清王朝の第８代皇帝は、通称を道光帝（どうこうてい）といい、この道光帝の在位期間は西暦1820〜1850年まで。アヘン貿易に伴う銀の国外流出、民間では清王朝がヌルハチに始まる満州族（女真族）に拠る王朝であった為に「反清復明」（清朝に反対して漢民族による明朝を）を掲げる秘密結社が勢いを増していた。
イギリス東インド会社は中国との片貿易を是正するため、インド産アヘンを中国に密輸し、その結果として中国のアヘン輸入は激増。経済面、財政面、殊に衛生面にも重大な弊害がもたされたので、清王朝はアヘンの取締りを強化、1839年、林則徐が欽差大臣として広東に赴任させた。この欽差大臣・林則徐はイギリス商人のアヘンを没収し、公衆の面前で焼き払うなどして廃棄した。林則徐は「今後はアヘン貿易を行なわない」という誓約書の提出を求めたが、イギリスは誓約書の提出を拒否した。また、その後にイギリスとの交易を禁止した。その出来事を端緒にイギリスが清王朝に宣戦布告をして、アヘン戦争（1840〜1842年）へ突入。
1841年１月７日、イギリス軍が広東の虎門の大角・沙角の砲台を攻撃、守備隊と激しい戦闘の後に砲台を占拠。清王朝側は守備隊の死傷者７百余名、舟11隻を失う大惨敗であった。
イギリス軍は舟山諸島を占領、領海を封鎖し、一度、和議交渉が始まるが妥結せず、イギリス軍はアモイ、舟山、寧波を占領、更に上海、鎮江をも陥落させて南京へと迫り、ここで清王朝は屈する形でイギリスとの間に南京条約を締結させ、アヘン戦争が終わる。清王朝からすれば実質的な敗戦である事は言うまでもない。
で、ここではアヘン戦争に際して、清王朝の道光帝が、1841年１月27日に発した対イギリスの宣戦布告文について、三石善吉著『中国、一九〇〇年』（中公新書）から。
1841年１月７日に広東は虎門（こもん）の砲台で戦闘が発生し、清王朝軍は大惨敗を喫した。それが道光帝の元に届いたのは、同年１月27日であったが、道光帝は激怒し、その日の内にイギリスに対して、宣戦布告をしたとされる。宣戦布告文は、以下のようなものであった。
我が朝が外夷を撫馭（ぶぎょ）するには、ひとえに恩義を以てする。各国が恭順であれば、礼を厚くして待遇し、共に昇平（天下太平）の平和な世界を楽しもうとするものである。ところで西夷のアヘンの流毒が日に日に甚だしいので、特別に禁令を公布してこの望ましくない風潮を打開しようとした。しかしイギリスは傲り高ぶり、誓約を守ろうとしない。そこで命令を下して貿易を断絶させたが、悔い改めるどころか、ますます勢いづいて我儘ほうだいで、突如、去年の六月（新暦七月）の間には舟山列島の定海を占領し、さらに福建、浙江、江蘇、山東、などの海岸を自由に往来し、各地で問題を起こしている。
ここ数ヵ月間には、イギリスは婦女を姦淫し、財産を掠奪し、砲台を築き、偽の政令を出して、人民に課税すらしている。のみならず、その要求は飽くことを知らず、アヘンの損害賠償を要求し、埠頭すら要求している。朕は、つとに、その反復無常に鑑み、これではとても信義の通じる相手ではないと判断し、攻撃の準備を始めていたところ、去年の十二月十五日（旧暦の関係でズレあり）、大角・沙角の砲台を攻撃し、占領した。これこそ、天に逆らい、道理にもとり、その性格は犬羊と同じである。誠に、天地の容れざるところ、また、神人の共に憤るところである。かくて、ただ痛撃を加えて根こそぎ殺し尽くすしかなく、それによって初めて天討を顕らかにし、民望を慰めることが出来る。伊里布（両江総督）や��善（欽差大臣）は勇気を奮い起こして前進し、反逆した夷の首を京に送り、徹底的に懲らしめよ。夷の醜類（しゅうるい）や、それにつき従った裏切り者は徹底的に捕え、殺し尽くして宜しい。
この道光帝の宣戦布告文、非常に興味深いと感じました。少し難しい用語がありますが、【撫馭】（ぶぎょ）があり、「外敵を撫馭する」とは「化外の野蛮人を慈悲を以って操縦する」の意味であるという。従がって、宣戦布告文の冒頭にある「撫馭するには、ひとえに恩義を以って操縦するのが常であるが…」のような意味合いである。
1840年頃の話ですが、思いの外、その王朝体制の古めかしさのようなものを彷彿とさせられると同時に、確かに中華思想、その冊封の原理で物事が貫徹されている事にもよく、現れている。西洋文明ではない何か、別の、東西で噛み合う筈もない文明が現れている。あと、もう一つ、【醜類】とは、「悪い仲間」の意だそうな。
