『ナパニュマ』とは、1956年、エレナ・ヴァレロという白人女性が11歳の時にヤノマミ族(ヤノアマ族)の襲撃に遭い、そのまま、ヤノマミに囚われ、そのまま、ヤノマミの中に身を置いて実に25年間を過ごした後に脱出に成功、そのエレナ・ヴァレロが実際に200時間超に渡って、そのヤノマミ族としての自らの体験を語ったテープを書籍化したものが『ナパニュマ』という事になる。日本では1984年に早川書房から翻訳版『ナパニュマ』が発刊されたが、日本で発刊される以前に既に9ヶ国で発刊されていたという。
【ナパニュマ】とはヤノマミ語では「白人の女」という意味になるといい、エレナ・ヴァレロはヤノマミの中ではナパニュマと呼ばれていた事に基づいたもの。ヤノマミ族にあっては「ヤノマミ」や「ヤノアマ」が「人間」の意味でもあるので、ヤノマミ以外は【ナプ】と呼ぶというのは、国分拓著『ヤノマミ』(新潮文庫)でも示されていたところでもある。そして語尾に【ニュマ】が付くと女を意味しているという。つまり、ナプ+ニュマ=ナパニュマという事になる。だから、本来的には「白人の女」という意味ではなく、「ヤノマミではない女」の意であるが、アマゾンの奥地、ブラジルとベネズエラの国境付近とされるヤノマミ族たちの生息地で、ヤノマミ族以外といえば、それは、もう即ち【白人】を意味していたという事でしょう。
そして、これが中々に濃密にして受け止めるのが大変な話になってくる。社会学のような分野の学術があったとして、それを少しでも学術的なものであらしめる為には、諸々の論拠となるものがなくては成立しにくい。変な話ですが、社会学のようなものは実証が伴わない分野でもあるから、その論者が好きなように組み立てる事が出来てしまう。少しでも学術的なものであろうとするなら、これ決定的であろう、疑いの余地もないじゃないかというレベルの仮説が欲しくなる訳ですね。それを考えるにあたっては帰納法という事になる。時計を分解して時計の仕組みを知る。地球の地質的な事を知ろうとするのであれば地層を調べたり、数千年前の地球と同じ条件であろう別の惑星を調べるなどして地球を知ろうとする。何某かを遡る、帰納することによって物事の原初的な状態を知ろうとする。その意味では、社会学や政治学にとって、このアマゾン奥地の未開人たちの研究、それは人類学という呼称でスタートしたようですが、実は物凄く重要な事でもある。
太古の人々、つまり、我々の祖先は、どのような社会を形成し、どのように生きていたのか? 自然状態とは如何なるものであったのか?
既にNHKスペシャルで「ヤノマミ」や「イゾラド」は取り上げられているし、国分拓著『ヤノマミ』(新潮文庫)にも触れましたが、『ナパニュマ』に記されている事柄とは、それよりも更に30年ほど遡ったヤノマミ族の生態が語られている。そして、それは案の定、かなり衝撃的である。
1956年の事、或るエレナの家族はカヌーで伯父の家に向かっていた際、原住民の襲撃に遭った。カヌーに乗っていたところを、突如として大勢の原住民が矢で射かけて来たというのが発端である。11歳の少女であったエレナに毒矢が当たった。その毒矢はエレナの腹の皮を貫通して太腿に刺さった。エレナの母親が咄嗟に矢を引き抜いたが、矢尻は二つに割けてしまい、抜くのに手間取った。毒矢である事を理解していたのかエレナの母親はエレナの傷口から毒を吸い出すという応急処置もカヌーの上で行ない、その上で、「射ないで! 私たちは敵ではない!」と現地語で呼び掛けたが、襲撃が収まらなかった。
エレナの父親の背中の真ん中に矢が一本、突き刺さった。立て続けに矢がエレナの父を飛んできて、エレナの父は実に8本もの矢で射られた。しかし、それらの矢をエレナの父親は全て引き抜いて川に飛び込んで岸まで泳いで逃げることとした。このとき、エレナの家族はエレナの父親と母親、そして弟が一人いたが、岸に上がってジャングルの中を走っているときに、エレナは頭がふらふらしてきたという。それが毒矢の効能というものであった。ヤノマミ族は狩りや戦争には毒矢を用いるが、毒矢を射られて毒が回ると、ヒトもサルも動けなくなるのだ。エレナは自分が死ぬと思い込んで咄嗟に叫んだ。
