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【美】とは何か?

稲垣足穂著『一千一秒物語』(新潮文庫)に収録されていた「美のはかなさ」を読んで色々と驚かされましたが、そこで引用されていた一文から――

換言すれば美の脆さ、飛躍的創造によって成り出でて、周囲から全く隔絶されて完全自足する美の先端的小宇宙は、その宇宙的形象はその内的性質の些少の変化によってもたちまち崩落する。この傷つき易い美的対象を十全な把握によって潜勢的状態から現実的存在にもたらすべき美的体験もまた同様に飛躍的孤立的な、極めて傷つき易い刹那的体験である。美的なるもののかかる脆さは材料の腐朽性とは異なり、また悲劇的の美に限らず、美一般の属性、この意味に於いて猗そのもの悲劇瓩箸盡世錣譴襦さて美的体験に於いては関心が喚起されると同時に破却され、スリルが心を掴むと共に、内面的形式によって、その方向と構造を転化されるが、これは存在学的には二つの敵対原理の調和を意味する。即ち美的人間の存在は一面歴史的精神に固有の時間性に束縛されつつ、他面、特に芸術家として自然の恩寵によって創作に成功し、永遠の現在に生きる、しかもこれは自然と精神との間の緊張を脱することではなく、単に刹那的な、常に幸運な、従って脆弱な安定であり、同様し易い平衡である。

適度にカタカナを平仮名に書き換えての引用ですが、オスカー・ベッガーの「幾何学とその物理的応用の現象学的基礎づけ試論」なるものからの引用で、それを稲垣足穂はハイデガーの『存在と時間』に参照されていた事に拠って、気付いた、発見したという風に述べて、そこで引用していました。

このテの言い回し、苦手な方は苦手だと思われますが、いちいち、首肯したくなるレベルで【美】について語られている。また、それらを引用しながら稲垣足穂(いながき・たるほ)の「美とははかないものである」という論旨が組み立てられている。

少しだけ稲垣足穂について述べると、星新一を読んでショートショートという分野に於いてはスーパースターだなぁ…と感じていたのですが、一方で、日本初のショートショートと呼ばれているのは、この稲垣足穂の『一千一秒物語』だとされているのだそうな。実際に目を通してみると、その評は正しいような正しくないような…。より、メルヘンであり、しかも癖があって、宇宙とか月とか法則性とか、そんなものにしか興味が無い人物が、短詩を綴ったかのようなものでした。

また、稲垣足穂は或る時代、非常に人気を博した作家であり、かなり難解な少年愛理論なども展開しており、野坂昭如との対談では「タルホに会える!」と興奮したノサカが例によって泥酔し、憧れの稲垣足穂を前にして、その禿頭にしがみついて執拗にキスをするなどしたという、前代未聞の対談記事を残している。雑誌の対談でありながら酔っ払っているノサカがタルホに猛烈に抱きつき、のしかかる、という冗談のような実話がある。(国書刊行会の野坂昭如本の中には付録で当時の対談記事がありましたが「マジか、オエーっ!」という世界。また、ノサカの死後に発刊された『絶筆』にも足穂先生に会ったときの大失敗談を回想している記述がある。)

そして現在、『一千一秒物語』は、ピース又吉さんの選ぶ新潮文庫の何冊かに選ばれて書店の文庫本コーナーの平棚に帯付きで並んでいる。まぁ、私の率直な感想からすると、「美のはかなさ」と「A感覚とV感覚」以外は、正直、読むのが苦痛だった気がしますが(汗

改めて、【美】とは何か?

それは平たく言えば、「脆くて刹那的で悲劇的であり、尖端的である」という。ハンガリーの哲学者ジョルジョ・ルカーチは、美について「小宇宙的構造」という言葉を用いたという。それを稲垣足穂が解説してくれている。

ルカーチは、価値を表わす【規範】と、体験における【現実】とは、矛盾がない限りは同一の対象に与えることは不可能であると論じた。つまり、現実とは体験によって実際に認識される。他方、価値というのは規範なので、体験から感じる美的体験とは相容れない可能性がある。Aという者が美しいと感じるものはAという者の固有の感覚的で直接的な「美しい」である。それは、BやCやDといった他の人達が同じように「美しい」と感じてくれるかどうかは微妙といえば微妙なのだ。本来的には美的感覚は、体験的なものに左右されるものだから。

尖端は孤立的である。これは現在のサブカルでも「あの人は尖がっている」のように無意識に話していますが、尖がっているとは、即ち、孤立的なんですね。他の周囲と同じ地平には立っていない。つまり、孤立的である。しかし、その尖がっていることを「カッコイイ」と感じる感性がある。それによって、或る種のカリスマが成立する訳ですね。「なんじゃ、ありゃ。ただド派手なファッションで悪趣味なだけじゃん」という場合も有り得るが、これがどうにか転がると「あのデザイナーがデザインしたブランドなんだぜ」のようにも転がり得る。では、それは単なる偶然、全くの偶然なのかというと、そうではなく、尖端的で孤立的な閉鎖性を伴なう個性を保持していて、尚且つ、規範として認識されないと成立しない。その絶妙な平衡にある。それをルカーチは「小宇宙的構造」と評したらしい。(「構造」の話ですね。図を描くように考えればいい。)

そして、その美感の中には刹那的にして悲劇的、つまり、どうしようもなく「果敢なさ」をまとっている。裏返せば、果敢なくないものは美しくない。果敢ないものであるからこそ、希少性が生まれ、それが美と認識される。アン・ルイスに「美人薄命」って曲がありましたね。早世された夏目雅子さんであるとか、或いは尾崎豊なんてのも、もうホントに非存在になってしまった訳ですが、今にして思えば、その脆さ、危うさ、悲劇性、その瞬間的な輝きを我々を知っているから、記憶の中で輝かせることが出来ているとも言える。

滅びてしまいそうな人は美しい。破滅主義的な生き方を実践している者は、それだけで果敢なげであり、もう、それだけで美しい。この法則性は「傷だらけの天使」のプロデューサーが萩原健一を、日本のジェームス・ディーンにしようとしたという話とも合致する。「滅びゆく者というのはセクシーなんですよ」ってな事を言っていましたが、ジェームス・ディーンもマリリン・モンローにも似たような背景を持っていますね。という事は、そうした早世したスターというのは、予め、早世することが予定されていたかのような、そういう不気味な矛盾にも突き当たる事になる。死んだ後にスターになったのではなくて、生前にスターになっていたのだ。しかし、スターとは、刹那的であり、悲劇性をまとい、危なっかしく、実際に脆いものだったから、結果として早世したのかも知れない。

歌手・藤圭子は早世の人ではありませんが、一世風靡のレベルは高い。その裏には「この人は、この調子で唄い続けていたら、きっと破滅してしまうだろう…これは演歌ではなく恨歌だ。一瞬の打ち上げ花火のような…」という五木寛之の批評があったが、実際に歌手「藤圭子」の生き様というのは破滅型であり、まるで嵐のようなものであったかも知れませんやね。五木寛之は藤圭子のレコードを聴いて「この人は命を削りながら歌を唄っている。それも演歌ではなく恨歌だ」とリアルタイムで評していたという事は感覚的な部分で「直観していた」とも言える訳ですね。

尖端的、尖がっているとは、もう、そのまんま、鋭利である。安全な場所に身を置いて、尖がった発言というのは難しい。もう、我が身を綱渡りさせながら、その状態で尖がった発言をしたときに光り輝く。こりゃ、どうやっても短命になりますな。もしかしたらカリスマ的なロックンローラーが、長生きに執着し、老醜を晒すよりも、さっさと死んでしまった方が伝説になるものかも知れない。これは、昨今、そうした話題で炎上騒動もあったようですが、実は真理を突いている可能性がある。

この稲垣足穂やオスカー・ベッガーといった人物は、おそらくは、そのことに気付いていたのでしょう。だから、ハイデガーの「存在と時間」が背景に置かれているのだ。

稲垣足穂はハイデガーの【瞬視】という用語について説明している。

「瞬視」は絶対的偶然であり、何ら時間中にあるものではなく、時間そのもの、そこから「世界内」のもろもろの偶然と歴史とが導き出されるところの根本偶然(Urzufall)なのだ。

なんだか難解な話に感じる部分かも知れませんが、稲垣足穂はキルケゴールで補強している。

「瞬間」とは時間中の虚無点であって、この不可思議な交点を介して「今」と「永遠」との接触が行われる、とキルケゴールは考えたが、ハイデッガーの“Augenblick”(瞬視)は、「今」を以ては説明し得ないものである。それは「本来的現在」である。「瞬視」によって人は本来的な自己に覚醒し、もはや偶然だの環境だのに倚りすがらないで、ひとつの選択の下に自らを投企する。

うむむむ。

「瞬間」とか「今」というのは、「永遠」との交点ですな。その今を永遠にしてしまうには、つまり、美しいままに死んで、そのまま、人々の中で象となり、ミームとなって伝説化することかも知れない。確かに、それが美の正体のような気がしないでもない。美の究極は、死によって永遠となるという禁断の美に言及しているのかも知れない。ヒント、三島由紀夫。

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野坂昭如は2003年5月に脳梗塞で倒れ、2015年12月に逝去した訳ですが、この『絶筆』には脳梗塞で倒れてから逝去するまでの2004年から2015年12月に急逝する直前までに残したエッセイ集が収録されており、文庫本ながらざっと600頁超。これは読むのに数週間ぐらいかけて読むようかなと思っていたのですが、思いの外、短い期間で読み終えてしまった…。

似たような感じで、橋本治の晩年のエッセイを読んだばかりでしたが、確かに戦争を知る世代の人たちが最後に残したメッセージというのは、結構、魅力があるのかもなぁ…。苦言が多いのですが、それでいて、その通りなんだけどなぁ…と合点する事が多いのだ。

特に、この野坂昭如は面白くて、農本主義的終末論者、もしくは順番を入れ替えて終末論者的農本主義者なのだ。最晩年は、メッセージ色が強いので、幾分か農本主義色が勝っている。つまり、国の根幹は農であり、生産業であり、輸入で贅沢な暮らしを実現できても、それは首根っこを押さえられてしまっている末期的な状態であるという思想。

脳梗塞に倒れた後も月刊誌の新潮45に連載を持っていたようですが、目を通してると、「ああ、やはり、TPPなんてのには反対していたのだなぁ…」等と、当時を思い出しながら、すいすいと読めてしまった。また、これは諦念なのでしょうけど「農に帰れ」とか「工業国に帰れ」と綴りながらも、「きっと間に合わない」という嘆きなども読み取れる。まぁ、その通りか…。

リハビリをしながらの野坂の生活ぶりも読み取れる。折に触れて、飼い猫についての記述があり、その間に二匹の猫との死別なんてのもある。庭の木や草花などの記述も多く、自宅でエアロバイクなんてのに乗ってリハビリをしながら、それでいて多くの時間は庭を眺めながら生活をしていたらしい事が伺える。あの野坂サンが…。いや、ひょっとしたら、そういうものなのかな。飼い猫が庭に向かって逆毛を立てていて、その視線の先にはタヌキだかハクビシンが来ていた等々、やはり、そういう風景、そうした出来事の記述が目に付く。そういった出来事と、時事への記述がチラホラと。

2004年から2015年にかけての記述なので、大地震に備えるべし的な言説、北朝鮮による飛翔体発射について、民主党政権の誕生と安倍政権の誕生、イスラム国の登場などにも言及されている。

永六輔に野坂昭如、橋本治も同じでしたが、その世代の晩年は共通してテレビに苦言を呈している。元はと言えば、軽薄と批判された世代でもあるが、確かに平成以降は奇妙な形でテレビの低俗化みたいなものが起こったという認識だと思う。野坂の場合は「もっと討論番組を増やしたらどうか」なんて記している。これも一定以上の年齢であれば思いつくところもあるかも知れませんが、テレビが放送するバラエティ番組というのが、実は物凄く低俗に見える訳ですね。

浮気現場に本妻を連れてテレビで直撃する番組(アメリカの番組)なんてのは米国映画の中にも描かれていましたが、「おいおい、大丈夫なのかよ」って思うぐらいの低俗さなのだ。放送コード的にどうのこうのという問題ではなく、もう企画段階や発想そのものからして低俗そのもの。しかもヤラセであり、ヤラセだと指摘すると「ヤラセですけど面白いからいいんです」みたいな事を言うのが昨今のテレビ的モラルであり、確かにハダカそのものや差別用語には煩くなった一方で、ヤラセであるがヤラセでないと謳い、他人をダマし、その困った表情を撮って、それを嘲り笑うという類いのバラエティ番組が盛んになった。即物的な下品さという意味での低俗化ではなく、他者を蔑みながら嗤うという人間的な低俗化になってしまっている。

座頭市なんてのは典型で、そりゃ盲目の按摩が主人公なのだから差別用語だらけだけれども、ドラマそのものは、その座頭市が大暴れする活劇なのだ。どちらが深刻な低俗化かは、一目瞭然のような気もする。勿論、「一億総白痴化」にも触れられており、野坂はわざわざ誰かに言う事はないけれども、「一億総白痴化は既に完了した」というぐらいの認識を語っている。

