成功した訳だ。自分の足で立つ事や歩く事を軽視してしまってきているというかね。自分の行動を律さないでいい世代というものを登場させ、10年もしくは20年も経過すれば、彼等の世代が社会の中核になってゆくのでしょう。

少なくとも、堅苦しく儒教とか聖帝思想と言わないまでも、歴史的に日本人って自分にも厳しく、身内にも厳しく、そういう精神規律でやってきた部分は、中国とは少し異なるものの、あったと思う。基本的には自業自得だぞ、という、そう教導していく価値観であり、そういう思想でしたよね。それが現在ともなると、西洋型の法治主義となり、権利だとか保証だとか、慰謝料だとか補償だとか、平気でそういう事を言い出すようになってしまった。まぁ、これじゃあ、治まるものも、治まらないのも歴然だろうなって思う。
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EテレのETV特集枠で「THE 陰翳礼讃」(いんえいらいさん)を視聴。『陰翳礼讃』というのは谷崎潤一郎が、およそ90年前に著した随筆の一篇だそうで、これが海外などでも注目を集めており、故にETV特集として取り上げたという。主旨は、日本美もしくは東洋美は陰翳(陰影)から成っているという美意識に係る内容でした。

とはいっても、そこを補強していたのはゲストの建築家・安藤忠雄さんであったのかな。ナレーションは、「日本美は陰影から成っている」というので、何だか少しモヤモヤする感覚がありました。というのは、陰影によって美意識が影響を受けているという論として、和辻哲郎の『風土』の記憶があったから。和辻の『風土』では、ヨーロッパこそが陰影の文化であり、レンブラントの絵画を掲げていたのだったと思う。そういう認識があるところへ来て、「日本美は陰影から成っている」となると、区別がつきにくくなってしまうよな、とね。

そこへ来て、安藤忠雄さんが「日本の最高の美意識は自然との共生にあると考えられる。日本人の微かな陰影に見い出す美意識。この美意識というのは、永遠ですよ」と補足され、なんとなくモヤモヤが晴れたのかな。

谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』の世界、その陰翳とは日本家屋の造りの中に現れる自然光の取り入れ方に現れているという。壁は質素な灰色であり、家屋の中には障子越しに自然光を取り入れ、その陰翳を楽しめるように出来ているという。それは床の間にも表れており、床の間に演出されているのは床からの僅かな段差と、壁からの奥まったところに造られた段差にあると考察している。それらは、明るく室内を照らす電灯で映える美ではなく、家屋の中に入って来る微かな自然光、その微弱な自然光が作り出して演出する幽かな陰影にあるという。

また、日本家屋の話は、厠(かわや)の話にも波及する。厠とはすなわち便所ですが、厠には小窓が設けられており、その小窓から自然光を取り入れ、また、小便をする者ともなると、その小窓から四季の移ろいや、外の気配、それら人間の五感をつかって自然と接するように出来ているという。また、家屋の外から厠を見た場合には、そこに草木が植えられており、その厠を草木で隠そうとする美意識があるという。

ああ、これは色々と想起させてくれる話であったかなぁ。大昔、それこそ、ぼっちゃん便所、もしくは、ぽっとん便所、あの時代、確かにしゃがんだ時のくるぶしの高さに、何故か小窓がついていたのを記憶している。どうやって明かり取りをするのか工夫だったのだと思いますが、ある年齢までは、そうした便所を使用していたっけなぁ…。また、障子に関してですが、古い家屋には庭に積もった雪を見れるように、障子の桟があって、膝上ぐらいの障子戸と膝下の障子戸とが別々に動かせるようになっている家屋があり、「あれ、なんで、こんな造りになっているんだろう?」と思ったら、庭に積もった雪を見る為の工夫で「雪見障子」なる名称だと教えてもらった事がある。確かに風流な事を考えていたものですねぇ。

谷崎の話に戻りますが、そこには羊羹(ようかん)についても触れられている。羊羹などという和菓子に何を感じるものでもないのが現代人の感性であり、谷崎もそれを認めながら、この陰翳礼讃に於いては、「四角い暗闇を口の中に頬張ったような…」なんて表現を使用されてしまうと、「ええ! マジかよっ!」という気にもなってしまう。おそらく、羊羹を頬張る行為が日本人の陰翳信仰に通じているという仮説は、あんまり強烈に賛成しにくい部分もありますが、文学的とか芸術的には優れた表現なんだろうなって思う。また、谷崎は、そう展開させ、「世界中のどこにも、羊羹のような深みのある色彩の菓子はあるまい」ぐらいに言ってしまう。まぁ、その羊羹にも依るんでしょうけど、餡子の色ですな。漆黒の闇を連想させる真っ黒な羊羹もあれば、幾らか紫がかっている羊羹なんてのもあり、この辺りは微妙か。

そして谷崎であるが故に、その陰翳論を女性美に求めている。平安時代の中流以上の女性などは、きっと外出もせず、自然光と蝋燭ぐらいの光源しかない薄暗い部屋で過ごしていた筈で、室内に浮かび上がる幽かな陰影によって女性は浮かび上がったのであろうとし、それは「幽鬼の美」であっただろうと展開させる。更に、そこから膨らませて「土蜘蛛の吐く妖気」なんて類いの言葉を使用しながら女性美を語っている。妖しいもの、その妖しいものの美、幽霊的な異界の美という具合に捉えていた節が伺えそうですかねぇ。

まぁ、薄暗いところで認識する女性と、煌々と照明のある場所で認識する女性とでは、認識の仕方に差異があるのかも知れない。男性至上主義の視点で語られている訳ですが、それは90年前の谷崎潤一郎の男性の視点からしての女性美の認識の仕方の話であり、くだらない詮索をする箇所ではありませんね。

また、谷崎は黄金の美、金箔貼りの美は淡い光量の中で見ると、とんでもない美しさであるという。古代の権力者や富裕層が黄金を好んだのは、黄金の美しさを純粋に知っていたからではないのか、或いは、金箔は現在でいうところのレフ版の役割、つまり、光を反射させて室内に陰翳をつくり出すものだったので珍重されたのではないかと展開させる。

番組的にはラスト8分ぐらいで、『陰翳礼讃』の締め括りになったのだと思いますが、結局は、その問題への言及となりました。要旨は、「アメリカの真似をして日本は電灯だらけになって、日本から陰翳が喪失している。利便性ばかりを追求して美意識を見失っていやしないか。勿論、こうは言うが、暖房器具のある生活と、暖房器具もなく寒いところでガタガタと震えているのとで、どちらがいいのかといえばアメリカ式の利便性の高い生活であろう。しかし、もし日本に、東洋に、アメリカとは異なる科学が芽生えていたならば、きっと、今日のような形にはならなかったに違いない」と、尚も、その文明論的な未練にまで言及している。更に、欧米化について谷崎は「老人いじめ」と記していたらしい。何しろ、この陰翳礼讃に従えば、「元々、日本人は仄かな自然光を愛し、その陰翳の中で美意識を培ってきた民族なのであり、合理性や利便性の名の下に何もかもが設計されている世界の住人ではなかったのだ。きっと、今後も老人いじめは続くのだろうが…」と、欧米化批判に着地している。

