どーか誰にも見つかりませんようにブログ

人知れず世相を嘆き、笑い、泣き、怒り、足の小指を柱のカドにぶつけ、金星人にSOSのメッセージを発信し、「私は罪のない子羊です。世界はどうでもいいから、どうか私だけは助けて下さい」と嘆願してみるブログ。

カテゴリ: ほのぼの

繋げてみる価値がありそうなので、先ずは、このブログの過去記事を適当に並べます。

第1部 「続・ストロングスタイル」 続・ストロングスタイル〜拙ブログ2009-5-2

―――北野誠さんは最強のプロレスラーはジャイアント馬場であるという、いわば馬場派。これはヒジョーに珍しい事なんです。大概のプロレスファンは、馬場と猪木であれば猪木だと答えてしまう。その理由が、『完本〜1976年のアントニオ猪木』で語られています。

プロレス史の一連は往年のプロレスファンに衝撃を与えたミスター高橋の暴露本と呼ばれる書籍の内容などと照応しても矛盾しない。アントニオ猪木というカリスマが登場し、イノキが日本に独特のプロレス観、プロ格闘技観を形成してしまったというサブカル的な歴史の考察書になっていました。

いやぁ、しかし、馬場ですよ、馬場。北野誠さんの馬場最強説はデタラメって訳でもなかったんですね。実際、ジャイアント馬場って破格のスポーツエリートだったのか。元読売巨人軍の投手であったというのは知っていましたが、二軍では三度も最多勝投手に輝くなど、紛れもなくスポーツエリートであったのだとか。私なんかが記憶しているジャイアント馬場のスローモーな動きというのは、北野誠さんの言うように「そんなのは全盛期を過ぎた馬場さんしか知らんのや!」は正しかったんだなぁ…なんて思いながら読み進めました。

力道山は馬場のスター性を見抜いて、早々にアメリカ遠征に送り出し、馬場はアメリカで成功したという。その部分って、どうも判り難かったんですが、ジャイアント馬場は、ショウヘイ・ビッグ・ババというリングネームでヒールを演じ、グレート東郷のような定番ヒールのようにリングコスチュームだったのだそうな。裸足で浴衣。田吾作タイツ(膝に継ぎ接ぎのあるダサいやつ)というコスチュームでリングに登場して、試合前には四股を踏んで塩を撒いた。そして善玉レスラーの股間を蹴ったり、チョーク攻撃なんてしていたというから、そら、間違いなくウケたでしょう。米国人にしてみれば、二メートルを越すアジア人というだけでも珍しいのに、ましてや太平洋戦争で苦戦させられたジャップの国から来た大巨人だったって事でしょう。ウケない訳がない。

悪役レスラーであったショウヘイ・ビッグ・ババは、行く先々で観客を沸かせ、瞬く間にメインイベンターに駆け上がり、戦う相手も一流レスラーばかり。これは他に比類のない大成功だったかのよう。それを裏付けるように、当事の馬場の契約金などが明かされていますが、1ドル360円の時代にドルを稼ぎ、馬場のファイトマネーは年間にすれば10億円を超える正真正銘の大物レスラーであったといいます。(10年契約で50億円を提示したなんていうプロモーターが居たというから、ホントはイチローに匹敵するレベルで米国で成功していた?!)

力道山は日本のプロレス史には欠かせない人物ですが、力道山は米国では無名レスラーに過ぎず、力道山が米国遠征してもカネにならなかった。そんな時代に、力道山門下の馬場は、飛び抜けたスター性で、アッサリと金を産むニワトリになっていたというのが真実だという見方なんです。猪木? 確かに両者は同日にデビューし、スター街道と、裏街道とに分かれるんですが、馬場と猪木の差は、ホントに雲泥の差であった事が理解できてしまう…。

北野誠さんの語る部分ですが、確かに私も俊敏なジャイアント馬場の記憶がないんすね。もう、「ポフっ」とか「パフっ」って、喋るスローモーで温厚そうな馬場しか知らない。考えてみれば全盛期の三十二文ロケット砲(ドロップキック)や、ランニングネックブリーカーが、どれほどダイナミックな技であったのか、実は知らないんですよね。確かに、あのジャイアント馬場が機敏に動けていたのなら、そりゃ、観るものを惹き付けたでしょう。


第2部 ジャイアント馬場の墓がない理由
 ジャイアント馬場の墓がない理由:拙ブログ2011-7-10

死んだら、どこに埋葬されたいとか、そういう希望ってあるんだろうか。死んだときに無縁仏になるのは、そんなに寂しいことなんだろうか。もしくは、死が訪れたら、もう、何も残らないのだから、どこそこに埋葬する等という理屈は残された者の勝手な幻想ではないんだろか。

週刊新潮7/14号で、不覚にもジーンときてしまった記事がありました。それは、あのジャイアント馬場は十三回忌を終えて未だに墓がないという記事。

常識的には信じられない話ですが、あのジャイアント馬場は未だに墓に埋葬されていないのだという。なんでも火葬されて焼骨となり、骨壺に納められ、告別式に始まって法要を重ね十三回忌まで終えているというのに、未だに埋葬が済んでいないという。

―――ジャイアント馬場の奥さんといえば元子夫人。ジャイアント馬場が没した後、全日本プロレスの経営を巡って一時は元子夫人の意向などが話題になったので、どことなく名前には記憶がありました。で、骨壺が埋葬されない理由というのも、その元子夫人(現在71歳)に起因するものだという。

元子さんとジャイアント馬場との出会いは、なんと十代のときだという。元子さんの実家は兵庫県明石市にある大実業家であり、当事は読売巨人軍のタニマチをしていたというんですね。なので、度々、千葉茂や川上哲治といった往年のスーパースターを自宅に招いて食事会などをしていたという。で、或る年、巨人軍に入団したばかりの馬場正平、後のジャイアント馬場も巨人軍の選手として招かれた。それがジャイアント馬場こと馬場正平と元子さんとの出会いだったんだそうな。そして間もなく二人は交際を始める。