そして野坂昭如らしいのからしくないのか微妙ながら、自らの境涯を語って「いい時代を生きたのかも知れない」と記してありました。テレビは創世記とか黎明期であり、「作家」という分野もまだ恵まれていた時代であっただろう、と。出版文化が衰退して電子書籍へ、デパートが衰退して通販へと移行している事にも言及している。これについては或る程度の諦念で語られているから、「自分はいい時代に生きたのかも知れない」になっている。

反面、若い人、次世代に対して言及する事はあんまり無いかのような立場なのかな。物質的に恵まれた時代に育ち、容姿も整い、おそらくは「目的を見つけられない」という新しい種類の不幸を背負っているが、それは次世代の人が解決すべき問題なのだろうというニュアンスを読み取れる。

そして「この国に、戦前がひたひたと迫っていることは確かだろう」とは記されている。世界情勢も国内情勢も、やはり、一元的情報管理社会へと傾斜していると見立てている。

2013年5月某日から部分的に引用すると――

共通番号制度なるもの、国会で成立。これに対しての世間の反応をよく知らないが、総じてどうでもいいとしている印象を受ける。
俺はお上からの番号など御免こうむる。お上が個人情報を管理などしきれるはずもない。いったん個人の情報が流出すれば、とめどがない。
新たな利権を生むだけ。お上が個人情報を管理すれば、全体主義は簡単。年金をはじめ、社会保障の手続きなど楽になるというが、お国による統制もまた同じ。


とある。これは、橋本治の晩年のコラムにも見られた主張ですかね。その先も、実は似ている。

2013年12月某日になりますが――

特定秘密保護法が成立。審議などないに等しい。以前ならキャンペーンを張り一応世間のなんとない合意を得た上でのことだった。国民は馬鹿にされている。もはや民主主義国家とはいえない。
その時々の人間の思いつきで何十年も有効な法律が決ってしまう。
首相も議員もコロコロ変わる。
今後どんな首相がくるか、歴史観、あるいは性格によって、どこに波及するか判らない。国益を守るために、必要だというこの法は、国益とは一体何なのか、それぞれによって異なる。少なくとも、国民の側に立っての益ではないことははっきりしている。

〜中略〜

与党の暴挙暴走、野党は何をしていたか、メディアが今さら騒いでも遅い。これほどの悪法、メディアも野党も止められなかった。
そしてこんなお上を選んだのは国民である。病いも政治も同じ、危ないと自覚した時はすでに手遅れ。明かせない秘密だらけの国で言論抑圧があたり前となり、生きにくいと思ううち、お国のために死ぬことこそ、国民としての崇高な行為であるという、かつてまかり通った教えがよみがえる。
世の中は再び戦前に戻ろうとしている。


また、2014年5月某日には「積極的平和主義」にも言及されいる。

憲法解釈を変え、武力行使を可能にしようと鼻息は荒い。日本を本気で守るなら、憲法の解釈を変えたってダメ。日本が攻められたなら、アメリカが守る。だがアメリカが攻められても日本は守れない。これでは不均衡だという。集団的自衛権の解釈を見直し、日米安保の転換をいう。それならば、その前に基地を返してもらって当然。話はそれから。

2015年7月20日には、

アメリカの国家安全保障局に、日本政府の電話が盗聴されていたという。これについて、わが政府の反応はきわめて鈍い。安全保障を声高に言うのなら、強く抗議して当然。一方で特定秘密保護法という、新たな治安維持法により、国内を弾圧。いよいよおかしな国になってきた。

〜中略〜

ぼくは戦争がいいとか悪いとかではなく、人間の営みとしての戦争と向き合っていくつもり。これが、ぼくに与えられた業であろう。〜略〜日本人は、いつの間にかあの戦争を、なかったことのようにしてしまった。戦争は、気がついた時には、すでにはじまっているものだ。


となり、収録されている中で最も最後の、つまり急逝も近い2015年12月8日には、

テロが世界を脅かしている。
当たり前だった日常が、テロによって奪われた。
残虐な行為は許せるわけがない。だが、軍事力では何ひとつ解決は出来ない。これは既に立証されている。
戦争が戦争を呼び、テロリストを生んだ。どんどん根が深くなっている。
テロリストは、空爆で根絶など出来ない。負の連鎖を止めなきゃ終りはない。


などと記した文末に、再び、

この国に、戦前がひたひたと迫っていることは確かだろう。

と残している。

新潮社系列の雑誌が初出ですが「新潮45」なんてのは、昨年、例の騒動で休刊に追い込まれており、戦中世代の言説は、どんどん姿を消してきている。

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原稿用紙6枚を2年半連載し、書籍にして58篇450ページ超にも及んだ「エロトピア」を読了。単なる性談義、エロ与太話の週刊誌連載分なのですが、或る意味では雑文家・野坂昭如の遺した仕事としては面白い功績であったという感想でしょうか。

エッセイというよりも、雑文であり、そこら辺も、分かり易い。因みに前頁を通してですが、筒井康隆が2回、五木寛之が2回、手塚治虫、北杜夫、つげ義春なんて名前も挙げられており、1970年頃の活字を彷彿させてくれるなと感じたりもしました。北杜夫はエッセイ集という名称になっていたと思いますが「あくびノオト」なんて文庫本を中学生の頃に読んだ記憶があり、何が面白い訳でもないですが、その書き手の日常であるとか、その書き手の感じている事や考えている事は読み取れる。これが野坂昭如になると、虚実ない交ぜ、これは筒井康隆にも虚構と現実を交錯させる文章がありますが、野坂昭如の場合は、より粗野であり、妙に盛り上げたいが為に虚言を繰るなぁ…とか、その反動なのか妙に弱気で懺悔しているかのようなであるとか、その起伏をも楽しめる。こう言ってしまっては身もフタもないんですが、つまり、虚実ない交ぜ、悪ノリのようなものでプロレス的な要素があるのだ。

思えば、そうした妄想世界というのが昔はあったとなぁ…なんて思う。

現在、山田太一脚本の「真夜中の匂い」なる1984年放送のテレビドラマを興味深く視ている。山田太一という稀代の脚本家が、あの時代を、また、どんな風に女子大生の初体験なんてものを描いたのか単純に興味がある。第三話は、俳優の林隆三が演じるピアノ弾きをしながらなんとか生活しているという40歳手前の売れない俳優が、初体験をしたいという女子大生の相手をするという設定であった。

そのピアノ弾きは、女子大生に「与えられた事実、つまらない事実。それでいいのか?」という呪文をかけてしまうと、以降、女子大生たちはピアノ弾きに引き寄せられる。中でも、中村久美演じる大人しい感じの女子大生は、そのピアノ弾きが演出する虚構世界が気に入り、そのピアノ弾き相手に抱かれたいと欲するようになる。抱かれたいとは言っても、ここには事情があり、22歳まで貞操を守ってきたが、自分の殻を破りたいという、そういう思いが、彼女の中に在る。

ピアノ弾きは、それを敏感に察知する。

「そりゃあ、若いコを抱けるのは嬉しいさ。しかし、処女を捨てる為の道具だと思われるのも癪だ。オレを道具にして自分の殻を破りたいって事なんだろう? しかし、そんなんでいいのかね? 別に処女喪失が遅いからって気にすることもないんじゃないのかい? 嬉しくもあるが、そんな事も考えるよ。オレのような中年男は、若いコをみれば見境なしだって思うかも知れない。しかし、そう単純なものでもないさ」

てな具合。(正確ではありませんよ。)

ああ、山田太一も、こんな風に描いたのかと感慨深く視聴しました。いやいや、野坂昭如の「エロトピア」とも、そこそこダブる内容でもある。

一つのステレオタイプがある。おそらく、坂下安吾と野坂昭如とは「セックスの相手たる女は若い女に限る」という具合の事を述べている。では、見境なしにそうなのかというと、それは分からない。「エロトピア」では、その問題を処女・童貞の問題にしている。世の中には処女を重んじる価値観があり、また、そうした身持ちの堅い事が正しい事であるかのような、そうした価値観が横たわっている。しかし、そもそもからしてという問題として、そんなものは単なる快の追求という観点からすれば、ひどく面倒くさいものじゃないかという考えがある事にも言及されている。いやいや、既に野坂的ミソジニーも露見しており、「あげる」だの「捧げる」だのって、70年代、そのあたりからしてそうした貞操観念の肯定があり、それに基づいた性意識があるが、ごくごく単純に「快の追求」からすれば処女なんてものは煩わしいものだし、自意識過剰気味ではないのかという考え方にも触れるのだ。そう言いながら野坂昭如はセーラー服を集めてみたりしたというが、ホントのホントのレベルで、自らを猜兮岫瓩砲泙嚢發瓩蕕譴燭里というと、おそらくは異なる。そこそこ、無理をして、そういった展開をしている。絵に描いたような「精力絶倫オジサン」というのは、意外と少ないのではないかという事を、1970年頃には既に暗示していた節さえある。それは、そういった像、つまり、オジサンとはスケベな生き物であるという像を演じさせられている的なニュアンス。


さて、妄想の話でありました。確かに私が中学生の頃は、この【妄想】という単語は頻繁に使用されており、しかも、その多くは肯定的に使用されていた。「妄想する力」というのは、ネガティブではなかっただろうの意です。筒井康隆の場合は【虚構】という言い回しの方が目立った気もしますが、一般的には【妄想】という単語で語られる事が多かった記憶がある。坂口安吾の「堕落論」だか「白痴」であったか、それは肉欲的なそれに言及して性の対象、つまり、直球で肉欲を語ろうとしていたのに対して、野坂昭如になると妄想的な要素が多くなり、しかもリアリズムを追求し、しかも容赦なくグロテスクなまでにやってしまう。そら、一定以上までやってしまうと、事物的にはグロテスクなものとなる。

では、野坂昭如という人物はデリカシーを欠いた粗暴な人間なのかというと、そうではない。小心者である事、臆病者である事、繊細である事、また、そういう人間であるが故に引っ込み思案の裏返しとして目立ちたがり屋の一面を持っている事も、実は自ら告白している。何故、サングラスを掛けていたのか、何故、40歳を過ぎてからキックボクシングを習い始めたのか等々を考えれば、合致するんですね。いわゆる品行方正でもないかも知れない。しかし、どこかで自覚的に悪びれるという態度を取る。

小説の描写として、その登場人物の回想がある。3年間、野球部であったが試合に出た事はなく、唯一の機会が正捕手がベンチ裏に入ってしまい、その居ない間にレガースとキャッチャー面をつけて投手の投球を受けた事が、その野球部在籍時の唯一の牴抬瓩箸覆訃賁未任△辰燭箸い設定。投手が投げたボールを受けたはいいが、その返球が大暴投となり、放ったボールは外野を転々と転がる。自分で暴投しながら「ドンマイ」と言ったりして指でツーアウトを示すポーズをとったはいいが、チームメイトらはドッチラケ。空回りしてしまっている、浮いてしまっていると居た堪れなさを感じていると、背後から正捕手に無言でドンと背中を押され、その牴抬瓩禄わる。これ、何気ない描写なんですが、こういう描写は、ホンモノの小心者じゃないと書けないだろうなって感じました。

やはり、高校時代に野球部だった知人があって、最近は地方大会でもビデオなんてものをテレビ局が売ってくれるらしい。知人は「是非、みてくれ! これがオレの高校三年間の総決算だ、試合出たんだぜ」という気概である。視聴させられてしまうと微妙で「え? 代走で出場したって事か。あれ、しかも牽制球でアウトになって、そそくさとベンチへ…。これが彼の高校三年間の総決算でいいのか?」等と内心は思うが、そうも言えないものだ。確かにテレビ中継のある甲子園大会なんて、エリート中のエリートの世界だよなって思い知らされる。

私は、そこに書き手は、かなり繊細な神経だろうなって読み取りました。その居た堪れない感じってのが凄い。時として器用にこなせることも経験則としては持っていて、その最大の弱点を家族にも友人にも気付かれてはいないが、自分には分かっている。大した人間ではない。凡人なのだ。いやいや凡人が凡人と自覚していながらも、そこに恥じていないのであれば、それは幸運だ。無能といえば無能だという事を自覚しながら生きる事は、実は、もの凄く辛いことである。或る時は傷ついていても傷ついていないかのような鈍感な人間を演じ、また或る時は自分よりも明らかに鈍感であろう人間から鈍感となじられ、且つ、「繊細さが足りない!」などという浅薄な叱責にも理不尽と分かっていながら唯々諾々と従いながら生きているのだ。

ひょっとしたらモテているという状況かも知れないぞという、それがある。では、ホントに世の男性諸氏が、そうした状況で、がっつくのかというと、必ずしもそうではないと思う。基本的には無遠慮であり、がっつくケースが多いのかも知れないが、おそらくは巷間でステレオタイプ化されているものよりも、ホントは色々な試行錯誤が為されているのが現実ではないだろか。肉欲的な性欲とは別に、妄想や理性に頼った見栄や虚栄心、スケベ心を有してるものでしょうからね。