また、この終盤に安藤忠雄さんが登場し、改めて「美意識は永遠ですよ」と畳み掛ける。利便性への追求は1970年頃から主流となっていたが、安藤忠雄さんの場合は、その頃から「自らの美意識にそぐわないモノに囲まれて生きる事の損失」を考えていたという。故に、トイレに中座するにあたって中庭を通らないと辿り着けないトイレなんてものを紹介していた。わざわざ寒かったり、暑かったりする中庭の長い廊下を歩かないとトイレに辿り着けないという構造は、明らかに不便であるが、なにもかもが利便性で設計されていい筈はなく、トイレに中座した際に、そこで外気を吸い、自然光を浴び、中庭の草木を視覚的にも嗅覚的にも認識し、そうした一連の人間の行動にも影響するのではないか的な。

ほんの2〜3年前まで信じられない次元で、24時間営業の街並みが称揚されていましたやね。美観、特に静寂や暗がりの美意識というのは、まるで鬼退治される鬼のように扱われ、利便性至上主義が支配していた。いやいや、現在でもデジタル化推進&スマホ礼讃論者の中には、利便性至上主義みたいな人が多く紛れていると思う。しかし、実は「不便の中の利」、不便の中から「利」を見い出せる可能性がある、そういう話にも言及されていたのかな。

昨晩、映画「れいわ一揆」をケーブルテレビで視聴した際、安富歩氏の遊説シーンの中で「ひょっとしたら…」と考えさせられた箇所がありました。なんだか世の中、おかしい。狂っているとしか思えない。そう登場人物が発言してくれていて、結構、首肯できたんですね。【合理性】だとか【生産性】だとか、ホントに気が狂ってしまったんじゃないのかってレベルで、この辺りの価値観というのが近年の日本では、おかしな事になってきてしまっている。ああ、強烈な指摘だったなぁ…と思い出したのは、「他人の不幸の上に築く繁栄を追うべきではないんです。もう私たちは気付くべきなんです」という強烈な一語だったかな。

生産性の欠片もないような偉い人たちが押し付けてくる生産性の話って、バカバカしくないすか? 景気動向と関係なく税金の配分によって稼いでいる人たちの考える豊かさ、或いは具体的な経済政策や福祉政策にしても、色々とズレまくっているとしか思えないんですよねぇ。

その言葉は観念的だし、そういう方向性を是とするには或る種の哲学が必要になってしまうので、平易に説明するのが難解になってしまう訳ですが、思えば「美意識は永遠」と同じで、ごくごく当たり前、ごくごく基本的な部分からして、現行世界、現行の文明ってのは、逸脱し過ぎてしまっている可能性があるって考えている人は、実は少なくないのかもね。もう、右を向いても左を向いても出鱈目だらけになってきてしまっている気がするしねぇ。
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新年あけましておめでとうございます
佳き一年になりますようご祈念申し上げます

とはいうものの、こうして年越しをして年始を迎えるというのも年齢の数だけこなしている訳ですね。今年もNHK「ゆく年くる年」を視聴しながらの新年となりましたが、その前段階で、新型コロナに係る感染拡大の一報もあり、数ある正月の中でも明らかに「新たに迎える年は、どういう年になるものやら…」という不透明の強い年越しとなったのかな。

一応、テレビ朝日「朝まで生テレビ」の冒頭シーンのゲスト登場のみまでは視聴してみましたが、気のせいか、諸々、政府系の関係者が多い顔ぶれであったのかな。田原総一朗さんにしても、新総理誕生以降、既に3回も面会しているといっていたから、結構、政権内部側からの内容であったのかも知れない。或る意味では、同局の「羽鳥慎一モーニングショー」とは異なる論陣になっていたものの、ごくごく基本的な部分で、GoToキャンペーンを肯定的に「いいアイディアである」という考え方に付き合うのは精神的にしんどいと感じましたかねぇ。経済対策が必要だという事に異論はないものの、基本的には消費減税などの措置で問題なかったのだと思う。敢えて巨額の税金を投じ、消費者どもにインセンティブをつけて景気対策にしてやっているという、その悪徳商人のような驕慢がキモチワルイ。しかも、結構な巨費を投じ、全国民の未来に暗雲を生じさせているように思えるし、そのバラマキの手法にしても、明らかに特定の企業に利益が計上できるような制度設計になっており、「ホントにこれは自由主義経済として国が行なう政策なのか?」は絶望的に支持できない。

また、複雑な事に、北海道や大阪では一定程度、自粛要請で感染者数を抑える事ができていると思しきことに対して、東京はグダグダですね。小池都知事と菅総理とが喧嘩しているからいけないのだ的な批判が起こっており、この喧嘩両成敗は正当なのかどうかも怪しい気がする。自粛要請で北海道と大阪で効果があったというのであれば、こりゃ、東京はちょっと捻くれた責任転嫁をしている可能性があって、つまり、「俺たちは悪くない。国が悪い、総理が悪いんじゃ!」と、「俺たちは悪くない。喧嘩ばっかりしている都知事が悪いんじゃ!」と、責任逃れの方便に縋りついてしまっているような気がする。自粛要請でも実際に効果を示したエリアがあるのに、自粛要請では足りず、何が何でも緊急事態宣言、特別措置法が必要であると、その主張にに固執してしまっている論陣とが入り乱れていると感じる。そもそも政府や行政に頼る体質みたいなものが、北海道や大阪に比べて東京では高いんでしょうねぇ。何をするにも法的根拠が必要だという思考で、過度に理屈っぽい割に、実際の自制心は弱いって事のような気がする。自粛要請されているのであれば、賛同して自らに出来る範囲内で自粛してやればいいのに、タダで自粛に応じるというのは権利意識が強いが故に、譲れない、嫌なんでしょうねぇ。

ああ、また、つまらない話になってしまったか。


「ゆく年くる年」等では、「歳神様を迎える」という説明が為されていますね。しかし、そもそも歳神様なんて居るんだろうか? きっと居ないんじゃないでしょうか。いやいや、居る訳がない。居てたまるか。居るんだったらエビデンスを示すべきだ。いやいや、そうじゃなくて、ホントは、エビデンスなんてないけど、漠然と継続されてきている伝統や慣習はたくさんある訳で、エビデンス、エビデンスと、もっともらしい事を言って、悉く文化や伝統を破壊し続けてしまい、今日の末期的な状況があるのであって。