なので、この宣戦布告文のおおよその文意とは、意訳すると、こうかな。
本来であれば恩義を以って、礼を厚くして待遇し、恭しく接し、平和にやっていくのが通常であるが、西洋の蛮人はアヘンを流入させ、しかも、日に日にエスカレートさせていたので、禁令を発し、その悪い状況から脱しようとしたが、イギリスは傲り高ぶり、誓約を要求したが誓約に応じる気もない。なのでイギリスとの貿易を断たせたが、イギリスは反省するどころか好き放題な振る舞いを始め、各所で軍事展開を始めている。
この数ヵ月間は、婦女を姦淫し、財産を掠奪し、勝手に自軍の砲台を築き、勝手に政令を出して税金まで領民から得ている。その驕れるイギリスの要求は止まる事を知らず、当王朝政府に対して焼却したアヘンの損害賠償を要求し、更に埠頭を寄越せと要求している。朕は、信義が通じる相手ではないと判断し、イギリス軍への攻撃準備をしているところであったが、大角・沙角の砲台にイギリスは攻撃を開始し、占領するまでに到っている。
これは、天に逆らい、道理にもとる暴挙であり、その性格は犬羊（けんよう／賊徒の意）である。神も人も、大いに憤るものである。こうなのであれば、敵に、ひたすらに痛撃を与え、殺し尽くすしかない。殺し尽くす事こそが、民の希望に叶うものである。伊里布と��善とに主に命じることとするが、両者は勇気を奮い立たせて、前身し、この事態に当たり、敵の首は京に送り届けよ。また、イギリスに加担している仲間や裏切者も徹底的に捕まえ、皆殺しにしてもよろしい。
という意味ですね。
いやいや、色々と読み取れますよね。先ず、古くさいものの、聖帝思想＆伝統的な中華思想が純然として残っていた事が分かる。或る意味では、道理が通っているのだ。本来なら平和的に接するべきであるが、敵は悪逆非道であり、その悪逆非道を滔々と列挙し、その上で、そうなのであれば、皆殺しにするしかない、これが天の道理にも叶い、民の望みにも応えるものなのだ…という考え方。伝統的な中華思想、孔子と天道思想からなる秩序の考え方、華夷秩序、冊封、徳治などなど、善いも悪いも、生々しく読み取れる。
これが中国が味わった西洋列強の姿なんでしょうねぇ。ペリー提督の黒船が日本に来航したのが、西暦1853年で在る事を加味すると、およそ、その10年ほど前に中国で起こっていた出来事なのだ。夷を討つ事を意味する【攘夷】という言葉も、この時代の中国にあり、つまり、流用だし、文献も同じ出典で【攘夷】という言葉を使用していたのだそうな。中国でも日本でも、この西洋列強の脅威に晒されていた事の、生々しい記憶でもある。
そして、その古色蒼然とした東洋思想のそれにも気付かされますかね。儒教的な価値観によって統治の論理がつくられており、建前上、皇帝は民を慈しむことが善い事であるとワンセットにされている。実際には伝統的な中華思想では官と民とがあって、民の方は百姓であり、官でないと意味はない。民が政治に参加するなんてとんでもない事で、皇帝を中核にした中央集権体制であり、しかも外交政策などは、殆んど華夷秩序の冊封政策で乗り切れていたのだ。恩義を与えれば、忠節で帰って来る。互いにWin×Winになるので、四方の夷勢力との間でも、揉め事もそんなには起こらない。その枠組みは、紀元前の周王朝時代の聖帝、尭や舜を模している。それが実に19世紀まで継続していた事に驚かされる。確かに、西欧列強の帝国主義というのは、犬畜生のような獰猛な連中であり、なんとしてでも攘夷すると発想するだろうし、根こそぎ殺し尽くしても構わないと考えるのが東洋思想かも知れませんやね。
しかし、悲しいかな、この時代の中国は軍隊は脆弱で、実際に武器の発達が遅れており、飛び道具、銃器はさほど発達していなかったという。普及していたのは鳥撃銃程度で、その他の飛び道具というと一気に弓になってしまうレベルであったそうな。なので、少林寺拳法などの武術、武術の中には武具を扱うものが含まれているし、手裏剣や暗器としての飛び道具はあるが、その多くは刀や槍であったそうな。民間の秘密結社も攘夷、或いは清王朝打倒へと動く時代でもあるのですが、この時代の中国の武術というのが、ホントにブルース・リーやジャッキー・チェン、ジェット・リーの映画を彷彿とさせるようなカンフーの世界、アレであり、少林寺なんたらの中には鍛錬に鍛錬を重ねれば、敵の刃を通さない肉体を手に入れる事ができるであるとか、そちら。
