どーか誰にも見つかりませんようにブログ

人知れず世相を嘆き、笑い、泣き、怒り、呪い、足の小指を柱のカドにぶつけ、SOSのメッセージを発信し、場合によっては「私は罪のない子羊です。世界はどうでもいいから、どうか私だけは助けて下さい」と嘆願してみる超前衛ブログ。

カテゴリ:謎解き古代史 > ナパニュマ

『ナパニュマ』とは、1956年、エレナ・ヴァレロという白人女性が11歳の時にヤノマミ族(ヤノアマ族)の襲撃に遭い、そのまま、ヤノマミに囚われ、そのまま、ヤノマミの中に身を置いて実に25年間を過ごした後に脱出に成功、そのエレナ・ヴァレロが実際に200時間超に渡って、そのヤノマミ族としての自らの体験を語ったテープを書籍化したものが『ナパニュマ』という事になる。日本では1984年に早川書房から翻訳版『ナパニュマ』が発刊されたが、日本で発刊される以前に既に9ヶ国で発刊されていたという。

【ナパニュマ】とはヤノマミ語では「白人の女」という意味になるといい、エレナ・ヴァレロはヤノマミの中ではナパニュマと呼ばれていた事に基づいたもの。ヤノマミ族にあっては「ヤノマミ」や「ヤノアマ」が「人間」の意味でもあるので、ヤノマミ以外は【ナプ】と呼ぶというのは、国分拓著『ヤノマミ』(新潮文庫)でも示されていたところでもある。そして語尾に【ニュマ】が付くと女を意味しているという。つまり、ナプ+ニュマ=ナパニュマという事になる。だから、本来的には「白人の女」という意味ではなく、「ヤノマミではない女」の意であるが、アマゾンの奥地、ブラジルとベネズエラの国境付近とされるヤノマミ族たちの生息地で、ヤノマミ族以外といえば、それは、もう即ち【白人】を意味していたという事でしょう。

そして、これが中々に濃密にして受け止めるのが大変な話になってくる。社会学のような分野の学術があったとして、それを少しでも学術的なものであらしめる為には、諸々の論拠となるものがなくては成立しにくい。変な話ですが、社会学のようなものは実証が伴わない分野でもあるから、その論者が好きなように組み立てる事が出来てしまう。少しでも学術的なものであろうとするなら、これ決定的であろう、疑いの余地もないじゃないかというレベルの仮説が欲しくなる訳ですね。それを考えるにあたっては帰納法という事になる。時計を分解して時計の仕組みを知る。地球の地質的な事を知ろうとするのであれば地層を調べたり、数千年前の地球と同じ条件であろう別の惑星を調べるなどして地球を知ろうとする。何某かを遡る、帰納することによって物事の原初的な状態を知ろうとする。その意味では、社会学や政治学にとって、このアマゾン奥地の未開人たちの研究、それは人類学という呼称でスタートしたようですが、実は物凄く重要な事でもある。

太古の人々、つまり、我々の祖先は、どのような社会を形成し、どのように生きていたのか? 自然状態とは如何なるものであったのか?

既にNHKスペシャルで「ヤノマミ」や「イゾラド」は取り上げられているし、国分拓著『ヤノマミ』(新潮文庫)にも触れましたが、『ナパニュマ』に記されている事柄とは、それよりも更に30年ほど遡ったヤノマミ族の生態が語られている。そして、それは案の定、かなり衝撃的である。

1956年の事、或るエレナの家族はカヌーで伯父の家に向かっていた際、原住民の襲撃に遭った。カヌーに乗っていたところを、突如として大勢の原住民が矢で射かけて来たというのが発端である。11歳の少女であったエレナに毒矢が当たった。その毒矢はエレナの腹の皮を貫通して太腿に刺さった。エレナの母親が咄嗟に矢を引き抜いたが、矢尻は二つに割けてしまい、抜くのに手間取った。毒矢である事を理解していたのかエレナの母親はエレナの傷口から毒を吸い出すという応急処置もカヌーの上で行ない、その上で、「射ないで! 私たちは敵ではない!」と現地語で呼び掛けたが、襲撃が収まらなかった。

エレナの父親の背中の真ん中に矢が一本、突き刺さった。立て続けに矢がエレナの父を飛んできて、エレナの父は実に8本もの矢で射られた。しかし、それらの矢をエレナの父親は全て引き抜いて川に飛び込んで岸まで泳いで逃げることとした。このとき、エレナの家族はエレナの父親と母親、そして弟が一人いたが、岸に上がってジャングルの中を走っているときに、エレナは頭がふらふらしてきたという。それが毒矢の効能というものであった。ヤノマミ族は狩りや戦争には毒矢を用いるが、毒矢を射られて毒が回ると、ヒトもサルも動けなくなるのだ。エレナは自分が死ぬと思い込んで咄嗟に叫んだ。

「お父さん、逃げてちょうだい。私はもう駄目だわ」

そう叫んだのを最後に、エレナの記憶は一度、途切れる。気を失ってしまったのだ。


――エレナがウトウトと目を覚ましたのは夜だった。シャーマンが何やら歌(祝詞)らしいものを唄っており、周囲には頭のテッペンを沿っている人たち、男たちはペニスを紐で胴体に縛りつけているだけの全裸であった。エレナは傍らに佇んでいる人物を自分の母親だと思い込んでいたが、それはヤノマミの女だった。エレナは、ただただ泣くしかなかった。

この当時のエレナにはヤノマミの言葉は分からなかった。後に知ったところによると、エレナの一家が襲撃されたのは、ヤノマミ族の中の三つの集落が共同して白人襲撃を計画したものであった。三派が連合しての白人襲撃であったが、襲撃後にエレナ一家が向かっていたエレナの伯父の家を拠点としてひと月ほど滞在し、その後、ヤノマミたちは引き上がて行く事となり、エレナは「ナパニュマ」としてヤノマミたちに引き取られる事になった。(ヤノマミ族は人を簡単に殺すところがあり、実は殺されずに集落に連れて帰られただけでも珍しい。)

11歳であったナパニュマは、ヤノマミ族からは女としては承認されず少女と承認されていたらしい。しかし、少女は女になる可能性がある。なので、ヤノマミの三派の中でナパニュマの争奪戦が起こった。「将来的にナパニュマを息子の嫁にするのだ」とか、「自分の妻にするのだ」といった女をモノ扱いするレベルでの争奪戦でもある。

ナパニュマは当初はコホロシウェタリという集落に連れられて行ったが、ナパニュマを寄越せとカラウェタリとイナモナウェテリが騒ぎ出した。ナパニュマは戦利品の一つでもあったのかも知れない。

しかし、いきなりヤノマミの生態が明らかになる。「ナパニュマを寄越せ」という要求をコホロシュタリが拒否したところ、カラウェタリの人々は大声を上げて矢を打ち鳴らすというパフォーマンスをした。矢を鳴らすという行為、それは敵になったという合図でもあるという。

カラウェタリは「ナパニュマを引き渡せ」という要求で決裂したこの一件によって、要求に応じないコホロシュタリの集落を襲撃して皆殺しにするという計画を立てた。カラウェタリは狂暴な人たちと認識されているらしく、コホロシウェタリの女たちは声を上げて泣き出したという。一人の女はナパニュマを小突いて「こいつの為にみんなが死ななきゃならないのかい」と押し倒した。(これらの集落(村)の語尾についている「タリ」や「テリ」というのは、テリトリーの「テリ」らしい。)

そして、本当にカラウェタリによる襲撃が起こった。コホロシウェタリの男たちは迎撃する為に集落を出て行き、残された老人と女と子供たちは一斉にジャングルの中を走って逃亡することになった。一日中、ジャングルの中を走り続けてみると、コホロシウェタリの男たちとも合流した。男たちも逃げてきてしまっていたのだ。(ナパニュマことエレナによる回想では、フツウのヤノマミの男たちは勇敢にも矢で応戦するが、この際のコホロシウェタリの男たちは碌に矢を敵に射かけることもなく逃げてきてしまったと目に映ったらしい。)

ナパニュマは酷い下痢に悩まされていた。元々は白人として生活していたものをヤノマミの襲撃に遭い、以降はヤノマミと同じものを食べて生き延びていた。また、実際に太腿に毒矢を受けた事もあり充分に体力も回復していない中で、このカラウェタリの襲撃に遭遇していた。

コホロシウェタリの一団は、大きな岩山に隠れることにした。しかし、カラウェタリは舞台を二手に分けて追跡していたらしく、その岩山には一隊が先回りしており、コホロシウェタリへ逃れてきた一団に矢を射かけて来た。コホロシウェタリの一団は岩山の洞穴に逃げ込んだが、カラウェタリは挑発を続けた。カラウェタリは以前からコホロシウェタリを襲撃し、女を奪っていくなどを繰り返していたという。

洞穴の中へ逃げ込んだコホロシウェタリと、洞穴の外で待機しているカラウェタリとの攻防が続く。カラウェタリは、かかって来ないコホロシウェタリの男たちをなじった。

「コホロシウェタリの女ども、お前らの亭主は能無しだ。食うものといえば、つるの根っこだけじゃないか。おれたちはちがう。バナナやププーニャを食っているぞ。まったく情けない奴らだ。女房にジャングルでとってきた根っこしか食わせないんだから」

コホロシウェタリの女が言い返した。

「大きなお世話よ。木の実と芋で十分。誰があんたたちのバナナなんかほしがるもんか」

しかし、やがてカラウェタリは、岩山の周辺で捕まえたコホロシウェタリの子供たちを片っ端から殺し始めるという悍ましい事を始めた。逃げようとする子供を捕まえては地面に投げ飛ばし、矢を射こんだ。矢は体を貫通し、射抜かれた矢は子供を地面に縫い付けた。年端もいかぬ赤ん坊の足をつかんでは振り回し、木や岩に叩きつけて殺し始めた。現代風に言えば、信じられない大虐殺である。子供たちは恐怖で目を見開いていたが、その残忍な処刑は終わらなかった。

カラウェタリたちは一通り殺し終えると、その子供たちの死体を次から次へと岩間へと放り投げた。恐ろしさと可哀想な気持ちとで、女たちは涙をボロボロと流した。

カラウェタリは尚も挑発を続けた。

「コホロシウェタリ、コホロシウェタリ、どうした、いくじなしめ。逃げてばかりいないで向かってこい。お前らのガキは皆殺しにしたぞ。悔しかったら、仇討ちにこい」

しかし、誰も言い返さなかった。するとカラウェタリは続けた。

「コホロシウェタリ、遠くの相手には空威張りばかりして、近くにくるとどうだ。勇気のかけらもない。女房子供をほったらかしで逃げ回ることしかできないのか。きさまらのガキはみんな殺してやったぞ!」

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「コホロシウェタリ、遠くの相手には空威張りばかりして、近くにくるとどうだ。勇気のかけらもない。女房子供をほったらかしで逃げ回ることしかできないのか。きさまらのガキはみんな殺してやったぞ!」

カラウェタリの男たちの挑発がすると、遠くの方から声が返って来た。

「カラウェタリ、お前らこそ卑怯者だ。逃げ場のない女子供しかつかまえられないのか」

その声を聞いたカラウェタリの男たちは「しゃべらせるんだ。居場所を突き止めて殺してやろう」と囁き合った。

やがて、カラウェタリの男たちは帰りかけた。これだけ殺せば充分だろうとカラウェタリの酋長が判断した為であった。(【酋長】という単語を使用しましたが、エレナは【トゥシャワ】と表現していたようですが、意味はカシラ、リーダー、首長、酋長も同じ意味で使用されている。)

カラウェタリの酋長は「女は要らない。どうせ逃げてしまうだろう」と言っていたが、カラウェタリは50人ほどの女を自分たちの集落に持ち帰ることにした。男・女・男という具合に女を男で挟むような一列縦隊にしてジャングルの中を歩き始めた。

襲撃したカラウェタリも襲撃されたコホロシウェタリも共にヤノマミ族であり、集落が異なるというだけの関係である。そもそもは三つの集落が共同してナパニュマ(エレン)の伯父を襲撃したものであった。それが、この有り様であった。如何にヤノマミが凶暴であるかを物語るスタートである。しかも、コホロシウェタリの子供たちを大量に殺したカラウェタリの一行は、コホロシウェタリからの報復があるであろう事を承知した上で、これらの一連をやっている。

カラウェタリの集落に帰るまでにはコホロシウェタリの追手を警戒しながらのジャングルの行軍となり、その行軍は実に5日間にも渡った。

カラウェタリに囚われたナパニュマは、そのまま、カラウェタリの集落へ連れて行かれた。すると、カラウェタリの女たちの罵りが、ナパニュマを含むコホロシウェタリからやってきた女へ浴びせられた。

「やい、コホロシウェタリの女、子供が殺されたというのに、ここへ何しにきた。この恥知らずの雌犬め!」

コホロシウェタリの女たちは口答えもできず、男たちの後ろに従がうしかなかった。あまりにもカラウェタリの女たちがコホロシウェタリから来た女たちを罵るので、酋長が「ケンカをさせる為に連れて来たんじゃない! こいつらは長旅で腹を空かせている。何か食うものを与えろ!」と女たちを叱りつけたが、カラウェタリの女たちによるコホロシウェタリの女たちへの罵りは終わらなかった。

コホロシウェタリから連れて来られた女たちは、カラウェタリの集落の中で戦利品として分配された。ヤノマミの男は各自が戦士であり、一人前になれば妻を持つ。一夫一婦制とは限らないので先の妻と後の妻のような関係にもなり、その上に舅姑という姻戚関係ができる。そして、基本的に子供は労働力にならないものだと考えられているので、子供よりも女の方が好まれる。ナパニュマは白人の子である事で目を惹いたが当時は11歳、子供として認識されており、しかも痩せこけていたので女としては評価されなかった。なので、カラウェタリの集落では「誰もナパニュマを欲しがらなかったから、あたしが連れて来たわ。面倒をみてあげようと思って」という具合に扱われた。

他方、白人の子は珍しいので、そもそもコホロシウェタリとカラウェタリとが争ったことの原因は、白人の女の子、ナパニュマそのものにあった。なんだかんだいってナパニュマは、今は小さいけれど将来的には一人前の娘になるだろうと期待され、引き取られた。世話好きな女は、どこの世界にも存在しているらしく、ナパニュマを引き取った女は「じきに、一人前の娘になるわ。だけど、誰にも私はしないからね」とナパニュマの手をとって、ハンモックに寝かせつけた。