超大型投手の馬場正平は期待の選手であったものの、左肘にケガを負ってプロ野球選手を断念。そしてプロレスラーへと転身する。そのプロレスラーへの転身を機に二人は結婚を決意するが元子さんの御実家がプロレスラーなる不可解な職業に転身した馬場との結婚に猛反対をし、結婚までには実に10年を擁したという。

二人の結婚は、元子さんの友人によると、「初恋を実らせた結婚だった」という。

二人はおしどり夫婦である。全日本プロレス時代の同僚の証言として、その馬場夫妻のおしどり夫婦ぶりを表すコメントが掲載されている。「現役時代は全国巡業で、一年間ずっと元子さんが一緒でした。こんなレスラーは後にも先にも馬場さんだけです」という。

で、また埋葬が済んでいないという話に戻りますが、新潟県三条市の馬場家側では埋葬に関しては元子さんに任せており、当初は元子さんが神戸に墓をつくるという話だったというんですね。しかし、なかなか墓はつくられない。

元社長のジャイアント馬場に墓がないと知ると、全日本プロレスの関係者が「ジャイアント馬場記念館」を作って、そこにお墓を建てたらどうかという提案もしてみたが元子さんの返事はかんばしくなかったという。そうして、ずるずると埋葬しないという状態が続いているのだという。

馬場家には二人の姉が居て、そこに週刊新潮が取材すると、「馬場家としてはお墓の事は全て元子さんに任せてあるから気にしていません。元子さんと疎遠になっている訳でもなくて、盆暮れのご挨拶はしているし、こちらから仏壇の飾り物を贈ればお礼状も頂きます。元子さんがちゃんと骨壺を管理してくれていれば、言う事はありません」と、なんだか埋葬の件は元子さんに一任しているかのようだという。

では、何故に元子夫人は埋葬をしないのか? 週刊新潮が元子夫人本人に直撃すると、元子夫人は(手元に骨壺があると)「馬場サンが近くにいるような気がして気持ちが落ち着く」と話したという。どうやら、元子さんは骨壺を独占して申し訳ないと気持ちでは思いながらも、骨壺を手放せないという心境で、ずるずると年月を経過させてしまっているらしいんですね。それ故に、親戚や全日本プロレスという会社としても、元子夫人に対して「お墓をどうするのか? 遺骨はどうしたのか?」と催促するような無粋な真似は辞めて、元子夫人に一任することににしているのだという。

いやぁ、意味が理解できるにつれて、ジャイアント馬場の周辺にいる方達の人情というのが伝わってきました。また、元子夫人の思いというのも、世間一般の常識からすればズレているのですが、その心情というのは理解できてしまう気がしましたかね。


第3部 馬場元子さんの回想する「たった一度のウソ」

なんとなく、ジャイアント馬場の肖像が浮かび上がってきますよね。2009年7月14日号の週刊新潮が報じていた内容から、何故、ジャイアント馬場に墓がないのかという理由もわかった。

それを踏まえて、週刊現代2013ー5/11・18合併号「ぶちぬき10ページ 涙なしには読めません 感動告白 あの人が死んで、初めてわかったこと」で馬場元子さんの告白が、記事になっていましたので、以下に引用。

馬場さんが亡くなって最初の2年くらいは何もする気がおきず、誰にも会わずに過ごしていました。どこに行くにもずっと馬場さんの隣にいましたから、どの場所にも馬場さんとの思い出が溢れ出していて辛かった。〜略〜

特に馬場さんが愛したハワイにはなかなか行けませんでした。馬場さんは「女性がひとりで海外に行くもんじゃない」と言っていたし、一緒に暮らした現地の家でも、買い物に出かけたショッピングモールでも、浜辺でもゴルフ場でも馬場さんの笑顔を思い出してしまい、辛くって耐えられないと思ったんですよ。

ようやく決心してハワイを訪れることができたときは、馬場さんの死から3年が経っていました。でも行ってよかった。馬場さんは私に色々なものを残してくれていたのです。二人でよくお茶を飲んだコーヒーショップに入れば、スタッフがみんな寄ってきて

「お帰り。もう帰ってこないかと思って心配していたよ」

と言って、お茶をご馳走してくれました。

パン屋の軒先を通りかかったら、パン屋のおじさんが、

「あんなにいい人だったのに」と言葉を詰まらせ、(続けて)「モトコ、元気を出して」

と励ましてくれました。〜略〜

会う人すべてが「お帰り!」と温かく迎えてくれて、その誰もが馬場さんの思い出を胸に刻んでくれていたのです。


馬場さんは身体だけでなく、心も体も大きな人でした。その馬場さんが生涯、一度だけ私にウソをついたことがあります。結婚前、私の両親に交際を猛反対されたときのことです。ある日、ホテルに呼び出され、こう言われました。

「実は俺、脳腫瘍で長くないんだ。助からない」

突然の告白に驚き、私は泣きじゃくりながらも、

「あと半年の命でも、私は馬場さんについていく」

と即答しました。

馬場さんは、両親の反対を押し切って交際を続けると私が不幸になると思って、私のほうから離れていくようにわざとウソをついたんですね。でも、私がそう答えたことで、病気の話がウソだったと明かし、たとえ私の両親から反対されようとも交際を続けると決断してくれた。〜略〜

人は確かに必要とされなければ、強くは生きていけない。私は馬場さんをなくしてしまったと思っていました。しかし、私を支えてくれる人たちはたくさんいるのだと、ハワイの人々が教えてくれた。馬場さんは、知らない間にたくさんのお友達、幸せに暮らすための環境、生き方など、目に見えない財産をプレゼントしてくれていたのです。