まぁ、夢はあるのだけれども…。
イギリス東インド会社は中国との片貿易を是正するため、インド産アヘンを中国に密輸し、その結果として中国のアヘン輸入は激増。経済面、財政面、殊に衛生面にも重大な弊害がもたされたので、清王朝はアヘンの取締りを強化、1839年、林則徐が欽差大臣として広東に赴任させた。この欽差大臣・林則徐はイギリス商人のアヘンを没収し、公衆の面前で焼き払うなどして廃棄した。林則徐は「今後はアヘン貿易を行なわない」という誓約書の提出を求めたが、イギリスは誓約書の提出を拒否した。また、その後にイギリスとの交易を禁止した。その出来事を端緒にイギリスが清王朝に宣戦布告をして、アヘン戦争（1840〜1842年）へ突入。
1841年１月７日、イギリス軍が広東の虎門の大角・沙角の砲台を攻撃、守備隊と激しい戦闘の後に砲台を占拠。清王朝側は守備隊の死傷者７百余名、舟11隻を失う大惨敗であった。
イギリス軍は舟山諸島を占領、領海を封鎖し、一度、和議交渉が始まるが妥結せず、イギリス軍はアモイ、舟山、寧波を占領、更に上海、鎮江をも陥落させて南京へと迫り、ここで清王朝は屈する形でイギリスとの間に南京条約を締結させ、アヘン戦争が終わる。清王朝からすれば実質的な敗戦である事は言うまでもない。
で、ここではアヘン戦争に際して、清王朝の道光帝が、1841年１月27日に発した対イギリスの宣戦布告文について、三石善吉著『中国、一九〇〇年』（中公新書）から。
1841年１月７日に広東は虎門（こもん）の砲台で戦闘が発生し、清王朝軍は大惨敗を喫した。それが道光帝の元に届いたのは、同年１月27日であったが、道光帝は激怒し、その日の内にイギリスに対して、宣戦布告をしたとされる。宣戦布告文は、以下のようなものであった。
我が朝が外夷を撫馭（ぶぎょ）するには、ひとえに恩義を以てする。各国が恭順であれば、礼を厚くして待遇し、共に昇平（天下太平）の平和な世界を楽しもうとするものである。ところで西夷のアヘンの流毒が日に日に甚だしいので、特別に禁令を公布してこの望ましくない風潮を打開しようとした。しかしイギリスは傲り高ぶり、誓約を守ろうとしない。そこで命令を下して貿易を断絶させたが、悔い改めるどころか、ますます勢いづいて我儘ほうだいで、突如、去年の六月（新暦七月）の間には舟山列島の定海を占領し、さらに福建、浙江、江蘇、山東、などの海岸を自由に往来し、各地で問題を起こしている。
ここ数ヵ月間には、イギリスは婦女を姦淫し、財産を掠奪し、砲台を築き、偽の政令を出して、人民に課税すらしている。のみならず、その要求は飽くことを知らず、アヘンの損害賠償を要求し、埠頭すら要求している。朕は、つとに、その反復無常に鑑み、これではとても信義の通じる相手ではないと判断し、攻撃の準備を始めていたところ、去年の十二月十五日（旧暦の関係でズレあり）、大角・沙角の砲台を攻撃し、占領した。これこそ、天に逆らい、道理にもとり、その性格は犬羊と同じである。誠に、天地の容れざるところ、また、神人の共に憤るところである。かくて、ただ痛撃を加えて根こそぎ殺し尽くすしかなく、それによって初めて天討を顕らかにし、民望を慰めることが出来る。伊里布（両江総督）や��善（欽差大臣）は勇気を奮い起こして前進し、反逆した夷の首を京に送り、徹底的に懲らしめよ。夷の醜類（しゅうるい）や、それにつき従った裏切り者は徹底的に捕え、殺し尽くして宜しい。
この道光帝の宣戦布告文、非常に興味深いと感じました。少し難しい用語がありますが、【撫馭】（ぶぎょ）があり、「外敵を撫馭する」とは「化外の野蛮人を慈悲を以って操縦する」の意味であるという。従がって、宣戦布告文の冒頭にある「撫馭するには、ひとえに恩義を以って操縦するのが常であるが…」のような意味合いである。
1840年頃の話ですが、思いの外、その王朝体制の古めかしさのようなものを彷彿とさせられると同時に、確かに中華思想、その冊封の原理で物事が貫徹されている事にもよく、現れている。西洋文明ではない何か、別の、東西で噛み合う筈もない文明が現れている。あと、もう一つ、【醜類】とは、「悪い仲間」の意だそうな。
なので、この宣戦布告文のおおよその文意とは、意訳すると、こうかな。