ナパニュマは、そのような扱いになったが、基本的に虜として連れて来られた女たちは、元々のカラウェタリの女たちから罵られていた。

「新しい亭主が気にいったのかい? あたしたちなら、息子を殺されでもしたら、いつまでも涙が乾かないけどね。何さ、あんたたちは。泣くどころか化粧までして。息子を殺されて嬉しいのかい?」

人間の剥き出し――。しかし、これがヤノマミの生々しい習性にも思える。


カラウェタリの先住の女たちは、自分の夫が連れて来たコホロシウェタリの女たちを扱き使った。

「あたしのいうとおり働くんだよ。薪をとって、水を汲んでおいで。言う事をきかないと棒でひっぱたくよ」

一人の女が口答えした。

「好きできたんじゃないわ。あんたの亭主が勝手に連れて来たのよ。直ぐに逃げればよかった」

すると亭主が怒鳴った。

「やめろ! 二人とも! ぶちのめすぞ!」

すると先妻がやり返す。

「こんな女、殺してやる。あたしが殺すから、あんたはこの女の死体を焼いてやるのね。私は他の男のところへ行っちまうから」


また別の逸話にも触れられている。

或る夫が先妻に

「オレはこの女と畑にバナナを取りに行ってくるから、お前は子供をみていろ」

と言い残して、新しく手に入れた妻を連れて畑へ行ってしまった。すると、先妻は憎らしいコホロシウェタリから来た女のハンモックを切り落として火にくべて焼いてしまい、化粧道具なども捨ててしまった。

やがて夫が新しい妻と一緒にバナナを背負って戻って来る。すると、荒れ狂っていた先妻は、いきなり棒で女を殴りつけた。

「この雌犬め! いままで雄犬とじゃれあっていたのかい。ちくしょう!」

殴られた女の頭が割れて血が噴き出した。しかし、夫は妻たちの争いを静観し、やがて太い棒を頭を割られた女に手渡した。

「今度はお前の番だ。こいつの頭も割ってやれ」

そう言うと先妻を身動きできないように押さえつけ、尚も頭を割られた女に言った。

「さぁ、なぐれ」

しかし、コホロシウェタリから来た女は泣くばかりで動かない。すると先妻は勝ち誇ったように言った。

「叩けるものなら叩いてごらん。タダじゃすまないよ。今度はホントに殴り殺してやる!」

夫は、泣くばかりの女に、この女を殴れと嗾けた。

「さぁ、殴るんだ!」

しかし、それでもコホロシウェタリから来て頭を割られた女は動けない。震えて泣くばかりで、殴り返す気力なんてないのだ。

すると、夫は

「殴りたくないんだな? じゃ、これを食らえ!」

そう言うなり、夫は震えながら頭から血を流している女を殴りつけた。


我々が日常的な感覚で眺めると物凄く理不尽なのですが、おそらくヤノマミ族の有している価値観というのは、こういうものだったのでしょう。作家の沢木耕太郎氏がNHKスペシャルの番組「イゾラド」で取材した際、アウラとアウレという二人組のイゾラド(文明から隔絶された人)が登場していましたが、実は常識という常識は通じない。同じような未開人の言語も彼等には通用しなかった。そんな彼等は文明人に対しては「怯えるか、敵意を剥き出しにするか」ぐらいの反応しかない。その現実を同番組は映し出していた。「話せば分かる」とか、「言葉は通じずとも心は通じ合うものである」なんていう次元ではないんですね。文明を教えてあげようとしても、彼等は怯えてしまい脱走を企て、なんとか他の未開人集落の仲間にしてもらうも、そこで人を殺してしまう。文明を教えてあげる事とは、彼等にとっては不幸でしかないというシビアな現実が転がっている。

文明に接近したグアラニ族の集落も映像で写されていますが、文明化したグアラニ族は物乞いで生計を立てるようになってしまい、彼等の人口は2万人ほどであるが、にもかかわらず20歳以下の自殺が年間40人も出るような状況であるという。文明が彼等にもたらせるものは享楽と絶望である――と。

(先に記した【先妻】ですが、ヤノマミは多妻制なので要は第一夫人、第二夫人、第三夫人のような意味であり、同時に妻であるが先次の順位で先妻と表現しています。我々の正解の離婚した「先の妻」の意味での先妻ではありません。また、正妃と側室的な優劣順はなく、総じて新しく迎え入れられた若い妻の方が夫から可愛がられる傾向があるので、先妻は後から来る女に対して嫉妬し易く、このテの揉め事が非常に多い。)

ナパニュマの話に戻ります。

カラウェタリに連れて来られたナパニュマであったが、今度はヘクラウェタリがナパニュマを珍しがって欲しがるという展開に巻き込まれている。このヘクラウェタリは元々はカラウェタリであり、或る時期にカラウェタリから分派した集落であった。このカラウェタリとヘクラウェタリは、共に共通の敵を抱えていた。それが、近隣のヤノマミ族の中では最も精強であるとされていたシャマタリであった。そして、そのシャマタリが襲撃にくると専らのウサワであった。

ナパニュマは、ヘクラウェタリの居るところをシャマタリの襲撃に遭う。シャマタリは男たちが留守の間にヘクラウェタリのシャブノと呼ばれる拠点を襲撃した。いきなり四方八方から矢を射かけてきた。そしてナパニュマを含めて、あちらこちらから若い女が捕らえられた。女たちはシャマタリにとっての戦利品である。

シャマタリに捉えられた若い女たちは全員泣いていた。威勢がいいのは年をとった女たちであった。その中の一人の老婆がシャマタリの酋長であるロハリウェに言った。

「へん、何が酋長だい。男が居ない隙に来て、女を殺すしかできないクセに。あんたが殺されるのを楽しみにしているよ」

ロハリウェは老婆に返した。

「オレが殺されるだと? オレは死にはせんよ、婆さん。また、ここを攻めに来るさ。いずれオレも年をとったら殺されるかも知れんが、まだまだ先の事だ。それよりも、死んだ亭主や息子のために涙を流してやるんだな」

斯くして、シャマタリは大勢の戦利品たる若い女たちを引き連れて、その集落へ引き上げ始めた。しばらくすると、シャマタリの男がナパニュマの存在に気付いて、周囲の女たちに尋ねた。

「これは誰の娘だ?」

「ナパニュマよ。白人の娘だって」

「こんな子供を連れては行けん。こんなに痩せているじゃないか。とても歩けやせんぞ」

そんな会話をしていると、シャマタリの酋長であるロハリウェがやってきて、まじまじとナパニュマを眺めた。そしてロハリウェは

「なるほど、痩せているな。それじゃ険しいジャングルを歩けまい。婆さんたちに返してやれ」

と言った。ナパニュマは内心〈連れていかれずに済む〉と思った。変なところへ連れていかれるよりも、幾らかは面識ができた集落に残りたいと思った。

ロハリウェはナパニュマを指して、

「そいつを立たせろ。もう一度、見てやる」

と言ったので、ナパニュマは立ち上がった。すると、傍らの娘が余計な事を言った。

「別に痩せている訳じゃないわ。この子は、こういう体つきなのよ」

結局、ナパニュマは、付近のヤノマミ族の中でも最も恐れられているシャマタリの集落へ連れて行かれることになった。

ナパニュマは、そのシャマタリへ着くと、酋長ロハリウェの弟の舅の家に預けられ、そこで子守をする事になった。集落内では相応に恵まれた環境を獲得したと言えるらしい。周囲の人々も親切で、ナパニュマは食べ物に慣れていないからと、食べ物を融通してくれたという。しかし、そのような扱いを受ける事で、妬まれた。

殺し合いに女の争奪戦と展開が激しいものの、実はエレン・ヴァレリという11歳の白人少女がヤノマミに連れ去られてから、実は数ヵ月しかまだ経過していない。

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ナパニュマはカラウェタリの集落で、酋長の弟の舅の一家が引き取り、そこでナパニュマは幼い男の子の子守をしながら生活する事になった。その生活になって数ヵ月後の事、ナパニュマは大きな事件に巻き込まれた。

或る日、ナパニュマは小さな子供たちの子守を引き受けながら蜂蜜を採りに行った。首尾よく蜂蜜は沢山手に入れる事ができた。その帰途の事、ナパニュマは山の岩間に茶色っぽい大きなカエルを見つけた。カラウェタリの人たちは、そのカエルをウアナココと呼んでいた。

「ナパニュマがカエルを見つけたわ」

そう言いながら子守として預かっている小さな女の子がカエルの足をつかんで、ぶらさげるようにみんなの下へ持っていった。

みんなで蜂蜜を舐めた後、そのウアナココというカエルもバラした。皮をはいで内臓を出した後に頭を切り落とした。カエルの爪に関しては歯で一本づつ引き抜いた。そのウアナココというカエルは血に毒があるといい、血管を取り出すとカエルの血を絞り出した。

そして、そこでバラしたウアナココはたくさん卵を持っていた。帰りしな、ナパニュマの悪口を言っているカラウェタリの女が、ナパニュマに葉っぱで包んでカエルの卵を渡してくれた。その女は言った。

「持っていきなさい。おいしいわよ」

ナパニュマは、その包みを持って集落へ帰った。

集落へ帰ると、ナパニュマを引き受けてくれているおばさんが火を焚いた。カエルの実を焼いたのだ。そして、カエルの実を焼いた後に、カエルの卵の入った包みを火に乗せた。カエルの卵は、ブツ、ブツと破裂する音がした。

おばさんが

「何の音だい?」

と尋ねたので、ナパニュマは

「わからない。カラウェタリの女の子がくれたのよ」

と答えた。

火が通った頃、ナパニュマは包みを広げてみた。すると、一人の女の子が

「それなあに? あたしにもちょうだい」

と言った。ナパニュマは〈ここの人たちはカエルの卵を食べるのだろう〉という程度にしか思わずにいたので、さほど反応しなかった。女の子が何粒が口に入れると「くさいわ。とっても嫌な匂い」と言った。ナパニュマも口の中に入れてみたが、苦くて食べられたものではないので、直ぐに火の中に吐き出した。

そうこうしていると、よその女の子もやってきて、そのカエルの卵を食べたのだった。しかし、その女の子は、しばらくすると気分が悪いと言い出して、シャブノ(集落の共同住宅)の外に嘔吐しに行き、そのまま、ハンモックに寝込んでしまった。

カエルの卵を食べて寝込んでしまった女の子は、起き上がったものの、酔っ払らいのようにフラフラとしていた。カラウェタリのシャブノ中が、大騒ぎになったが、その中で、その女の子は死んでしまった。

他にもナパニュマが持ち帰ったカエルの卵を口にした子が嘔吐をしたり、口から泡を吐きはじめていた。人々はナパニュマに、「一体、何を食べさせたのよ?」と問うたので、ナパニュマは「カエルの卵を食べただけ」と答えた。

大変な事になった。死んだ女の子の母親がナパニュマを睨みつけて喚き始めた。

「殺せ。ナパニュマを殺せ。娘の仇だ。生かしちゃおくものか。オマエが生きてちゃ、あたしの気が収まらない」

ナパニュマは弁解した。

「どうしてあたしを殺すの? あたしは何も知らなかったのよ。毒があるなんて知らなかった。あの卵はもらったものなのよ」

しかし、弁解はヤノマミには通用しなかった。死んだ子の母親はナパニュマを殺すべきだと猛然と叫び始めた。

「あの白人の娘を殺しておくれ。娘と同じように死ぬところを見届けてやる。誰か今すぐ殺しておくれ」

その日の晩のこと、ナパニュマは預り先のおばさんにハンモックを揺すられて目を覚ました。おばさんはいった。

「起きなさい。逃げるのよ。ほら、向こうに火が見えるでしょう? 矢に毒を塗っているのよ。子供を殺されたから、あんたを殺すつもりなのよ。さあ、早く、今の内に逃げなさい」

ナパニュマは、眠かった事もあっておばさんに抗弁した。

「殺したきゃ殺せばいいわ。私は逃げたくなんかない。だって、何も悪い事はしていないのだもの」

しかし、おばさんは強引だった。無理矢理にナパニュマをシャブノの外に押し出すようにして「逃げなさい。しばらく遠くへ行っていなさい」と言って追い出した。

ナパニュマは、真夜中のジャングルに火種だけを手渡されて、放り出された形になった。


何が何だか分かり難い展開であったが、このカエルの卵の騒動は、ナパニュマの25年間のヤノマミ騒動の中でも、大変な事件であった。カラウェタリの集落で、小さい女の子をナパニュマが殺したと理解されてしまい、カラウェタリの集落では「ナパニュマを殺せ」と、大人の男たちも動き出してしまったのだ。

ナパニュマを真夜中に逃がしたおばさんの助言は的確だった。間もなく、シャブノ中では「ナパニュマがいない!」、「ナパニュマが逃げ出した!」と騒がしくなり、ジャングルの中をカラウェタリの連中が追い掛けて来る音がした。実際には、ジャングルの中をどう歩いていいのか分かる筈もなく、シャブノの近くの茂みに身を潜めて潜伏していたが、カラウェタリでは数人の男たちが本気でナパニュマを殺す気になって探し出していた。ナパニュマは、この騒動の際、おそらく11歳が12歳であるが、たった一人でジャングルの中で生活をしたという。

ナパニュマは悲しさで押しつぶされそうになりながらも、ジャングルの中の逃亡者となった。ヤノマミがコアボカと呼んでいる野生のバナナの木を発見すると、その幹を石で叩き続けて木を倒し、野生バナナ2房を手に入れた。

しかし、ジャングルの中で生きられるのは3〜4日が限界で、ナパニュマはカラウェタリの集落へと戻ることにした。「ジャガーが出る」という話も聞いていたし、ジャングルの中では、どうする事もできないのだ。数日間、単身でジャングル内を彷徨う中で、ナパニュマは「殺されるのなら殺されてもいい」というぐらいの覚悟を決めてシャブノへ戻ることにした。