謙遜とは美徳である。西部邁は、仮に「孔子と私」という作文を書く者が居たら、それは大バカであると断じている。孔子という稀代の天才と、自分を並べることができると思っている、或いは、それが成立すると思っている事が、大バカの証であるという話をしていたかな。東洋的には、おこがましい訳ですね。自分で自分を秀でた才能の持ち主だと自覚する事ほど、ホントは謙遜の美徳は輝く。しかし、今日的な社会では社会的評価としての優秀を受けて「はい、私は優秀なのです」と明快に答える人物像が、好ましい人物になっている。そういう鬱屈を抱えていない者の神経は、ホントは繊細ではない。社会の鬱屈が見えないのでしょう。

山田太一のドラマ、中村久美演じる女子大生が独白する。

「でも、ホントは私、いつも逃げて来てしまったから…。都合が悪いからとか、もっといい相手が現れるに違いないとか…。自分の殻を破ってみたい」

それは独白なので、林隆三演じるピアノ弾きは耳にしてはいないが

「殻を破る道具としてオレを使おうとしている。そりゃ、オレのような男からすれば有難い事だが、ホントにそれでいいのかって気になる」

と応じている訳です。林隆三だから充分にキザなのですが、つまり、悪びれて振る舞ってみせる反面で、或る程度はホンキで心配し、その対象と向き合っている。キザな言い回しですが、おそらく山田太一の有していた父性的な何かが現れていた部分ではないのかなって気がしました。

やはり、或る年代までは内面の描き方って深かったんじゃないのかなってね。

現在ともなると、きっとドラマもそうだろうし、ドラマではない現実のグループ内でも、キャラ設定みたいな堅固な枠が出来上がってしまっていて、そのキャラを演じることを強制される。「君、そーゆーキャラじゃなかったじゃん」とか「キャラじゃないことしてんじゃねーよ」とか、かなり、その硬直化があるように感じることがある。恒常的、日常的にね。
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執筆時だか発表時には作者が還暦になっていたという『東京小説 純愛篇』に目を通してみて、作風に落ち着きのようなものを感じると同時に、野坂昭如のミソジニー(女嫌い)の一面が巧妙に描かれていたなと感じました。

51歳となる広告代理店勤務の男には妻と娘があり、一軒家を構えた。その男、つまり、夫は新聞配達をする少女の、ひたむきな姿に好意を寄せる。一方で、妻と娘に対しては嫌悪感だけを募らせている日常を描く。ブランドバッグを幾つも持ち、下着も脱ぎ散らかし放題。会社から帰れば、いつもテレビを見ながらポテトチップを食べて、ゲラゲラと笑っている妻と娘、しかし、その割には痩身用品などの収集には余念がない等々、かなり、妻と娘の、節操のなさを列挙する描写が続く。

そんな、いわゆる妻と娘のだらしない姿を列挙し、それと対比させての新聞配達少女に、純愛妄想を抱くという一連の短編小説でした。主人公の男は、雨の中でも自転車を漕ぎ漕ぎ集金にやってくる新聞配達少女に誇大妄想気味な期待を抱き、どんどん吸い寄せられてゆくというのが粗筋。

しかし、なんというべきか、描写が実は静かなる事例の列挙なんですね。内容としてはマンション暮らしの頃は、妻も娘もだらしなくなかったが、一軒家暮らしを始めたら、妻と娘がだらしなくなったという語り口なんですが、列挙の例が生々しい。

台所は食べたら食べたまま。かねて念願だったと、畳の部屋に安絨毯を敷き、これは後にダニの温床とかではがしたが、ベッドを入れた娘は、つまり万年床同然。周辺にジーパンブラウスブラジャーなどが散乱して、いっこうに気にもせず、いれものが新しいだけに目立つ無秩序は病原菌の如く四十坪に蔓延、さらに庭を蚕食(きんしょく)して、ガラクタ収める軽便物置二棟の中身は洗濯屋から戻ったままの洋服靴箱雑誌食器旅行鞄非常用食料パネルヒーターガス焜炉数年前からの中元歳暮、妻自身、「ここへ入れたら二度と探し出すのは無理」という。

物が溢れる現代人の生活ってのは、いつの頃よりか収納がテーマとなり、ゴミ屋敷が社会問題化して、更には「断捨離ブーム」が巻き起こり、世界的にも「スパーキング・ジョイ」でしたか、コンマリなる日本人女性が「心がときめかないものは、捨てるべし」という主張でアメリカで大成功しているという。思えば、物に溢れた大量消費時代のテーマでもある。そして、その中に人間としての劣化を疑うような「だらしない」という表現が顕われる。この小説に限らず、巷間で物を片付けられない人たちに対して、そう表現する時代になって久しい訳ですね。安絨毯、パネルヒーター、靴箱に旅行鞄なんてものは押し入れなり、物置なり、部屋の隅に置いたまま、埃まみれになっているのが、案外、現代人の生活なのかも知れない。

夫のみるところ、罪のほとんどは妻にある。下着類を収める箪笥の抽出し、すべてから中身がはみ出し、これも気楽さのあらわれか、トイレットのドアを使用中もきちんと閉めず、用済みの後は開けっ放し、風呂の蓋も同様。湯槽を洗わず、洗面所には化粧品クリーム歯磨チューブカラーヘアピンドライヤー温泉の素など、その他夫には理解不能の小物が大殺戮の現場の如く横たわり、大半が妻の所有物。

夜ごと、店屋物の食べがらが台所の床に積み上げられていて、一食は必ずとるらしい。「贅沢しているように見えるでしょうけどね、こっちの方が安いのよ、この近く魚屋も八百屋も少なくて品物は悪いし高いし」「そういうのを寡占状態っていうのよねぇ、やっぱし競争し合わないと」娘がしたりげに相槌、「Aにはいいお店がそろっていたものねぇ」この土地を卜し、三十六坪を求めた時、武蔵野の面影が残ると、ことさら息をいっぱい吸ってうっとりしたのはどこの誰なのだ。


と、斯ような展開になるのですが、この夫、面と向かって妻と娘に小言をならべているのではない。そのようにウップンを貯めこんでゆく。また、「夫にも、かく成り果てた一因の自覚はある」とし、それを夫婦間の性生活に向けて思案もする。夜のマンネリズムの打破をしようと思ったが、それはどうにもならない。「寝息が常に酒臭い」といった比較的マイルドな表現で、その性生活事情についての夫の不満が並べられる。

キッチンドランカーとまでは至らないのだろうが、最新システムとやらの、台所に何日分かの皿小鉢茶碗鍋がひっ散らかり、ヒートプレートの周辺は煮汁の跡が層を為し、ポット電気釜いずれも新品が垢にまみれ、ベージュの壁に油染みが浮く。冷蔵庫を開ければ魚の臭いどころか、汚臭がこもっていて、腐るはずのない缶詰佃煮梅干し削り節が押し込まれ冷凍室は何をこぼしたのか五色の氷がうねっている。

そういった描写が淡々と並べられる。娘からは「バーゲンセール招待の葉書を失くしたことを金切り声で責められ」たりする。その前段には脱ぎ散らかされていた娘の絹のスリップを洗濯した事で叱られるクダリが綴られている。これらの例など一部は心当たりはなくとも、一部は心当たりがありそうな、家庭内に於ける夫もしくは父性としての、その目線が、ただただ、並べられる。

その生活の中で、この51歳の男は、新聞配達の少女に純愛の情を抱き、妄想として純愛の情を募らせている。おそらく、少女は娘よりも年下である。この男は思案してゆく中で、その新聞配達の少女を食事に誘い、旅行に誘うが――というのが、内容である。(その51歳の夫と少女との純愛は、諸々の事情によって妻のビンタと「恥知らず」という罵声によって幕切れとなる。内容を読むに、新聞配達の少女もまた、食事や旅行に誘われた事を嬉しく思っていたと書かずに読ませる、仕掛けになっている。)

で、これを「純愛」と題している。また、近年の傾向としてマスメディアは、夫に起因する病気として「夫源病」を報じている。しかし、ホントはそちらだけに注視するのも偏っているかも知れず、また、いがみ合いとか罵り合いの要素にすべき話でもないのかも知れませんやね。

ごくごく当たり前に、社会がそのように変容し、現代人に降り掛かっていると解し、むしろ、笑い飛ばせるように列挙の最後にオチがつけられている。「大殺戮の現場」とか「五色の氷がうねっている」、或いは、妻自身が「(物置に入れたら)二度と探し出すのは無理」と発言している辺りなんてのはユーモア、ホントはオチとしてつけられたものだと思いますが、おそらく、感情優位な現代社会では、いちいち、それが敵対的な文言なのかどうかで情報を処理されてしまう。「キーッ! ムカつく!」で処理されてしまいがちなのだ。


過去に、中年男が若い娘に入れ上げる心理というものに言及した事があると思う。香山リカさんの週刊誌コメントを引用しながら、地位も実績もある或る有名な学者が割烹着のリケジョに肩入れした心理を語った一節として、地位ある男性は若く才能のある女性に肩入れをしたくなる心理があるのではないかという主旨であったと思う。結構、言葉はチョイスされており、その才能の開花に手助けをしたいという心理であろうという余地を残しているものの、察するに映画「マイ・フェアレディ」や「ロリータ」、もしくはリチャード・ギア&ジュリア・ロバーツによってハッピーな恋愛譚として描かれた「プリティ・ウーマン」を語る場合にも見い出せる一つの犒伸瓩任△蹐Δ隼廚Α4に「ロリータ」というタイトルを掲げてしまいましたが、もしかしたら遠因としては、社会のロリコン化とも関係しているのかも知れない。

つまり、表層としては「その成功を手助けしてあげたい」なのですが、それは異性間で起こるケースである事を考慮すると、そこに年齢を超えた恋愛の要素がある。露骨に言ってしまえば、スケベ心が内包されている。しかし、そのスケベ心と、タテマエとしての「その成功を手助けしてやりたい」という心理は、きっと不可分かも知れませんやね。結局は一体化した恋慕なのでしょう。

「プリティ・ウーマン」には、色々な位相があると思う。そもそもフィクションであるが、ああした映画をどう思うかという問題で、これには種々ある。「あんなステキなセレブ紳士に見い出されたら…」という具合に白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる幸福譚だと視ることもできるし、裏読みをして「そうは言うけど、アレは典型的に金持ちにしてハンサムな中年紳士と、貧しくても健気に生きていた美女の話だよ。全然、現実的ではないじゃないの」というシラケた視方も可能でしょう。更には、「結局はオッサンは若い娘が好きなだけ。結局は若い肉体が目当てって事、肉欲に駆られた行動ってだけでしょう?」と展開させることもできる。更には性を汚れた何かと位置付けて超潔癖な立場から「オジサンというオジサン、オバサンというオバサンは兎に角、キモチワルイ」のように展開する事も許容されてしまっているのが現在ではないだろか。

いやいや、山田太一はテレビドラマ「この冬の恋」という作品で、要潤演じる若い男を、小金持ちの田中美佐子演じる女がカネで契約して肉体関係を持つという筋書きのドラマにしてみせたことがある。男と女とを入れ替えてみても、ひょっとしたら、生活力を有する者が、生活力の無い者に対して、経済的優位を介して、或る種の愛情や肉欲を買う事ができる、契約する事ができる、また、それを猯愛感情瓩箸狃祕Ν瓩箸睇垈鎚なものとして処理している、それを炙り出せる気がしないでもない。そうまで言い出してしまうと、もう、恋愛感情なんてものは存在していないという諦念に到ってしまうかも知れない。

野坂昭如のミソジニーに戻ると、私が記憶しているところでは『万有淫欲』という作品も似ているなという感慨がある。こちらは手狭なマンション暮らしの世帯が主人公であり、妻と息子に嫌気を差した夫が、最終的には犬に愛情を求め、お金を払って犬との性交をさせてくれる不思議な店にのめり込んでしまうというブラックな作品でしたが、こちらも家庭的な空間の中で起こる不満を淡々と列挙していく手法では似ている。世間体ばかりを気にしている妻に嫌気をさしてしまう夫だったかな。おそらく、そちらも野坂的なミソジニーが表出している。更に、作品群の全体像をも併せて考えれば、野坂の作品には『垂乳根心中』はじめ、言い訳無用なレベルでグロテスクなまでに添い遂げようとする男女の性愛を描いた作品が基本的には多い。

社会的な常識や制度よりも、その当事者間の中に生起する足りないものを相互に補足し合おうとする、その感覚を、純愛としているのかも知れない。翻って、経済的自立が進行した社会となり、その実現が進行すればするほど、この問題がどうなるのか、ホントは容易に察しがつく問題のような気もする。
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今朝ほどもテレ朝「羽鳥慎一モーニングショー」にて、ゴミ屋敷の主が死んでしまい、そのゴミ屋敷が一年間は行政にしても手をつけられないという問題を取り上げていましたが、おそらく野坂昭如は『死の器』を発表した1973年の時点で、その問題を考えていた事が読み取れる。問題が同じなんですね。