陳舜臣の『耶律楚材』の中に、景教(けいきょう)の逸話が出て来ました。景教とは、キリスト教のネストリウス派の信仰であり、この景教は、7世紀から9世紀にかけて中国にも流行し、それが13世紀になって、モンゴル帝国の時代に少しだけ、また、脚光が当たる。

先ず、中国に於ける【景教】とは、キリスト教ネストリウス派を指しており、西暦635年にペルシャ人の阿羅本(アラホン)によって伝わり、638年には当時の唐王朝で、その伝道を許可されたという幻のキリスト教であるという。781年には「大秦景教流行中国碑」が建立されており、つまり、単にキリスト教が古代の東洋に単に伝わっていただけではなく、そこそこ、流行していた証拠がある。しかし、これは唐王朝の845年に廃仏政策によって景教も迫害されるようになり、以降は衰退していったというのが古代の景教である。

それが13世紀の元王朝期に再脚光があたったのは、中国北西部に細々と信仰が残っていたとあるが、陳舜臣に拠れば、より、焦点は絞られており、チンギスハンの第4子であったトゥルイの一族について触れられている。トゥルイの妻のソルカグタニはモンゴル草原のケレイト部の出身で、元々、景教信仰者であり、このソルカグタニの影響でトゥルイも景教を信仰し、その子孫たちも信仰されていた、と。

元寇の時代のモンゴル帝国の皇帝はフビライですが、フビライはトゥルイの子であったが、ひょっとしたらキリスト教の洗礼を受けさせてしまうと、後々の皇帝候補として問題になってしまう可能性があるとして、トゥルイの子らは洗礼は受けなかった――と。モンゴル帝国では皇帝はテングリ(天)の意志に従う存在とされているので、キリスト教の洗礼を受けているのは不都合であった、と。

この【テングリ】という概念は、ひょっとしたら我々、日本人の有している天道思想の主としての天皇であるとか、道教的な天皇大帝の概念にも酷似していますね。つまり、天の意志を最優先で尊重していたかのような印象を受ける。

しかし、この一連で、引っ掛かったのは景教についてでした。景教とは、キリスト教はキリスト教でも、異端のネストリウス派であるという。どう異端なのか分からなかったんですが、陳舜臣は次のように記している。

コンスタンティノープルの司教ネストリウスが五世紀前半に、キリストと聖母マリアの神性説に異議を唱え、キリストは神と人との二面性をもち、聖母マリアも神ではないと主張し、一時は異端とされたことがある。

うーむ、その理由で異端とされたのであれば、実はさほど異端でもないような気がする。何しろ、現在ともなれば、アフター神殺しの世紀であって、人格神は勿論の事、神概念さえ軽蔑を招きかねないまでの、奇妙な時代になっているのだ。穴だらけの経済理論や、間違いだらけの理論先行方の思潮が罷り通っているのが現代なのに。

歳神様そのものは実在しないのでしょうけど、新しい年を迎えるにあたって、あれやこれやと旧年中の仕事を片付けるという伝統、そうした慣習は、実は大事かも知れませんやね。気分を一新できる。物事に一区切りをつける効能が期待できる。「歳神様を迎えるにあたって」という口実がない限り、大掃除なんてしないし、したくもないのがヒトの真の姿でしょう。そういう人間どもの態度を戒める為に存在しているのが「歳神様」という神概念の正体かも知れない。実在なんてしていないが、その口実だけが生き残っている。そーゆー事かも知れない。エビデンスなんてありませんけど。
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昨日は土曜日であったものの、東京都の新規感染者数は949名と計上され、日本全国でも3880名、一日当たりの死亡者も50名前後が継続している状態で、このまま、御用納め、年末年始というスケジュールが決定した訳ですが、すっかり地上波テレビ放送というのは土曜日と日曜日は報道番組は「お休み」が定着してしまっていたので報道番組らしい報道番組は視聴できませんでした。

日曜朝であれば…と思っていたのですが、NHK「日曜討論」は年内は終了なのでドラマの総集編になっていたのかな。年末仕様の番組編成ですが、ひょっとしたら厳重警戒体の年末年始なのに、こういう番組編成なんだなぁ…と。フジテレビは橋下徹さんが何やら力説中、TBSの方は私が確認した時には昨日の全日本柔道選手権のプレイバックを回想して張本勲さんが「アッパレ!」とか言っていて、その実、平常運転なのだなぁ…と認識する事になりました。

既に3〜4週間前であったと思いますが、新型コロナの感染拡大を抑えながら経済を回す方法として、どういう事が考えられるのかという話で、一つ示されていた目安が「一日当たりの死者を40人なら40人、50人なら50人と目安を定め、その上で経済を回していく」という話を聞いて、「そういうものかな」と思っていたのですが、こうして実際に数字的に「一日当たりの死者数50名」が達成できてしまうと、「これで医療機関は持つのだろうか? しかも年末年始…」という感慨がある。

実は、橋下徹さんは評論家になってから冷静な発言をされるようになったなと認識している反面、どうしても一元的法治主義をベースにされているなと感じる事が多いのかな。数多の見識が示されている中で、そこそこマトモな意見であり、ひょっとしたら世論とも合致しているのかも知れないなと思う。で、現在、多くの報道番組では法律の重要性、具体的には特措法の制定を肯定的に語り、また、「罰則&補償」で物事を考えるべきだと主張されている。

で、その考え方は、私が思うに「法治主義偏重」なんですね。頭でっかちだなぁ…と。私が現在、夢中になっている陳舜臣の歴史大河小説群では、数多の政治家が登場していますが、そもそも、そんなに法治主義というのは万能ではないよなって考えさせてくれる。

アヘンが蔓延してしまっているからアヘンの禁令を厳罰化しても仕方がない、アヘンに係る刑罰を緩和し、むしろ課税すべしという意見が起こり、それを林則徐らが引っくり返した事柄に興味をそそられる。だって、そのアヘン対策ってのは、根本が狂っている訳じゃないですか。「アヘンを認め、アヘンに課税すれば国家の財政にプラスになるからいいじゃないか」なんていう考え方が蔓延している中に、「アヘンが人々を腐敗させるのは歴然である。統治者としての矜持をしっかり持ち、漢族は漢族の誇りを持つべきだ」という立ち上がり方は、政治家として尊敬されて然るべきだよなって思う。実際、種明かしをしてしまうと、林則徐は敵対したイギリス人からも「カタブツ野郎だ」と憎まれる反面、「彼は大した人物だった」と評されていたらしい事も分かる。歴史が、それを証明する訳ですね。これは一本、その者に筋が通っているかどうかの差異であると思う。あれこれと制度をいじくって国難を乗り切ろうとする小官僚的な小手先の知恵よりも、そもそも人民と国家とは共に成り立っている可能性があり、国家が崩壊しても人民の矜持が残ればいい、国破れて山河在りの精神。