シャブノに戻って、シャブノの裏手で薪拾いをしていると、突然、ナパニュマに激痛が襲った。ナパニュマの脚を矢が貫通していた。

震えながら矢を引き抜くと、矢は抜けたが毒の塗ってある鏃(やじり)が肉に食い込んだまま、残ってしまった。逃げようにも走れない。傷口は深く、奥の方では血の泡が見えたが、傷口を絞るようにして泡を崩し、その後、指を傷口にこじ入れて鏃を指先で掴みんで引き抜いた。血が溢れるように出てきた。ジャングル内では、血の痕で相手を追跡することを知っていたので、ナパニュマは血を流さぬよう傷口に落葉を押し込んで止血を試みた。しかし、血は簡単には止まらなかった。

やがて毒が回って来るのが分かった。頭がクラクラして視界が霞んだ。何もかもが黄色っぽく見え始めた。立ち上がらなければ…、逃げなければ…と思うが体が動かない。ナパニュマはジャングルの中で倒れ込んだ。

やがて足音が近づいてきた。その足音の主は、

「帰ろう。もう死んだだろう」

「お前の矢は傷を負わせただけだ。俺だったら一発で仕留めたのに」

「行こう。死んだにきまってる。昨日、射た猿はすぐに死んだじゃないか」

その話声を〈どうぞみつかりませんように…〉と祈りながらナパニュマは息を潜めていた。

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ナパニュマは、あろうことか毒矢で射られた。毒矢に射られたナパニュマは、毒が回ると先ずは耳が聞こえなくなり、続けて目も見えなくなった。その晩、どうしたのかナパニュマにも記憶がないが、おそらく気を失ったものだという。

気が付くと、寒かった。夜のうちに雨が降ったらしく滴が落ちている。そして自分の体には落ち葉が貼りついている事を触覚で感じた。まだ目は開かなかったが、自分の体に落ち葉が貼りついているのを感じた。しばらくして耳が聞こえるようになり、それに続けて、ようやく目を開けるようになった。矢で射られた傷口の痛みよりも、ただただ大アマゾンの寒さに震えた。

毒矢を射られた脚はというと、腫れて紫色になり、カエルの足のように醜かった。ナパニュマは、ひとりぼっちであったが、声を上げて泣いた。

毒矢で射られた翌日の夕方、女の一団の声が聞こえた。

「ナパニュマは死んだそうね」

「そうよ。昨夜の雨は凄かったでしょう。きっと、ナパニュマが雨を降らせたのよ」

「ナパニュマは岩のところで死んでいたらしいわ。もう口の中に蛆が湧いていたそうよ」

どうにも集落では、完全にナパニュマは死んだ事になっていた。ヤノマミたちの死生観では霊魂らしいものがある。これは日本の幽霊に当たる。また、死者の霊が恨みの雨を降らせるというのも、これは日本語に【涙雨】がある。明鏡国語辞典を引くと【涙雨】には「悲しみの涙が化して降るという雨」と解説されている。

前の日の晩、ナパニュマを殺しに来た男たちは、ナパニュマは幽霊になって鹿に化けてしまったとか、実際には死体を確認していなかったが岩場のところで死んでいた、既に蛆が湧いていた等と実際に吹聴していたので、すっかりナパニュマは死んだ事にされていた。

女の一団の中に、ウィパナマという女がいた。このウィパナマは、シャマタリの酋長のロハリウェの姉であり、ウィパナマはナパニュマを、よく可愛がってくれていた。

ナパニュマは土手ですくい、それを握り締めて土くれにして、その土くれをウィパナマに向かって投げた。すると、ウィパナマが反応して近づいてきて、ナパニュマを発見した。

「ナパニュマ、こんな所に居たの! てっきり死んだと思ってたわ。あんたのことを殺したって聞いていたのよ。棒で頭を叩きつぶしてペシャンコにしてやったって。……もう、こんなところに一人でいないでいいのよ。昨日、ロハリウェが、みんなを怒鳴りつけたのよ。『何故、オレの留守にナパニュマを殺した! あの娘はオレが弟の舅にやった娘だったんだぞ! オレが殺しの現場に居合わせたなら、弓を圧し折って、そいつを叩き殺してやったのに!』って、凄い剣幕で怒鳴ったの」

そういってウィパナマによってナパニュマはシャブノ(集落の拠点となる円形の集団住居)に連れ戻された。そして、ウィパナマはロハリウェの元へ走って行くと、ロハリウェがシャブの中央にある広場の真ん中に歩み出て来て、大声で怒鳴った。

「なんでナパニュマを殺すか。オレのように険しい山を歩いたおkともない連中が、あの子を殺すというのか。いいか、ナパニュマを殺した奴は、今夜、このオレが殺してやる。あの子にはおやじもおふくろも、身を守ってくれる親戚も誰一人いないんだ。それを殺すというのか! オレはお前たちに殺させる為に戦いを仕掛け、女を奪ってきたことなんてないぞ。それに、ナパニュマは深手を負っている。手を下さんでも、そのうち死ぬ」

これがヤノマミの生活の、実は典型例でもある。ロハリウェは、なんだかんだいって頼り甲斐のある人物であったとナパニュマは回想している。酋長の言動によって、集落内の秩序らしいものがホントに動く。

ナパニュマを殺そうとした男たちはすごすごと集落を出て狩りに出掛け、その男たちが居なくなると集落内の女たちがかわるがわるやってきて、その腫れた痛々しい毒矢に射られたナパニュマの脚を見て「可哀想に」と泣いた。みんな泣いたという。

因みに毒矢に射られた脚は、腫れが引いた後に傷口が大きく開き、しばらくは黄色い汁が流れたという。

これによって一件落着かというとそうではなかった。ナパニュマが持ち帰ったカエルの卵を食べて死んだ女の子の遺体を焼く(火葬。しかも焼骨を食べる風習があるという)という儀式が残っており、そうなると死んだ女の子の縁者がやってくる。その縁者は、かなりの高確率で仇討ちをする。つまり、ナパニュマを殺そうとするだろうというのだ。何故ならヤノマミの世界では「男とは即ち戦士であるから、身内が殺された場合は仇をとらねばならない」という暗黙の価値観があるから。

ナパニュマは、そのまま、シャマタリのシャブノに居たかったが、死んだ女の子の親戚が他の集落からもやってくることになっていたので、見つかれば、その仇の男たちによってナパニュマは殺されてしまうという状況には変わりなかった。

なので、シャマタリの中でのナパニュマの処遇は、少し離れたところにある岩穴に隠れていろ、後で迎えて行くというものであった。しかし、ナパニュマは「どっちにしろ、このままでは殺されてしまう」と考え、単身、ジャングルの中を逃げてみようという選択をする。

ナパニュマは逞しい。バナナの葉を布いてベッドにした。バナナを食べて、ブブーニャヤシという椰子を焼いて食べた。途中で、折れた矢を拾った。もし、ジャガーと出会ってしまったら、力一杯に矢を突き刺せばジャガーも怯むから、その隙に逃げればいいと聞かされていた話を思い出した。また、椰子やバナナの他にもシロアリ、カニ、クロアリ、アリの卵などを食べた。シロアリは葉でくるんで、押しつぶし、それを焼いて食べるが、「なかなかおいしい」という。しかし、これにはコツがあり翅の生えたシロアリはダメで、翅の生える直前のシロアリ。シロアリは重要なタンパク源であるが生で食べると胸がむかつくという。火種は欠かせぬものらしく、寒さをしのぐ目的だけではなく、食べ物を調理するという意味では火種は重要であった。

ナパニュマは、数日間ジャングルを単身で彷徨う中で、シャマタリに来る前に少しだけ滞在していたカラウェタリへ戻る事を決心した。シャマタリに戻れば、常に命を狙われてしまう。カラウェタリであれば、また別の道が拓けるだろうと考えたのだ。

カラウェタリの方向がそちらなのか定かではないが、カラウェタリからシャマタリへと連れてこられた道は覚えているかも知れない。そうしてカラウェタリへ向かうべくジャングルの中を歩き出したが大雨に遭い、大事にしていた火種を失ってしまう。火がないと生きていけそうもない。なので、ナパニュマは、そこから丸2日間も歩き通しでシャマタリのシャブノへ戻り、そこから火を盗もうとした。しかし、実際にシャマタリのシャブノの近くまで戻ると、近づく勇気が出ない。見つかれば、殺される。丸2日間も歩いたというのに、ナパニュマはシャマタリのシャブノから火を盗み出す事を諦める。

火を失ってからのジャングル生活になったが、ナパニュマは逞しかった。猿の齧った後がある木の実は食べられると発想し、実際にそうした。ナパニュマは「このジャングルで生活している猿が毒の実を食べる筈がない」と直感し、そういう木の実を発見すると、落ちている枝を釣り竿のようにして獲り、それを蓄えた。逆に、見た目はおいしそうに見える木の実でも、猿が齧っていない木の実は食べない事にした。ただし、猿がいるところにはジャガーが出た。ジャガーは猿を襲って食べるので、好みの調達は、急いで行ったという。

木の実が獲れないときはアリを食べた。葉でくるんで生で食べた。巣に棒を差し込むと、大きなアリがぼろぼろとこぼれ落ちてきた。アリの腹の膨らんでいる部分は何だか気持ちが悪かったので、ナパニュマの場合はアリの頭部と胸部を食べたという。

小川ではエビやカニを捕まえることができた。火がないので生で食べることに挑戦したが、生臭くてどうしても飲み込む事ができなかったという。

ナパニュマはカラウェタリの集落を戻ろうとしていたが小川の近くで道に迷ってしまい、ナモエテリという集落へ着いてしまった。ナモエテリにも、シャマタリの集落にやってきた白人女、つまり、ナパニュマは殺されて死んだと伝わっていた。ナモエテリの人たちは、幽霊が現れたと大騒ぎをしたが、やがて生身のナパニュマを確認すると、毒矢で射られた傷口を心配するなどナパニュマを匿い始めた。

ナモエテリは、近隣の集落にはない大集落であった。ナパニュマは親切なおばさんに匿われた。その親切なおばさんはナパニュマに食べ物を用意し、その上でハンモックまで用意した。そして、ナパニュマを引き取ると言い出した。

ナパニュマが、その親切なおばさんの元にいる間、ナモエテリの男たちはナパニュマの姿を見に入れ替わり立ち代わりやってきた。男たちは一様に「子供なのか女なのか?」を確かめてきていた。しかし、多くの男は既に妻を抱えていたので、親切なおばさんは、

「この子は誰にもやりゃあしないよ。あたしが育てるんだ。あんたらにゃ、ちゃんと女がいるじゃないか」

と言って追い払った。

このナモエテリの酋長はフシウェと言った。フシウェもナパニュマを見に来た。他の男たちと同じように「子供なのか女なのか」を確かめに来たようだった。とはいえ、このフシウェには4人もの妻があった。フシウェもまた、親切なおばさんに追い払われた一人であったが、フシウェは自分の親には公然と宣言していた。

「ナパニュマは、もう立派な女だった。あいつらにやるのは惜しい。そのうち、オレのものにする」

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ナモエテリの集落に落ち着いていた頃にナパニュマは、成人の儀式を行なった。身を寄せていた先の親切なおばさんが

「あなたはもそろそろ一人前ね。穴もあいてなくて、どうやって身を飾るのよ。唇と口の横に穴をあけてあげるわ」

と言い出した。ナパニュマは

「そんなの、ここの人だけやればいい。あたしはいや」

と拒否した。しかし、おばさんはしつこかった。

結局、ナパニュマもヤノマミ族の女と同じように唇の両端と下唇とに穴をあけた。口の両端に穴をあけたのは、別の集落からナモエテリに連れてこられていた若い女だった。パシュバヤシのとげを二本突き刺した。膿むこともあるというが、ナパニュマの場合、その傷は直に治った。

下唇の穴は、身を寄せている先のおばさんの夫が穴をあけた。下唇の肉を貫通させる必要があり、火であぶって消毒したバカバヤシでつくった尖った棒を使用する。ナパニュマの場合も、この下唇の穴をあけた時は、ひどい痛みであり、傷が治るまでもズキズキと疼いたという。

この時代のこの地域のヤノマミ族は、男も女も色々と、こうした儀式を行なっていたという。男の場合は下唇と耳たぶに穴をあけた。女の場合は口の両端と下唇に穴をあけた。鼻に穴をあける場合もあった。何故、穴をあけるのかというと、その穴に鳥の羽や、羽根飾りを入れる為であった。何故、羽根や羽根飾りが必要なのかというと、お祭りの時に着飾って踊るからであり、その為に穴をあけているという。ナモエテリの集落では、左右の鼻腔、その間の壁に穴をあけて棒を横串のように刺すように穴をあけていた女が殆んどで、この鼻に穴をあけている男も少数はいたという。

その儀式を経験した後、ナパニュマに《女のしるし》が現れた。これは完全に一人前の女になった証とヤノマミだと考えられていた事を意味していると思われる。そして、ヤノマミではシャプノのから少し離れたところに仮小屋があるが、その仮小屋の中で、サイヤシという椰子の葉で囲いをつくり、女は、その囲いの中に閉じ込められるという奇妙な風習が紹介されている。(民俗学や神道的な儀式との関連を考えても面白いかも知れない。)ナパニュマが受けた儀式では、物は食べてならぬといい、三日目になって、ようやく焼いたバナナと水が差し入れられたという。そして、そんなバナナと水だけの生活が2週間も続いたという。

その後、ナパニュマは三人の女たちによって飾り立てられた。これは化粧ですね。ウルクという植物から赤い染料が採れるが、ヤノマミの女たちは、このウルクを体に塗った。それが化粧の基本となる。その他にも黒い染料で波模様でインパクトをつける。更に白い綿の帯を膝下、足首、手首に巻きつけた。白い綿の帯は背中で交叉させて襷がけのようにした。みんなに飾り立ててもらうとナパニュマにしても〈自分でも、とてもかわしらしく見えた〉と感想を述べている。

女になる儀式を終えて、キレイに化粧をしたナパニュマがナモエテリのシャプノへ戻った。ナパニュマは急に恥ずかしくなったという。何故ならシャプノの男たちが、こぞるようにしてナパニュマを欲しがっていると聞いていたから。

シャプノに戻ったとき、酋長のフシウェは留守だった。シャプノの中の男たちの目はナパニュマに注がれていた。おばさんは、いずれナパニュマを自分の息子の嫁にするつもりだという。だが息子は若すぎる。それまでは、よその男が近づいてきたら逃げねばいけいないとナパニュマに言い聞かせていた。