以下、粗筋です。

物語としては、死にかけている人の死に水をとるという「死に水屋」という事業の話である。間もなく死ぬという死地に面した御老人たちを引き取り、文字通り、死に水をとる。主人公のヤソは元は医師であったが、宿直時に飲酒、宿直時の飲酒行為、それも本当は珍しい事ではなかったが、立て続けに死者を出してしまった事で、それとは異なる形で「死に水屋」の構想を得る。ヤソいわく、通常の病院は治療する事が目的であるから、死者を最善の形で看取るものではないという見解に到っているのだ。

現在であれば、直ぐに「ホスピス」とか「終末期医療」という単語を思い浮かべる事ができますが、この小説が発表されたのは、1973年である。怪我人や病人を治療するのが病院なのであり、病院は間もなく死ぬ者を看取るものではないという指摘は、色々と凄い。

東京郊外に在る大正期に建てられたオンボロ旅館で「死に水屋」はスタートする。さすがに「死に水屋」は名乗り難いので、「清水屋」を経て「清水屋商会」と名乗って事業をスタートさせる。すると、生活扶助を受ける事を拒絶している独居老人であるとか、息子夫婦たちの重荷になっている臨終間際の老人たちが、その清水屋商会に引き取られる。

彼等が吐くのは妄言であるが、その妄言に応じてやるのだ。この老人は何やら妾の事を言っているらしいと思えば、歌舞伎の女形の口調でしゃべって安心させてやり、身体をさすってやる。そうすると、その老人は息を引き取る。ホントに死に水をとるという行為、看取るという行為とはどういうものであるのか、往生する、成仏するとはどういう事か、それらの問題を登場人物たちが手探りで発見してゆくのだ。

清水屋商会の面々は、皆、間接的に人を殺した事がある連中である。元警察官は万引き犯を追跡中、その万引き犯が電車に轢かれて死亡、「何もオレが追跡しなければ、あんな事故は起こらなかった」と警察官を辞めた人物であり、元小説家の場合は腎臓病を患った妻の医療費を稼ぐ為に雑文書きの仕事に手を染め、ついつい「お前のせいで本業の小説に手がまわらない。筆が腐ってしまった」と吐き捨てたところ、妻が自殺。間接的に「オレは他人の命を奪ってしまった」と考えている連中が、罪滅ぼしを兼ねて、その清水屋商会を営んでいる。だから、或る意味では死にゆく者に対して、真っすぐに向き合っているのだ。

安楽死の問題にも作品中で言及されている。独居老人の中には当時はゴミ屋敷という言葉はなかったものと推定できますが、描いてあるのはゴミ屋敷であり、死にかけた老人がしがみついている毛布はカパカパ、酷い場合は糞まみれである。

遺族のニーズに従がい、死期を少しだけ早めたり、遅らせたりする、その死期コントロールへの介入の是非も登場人物たちによって検討されている。「どのみち10日も持たないんだから少しぐらい死期を早めてもいいんちゃうか」と当然、検討するワケですね。違法か否かといえば、既に半分違法に手を染めているようなものでもある。そう検討していると、遺族から連絡が入る。「明後日は我が子の授業参観日なので明日は美容院に行くから、死ぬタイミングは明後日以降にしてくれ」と。清水屋商会一行は「なんちゅう時代になったんや」と、自分たちの使命を強く認識する事になる。

勿論、その頃の死生観というべきか看取り観にも触れられており、看取りというのは「お金を出して看る者が事業者に任せるという行為がいいのかどうか」という問題も登場人物たちに語らせている。或る時期から、この部分は合理的に考えられるようになり今日に到っているワケですが、当然、カネを出して、肉親以外の他者に面倒をみさせるという場合、そこにはマゴコロに当たるものを期待できるかどうか微妙な問題があるワケですね。職務意識としてオムツの交換をする、させる。給与をもらう為に妄言を放ち、時としては凶暴な一面をみせる場合だってある彼等の面倒を見させて大丈夫なのか否か。死に水をとるという行為は命を扱う。命を取り扱う以上、通常の職務意識以上の、何かを求められる筈であったが――。

死に水をとって、三万円を受け取るとする。金銭授受によって「看取り」を遺族や社会は、丸投げする事ができるとする。これでいいのかという感慨は、やはり残る。作品中、それも描かれている。金銭の受け渡しによって、それを委託できるが、そうしてしまったシビアな契約関係となり、人間的行為としての意の交換が希薄化するんですね。駄菓子屋で駄菓子を買う場合、駄菓子と金銭との交換ですが、そこには対人であるが故の「ありがとう」等の、意の交換が伴う。金銭と、それに見合う菓子が交換されているだけではなく、子供の手から駄菓子屋の主の手へコインや紙幣の受け渡しがある。実はフェイス・トゥ・フェイスなのだ。我々は、そういう意志伝達社会で生きていたが、年寄りの面倒を見てもらって、既定の料金を支払っているのだから誠実な介護サービスをしてもらって当たり前であるというそれに陥らなければいいなと思うが、現在は、どうなっているか分からない。

金銭の受け渡しによって自分のやりたくない仕事を他者に押し付ける事ができるという社会は、お金持ちには素晴らしい社会であるが、一方、そこで働かされる者にとってはどうか。お金の為、これは仕事の為なのだと割り切ってトイレ清掃等の仕事を選択する事は有り得るのでしょうが、各自が自分自身に置き換えて、ホントに、そういう選択をするだろうかという問題があると思う。仮に30歳の人があったとして、その人の仕事は来る日も来る日も、そういう仕事。妄言を吐き、時として暴れる事もあるような者の世話、これは糞尿の世話を含めてですが、それに従事していて、その勤務状況を監視カメラで監視させている社会に対して、不健全な世の中だなと感じる感覚はホントにないだろか。カースト制度や奴隷制に対して感情的になって声を荒らげるタイプの人たち等は、こういう問題をどう処理するのか気になるといえば気になる。

今にも倒壊してしまいそうな、その古い旅館。自然環境保護を目的とする風致地区に指定されているので、もし倒壊したら最後、新たに建造物をつくることは禁止されている。しかし、その隣接地では地上11階建てのビルディングの建設が始まる。杭打ち工事が始まると、そこから三百を超える人骨が出て来てしまう。何やら墓場だったらしいと分かるが、工事現場の現場監督は人骨を回収、どうする事もできず放置している。やがてビルが完成する。今にも倒壊しそうな古い旅館の隣に聳え立つビルディング、そのコントラスト。

物語は、警察の家宅捜索にまで及ぶ。いずこから通報がいったらしく、最初は二人組の警察官がやってきて、後に刑事たちも押し掛けて、その清水屋商会で何が行なわれていたのかの捜索が始まる。野坂昭如の小説には終盤に壮大な修羅場なり、オチが用意されているケースが多いが、この『死の器』ではオチがない。検分する限りでは、何人かの者が粗雑な部屋に入院しているが虐待されているでもなく、監禁されているのでもなく、暴利をむさぼっていた形跡もなし。元医師のヤソもある。変に問題を蒸し返すと世の中が騒動になるとし、清水屋商会についての報道も伏せられた――という顛末をかたってオシマイ。


感想です。

一人称の死、二人称の死、三人称の死のように、死の概念が、この30年、いや20年ぐらいですかね、変わってきた。この『死の器』の場合にも、その問題を見い出せる。

死んでいく者が当事者であり、それが一人称である。遺族が在れば、それが二人称の語り口となり、第三者的な立場から死となったときに三人称の問題になる。

物語の登場人物たちは、死にゆく者、当事者にとっての好ましい死を模索している。意外と答えは簡単であり、苦しみたくはないのだ。苦しみながら生命を維持し、認知能力を失ってもまでも生命を維持したいと一人称の当事者が思っているかを考察すれば、ホントはその答えは歴然でもある。

二人称、三人称の視点からすれば面倒を負え切れないのが看取りである。物理的な限界がある。さすがに「美容院に行く予定があるから、明日死なれては困る」は極端な例にしても、出産データなどからすると、土日祝日生まれの新生児が少ないことからすると、実際の医療現場では、少なからず、時間調整はしているのでしょう。であれば、死期にしたって、確信的に10日ぐらいしか持たない場合、微調整することは許されるんじゃないのかと言い出す者がいるのも歴然ですやね。

中国では、「ゲノム編集したっていいじゃないか」と既にゲノム編集後の受精卵を母胎に戻したという報道が昨日ありましたが、既に、そういうフライング行為は行なわれてしまっている。この先、ヒューマニズムなんて、どんなイビツなものになっていくのかわかりゃしない。

死を、自然に帰ることと認識したり、或いは死ぬにあたって後悔を残さぬよう、つまり成仏させてやればいいという考え方を登場人物はとってゆく。それゆえに頭のおかしくなった末期者の妄言にも付き合ってやるのだ。それで、安らかに死んでゆくの在れば、それでいいじゃないか的な死生観。

いい作品だったな、と。
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野坂昭如の小説デビュー作を今村昌平監督が映像化した「エロ事師より〜人類学入門」を視聴。主演は小沢昭一と坂本スミ子で、1966年製作のモノクロ作品でした。原作の初稿版『エロ事師たち』は既読なので、野坂昭如の小説と、今村昌平の映画とを素材として、その爛┘躬師たち瓩寮こΔ砲弔い董宗宗

野坂昭如の原作『エロ事師たち』は、時代背景を考慮すると怖ろしく先駆的なエロに係る事柄をしていた連中の物語である。小説が発表された当時「(井原)西鶴風」と評される特殊な文体と唯一無二の作風で衝撃を与える。なんといっても野坂の代表作は『火垂るの墓』である一方で、この『エロ事師たち』は英訳版がアメリカで刊行されており、多作の野坂昭如にして代表作として常に挙げられる作品である。

小説、映画とも昭和41年である事を考慮すると、いきなり、度肝を抜かれます。先ず、男女の秘め事を盗聴録音し、その音声テープを販売している。現在でいうところのアイコラらしき写真をつくって販売する。更にはポルノビデオの製作と販売ですが、これは現在のAV産業そのものでもある。更には売春の斡旋を手掛け、更には乱交パーティー等を企画するのですが、この辺りにしても現在の最先端である出会い系イベント企画業であり、パパ活やら後妻業的な話なのだ。

主人公・スブやんは小沢昭一が演じており、そのスブやんと内縁関係になる理髪店を営む子持ち未亡人役が坂本スミ子である。因みに、この「スブやん」、原作ではスブタを食べているから、スブやんというニックネームになったという設定である。しかも、この「スブやん」という役柄名は野坂昭如評では、かなりの頻度で前置きもなしに使用される名称になっている。

しかし、この原作は猥雑にしてワイセツであり、それでいて今村昌平によって「人類学入門」という映画タイトルにされているように、ワイセツにして猥雑であるのが人類学そのものであるという考え方で、野坂昭如の世界を描き切ってみせている。

先述したように、それら性産業の裾野の広さ、商業的発展を予測していたような内容である事にも驚かされますが、内容的にも濃密である。スブやんたちはポルノ映像の製造・販売をする中で、そこに男優と女優とが必要になるのですが、その女優は「頭の弱い女」である。当時の言葉で言ってしまえば「知恵遅れ」とか「精神薄弱」と呼ばれたようなの少女である。痛々しいのは老人よる女子高生への夜這い映像を製作してくれとの依頼を受けて、その撮影に臨んだが、やってくるのは老人とフツウの少女である。映画では殿山泰司が老人を演じていましたが、いざ、撮影するにあたって演出をつけようとする段になって、知的な部分に問題がある少女だと判明する。見た目はフツウだし、男性の性欲の対象になるが、明らかに理解力の低い少女なのだ。

で、原作では老人が少女と性交をし、その映像を撮影する事で、或る種の妥協がなる。野坂の筆致は凄まじく、老人と少女はまるで手慣れたパートナーであるかのように性交し、それを撮影させるが、後に、その老人と少女とは実の親子であると気付く。「どよーん!」という気持ちになるクダリなんですね。さて、映像作品、それもスケベを公言していた巨匠・今村昌平監督がどんな映像にしたのかは興味があったのですが、さすがに性交シーンは数秒で省略されていました。

但し、そのクダリの「どよーん」を描く為に、撮影後にスブやん、バンテキ(伴的)、カポーらの会話として、実は近親相姦であった老人の少女との事を語り合うシーンがありました。「いくら少し頭が弱いって言ったって、実の娘だぞ。実の娘を抱けるものなのか?」、「あの爺さん、どうかしているよ」、「あの爺さんにしてみれば別に変な気はないって言ってたぞ。娘を可愛がっているようなものだってよ」、「フツウに娘を可愛がる、その延長だって? そんなバカな」、「誰でも父親になって娘を持ってみればそんなものかも知れんぞ。娘のおしめを変えながら、いつか何処かの男が娘を抱くのだろうって気持ちを抱えることになる」、「いや、だからって」という感じの会話で、その一連は処理されている。

その老人と少女の近親相姦の一件について結論らしいものは出さないが、後にスブやんは、内縁の妻の娘である中学生の恵子に悩まされる事になる。恵子は非行に走り、後にバンテキが企画した乱交パーティーに恵子が参加し、且つ、坂本スミ子演じる年上の内縁の妻・ハルからは「あたしの事はどうでもいいから、あんた、恵子と結婚してやってくれないか」と頼まれてしまう。スブやんのエロ事師稼業は、恵子に非行に走られてしまった事で順調にいっていたものが順調に行かなくなる。