草原の覇者チンギスハンに師事した耶律楚材は、その登場してしまった未曾有の軍事的天才に抗う事は意味はないとし、仏法に於ける慈悲や、文明的思考(儒教的文明思考で礼楽)の意味を教える役割を自ら買って出る。そうでもしないとチンギスハンは殺戮の限りをしてしまう可能性がある。チンギスハンは生粋の残虐な人物ではなく、むしろ、文盲であるが、それでいて稀に見る聡明な人物として描いている。耶律素材は、チンギスハンに、その軍事的才能によって、この世界を地獄にしてしまう事よりも、交易によって繁栄して人々を豊かにさせるべしと説く。チンギスハンには、それを理解する能力がある。(元々、草原の覇者であったチンギスハンは屠城、これは基本的には敵を皆殺しにするの意味ですが、そうすることなく文明を利用する事の意味を見い出す。)そうした大局的見地が現行の日本にあるのか、いやいや世界にあるのかというと、非常に怪しい。

報道番組が年末年始モードでなかったので、CNNの「ニュースルーム」の同時翻訳付きを視聴していましたが、アメリカのコロナ情勢も日本と同じような曲線であり、やはり、諸々の要因について語られていました。CNNあたりでも「これは気の弛み、ここのところの人々の外出が影響したものなのか?」という問答をやっていました。飽くまで、それについては「複合的な要因であると考えるべきであるが、少なくとも外出は控える事が正しいだろう」という具合の会話をしている。日本と同じですね。

そのまま、CNNを視聴しているとボルトン氏がゲスト出演しており、厄介な国際情勢についての話になっていました。これは米中関係についてと、ロシアのサイバー攻撃との話でしたが、まぁ、色々とキナ臭くなっている事は確認できてしまう。ロシアのプーチンも、中国の習近平も着々と、その独裁色の強い政治手法を駆使し、思想の自由や言論の自由に対しての制限を強め、パワーポリティクスに傾斜している。習近平政権は反抗的な態度を採ったされるアリババへの強制捜査を開始し、更には改正国防法を成立させ、サイバー空間と宇宙空間とを明確に軍事力導入の口実にできるよう法改正してている。かなり、危険な兆候に見える。ロシアにしてもバレバレの毒殺などを厭わぬようになってきている。

「経済を優先、経済を回せ」とは言うけれど、来年度の見通しはズタズタであり、仮にGDPの数値は誤魔化せたとしても、自由主義陣営の先進諸国の財政は過去にないぐらい傷めている可能性が高い。これは経済規模、その大きさを維持しなきゃいけませんよと口先でアピールしながら、その実、経済規模を維持させるが為に、未曾有の借金を膨らませている事に他なりませんやね。おそらく、中国、ロシアに対して、相対的に弱体化が起こっているという事なんでしょうけど、そういう観点は日本には登場してきませんね…。経済規模を取り繕っても、財務諸表とか貸借対照表は大きく傷んでいる。政治的手腕とやらで、コロナ禍の出口も見えないのに、じゃんじゃんカネを湯水のように投下してしまっている政治リスクにも少しは目が向いて欲しいですけどねぇ。

仮に、仮に過去の「これは…」と思う人物の霊魂を呼び出す事ができたなら、こういうような気がしている。

「補償なんて必要なくないか? 罰則と補償はセットであると口を揃えてマスメディアは言っているようじゃが、そもそも人々が外出しなければ、商人は店を開けても徒労である事、採算が合わない事に気付くじゃろう。何故、それを徹底せずに法律に頼ろうとするのか? この世界を支配しているのは法律(人定法)ではなく、自然法であり、道理なのではないのか? 自粛すべきときに自粛しない事は軽い罪であり、後ろめたさもあるだろうが、それは別に法律で罰するまでもない。後ろめたさを感じ、それ実際に作用する時点で既に罰せられているし、戒められている。そんな事よりも、むしろ、『移動を控えて欲しい』という厳然たる社会の要請がある状況下に、旅行する者や外食をする者に対して政府が褒賞金を出している事、そのキチガイ沙汰に気付くべきではないのか? 有史上でも例のない稀にみる大失政ではないのか? 世俗の民が一致団結して災厄に対峙しようとする気持ちを壊し、対策といえば、未来に借金をして金銭をばら撒く事しか思いつかない為政者に何を期待できるというのか?」

ですかねぇ。

このプロセスの上で、初めて商人に対して、何某かの援助があってもいいのではないかと考えるのであれば、理解できるし、こちらの方が東洋的だと思う。一体感にしても、これで保てる。しかし、現行の「罰則と補償」とのセット論というのは、「権利&義務」という法治主義の理念に頼っており、その法治主義理念に頼ってしまった結果として「我々にも営業する権利がある」という権利意識に基づいた反応を当たり前に招いている。権利意識&ミーイズムですね。そうではなく、信用第一の客商売なのに、世間様の反応よりも自己の権利を優先して思考するのかって考えれば、この問題は解けると思うんですけどねぇ。そもそも誰を恨む訳にもいかない災厄に対峙している状況であり、これに反する理由はないし、人心を一つにする事は大きな意義がある。それを政策によってわざわざ難しい線引きをして、不公平を助長している政策というのは、違和感がある。災厄は誰に対しても基本的には公平に降り注いでくるものだから、我々は和を尊ぶ精神文化を獲得したのでしょうけど、権利としての補償金であるとか賠償金であるとか、そういった概念というのは、そこそこ不自然で、人心を分断させるものだよなって思う。
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年末年始は自粛モードらしいので、陳舜臣著『耶律楚材』(集英社文庫)を読み始めたところなのですが、やはり、歴史大河小説というのは色々と気付かされる事が多いですねぇ。

時代が時代なので、そこにはチンギス・ハンこと、テムジンの話が出て来るんですね。テムジンは、モンゴル草原で21部族を統一し、その後も史上空前の大モンゴル帝国を構築している。うーん、ざっと40年前ぐらいに光栄シミュレーションゲーム「ジンギスカン〜元朝秘史」というファミコンに夢中になっていた時期があるので、相応に時代背景や粗筋は記憶に残っていましたが、陳舜臣の筆致で、テムジンの物語を語ると、気付かなかった視点・観点に気付かされてしまう。