しかし、シャプノの戻ったナパニュマの周辺には、不穏な空気が漂い始めた。体中を黒や赤く染めている男たちが、どんどんナパニュマが起居しているハンモックに近づいてきた。おばさんや、おばさんの家族が、守ってくれているから心配するなとナパニュマに言い聞かせていたが、怖ろしさは隠せず、ナパニュマは泣き出した。

ナパニュマを狙っている男たちの数は、大勢で、数にすると50人を超えていたという。婚姻の申し込みに50人が並んだと考えれば、怖くもないが、ヤノマミの男たちは弓矢を手にしていた。強引に連れ去ってしまう連れ去り婚のようなものでもあり、あるいは断られたからと矢を射っている可能性も考えるという非常に危険な状態でもあった。

とうとう弓を持った一人の男がナパニュマの真ん前にやってきて立ちはだかると、まじまじとナパニュマの姿を観察し始めた。品定めをしているかのようでもある。その背後にも一人、更に、その背後にも一人。ナパニュマは、もう、逃げ出したいと思った。

ナパニュマの前に長い行列ができた。ヤノマミの男たちはナパニュマを争奪にきたらしいが、なにやら決定的なアクションが起こらない。ヤノマミの男たちは男同士で、

「お前が言い出したんだろうが。早くつかまえろ」

という具合の会話をしていた。男たちがナパニュマに手を出さないでいるのは、ナパニュマが身を寄せている家の者への遠慮なのか、或いは単に手を出した後に起こる揉め事を心配しているのか定かではない。

しばしの緊張の後、一番最初にナパニュマの前に立ちはだかって品定めをしていた男が、弓矢を投げすると、ハンモックの上で寝そべっていたナパニュマの腕をグッと掴んだ。

そして、その男は、

「この女をもらったぞ」

と怒鳴った。おばさんは泣き出した。

「今更、なんだい。今になって欲しいだなんて。だったら最初から引き取ればよかったじゃないか。最初は、やせこけた子供だからって見向きもしなかったくせに」

その間にも男はナパニュマをハンモックから引き摺り降ろそうとしていた。ナパニュマは両手と両足でハンモックにしがみついて抵抗した。すると、男は仲間たちに加勢を要求したが、そんな事をされたら連れ去られてしまうと思ったナパニュマは咄嗟に男の腕に噛み付いた。噛みつくと、男は手を離した。

騒ぎをききつけてシャプノ内の女たちが集まってきた。女たちは共同してナパニュマを連れ去らせまいとした。男たちはナパニュマを連れ去ろうとしていた。この状況が具体的にどんな状況なのかも、実はナパニュマこと後のエレナ・バレリの回想でも明確に語られていない。しかし、ヤノマミ族の一つの習俗としては一人の女を集団で連れ去って全員で吟味した後に引き取る男を決定するという習俗が紹介されており、このことからすると全員で吟味するとはつまり、輪姦を意味していると思われる。

連れ去ろうとする男たちと、連れ去らせまいとする女たち。ナモエテリのシャプノの中には少数の男たちがあり、男たちが、連れ去りを狙っている男たちの集団を威嚇してくれてもよさそうなものだが、そうはならなかったという。そういう事をすると、殺し合いになってしまうのがヤノマミの世界らしい。女たちは見て見ぬふりして、ナパニュマ連れ去り阻止に加勢しないナモエテリの男たちを徴発したが、ナモエテリの男たちは知らぬ顔をしていたという。

このナパニュマを巡る争いは長時間に渡ったらしく、昼過ぎに始まったものが夕刻になっている。

ナパニュマはしがみつくものを探して柱にしがみついていた。そのナパニュマを男たちが力づくで引き剥がそうと引っ張る。ナパニュマが柱にしがみついているものだから、小屋が軋み始めた。そうなると、それまでずーっと黙って静観していたおばさんの息子の内の一人が、仮小屋の奥から出てきて男たちに言い放った。

「おい、この仮小屋を壊してみろ! タダじゃすまないぞ! ナパニュマを射殺してやる! その後はオマエらを射殺してやる!」

「おもしろい、やってもらおうじゃねーか。さぁ、早く、ナパニュマを射てみろ!」

ヤノマミの会話とは、総じて、こういう感じのズレがある。「お前らが欲しているナパニュマを射殺してやる。その次にオマエたちも射殺してやる」という具合の、この用法の妙味。いずれにもしてナパニュマは報われませんが、そういう文法らしい。

ついには、ナパニュマの帯を連れ去りを狙う男たちが強く引っ張り始めたので、ナパニュマは悲鳴を上げた。ナパニュマを渡さんと集まっていた女たちは、突き飛ばされて転んでも、また、立ち上がってナパニュマを渡さんと手足を引っ張って抵抗した。しかし、とうとう柱が抜けてしまい、ナパニュマは地面に投げ出されてしまった。しかし、男たちは構わずナパニュマをずるずると力づくに引き摺ってシャプノの中央の広場まで行った。そうはさせじと、女たちがナパニュマをシャプノから出さないように引っ張った。男たちは襷掛けにしていたナパニュマの帯を力づくで引っ張ったので、ナパニュマは《息ができない!》という状況に陥った。

そしてナパニュマの記憶も途切れる。意識がとんでしまったのだ。

実は、その状況でシャプノは大騒動になったのだそうな。ナパニュマが気を失ってしまった。それを見た男たちは、ナパニュマが死んでしまったと思い込んで、退散したという。しかし、実際には失神していただけで、後に、シャプノの女たちによってナパニュマは介抱され、目を覚ました。ナパニュマの体は、擦り傷だらけで、砂や泥が傷口に詰まっていた。みんなが体を洗ってくれたが、傷が疼いて体中が焼けるように痛かったという。



そのナパニュマ連れ去り騒動の数日後に、集中のフシウェが帰って来た。フシウェは近隣の集落の祭に招待されていたので、連れ去り騒動はフシウェの留守中に起こったものだった。

フシウェは、ナパニュマを気に掛けており、ナパニュマを助けてくれるのではないかと期待するが、そうはならない。ナパニュマが傷が幾らか癒えて、子供たちと水遊びをしている際に、一匹の犬が通った。子守をしていたナパニュマは、子供たちに交じって、「いやらしい犬!」と叫んで小川へ飛び込んだ。

そんな一コマがあったが、その話が何故かフシウェには、

「ナパニュマがフシウェを指して『みっとみない犬! いやらしいわ!』と言っていたわ」

と讒訴が起こっていた。この犬については微妙であり、フシウェは犬を連れて近隣集落の祭に出席していたから、そのフシウェの犬のことを子守中のナパニュマが「いやらしい犬」と表現した可能性はある。しかし、事態がどう転がったのかというと、フシウェがナパニュマに怒っているらしいという事態だった。

ナパニュマは回想していう。「私を気に入らない女が、そんな事を告げ口したのだわ」と。

そして、とうとうフシウェが弓矢を携えて、ナパニュマの元へやってきた。

「オレをみっともないだの、いやらしいだのと抜かしたのは、オマエか?」

ナパニュマが見上がると、フシウェは既に弓に矢をつがえて狙いを定めていた。ナパニュマは慌てて逃げた。逃げるには高い柵があったが、火事場の馬鹿力であったのかナパニュマは、その柵を一跳びで跳び越えて逃げる事に成功した。背後からフシウェは毒矢を二本放っていた。その内の一本はナパニュマの腕に掠った。ナパニュマは小川へ飛び込んで足跡を残さぬようにした。もう、何度も何度もこんな事を繰り返していた。

〈どうしていつもこんな目に遭うのだろう。みんな、あたしのことを目の敵にする。シャマタリは私を殺そうとした。今度はナモエテリだ。私を殺そうとしなかったのは、カラウェタリだけだ。しかし、カラウェタリへ行きたくても道が分からない…〉

ナパニュマのジャングル生活の相応に長くなっていた。ナパニュマはナモエテリの裏庭にあるバナナ畑でバナナを盗みに行き、小川で食べて、なんとかマヘコトテリという集落へ行き着く方法を冠がるようになっていた。実はマヘコトテリは白人と交流があると噂されており、実際にヤノマミが持っている山刀や手斧は、マヘコトテリの集落に白人が土産として持ってくるものがヤノマミ族の間に少しづつ広まっていったものであるという。ナパニュマにしてみれば、マヘコトテリに行けば、ひょっとしたら白人世界に帰れるかもしれないという希望があったのだ。

マヘコトテリへ向かったナパニュマ。そのナパニュマを追い掛けたナモエテリという構図が即興で出来上がった。マヘコトテリがナパニュマを保護しようとしていると見立てたフシウェ率いるナモエテリは、マヘコトテリの一群とトラブルを起こした。

ナパニュマが小川に水を飲みに行くと、そこにはフシウェが待ち構えていた。フシウェの方は、ナパニュマが水を飲みに小川にやってくるだろうと目星をつけて張り込んでいたのだ。気が付いたときには既にナパニュマの腕をフシウェが掴んでいた。

フシウェは言った。

「殺してやる。オマエのせいで、方々の連中を敵に回してしまった」

と言った。何のことだか、当時は理解できなかったが、ナパニュマを追跡してくる過程でフシウェ率いるナモエテリは、マヘコトテリやマヘコトテリの親しくしている集落とトラブルになり、ナモエテリは他所の集落から女を奪ってきてしまっていたらしい。

おかしな話なのだ。戦闘になってしまうとヤノマミは若い女を連れ去る。そうした事で、今度は新たな戦闘が起こる。トラブルを起こしたのはフシウェなのであるが、フシウェは「ナパニュマのせいで、こんな事態に陥った」と考えているのだ。

フシウェ率いる一団がナパニュマを捉えて、ナモエテリへと向かった。おそらく、今度こそは確実に殺されるとナパニュマは思った。

しかし、そこに救世主が現れた。フシウェの義理の弟にあたるラシャウェという男だった。ナモエテリの酋長がフシウェ。そしてピシャーンセテリの酋長がラシャウェといった。ピシャーンセテリは山の奥で生活している一群であったが、その酋長のラシャウェはフシウェの義理の弟に該当した。

ナモエテリの集落でナパニュマを殺そうという相談が進行している際、フシウェの元へラシャウェが近づいてきて、言った。

「義兄さん、誰を殺そうというのかね?」

「ナパニュマだ。とうとう捕まえた」

「なぜ殺すんだ?」

「どうせまた逃げ出すに決まっているからだ。マヘコトテリが敵になったのは、あいつのせいだ」

「あの娘を殺しちゃいかん。あの娘はジャングルの中を逃げ回っていた。たった一人でだ。生かしておいてやれ。おふくろさんや、一番目の女房に預けておけば、いい話し相手になる筈だ。ナパニュマには身寄りがない。そんな女を殺すのは可哀想だ。そんな女を殺すのは勇士のする事じゃない」

「ほかならぬオマエの頼みだ。それほど言うのなら、殺さいないでおくことにしよう」

義弟のラシャウェの言葉は、フシウェを動かした。これは、おそらくは、現代人が言うところのナイスフォローだったのでしょう。別にフシウェにしたってナパニュマを殺すことにメリットはない。ただただ、引き下がれなくなっているというのが実相なのかも知れない。なので、エクスキューズをしてやったのが、このラシャウェであったように思える。(些細な人間の感情の機微、機転によって如何様にも事態は展開する。機微を理解できる事や機転が利く事とは、優れた人の資質なのでしょう。宥めたり透かしたりする対人術の妙をラシャウェの言葉の中に見い出せる気がする。)

数十年後に、このフシウェとラシャウェとが争うことになるが、その両名は、その界隈では尊敬されていた勇士であったという。

この急転直下の展開によって、ナパニュマはフシゥエの一番目の妻が面倒をみる事になった。実はナパニュマは、酋長フシウェの家族として迎え入れられた。一夫多妻制なので、ナパニュマはフシゥエの5番目の妻となった。

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ナパニュマは、ナモエテリの大酋長であるフシウェの五番目の妻になった。一番目の妻はナパニュマを可愛がって色々と面倒をみてくれたが、他の3人の妻はナパニュマを歓迎していなかったので、ナパニュマの回想によれば、むしろ、意地悪されたという。

ナモエテリは男だけで100人以上になる大所帯だったので、本家にあたるナモエテリ、その分家筋にあたるパタナウェテリ、ニャミナウェテリ、ピシャーンセテリと合計4派に分かれていたシャプノを構えていた。しかし、合同する場合にはナモエテリが全体を率いることになるので、ナパニュマの夫のフシウェは大きな権力を有していた大酋長という事になる。

フシウェの2〜4番目の妻たちは、フシウェに対して公然と

「ねえ、あいつを叩いて。あいつ、白人のくせに鍋も山刀を作ってくれないのよ」

のように告げ口をしたという。しかし、特段、フシウェは反応しなかったという。その代わりに、最も年長の一番目の妻や、フシウェの母親がナパニュマを庇う枠割を果たしていたという。この家族構成などの証言も興味深いかも知れない。

或る時、フシウェはナパニュマに言い聞かせた。

「ほかの男がオマエに手を出そうとしたら、どうすればいいか知っているか?」

「知らないわ」

「教えてやろう。そいつの股にぶらさがっているものを、ありったけの力で握りつぶしてしまえ。これでそいつを殺すことができる」

とはいえ、基本的にはシャプノの中で男が女を襲うことはなかった。ナパニュマも、フシウェからそう教えられて以降、身に危険が迫ると

「あたしに変な真似をしないことね。あたしが掴むのは腕や首じゃないわよ。あそこを掴んで、どんなに喚いたって、叫んだって離してやらないからね!」

と凄むようになった。


ナパニュマとは、エレナ・ヴァレリという女性による回想ですが、どうもヤノマミ族の中に於けるナパニュマは、逞しい女性になったらしい事が分かる。

或るナモエテリの娘はシャマタリからやって来たばかりで、ナモエテリの妻子持ちの男たちから狙われていたという。その娘は、男たちに連れ去られるのが怖いので、シャプノを出る場合にはナパニュマと行動を一緒にしていた。