確かに、人情家であったジャイアント馬場は巨星で、周囲を明るく照らしてしまう。こういうのが正真正銘のスターだったのかも。
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死んだら、どこに埋葬されたいとか、そういう希望ってあるんだろうか。死んだときに無縁仏になるのは、そんなに寂しいことなんだろうか。もしくは、死が訪れたら、もう、何も残らないのだから、どこそこに埋葬する等という理屈は残された者の勝手な幻想ではないんだろか。

週刊新潮7/14号で、不覚にもジーンときてしまった記事がありました。それは、あのジャイアント馬場は十三回忌を終えて未だに墓がないという記事。

常識的には信じられない話ですが、あのジャイアント馬場は未だに墓に埋葬されていないのだという。なんでも火葬されて焼骨となり、骨壺に納められ、告別式に始まって法要を重ね十三回忌まで終えているというのに、未だに埋葬が済んでいないという。


ジャイアント馬場の奥さんといえば元子夫人。ジャイアント馬場が没した後、全日本プロレスの経営を巡って一時は元子夫人の意向などが話題になったので、どことなく名前には記憶がありました。で、骨壺が埋葬されない理由というのも、その元子夫人(現在71歳)に起因するものだという。

元子さんとジャイアント馬場との出会いは、なんと十代のときだという。元子さんの実家は兵庫県明石市にある大実業家であり、当事は読売巨人軍のタニマチをしていたというんですね。なので、度々、千葉茂や川上哲治といった往年のスーパースターを自宅に招いて食事会などをしていたという。で、或る年、巨人軍に入団したばかりの馬場正平、後のジャイアント馬場も巨人軍の選手として招かれた。それがジャイアント馬場こと馬場正平と元子さんとの出会いだったんだそうな。そして間もなく二人は交際を始める。

超大型投手の馬場正平は期待の選手であったものの、左肘にケガを負ってプロ野球選手を断念。そしてプロレスラーへと転身する。そのプロレスラーへの転身を機に二人は結婚を決意するが元子さんの御実家がプロレスラーなる不可解な職業に転身した馬場との結婚に猛反対をし、結婚までには実に10年を擁したという。

二人の結婚は、元子さんの友人によると、「初恋を実らせた結婚だった」という。

二人はおしどり夫婦である。全日本プロレス時代の同僚の証言として、その馬場夫妻のおしどり夫婦ぶりを表すコメントが掲載されている。「現役時代は全国巡業で、一年間ずっと元子さんが一緒でした。こんなレスラーは後にも先にも馬場さんだけです」という。

で、また埋葬が済んでいないという話に戻りますが、新潟県三条市の馬場家側では埋葬に関しては元子さんに任せており、当初は元子さんが神戸に墓をつくるという話だったというんですね。しかし、なかなか墓はつくられない。

元社長のジャイアント馬場に墓がないと知ると、全日本プロレスの関係者が「ジャイアント馬場記念館」を作って、そこにお墓を建てたらどうかという提案もしてみたが元子さんの返事はかんばしくなかったという。そうして、ずるずると埋葬しないという状態が続いているのだという。

馬場家には二人の姉が居て、そこに週刊新潮が取材すると、「馬場家としてはお墓の事は全て元子さんに任せてあるから気にしていません。元子さんと疎遠になっている訳でもなくて、盆暮れのご挨拶はしているし、こちらから仏壇の飾り物を贈ればお礼状も頂きます。元子さんがちゃんと骨壺を管理してくれていれば、言う事はありません」と、なんだか埋葬の件は元子さんに一任しているかのようだという。

では、何故に元子夫人は埋葬をしないのか? 週刊新潮が元子夫人本人に直撃すると、元子夫人は(手元に骨壺があると)「馬場サンが近くにいるような気がして気持ちが落ち着く」と話したという。どうやら、元子さんは骨壺を独占して申し訳ないと気持ちでは思いながらも、骨壺を手放せないという心境で、ずるずると年月を経過させてしまっているらしいんですね。それ故に、親戚や全日本プロレスという会社としても、元子夫人に対して「お墓をどうするのか? 遺骨はどうしたのか?」と催促するような無粋な真似は辞めて、元子夫人に一任することににしているのだという。

いやぁ、意味が理解できるにつれて、ジャイアント馬場の周辺にいる方達の人情というのが伝わってきました。また、元子夫人の思いというのも、世間一般の常識からすればズレているのですが、その心情というのは理解できてしまう気がしましたかね。
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JAL株の百パーセント減資が確定的となった先月の14日、1万株を購入した68歳の大阪女性がいたそうな。株券が紙くずになる事が判っていたにもかかわらず、その女性は11万5千円ほどの約定料金を支払い、JALにエールを送るつもりだったという。

女性をそんな行動に駆り立てられたのは50年前の体験があったからだ。その女性は生まれて間もなく母方の祖母に引き取られ、そこで養女として育てられたという。そして女性が18歳のとき、それが丁度50年前の1960年なのですが、当時80歳の祖母を東京見物へ連れて行く事が出来たという。祖母は「冥土みやげができた」と、その旅行を非常に喜んでいたという。

その際、利用した飛行機がJAL便だった。しかし、羽田空港で思いも拠らぬ事が起こった。祖母は足が悪かったので、タラップを降りるのに時間がかかり、羽田空港から東京駅へと出ていたバスを乗り遅らせてしまったという。(当事、バスの本数が少なく、乗り遅らせると2〜3時間待ちだったそうな。)

親孝行をしたいと思っていたのに思いも拠らぬ事態となってしまい、女性とその祖母は困惑しきりだったが、JALの対応は素晴らしかった。車椅子を用意してくれたばかりか、羽田空港から東京駅まで自動車で送迎して対応してくれたという。

