当ブログへのリンクを貼りたいという場合は御自由にどうぞ。明らかに犯罪性あるものでもない限りOKです。

2014年2月4日追記⇒当ブログおよび記事へのリンクやトラックバックを有難うございます。なかなか御礼を申し上げる機会もございませんで、恐縮です。時間の空いたときに、「おっ、リンクしてもらっていたのか☆」と、そこは、単純に、喜んでいる次第です。勿論、ツイッターなどで当ブログの問題提起をキッカケのようにして戴いているケースでも、全く差し支えございませんので、是非是非。

インターネットを、サイバー空間を、少しでも有益なツールとして使用できるのなら、有益に使用すべきじゃないっスか。実際のところ、我々、利用者次第なのでしょうからね。理屈コネコネがてら、御礼申し上げます。


2019年5月19日追記⇒同様のブログやホームページを管理されている方は、或いは似た経験があるかも知れませんが、「この記事は、社会に悪影響を及ぼす可能性があるので削除すべきである」という体裁で、且つ、態度の悪い、横柄なコメントにげんなりさせられる事が多々あります。コメント欄、記事ともにですが、原則としては、その申出に正当性を見て取れれば応じるケースもありますし、勿論、善意による誤字や脱字の指摘は大歓迎なのですが「これは陰謀論だから削除すべきです」といった主旨のものは対応に苦慮します。

多くの言説は、仮説であるといいます。また、何かしらの剽窃なり流用なりで言論は形成されています。当ブログでは基本的に参考文献の引用や、その要約を記しているに過ぎず、多くは仮説としての言説にって組み立てられています。(単なる要約を掲載し、最後の数行に所感を附しているケースなども多いです。)

それを軽々に削除してしまうと後々の検証も不可能になってしまうのですが、思えば、誤まった計算式を消しゴムで消してしまうのも、おかしな事柄であると考えます。間違っている仮説なのであれば後々の為にも削除しない方が利巧であり、諸説ある中の一仮説を抹消・抹殺しようとする事の方が不自然であると考えます。これに関しましては、異端として受け止められている見解、意見も本ブログでは積極的に取り上げています。(一部の紹介では実際にそのように記してブログ紹介としています。)

各自が自由に検証し、その上で「これこれこう思う」のような感慨を抱き利用してもらえばいいのです。「私はあなたとは違って、こう思います」は全然OKです。それが正反合、弁証法というものであろうと思います。仮に誤まっている仮説があったとして、その仮説を攻撃し、駆逐し、排除するのではなく、それを敲き台にするのが、唯一の議論の方法であろうと思います。「万機公論に」の精神も同じであろうと思います。なので、軽々に正義を振りかざし、一つの可能性について語っているに過ぎない仮説について執拗に攻撃し、「不適切だから削除すべき」という行動にはならないものと考えています。それを言葉狩りという。自由に対しての侵害行為なので応じる訳にはいかない。おそらく、「軸」がズレているので噛み合わないという事は少なくもないハズで、そこを理解されない限り、どうにもならない。

A論とB論、C論がある中で、それを敲き台にして次なる論が台頭してくる過程ですが、彼等は「A論は抹消すべき」とか「B論は抹殺すべき」のように排除の論理の正義で構成されているので、説明しようとしても徒労となります。

私がA論で、相手がB論であるとして、B論が有力、真相なのであれば、別に過程で存在していたA論などは放置して一向に構わない訳です。立場が逆であったとして、私が何か相手に削除要請をするかというと、そんな事は考えもしないだろうなって思う。その時節には、そういう珍説が流布していたんだねって考えて、怒りも憐れみも感じない。「間違ってるよ」と、心の奥底でニタリとする事は有り得ますが、行動として「削除要請」を考え、行動に移すかというと、どうやっても有り得ない。誤答を導いた計算式なんて、いちいち消しゴムで消さないし、ちょっとした疑義なんてものは備忘録として残しておいた方が利巧だと思う。消すまでもなくなるものだろうしねぇ。

しかし、昨今、そうした回路を理解されておらず、「あんたアホでんな。そんな事を信じているの? 削除しろ、ボケ」のような独り善がりの正義、そういった主旨が読み取れてしまうものが多いと認識しています。そうした彼等の多くは、性向として粘着質であり、何やら使命感に燃えているので、対応に非常に苦慮します。

巷間、流通している書籍のレビューのような記事に対しても、何か強く反応し、知的優越感からなのか、或る種の爛泪Ε鵐謄ング瓩鬚気譴詈が多くなっているようにも感じます。それほど、強い正義感や使命感、確信的真実に到達しているのであれば、実際に同書籍を刊行している出版社など対して抗議をしても良さそうなのですが、そうせず、飽くまで記事の削除に頓着し、自分の意に従わせる事に固執されます。自分の力で管理人を屈服させる事、勘繰れば管理人に対しての人格攻撃に何か精神的な快楽を得ているかのような、残念な態度の方が多いのです。

(テレビ番組の中の不適切な発言にクレームを入れる感覚に近いのかも知れませんが、それが実際にどのように言論空間や現代人の思想に反映されるのかというと、結果として束縛になってしまうと考えます。思想の自由なり、表現の自由、すなわち自由を奪ってしまっている状態であろうと思います。少なくとも、そこに散らかっていていいハズの言論を圧力によって排除する行為は、多様性の否定になってしまうと考えています。)

当ブログも13年目になりますが、近年、嫌がらせを疑えるようなクレームも増え、対応に苦慮する機会が増えております。中には粘着質な性向や、激情する性向があるので、管理する側としては刺激を与えないよう本旨とは異なる危機回避用の対処をしている場合があります。(そこで不自然な言い争いになっているもので、それに掛かる真偽の程が気になった方は、当ブログ管理人の私に救いを求めるのではなく、インターネットにキーワードを入力して検索していただければ、第三者的な知見を利用して、当ブログを眺める事ができるかと思います。)

「現実的に経済的不利益を被っているので修正していただけますか?」のような申請であれば、勿論、誠実に対応させていただいておりますが、そういう論旨ではなく、何かしら相手を屈服させる目的で行使されるクレームには非常に苦慮せざるを得ないというのが、本ブログ管理運営の実相と御理解いただきますようお願いします。