映画監督のオリバー・ストーンが提示した『オリバー・ストーンのもう一つのアメリカ史』とは共通しながらも、少し異なる見解も含まれているので、ノーム・チョムスキーの歴史観及び政治観についても記しておく事にしました。
「現行体制たる戦後体制は、いつ生まれたのか？」という部分から語り出される歴史観・世界観は多々あり、例えば共同通信社社会部編『沈黙のファイル』（新潮文庫）の書き出しは、日本に三発目の原子爆弾が投下されたという描写から始まっている。広島と長崎を襲った未曾有の新型爆弾、その不発弾を回収した或る日本人は、それを当時のソビエトに持ち込んだ――というのが書き出しで、勿論、その回収された物体は原子爆弾（新型爆弾）ではなかったと判明する。が、もう、その時点からして、次の国際秩序の主導権をどこか握るのかという前提であったという書き出しになっている。平たく言えば、これが国際世界の主導権の話であり、いわゆる戦後体制の行方や歩みの起点になっている。
大混乱となった第二次世界大戦は連合国軍の勝利で終わる。となると、戦勝国たる連合国軍側が次なる世界のリーダーとなる。勿論、リーダーになるのは米国が最有力候補だ。しかし、連合国軍には当時のソビエトもあった。ナチスドイツを直接的に破ったのはイギリスでもフランスでもなく、甚大な被害者を出しながらも激戦を制したのはスターリン政権下のソビエトであった。原爆が日本に投下された1945年８月初旬には、もう、その問題で動ける者は先を見越して動いていたという事だ。
勿論、極左と呼ばれる活動家や新右翼と呼ばれる活動家も、ヤルタ・ポツダム体制、それを頭文字にして「ＹＰ体制」などと古くから呼称していた。また、ＮＨＫが製作した「映像の世紀」等のドキュメンタリー番組でも、終戦間近の米国では、戦後、どのように世界を経営していくべきかの会議が行なわれていた事を紹介している。
ヤルタ会談とは、1945年２月にクリミヤ半島のヤルタで開催された会議であり、ここにルーズベルト、チャーチル、そしてスターリンという連合国側の三巨頭が集まって戦後世界について話し合いが行われた。そして実際に秘密協定が結ばれていた。まだ、日本のポツダム宣言受諾までは半年ほど時間を残している事に留意してほしい。このヤルタ会談では戦後処理についての話し合いが行われ、ドイツの処理問題、付随する東欧問題、第二次世界大戦の戦後処理、国際連合の創設、そしてソビエトによる対日参戦についても話し合われていた。
大日本帝国が降伏を決めてポツダム宣言を受諾を、戦後日本人が言う所の終戦記念日、1945年８月15日に発表、その終戦のドサクサにソビエトが日ソ不可侵条約を破棄して侵攻したが、何のことはない、ソビエトによる対日参戦はヤルタ会談で話し合われていた通りのシナリオであった。そういうことなのだ。
「何故、大日本帝国はもっと早く降伏できなかったのか？」という問題が戦後になって話題になることが多々ある。半藤一利、保阪正康らは文藝春秋社を舞台にして半世紀近く、そういった問題に取り組んでいたが、その問題はうやむやで判然としなかった。原爆だけでポツダム宣言受諾の決断に到れたかどうか。ソビエト参戦のみであったとしてポツダム宣言受諾を決断できたかどうか。そこは正直、考えても分からないという。なので、日本がポツダム宣言受諾を決心したのは「原爆投下」＋「ソビエトの対日参戦」の二つが揃ったからであり、どちらか一つであったならポツダム宣言受諾を決意できなかったのではないかという意見も、相応に強い。上層部は兎も角として、当時の日本国民は「一億玉砕」や「生きて虜囚の辱めを受けず」という精神訓に染まっており、近年、明らかになってきたところでは米軍が上陸してきた場合には竹槍だけではなく、毒ガス兵器の使用も検討されていた事が判明している。