祖母は、その東京見物から2年後に亡くなった。その祖母は東京見物を振り返っては「ツルのマークの人が親切にしてくれはった」と何度も何度も繰り返していたという。

半世紀が経過してJALが倒産するらしいと聞き、女性は祖母を連れて行った東京見物を思い出していた。あのときに受けた恩義は忘れられる筈がない。私の祖母への恩返しが完結したのはJALの御蔭だし、祖母も「ツルのマークの人が親切にしてくれはった」と、ずっと言い続けていたのだ。

そういう思いから女性は、「なんの力にもなれませんが…」と紙くず同然と言われる株券を購入していたのだという。


再生へ向けて新たなスタートをする事になったJALは、女性に四百枚の礼状を届けたという。その礼状はカードで、社員らが手書きしたものだったという。


18日の読売新聞に掲載してあった記事なんですが、なにげに美談じゃないか。JALは企業を上げて取り組んでいるのは【信用回復】でしょか。そして「ツルのマークの人が親切にしてくれはった」というフレーズも出来すぎですが、半世紀前の恩義に対して、逆境のJALに恩を返そうとした大阪女性の思いというのも、なにか日本的な匂いを感じさせてくれます。

「立て直して欲しい」とか「立ち直って欲しい」と欲するのが本来的な日本人の情なのでしょう。しかし、現実問題というのは否応なく、外部的な要因もあるからシビアな判断を余儀なくされてしまう。ここでバランスをとるのは難しいものでしょうが、「日航、頑張れよ」という気持ちである事は、間違っていないし、出来ることならそうなって欲しい。

しっかし、あのツルのマーク、なんで廃止しちゃったんだろう。これほど日本人の心に染み込んでいるロゴなのだったら、継続して使用すればよかったし、今からでも復活させればいいのに。小洒落たロゴマークは数々あれど、ブランドとして確立されているものは稀有で、貴重なんじゃないのかなぁ。

あのマークを上手くパクって、知的財産権として登録できないもんだろうか。
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前を走っている佐川急便のトラックが急に右に膨らんだかと思ったら、なんだか路上に黒っぽいゴムマットが落ちてる。あぶねーなーと、自分もゴムマットを避けて通過したんですが、よくみたらゴムマットではなくて横たわっている黒いネコさんでした…。
(-人-) ニンニン

ほら、云わんこっちゃない。これぐらい交通量のある道路のネコさん横断は、いつかは轢かれちゃうって…。ホントにもぉ。なんだか年に一回は必ず、こういうのを見てるよなぁ…。あのネコさんの飼い主一家は、今ごろ、どれだけ目を泣き腫らしていることか…。

ドライバーたるもの、ネコさんを轢くぐらいなら自ら電柱に突っ込むぐらいの覚悟がなきゃ。ネコさんの為なら命なんて惜しんじゃいけない。なんでも最近ではゴールド免許の取得確率は2人に1人ぐらいまで上昇したっていうけど、それぐらい良心的なドライバーにのみゴールド免許を発行すりゃいいんだ。

世の中、どうせ圧力団体とか利権団体だらけなんだから、いっそのこと、ネコさん保護の圧力団体とか作ってシーシェパード並に、好き放題の主張をできたら、案外、イケるんじゃねえのか。犬公方みたいな感じか。いや違うな。もっとナンセンスな方が有利だ。真面目な顔で「私たちは世界に先駆けてネコさんデモクラシー運動に取り組んでいるんですっ! あなたは運動に反対なんですかっ!」と一発目からクレイジーな雰囲気を醸し出して「キッ!」と血走った目で睨めば、もぅ、誰も逆らえまい。

天然記念物のニホンカモシカとかニホンザルの為なら道路を通行止めにするような場合だってあるんだし、交通標識として「ねこちゃん横断注意」とか作ろう。図柄は黄色地に黒。路上で、立ちすくんでしまっているネコのシルエット。

それじゃ片手落ちだから、交通量の多い地域では飼い主への室内飼い啓蒙運動とかもせにゃならない。ここで、団体は原理主義派と穏健派に分裂するかな。「室内飼いの徹底により共生をせよ」という穏健派と、「いやいや、人間に人権があるようにネコさんにはネコ権がある。ネコ権の尊重こそ、ネコさんデモクラシーの本意だ。ネコさんを室内に監禁するのはネコ権侵害だ! 武装蜂起もありうる!」という原理主義一派。

牛を神聖視したり、豚を神聖視する宗教がある。クジラを守る為ならテロだって許される現代社会にあっては、何も愛猫家がビビる事ァない。地上の楽園とは、そこらへんをネコさんが、のっしのっしと歩いている風景であり、その世界を実現すればいいだけの事。文明なんて退化しちまっても、そっちの方が健全な世界なんじゃないんだろうか?


さしずめ毎年5月5日にはメーデー開催だな。

「防衛費を上げるぐらいならネコさんにフリスキーをよこせー!」
(よこせ〜!)

「恵まれないネコさんたちを貧困から救う為にモンプチをよこせー!」
(よこせ〜!)

と、拡声器で叫びながら我が者顔で公園を占拠する。締めは

「企業は膨れることばかりを考えていてネコさんの事なんて考えていやしない。いなばの焼かつお一日一袋を勝ち取るよう、ガンバロー!」
(ガンバロー!)