その日、その娘とフシウェの娘と連れ立って小川へ出掛けていると、男たちの襲撃があった。男たちは最初にナパニュマを牽制した。

「ナパニュマよ、お前は何者だ。その娘の母親か? それとも亭主だとでも言うのか!」

そのように遠くから声を掛けてきた後に男たちは、その娘を力づくで奪い去りにかかった。娘は

「ナパニュマ、助けて! 友達でしょう?」

と叫んだ。ナパニュマは男たちにも敢然と向かっていった。もう一人いたフシウェの娘は、男たちに突き飛ばされて小川で転倒した。

ナパニュマは背中に背負っていた籠を下ろすと男たちに挑んでいったという。

「よおし、殺してやる。私は毒矢なんて怖くない!」

と凄むと、男たちは動揺し始めたという。男たちが「まずいぞ」と怯んでいる隙にナパニュマは娘の二の腕を掴んで奪還したという。

ナパニュマは怒り心頭に発し、シャプノに戻ってからも怒鳴り散らした。すると、その逸話はフシウェの知る事となる。

「どうした? 何があった? 誰がオマエを泣かせた?」

「私たちは無事だった。でも、この娘がナモエテリの男たちに襲われそうになったの!」

ナパニュマは名指しを避けた。ヤノマミでは基本的には妻を有する男は、女に話し掛けてはならないという暗黙の了承があった。

フシウェは集落内の妻子持ちの男どもが共同して女たちを襲撃したと知ると、太い太い棍棒を手にしながら怒鳴った。

「今度、同じような事をしたら、オレが叩き殺してやる。悲鳴を聞いた途端に駆けつけて、殴り殺してやる!」

このような具合で、その治安は保たれていたという。

しかし、簡単ではない。ナパニュマに拠れば、実は浮気をする女も結構、多いという事を証言している。やはり、女の浮気は大罪なのか、浮気がバレた女は棍棒で殴られたり、焼けている薪で殴りつけられた女を目撃した事があるという。

この部分は理解が難しいところがありますが、つまり、シャプノの中という公共空間では秩序が保たれているが、シャプノの外に出ると必ずしもそうではないの意でしょうか。妻子持ちの男たちが若い娘を狙う。夫を持つ女が夫の留守中に若い男と逢引をするというのはシャプノの外であり、総じて、畑に仕事へ行ってくるのような口実で外出した先では、どこの国も一緒なのかも知れませんが、いわゆる浮気のようなものがヤノマミにもあったという事のよう。(女同士で仲良くなる者もあったが、あまり肯定的に受け止められなかった旨の証言もしている。)

また、基本的に夫婦間の性の営みについてはタブー、公然と語る事は憚られていたが、フシウェの家族の場合は比較的オープンだったらしく、フシウェの母親はフシウェに

「女を森に連れて行くのなら、子供のいない女におし。お腹が膨らんできた女を森の中に連れて行くべきではない。女とやっている姿なんて、絶対に子供たちに見せるんじゃないよ」

「おっかあ、そんな照れ臭い話はやめてくれ」

という按配で、ヤノマミの世界でも母親は息子に対して強い立場であったのが分かる。これは義母についても同じであり、フシウェは大酋長であるが、実母や義母には頭が上がらないという関係性があったあったらしい。

フシウェの実母は続けた。

「何が照れくさいものかね。みんなの前で言っておくけど、そういう事は人目につかないようにするものなんだよ。そうすれば他の者が嫉妬せずにすむんだから」

フシウェは、しばし押し黙っていたが、やはり、母親には頭が上がらないらしく、小さな声で

「子供に見せるのはよくない」

とポツンと呟いていたという。

このフシウェ、つまり、ナパニュマの最初の夫については人類学者らも「ナパニュマの最初の夫は立派な勇者であった」と評されている他、後年、白人社会に戻ったエレナ・ヴァレリも最初の夫であるフシウェについては「愛していた」と明確に証言したという。

ナパニュマは、フシウェとの間に長男と次男とをもうけた。

ヤノマミの価値観の中で大きいのは、その者が勇者であるかどうかという部分の比重が大きいのかも知れない。勇者は男からも女からも尊敬されるという原初的な価値観のよう。
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元々、ナモエテリとシャマタリとの間では抗争が繰り広げられていた。ナモエテリの大酋長はフシウェであり、ナパニュマの夫である。他方、シャマタリはというとナパニュマがナモエテリに来るまでの一時期、身を寄せていた部族である。カエルの卵を食べさせた事が元でナパニュマはシャマタリの男たちから命を狙われ、ジャングルの中をたった一人で彷徨ったという経緯があるが、あのシャマタリである。(シャマタリの酋長は既出のロハリウェという人物である。)

或る時、シャマタリの男が木陰に潜んでいていて、ナモエテリの或る若者にアロアリの毒を吹き掛けたという。アロアリとはピリピリオカと呼んでいる草の根を薄く削いで乾かしたものであるという。その毒性が強く、ピリピリオカの花の蜜を吸った蜂は死に、アロアリの近くを鳥が飛ぶと鳥は死ぬ。そのようなアロアリの毒を、シャマタリの男がナモエテリの若者に風上から吹き掛けたところ、その若者は体調を崩して死んでしまった。(このアロアリの話もナパニュマの回想である。注釈はなく、そのまま、エレナ・ヴァレリの言葉と思われる。)

そのアロアリの事件が発端となり、ナモエテリとシャマタリとの間に不穏な空気が流れ始める。シャマタリもナモエテリも、ヤノマミ族の一体では勇名を馳せた部族である。

そんなタイミングで、ナモエテリのシャブノにシャマタリの男たちがやってきた。やってきたのは、シャマタリの酋長であるロハリウェの異母兄であるシェレカリウェだった。そのシェレカリウェは、とんでもない話をナモエテリに持ち込んだ。

「俺たちがここに来たのは或る秘密を明かす為だ。弟のロハリウェが『ナモエテリに忍び寄ってアロアリを吹き掛けてやったが、誰にも当たらなかったようだ』って言っててな」

そして、シェレカリウェは話を続けた。

「毒を吹いてやったが、うまくいかなかった。この話は内緒だぞ。そして、こうも言っていた。『ナモエテリの酋長はオレの事を友達だと思っている。会えば、きっとオレに抱き着いてくるに違いない。だが、オレはやるぞ。ナモエテリの内の一人をきっと殺してやる。仲間だと思わせたままな』と」

そのシェレカリウェの話によって、俄かにナモエテリのシャブノが騒がしくなった。シェレカリウェは、更に話を続けた。

「こんな風に秘密を打ち明けるのは意味がある。仇を討って欲しいのだ。つい、このあいだ私は奴(ロハリウェ)に舅を殺された。タバコの葉を摘んでいた舅のじいさんを奴は背後から矢で射た。目撃者がいたから間違いない」

このシェレカリウェの言葉が、何かしらの謀略であり、讒訴讒言の可能性も低くはないのかも知れない。しかし、ヤノマミの世界では、これでも事態は動く。ナモエテリの女たちは、すすり泣きを始めた。

「ナモエテリの衆よ! あいつを殺してくれ! 俺たちは既に4人も殺されている上に兄弟なのだ!  そして次に、あいつはナモエテリを狙っている!」

シェレカリウェらナモエテリにやってきたシャマタリたちの話は長々と続いた。ナモエテリの大酋長であるフシウェは、殆んど何もしゃべらずに話を聞いていたが、ついに言葉を洩らした。

「奴(ロハリウェ)を殺す。オレが殺すと決めたら必ず殺す」

そう言ったフシウェは、シェレカリウェの方に向き直って付け加えた。

「帰って酋長(ロハリウェ)に伝えろ。オレが招きたいと言っているとな。山刀と斧が手に入ったから犬を連れてきたら、犬と交換してやると言っている、そう伝えるんだ」

「分かった。そのように伝えよう」

「それから、あんたは来るな。さもないと、あんたも血を流すことになる」

別のナモエテリの男が口を挟んだ。

「あんたは来るな。あんたの家族も絶対に来るべきではない。俺たちの仲間にあんたらを殺させたくない」

と、念を押した。


数日後、ロハリウェ率いるシャマタリがナモエテリにやってきた。男が20人ほどいて、その中にはナパニュマを殺そうとした男の顔もあり、ナパニュマと目が合ったが、その男は何も言ってこなかった。ロハリウェの妻の姿もあり、赤ん坊を抱いていた。ナパニュマは、ロハリウェの妻には親切にしてもらい、毒矢で射られた時にも涙を流してくれた人物であったので、懐かしさが込み上げた。

ナパニュマはフシゥエの娘と、フシウェの妻の一人に言った。

「あの人たちが目の前で殺されるなんてたまらないわ。そっと教えてあげましょうよ」

しかし、具体的にどう行動していいのか分からなかった。しかし、どうもナパニュマやフシウェの妻たちの温情によって、これからフシウェが大粛清を計画しているという話がシャマタリの若い男たちに漏れている。おそらく、ナパニュマが漏らしている。

「なんだって? 俺たちを殺すというのか?」

「そうよ」

「何を抜かしていやがる! 死ぬのは奴らの方だ!」

「みんな勇士かも知れないけど、矢を射られてからでは遅いわ」

「俺たちをダマしているんだろう?」

「疑うのね? じゃ、行くがいいわ。私たちはね、あなたたちが血だらけになって逃げ回るのを見たくなかったから忠告してあげただけよ」

そう打ち明けらえたシャマタリの男たちはアレコレと顔を見合わせて話し合いながらも、結局はナモエテリのシャプノへ入っていった。

シャマタリはナモエテリに招かれた。ヤノマミの世界でも客人は歓迎されるのが仕来たりになっている。それは現地語で「レアホ」という。しかし、このレアホでは、しばしば殺戮が起こっているという。日本史の蘇我入鹿が首を刎ね飛ばされた画が思い浮かぶ。

シャマタリを歓迎する為に、ナモエテリの女たちはバナナがゆをつくりはじめた。ナモエテリの男たちは体を黒く塗り始めた。これからシャマタリ虐殺が始まろうとしていた。

ナパニュマを含めてフシウェの妻や娘たちには動揺が広がっていた。

「どうして殺すのよ」

「シャマタリが何をしたというのよ。どうして殺したりするんだろう。来ないで欲しいと思っていたのに、わざわざ殺されに来たわ」

「あたしたちも危ないじゃないの。シャマタリの酋長は男でも女でも子供でも殺すというじゃないの」

その動揺は更に広がった。何故ならやってきたシャマタリ一行の中に密告者シェレカリウェの姿があった為だった。シェレカリウェは、何事もなかったかのようにハンモックを吊っていた。たまらずナパニュマはシェレカリウェの元へ行って言った。

「どうして来たの? あんたも殺されるわ。毒矢の用意もできているのよ。来るなって言われたでしょう? 早く逃げなさい!」

しかし、シェレカリウェは動こうとしなかった。

バナナがゆに次いで、野豚を焼いて切り分けた肉が振る舞われた。そして招かれた側の客は、招かれたシャプノ内で矢やタバコをもらい歩く。

フシウェがハンモックに寝そべっていると、ロハリウェがやってきた。ロハリウェがフシウェの事を兄弟の意味である「ショリ」と呼んでいた。これはヤクザ映画の義兄弟のような感覚だと思われる。

ロハリウェ「ショリ、病気かね?」

フシウェ「ちょっとな」

ロハリウェ「あんたの精霊が弱っている。それで具合が悪いんじゃないか? ショリ、起きてみろ」

フシゥエ「ダメだ。具合が悪い」


惨劇は、いきなり始まった。山刀と犬とを交換してもらえると現れたロハリウェ、そのロハリウェの頭部にフシウェの弟が振りかぶってから斧を振り落とした。ロハリウェの頭がざっくり割れた。フシウェの義理の弟も斧を振り下ろした。その斧が振り下ろされたのは、この虐殺事件の発端をつくったあのシェレカリウェの頭部であった。

金切り声が響いた。フシウェの妻の中にはシャマタリ出身の女がいた。彼女が堪らず金切り声を上げたのだった。

その金切り声によって、シャマタリの男たちは弓を引き寄せたが、間に合わない。フシウェの作戦では既にナモエテリの複数の勇士は体を黒く塗って矢を射る準備をしていたのだ。ナモエテリは次から次へとシャマタリへ矢を射かけた。両手を広げて走り出したシャマタリの若者の背中を矢が貫通した。その若者は尚も走り続けたが、次の瞬間には胸を矢で射ぬかれた。(NHK制作「イゾラド」には、いわゆる先住民たちが使用する矢の威力を検証する映像があるが、実は文明人の想像を超えている。)

惨劇の中、フシウェは体調不良を装っていたがハンモックから降りて自ら弓を手にして逃亡したシャマタリを追い掛けた。ナパニュマはシャプノの中へ戻ったが、すると、まだ、ロハリウェは絶命していなかったという。

ロハリウェの体には沢山の矢が突き刺さっていたが、立ち上がっては倒れ、また立ち上がってはよろめいた。ナモエテリの男たちが更に矢を射こんだ。ロハリウェは胸にも顔にも首にも足にも矢が突き立っていた。ナパニュマは、その様子を泣きながら見ていた。

密告者シェレカリウェも、まだ絶命していなかった。ナパニュマはシェレカリウェを森の中に連れ出そうとした。シェレカリウェは、やっと立ち上がり、よろよろと走り出したが、やはり、倒れてしまった。そこへナモエテリの男たちがやってきた。ナモエテリの男たちは、死にかけているシェレカリウェに対して詰問していた。

「ロハリウェがアロアリを吹いたとき、お前も一緒に居たんだろう? 白状しろ!」

「違う。オレは居なかった。一緒だったら、お前らに秘密を教えたりするものか」

尚も男たちはシェレカリウェに「白状しろ!」と迫っていたので、ナパニュマは叫んだ。

「どうして、死にかけている人に、しつこく尋ねるのよ!」

男たちは手に棒を持っていて、どっちにしろ、棒でシェレカリウェを殴り殺すつもりだった。ナパニュマはシェレカリウェの耳元に囁いた。

「答えることはないわ。どうせ殺すつもりなのよ。あたしだったら一言もしゃべられないわ」

その後、ナパニュマは見ていられずに小川へ行ったので、その後を知らない。しかし、ロハリウェの死体は見たらしい。ロハリウェは「たくさんの枝をつけた枯れ木のようだった」という。そして、「きちがい犬のような怖ろしいうなり声をあげると、刺さった矢に突っ伏すようにして倒れた」のだという。これがシャマタリの酋長であったロハリウェの最期の姿であるという。


