日本ロック史について語れと問われたならば、私なりに数時間は語り続けられるような気もしているが、そんな中で必ず触れることになるであろうなという楽曲の1つに相川七瀬さんの「夢みる少女じゃいられない」が入るよなと思う。
殊に、あの箇所だ。
♪
街中に Bang! Bang! Bang! Bang!
午前0時の交差点、とあるクルマの助手席に、その女はいる。
運転席の男は女に話し掛けているが、女は物足りなさを感じており、
「少しダマってよ」と声を掛けたかと思うと、次の瞬間、ウィンドウを開けて
街中にBang!Bang!Bang!Bang!と、4発の銃弾を発砲する。
街中に銃弾をぶっ放した後は、次のように続く。
♪
もっと激しい夜に抱かれたい
ノー、ノー、 それじゃ、届かない
ステキな嘘に溺れたい
ノー、ノー、それじゃ、ものたんない
鏡の中 今も 震えてる
あの日の私がいる
夢みる少女じゃいられない(作詞:作曲:織田哲郎)
この歌詞にあるような暴力的な衝動を、実は人々は内に秘めている。まさしくバタイユの世界の話でもある。我々は何ら理性を利かせることなく、仮に衝動のままに行動できる生物であったとするならば、街中で拳銃でも自動小銃でもぶっ放したいという凶暴な衝動を内に秘めている可能性がある。
しかし、そのような仮説を述べる者は存在していても、中々、実行に移してしまうような者は、長らく登場しなかった。この禁が破れられるようになったのは、近10年ぐらいだ。
アンドレ・ブルトン(生没年1896〜1966年)はフランスの詩人であり、作家であり、批評家であり、シュルレアリスムの中心的な存在であった。そのブルトンの『シュルレアリスム第二宣言』には、次のような過激な一節があったという。酒井健著『バタイユとアナーキズム』(法政大学出版会)から(一部は孫引用となりますが)、以下に引用します。
最も単純なシュルレアリスムの行為は、両手に銃を持ち、街路に降り立って、群衆めがけて、めくらめっぽうに発砲する、そうしてできうるかぎり発砲し続けるということなのだ。現代社会で幅をきかす堕落と白痴化の卑小なシステムに対してこのように縁を切りたいと一度も欲したことのない輩は、この群衆のなかでよくに目立った場所を占めて、その腹を銃身に突き出しているのである。こうした暴力行為の正当化は、私の見方では、シュルレアリスムが我々の心の奥底に暴き出そうと努めているあの微光への信仰といささかも相反しない。私は人間としての絶望をここで呼び覚ましたかっただけなのだ。というのも、この絶望を乗り越えられないのならば、何一つあの微光への信仰を正当化できないからである。
この微光こそフロイトの発見した無意識層の欲望のことである。そこには破壊衝動もあれば死への欲動(タナトス)も巣くう。ブルトンはしかしこの微光を信仰しながらも、じっさいに路上で無差別殺人にでたわけではなかった。タナトスに駆られて自害もしなかった。対して、現代人はそうする人が目に見えて増えているのか。なぜなのか。(『バタイユとアナーキズム』182頁)
これは何気にコワい話ですが、入り組んだ内容なので、しばし、この後の文章にもきっちりと付き合うべし。
何故、かの歌の中の少女は街中に銃弾をぶっ放したいという衝動を抱えているのか? 勿論、それは最終的には「夢みる少女じゃいられない」に繋がる訳ですが、そういう暴力的な衝動を我々を持っているという仮説はフロイトの発見した「無意識」、その時点で既に発見されているのだ。街中で銃をぶっ放したいという感覚は衝動だ。何かを、気まぐれに破壊したくなるという衝動を我々は無意識下に持っているのだ。
ブルトンの「シュルレアリスム第二宣言」は、或る種のアジテーションも含まれているものと思いますが、フロイトが言うところの「無意識」を「微光」に呼び変えて、巧み、その本質を語っている可能性がある。我々が理性なしで飼い慣らしている感情は結構、凶暴で、もし、理性による抑制が利かなかったならば、群衆に向けてめくらめっぽうに発砲する�爛后璽僉爾平有瓩�登場してしまう可能性があり、どうも近年ともなると、実際に登場してしまっている可能性がある。
で、問題は、このバタイユは必ずしもシュルレアリスムに賛同していた訳ではないが、それでいて中立的な立ち位置を採っていた。社会道徳的に悪影響のある問題である可能性があれども、それが人間の本質なのではないのか? ――そのようにアプローチする必要性がある。
ニーチェであれば「超人」であり、バタイユであれば「崇高性」の問題になってゆく。そして、斯様な狂気的な次元に、食い込んでいた日本人として三島由紀夫がいた。ここが理解できると、ひょっとしたら三島由紀夫・楯の会事件の深部に迫っていけるような手ごたえがある。
再び、『バタイユとアナーキズム』から引用していきます。