と、右手を突き上げて、シュプレヒコールをしていれば怖くて誰も近づけまい。

怪しげな街宣車とかに野次られたら、

「えっ! 今、あなた何ておっしゃいました?! そ、そ、それはネコ差別ですよ! 今や時代はネコさんデモクラシーの時代です。そんな差別的は発言は許しません。キャットハラスメントです! 法的手段に訴えさせてもらいます!」

と云って、血走った目で「キっ!」と睨み返せばいい。


世界に先駆けて、ネコさんデモクラシーをやってしまえば、もうアメリカがどうのこうのとか、フランスがどうのこうのじゃなくなりますよ。

「アメリカは民主主義は遅れていやがる」とか、「フランスの思想は時代錯誤だ」とか、好き勝手に放言できる。

ヒラリー、オバマ、サルコジやドビルパンあたりに、

「あんたんところはネコさんデモクラシーが国際水準に達していないじゃないか。ああん? あんたたちは、いわばデモクラシー発展途上国だ。ペナルティとして捨て猫を20万匹づつ引き取ってもらいます!」

と、押し付けちまえばいい。

となると、ニューヨークとかパリは猫だらけか…。しっぽの切れたニホン猫も世界中に繁殖していて、世界は急にのんびりとした風景になる。

ウォールストリートは猫だらけ。猫たちが猛スピードで追いかけっこをしている。オフィスビル内も占拠状態。パソコンの前で昼寝しているからハゲタカ金融マンも御手上げ。

パリの凱旋門も猫だらけ。小粋なパリジャンの高級そうなズボンに、ふらふらと歩いてきた猫が前肢をかけてぐぐっと伸びをうつ。次いでバリバリと爪とぎをしておきながら「え?」ってな顔をしてダッシュして逃げる勝手きままな猫たち。

おおっ、マジ、なんか結構、街のデザインとしてモードしてるというか、アバンギャルドしてるんじゃねえのか?! 

三ツ星のフランス料理店で、セレブ夫妻が食事しているとする。背伸びをしてテーブルを覗き込む猫。手を出してスープをちょいちょい。ムッシュがナプキンで口を拭いながらニガ笑い。と、そこへ落ち着きのない仔猫が隣のテーブルから強引なジャンプで降り立って着地に失敗、がらがらがっしゃーんと食器を落とし、自分が落とした音におののき猛ダッシュで逃げていく。なんだか意味が分からず綺麗なマドモアゼル唖然。

現在の価値観とは対比ができない価値観ってのがポイントだよなぁ。ひょっとした次に人類が辿り付くべきステージとは、ネコさんデモクラシーじゃないのか!
( ̄□ ̄;)!!

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週刊文春のGW号では20代〜50代以上の男女2000人に、「もう一度見たい名作ドラマは何ぞや? 上位3タイトルを挙げよ」というアンケートを実施したそうで、それをポイント制にして上位30位というランキングを掲載してありました。

第1位 古畑任三郎
第2位 踊る大捜査線
第3位 のだめカンタービレ
第4位 相棒シリーズ
第5位 花より男子
第6位 ハケンの品格
第7位 東京ラブストーリー
第8位 ガリレオ
第9位 篤姫
第10位 ロングバケーション
第11位 北の国から
第12位 太陽にほえろ!
第13位 TRICK
第14位 白い巨塔(2003年版)
第15位 あぶない刑事
第15位 救命病棟24時
第17位 HERO
第18位 池袋ウエストゲートP
第19位 世にも奇妙な物語
第20位 傷だらけの天使
第21位 西遊記(1978年版)
第22位 やまとなでしこ
第23位 華麗なる一族
第24位 探偵物語
第25位 必殺仕事人シリーズ
第25位 ひとつ屋根の下
第27位 3年B組金八先生
第28位 ふぞろいの林檎たち
第29位 特命係長・只野仁
第30位 ごくせん


こういうアンケートって、競馬で「競馬史上最強馬は?」というアンケートをする度に近年の活躍馬が必要以上に名前が挙げられてしまうんですが、それと同じ傾向を感じました。いや、だって「特命係長・只野仁」って…。如何にも、やっつけ回答ぽいしねぇ。ホンキで考えてないし、ホンキで思い出そうとしていないなぁ…とね。

世代別にトップ3に修正すると

☆20代
第1位 踊る大捜査線
第2位 古畑任三郎
第3位 のだめカンタービレ

☆30代
第1位 踊る大捜査線
第2位 東京ラブストーリー
第3位 あぶない刑事

☆40代
第1位 太陽にほえろ!
第2位 古畑任三郎
第3位 探偵物語

☆50代以上
第1位 相棒シリーズ
第2位 篤姫
第3位 北の国から

となる。

先ず、ツッコミたいのは50代以上の回答で、「相棒」と「篤姫」ってのは最近過ぎませんかね…。「もう一度見たい名作ドラマは何ですか?」と問われて、昨年とか現在も放送中の番組が上位を占めてしまっているというのは、如何にも50年以上、生きてきた経験が生きてないじゃないか、と。番組名さえ思い出せなかったんじゃないのかなぁ…と分析(毒

40代の第3位に松田優作主演の「探偵物語」がランクインしているんですけど、そんなに高視聴率だったという印象がないんですよね。モノマネしても周囲の誰も知らなかったですもん。私より年長の方たちは見てたのかなぁ…。そんなに高視聴率番組だったっけ? いや、視てないから、もう一度、視たいって事なのかな。なるほど、それを示すように第4位に「傷だらけの天使」だったりしますね。

30代は時代を反映していますね。「東京ラブストーリー」と「あぶない刑事」だもんなぁ…。山口智子さんを国民的女優に押し上げた「ロングバケーション」は第8位でしたか。トヨエツ&常盤貴子の「愛していると言ってくれ」、江口洋介が主演でチョロが自殺してしまった「愛という名の下に」は圏外なの?!

20代の回答、実は興味深いです。というのも、20代の方が回答にしたにもかかわらず最近のドラマのタイトルが上位に来ていないんですね...。或る意味で50代以上の方が最近のドラマのタイトルを挙げたのに対して、シッカリと面白かったのは「踊る大捜査線」1997年作品と、「古畑任三郎」1994〜1999年と20世紀中の作品が上位。「のだめカンタービレ」でさえ2006年作品なので、間違いなく、テレビドラマは不振が続いている?!