「お父さん、逃げてちょうだい。私はもう駄目だわ」
そう叫んだのを最後に、エレナの記憶は一度、途切れる。気を失ってしまったのだ。
――エレナがウトウトと目を覚ましたのは夜だった。シャーマンが何やら歌(祝詞)らしいものを唄っており、周囲には頭のテッペンを沿っている人たち、男たちはペニスを紐で胴体に縛りつけているだけの全裸であった。エレナは傍らに佇んでいる人物を自分の母親だと思い込んでいたが、それはヤノマミの女だった。エレナは、ただただ泣くしかなかった。
この当時のエレナにはヤノマミの言葉は分からなかった。後に知ったところによると、エレナの一家が襲撃されたのは、ヤノマミ族の中の三つの集落が共同して白人襲撃を計画したものであった。三派が連合しての白人襲撃であったが、襲撃後にエレナ一家が向かっていたエレナの伯父の家を拠点としてひと月ほど滞在し、その後、ヤノマミたちは引き上がて行く事となり、エレナは「ナパニュマ」としてヤノマミたちに引き取られる事になった。(ヤノマミ族は人を簡単に殺すところがあり、実は殺されずに集落に連れて帰られただけでも珍しい。)
11歳であったナパニュマは、ヤノマミ族からは女としては承認されず少女と承認されていたらしい。しかし、少女は女になる可能性がある。なので、ヤノマミの三派の中でナパニュマの争奪戦が起こった。「将来的にナパニュマを息子の嫁にするのだ」とか、「自分の妻にするのだ」といった女をモノ扱いするレベルでの争奪戦でもある。
ナパニュマは当初はコホロシウェタリという集落に連れられて行ったが、ナパニュマを寄越せとカラウェタリとイナモナウェテリが騒ぎ出した。ナパニュマは戦利品の一つでもあったのかも知れない。
しかし、いきなりヤノマミの生態が明らかになる。「ナパニュマを寄越せ」という要求をコホロシュタリが拒否したところ、カラウェタリの人々は大声を上げて矢を打ち鳴らすというパフォーマンスをした。矢を鳴らすという行為、それは敵になったという合図でもあるという。
カラウェタリは「ナパニュマを引き渡せ」という要求で決裂したこの一件によって、要求に応じないコホロシュタリの集落を襲撃して皆殺しにするという計画を立てた。カラウェタリは狂暴な人たちと認識されているらしく、コホロシウェタリの女たちは声を上げて泣き出したという。一人の女はナパニュマを小突いて「こいつの為にみんなが死ななきゃならないのかい」と押し倒した。(これらの集落(村)の語尾についている「タリ」や「テリ」というのは、テリトリーの「テリ」らしい。)
そして、本当にカラウェタリによる襲撃が起こった。コホロシウェタリの男たちは迎撃する為に集落を出て行き、残された老人と女と子供たちは一斉にジャングルの中を走って逃亡することになった。一日中、ジャングルの中を走り続けてみると、コホロシウェタリの男たちとも合流した。男たちも逃げてきてしまっていたのだ。(ナパニュマことエレナによる回想では、フツウのヤノマミの男たちは勇敢にも矢で応戦するが、この際のコホロシウェタリの男たちは碌に矢を敵に射かけることもなく逃げてきてしまったと目に映ったらしい。)
ナパニュマは酷い下痢に悩まされていた。元々は白人として生活していたものをヤノマミの襲撃に遭い、以降はヤノマミと同じものを食べて生き延びていた。また、実際に太腿に毒矢を受けた事もあり充分に体力も回復していない中で、このカラウェタリの襲撃に遭遇していた。
コホロシウェタリの一団は、大きな岩山に隠れることにした。しかし、カラウェタリは舞台を二手に分けて追跡していたらしく、その岩山には一隊が先回りしており、コホロシウェタリへ逃れてきた一団に矢を射かけて来た。コホロシウェタリの一団は岩山の洞穴に逃げ込んだが、カラウェタリは挑発を続けた。カラウェタリは以前からコホロシウェタリを襲撃し、女を奪っていくなどを繰り返していたという。