三島由紀夫は自決の一週間前に文芸評論家の古林尚と対談を行なっている。そのさなかの三島の言葉からとったタイトル「いまにわかります」で死後『図書新聞』(一九七〇年十二月十二日号)に発表され、今日では『三島由紀夫 最後の言葉』の題名で全集に収められている。その最初のあたりで三島はバタイユについてまずこう述べている。
ジョルジュ・バタイユをぼくが知ったのは、昭和三十年(一九五五)ごろですが、僕が現代ヨーロッパの思想家でいちばん親近感を持っている人がバタイユで、彼は死とエロティシズムとのもっとも深い類縁関係を説いているんです。
この親近感の根本は、三島に言わせれば、具体的に今見えているものが全く別に「超絶的なもの」を指し示す点にある。古林尚がすかさず「その超絶的なものが三島さんの場合にはすぐ天皇のイメージに短絡してしまう。そしてエロティシズムはセックス抜きで、観念の高みに飛翔してしまう」と指摘するのだが、三島はこれに答えて「僕の場合には、バタイユから啓発されたんで、バタイユそのままではありません」ときっぱり違いを強調する。(同92〜93頁)
延々と引用しても仕方がないので、この先は私の文章による説明としますが、おそらく、死と引き換えにしても惜しくない超絶的な境地の話をミシマは示唆していたと思われる。引用文中で対談相手の古林尚が「超絶的なもの」という単語を使用していますが、それは、平たく言えば、バタイユの語る崇高性の話の中に登場する概念であり、確かに「超絶的な境地」を指していると思われる。
凡人は「命よりも大切なものはない」と考える。しかし、バタイユの場合は「脱自化」等が語られており、最終的には神のような崇高者の境地があると説く。これが「サド侯爵」の話などにも繋がっている訳です。もし、本当に自分の思うがままに他者の事を一切考慮せずに振る舞っていいのだとすれば――という或る種の仮定から、その「崇高者の境地」が導き出されている。サド侯爵の場合は、性交して絶頂のタイミングで相手の首を斬り落とす事などを夢想した。そのような行為こそが、崇高者の境地であり、崇高性の至極なのではないのか――と夢想したものだと思われる。バタイユは、サド侯爵の残した理不尽極まりないサディスティックな小説を解釈するにあたり、当時の人々の解釈やフロイト理論などを応用しながら「崇高性」や「崇高者」についての思索を深めてゆく。その中で、自分というものに縛られない境地としての脱自化がある。更には「自己存在」とは生命現象の認識であり、思えば実体を有する有限の�猜��瓩�自己である。無限の存在になるには脱物化が必要であり、そうなる為には、神話の中の住人に自らを変えてしまう必要性がある――のような、超絶的な境地を崇高性の極みと発想した。
しかも、バタイユが少しだけ政治的な運動も見せており、バタイユは「頭部を持たない統治体」を考え出した。この発想は或る種の無政府主義的なものだと思われますが、頭部が命令を下して動くという統治体の姿を否定し、頭部を持たない統治体にすべきであると発想していた。バタイユはマルクス主義が実質的には統治体制上、必ずトップダウン方式になる事を予期して、日本語にすると「無頭人」(むとうにん)を意味する「アセファル」という名の宗教的秘密結社を立ち上げていた。なんぴとたりとも、誰からの上に立ってはならない的な思想だ。(変形すれば、「天は人の上に人をつくらず、ヒトの下に人をつくらず」になる。ああ、福沢諭吉についても実はアナーキズム的な傾向があったと思われる。何故かというと、それが究極的な理想として浮かんでくることも確かであるから。)
さて、ミシマである。おそらく、ミシマは脱自化と脱物化を夢想し、あの割腹自殺を実行したのではないのか? 確かに、あのような事件を起こして、あのような死に方をすれば、「三島由紀夫」という一人の作家、平岡公威という一個の人間は、神話上の存在とは言えないまでも、明確に伝説上の存在となったと言える。まぁ、この辺りの推測は、結構、説得力があるような気もする。
著者の酒井健法政大学名誉教授は、1970年の三島由紀夫の割腹自殺を記憶しており、当時の新聞にはミシマの介錯された頭部の写真の記憶があるという。もしやと思ってインターネットで検索してみたら、確かに確認できた。切断されたミシマの頭部だけの写真があり、或る意味では凄い写真だなと感じた。まさか、ミシマ自らが「無頭人」を表現したものだとは思いませんが、ミシマがバタイユの影響を強く受けていた事は確かであろうなと感じた。生きたモノ、有限性のある生物の次元から、伝説の中に生き続ける次元の表象になった、とも考えられる訳で。
殊に、あの箇所だ。
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街中に Bang! Bang! Bang! Bang!