記事によると、やはり、「のだめカンタービレ」の善戦が目立ちますかね。実は三十代からも第8位、40代からも第5位に挙げられており、思いの外、幅広い世代から支持を得ているのが数字に表れてます。近年制作のドラマでありながら、渇望されているのが理解できるし、記事によるとクラシック音楽をドラマ中に散りばめたのも光っていたんだそうな。

社会現象のように騒がれた筈の《トレンディドラマ》という枠だと「東京ラブストーリー」ぐらいしか挙がってない気がします。私の記憶では「101回目のプロポーズ」あたりは社会現象で、男も女も「どうなる? どうなる?」と騒いでいた記憶があるんですけど圏外。視聴率や話題性で、一斉を風靡した「男女七人夏物語」とか「金曜日の妻たちへ」あたりも圏外。やはりアンケートの主旨が《もう一度みたい名作ドラマ》だったから、そんなに名作ドラマでも無かったが故に除外されたのか!!
( ̄□ ̄;)!!

なんてね。いや、明らかに入って欲しい作品が入ってない。野島伸司作品が「ひとつ屋根の下」だけってのは、なんだか合点が行きませんねぇ…。「高校教師」なんて最終回を巡って当事のスポーツ新聞の芸能面は全面使用してましたし、個人的には知的障害の少年を描いた「聖者の行進」とか暗い気持ちになるドラマだったけど、正直、もう一回、見たい作品として思い浮かびますけどねぇ。

考えてみたら橋田壽賀子の「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」が入らないのも不自然な気もします。50代以上のトップ10にも名前がない。

なんか記憶ってアテにならないし、まして多数決ってのはアテにならないなぁ…なんて、ウチのパートさんと話していました。

私自身、本当はドラマって嫌いじゃない方だったんですが、近年、ちっとも視なくなりました。いや、厳密には視るものがないんです。だって花より男子を視る訳ないんでね。こうなったら敢えて自力オンリーで名作ドラマを10作品挙げてみよう!

先ず、個人的な因縁を確かめよう。学校をサボってでも視たいと思ったのは沖雅也&柴田恭平の「俺たちは天使だ!」の再放送でした。一話完結ものだったので一切、記憶はないんですが、物凄い面白かった記憶があります。歳の離れた兄が居た関係でショーケン&水谷豊の「傷だらけの天使」なんていう軽妙洒脱なアウトロー路線ドラマも視ていましたが、ワタクシ的には「俺たちは天使だ!」の方でしたかね。未だに私の同級生はカラオケで

♪運が悪けりゃ死ぬだけさ 死ぬだけさ〜

と歌ってたりします。いやぁ、ノリノリでしょ、このドラマ、地味に面白かったですもん。

次は恥ずかしながら「ママはアイドル」ですかね。中山美穂ファンではなかったので本放送ではみていないんですが再放送でハマりました。中山美穂が人気絶頂のアイドル「ミポリン」でありながら、実は極秘結婚して母親業までしているヒミツを抱えているというパターンでした。後の桜庭祐一郎の布石になったかのような設定。遡ればヒミツを抱えてのホームドラマというのは「奥様は魔女」や岡崎友紀あたりが出ていた30分ドラマに遡る定番なんでしょうか。そんな中でも「ママはアイドル」は笑えたんです。名前は知らないけど末っ子が、ぶっ飛んでたし、後藤久美子は反抗期キャラで家族に問題を起こす。長兄は永瀬正敏で、さほど目立ちはしなかったんですが、ブルース・リーのマネなんてして、ひっそりと笑わせてくれます。で、永瀬演じる長兄がミポリンに熱を上げてしまう話があって、コメディなのに繊細に気難しい長兄の葛藤を描いていたりして、意外と印象に残ってますかね。全話をビデオで録画した唯一の作品かな。

あと「ショムニ。」と「カバチタレ」は、よく視ていたんですが、今、見るかと云われたらどうかなぁ…。てか、これもランキング圏外か。うーむ。そーいえば大映ドラマがランクインしてないっすよね。「スクールウォーズ」とか「不良少女と呼ばれてて」とかね。不良といえば高部知子の「積木くずし」なんてのも入ってませんね。もしかしたら、重たいドラマを避けていやがるな…。

重たいドラマこそ、いいのに。私よりも10歳上のパートさんに言わせると「我が子は他人」というドラマが凄かったんだそうな。後に「乳姉妹」でも産婦人科で実子と他人とが取り違えられてしまったという設定があり、こうした設定も或る種、定番ともいえるんでしょうけど「育ての親と産みの親、どちらを優先すべきか?」、「子の取り違えに気づいた以上、現在の親子関係を捨てて血縁の親子関係へと修正すべきか否か?」という問題が生々しいテーマだったのだそうな。私のオフクロにしても同じような事を言い出しており、やはり、昔のドラマの重厚さというのはコメディータッチな恋愛ドラマではなかったとの事。(オフクロのイチオシは「細腕繁盛記」だって。さすがに、さっぱり判らん世界でした。)

で、最後に一つ。ホントに「もう一度、視たい」を地でいくと、倉本聰シナリオで大竹しのぶ&萩原健一の「ガラスの知恵の輪」というドラマが視たいです。ホントに視たいのは、この一本なんですが、一切、再放送なし。テレビ探偵団のような回想番組でも、何故か取扱われていない気がするんですよね…。ドラマは女優のスキャンダルを目撃し、カネ欲しさにスキャンダルを売った道化師の後悔を描くドラマだったようなんですが、なにしろ、私自身にも記憶がないんです。でも、すごいインパクトがあった…。

大竹しのぶ演じる有名女優が誰かと待ち合わせをしている。待ち合わせ場所にはショーケンが演じる道化師が居るんですが、道化師として人形にように動かず、女優の逢引を見てしまう。まずい、まずい、と思いながらも、目を逸らさずにはいらないという葛藤が印象深いです。(記憶違いの可能性もありますが)