それは、そもそも「何故にテムジンは、モンゴル草原の覇者になったのか?」という問いでもある。これは、その動機についての話ですが、元々は復讐であった。父親と従曽祖父が他部族に殺害されており、その部族間抗争は継続していた。テムジン台頭の背景は、確かファミコンゲームでもそうだったなぁ…と懐かしく思い出せる。

12世紀末、これは日本史では1192つくろう鎌倉幕府の時代ですが、モンゴル高原では一匹の蒼い狼が生まれた。これがテムジンですね。で、元々、モンゴル高原には多くの部族が相争っていたが、勢力図としては、モンゴル高原の東部にはタタル族(タタール)があり、西部にはナイマン族があり、それに挟まれてケレイト族があり、大勢としては、その三大勢力が争っている状態であった。テムジンはといえば、光栄シミュレーションゲームでは初期設定の時点からモンゴル族があり、そのモンゴル族の族長がテムジンになっていた記憶がありますが、改めて確認してみると、ボルギジン部の部族長であり、大局的に言えば、ケレイト族になんとなく帰属しているというレベルの極めて小さな勢力の部族長の子として産まれている。

テムジンの従曽祖父にしてボルギジン部の部族長であったアンガバイ・ハンは、タタル族に捕らえられて、タタル族によって女真族の金王朝に連行され、金王朝にて処刑された。そして父親のエスゲイ・バアトルもタタル族に毒殺された。そのボルギジン部の部族長が蒼き狼・テムジンなのだ。テムジンの歩む道は、タタル族への復讐である。

タタル族は、何故、ボルギジン部を襲撃したのか? 既に前段落の中に「女真族の金王朝に引き渡した」というクダリがありますが、元々は、金王朝があり、金王朝がモンゴル草原の騎馬民族らに脅威を感じ、例によって「毒を以って毒を制する」という策を講じた事に始まっていると陳舜臣は描いている。つまり、モンゴル高原ではタタル族とケレイト族とナイマン族とが三大勢力を形成しているから、互いに相争わせておけば、それが金王朝にとっての安全保障政策に適うものだと思考し、意図的にタタル族に他部族と抗争を嗾(けしか)けていたのだ。(女真族とは後の満州族である。)

タタル族とケレイト族とナイマン族とがモンゴル高原で相争っている状態は、金王朝の外交政策及び安全保障上の得策だと思われていた。しかし、その金王朝の目論見は見事に裏切られた。激しい抗争を終結させ、「草原の覇者」となる軍事的天才を生み出してしまった、それがテムジン、つまり、チンギス・ハンの誕生であった――という語り口なのだ。


耶律楚材(やりつそざい)は、契丹族でありながら、金王朝の高級官僚の家系に生まれたスーパーエリートである。血統的には契丹族の王朝である遼(りょう)王朝の皇統にありながら、女真族の金王朝下の科挙制度でトップの成績で高級官僚の座を射止めた英才であった。

この少々ややこしい、契丹族と女真族との話は、陳舜臣では、他の小説でも結構、引用されている。

どこに時間軸を置くかによって語り口も異なりますが、契丹族による遼王朝が中国北方にあり、その遼王朝では女真族は奴隷的な扱いをされいた。遼王朝では女真族が反乱を起こさぬよう警戒し、女真族に対して「海東青(かいとうせい)」という海上を高速で飛翔する隼を献上する事を課すなどしていた。海東青と呼ばれる隼は、断崖の岩場に巣をつくり、そして高速で海上を飛ぶのだから、それを捕まえるのは容易ではない。契丹族は、その珍重品の隼の献上を女真族に課していた。

そのような難儀な命令を下してくる契丹族に対して、女真族は「献上品を変えてもらえないか」と何度も懇願した。その海東青を捕獲する為には、断崖絶壁に若者を行かせねばならず、実は、結構な死者が出るなど、海東青の捕獲は膨大な命の犠牲を伴っていた。しかし、契丹人は自らの優越的地位の故か、そうした訴えに対しても聞く耳を持たなかった。

女真族は心の中に復讐を誓った。いつの日か反乱を起こし、この支配・被支配の関係に終止符を打たねばならぬと考えた。そして、実際に女真族は反乱を起こし、契丹人の遼王朝を壊滅させてしまった。契丹人の遼王朝では西に逃れて西遼という形で残ったり、或いは西方で西夏を乗っ取るなどして残存したが、その勢力図は女真族が建てた金王朝には全く及ぶようなものではなった。耶律楚材は契丹人であるが、女真族の王朝である金王朝に仕えた。そもそも、この【耶律】という姓は遼王朝の皇帝家の姓であった。

やはり、耶律楚材も、その歴史観を有していた。元は言えば、自分は契丹人であり、契丹文字も使用できる。しかし、女真族の金王朝に仕えている。しかし、金王朝を滅ぼしかねないモンゴル草原の覇者、チンギス・ハンが登場している。契丹人とモンゴル人との民族的アイデンティティーは一緒ではないが、女真族に対して有している感情は似ている――。


元々、騎馬民族というのは、何もかもが、この応報感情で物事が動いていた訳ですが、文明に接触して、思考回路が変節したと陳舜臣は描いている。草原の覇者、チンギス・ハンは、文明を持つ金王朝との闘いに勝利し、その戦利品として猊扠瓩筬犧皚瓩鮹里辰討靴泙Α戦闘に勝利しさえすれば、滅多に入手できない珍品、富、財を手に入れる事ができると、知ってしまったという訳ですね。文明そのものは、どこまで正確なアイデンティティーなのか微妙ながら漢族は漢族というアイデンティティーを有し、それは文明の香りを持っており、富や財を珍重する。契丹族もそれを知っていたし、女真族も、相応に知っていた。

富に気付いてしまって以降のチンギス・ハンの戦闘のモチベーション(動機付け)とは、単なる復讐感情によるものではなく、富を奪い取る為のものである。総じて、それは膨張し、拡大を宿命づける。史上空前の大モンゴル帝国とは、まさしく帝国主義の御手本であった訳ですな。

また、人間の行動原理には、ごくごく自然な原理として応報感情(復讐)がある。その原理の上に、富とか財といったものがある事を認識してからの物欲がある。テムジンの場合は、最初は復讐によって草原の覇者となった。これが第一弾ロケット。その後のチンギス・ハンとしての雄飛は、第二弾ロケットであり、つまり、富や財を入手したくなり、それを可能にするだけの軍事力を有していたから。このニヒリズム的な組み立てが、陳舜臣の魅力ですかねぇ。その通りだと思いますよ。

応報感情や復讐心が、人間の行動の動機に成る事を否定してしまっている論陣は、物事の理解が中途半端になってしまう。実は、現行の資本主義にも応報感情は作用しており、半沢直樹ではありませんが、「やられたら、やりかえす」であり、「倍返しだっ!」と思考する人間が実際に介在している。嫉妬という感情を否定したり、ルサンチマンを否定したりするのは、人間という素材をきちんと分析できていないと思いますねぇ。