この殿山泰司演じる老境の父親と実娘との近親相姦のクダリが重要なのは間違いなく、鶴見俊輔も文藝別冊『野坂昭如〜野坂昭如焼跡闇市ノーリターン』(河出書房新社)に野坂に関しての論考『文学と人』の中で、その近親相姦譚に触れている。鶴見は「性交を人に見せることを商売にする父娘のことがでてくる。娘は白痴であってひとりでおくわけにゆかず、ほっておくと他人のなぶりものにされるのがあわれで、ついに父親は娘と寝るところを他人に見せてくらしをたてることをはじめた。こうしてはじめて父娘は一時も離れることなく、広い社会で二人肩をよせあって生きてゆくことができるようになった。二人の性交には、欲望の満足を包むおたがいへのいとおしみがあらわれている」とあり、この広い社会で信じあえる二人だけで生きているという生活感覚に根差した思想は「火垂るの墓」の清太と節子のそれともダブっていると分析している。

さて、映画版では最後にスブやんがダッチワイフの開発に、エロ事師としての生命を傾注する。機械にセックスの何が分かるんや、そんなの人形やないかとと言っていたスブやんであったが、心境が変わるのだ。スブやん曰く、「このダッチワイフは人形やないで。これは人間や! 生きてるんやで!」と言い出す。丹精込めて、陰毛を一本一本、植えるようにして本格的なダッチワイフをつくる中で、そうなる。

挙げ句、南極観測隊から開発中のダッチワイフを譲ってほしいというオファーが来るが、スブやんは札束を受け取らず、そのままダッチワイフと一緒に船に乗って川に漕ぎ出してゆく――。

色々と網羅しちゃってる。モノクロ映画だというのに、エロ産業の未来ってのを。ダッチワイフから現在はラブドールへ。ブルーフィルムからアダルトビデオを経て現在ともなるとエロ動画時代へ。夕暮れ族から援助交際システム、出会い系の産業各種。グッズとしては盗聴テープに、アイコラ。すべて1966年の時点で予言されていた未来が現在なのかもね。さすがにエロゲー産業の隆盛までは予言できていないけど。

また、実はアダルトビデオ産業やらエロ雑誌業界の女優やモデルについては、宝島SUGOI文庫などにも記事があったと思いますが、実際、或る時期までは知的障害のある者がモデルになっていたり、或いは精神を病んでいる者が実は演じているという指摘があったかな。現在のようにAV産業が猛威を振るい、どこのメーカーの作品にもハイレベルなセクシー女優さんも珍しくなったので、そういう問題は少なくなっているんでしょうけどね。

理容師である坂本スミ子演じるハルが、小沢昭一演じるスブやんの髭を剃る。髭を剃るシーンを丹念に描いており、真上にカメラを設置するという工夫をしている。また、坂本スミ子演じるスミは終盤で発狂して死ぬが、病室のベランダから寝間着をはだけただらしない恰好で、

♪男と女の針仕事〜

という奇妙な歌を唄う。勿論、針仕事とは針の穴に糸を通すこと、即ち、針の穴を女穴に見立てて、糸を男根に見立てての性行為を表している。小野小町穴なし説に触れる際、マチ針とは穴のない針であるという解釈に触れましたが、昔から、この針仕事を性交に見立てるなどしていたのだ。


因みに、この「エロ事師たち」の英訳タイトルは【The pornographers】であり、カタカナでは「ザ・ポーノグラファーズ」と表記されている。意味は「エロ本作家たち」や「ポルノ作家たち」であり、野坂昭如の考えた「エロ事師たち」に該当する英訳が無かった事が伺える。日本は確かにエロ大国の素養があったっぽい。

日本に於ける【ポルノ】という言葉が定着したのは、1971年以降の事になるという。契機になった作品があり、それは1971年公開の池玲子主演『温泉みすず芸者』(鈴木則文監督)であったそうな。東映が「お色気路線」、「ピンク路線」を展開する中で「東映ポルノ路線」が確立され、以降、日本では「ポルノ映画」や「ポルノ女優」といった言葉が量産されていったのだそうな。それを考慮しても、1966年というのは、時期的にも早過ぎるんですね。

『温泉みすず芸者』は視聴経験はないのですが、その呼び水になった『温泉こんにゃく芸者』は視聴経験がある。いや、しょうもない映画で、やはり、こんにゃくで浴槽をつくって温泉宿を盛り上げるべというストーリー。ここでも殿山泰司が精力を失った老人として登場、コンニャク風呂をつくるのが夢なんじゃと言って、こんにゃく芋からこんにゃく玉をつくって、浴室全体にこんにゃくを敷き詰めるというもの。お色気はオマケ程度だったように思われますが、以降、東映は温泉芸者シリーズとして東映ポルノ路線を確立してゆく。しょうもない映画なんですが、何故か関西朝日新聞は、その「温泉こんにゃく芸者」を反戦映画第一位に選出してしまったという。エロに注力する事こそが平和主義だ、反戦だと理解されたんでしょうねぇ。

これが日本の大衆文化がエロである事の証拠にもなりそうですかね。元々、エロ大国なんでしょうねぇ。但し、まだ、この頃のお色気路線は、現在のようにロリコン趣味とかロリコン社会にはなっていなかったように思えますかね。性的な目線で見る先鋭化が起こると、年少者を性的な目で見るべきは無いという、これまた先鋭化した葛藤が起こり、いつしか「年少者を性的な目で見る事は好ましくない」という社会的合意形成ができる。しかし、そうやって年少者を性的に見る事を禁止にすると、それが余計にエロ目線の対象になってゆくという部分があるようで。

その結果、踊りながらスカートを翻して、そこから覗けるアンダースコートという名のパンチラを紅白歌合戦でも流している現在に到る。その昔、コント55号が紅白の裏番組でやっていた野球拳は、視聴者も演者もハレンチな企画であるという自覚があったが、現在は自覚はない。自覚のないままに、青い性の商品化を国を挙げてやっていて、社会全体もホントは青い性を当たり前に愉しむまでになっている。口では「少年や少女を性的な目で見るなんて、けしからん」とヒステリックに叫ぶが、その実、そのように禁忌にすれば禁忌にする程、その規制対象となる性の価値はお宝度が増し、その性商品の値段が上がってゆく。元々は女子体操服のブルマーに欲情する者なんて滅多に居なかった時代があるが、或る時期からブルマーはハレンチなものという合意形成が起こり、そうなると、いつの間にかブルマーが発情アイテムになっていったという経緯を考えると分かり易いかもね。嗚呼、確かに人類学入門かもね。
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コツコツと野坂昭如の小説を読み進めているのですが、『同行二人』について。短篇なのですが読後、これは山田太一のドラマ「想い出づくり」なのか倉本聰が書いた東芝日曜劇場なのか、はてまた、大昔にヤングマガジンで呼んだ柴門ふみの読み切り短篇か、そういう味わいだなという感慨を持ちました。野坂作品の特徴は掴めていた気になっていたのですが、物凄く裏切られたという感慨と、ああ、やっぱり、作家らしい作家というと変ですが、当たり前に巧い人だったのだなぁ…という感想を持ちました。

以下、粗筋の説明を淡々と――。

繁華街の交番では、魯鈍(ろどん/軽く頭が鈍い)な四十女が警察官を相手に、若い青年たちに乱暴されたと訴えている。警察官は、その魯鈍な中年女を面白がってあしらっている。その警察官と魯鈍な女とのやりとりからすると、まだまだ、魯鈍な女と警察官との対話は続きそうなので、後ろで待っていた法子と秀子は警察に相談する事を断念するというシーンから物語が始まる。

法子と秀子は神戸の女学校の同窓生であり、元々は親友であったが、何時の頃よりか両者は疎遠となり、その後も殆んど接点なく人生を歩んだ。法子は看護婦(看護師)となって邦男という息子を持ち、秀子の方はというとキャバレーのホステスをしながら独身ながら父親不明の混血の娘・文子を持っている。

法子と秀子とが再会する事になったのは、邦男と文子とが駆け落ちしてしまった為である。或る時期から法子は、息子・邦男の彼女が秀子の娘である文子と知り、苛立たしさを覚えていたところ、とうとう邦男は文子と駆け落ちしてしまったのだ。その為、文子の母親である秀子と数十年ぶりに再会し、この日の晩、一緒に警察に捜索願を出そうと交番に足を運んだのであった。

看護婦として人生を歩んだ法子からすると、何かと秀子という存在が鼻につき、一緒に行動しているものの、何かと内心、腹立たしく感じている。息子の邦夫はだらしない息子であるが、よりによって秀子の娘である文子と恋仲になった事が面白くない。いつの頃よりか秀子(デコ)と疎遠になったものの、聞いたところではアメリカ兵専用の売春婦、アメパンとなり、娘を生んだ。その娘が文子である。なるほどアメリカ兵の血を半分引いている文子は何かと発育がよく、性にも開放的であることから、きっと、そういうマセている文子が邦男をたぶらかしているのだろうと考えている。

法子からすると、その駆け落ちは一大事であるが、同行した秀子の方はというと、どこか他人事のような態度である。そこにイライラとする。目の前の秀子(デコ)は戦後、アメパンを経てキャバレーのホステスをしているルーズな女であり、その何もかもが非常識なものとして目に映る。

捜索願を出す事を諦めた法子と秀子の二人は、秀子の提案によって少しだけ夜の歓楽街で今後の相談をしようという事になる。歓楽街事情に疎い法子は秀子に案内されるまま、地下室にあるゴーゴークラブに入店する。ゴーゴークラブの中では、今どきの青年たちがナンパでもしてきたのであろう若い娘とゴーゴーを踊っている。そのゴーゴークラブの一番奥の席に二人は陣取り、そこから二人の回想劇となる。

法子は山の手のサラリーマンの娘として育ち、秀子は浜に近い玩具店を営む自営業者の娘で、元々からして育ちは異なっていた。法子と秀子とは神戸の女学校の同窓生であったが、それは入学試験の時に受験番号が並びの番号であったからで、以降、しばらくの間、法子と秀子とは親友のように付き合っていた。どちらかといえば秀子の方が、お姉さん株であった。法子は秀子をデコと呼び、秀子は法子をノコと呼ぶ、紛れもない親友同士であった。

デコが昔話を始めると、ノコの記憶も反応する。「あの音楽の先生、死んだらしいわ」、「苦手やったわぁ、あの先生、いつも怒られてた、うち」という感じで、懐かしい記憶を次から次へと回想してゆく。一緒に行ったおしるこ店や饅頭屋、宝塚にも遊びに行った等と話している。その内に思い出して笑い出すような話にまで発展する。

法子の中にふと記憶が蘇る。一度だけ同窓会に出席したのだ。まだ、神戸に焼跡が残っていることの事で、すんなり看護婦になっていた法子は、その制服で同窓会会場へと足を運んだのだった。すると、どこからともなく「あれどういうつもり、自慢してるのかいな」という陰口が法子の耳に入った。法子自身の中にも幾らかは、そんな気持ちもあったものだから癪に触ったというよりも、図星を指摘された事が恥ずかしくて途中で退席、そのまま金輪際、同窓会なんぞ出るものかと決意していたのだった。

「お父さん元気?」等と話している内に、互いの身の上話へと進展する。ノコとデコという親友関係が曖昧なままに終わったのは自然消滅、自然に関係が解消されたものであったが、その中でデコの半生を法子を改めて見つめることになる。デコが歩んだアメパンもホステス、そして父なし子の不良娘を持っている現在の秀子の像に、何故か納得が行ってしまうことになる。法子の半生にしても看護師の資格を持っていたから何とかなったようなもので、結婚して邦男を産んでみたら夫は仕事に熱心ではなく酒癖も悪く、一度離婚して、邦男を連れて大人しそうな現在の夫と再婚して現在に到るのであり、男運の悪さや、悪い時代に生きたという感慨は、お互い様のように思えてくるのだ――。

デコが身を持ち崩した契機となったのは、桜並木を独りで写生していた時の事であった。アメリカ兵三人に何か話し掛けられたが、言葉が通じるわけもない。その内、一人のアメリカ兵に肩を抱き寄せられ、そのまま木立の中に連れ込まれ、暴行された。暴行されたというものの、特に抵抗したワケでもなく、ただただ、桜の木の枝に毛虫が固まっていて、それを眺めているうちにアメリカ兵たちは立ち去った。秀子のもんぺの上には、くしゃくしゃの紙幣が置かれていた。秀子は暫らく茫然と、その場に座り込んでいた。

そこまで語ると秀子が低く歌い出す。

♪ユーアーマイサンシャイン、マイオンリー、サンシャイン、ユーメイクミー、ハッピー…。

秀子に言わせると、その一件の後、何故か学校には馴染めなくなり、間もなく学校を辞めたのだという。これがノコとデコとの親友関係が自然消滅した理由だったと法子にも伝わる。