ナパニュマは目撃していないが、後で聞かされた話によるとフシウェは一人の少年を射殺した。少年はロハリウェの息子であった。ロハリウェの息子は「射ないでくれ」と頼んだが、フシウェは射た。次に「もう射ないでくれ」と懇願されたがフシウェは、もう一本の矢を射こんで殺した。

また、ナパニュマは、次のような話を聞いたともいう。ロハリウェとロハリウェの息子は、ナモエテリに行けば殺される事を知っていたらしいという。シャマタリの少年の一人にロハリウェは言い残していた言葉があったという。ロハリウェ曰く、

「ナモエテリのところへ、この犬を連れて行く。二度とこのシャプノには戻る事はあるまい。ナモエテリはオレを殺そうとしている。父と一緒に殺されるのだ。オレなしで生きるよりも死んだ方がお前(息子)の為だ」

また、白髪の実父にロハリウェは次のような言葉を残していたという。

「ナモエテリが犬が欲しいと言ってきた。くれてやりに行くが、二度とここへは戻れまい。奴らはオレを殺すつもりだ。しかし、怖がっていると思われたくない。堂々と殺されてやる。オレは今まで大勢を殺し、女や年寄りからも恨まれている。殺されても文句は言えない。お父よ、お別れだ」

『ナパニュマ』のあとがきには、エレナ・ヴァレリが話した内容の翻訳なので色々と不明な部分がある事にも言及されている。文字を有さないヤノマミの世界では、記憶と言葉によって物語が継承されるが、そこにヤノマミ世界に密接な呪術的要素も絡み合って証言になっている。また、ヤノマミは固有名詞を使用しないので分かり難い部分があるという。イゾラドの言語は名詞が中心だという事とも関係してか、実は主語と述語についても少し分かり難い。そこは補って読む必要がある。

兎に角、このナモエテリによるシャマタリ虐殺事件は、ナモエテリを分裂に導いてゆく。

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シャマタリに対しての虐殺が敢行された後、ナモエテリでは遺体を焼いた。シャマタリの酋長であったロハリウェの遺体は中々焼けなかった為に異臭を放った。何故、ロハリウェの遺体の焼けないのだろうという会話から、人々は「ロハリウェはヤウェレだったのだ」と言い出した。この「ヤウェレ」とは姉妹と性交渉を結んだ者を指すらしいので、つまり、その種の過ちを犯した者の遺体は、中々、火葬できないものだという認識がナモエテリにはあった事が分かる。

数日も経過すると、シャマタリ虐殺に参加していたニャミナウテリ、パタナウェテリ、ピシャーンセテリは、それぞれの集落に帰って行った。しかし、これはナモエテリに分裂をもたらせた。ナパニュマの命の恩人でもあるラシャウェはピシャーンセテリの酋長であったが、各集落の酋長たちは今回のシャマタリ虐殺を口々に批判しながら帰って行った。彼等もまたシャマタリ虐殺に参加していたにもかかわらず、この度の大酋長フシウェへの非難は大きかった。ナパニュマは、みんなが口々にフシウェを非難しているのは、シャマタリからの報復を怖れてのものであろうと感じた。

シャマタリは確実に復讐にやってくる。しかし、ナモエテリは分裂してしまい、男は30名程度になってしまった。

その後、フシウェ率いるナモエテリは、パタナウェテリと合流した。あまりにも勢力が小さくなってしまうと、敵に対抗できなくなるという考えからであった。ナモエテリはパタナウェテリに身を寄せながら、少し奥まった場所に新たに拠点となるシャプノを建てようということになった。しかし、その頃になると、ラシウェ率いるピシャーンセテリがフシウェへの挑発を始めた。フシウェは新たに拠点をつくろうとしている場所の裏庭でタバコを栽培しようとタバコ畑をつくったが、そのタバコ畑が荒らされたのだ。何者かが意図的にタバコ畑を荒らし、盗み取っていった事を意味していた。犯行現場には足跡が残されており、その足跡はピシャーンセテリの集落がある方向へと続いていた。

その後も、ピシャーンセテリが、ナモエテリが新たにシャプノをつくろうとしている場所のすぐ近くに、やはり、新しくシャプノをつくろうとしているらしいとナパニュマは知ることになった。ピシャーンセテリは、タバコ畑だけではなく、トウモロコシ畑に植えてあったトウモロコシも引き抜いていた。

その後、フシウェは小川の近くで、ピシャーンセテリの若い男たち3名と出くわした。フシウェは、ピシャーンセテリを殺すのだと言って、毒矢を取り出して構えた。しかし、それは元々は同じナモエテリで生活していた仲間を射殺す事を意味していた。その場に居合わせたナパニュマは、同じ集落で暮らしていた仲間を殺すのは耐えられないとフシウェが持っている矢にしがみついて、フシウェが矢を射るのを制した。ピシャーンセテリの三人組は、その様子に気付いていたが、特に何も言わずに立ち去って行った。

その出来事の後、騒動は起こった。ピシャーンセテリの連中が大挙して「ナプルシ」という棍棒を持って押し掛けてきたのだった。このナプルシという棍棒は、いわゆるタイマン勝負用の道具であるという。勇士たるもの棍棒を手にして互いに殴り合い、その殴り合いを制した者こそが勇士の中の勇士という事になる。レアホと呼ばれるお祭りでも、佳境に入ると男たちはナプルシによる殴り合いをする事があるという。勿論、棍棒での殴り合いなので大怪我をするし、死者も出るような危険なデモンストレーション的な儀式になっているという。(NHKの「ヤノマミ」は、ヤノマミ族の中でもワトリキという集落に密着取材をしたものであった。ワトリキは例外的にシャボリ・バタというシャーマンが酋長をしており、ヤノマミ族としては非常に例外的な禁酒を採っている集落である。なので比較的、安全、暴力沙汰は起こりにくい集落への密着取材であった事を国分拓氏が認めている。)

一先ず、ここで「タイマン」という言葉を使用してナプルシの説明をしましたが、より詳しく言えば、おそらくプロレス的なデモンストレーション(示威行為)と考えられそう。プロレスでは、相手の攻撃を受けて「そんな攻撃は全然、効かないぞ」と、そのように自分の強さをアピールする。これに似た原理があり、棍棒で殴らせておきながら、殴られても効かないという事で、その強さを誇ろうとするものらしい。真面目に考えてしまうと、最初の一撃で全てが決しそうなものであるが、どうもデモンストレーション的な意味合いがあるらしく、頭を叩き割れても尚、倒れる事なく、より強い力で相手に殴り返す姿こそが、勇姿と認識されるといった回路だと思われる。

そもそも、ピシャーンセテリによる襲撃にしても、戦争や殺戮、暗殺であれば、それは物陰に潜んで毒矢を用いれば用が足りる。そうではなく、先ずはナプルシを持って襲撃してくるというところにデモンストレーション的な要素を見い出せる。

ピシャーンセテリは、如何にもデモンストレーションらしく、足音を鳴らしながら近づいてきて、ナプルシを用いて襲撃してきた。これに応戦する為には、ナモエテリの男たちも弓を女に預けて、各自が持っている各自のナプルシを持って応戦した。棍棒を手にしても壮絶な殴り合いであった。いきなり矢を使用すると、双方が毒矢を撃ち合う事になってしまうので、そういう意味でも、このナプルシでの殴り合いが必要になっていたと思われる。

そして、ホントにタイマン勝負になった。

ピシャーンセテリを率いているラシャウェは、ナパニュマがフシウェに殺されそうになっていた際に「殺すべきではない」と機転を利かせた人物であり、謂わば、ナパニュマの命の恩人でもある。そのラシャウェが、ナモエテリに殴り込みにきたのだ。

「お前ら、今日こそは泣かねばならんぞ!」

そうラシャウェが啖呵を切ると、とうとうフシウェが立ち上がった。

「おもしろい! 泣かせてもらおうじゃないか!」

この時、フシウェは弓を持っていた。フシウェはプロレスに付き合う気はなく、一気に矢でケリをつけてしまうつもりだったのかも知れない。それに気付いたラシャウェがフシウェに言った。

「弓を捨てろ! 堂々と勇士らしくナプルシをとれ!」

フシウェは、弓を槍のように構えていた。傍らにいたナパニュマは、誰も弓を持っていない事を考慮して、フシウェの矢をひったくって逃げた。

「誰も矢を持っていないのよ。この前、ナプルシを作ったじゃないの。あれにしてよ!」

ナパニュマは知っていた。フシウェは、最近、見るからに迫力のあるナプルシを自作していた。重くて短く、握りは細いのに先の方は太くてゴツゴツとしているというド迫力のナプルシを持っていることを――。

ついに、その時が訪れた。フシウェがナプルシを手にして、ラシャウェの前に立ち塞がった。ラシャウェは構わず突進したので、そのラシャウェの頭部をフシウェがナプルシで殴りつけた。

殴られたラシャウェは、頭の皮が剥がれて、血まみれになった髪をぶらさげているような状態になった。足元はフラフラとしているが倒れない。ラシャウェは雄叫びを上げた。

「おぉぉぉぉぉっ! よくも頭を割ってくれたなっ! もう許さんぞっ!」

足を踏ん張って、そう言ったラシャウェは、傍らにいた弟に

「そのナプルシを貸せ。そっちの方が大きい」

そういって、これまた大きなナプルシをラシャウェが握り締めた。フシウェは、挑発した。

「さぁ来い。小僧どもを使わずに自分自身の手で、やり返してこいっ!」

「よし行くぞ。頭を叩き割られたぐらいで怯むオレではない!」

そういうとラシャウェは突進してきた。しかし、ラシャウェはフシゥエの傍らにいたフシウェの娘婿を邪魔だと思ったのか、そのナプルシで一発殴りつけた。その隙を逃すことなく、フシウェの実弟がラシャウェの腕に一撃を加えた。ラシャウェはナプルシを、その場に落とした。

フシウェは老獪にも囃し立てた。

「ナプルシを落とす勇士など見た事がないぞ! さぁ、来い! やり返せ!」

しかし、ラシャウェは出血が夥しくなりながらも応じた。

「ダメだ。今日は腕がやわらかくて思うように動けん。いずれ出直して矢で仕留めてやる」

すかさずフシウェが言い放った。

「バカをいうな。男なら傷を受けて怒ったときにやり返すものだ。さぁ、今すぐ、かかってこい!」

ラシャウェとフシウェの頂上対決の他にも、ピシャーンセテリとナモエテリの男たちはナプルシでの殴り合いを続けていた。人数はピシャーンセテリの方が多かったが、互角以上の戦いになっていた。フシウェの弟がラシャウェの腕に一撃を与えて、ナプルシを落下させたが、そのフシウェの弟も知らぬ間に頭を殴られていた。

ナモエテリは戦い上手であった。ピシャーンセテリの一行が弱気になったと見ると、ナモエテリの男たちは足を踏み鳴らし始め、気勢を上げた。この足を踏み鳴らして気勢を上げるは、きっと、ラグビーのオールブラックスが披露するハカに近いものなのでしょう。

ピシャーンセテリ一行は、ナプルシを投げ捨てて退散する素振りを見せた。すると退散するピシャーンセテリに対して、ナモエテリが追い討ちをかけた。セオリ通りの戦いか。

フシウェは、辺り一面に響くような大きな声で呼びかけた。

「ピシャーンセテリよ、オレは怒っていないぞ! 血を流しはしたが恨みは持っていない! もう、たくさんだ! 帰ってゆっくり寝ろ! オレも帰って寝る!」

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ヤノマミの生息地は、ブラジルとベネズエラの国境付近であるが、その北側はベネズエラのオカモ市から流れているオカモ川という川がある。ヤノマミの生息域の北限ともいえる、マヘコトテリという集落には、しばしば白人が川を下ってやってくるので、マヘコトテリのヤノマミは、山刀と斧、鍋などを入手する。マヘコトテリでは、手に入れた山刀や斧を別の集落のヤノマミを招いて物々交換をする。そのようにして金属製の山刀や斧がヤノマミの間に広まって行ったという。

マヘコトテリに白人の来訪があり、多くの山刀や斧、そして服が手に入ったというので、パタナウェテリではマヘコトテリに行って、それらを手に入れて来ようという話題で持ち切りになっていた。パタナウェテリの集落に身を寄せる形になっていたナモエテリのフシウェにも、マヘコトテリ行きの声がかかったが、フシウェは拒絶した。フシウェは、先日、襲撃してきたラシウェ率いるピシャーンセテリへの報復を考えていたのだ。

フシウェによるピシャーンセテリ襲撃の意志は固かったが、フシウェの血縁者でもあるパタナウェテリの人々は猛反対した。元はといえば、ナモエテリとピシャーンセテリとパタナウェテリは一つだったのだ。フシウェは妙に頑固だった。

ナパニュマは二人目の子を産んだ後というタイミングであったが、ヤノマミとしての生活にもすっかりと慣れており、パタナウェテリの人々と一緒にマヘコトテリに行きたいと思っていた。ひょっとしたら、白人が来訪するというマヘコトテリに行けば、ひょっとしたら「ナパニュマ」から「エレナ・ヴァレリ」に戻れるかも知れないという微かな希望も心のどこかには抱いていた。

ナパニュマはフシウェに皆と行動を一緒にして、マヘコトテリに行くように迫ったが、フシウェは拒絶した。この頃までにフシウェはナパニュマよりも更に若い娘を妻にしていた。一番若い妻はトコマといったが、フシウェは最近、そのトコマばかりを可愛がっていた。そのトコマには小男の兄があり、そのトコマの兄を頼って潜伏し、ピシャーンセテリを襲撃するのだと言い出した。

ナパニュマに拠れば、その状況は厄介だった。実はフシウェは、一番若い妻のトコマから煽られていた。トコマは、フシウェがピシャーンセテリに復讐しない事の理由を「あなたはピシャーンセテリを怖れている」と言ったらしい。