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少なくとも私が会う人、会う人は「なんでGoToキャンペーン辞めないんだろうね?」と言い、殆んど挨拶代わりになってきている。私の場合は、元々、会計士さんなどと話している頃から「ふるさと納税ってバカみたいじゃないですか?」と陰で言っていた方なので、GoToキャンペーンなんてのは、そもそもからして論外なんですね。そもそも公金で、税金でやる政策じゃないだろ、と。まぁ、地域振興策が行き詰まっているのは確かなのだけれども、基本的には地場産業を守って育てて、地域経済そのものが地域と一緒に発展していく事が望ましい訳だ。そこから逸脱しないで経済振興をするというのであれば別に反対なんてしない。ばんばん、やって欲しいところでもある。

ところがですよ、このインセンティヴをつけて、そちらの業界を潤わせるという手法は、トリクルダウンが起こらなかったように小さければ小さいほど、その恩恵に授かれないという構造がある。表層的な帳簿上の数字、帳尻合わせとして金銭が移動しているからいいだろ、これは経済が潤っているって事だからいいだろ、そういう話ではないと思うんですね。結局、某自治体では財源欲しさで、ふるさと納税の景品としてAmazonのギフトカードとか言い出してしまいましたよね。それによって、その自治体の有店舗で経営している物販業界は打撃を受ける事が想定できる。起こっている事は、国の税金を使用した政策に乗って、自治体の人たちが財源を搔き集めて、その上で、「エッヘン、ボク達は優秀なんです」と言っているだけで、その地域経済の基盤というものを空洞化させてしまっているんですね。そりゃあ、確かに農産物なら農産物で、それ一本で村おこしをしなければならないという村もあるのでしょうけど、実相は、かなりキモチワルイ話なんですね。経営センスの欠片もないような役所の人たちが、イベントサークルとか広告業界のモノマネをし、どこに何が還元されているのも考えぬまま、自分たちが優秀であるという幻想を視てしまっている。

そりゃ、観光業の業界がスクラムを組んでGoToトラベルキャンぺーンを企画し、金融機関からカネを借り、そこに幾何かの税金で助成してやるというのであれば、まだ、税金の使い方としてマトモだと思いますが、GoToキャンペーンの場合は、異次元の観光業界に対してのエコヒイキになってしまっており、1兆6千億円も投じる予定でいる。しかも、なんというのかな、割引率のデフレが起こっていると思う。冷静に考えてみたら、買い物するに当たって、10%引きだって有難い訳ですよね。それを20%、25%という具合に、どんどん割引率を拡大させ、その割引分を税金で負担しているというのが、スガさんが自画自賛している政策なのだ。内心、「バッカじゃなかろか!」と思っている者は少なくないと思いますよ。

これは各種の地域振興商品券でも同じで、元々は10%還元とか15%還元だったものが、年々、割引率を上げて、20%還元になった時には、日本各地で商品券の販売時にトラブルが続発していた筈なんですね。そりゃ、そうでしょ、10万円分の商品券を購入したら12万円分とか13万円分の買い物が出来てしまうんだから。こりゃ、価格の破壊王、ダイエーどころじゃありませんね。国とか自治体が税金をブッ込んで、ばんばん、税金を投じてデフレ誘導をやっちまっている。それでいて、「ボクたち、優秀でしょう? 経済効果は幾ら幾ら見込めるんっですよ」とか言っちゃって、腕組みをして威張っちゃってる。日本企業の「収益率が低い」という事は、こういう軽々な割引をやってしまうからじゃないの? かつて、マクドナルドが100円でハンバーガーを販売した事がありましたが、あれがどれだけの期間、マクドナルドの経営を圧迫したものか…そういう真の損得勘定の計算が出来ない人たちなんですね。

これは、中々、喋る人はいないかも知れませんが、例えば、自治会で屋台を出すのと、商工会で屋台を出す場合とがありますよね。地域の御祭りなどで。で、笑ってしまったのが商工会の屋台で、商工会の青年部あたりが屋台を手掛けると、結構な利益を計上してしまうのだ。ところが、自治会の屋台は地域の御隠居さんたちがトップだと、地域住民への還元、そんな事を考えているとは思えないけど利益を上げる意識は低いから、利益なんて出ないのだ。出す気もない。ただただ来訪者に、いい顔を見せる事が目的になっている。値引きの権限なんて任せていたら損得を無視して値引きしまくっちゃう。だから利益が上がらない。商工会の方はというと、そこでアガッた利益は、その組織の運営費に充てられる。これが事業ってもんですな。地方の御祭りに出店し、そこで労働力を提供し、きっちりと利益を計上し、その財源に充てている。これでこそ、商魂逞しい経済人の発想ですな。しかし、こういう感覚って、学者さんや政治家といった種類の人たちには無い。指標やグラフと顔を突き合わせて、その辻褄合わせをしている種類の人たちだからでしょう。

実際に準備をして人員を割いて労働を提供したんだから、利益があって当たり前じゃないかと商人は思考する。しかし、自治会の御隠居になると、そういう発想はない。自治会費を集めればいいんだし、自治会費が足りなければ寄付を募ればいい、そういうアタマの違いがある。御隠居アタマになってしまうと、そこで割いた労力は完全なる無料奉仕なのだ。実際に屋台を担当するのは役員なのだから御隠居は何の労働もしない。担当役員のみがただただ時間と労働を搾取される。保護者会のママさんたちも、こうした地域行事の役員を押しつけられる訳ですが、これが御隠居さんの顔を立てる為だけの不毛な奉仕だから、嫌々になってしまう訳だ。いっその事、「さぁ、みんなで頑張って稼いじゃいましょうねーっ!」というリーダーシップがあった方が、少しはモチベーションも上がるような気がする。

で、現行の政府のやっている経済政策の「インセンティブをつけてやって…」という手法は、この御隠居さん型なんですね。ハーバード卒のインテリなコンサルタントが提唱していようがいまいが、こうした原理は変わらない。経済効果がどうのこうのっていうけど、経済効果という言葉ほどアテにならないものはない。あれは、単に金銭がビリヤードの玉のように玉突きで動いたという、その効果とか波及の総額を言っているのであって、どこで誰が価値を生じさせて、その価値に付加価値がついてどこの誰に還元されるのかという一連を、見えないようにカムフラージュしてしまっている。経済効果が5兆円というけれど、事業者が5兆円の利益を上げたという話ではなく、ただただ玉突きのようにして動いた金銭総額規模が5兆円というだけ。消費税で「ガチョンδ」だろうから金銭が動くだけで政府は儲かるのかも知れませんが、その元手となる資本は公金、税金であり、なんじゃこりゃって気がしないでもない。そこで、そのバラマキ政策に便乗した者が利益にありつけるシステムでしかない。