近現代といいますが、大雑把には戦前を近代と呼び、戦後を現代と呼んでいる。この現代に該当する戦後世界を支配しているものは何か？ この問題についての、ノーム・チョムスキーの見解という事になります。
米国は元々はモンロー主義として、ヨーロッパの諸問題に巻き込まれる事なく、米国は米国のみが隆盛になることを希求していた。しかし、米国は英国を中心とする欧州勢力によって戦争に巻き込まれたという語り口が一つ。オリバー・ストーン史観では、それはその通りであるが、米国にはハワイやフィリピンで事前に動いていたから帝国主義に走る予兆は事前に見られたという語り口であった。それに対して（チョムスキーによって比較して述べられている意味ではありません。当ブログで比較することになるの意です。）ノーム・チョムスキーは米国の外交問題評議会の中に創設された戦争平和研究会という組織を重視している。その戦争平和研究が創設されたのは1939年であり、第二次世界大戦の勃発に合わせたタイミングで作られている。つまり、チョムスキーは、もう、その時点から戦後の世界秩序についての研究が為されていたという説明しているのだ。
一九三九年に戦争が始まるときから米政府は、戦争が終ると米国が圧倒的なパワーをもつことを予測していた。国務省の高官と外交専門家たちは戦時中、たびたび会合を持ち、戦後世界の計画を練っていた。彼らはまず米国が支配すべき「大領域」（グランドエリア）を描いた。それには西半球、極東、元英連邦と中東のエネルギー資源が含まれていた。ソ連がスターリングラード以降、ドイツ軍を摩耗させると、「大領域」構想はユーラシアに広がった。少なくとも経済の核となる西欧が含まれた。この「大領域」内において米国は「揺るぎないパワー」を維持し、「軍事と経済で圧倒」することにしていた。さらにこの計画に介入してくる国家の「主権行使を制限する」方針だった。（『誰が世界を支配しているのか？』89頁）
続けます。
欧州は独立独歩を求めると予想されており、ＮＡＴＯはこの脅威に対応する意味もあった。一九八九年に冷戦が解消され、ＮＡＴＯの存在意義がなくなったが、そのとき逆にＮＡＴＯは東欧まで拡張された。（同90頁）
この箇所を読むにあたっては、そもそもＮＡＴＯ（北大西洋条約機構）は、どういう理由で存在していたのかという問題になる。ＮＡＴＯは対共産主義イデオロギーに対しての対抗措置であったのか、或いはソビエトを中核とする共産圏に対しての対抗措置であったのか？ 対イデオロギー？ それとも軍事的理由？ しかし、1989年にソビエトは崩壊し、東西の冷戦体制そのものも終焉した。イデオロギーの対立の時代は終わったし、これによって東西冷戦も崩壊したと言える。しかし、ＮＡＴＯは残り続けて、東欧にまで拡大するという歴史的経過を辿った。『誰が世界を支配しているのか？』は2018年の発刊なので、まだ、ウクライナ戦争は始まっていませんが、その前兆となる動静を語っている。
（やはり、ＮＨＫスペシャルが現在は「混迷の世紀」と題して、先日、第二回が放送されましたが冒頭近くで提示されたのは、その地図でした。確かにＮＡＴＯの版図が拡大している。ユーラシア大陸に於けるＮＡＴＯの拡大に気を揉んでいたのがロシアのプーチン政権であったのは間違いないのでしょう。）
では、どのようにＮＡＴＯは存在価値を説明されてきたのかというと、「ガスと石油のパイプラインを防衛するため」であり、それら欧州のエネルギー体制は重要な基盤であるから、ＮＡＴＯは欠かせないという。或る種の国際秩序の重要基盤なのでＮＡＴＯ軍によって防衛する必要性があるの意になる。しかし、チョムスキーは、それは米国の世界戦略の一つであり、独立独歩を求めるであろう欧州諸国、その独立独歩を求める機運を起こさせない為という意味《も》あったと述べているのだ。何故なら、米国の世界戦略では、米国一国のみが秀でていなければならず、そうなる事で世界の覇権を掌握しているという事だからであるという。