トコマは口が軽かった。フシゥエには5〜6人の妻があったので、妻同士の会話があったが、若いトコマは最も容赦がなかった。トコマは、他の年上の妻に言った。

「この人はいつも人殺しの事を考えているの。今度は私の兄を頼ろうとしているけど、ピシャーンセテリを殺したら、次には私の兄が殺されるわ」

その一言はフシウェの耳にも届いたらしく、フシウェが振り返ってトコマに言い返した。

「いつ、オレがそんな事を言った? お前はいつも勝手に話をつくりあげる。いい加減なことをいうな」

フシウェは、トコマを窘(たしな)めた。しかし、トコマは生来の軽口癖があった。

トコマは歩きながらフシウェに言った。

「あたしより他の女の方が可愛いんでしょう? その女だけ連れてあるけばいいのよ」

ナパニュマは、その話が聴こえていたので、口を挟んだ。

「まさか、あたしの事じゃないでしょうね?」

するとフシゥエに怒鳴られた。

「ナパニュマよ、お前は黙ってろ! こいつはおれと話をしているんだ。前の方へ行って子供たちの面倒を見てろ!」

そのような状況の直後、フシウェがトコマの脚を矢で射た。フシゥエの娘と、フシウェの妻たちは大騒ぎになった。ナパニュマもフシゥエに猛抗議した。

「どうして女を射るの! こんな事をしてくれと誰も頼みはしなかった!」

女たちは口々に、フシウェをなじった。妻たちも娘も、基本的に女をいじめるのは男ではないという価値観を持っていたので、こういう場合には一体感があったらしい。

猛烈な抗議に遭いながらも、フシゥエは不可解な言葉を言い放った。

「トコマのせいでオレは死ぬんだ。オレがピシャーンセテリを殺し、奴らが報復にオレを殺せば、お前たちは気が済むんだろう」



やがてナモエテリの一向は、トコマの兄が待っている場所に到着した。そこは美しい丘の上にあった。他のヤノマミが暮らしていてシャプノ跡を、トコマの兄が掃除して新たな拠点にしようとしていた。そこから、フシウェは三人の男を引き連れて、ピシャーンセテリへと向かった。そしてピシャーンセテリのシャプノ前に待ち伏せをし、そこでラシャウェの弟を射殺してから帰還した。その報復にラシャウェ率いるピシャーンセテリがやってくるのは、時間の問題だった。

ピシャーンセテリによる報復が始まった。ピシャーンセテリは、瞬く間にシャプノを取り囲んで矢を射こんできた。

フシウェとラシャウェ、ナモエテリとピシャーンセテリの決戦が始まった。最初にナパニュマが異変に気づいたのは、フシウェの娘婿が矢に射られた事だった。太い太い腕が見えた。その腕はラシャウェの腕であった。それを合図に、シャプノ外で戦闘が始まり、フシゥエを巡っては、シャプノ外から矢が射込まれ、また、矢を射返すという攻防が続いた。

フシウェの娘婿が矢に射られたのは朝の八時頃であったが、そのまま、正午頃までは、互いに矢を射るという攻防が続いた。夕刻になると、ラシャウェは引き上げるかに見せて引き返してくるというフェイントを用いた。そのまま、日が沈むまで合戦は続いたが決着はつかなかった。


パタナウェテリの人々がマヘコトテリから本来のパタナウェテリのシャプノへと戻って来た。パタナウェテリの一行は、ナモエテリがピシャーンセテリへ襲撃へ行った事を知った。ナモエテリをパタナウェテリで引き受けてはいたが、フシウェを匿っている事はパタナウェテリにとっても不都合になってきたものと思われる。

パタナウェテリのシャプノ周辺には、ピシャーンセテリの男たちが潜んでいた。狙っているのはフシウェであった。

それは突如として始まった。ハンモックに寝そべっていたフシウェ、そのフシウェの腹に矢が突き立った。その次の瞬間に体を黒く塗ったピシャーンセテリの男が逃げて行った。と、思っていると、もう一本、ピュッという鋭い音を立てて矢が飛んできて、その矢はフシウェの肩に突き刺さった。

トコマが悲鳴を上げて、フシウェの周囲にいた子供たちが怯えて泣き出した。

フシウェは、うめき声一つあげることなく、ハンモックから降りて2〜3歩ほど歩いたが、ドサリと倒れ込んだ。フシウェは「とうとうやられた」と呟いた。フシウェの弟たちが暗殺者を追い掛けたが既に遅し、フシウェは妻や子供たちに囲まれて死んだ。

しかし、ヤノマミの世界は事実がどれなのか分からない世界でもある。フシウェを殺したのは、誰もがピシャーンセテリのラシャウェの仕業であると思い込んでいた。しかし、時間が経過すると実はラシャウェはフシウェを殺しておらず、フシウェを殺したのはハスブエテリの酋長の甥にあたるエラマトウェという人物であったという。


『ナパニュマ』は、エレナ・ヴァレリの25年間の体験を口述をテープに録音し、文字に起したものなので不明な部分が多々あって日時は分かり難い。注釈に拠れば、シャマタリの虐殺及びロハリウェの死は1940年よりも少し遡るという。そして、このフシウェの死は1950年とされる。
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フシウェを殺害したのは、ラシャウェではなかった。ナモエテリとピシャーンセテリとの間で抗争になっていた事、実際にフシウェは以前にラシャウェの襲撃に遭ったが、そのラシャウェをナプルシ(棍棒)で打ちのめして撃退し、その後もラシャウェの弟を殺害し、実際にピシャーンセテリは仕返しを狙っていた。しかし、実際の真犯人はハスブエテリの酋長の甥にあたるというエラマトウェという全く知らない人物であった。

フシウェの死後、残されたナモエテリの者たちはちりぢりになった。各自には各自の血縁者がいる集落があり、そこへ戻ったりした。こちらへ行けば、何々という集落がある、こちらへ行けば何々という集落がある、と言った具合に散っていった。ナパニュマの場合はフシウェの子である二人の息子を抱えて、そのまま、受け容れてもらえるシャプノを探す必要性があった。

ナパニュマは、ブナブエテリのアカウェという男の妻になった。これがナパニュマの二度目の結婚という事になる。また、ブナブエテリも他の集落と同じように、どこぞの集落から娘を奪ってきたとして抗争をしていた。ナパニュマがブナブエテリに入った頃には、ブナブエテリはイリテリと呼ばれる集落と抗争を繰り広げていた。

二番目の夫であるアカウェは、酋長ではない。ブナブエテリの酋長の血縁者ではあり、複数の妻を持っており、相応にシャプノ内では有力者ではあった。このアカウェも複数名の妻を持っていたが、妻たちへの扱いは乱暴であった。実母からは「そんなに妻を持ったって、どうせイジメるだけになるからやめろ!」と説教をされていたという。(これに似た描写は、フシウェにも見られた。)

また、アカウェにはウィトゥカイアテリというシャプノからやってきた妻があったが、その妻はアカウェを裏切って若い男と一緒に駆け落ちしてしまった事があった。ヤノマミ族の習俗として、基本的には性に奔放であるというものがある。必ずしも性のことばかりを考えてるものではないが、断じて禁欲的ではなく、女は働き者であるが川辺や畑に行っても暇があれば女たちは身を飾るなどして、おしゃれを楽しみ、おしゃべりに時間を費やす。男たちの方はというと、実は1日に3時間ぐらいしか働かなかったとされる。おそらく、実際には猥談も楽しんでいただろうし、どこにこういう娘がいるので誘拐しに行こうとか、こっそりと外に連れ出して性行為をしよう等と画策していたと考えられる。

ブナブエテリでナパニュマがアカウェの妻になってから、ピシャーンセテリの若者がブナブエテリにやってきた。ピシャーンセテリは、大変な大虐殺に遭遇し、このブナブエテリに入れて欲しいと懇願するものであった。ナパニュマは、ピシャーンセテリの集落で暮らしていた事もあるので、その二人の青年を知っていた。ラシャウェの弟のパカウェ、その息子だった。

パカウェの息子に拠れば、ピシャーンセテリはシャマタリで開催されたレアホ(祭り)に出席したところ、シャマタリとハスブエテリの連合軍による襲撃に遭ったという。(このハスブエテリは、例のフシゥエを殺害した人物が属していた集落である。)シャマタリとハスブエテリとは、共同で、旧ナモエテリ勢力を殲滅しようとしていたらしい。ナモエテリのフシウェを狙って殺した後は、ピシャーンセテリのラシャウェをつけ狙っていた。最も、この話を遡っていくと、実はシャマタリ虐殺を敢行したのはナモエテリの酋長であったフシウェである。ヤノマミ族の抗争とは、バトルロワイヤルが行なわれているようなものなのかも知れない。

ラシャウェは殺されたらしい。そして弟のパカウェも殺されたという。女子供は殺されずに済んだがピシャーンセテリの男は壊滅状態に遭ったという。(この「ピシャーンセテリ虐殺」については、教化活動をしていた牧師がインディオから集めた資料も実在し、ナパニュマの証言と合致しているのだそうな。)

その後もピシャーンセテリの残党が数名ほどブナブエテリにやってきて、ブナブエテリに迎え入れられた。しかし、そうなるとナパニュマは不安になった。ナパニュマにはフシウェとの間に生んだ二人の男児があった。長男はマラマウェといい、次男はカリョナという。

長男の名前の由来は「ウソ」を意味するヤノマミ語の【マラマオ】を男性名に変形させたものだという。山刀や鍋をもらえるというので出掛けていたが、それが実は敵の罠であり、襲撃の準備が為されているガセネタ、嘘が当時のナモエテリに流れた。しかし、後に仲間が戻って来て何の問題もなく、山刀や鍋をもらってきた。なーんだ、質の悪い嘘だったのかと安堵した。その時に生まれた子がナパニュマの長男だったので、フシウェは、その子を「マラマウェ」と命名した。次男の名前「カリョナ」は、美しい鳥の名前からで、目が似ているという理由で、やはり、フシウェが命名した。

この二人の子はナパニュマが産んだ子であるが、父はフシウェである。これが問題になった。虐殺に遭いながらもブナブエテリにやってきた旧ピシャーンセテリの中には、フシウェを好ましく思っていない者が混じっている可能性があった。ピシャーンセテリの酋長のラシャウェが居るなら、ラシャウェの人徳のようなものによって子供や女を殺す事は許さなかっただろうが、一般の男たちになるとはそうはいかない。かつて抗争していたナモエテリのフシウェ、その息子となると自分たちの仇として認識する可能性があった。

ブナブエテリのシャプノ内では、食い扶持が大変だろうとナパニュマの長男は老酋長が面倒を見てくれていたが、ピシャーンセテリの連中が加わってからは、長男のマラマウェを返しに来た。万が一にも命を狙われたら自分たちではマラマウェを守れないかも知れないからだという理由だった。(次男のカリョナは、まだ幼かったのでナパニュマ自身がアカウェの囲炉裏の端で育てていた。)

その状況を受けて、一時的にナパニュマはピシャーンセテリを夜逃げ同然に抜け出した。ナパニュマはアカウェに発見され、しばらくアカウェと一緒にクリタテリという集落へ避難する事にした。長男のマラマウェについては再び老酋長が預かる事になった。

その後、ピシャーンセテリの男たちがブナブエテリの集落を出て行ったので、ナパニュマもブナブエテリに戻った。その頃、ナパニュマはアカウェとの間の子になる三男を産んだ。この三男は、アカウェによってホシウェイウェと命名された。由来は、森に棲んでいる青い鳥の名前であるホシウェイから付けたものだという。


アカウェは好色な人物であったのか、避難していたクリタテリの集落で、子供から女になったら妻としてくれてやると言われていた娘の熱を上げていた。ところが、その娘はアカウェの妻になる前に別の集落の若い男とデキたらしく、どこかへ逃げてしまった。アカウェは怒り狂い、ナパニュマに言った。

「若い娘が逃げて、歳をくったお前が残るとはなんだ。お前がいなくなりゃよかったんだ!」

こうなると、ナパニュマには

「私のせいではない」

としか言えなかったという。

二番目の夫のアカウェについては、こうした逸話が盛り込まれているが、これには意味がある。アカウェには少々、短絡的なところがあった。その騒動の翌日、アカウェは体を黒い染料で塗り出してナパニュマを殺そうとする騒動を起こした。ナパニュマは、アカウェとの憂うつな日々を送ることになる。少なくとも、最初の夫であるフシウェから、こんな仕打ちを受けたことはなかったのだ。

ナパニュマはアカウェの顔を見るだけでも不快と感じるようになり、次男のカリョナと産んだばかりの三男ホシウェイウェを連れてブナブエテリからの脱走を試みては、連れ戻される。そんな事を繰り返したものと思われる。

或る時、アカウェはナパニュマに言った。

「お前のせいで若い女が寄り付かん。お前さえ居なけりゃ、三人でも四人でもものになるんだ。みんな、お前を見てびくつくんだ」

ナパニュマは答えた。

「何人でも呼んだらいいでしょう。別のところに炉をつくって、女たちと暮らせばいいのよ。あたしは構いやしない。子供たちと暮らすわ」

アカウェが立ち上がって足蹴にしようとしたので、ナパニュマは咄嗟に立ち上がった。その日は雨で地面が泥濘んでおり、アカウェは転倒した。ナパニュマは咄嗟にアカウェの上に乗って首を絞めた。ナパニュマはホントにアカウェを殺してしまおうかどうかと考えながら首を絞めたという。周囲には人が集まって来て、口々にナパニュマを囃し立てた。

「よくやった」

「大したもんだ」

やがてアカウェの弟の妻が、すっ飛んできてアカウェからナパニュマの体を引き離してくれた。アカウェは顔が紫色になっていて、荒い息をしながら、のろのろと立ち上がり、ふらふらとしながらハンモックへ向かった。

アカウェは、ハンモックに寝そべっていった

「あいつはどういう親の娘なんだ! どういう親があんな乱暴者の女を産んだんだ!」

と叫んだ。すると、アカウェをみんなが取り囲むようにして攻撃した。

「ナパニュマが、どういう親の子か知らないのか? もう少しでお前を殺すところだった。大したもんだ」

「偉いもんじゃないか、男を殺せるなんて」

「そもそも、お前が、あの女をイジメるのが悪いんだろ!」

アカウェは完全にメンツをつぶされた。メンツをつぶされたアカウェは弓を持って、ナパニュマに

「オレはオフクロのいるマヘコトテリへ行ってくる。オマエにはオレを絞め殺すぐらいの力はある。一人で森へ行って野豚でも絞め殺して食うんだな」

と言った。ナパニュマは

「なんであたしが野豚の絞め殺さなきゃならないのよ! 野豚は私にいじわるなんてしないわ! なんで、あんたは、そういじめるのよ!」

「お前は人間(ヤノマミ)じゃない。あの馬鹿力は獣なみだ」

「どうせ人間じゃないでしょうよ」


アカウェとの夫婦仲は、その騒動を契機にして一気に冷え込んだ。その後もナパニュマに対しては「あいつは自力でバクを絞め殺すだけの力を持っているから、肉はやらん」という態度で、みんなで分けていたバクの肉でも、ナパニュマには骨だけを投げつけたりしたという。