ゴーゴークラブの雰囲気に怪訝さを隠せなかった法子が、言う。

「なぁ、デコ、踊らへんか」

「踊るて、ノコ、ゴーゴーできるのん?」

「できるもんかいな。ええやんか、ゴーゴーでのうても」

法子と秀子は見つめ合うように大昔のダンスを踊り出し、ゴーゴークラブの若者たち、デコとノコが織り成す古くさいダンスに呆気にとられ、ひしめきあっているフロア、その場所を譲る。

――終劇。

以下、感想ですが何度、なぞってみても見事だなって感慨が残る。野坂の作品にして女性のみで物語が構成されている異色の作品らしいのですが、物語の一連の中に怨み、妬み、嫉み、それと諦念、偏見の嫌らしさ、更には息子への耽溺、羞恥、それと開き直りの境地といった感情が鏤められているよなって思う。

野坂昭如の評として「女嫌い」というキーワードがあるのですが、勿論、それは単に女性を嫌悪しているのではなくて――まぁ、いいか。

しかし、或る意味では繊細な心理描写なのは間違いなくて、同窓会を途中退出したクダリであるとか、端折りましたが母・秀子と愛娘・文子との距離間であるとか、色々と伝わるような仕組みになっている。

構成として冒頭に魯鈍な女と、それを小馬鹿にする警察官のシーンが配置されていて、それは全く本編とは関係がないのですが、やはり、何か本編を際立たせる為の装置になっている。ゴーゴークラブの店内の、当代の若者たちの様子は法子&秀子からすると隔世の感があるが、それは法子と秀子の二人の青春に対して対比として配置されている。

また、ゴーゴークラブなんて冒険的な所へ入るのは嫌だなと感じる法子の感覚であるとか、息子を溺愛するが余り、容赦なく文子や秀子の事を見下して考えている自分に気付く感覚とか、我が子が駆け落ちしたにも関わらず、無関心そうな秀子にイライラを募らせる法子の心情であるとか、色々と凄いなと感じました。複雑に絡み合った記憶の糸を説き解いてゆくというこの展開、洞察力、描写、どれも見事だなぁ…と感心してしまった。読んでいると、気分というか不安というか、その明滅が操られてしまう。
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想像以上に野坂昭如の1970年前後の作品が凄いなと感じている。エログロの先に、やさしい眼差しがあるというと、何を説明しているのか分かり難いと思いますが、その難しい問題に挑んでいるよなって思う。

『花のお遍路』もまた、『火垂るの墓』の形式を踏襲していて戦争の混乱の中で苦しんだ兄と妹の物語なのですが、こちらの組み合わせの場合は戦後の混乱の中を生き残った兄妹の話である。

兄の出征前夜、妹は

「お兄ちゃまが無事にかえってらっしゃるまで、美以子お嫁に行きません。だから美以子のために帰ってきてね、オールドミスになるのいやよ」

と、涙ながらに送り出す。

兄が出征中、生活苦から母親が売春、挙げ句、戦後には詐欺などにも遭って家を失ってしまっている。器量のいい妹も生活の糧として母親を助ける為に売春を始めるが、母親は死に、ギリギリの生活をしているところに兄が引き揚げてくる。兄と妹との歳の差は7歳であり、妹は兄を「お兄ちゃま」と呼び、兄はというと出征前から妹を「ちゃんづけ」で、「美以子ちゃん」と呼ぶ仲の良い兄妹であった。引き揚げてきた兄は病気を患っており、ロクに働けない。他に手段がないことから妹の売春で生活費を凌ぐこととする。兄が客引きをしてアパートの一室に客を連れてきて、そこで妹に売春をさせ、糊口をしのぐという生活を続ける。

そんな生活を長く長く続けている間に妹は性病に罹患し、とうとう毒が脳にもまわってしまい、時折、支離滅裂な事を言い出すようになる。実に30年近く、この兄妹は、兄は妹を頼り、妹は兄を頼るという兄妹の絆だけで生き抜いたことになる。

四国巡礼、お遍路のバス一行の中、奇妙なカップルの姿が在る。男の方、年のころは50代であり、その男は連れの女性に対して、まるで幼女にでも言い聞かせているように「美以子ちゃん、こっちは道が悪いから少し左に拠って歩きましょうね」という具合に甲斐甲斐しく手を取って悪路を避けさせている。手を引かれて幼女扱いされている女は「はいっ」と、これまた小学生のような返事で答えている。

祖父と孫娘なのか、父親と孫なのか、奇妙なカップルなので、その存在は浮いている。

お遍路バスツアーの面々は互いに名乗り合って歓談しているが、そのカップルだけはツアーの面々からは明らかに浮いた存在である。そんな奇妙なカップルを怪訝に思い、小柄の女の顔を確認せんと目を凝らすと、そこにあるのは両目とも白目を剥き、その目には細かい血網が貼り付ている。幼女扱いされている女とは、気味の悪い中年女なのだ。

その兄妹の成れの果てというワケだ。これ、映画『黒い雨』で最終的にカットされたお遍路巡りをしながら死んでしまう、あの悲惨すぎるシーンに似ているなと気付く。原作は井伏鱒二との事なので、偶々という気もしますが、今村昌平監督作品である事を考慮すると何かしら接点があってもおかしくないのかも知れませんが、捻り方が如何にも野坂昭如らしく、その兄妹の関係を近親相姦にまで繋げている。社会から白眼視されるまでの廃人と化してしまった妹、その妹に対して生涯をかけて面倒をみようとしている兄の姿を描こうとしている。

何故、こうまでグロテスクな描写をしてしまうのかという問題があり、それを性嗜好、つまり、変態的性癖の好みの問題として語られることが少ないのですが、これは、かなり、深い愛憎とか責任の話ではないのかなと感じたりしました。エロいと言っている次元ではないんですよね…。兄がポン引き、妹がパンパンという境遇だと説明できるし、そう理解することになるが、そのように生きているという部分では常識外れ、社会不適応者なのですが自活する人間である。

おそらく坂口安吾の『堕落論』の、「堕ちるのであれば真っすぐに堕ちるべき」という文脈に沿っている。真っすぐに堕ちていく話なのだ。妹に売春をさせて糊口をしのぎ生きた兄、もう堕ちるところまで堕ちている。毒が脳にまわる以前の妹は兄に「私はパン助に堕ちたから、もう私とは縁を切ってお兄ちゃまは何とか結婚して家庭を持って子供を沢山もって…」と申し出るが、兄はそれを拒絶、自らの人生を台無しにすべく「あんた、実の妹に売春をさせているのか? なんて酷いヤツだ!」と貶される道、そういう堕ちてゆく人生を積極的に選択してしまう人物なのだ。

何故なのかというと、おそらくは一つの愛のカタチって事なんだろうなって思う。原則的には男性は美女に性的魅力を感じるだろうし、女性は美男に性的魅力を感じている。醜悪なものに性的魅力を感じるという性嗜好もあると思われますが、原則的にはそういうものですやね。基本的には醜悪なものに対しては欲情しにくい。また、近親相姦ともなれば世間体としては絶対的タブーである。しかし、それらをも超越するものがあるとすれば――とも考えることが出来そうなんですよねぇ。

この『花のお遍路』で驚かされるのは、そのグロテスクな兄妹との間にある絆であり、愛情であり、最期まで見捨てないという矜持であり、責任感であり、誓いになっているんですよねぇ。最近、老犬や老猫の介護をしている人たちの話なんてのがありますが、あれに通じるものがある。既に愛玩動物の役目は終えているが、だからといって見捨てることはできない。その見捨てる訳にはいかないという矜持ってのも愛情だし、責任感なんだろうからね。いやいや、「誰ちゃんがカッコいい」とか「誰ちゃんが好き」という感情は、便宜上、愛と呼ぶのだけれどもホントは我欲に過ぎない。惹かれてるだけ、欲しているだけで、それは実際に一緒に育んだ時間がなく愛着を伴っていない。しかし、老犬や老猫と、その飼い主の間にあるのは実際に育まれた愛であり、その間柄を璢瓩噺討鵑任い襪里澄実存としての愛のカタチが絆である事を考慮すれば、「誰ちゃんがカッコいい」という類いの感情は、実は我欲に過ぎない事に気付かされる。

きれない桜の花の下、そのきれいな景色の中で、その兄妹が死んでくれたら、少しは救われる物語になるのになぁ…と思いながら読み進めることになりましたが…。

ホントは、もう2つ3つ、野坂の小説を並べて、野坂の展開させていた女性観の洗い直しをしたかったのですが、思いったより、字数がかかりそうなので、一先ずは、ここまでか。解説などにも目を通して自信を深めましたが、これ、単なるエログロ趣味で済まされる小説家ではないのにな、と。
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野坂昭如の小説を読み漁っていく中で、1960年代に在ったらしい狢枡皺鶺幻想瓩覆襪發里傍いつきました。死とは、即ち、胎内回帰であるという仮説、その仮説を掲げながら小説が展開されている。野坂の小説からその仮説、胎内回帰説を読み取れば、次のように意訳する事ができると思う。

人は生まれる。そこに自分の意志はない。どこからやって来るのかというと、母親の胎内から生まれてくることだけは確かである。そして人生と呼ばれるもの、つまり、生きる。そして、その生きるという営みが終わるときが死である。人は死ぬことを怖れる。しかし、本当は怖れていない。ある段階まで行くと、死にたいという願望がある事に気付く。(フロイトでしたかタナトスに比定できる。)では、死とは何か? それは生きる事、即ち「生」という状態から解放される事である。生から死への転換、それは生まれ落ちた穴の中へ、つまり女性の膣内を通って胎内へと帰る事であり、全てを完全依存していられる胎内の胎児に帰りたいという願望から成っている。説明する為に言い換えると、不安定だらけで自立を義務付けられた生の状態から、全てを安心して完全に依存できる状態の死という状態へ帰る――という循環の一連である。

その考察に私は愕然としたんですね。特に「不安定だらけで自立を義務付けられた生の状態から、全てを安心して完全に依存できる状態の死という状態へ帰る」という解説が見事だな、と。

野坂の小説には度々、似たような設定、似たような言説が飛び交うので、どれがどの作品中の事であったのか記憶が曖昧にさせられてしまうところがある。ですが、ほぼ、間違いなく、野坂昭如は、そういう解釈の上に小説を書き飛ばしていた事を確認できる。

『野坂昭如コレクション』(国書刊行会)の巻末にある解題(解説とほぼ同義)で大月隆寛氏の説明では、1960年代後半から1970年代にかけて狢枡皺鶺↓瓩坊犬襯屐璽爐あったとしている。

「胎内回帰」というのは一九六〇年代後半から七〇年代にかけて、文学に限らず映画や演劇その他表現ジャンルにおいて、ある重要なモティーフになっていた。たとえば、寺山修司などは典型的だろう。野坂自身に同時代を生きていた才能としての寺山について尋ねた時、「あんないいかげんな男はいなかった」と苦笑しながら語っていて、それは寺山のあのなまりや朴訥ぶりが、彼の普段のそれとはまるで異なるものだったことを見聞してのことらしいが、寺山のように見世物的な取り扱い方ではないにせよ、それら胎内回帰的なモティーフは野坂にとっても、この時期の作品の前面に浮上してきていた。

そう言われてみると、必ずしも狢枡皺鶺↓瓩箸いΩ斥佞修里發里砲亙垢覚えがあるような感覚があるのは、その為か。しかし、それをタナトス、死にたいという願望にまで発展させて広く表現ジャンルに於いて、捉えられていただろうかと思う。まぁ、捉えていた人も在るだろうし、そこまでの徹底はないままにブームに便乗したという程度のものもあったと推測するのが妥当でしょうけどね。

で、野坂昭如にはワイセツ(猥褻)で押し通すという作風が見受けられ、その事も伝統的なエログロナンセンスな表現者、その最終走者のような部分から登場した雑文家であり、そこから直木賞作家になるまでの異常な活躍した時期がある。人気作家や流行作家は数多いるが、人気作家兼流行作家になったのは実は野坂昭如のみ――という解説も、どこかで目にした記憶がある。

また、大月隆寛氏の解題の中には、大衆文化の側の雑文家から誕生した文学者といったニュアンスもある。『受胎旅行』に関しての解説で、一九六七年度上半期、直木賞候補として『受胎旅行』が候補となると水上勉、松本清張からは推されたが、野坂昭如という雑文家の場合は、その文学性を疑われたらしく強硬な反対に遭って落選。しかし、大月氏は、この落選こそが野坂の牘標瓩任△襪筏している。同年下半期、野坂昭如は『アメリカひじき』と『火垂るの墓』とで堂々、ほぼ満場一致として直木賞を受賞するのだ。『アメリカひじき・火垂るの墓』の新潮文庫版の尾崎秀樹(おざき・ほつき)氏の解説によれば選考に当たった海音寺丑五郎は選評で「不思議な才能である。大阪ことばの長所を利用しての冗舌は、縦横無尽のようでいながら、無駄なおしゃべりは少しもない」、大佛次郎(おさらぎ・じろう)は「野坂昭如君のものは、手のこんだ文体が賑やかだが、よくこれが続いたものと粘り強いのに感心したし、この装飾の多い文体で、裸の現実を襞(ひだ)深くつつんで、むごたらしさや、いやらしいものから決して目をそむけていない」と評した。更に、この直木賞を受賞後に週刊平凡パンチ誌上で倏卜瓩妨かってどんどんエスカレートしてゆくテロリストたちを描いたメチャクチャな怪作『てろてろ』を書きなぐっていたのかと思うと、その才能にゾッとする。