湯水にように税金を使って、ハッピーピープルな層の人たちの御機嫌取りをする一方で、絶対に消費減税には応じようとしない。消費減税の方が景気刺激策としてマトモなんじゃないのって言っても、それは断固として拒否する。消費税には逆進性の問題をはじめ、問題が多い事も指摘されているが、どうしても下げるつもりはないのだ。もう、ここまで逸脱してしまうと、正常に戻すのは不可能になってしまったと思う。正常に戻るには、どういう形かにしろ、グレートリセット、抜本的な改造しかないじゃないか、とね。

さて、ホントは、この箇所から考えていたんですが、もう、自公政権、アテにならないなと断を下すべきだなって考えている。もう、未来永劫、希望なんて見い出せそうもないレベルで酷い状態だと思う。「民主党政権に比べればマシだ」とも言い難くなってきており、どっこいどっこい、もしくは、それ以下の可能性だってある。

しかし、それに代わる政治勢力が存在していないというのが現在の日本の悲劇である訳ですね。立憲民主党に期待が集まるべきだとマスコミは報じているような気配があるものの、私見では少し厳しい気がしている。労働組合などの固定票があると言っても、さほど労働組合に期待できる状況ではなくなってきてしまっており、立憲民主党では変化を期待できそうもないぞという思いの方が勝ってしまっているんですね。従来通りの、野党としての野党でしかない。しかも役立ってくれる気配がない。立憲民主党の政治家の面々というのは、もう、その顔触れにも有権者は飽き飽きてしまっており、何の期待も持てないので、何のムーブメントにも繋がらない気がする。いっそのこと、野党第一党という看板は下ろしてもらった方が、少しは国の為になるのではないか。

目新しい動きとしては、日本共産党の動向でしょうねぇ。志位和夫書記長は、中国の漁船が尖閣で挑発を繰り返している事に対し、茂木外相が特に反応しなかった。この「特に反応しなかった」という態度は実際にはマイナスでもない態度だった可能性もありますが、それを批判する中で、志位書記長が中国批判を同時に展開した。共産党なのだから中国の共産党とも通じてるのだろう、阿るのだろうという予想を裏切ってみせた。「お、本気を出すのか」と注目する事ができる。また、11月下旬には、小沢一郎氏と会談して「野党連合政権」なる構想を言い出した。怪しいといえば怪しい野合である訳ですが…。

後は、国民民主党となり、ここは安定していませんねぇ。誰が属しているのかも曖昧だったりする。イメージとしては「頼りなさそう」であるが、小林よしのりさんが一時期、推していた山尾志桜里氏あたりは誹謗も多い反面、可能性みたいなものはある政治家かも知れませやね。少なくとも、真面目に政策に取り組んでいるらしい事は分かる。党首の玉木雄一郎氏は、どことなく優柔不断のイメージがついてしまっていますが、ひらすらにバカ正直にいって欲しい。一生懸命な人なんんですよという印象だけでも好印象になりえる。

後は山本太郎氏でしょうけど、こちらは政策ではなく、高い攻撃力ですかねぇ。宣伝力とか演出力は疑いようがなく、潜在的には無党派層を動かせる可能性を持っていそう。

まぁ、立憲民主党さんだけ厳しい見通しだという評価になってしまったか…。
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週刊文春12月10日号の東畑開人(とうはたかいと)さんの連載「心はつらいよ」では、いわゆる「イヤな奴」についての考察が語られており、感慨深く目を通しました。

いわゆる「嫌な奴」とは、これは空気を読まず、牙ばかり剥いている、不平不満ばかりを言っているという事であると前段で説明してある。そして、東畑さんの連載は、自らの体験として「人格を変えろ!」とまで先輩にキレられたという大学院生室の出来事が述べられている。つまり、人格を変えろというが、人格なんてものを変えられるものなのか――という問題に触れられている。

その中で、東畑さんはチンパンジーの話を持ち出している。チンパンジーはストレスを溜めやすく、心を病む。ストレスを溜めるのは群れの中にあって下級のチンパンジーであり、下級のチンパンジーは、下級である故に気を使わねばならず、且つ、いじめの攻撃対象になっているという。そうした理由で、下級チンパンジーは檻の隅に引き籠もるようになり、グループ作業である毛づくろいにも参加しなくなり、食事にさえ参加しなくなるという。

そう説明した上で、次のように文章を紡いでいる。

悲しいのは、この下級チンパンジーがしばしば「やなやつ」であることだ。彼は空気を読むことが苦手で、群れの秩序をうまく守れない。周りからすると、面倒なやつなのだ。それでボコボコにされる。

ああ、こうきたか…。人間を題材とせず、チンパンジーに仮託していますが、ひょっとしたら、これは人間社会でも実際にあるなと感じながらも、それに言及してしまうとポリコレでボコボコにされてしまう話かも知れない。つまり、嫌な奴がいじめに遭うのであり、そもそも嫌な奴は空気を読まず、秩序を守れないヤツであるという風に読み替えられる訳ですね。

一定レベルで、「そう思うか?」と問われたら、「そう思う」と返しますかねぇ。いやらしい話になってしまいますが、仲間外れにするというのはゲーム的な性質があって、その標的にされるのは仲間外れにされる要素が持っている人が多い。これは断定ではないし、断言でもないのですが、標的にされ易いタイプというものが実際にあるじゃないか、の意です。空気が読めず、秩序を守れない者は、いじめの標的にされ易いだろうし、個性が強い者も標的にされ易いだろうし、「嫌な奴」であれば尚更であろうな、と。

で、この問題を東畑さんは犂超のせいである瓩繁造い嚢圓。

 屬笋覆笋帖廚任△襪里蓮∨椰佑里擦い任呂覆、環境のせいである。不遇のときこそ、その人の地が出ると言ったりするが、あれは嘘だ。人格の良し悪しなんてものは、周囲が優しくしているかどうかで決まるのである。

⊆りと全然うまくやれない「やなやつ」でも、「ここではない、どこか」で、うまくやれる相手が見つかる。私たちは普段、狭いコミュニティに生きていて、そこでうまくいかなくなると絶望してしまいがちだ。自分みたいな人間はどこへ行ってもダメだと思ってしまう。しかし、世の中のどこかに案外気の合うヒトが存在しているものなのだ。クラス替えや転校、転職や引っ越しには、人格を変えるような大きな力がある(同じくらい危険もあるのだけれど)。