アカウェとのユウウツな日々。その中でナパニュマに大きな変化が訪れた。「こんな生活には耐えられない、子供たちを連れて逃げてしまうことは出来ないだろうか?」という考えに到った。何年も何年も昔から、この先にあるマヘコトテリには、白人がやってきているというではないか――その話を思い出していた。ナパニュマは、子供たちを連れて、なんとか白人世界へ戻れないかと考えるようになった。

その後、アカウェは、ピシャーンセテリの残党の男たちに誘われて、シャマタリ襲撃に加わった。そのようにしてヤノマミ族は、勇名を轟かせていくというシステムなのかも知れない。そのシャマタリ襲撃も成功したらしく、ピシャーンセテリの残党の男たちと、それに加勢したアカウェは、シャマタリの酋長リオコウウェを殺害した。ナパニュマに拠ると、どうもリオコウウェを射殺したのは自分の二番目の夫、このアカウェだったらしい。(このリオコウウェ暗殺も、牧師らが作成したヤノマミの記録に残っている史実と合致する。)


ナパニュマは四番目の子を出産する。勿論、アカウェの子という事になる。この四人目の子も男児で名前をバラキと言った。バラキの由来は、白人系のガリンペイロを指す言葉【バラキ】だという。ナパニュマの四番目の子はバラキに似ているからバラキという名前にしようになったの意だから、つまり、この四番目の子は限りなく白人に似ていたという事かも知れない。思えば、ナパニュマは白人の女であった。

それは唐突に起こった。

アカウェが、

「おい、みんなで白人の元へ逃げるというのはどうだろう?」

と言い出したのだ。

この頃までにアカウェは大変な事になっていた。シャマタリの酋長を殺したのはアカウェらしいという情報はあちらこちらに伝播してしまい、ヤノマミ族の世界では、このアカウェは、いわゆる「おたずね者」になってしまっていたのだ。アカウェは、誰かに復讐されるのではないかと不安な日々を送っていたものと思われる。いっそのこと、白人の世界へ逃げ込んでしまおう、そう考えたのだ。

「おい、みんなで白人の元へ逃げるというのはどうだろう?」

「なんで、あんたが、そんな事を言い出すのよ?」

「オレは逃げ出したくなった。どいつもこいつもオレを狙っている! オレを殺そうとしている奴が多過ぎるんだ!」

「私の子供たちを全員、連れて行けるんなら、一緒に逃げてもいいわ」

「よし、決まった! みんなで逃げよう!」

なんと、とんとん拍子に、この奪取作戦が始まったらしい。おかしなもので、この二番目の夫であるアカウェの天然さ、単純さが、この奇跡を起こした事と関係しているらしい。

この頃、ナパニュマたちはクリタテリのシャプノで生活していた。そこにはアカウェの姉があいて、その姉はナパニュマとウマが合い、色々と親切にしてくれていたのだ。問題は、子供たちであった。次男、三男、生まれたばかりの四男は手元に居たが、長男はブナブエテリの酋長に預かってもらっているという状況だった。つまり、ナパニュマの長男のマラマウェをブナブエテリから奪還してから、脱出しなければならなかった。

アカウェは、クリタテリのシャプノでマラマウェ奪還作戦に参加する者を募った。

「ブナブエテリにナパニュマの子を取り返しに行く。オレに就いて来る奴は居ないか」

すると数人が賛同してきた。

男たちはナプルシを手にしてブナブエテリへ襲撃をかけることにした。女たちも後に続き、女たちは万が一の為に男が使用する弓を持つという役目を負うのが通常で、この時も、そうなった。

そうときまると行動は迅速で、この長男奪還作戦は道中、走り通しというハードスケジュールで敢行された。夜明け前の薄暗い時刻にブナブエテリのシャプノに着いた。アカウェは先頭を切って侵入した。後続がアカウェに続いてシャプノに侵入し、ナパニュマの長男であるマラマウェのハンモックに接近し、その腕を連れ出すことに成功した。

アカウェが指示した。

「この子を連れて逃げろ! 女たちもみんな一緒に行け! 俺達はこれからナプルシの戦いだ!」

アカウェが率いるクリタテリの男たちと、襲撃されたブナブエテリの男たちとの間で、ナプルシと呼ぶ自作の棍棒で殴り合うという戦闘が繰り広げられた。アカウェも頭に一撃を食らって傷口が開いてしまっていた。たくさんの怪我人が出たが、死者は出なかった。これが敢えて弓を持ってきていながら使用せず、棍棒で殴り合う戦争の作法らしい。しばらくすると、ブナブエテリの老酋長が、大声で叫んだ。

「もういい。みんなナプルシを引っ込めよ! クリタテリの衆、あんたらとは争いたくない」

その号令があった事で、アカウェら一行は引き上げることにした。とはいえ、いつもヤノマミ族の戦争は酋長の号令とは関係なく、追手がくるのが通例である。しかも追手はナプルシではなく、弓を持って殺しに来る。アカウェは、そういう事には慣れているらしく、待ち伏せする事にした。そして、ブナブエテリの追手がやってくると、アカウェは弓矢を手にして追手たちの前に立ちはだかった。

「死にたい奴はかかってこい! 命が惜しけりゃ引き返せ!」

アカウェがシャマタリの酋長殺しの下手人である事、それは或る意味では勇士(ワイテリ)である事も同時に証明し、且つ、広く知られていた。ブナブエテリの追手たちは、アカウェの気迫に圧されたのか、それ以上、追っては来なかった。

無事にクリタテリに到着した。長男奪還作戦は成功した。しかし、アカウェを筆頭に作戦に参加したものはナプルシでの殴り合いをした為に、相応の怪我をしていた。また、クリタテリには、ブナブエテリから報復の意志はないが、イヒテリとの戦争が始まりそうなので、クリタテリとブナブエテリは共同してイヒテリを襲撃に行くというプランが持ち込まれた。そして、あっさりとクリタテリの男たちは出掛けて行った。アカウェはというと、しらばっくれた。

「みんな、行ってこい! オレは後から乗り込んで、連中を全員殺してやる」


ナパニュマには、もう一人、次男のカリョナがいたが、この次男はウィトゥカイアテリに預けていた。この次男の奪還作戦にはアカウェは応じてくれず、ナパニュマが単身で取り戻しに行った。アカウェは女一人でそんな事は不可能だと反対したが、ナパニュマは単身で敢行した。数日間ほど森の中を走ってウィトゥカイアテリのシャプノに着き、真夜中に忍び込んだ。シャプノは寝静まり帰っていた。忍び足で次男のカリョナのハンモックまで忍び寄った。額に息を吹きかけると、カリョナは直ぐに目を覚ました。ナパニュマは囁いた。「起きなさい。音を立てないようにね」。カリョナは10歳になっていた計算である。

斯くして、全員が集合となった。ナパニュマが次男を連れてクリタテリに戻ると、今度は長男が姿を消していた。ヤノマミ族の中で生まれ育った長男マラマウェは昼間は当たり前に猟に行くものだと思っているらしく、猟に出てしまったらしい。夫のアカウェも「あそこにタバコの葉っぱが見えるから、タバコの葉を採ってくる」と言っている。全員そろったので、直ぐに白人世界への大脱出作戦をしたいのに、なんだか怪しい空気が漂っていた。

カリョナが居なくなった、きっと誰かが連れ去ったのだとウィトゥカイアテリの方でも騒ぎになって、それらしき怒声が聞こえてきた。実は、この時、八方塞がり状態であった。長男を奪還しに行ったブナブエテリも、次男を奪還してきたウィトゥカイアテリも、そしてシャマタリやイヒテリも、どこもかしこもがアカウェとナパニュマを敵視している状況でもあったのだ。

ナパニュマは、アカウェはひょっとしたら白人世界に行く事を望んでいないのではないかと考えた。のんきにタバコの葉を採りに行こうとしているのだ。なので、正直に打ち明けた。

「ここに残りたかったら残っていいのよ。そうなのであれば、あんたの子ふたりは置いていく。上の子ふたりはあんたの手許には残せないわ。あたしはあの子たちを連れて白人(ナプ)のところへ行く事にする。それでもいい」

このナパニュマの言葉に対しての、アカウェの返答は記されていない。しかし、この箇所は《アカウェは女好きな生粋のワイテリ(勇士)のようだ。白人世界よりも、このヤノマミの生活の方が遭っている。無理に白人世界に連れて行くのは酷かも知れない》とナパニュマにも感じ取った部分のようにも読める。

クリタテリの女の中に、白人の事情に詳しい女がいた。実は、ホアン・エドアルドなる人物と、その奥さんとが定期的に河にやってきているという事を教えてくれた。六日後には、そのエドアルドなる白人夫婦がボートでやってくる筈だという。

夕闇迫る時刻、その河岸にエンジンの音が聞こえてきた。本当に白人世界に戻れる――。こんな日が来るなんて――。ナパニュマは11歳までは白人世界で生活していたが、それから実に25年の歳月が流れていた。ナパニュマが自身の年齢を理解していたかどうか不明であるが、おそらく36歳であったと思われる。

ナパニュマは自分が全裸である事に気恥ずかしさを感じてはいたが、エドアルド夫人の姿を見ると、堪らず、スペイン語で話し掛けた。どの程度、スペイン語がヘタクソになっているか心配であったが、ナパニュマのスペイン語は、エドアルド夫人には通じた。

「教えて下さい。どこへ行くのですか?」

「サン・フェルドよ」

その後も乗せて下さいという事をしゃべろうとしていたが、それよりも先に傍らにいた夫のエドアルド氏の方が駆け寄ってきて、話し掛けた。

「スペイン語を話せるようだが、何者かね? 君は?」

「カルロス・ヴァレロの娘です」

「なんだって? カルロス・ヴァレロの娘?」

「子供のときに、さらわれました」

そのホアン・エドアルド夫妻によって、ナパニュマ一行は奇跡的に白人世界への脱出に成功した。ナパニュマが四男を抱いてボートに乗り込み、長男、次男、三男と乗り込んだ。アカウェをどうすべきかナパニュマは思案し、

「あなたは、ここに残りなさい。あなたには、こっちに親類もいるし、愛してくれる人もいるじゃないの」

と言ったが、アカウェは

「いや、オレは残らん。一緒に行く」

と言い張った為、ナパニュマは二番目の夫のアカウェも連れて白人世界に戻る事となった。


さて、長々と続けてしまいましたが、このナパニュマの話には、あっと驚くオチがありました。『ナパニュマ』は11歳時にヤノマミに誘拐されて、そのまま、25年間をヤノマミ族で生活した白人女性の告白、告白は200時間を超えて、その音声を文字に起こしたものですが、まったく予想もしなかったオチでもある。

晴れてナパニュマは白人世界に戻って来た。その間に産んだ4人の子供たちも全員、連れていた。オマケに一人、ヤノマミのワイテリ(勇士)も連れて来てしまった。しかし、そんなナパニュマを待っていたのは「醜悪な白人世界」というオチであった。実際にナパニュマの最終章は「醜い白人の世界」というのが最終章になっている。

ナパニュマの両親は実は健在であった。連絡も取れた。それなりの対応もしてくれたが、実際に面と向かって父親と再会するには、かなりの日数を要した。そして実の弟ともなると、手紙で「なんで白人世界に戻って来たのか?」と読める主旨の内容まで書いてあったという。文明世界とは残酷なものであり、25年もの歳月を経て、ジャングルの中で生き抜き、子供まで産んでちゃんと戻って来たナパニュマに「なんでジャングルから戻って来たのか?」という態度を採ってしまうものらしい。ナパニュマたちは、宣教師が拠点としているミッションを点々としながら、しばらくの歳月が過ぎた。食べものももらえるし、着るものも与えられた。しかし、ナパニュマは白人の世界を「醜い」と表現した。

殊更にナパニュマを傷つけたのは「なんでジャングルから白人世界に今頃になって戻って来たのか?」という態度であった。弟たちは襲撃してエレナを連れ去ったヤノマミに対しての怒りがあったから歓迎していないようなニュアンスになってしまったと弁明した。しかし、ナパニュマは反論した。

「あの人(アカウェ)はあたしについてきて、あたしを助けてくれたのよ。あの人がいなかったら、いまもまだジャングルの中だわ。あなたたちは、あの人よりも、ずっと酷い人だわ!」

ナパニュマについて白人世界にやってきたアカウェは、服などを支給されていたが、やがてヤノマミ族のコホロシウェタリというシャプノへ戻っていった。白人世界はアカウェには馴染めなかったのだ。しかもアカウェは、自分の子である三男を、ナパニュマの父親に押しつけて、

「引き取って育ててくれ。ひもじい思いをさせたくない」

といい、ナパニュマの方に向き直って言った。

「おやじさんに、この子の面倒を見てもらえ。他の者には絶対に渡してはならん。この子の面倒をみるのは、おやじさんの務めだ。おれは仲間のところへ戻ることにする」

そう言って、ナパニュマの二番目の夫であるアカウェは再びヤノマミの世界へ戻っていった。(幼い四男はナパニュマが抱っこしていただろうから、要はアカウェは単身でヤノマミ世界へ戻ったの意と推測できる。)

しかも、その後、アカウェはコホロシュタリの連中を引き連れて、アマゾン河流域のマナウス市(ブラジル)に住んでいたナパニュマや子供たちを連れ戻そうと奪還作戦を何度か決行したという。

ナパニュマたちはミッションの施設を点々として暮らし、子供たちはなんとかバプティスト教会や理解のある神学校などの援助で、なんとか学校へは行けたという。

そして『ナパニュマは』の最後の一文は以下で終わる。

「白人の世界は何もかも私が考えていたのとはちがっていた」

〜おしまい〜



参考:エレナ・ヴァレロ著/竹下孝哉・金丸美南子訳『ナパニュマ』上下巻(早川書房)、NHK-DVD「イゾラド〜森の果て 未知の人々〜」、NHK-DVD「ヤノマミ〜奥アマゾン原初の森に生きる〜(劇場版)」、国分拓著『ヤノマミ』(新潮文庫)ほか





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