上記は、大月氏に倣えば、文学のパラダイムが大衆社会化によって相対化されてゆく過渡期の出来事であり、つまり、既成概念からすると文学ではなかった分野に登場した書き手が野坂昭如であり、その大衆社会のメディアによって育てられた野坂昭如が、既成の文学という分野を飲み込んでしまった瞬間であったという。

このくだり、それでは中々、語るのが難しいのですが、つまり、野坂昭如とは早稲田中退の肩書きは持っている反面、実際にヒロポン中毒だった時期もあり、文士としての活躍は、三木鶏郎事務所時代からスタートしており、その三木事務所に居たのが、永六輔らなのだ。つまり、ラジオ・テレビというメディアで活躍した文化人の第一期の人物でもあるのだ。後に、永六輔、小沢昭一と共に中年御三家と名乗った時期もあれば、野末陳平と組んで漫才をしてみたり、ずっと後年にも藤本義一と組んで漫才に挑戦するなど、野坂昭如自身がラジオやテレビといった戦後メディアに育てられた人間でもあるのだ。あの五木寛之あたりも作風は全く異なるが三木鶏郎事務所に勤務していた経歴があるようですな…。

♪僕は特急の機関士で〜(1950年代の流行歌。三木鶏郎、森繁久彌、丹下キヨ子)

♪あっかるーいナッショナール、あっかるーいナッショナール、みんな、うちじゅう、なーんでも、ナッ・ショー・ナールー(三木鶏郎合唱団)

この三木鶏郎事務所の話は、 なべおさみ著『ヤクザと芸能界』(講談社α文庫)にも出てきていました。とにかく話好き、一日中、面白い話を喋り続ける才能の人が三木鶏郎事務所にいて、一緒につるんでいたが、それが後の野坂昭如さんであった――という具合。要は、正攻法では文学者になれず、文壇エリートではない落ちこぼれた人たちが集まっていたのが、ラジオやテレビという新しい大衆向けメディアを根城にしており、そうした海千山千の才知が集まっていたのが三木鶏郎事務所であったらしい。永六輔あたりは何をやってもスマートに物事をこなし、ラジオ、テレビで文化人の地位を確立させたが、野坂昭如の場合は雑文家という場所からスタートしている。

野坂昭如の訃報の直後には一般紙やテレビでも野坂昭如の生前についての文章があり、そこでは「戦後闇市派」のようなフレーズが添えられていたものの、思うに、そのフレーズは文学者・野坂昭如の形容には足りませんかねぇ…。それは『火垂るの墓』と『アメリカひじき』に囚われ過ぎている。どちらかというと戦後大衆文化育ちの何かであり、猥談への執着かと思いきや、確かに残した作品群からテーマを分類すると「生と死、それと性」という人間の営みに直結した内容だらけであり、且つ、今日も生き続けるフォークロアと呼ばれる都市伝説あるいは民俗学的とも言えるような何かで、自分の足で歩いて、自分の目で確かめたものを書き綴ってみせているという、その視線の犖譴衂瓩箸いΥ兇犬虜邁箸気鵑覆鵑任垢茲佑Аああいうキャラクターなので、悪目立ちしてしまい、変化球の作家に思われがちで、且つ「戦後闇市派」というレッテルになってしまうのですが、作品を読み続けていると「戦後闇市派」や「最後の戯曲師」といったキャッチフレーズ以上の功績を残していたような気がしないでもない。

ワイセツな話というのは、眉を顰めたり、或いは「不愉快ですっ!」のように拒絶してしまう事も珍しくない。しかし、物事を正視すれば女穴から産まれ落ちてくるのが、人の生の始まりであり、実は、壮大なテーマでもある。何を正で、何を邪(よこしま)とするのかは、その者の立ち位置である。陰裂に陰茎をめり込ませて快楽を貪りたいと日々欲望を抱いているのは、着飾って気高くとまった虫の好かないセレブから、四畳半で起居して毎日のようにエロゲームでマスターベーションに明け暮れている青年まで実は一緒なんですね。異なる言語を話す人、肌の色の違う人、お国訛りがあって田舎くさい生活習慣を持っている人なんてのも、ヒトとしての根底は似たようなものに過ぎない。

なのに、一部の者は上品や下品という品性の問題としてワイセツ性を退けたがる。否定したがる。それは、ひょっとしたら「彼等と一緒にされてたまるか!」という心性によって、ただただワイセツな表現が拒絶されているだけ、という事かも知れない。その欺瞞をへし折りにかかる。

実際に野坂昭如のデビュー作『エロ事師たち』はポルノグラフティー製作を目論む男達の話であるが三島由紀夫に絶賛され、英訳本まで刊行されたという。更に今村昌平監督によって映像化もされている。誰もが夢想する「こういう性嗜好を堪能できる商品があったらどうよ?」という感覚は海外でも同じなのだ。もっとも『エロ事師たち』の核心は近親相姦をセンセーショナルに描いてみせた箇所にありそうですが、確かに戦後日本にも前衛的というか、かなり攻めのスタンスであったのだ。言葉狩りが横行するようになって以降、表現にも萎縮の波が起こり、また、永六輔らのテレビ第一世代は「文化人らが文化人ヅラしてテレビを席巻しているのはけしからん」という批判を受け、「じゃあ、我々は退きます」とラジオ、活字メディアに引き下がった。

しかし、その後のテレビは迷走を続け、最早、その酷さは、永六輔ら第一世代があった時代の方がマシだったというレベルになっている。「楽しくなければテレビじゃない!」とか「おもしろまじめ」等とキャッチコピーを打ち出した後のテレビは、おもちゃ箱として享楽装置になったものの、たちまち方向性そのものを見失い、出演者同士に罵り合いをさせてみたり、演出という名のヤラセが横行し、テレビ裁判という名のテレビ的集団リンチは現在では日常茶飯事と化してしまった。永六輔は自分たちが去った後のテレビを下品の極みと叩き切り、テレビ裁判などは絶対にやってはいけないものだと文藝春秋誌上で断じた。

(小沢昭一は渥美清とも近いワケで、あの頃の芸能人はテレビ創世期も知っている人たちであり、実際に会話の中で得た知識などを芸にしている。渥美清がホンモノの啖呵売をセールスポイントにしてフーテンの寅役で大ブレイクを果たしたワケですが、野坂も実は似たところがあって実際に戦後の焼跡にあった焼跡の風景、或いは軍歌や猥歌を題材にしたりしている。義父が暴力団員に該当するとして紅白歌合戦から締め出されている状態の吉幾三、あの吉幾三さんにしても、かの名曲『雪國』の序盤の旋律は元々は巷間にあった猥歌をアレンジしたものと、どこかのテレビ番組で自ら語っていました。実は元々からして存在していた旋律らしいんですよね。)

最早、テレビ界でのキャスターは血統的にはハーフかクォーターもしくは留学経験アリのセレブか、ミスコン優勝者ではなくてはカッコがつかず、バカ丸出し、コンプレックス丸出しになっているが、そういう愚には気付かない。ホラッチョ川上という名前ではダメだが、そこで一計を案じて、ショーン・マクアードル川上と西洋セレブ風を名乗ってみせれば、今の日本であればキー局のプライムでキャスターに抜擢される可能性がある。一方で、ゴミ屋敷の住人たちを小馬鹿にして笑い、ホームレスを堂々と物笑いの種にして笑い飛ばすという自らの傲慢に疎くなってしまっている。

話を元に戻すと、戦後日本の巷に当たり前に転がっていた猥談、そこからワイセツ表現を書き飛ばしていたのが野坂昭如であり、最終的には文学と括られるまでに昇華したのが野坂昭如の作品群のように思う。殊に、これをフロイトの性理論だのラカンのなんだかを念頭に踏まえて読めば、野坂作品が編み込んだ一連のワイセツ性は女穴から産まれ落ち、以降は何にも依存が許されず、自立させられ、不安定な中を手探りに生きて、また、全ての自立を終える為に胎内回帰する、それを死の願望と捉えているのは、もの凄くよく出来た仮説だなと感心してしまう。

『色即回帰』という作品では、延々と女陰に関しての考察が行なわれる。どういう形状、どういう色彩で、その女陰は、どういう女性なのかという徹底的な考察である。それは野坂自身の投影と思われる主人公が温泉地の風呂番をしながらバーテンダーもしているという不思議な老人・鬼頭砕花(きとうさいか)から聞いた話として取り扱われている。最後に、その砕花という老人を前に、主人公が語るのは、暗黒宇宙である。

ぼくは、暗黒の宇宙に浮かぶその姿を想い、身も心もぐんぐん昇天しはじめ、ふと重力失うとその巨大な女陰に吸い込まれてしまった。

なんでもかんでも宇宙に結び付けて語ること、それは技法としては難しくなく、小手先の技法である。ただ、それだけなら、「なんでもかんでも宇宙に結び付ければいいんだろ、そんなの簡単じゃん!」と考えることも出来そうなんですが、さにあらず。『とむらい師』という作品の中では、更に先鋭化しながら、死生観が語られている。結構、濃密な思弁の中で、それを編み上げているのがみえてくる。

「女いうのはいリアリストやからな、自分の葬儀について考えるいうのは、相当な空想家でないと、こらでけん」

「そら、考えますよ、死んだらどこへ行くのかしら思うたり、霊魂てほんまにあるのかいうて、よう話するわ」

と、登場人物が話し合っている中、狎萓賢瓩噺討个譴訖擁、先の『色即回帰』で言えば鬼頭砕花老のような扱いの先生が話に割り込んできて、そこから、その狎萓賢瓩砲茲觸性不死身論が展開される事となる。

「女いうんは不死身なんですわ。

女は子供を産みますやろ。蛇のぬけ殻みたいなもので、母親は子供のぬけ殻いうか、人間がはじまった時から考えてみても、次つぎに殻をあたらししただけで、女は死んどらん、殻が死んだだけですわ。

微速度撮影いうのがありますでしょ、花がひらいたり、芽が出たりするの、一コマずつとって、本来やったら眼でみえんのに、カメラでうつすと、朝顔の花がフワーッとひらいてみえる。もしあれで、女の一生をうつしたとする、すると、母親から女の子がうまれ、女の子の大きなるにつれて母親はしぼんでいって、その女の子がまた子供を産む、女はつまり袋みたいなもので、中からあたらしいのがどんどん出て来る、こう考えたら、女は決して死なんもんとわかりませんか」


その後、その先生の話は、他の登場人物からの質問責めに遭う。男は死ぬが女は死なんとなれば、そうなりますやね。

「精子いうのは、卵子に刺戟を与えるだけやそうですわ、なにも男がおらんかて、卵子に適当な方法で刺戟を与えたら、赤ん坊はでける、この場合、産れてくるのは全部、女やいいますけどな」

この女性不死身論、確かに遠大な仮説になっているよなって思う。蛇の抜け殻のように殻が死んでいるだけで、女の本体は不死身であるという論旨ですが、これ、染色体だのDNAだのという話を擦り合わせてみると、なるほどなという話になってきますやね。確かに、DNAの情報で男性か女性かという性別を分ける性染色体は、実は中身はスカスカであり、単にホルモンシャワーを浴びせてメスをオスにするだけ、それがオスの正体である。初期の段階の胎児では最初は誰も彼も女性であるがホルモンシャワーが分泌されることで男児は男児に、女児は女児になる。そのスイッチが性別を分けることとなる。XXが女性(ホモ)で、XYが男性(ヘテロ)であるが、確かY染色体というのはスカスカで碌すっぽ内容らしい内容がないと竹内久美子さんの著書に綴られていた記憶がある。つまり、単純に利己的遺伝子論からしても、代々、継承されているのは女性持っているXに係る内容、その資質なり形質といった情報であり、そういう意味では男性が何かしらの遺伝子を残しているというよりは、女性が何がしかの遺伝的情報を延々と残しているように思えるのは確かなんですよね…。

男性もXを持っている。しかし、そのXさえ、実は母系から継承した内容が多い。ある夫婦が性交をして子供を設けた場合、その授かった子に遺伝子を残しているのは夫と妻の半々だと通常、我々は認識している。しかし、これを営々と流れる川の流れにたとえたとき、半々ではない。夫が有しているXは1つなのに対して妻はXXと2つであり、且つ、夫が持っているXにしても母系に遡るという事だから実は限りなく男性は遺伝情報を残せていない可能性が高くなってゆくんですね。その遺伝情報、その容量という意味で考えれば、分かる。仮に神武天皇から私やあなたにまで系図が描けたとしても、有している遺伝情報、そこに占めている遺伝情報の殆んどは女系の何かになっている可能性が高い。スカスカのYを父兄として継承していたら誇らしく感じるかも知れませんが、中身はスカスカで「こいつにチンコが生えるようにホルモンシャワー浴びせたれ」というだけのスイッチ遺伝子の継承者という意味でしかない。