洞穴の中へ逃げ込んだコホロシウェタリと、洞穴の外で待機しているカラウェタリとの攻防が続く。カラウェタリは、かかって来ないコホロシウェタリの男たちをなじった。
「コホロシウェタリの女ども、お前らの亭主は能無しだ。食うものといえば、つるの根っこだけじゃないか。おれたちはちがう。バナナやププーニャを食っているぞ。まったく情けない奴らだ。女房にジャングルでとってきた根っこしか食わせないんだから」
コホロシウェタリの女が言い返した。
「大きなお世話よ。木の実と芋で十分。誰があんたたちのバナナなんかほしがるもんか」
しかし、やがてカラウェタリは、岩山の周辺で捕まえたコホロシウェタリの子供たちを片っ端から殺し始めるという悍ましい事を始めた。逃げようとする子供を捕まえては地面に投げ飛ばし、矢を射こんだ。矢は体を貫通し、射抜かれた矢は子供を地面に縫い付けた。年端もいかぬ赤ん坊の足をつかんでは振り回し、木や岩に叩きつけて殺し始めた。現代風に言えば、信じられない大虐殺である。子供たちは恐怖で目を見開いていたが、その残忍な処刑は終わらなかった。
カラウェタリたちは一通り殺し終えると、その子供たちの死体を次から次へと岩間へと放り投げた。恐ろしさと可哀想な気持ちとで、女たちは涙をボロボロと流した。
カラウェタリは尚も挑発を続けた。
「コホロシウェタリ、コホロシウェタリ、どうした、いくじなしめ。逃げてばかりいないで向かってこい。お前らのガキは皆殺しにしたぞ。悔しかったら、仇討ちにこい」
しかし、誰も言い返さなかった。するとカラウェタリは続けた。
「コホロシウェタリ、遠くの相手には空威張りばかりして、近くにくるとどうだ。勇気のかけらもない。女房子供をほったらかしで逃げ回ることしかできないのか。きさまらのガキはみんな殺してやったぞ!」
【ナパニュマ】とはヤノマミ語では「白人の女」という意味になるといい、エレナ・ヴァレロはヤノマミの中ではナパニュマと呼ばれていた事に基づいたもの。ヤノマミ族にあっては「ヤノマミ」や「ヤノアマ」が「人間」の意味でもあるので、ヤノマミ以外は【ナプ】と呼ぶというのは、国分拓著『ヤノマミ』(新潮文庫)でも示されていたところでもある。そして語尾に【ニュマ】が付くと女を意味しているという。つまり、ナプ+ニュマ=ナパニュマという事になる。だから、本来的には「白人の女」という意味ではなく、「ヤノマミではない女」の意であるが、アマゾンの奥地、ブラジルとベネズエラの国境付近とされるヤノマミ族たちの生息地で、ヤノマミ族以外といえば、それは、もう即ち【白人】を意味していたという事でしょう。
そして、これが中々に濃密にして受け止めるのが大変な話になってくる。社会学のような分野の学術があったとして、それを少しでも学術的なものであらしめる為には、諸々の論拠となるものがなくては成立しにくい。変な話ですが、社会学のようなものは実証が伴わない分野でもあるから、その論者が好きなように組み立てる事が出来てしまう。少しでも学術的なものであろうとするなら、これ決定的であろう、疑いの余地もないじゃないかというレベルの仮説が欲しくなる訳ですね。それを考えるにあたっては帰納法という事になる。時計を分解して時計の仕組みを知る。地球の地質的な事を知ろうとするのであれば地層を調べたり、数千年前の地球と同じ条件であろう別の惑星を調べるなどして地球を知ろうとする。何某かを遡る、帰納することによって物事の原初的な状態を知ろうとする。その意味では、社会学や政治学にとって、このアマゾン奥地の未開人たちの研究、それは人類学という呼称でスタートしたようですが、実は物凄く重要な事でもある。
太古の人々、つまり、我々の祖先は、どのような社会を形成し、どのように生きていたのか? 自然状態とは如何なるものであったのか?