音楽はグレンミラー楽団の「ムーンライト・セレナーデ」でショーケンの演じる道化師が、霧雨の中、脂汗を流しながら制止している。ショーケンはパントマイムに徹しており、心の声として《あーっ》とか《うーっ》と呻いているだけという沈黙が見事でした。



それでいて目を大きく見開き、一部始終を目撃している。このシーンが印象深くて、印象深くて、どんなドラマだったのかも知らないので、是非とも、ちゃんと視てみたいなぁ。大竹しのぶさん自身のスキャンダルと重なる題材なので蒸し返せないのかも知れませんけど、ムーンライトセレナーデなんていう楽曲を利用して気だるいクラシックなBGMで萩原健一にピエロを演じさせた倉本聰演出、やっぱ、スッゴイ、気になりますかねぇ。

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桜の写真を撮ろうと思っていたものの、なんかイマイチ、とゆーか、イマサン、イマゴジュウマンぐらいのものしかケータイに入ってませんでした。わざわざデジカメを持ち歩かないし、ケータイのカメラ、前のケータイの方が良かったみたいで。

なので、ぼんやりとした画像のみっす。

DVC00068



以下、今年、桜に関して思った事を手短かに三つ。

[桜の前の若いカップル]
この写真を撮影した場所のとなりに、若いカップルが居て、如何にも桜を背景にして写真撮影したいという様子。案の定、撮影を依頼されるも、この場所は思い切り日当たりがいいので、デジカメの画面が太陽で反射していて、さっぱり画面が確認できませんでした。「あー、ゼッタイにいい写真は撮れないな」と思いながらパチリ。確認しようにも太陽が反射してて、よく撮れたのか、どうかも不明のまま、立ち去ってきました。困るのは、こういう他人にシャッターを頼まれたときの掛け声でしょう。「ハイ、チーズ!」というべきか「1+1=?」と問い掛けるべきなのか、果てまた「5、4、3、2、1」とカウントダウンするのがいいのか…。「親子でブー」ってのもありましたが、さっぱり意味が判らない。めんどくさいから両津勘吉を見習って「ハイ、バター!」と、オヤジギャグを全快でパチリとやった方が、いいのか?!

[桜の前の父子]
同じく、3歳ぐらいの男児と若い父親という組み合わせ。桜の木の下で戯れていました。微笑ましい光景じゃんって思って、さぞやいい父親なんだろうなって観察してたんですが、父親のプリントシャツにウットリしてしまいました。黒地に白い筆文字で《ここをポチっと押忍!》とプリントしてありました…。ウラハラ系だな。

[犬の散歩]
犬の散歩をさせている男だか女だかわからないぐらいボーイッシュなオバサン。犬はなんだろうなぁ…、小さくて、毛むくじゃらで、キャンキャンと吠えてきそうな犬でした。ダックスフントじゃなくて、ブルドッグじゃなくて、チワワじゃなくて、プードルじゃないラクダ色の小型犬。それを連れて散歩していたんですが、急に、オバサンが犬を叱り出した現場に遭遇。何事かと思ったら、花見客が吐いたゲロを犬が食べようとしてしまい、

「それは汚いのっ! それはゲロだって云ってるでしょっ!」

と叱っているシーンでした。

桜を愛でてお花見をするのは結構ですが、ゲロを吐いちゃダメだとおもいました。そういう悪いおとなにはなりたくないぁとおもいました。おしまい。
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タバコがなーい!

買い置きがなーい!

どこかに禁煙パイポとか持ってなかったかなぁ…。

と、思ったら、正月にホームセンターで開催されていた駄菓子フェアでココアシガレット(30円)を衝動買いしたのを思い出しました!

IMG_0774


( ̄。 ̄)ξ

薄いハッカ味。5本入り30円...。

これが大人のダンディズムってもんだ…。

「タコせんべいにマヨネーズがバカウマだ」と誰かが云ってたけど、ありゃ、嘘でしょう。

これが小学生の子持ちの友人になると「うまい棒」の懸賞に応募してコップが当たったとなる。

やはり駄菓子は偉大すね。



「駄菓子の道をナメるんじゃねぇぞ…」

と、by 渡哲也ボイスで云ってみたい。

「オレに触るとヤケドするぜ! なぜなら、今、緑のたぬきを持ちながら部屋の中を歩いているからな…」


♪と〜か〜い うらまぁぁど 袋小路ぃ
 ゆめぇぇを 消された 他人町ぃ
 いっそ 泣こうかァ 笑ぉぉか〜

( ̄ー ̄)ξ



シビレやしたぜ、渡瀬恒彦のアニキ! 
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ひさびさに、ヤラレました…。

屋外の駐車場に会社の備品である台車を僅か1時間ばかり置いておいたら、無ーい。どこのどいつだ盗人野郎め! 

しっかし、目敏い。その台車、実はホームセンターなどで入手できるものではなくて超静音設計にしてコンパクトに折り畳める某車輌会社製造の台車。実は価格的にもホームセンターの1980円の台車の10倍ぐらいする台車で2万ちょいもしたのに。台車としたら高級車ですよ。台車の世界で例えばフェラーリとかランボルギーニに相当するんじゃねぇのか!?

ああ、自慢の愛車、フェラーリが盗まれたようなもんだ。もう、生きていけない。
(TДT)

ちっきしょー! ゆ、ゆ、ゆ、許せん。犯人を見つけて弱そうなヤツだったら飛び蹴りしてやる。強そうなヤツだったら不幸の手紙を6万通ぐらい送りつけたり、猫のうんこをケーキに仕込んでキレイに梱包して宅配便で送りつけ、死ぬまで残る洋菓子トラウマを刻みつけてやるぅ!
( ̄□ ̄;)!!