本来であれば恩義を以って、礼を厚くして待遇し、恭しく接し、平和にやっていくのが通常であるが、西洋の蛮人はアヘンを流入させ、しかも、日に日にエスカレートさせていたので、禁令を発し、その悪い状況から脱しようとしたが、イギリスは傲り高ぶり、誓約を要求したが誓約に応じる気もない。なのでイギリスとの貿易を断たせたが、イギリスは反省するどころか好き放題な振る舞いを始め、各所で軍事展開を始めている。
この数ヵ月間は、婦女を姦淫し、財産を掠奪し、勝手に自軍の砲台を築き、勝手に政令を出して税金まで領民から得ている。その驕れるイギリスの要求は止まる事を知らず、当王朝政府に対して焼却したアヘンの損害賠償を要求し、更に埠頭を寄越せと要求している。朕は、信義が通じる相手ではないと判断し、イギリス軍への攻撃準備をしているところであったが、大角・沙角の砲台にイギリスは攻撃を開始し、占領するまでに到っている。
これは、天に逆らい、道理にもとる暴挙であり、その性格は犬羊（けんよう／賊徒の意）である。神も人も、大いに憤るものである。こうなのであれば、敵に、ひたすらに痛撃を与え、殺し尽くすしかない。殺し尽くす事こそが、民の希望に叶うものである。伊里布と��善とに主に命じることとするが、両者は勇気を奮い立たせて、前身し、この事態に当たり、敵の首は京に送り届けよ。また、イギリスに加担している仲間や裏切者も徹底的に捕まえ、皆殺しにしてもよろしい。
という意味ですね。
いやいや、色々と読み取れますよね。先ず、古くさいものの、聖帝思想＆伝統的な中華思想が純然として残っていた事が分かる。或る意味では、道理が通っているのだ。本来なら平和的に接するべきであるが、敵は悪逆非道であり、その悪逆非道を滔々と列挙し、その上で、そうなのであれば、皆殺しにするしかない、これが天の道理にも叶い、民の望みにも応えるものなのだ…という考え方。伝統的な中華思想、孔子と天道思想からなる秩序の考え方、華夷秩序、冊封、徳治などなど、善いも悪いも、生々しく読み取れる。
これが中国が味わった西洋列強の姿なんでしょうねぇ。ペリー提督の黒船が日本に来航したのが、西暦1853年で在る事を加味すると、およそ、その10年ほど前に中国で起こっていた出来事なのだ。夷を討つ事を意味する【攘夷】という言葉も、この時代の中国にあり、つまり、流用だし、文献も同じ出典で【攘夷】という言葉を使用していたのだそうな。中国でも日本でも、この西洋列強の脅威に晒されていた事の、生々しい記憶でもある。
そして、その古色蒼然とした東洋思想のそれにも気付かされますかね。儒教的な価値観によって統治の論理がつくられており、建前上、皇帝は民を慈しむことが善い事であるとワンセットにされている。実際には伝統的な中華思想では官と民とがあって、民の方は百姓であり、官でないと意味はない。民が政治に参加するなんてとんでもない事で、皇帝を中核にした中央集権体制であり、しかも外交政策などは、殆んど華夷秩序の冊封政策で乗り切れていたのだ。恩義を与えれば、忠節で帰って来る。互いにWin×Winになるので、四方の夷勢力との間でも、揉め事もそんなには起こらない。その枠組みは、紀元前の周王朝時代の聖帝、尭や舜を模している。それが実に19世紀まで継続していた事に驚かされる。確かに、西欧列強の帝国主義というのは、犬畜生のような獰猛な連中であり、なんとしてでも攘夷すると発想するだろうし、根こそぎ殺し尽くしても構わないと考えるのが東洋思想かも知れませんやね。
しかし、悲しいかな、この時代の中国は軍隊は脆弱で、実際に武器の発達が遅れており、飛び道具、銃器はさほど発達していなかったという。普及していたのは鳥撃銃程度で、その他の飛び道具というと一気に弓になってしまうレベルであったそうな。なので、少林寺拳法などの武術、武術の中には武具を扱うものが含まれているし、手裏剣や暗器としての飛び道具はあるが、その多くは刀や槍であったそうな。民間の秘密結社も攘夷、或いは清王朝打倒へと動く時代でもあるのですが、この時代の中国の武術というのが、ホントにブルース・リーやジャッキー・チェン、ジェット・リーの映画を彷彿とさせるようなカンフーの世界、アレであり、少林寺なんたらの中には鍛錬に鍛錬を重ねれば、敵の刃を通さない肉体を手に入れる事ができるであるとか、そちら。
まぁ、夢はあるのだけれども…。