既にNHKスペシャルで「ヤノマミ」や「イゾラド」は取り上げられているし、国分拓著『ヤノマミ』(新潮文庫)にも触れましたが、『ナパニュマ』に記されている事柄とは、それよりも更に30年ほど遡ったヤノマミ族の生態が語られている。そして、それは案の定、かなり衝撃的である。
1956年の事、或るエレナの家族はカヌーで伯父の家に向かっていた際、原住民の襲撃に遭った。カヌーに乗っていたところを、突如として大勢の原住民が矢で射かけて来たというのが発端である。11歳の少女であったエレナに毒矢が当たった。その毒矢はエレナの腹の皮を貫通して太腿に刺さった。エレナの母親が咄嗟に矢を引き抜いたが、矢尻は二つに割けてしまい、抜くのに手間取った。毒矢である事を理解していたのかエレナの母親はエレナの傷口から毒を吸い出すという応急処置もカヌーの上で行ない、その上で、「射ないで! 私たちは敵ではない!」と現地語で呼び掛けたが、襲撃が収まらなかった。
エレナの父親の背中の真ん中に矢が一本、突き刺さった。立て続けに矢がエレナの父を飛んできて、エレナの父は実に8本もの矢で射られた。しかし、それらの矢をエレナの父親は全て引き抜いて川に飛び込んで岸まで泳いで逃げることとした。このとき、エレナの家族はエレナの父親と母親、そして弟が一人いたが、岸に上がってジャングルの中を走っているときに、エレナは頭がふらふらしてきたという。それが毒矢の効能というものであった。ヤノマミ族は狩りや戦争には毒矢を用いるが、毒矢を射られて毒が回ると、ヒトもサルも動けなくなるのだ。エレナは自分が死ぬと思い込んで咄嗟に叫んだ。
「お父さん、逃げてちょうだい。私はもう駄目だわ」
そう叫んだのを最後に、エレナの記憶は一度、途切れる。気を失ってしまったのだ。
――エレナがウトウトと目を覚ましたのは夜だった。シャーマンが何やら歌(祝詞)らしいものを唄っており、周囲には頭のテッペンを沿っている人たち、男たちはペニスを紐で胴体に縛りつけているだけの全裸であった。エレナは傍らに佇んでいる人物を自分の母親だと思い込んでいたが、それはヤノマミの女だった。エレナは、ただただ泣くしかなかった。
この当時のエレナにはヤノマミの言葉は分からなかった。後に知ったところによると、エレナの一家が襲撃されたのは、ヤノマミ族の中の三つの集落が共同して白人襲撃を計画したものであった。三派が連合しての白人襲撃であったが、襲撃後にエレナ一家が向かっていたエレナの伯父の家を拠点としてひと月ほど滞在し、その後、ヤノマミたちは引き上がて行く事となり、エレナは「ナパニュマ」としてヤノマミたちに引き取られる事になった。(ヤノマミ族は人を簡単に殺すところがあり、実は殺されずに集落に連れて帰られただけでも珍しい。)
11歳であったナパニュマは、ヤノマミ族からは女としては承認されず少女と承認されていたらしい。しかし、少女は女になる可能性がある。なので、ヤノマミの三派の中でナパニュマの争奪戦が起こった。「将来的にナパニュマを息子の嫁にするのだ」とか、「自分の妻にするのだ」といった女をモノ扱いするレベルでの争奪戦でもある。
ナパニュマは当初はコホロシウェタリという集落に連れられて行ったが、ナパニュマを寄越せとカラウェタリとイナモナウェテリが騒ぎ出した。ナパニュマは戦利品の一つでもあったのかも知れない。
しかし、いきなりヤノマミの生態が明らかになる。「ナパニュマを寄越せ」という要求をコホロシュタリが拒否したところ、カラウェタリの人々は大声を上げて矢を打ち鳴らすというパフォーマンスをした。矢を鳴らすという行為、それは敵になったという合図でもあるという。