と、私自身は怒りの矛先は、きちんと犯人に向いてます。しかーし、この台車紛失事件に於ける責任、屋外駐車場に置きっぱなしにした私にあるって空気が職場で支配的になりつつある――

そ、そ、そりゃ、そうなんですがね、その日は急に大雨になったり、相手が約束の時間よりも20分前に連絡してきて不意に急いで出掛ける用事などがあって、慌てふためいていた訳で、思わず、幾ら何でも盗まれないだろうって油断も生じるってものでしょう。そんなんだったら、最初から慌てたりせずに、悠々とオードリー春日みたいに「やぁ!」ってもんでしょうよっ。

ちっきしょー!

てか、基本的に社名も書いてあるんだから、絶対に盗んだヤツが悪いのに、どうも盗まれるに到った粗相を働いた私が極悪人であるかのような空気になってる…。

うーむ。無実だ。オザワさんばりに「これは陰謀です! このタイミングで盗まれたというのが怪しい。きっと陰謀に嵌められたのだ」と展開してみよう。

がるるるるっ!

もし、こういう日に私が裁判員制度で裁判員に選出されていて、判決を決める日であったなら、そら、もう、何がなんでも有罪だって主張するし、「窃盗? それは極刑にすべきじゃないんですか!」とか「それは盗まれたアンタに非がある!」という両成敗論を展開し、見境なく攻撃的になる可能性がある。そもそも、世の中、八つ当たりだらけで、デタラメもヘッタクレも、こっちばかりが受けていられないっすからね!

あー、そこそこ、痴漢と間違われているアナタ、間違われるアンタが悪い。見た目が痴漢なんだよ、アンタは。それと間違って告発したアンタは自意識過剰だ。誰も触らんと思うぞ。よって、両名とも有罪ね。二人揃ってコンニャク畑でコンニャク栽培を3年してくる事。執行猶予? そんなものないよ。犯罪者なのに、よく猶予!

これぐらいデタラメなのが、今のトレンドでしょう?

とげとげしい社会でしょう。ったく。
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ヨレヨレの茶系のビジネスコートの裾をひるがえしながら、フラリと駅の売店で東京スポーツを買う。新聞を丸めるようにして掌で持ち、プラットホームで群集に馴染むよう心掛ける。

所定の乗車口の前に並んで新聞に目を通しながら電車を待つ。電車が入ってきたら、群集の一部と化し、そのまま、ずずずいーっと電車の中央までオートマチックに運んでもらう。

吊り手を探すようではアマチュアで、プロたる者は満員電車の車中でもクラゲのように漂わねばならない。自らの力で立つのではなく、脱力して巧みに混雑に身を委ねて群集の一部と化してしまうのがプロのサラリーマンの作法である。

《お、お、重いな。こいつ、寄りかかっていやがるな…》

そんな事を思うのは不慣れだからだ。歴戦のツワモノともなると、満員電車内でこそ、剛よく柔を制すを実践しているもので、右から寄せる波を左に受け流し、左から寄せる波は右へと受け流す。

右側からGをかけられたら左側の乗客にそのままGをかける。押し寄せてくるGを自分で受け止めようなどとは間違っても思ってはいけない。きっと右側のヤツも、その右側のヤツもGを受け止めていやしない。満員電車というのは中心付近の連中は、だらけ切っており、その中心に陣取って被害者面している方が楽なのだ。

プロのサラリーマンと満員電車で接してしまった場合、もうそれは災難だとしかいいようがない。もう、なんつったってプロなんだから仕方ない。巧みに体重を他人に委ねており、彼にとって適度に揺れる満員電車はリラックスタイムでしかない。

「おいっ! 押すなよっ! 押すんじゃねぇっつってんだろっ!」

などと大きな声を上げたヤツも、結構、怪しい。そんな風に如何にも自分は被害者であるかのような主張をしながら、その実、自分の体重を自分では支えておらず、周囲の人たちにのしかかるようにして立っているものだ。しかも、露骨に他人の骨盤や背中に肘を当てていたりするからタチが悪い。

大きな波が起こり、隣の人をつんのめらせても、「ちっ!」と、軽く舌打ちを打ちながら、押された方向を睨み返すの作法だ。間違っても押した方向を見てはいけない。この動作は何を意味しているのかというと、

《今、押したのはオレじゃないよ。後から誰かが押しているんですよ。悪いヤツが居るものですね、プンプン!》

というジェスチャーである。





私が実践している訳じゃありませんよ。同窓生のW君の語る「プロのサラリーマンとは…」という話を起こしたもの。W君は外資系企業の管理職で、名刺だけ見れば立派すぎるぐらいの社会人となりますが他人の内面なんてものは侮れませんやね。

ただ、群集心理というのはあると思いますね。どさくさまぎれに…という心理。

小学生の頃、朝礼が終わり、一斉に教室へ戻るという事になり、やたらと昇降口が混雑した事があったんです。現場は壮絶なまでに混み合ってました。

「イテ! 押すなよっ!」

「息が出来なーい!」

「押すんじゃねぇっ!」

「足が宙に浮いてるよぅ」

という具合でパニック状態になってるんですが、そのパニックを後ろから見ていると面白いんです。先に昇降口に突入した前陣の連中が昇降口でパニックになっている光景というのは、その後陣からすれば、

「あれ?! オシクラマンジュウで盛り上がってるじゃん☆」

ってノリでしかない。で、自分たちも率先してオシクラマンジュウに参加しようという気になる。

やれ押せ、もっと押せと、混雑しているところに突撃し、更に連中を押し込めてやって、パニック地獄を演出していたりするもの。

まぁ、そのウチに自分たちも押し込められてしまうので

「オイっ! 押すんじゃねぇっ! あぶねーだろっ! 足が宙に浮いちまっただろっ!」

と、後陣に文句を云う羽目になるものですけど。
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がきデカっぽいポーズ


あー、ジャマだ!

ジャマすぎる!
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