午前0時の交差点、とあるクルマの助手席に、その女はいる。
運転席の男は女に話し掛けているが、女は物足りなさを感じており、
「少しダマってよ」と声を掛けたかと思うと、次の瞬間、ウィンドウを開けて
街中にBang!Bang!Bang!Bang!と、4発の銃弾を発砲する。
街中に銃弾をぶっ放した後は、次のように続く。
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もっと激しい夜に抱かれたい
ノー、ノー、 それじゃ、届かない
ステキな嘘に溺れたい
ノー、ノー、それじゃ、ものたんない
鏡の中 今も 震えてる
あの日の私がいる
夢みる少女じゃいられない(作詞:作曲:織田哲郎)
この歌詞にあるような暴力的な衝動を、実は人々は内に秘めている。まさしくバタイユの世界の話でもある。我々は何ら理性を利かせることなく、仮に衝動のままに行動できる生物であったとするならば、街中で拳銃でも自動小銃でもぶっ放したいという凶暴な衝動を内に秘めている可能性がある。
しかし、そのような仮説を述べる者は存在していても、中々、実行に移してしまうような者は、長らく登場しなかった。この禁が破れられるようになったのは、近10年ぐらいだ。
アンドレ・ブルトン(生没年1896〜1966年)はフランスの詩人であり、作家であり、批評家であり、シュルレアリスムの中心的な存在であった。そのブルトンの『シュルレアリスム第二宣言』には、次のような過激な一節があったという。酒井健著『バタイユとアナーキズム』(法政大学出版会)から(一部は孫引用となりますが)、以下に引用します。
最も単純なシュルレアリスムの行為は、両手に銃を持ち、街路に降り立って、群衆めがけて、めくらめっぽうに発砲する、そうしてできうるかぎり発砲し続けるということなのだ。現代社会で幅をきかす堕落と白痴化の卑小なシステムに対してこのように縁を切りたいと一度も欲したことのない輩は、この群衆のなかでよくに目立った場所を占めて、その腹を銃身に突き出しているのである。こうした暴力行為の正当化は、私の見方では、シュルレアリスムが我々の心の奥底に暴き出そうと努めているあの微光への信仰といささかも相反しない。私は人間としての絶望をここで呼び覚ましたかっただけなのだ。というのも、この絶望を乗り越えられないのならば、何一つあの微光への信仰を正当化できないからである。
(ブルトン『シュルレアリズム第二宣言』(一九二九))
この微光こそフロイトの発見した無意識層の欲望のことである。そこには破壊衝動もあれば死への欲動(タナトス)も巣くう。ブルトンはしかしこの微光を信仰しながらも、じっさいに路上で無差別殺人にでたわけではなかった。タナトスに駆られて自害もしなかった。対して、現代人はそうする人が目に見えて増えているのか。なぜなのか。(『バタイユとアナーキズム』182頁)
これは何気にコワい話ですが、入り組んだ内容なので、しばし、この後の文章にもきっちりと付き合うべし。
何故、かの歌の中の少女は街中に銃弾をぶっ放したいという衝動を抱えているのか? 勿論、それは最終的には「夢みる少女じゃいられない」に繋がる訳ですが、そういう暴力的な衝動を我々を持っているという仮説はフロイトの発見した「無意識」、その時点で既に発見されているのだ。街中で銃をぶっ放したいという感覚は衝動だ。何かを、気まぐれに破壊したくなるという衝動を我々は無意識下に持っているのだ。
ブルトンの「シュルレアリスム第二宣言」は、或る種のアジテーションも含まれているものと思いますが、フロイトが言うところの「無意識」を「微光」に呼び変えて、巧み、その本質を語っている可能性がある。我々が理性なしで飼い慣らしている感情は結構、凶暴で、もし、理性による抑制が利かなかったならば、群衆に向けてめくらめっぽうに発砲する�爛后璽僉爾平有瓩�登場してしまう可能性があり、どうも近年ともなると、実際に登場してしまっている可能性がある。
で、問題は、このバタイユは必ずしもシュルレアリスムに賛同していた訳ではないが、それでいて中立的な立ち位置を採っていた。社会道徳的に悪影響のある問題である可能性があれども、それが人間の本質なのではないのか? ――そのようにアプローチする必要性がある。
ニーチェであれば「超人」であり、バタイユであれば「崇高性」の問題になってゆく。そして、斯様な狂気的な次元に、食い込んでいた日本人として三島由紀夫がいた。ここが理解できると、ひょっとしたら三島由紀夫・楯の会事件の深部に迫っていけるような手ごたえがある。
再び、『バタイユとアナーキズム』から引用していきます。