この△倭農欧蕕靴い覆隼廚Αまったくその通りで、私自身の経験則としても、そう感じる。冷静に考えれば、クソな人間が居て、クソな人間は生意気と感じる人間に敵愾心を剥くから、そこで衝突する。つまり、相手次第、でしょう。

,砲弔い討肋し意見が違うかも知れない。不遇の時こそ、その者の地が出るを否定する気にはなりませんかねぇ。他罰的な人はいつだって他罰的であり、取り返しようのない状況になっていても他罰的な気がする。自分は許されているのに他人のことは許さないという種類の人は実際には少なくないよなという経験則がある。謙虚さの欠片もない人は不遇な状況でも謙虚さを取り戻さない。決して自己の責任とは認めない。そーゆー人が居ることを、実際に、みんな知っていると思う。


これは、先に紹介した星新一の『人民は弱し 官吏は強し』にも描かれていたと思う。主人公の星一は、星新一の実父であり、大正時代にしてアメリカ留学経験があり、古き良きアメリカ自由主義スタイルで製薬会社を立ち上げていたが、あまりにも優等生が過ぎて周囲から疎まれてしまうのだ。声を荒だてる癖はあったが、言葉遣いには気をつかっており、横暴な態度で横柄な口の聞き方をしてくる官吏らに対しても終始一貫、「でございます」という語調で応じている。言いたいことは山ほどあり、だから声の音量は大きくなり、おそらくは語気も強くなっているが、その「ございます口調」のまま、抗議していた。理があっても、また、礼を尽くしても、実は相手によっては全く通じない事を表現していたと思う。世の中、そんなもんですな。偉くないのに偉いと思い込んでいる人相手には、実は理を説いてもムダ。

しかし、ここで述べられている「やなやつ」とは、絶対的に「やなやつ」と、相対的に「やなやつ」とがありそうですかねぇ。あー、変換、めんどくさいので、以降、「嫌な奴」で統一しよ。

過去に、人格的な資質は、生得的(先天的)要因で決まるのか、それとも環境要因なのかという話にあれこれと触れてきた記憶がある。ノーム・チョムスキーあたり、いやいや、遺伝子論あたり、諸々、目にしてきたつもり。

嫌な奴というのは環境によって、その人格がつくられるのだと考えたいところであるが、どうも、そう簡単にはいかない。正直、その例外もあると思う。望ましいのは、「人格的な問題は環境要因に依るものなのです。すべての赤ん坊はまっしろなキャンバス、無垢の状態で生まれてくるのです」で、終りにしたいところですが、厄介な事に遺伝子の問題がある訳ですね。遺伝は起こっているのだから、自ずから生得的な要因も排除できない。人格形成は、遺伝情報とは関係なく、生育環境に影響されると言いたいところですが、生まれながらに持っている遺伝情報によって一定以上のその者の資質が作用しているのだから、完全に生得要因を排除して、耳当たりのいい環境要因――、つまり、「嫌なヤツは、環境が作り出しているだけである」に賛同する訳にはいかない。大雑把に5割、いや、7割ぐらいは環境因子だろうけど、生粋のサイコパスみたいな者も実在しているよなって思う。いやいや、同情なんてしたくないレベルの、変な人が世の中には、実在しているのは厳然たる事実だ。これは環境要因で社会の中で相対的に嫌な奴がつくられているというだけではなく、「こいつは生粋のクソ野郎だな」という者がある。

ああ、この話は、神談シリーズとして触れたかな。つまり、強姦殺人を繰り返すような人物、「おいおい、こいつは一体、何者なんだっ!」というレベルの者が実在している事を無視すべきではない。「環境が彼をそうさせたのです」なんて言っていられず、確かfMRIで撮影しても脳の機能の違いなんてのが説明できてしまっていたのだと思う。また、共感能力の高い遺伝子と、そうではない遺伝子なんてのがあるって、Eテレの番組でもやっていたしねぇ。いやいやいや、究極的には「死刑でいいです」の彼でしょう。他人に共感なんてできないから「死刑でいいです」と申し立て、法務省あたりも「コイツはヤバい」と思ったのか、ホントにさっさと死刑を執行してしまった。そういうレベルもある事を考慮すれば、「すべては環境次第だ」等とは言って居られなくなるよなぁ…。

また、この話をしてしまうと、明らかに害悪となる異分子は、環境を変えたところで周囲と巧くやっていけるというレベルではないから、どうやっても排除せざるを得ないという排除の論理を取らざるを得なくなる。また、昨今のサイコパスの問題は厄介で、サイコパスは共感能力が低いが上に物事を非情なままに合理的に思考でき、損得勘定には長けている。また、他者を欺く事に良心の呵責を感じるタイプではなく、他者の生命や財産を奪う事にも良心の呵責を感じないという、すんばらしいパーソナリティーを持っている。それでいて自己愛が強く、周囲を欺く演技性パーソナリティーの持ち主である。

あんまり環境要因説を強調し過ぎると、彼等に食い物にされかねない。そうした資質の彼等を台頭させるよう、社会の側が進化(変節)してしまっている問題の気もしますけどねぇ。

まぁ、この問題も、是か非か、イエスかノーかという単純二元論ではなく、各自の人格とは環境に作用され易いものと考えられるが、勿論、そのすべてが環境に依拠しているのではないぐらいに捉えるのがベターのような気がする。

「自分だったら、そんな些細なことでわざわざクレームはつけないけれど、この目の前の人は、その些細なことに腹を立てて、クレームをつけにきて、責任を取れだの、賠償をしろなどと迫っている」という状況は、今日的には結構な頻度で有り得る話ですね。これが現実だ。実際だ。確かに、その相手はストレスを溜めていて、そうなっているものと解釈することもできるが、それでは、そもそも相互間の相互主義が維持できない。一方が常に被害者となり、常に荒ぶっている方が加害者になる。彼がミスした時に、こちらは責めないが、こちらがミスをした時には、遠慮なしに罵ってきて、賠償だとか、精神的な慰謝料だとか要求してくるようなヤカラも増えた昨今、さすがに付き合い切れませんやな。(関係性とは相互性原理から成っており、それがないと維持できない。責任を取らない上司、上官に従属する事で果たされる秩序もあるのでしょうけど、本来的な秩序はそうじゃありませんな。大きな責任に対して大きな地位や報酬を与えているのであって、碌に責任もとらない者を上司、上官を過大に崇めていては、世の為、人の為にも成らないし、その組織内の秩序は保てても、自然界の秩序に反している。)

なので、多くのケースでは環境がおかしな人を作り出してはいるが、それに付け加えて、「但し、世の中には、救いようのないレベルのおかしな人もいる。おそらくは増加傾向にある」と考えた方が、少しは実際主義に近づけるし、現実かな。
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