カラウェタリは「ナパニュマを引き渡せ」という要求で決裂したこの一件によって、要求に応じないコホロシュタリの集落を襲撃して皆殺しにするという計画を立てた。カラウェタリは狂暴な人たちと認識されているらしく、コホロシウェタリの女たちは声を上げて泣き出したという。一人の女はナパニュマを小突いて「こいつの為にみんなが死ななきゃならないのかい」と押し倒した。(これらの集落(村)の語尾についている「タリ」や「テリ」というのは、テリトリーの「テリ」らしい。)
そして、本当にカラウェタリによる襲撃が起こった。コホロシウェタリの男たちは迎撃する為に集落を出て行き、残された老人と女と子供たちは一斉にジャングルの中を走って逃亡することになった。一日中、ジャングルの中を走り続けてみると、コホロシウェタリの男たちとも合流した。男たちも逃げてきてしまっていたのだ。(ナパニュマことエレナによる回想では、フツウのヤノマミの男たちは勇敢にも矢で応戦するが、この際のコホロシウェタリの男たちは碌に矢を敵に射かけることもなく逃げてきてしまったと目に映ったらしい。)
ナパニュマは酷い下痢に悩まされていた。元々は白人として生活していたものをヤノマミの襲撃に遭い、以降はヤノマミと同じものを食べて生き延びていた。また、実際に太腿に毒矢を受けた事もあり充分に体力も回復していない中で、このカラウェタリの襲撃に遭遇していた。
コホロシウェタリの一団は、大きな岩山に隠れることにした。しかし、カラウェタリは舞台を二手に分けて追跡していたらしく、その岩山には一隊が先回りしており、コホロシウェタリへ逃れてきた一団に矢を射かけて来た。コホロシウェタリの一団は岩山の洞穴に逃げ込んだが、カラウェタリは挑発を続けた。カラウェタリは以前からコホロシウェタリを襲撃し、女を奪っていくなどを繰り返していたという。
洞穴の中へ逃げ込んだコホロシウェタリと、洞穴の外で待機しているカラウェタリとの攻防が続く。カラウェタリは、かかって来ないコホロシウェタリの男たちをなじった。
「コホロシウェタリの女ども、お前らの亭主は能無しだ。食うものといえば、つるの根っこだけじゃないか。おれたちはちがう。バナナやププーニャを食っているぞ。まったく情けない奴らだ。女房にジャングルでとってきた根っこしか食わせないんだから」
コホロシウェタリの女が言い返した。
「大きなお世話よ。木の実と芋で十分。誰があんたたちのバナナなんかほしがるもんか」
しかし、やがてカラウェタリは、岩山の周辺で捕まえたコホロシウェタリの子供たちを片っ端から殺し始めるという悍ましい事を始めた。逃げようとする子供を捕まえては地面に投げ飛ばし、矢を射こんだ。矢は体を貫通し、射抜かれた矢は子供を地面に縫い付けた。年端もいかぬ赤ん坊の足をつかんでは振り回し、木や岩に叩きつけて殺し始めた。現代風に言えば、信じられない大虐殺である。子供たちは恐怖で目を見開いていたが、その残忍な処刑は終わらなかった。
カラウェタリたちは一通り殺し終えると、その子供たちの死体を次から次へと岩間へと放り投げた。恐ろしさと可哀想な気持ちとで、女たちは涙をボロボロと流した。
カラウェタリは尚も挑発を続けた。
「コホロシウェタリ、コホロシウェタリ、どうした、いくじなしめ。逃げてばかりいないで向かってこい。お前らのガキは皆殺しにしたぞ。悔しかったら、仇討ちにこい」
しかし、誰も言い返さなかった。するとカラウェタリは続けた。
「コホロシウェタリ、遠くの相手には空威張りばかりして、近くにくるとどうだ。勇気のかけらもない。女房子供をほったらかしで逃げ回ることしかできないのか。きさまらのガキはみんな殺してやったぞ!」