三島由紀夫は自決の一週間前に文芸評論家の古林尚と対談を行なっている。そのさなかの三島の言葉からとったタイトル「いまにわかります」で死後『図書新聞』(一九七〇年十二月十二日号)に発表され、今日では『三島由紀夫 最後の言葉』の題名で全集に収められている。その最初のあたりで三島はバタイユについてまずこう述べている。
ジョルジュ・バタイユをぼくが知ったのは、昭和三十年(一九五五)ごろですが、僕が現代ヨーロッパの思想家でいちばん親近感を持っている人がバタイユで、彼は死とエロティシズムとのもっとも深い類縁関係を説いているんです。
(「三島由紀夫 最後の言葉」)
この親近感の根本は、三島に言わせれば、具体的に今見えているものが全く別に「超絶的なもの」を指し示す点にある。古林尚がすかさず「その超絶的なものが三島さんの場合にはすぐ天皇のイメージに短絡してしまう。そしてエロティシズムはセックス抜きで、観念の高みに飛翔してしまう」と指摘するのだが、三島はこれに答えて「僕の場合には、バタイユから啓発されたんで、バタイユそのままではありません」ときっぱり違いを強調する。(同92〜93頁)
延々と引用しても仕方がないので、この先は私の文章による説明としますが、おそらく、死と引き換えにしても惜しくない超絶的な境地の話をミシマは示唆していたと思われる。引用文中で対談相手の古林尚が「超絶的なもの」という単語を使用していますが、それは、平たく言えば、バタイユの語る崇高性の話の中に登場する概念であり、確かに「超絶的な境地」を指していると思われる。
凡人は「命よりも大切なものはない」と考える。しかし、バタイユの場合は「脱自化」等が語られており、最終的には神のような崇高者の境地があると説く。これが「サド侯爵」の話などにも繋がっている訳です。もし、本当に自分の思うがままに他者の事を一切考慮せずに振る舞っていいのだとすれば――という或る種の仮定から、その「崇高者の境地」が導き出されている。サド侯爵の場合は、性交して絶頂のタイミングで相手の首を斬り落とす事などを夢想した。そのような行為こそが、崇高者の境地であり、崇高性の至極なのではないのか――と夢想したものだと思われる。バタイユは、サド侯爵の残した理不尽極まりないサディスティックな小説を解釈するにあたり、当時の人々の解釈やフロイト理論などを応用しながら「崇高性」や「崇高者」についての思索を深めてゆく。その中で、自分というものに縛られない境地としての脱自化がある。更には「自己存在」とは生命現象の認識であり、思えば実体を有する有限の�猜��瓩�自己である。無限の存在になるには脱物化が必要であり、そうなる為には、神話の中の住人に自らを変えてしまう必要性がある――のような、超絶的な境地を崇高性の極みと発想した。
しかも、バタイユが少しだけ政治的な運動も見せており、バタイユは「頭部を持たない統治体」を考え出した。この発想は或る種の無政府主義的なものだと思われますが、頭部が命令を下して動くという統治体の姿を否定し、頭部を持たない統治体にすべきであると発想していた。バタイユはマルクス主義が実質的には統治体制上、必ずトップダウン方式になる事を予期して、日本語にすると「無頭人」(むとうにん)を意味する「アセファル」という名の宗教的秘密結社を立ち上げていた。なんぴとたりとも、誰からの上に立ってはならない的な思想だ。(変形すれば、「天は人の上に人をつくらず、ヒトの下に人をつくらず」になる。ああ、福沢諭吉についても実はアナーキズム的な傾向があったと思われる。何故かというと、それが究極的な理想として浮かんでくることも確かであるから。)
さて、ミシマである。おそらく、ミシマは脱自化と脱物化を夢想し、あの割腹自殺を実行したのではないのか? 確かに、あのような事件を起こして、あのような死に方をすれば、「三島由紀夫」という一人の作家、平岡公威という一個の人間は、神話上の存在とは言えないまでも、明確に伝説上の存在となったと言える。まぁ、この辺りの推測は、結構、説得力があるような気もする。
著者の酒井健法政大学名誉教授は、1970年の三島由紀夫の割腹自殺を記憶しており、当時の新聞にはミシマの介錯された頭部の写真の記憶があるという。もしやと思ってインターネットで検索してみたら、確かに確認できた。切断されたミシマの頭部だけの写真があり、或る意味では凄い写真だなと感じた。まさか、ミシマ自らが「無頭人」を表現したものだとは思いませんが、ミシマがバタイユの影響を強く受けていた事は確かであろうなと感じた。生きたモノ、有限性のある生物の次元から、伝説の中に生き続ける次元の表象になった、とも考えられる訳で。