そして、胎内回帰論と女性不死身論は、野坂昭如自身の作詞ではないが野坂昭如が歌唱する歌として知られる「黒の舟歌」のような、世界に招待されてしまう。

胎内回帰説の前提として女陰回帰説が砕花老(『色即回帰』に登場する老人)の口から語られている。

「すべてこれ女陰回帰の願望なんだねえ、生れ故郷へ、男はもどりたいんだ、だから回教徒が辛苦の末アラーの聖跡にたどりくように、男はすべて、女陰にひかれるのだ、それはセックスを超越した男の背負う業というものなのさ」

いやに断定的にいうから、少しさからって、

「じゃ、女だって女陰から出たわけでしょ、それともなんですかね、自前ので間に合わせてるんで」

「女は回帰する必要がない。女陰より出た女陰なんだから、これは未来永劫絶えることなき流れの如きもの、男のみが、その流れからはじき出され、はじき出されたとたんに、流れをもとめてうろつきはじめ、しかし、ダムによって故郷の川を失った鮭のようなもんさ、どこにも安心立命の地は得られぬまま、あの流れこの流れとさまよった末、空しく果てる」


この一連に、脳をやられました。花は咲き花は枯れるが実をつけて種を残し、その種はまた育って花を咲かせという一連の循環があり、その循環は実は遺伝子では女系のXと密接に関係している。男性も遺伝子を次代に残す事は可能であるが、その男性の持っている遺伝子が母系由来なのだから最初から男性の遺伝的特性が継承されているのではない。遺伝的特性を連綿と継承しているのは母系・女系の何かなのだ。風呂に入ったのだったか、風呂に入っていないのだったか忘れてしまった。ひょっとしたら、湯を張ったまま2〜3時間、経過してしまったかも知れない。

本能のようにほぼ無意識に男性が女陰に惹かれてしまう理由、そこからタナトスとは胎内回帰願望であるという問い掛け、女性不死身論とまできて、最後には野坂の作詞ではないが野坂の歌唱として広く愛されている「黒の舟歌」の世界にも重なって見えてきてしまう。


男と女のあいだには

暗くて深い川が在る

誰も渡れぬ川なれど

エンヤーコラ 今夜も舟を出す

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ここのところ野坂昭如の小説を少しづつ読んでいるのですが、読めば読むほど色々な事が分かってくるという感慨がある。

1.『受胎旅行』
「受胎旅行」という作品は子供を授かりたいと狂信的に取り憑かれてしまう妻と、その夫とが新婚旅行ならぬ受胎旅行へ行くというお話。で、その心理描写がハンパじゃないんですよねぇ。

子どもを産まなかった石女(うまづめ)の女性があって、その女性の家には小さい頃に御菓子をもらうなどして可愛がられていたので、よく、その女性宅に幼児の頃に遊びに行っていった。しかし、空襲警報が鳴ると女性の家から飛び出して自宅へ帰ろうとする。幼児は母親の元へと帰ろうとする行動を無意識にとってしまうワケですが、その時の、石女の御婦人が「何々ちゃん、外へ出ちゃ危ないわよ。ここの方が安全なのよ!」と必死に声を掛ける。が、その時の石女の心情を思い出すというクダリがある。子供を自分も欲しいと思っているから近所の子を可愛がっているが、いざ、空襲だの火事だの地震だのという状況が発生すると、その子は実母の元へと駈けて行ってしまう――その際に石女が味わう寂寥感が描写されている。

その女にしても私も子を産んでいたらなぁ…という気持ちがあるから無意識に他所の子を可愛がることで、何某かの足りなさを他所の子の面倒をみることで補っていた。おそらくは無意識的。しかし、いざとなると実の母親の元へと帰ってしまうという、その子の行動に遭遇し、その女は急に犖充足瓩飽き戻されてしまう。その寂寥。

ああ、私も幼少時に、そんな経験がある。近所の新婚の若夫婦が幼児であった私、つまり、御宅の何々ちゃんを「預からせて下さい」と来て、数回ほどお邪魔した記憶がある。垢抜けた洋菓子を出してもらったり、ギターなる楽器を初めて見せてもらったのも、その家であった。当時の私は、このおばさん(おねいさん)は子供が好きなのだなぁ…としか感じなかったのですが、そういう行動の裏に「私も子供、欲しいなぁ」という願望があったのかと、40年以上経過して気付かされました。数年後、その家にも赤ちゃんが生まれたので私が「遊びにいらっしゃいな」と呼び出されることもなくなったのですが、ああした行動の裏に、そういう心理が潜んでいたのかもなと気付かされる。

こういう内容を書けるという事は率直に感心してしまう。つい先日、政治家の生産性発言というのがありましたが、あの対極にあるかのような極めて人間的な眼差しがないと書けないものだと思う。そもそも【石女】という呼称そのものが冷徹で色々な暗喩が含まれている。何かしら故あって産めなかった女性があり、おそらくは色々と陰では苦労があった筈である。或る種の偏見から白眼視される機会も少なくなかっただろうし、また、それとて自分自身の思うように人生を歩めなかった事の悔しさ、負い目、或いは負い目など感じて堪るかと反撥する気概など、膨大にして複雑な筈で、そうした心情の深部をエピソードとして書き抜いている事に感心する。また、同時に、それら心情を、おもんぱかる眼差しを持っていないと書けないだろう事柄でもあるんでしょうからねぇ。

『受胎旅行』では、現在で言うところの不妊治療らしきものに妻が取り憑かれてゆく。夫の方にも不妊の原因があると疑われ、産婦人科か何かを訪ね、そこで精液を採取することとなり、アテガキ(マスターベーション)をする運びとなるが、案内されたところは汚い和式便所である。ネタもないままにアテガキしようとすると、隣の個室に誰かが入り、放屁の音が聞こえてきて、一時、断念する。実際には夫には過去に女性を妊娠させた経験があったので、心の底のどこかでは「俺はなんてバカな事をしているんだろう」という疑念がよぎる。これ、私の友人の中で経験した人がいて、やはり、精液の採取なるものを経験した話を聞いた事があります。さすがに時代が変わっており、トイレの個室に案内されて精液を出して来いではなく、それっぽい部屋に通され、そこに4〜5本のアダルトDVDとエロ本とが容易されていて、それをズリネタにして自分で自分の精液を採取し、提出してくるものなのだという。

作品の中には「子は神からの授かりものではないのか」というクダリも登場しますが、子供を授かりたいという思いに取り憑かれてしまった妻は段々エスカレートしてゆき、夫の射精に到るまでの時間が短すぎるのが原因ではないのか等といって、インサートから射精に到るまでの時間のストップウォッチで計測し、挙げ句には大きな用紙に時間を記録しだして営業成績を提示して発破をかける営業課長がごとく、そのグラフつくって部屋に貼るまでになってゆく。妻の側には、これもいつぞやの倖田來未放言騒動を思い出させますが、高齢初産は色々と不都合があるらしいという思いに囚われている精神状態であり、とにもかくにも受胎せんと必死になっていってしまうのだ。

さぁ、この旅行で今度こそ受胎せんと張り切る妻であるが…。



2.『子供は神の子』
実の妹の子守を任されているキヨシは、周囲の大人たちからは妹思いのやさしい兄と思われている。しかし、実際のキヨシは空き地に遊びに行くと、すぐにおぶっていた妹を放置して遊び呆けているようなものであった。また、ちょっとしたイジワルなどもしていた。或る時、ガラガラの回転しているベビーベッドの中の妹が痰を絡めて苦しんでいる様子に遭遇、キヨシは妹の顔の上に布団を乗せて外出してしまう。キヨシが家に帰ったときには妹は死んでいる。

妹の通夜、葬儀、法要という一連が始まる。その際、キヨシは両親は勿論、親戚や御近所さんからも一様に誉めそやされ、また、同情される。「妹思いだったキヨシちゃんが気の毒…」、「見てみなさい、キヨシちゃんはショックを受けている筈なのに、ちゃんと、お行儀よくしているでしょ! 比べてキヨシちゃんは立派ねぇ…」という具合にオトナたちが演じるものだから、キヨシは悲しみや自分が殺してしまったかもしれないという罪悪感を考えることもしない。キヨシは他の子たちを差し置いてオトナから褒められる快感に包まれてしまう。「甲斐甲斐しく妹の面倒をみていたが、その妹を失って失意の底になるのにしっかりしているイイ子」という周囲の評判に気を好くしてしまう。

「子供は神の子ね」

と誰かが何度となくいう。しかし、御葬式から法要までの一連をすれば自分が褒められる、その快感を知ってしまったキヨシは、次には祖母が死んだら、また同じような体験をできるのだろうなと夢想をはじめ、間接的に祖母殺しもやってしまう。また、褒められる。では、次には母親も…。それでも親戚のオジオバたちは「悲しみのどん底であろうに、なんて、いじらしい態度だ。この子は神の子だ」と言い続ける。

これは誰しもが感じている事柄であり、ホントは子供は天使じゃない。天使のように見えることもあるが、自分が子供だったときの記憶を率直に思い返せば、それが天使である筈はないことも知っている筈なのだ。なのに、そういう冷静さを喪失し、無邪気な存在であると勝手に思い込みをしてしまう。実際、無邪気なものと接してくれる大人を逆手にとって、子供が子供である事を武器にして場を支配している場合なんてのもあるのが現実ですやね。現在ともなると、「私は子供が苦手なんです。だって、うるさい生き物だし、狡い生き物だし、なんで天使だなんていうのか分からない」なんて言ったら、ドン引きされてしまう程、「子供は天使である」という虚妄が世に蔓延、浸食してしまっている気がしないでもない。

幼児が赤子に対して加虐をはたらいている等という事を想像するのは、おぞましい事である。しかし、一皮剥けば、結構、危うさを秘めているのも現実かも知れませんやね。兄弟ゲンカ、姉妹ゲンカにしても、親の愛情を奪い合う為、自分に注意を引く為に起こったりしているのが現実で、結構、家庭環境は大きく、その子の性格に影響しているようにも見える。いい子を演じて、兄弟姉妹を出し抜くという知恵を持っている子供も実際に居ると思う。子供は無邪気なものであると捉えたいものですが、兄弟姉妹への当たり方を観察していれば、あからさまに差別化を演じていたりする。Aはこういう子だけど、私はこういう子という設定を兄弟間、家庭の中につくり上げ、それが固定化してしまう。実際、私には兄がありましたが、その兄がサザンオールスターズを聴いているから、その弟たる私は意地でもサザンオールスターズは聴かない弟という役柄を演じることになる。案外、そーゆーもんですよね。露骨に奪い合いを演じる兄弟姉妹なんてのもあるワケで。



3.『マッチ売りの少女』
乞食を相手に売春をするド底辺女の話であり、たぶんに都市伝説的な内容。立ち小便をする酔っ払いに声を掛ける、マッチ売りの少女。マッチ一本を擦って火を灯し、その間だけ御開帳。そのマッチの価格は5円。しかし、その他にもメニューが容易されており、手コキが数十円、口が幾ら、本番が幾らと設定しているが、どれもこれも乞食相手なので格安設定。出で立ちは乞食同然であり、頭髪ともなると半分はトラ狩り。どこぞの労務者が、そのキモチワルサに怒って襲撃、ハサミで頭髪の半分をトラ狩りにしたもの。誰も彼もが、そのマッチ売りを50代のイカれた婆さんだと思い込んでいるが、実は24歳――。

何故、そんな女が出来上がったのかという具合に物語は展開してゆく。母親が大工と再婚。この娘は連れ子である。母親が浮気。母親の浮気相手の30代の男は、或る時、娘にも手をつけるようになる。しかし、この娘、つまりマッチ売りの少女は少し知能的な問題でもあるのか、その30代の男の体臭を勝手に「おとうちゃんの匂いだ」、「この人はホントのおとうちゃんに違いない」等と認識し、中年男に抱かれることに快楽と同時に精神的安堵感を獲得してしまう。母親の浮気は大工の夫にバレる。大工の夫は別れると言い出すと、母親は娘を差し出す。「私の連れ子なんだから、あんたが好きなようにすればいい」と。よって、今度は継父の大工にも抱かれることになる。ここでも娘は「おとうちゃん」と身悶え、精神的安堵感に包まれてしまう。

成長して友人と一緒に東京へ行くが、東京でも女衒風の男にアッサリと捕まって、各種の風俗店で働かされる。しかし、この娘、サービスはいいが客にカネを請求できない。ちょっと頭が弱いらしいという事になって、やがては売春させてカネを稼がせ、上前をハネていた男たちからも見捨てられる。そんな娘の成れの果てが、マッチ売りの少女、乞食相手の売春婦、50代に見えるがホントは24歳という女の出来上がりである。

マッチ売りの少女、寒い街頭に出ても誰も寄り付かない。垢が浮いていて、悪臭も放っており、最早、認識されるところ、それは化け物と化している。マッチ売りの少女はマッチを三本ほど擦って、我が身を焼く。憐れ、公園には、黒焦げになった女の焼死体が転がっている。

色々と怖さの詰まった話であり、強烈なインパクトを残しますが、横浜に実在した外国人専門の売春婦の成れの果てであるとか、そういうものは間違いなく時代の記憶ですやね。
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