このように展開させると、「勘繰り過ぎだろう？」と考えることになる訳ですが、そこで初めて世界平和研究会の話に繋がってゆく。1939年に創設された世界平和研究会の立ち上げに寄与した人物の一人であるジョージ・ケナンの話になる。ジョージ・ケナンは、政治家であり、学者であり、米国務省の政策立案者であった。また、政策立案者の中にはタカ派からハト派まであったが、ジョージ・ケナンは穏健なハト派に所属していた。しかし、このジョージ・ケナンにこそ、ノーム・チョムスキーの鋭い舌鋒は差し向けられている。この箇所、引用します。
国務省の政策立案者だったケナンは、尊敬されていた政治家であり学者であり、政策立案者の中では穏健なハト派に属していた。ケナンの考えでは、米国の政策目的は「不均衡」を維持すべきことだった。つまり、巨大な豊かさを持つ米国と貧困諸国をそのまま保つことだ。その目標を達成するために「あいまいで非現実的な話をやめなくてはならない。たとえば人権尊重とか、生活水準を上げるとか、民主化をはかるなどという考えだ」と助言している。さらに「率直な権力の概念」で対処すべきだと主張する。「利他主義とか世界への貢献」のような「理想主義のスローガンに邪魔」されてはならないというのだ。
ケナンが意識していたのはアジアだが、米国主導の世界経営参加国には、だいたい適用できる。こうした国々に対するとき、当然の常識となっているのは「理想主義的なスローガン」を相手国に対して頻繁に使うことだ。その対象にはこうした国々の知識人層が含まれる。知識人たちがこのスローガンを広めてくれると期待しているからだ。（同127頁）
こういう部分にまで言及するのがチョムスキーの妙味ですが、裏返せば、米国の世界経営戦略は非情なリアリズムによって構築されており、彼らが繰り出してくる歯の浮くような理想主義の言説は、どれもこれも参加国（同盟国）を操る為に用いられている単なる虚言だという事になる。
そして、実際に歴史を検証すると、世界各国が民主主義国家になる事をアメリカの世界戦略から見い出せるのかというと実は見い出しがたい。米国は、飽くまで世界経営をする覇権的立場を喪失しないように振る舞っているだけで、だから南米大陸やアラブでは独裁政権の方に武器支援をしてきたのが現代史ではないのか――となる。日本の場合は、そこそこ理想主義的なタテマエが幅を利かせている成功例なので、日本の政治家や知識人の中にはハラカラ的な感覚で実際に同盟国だと語る者もある。価値観を共にする同盟国であると、その気になっている部分もあるので厄介ですが、その割には、いつまで経っても日米地位協定は改善されないのが現実でもある。
あ。先日、読んだ樋口毅『記者襲撃』（岩波書店）の中には、右翼の分類について述べられており、昔ながらの伝統右翼は親米であるのに対して、新右翼は反米であるという指摘がありました。これも米国の中の世界戦略、具体的にはヤルタ秘密協定あたりに思いが到ると「あれれれ」となる為でしょう。
「現行体制たる戦後体制は、いつ生まれたのか？」という部分から語り出される歴史観・世界観は多々あり、例えば共同通信社社会部編『沈黙のファイル』（新潮文庫）の書き出しは、日本に三発目の原子爆弾が投下されたという描写から始まっている。広島と長崎を襲った未曾有の新型爆弾、その不発弾を回収した或る日本人は、それを当時のソビエトに持ち込んだ――というのが書き出しで、勿論、その回収された物体は原子爆弾（新型爆弾）ではなかったと判明する。が、もう、その時点からして、次の国際秩序の主導権をどこか握るのかという前提であったという書き出しになっている。平たく言えば、これが国際世界の主導権の話であり、いわゆる戦後体制の行方や歩みの起点になっている。
大混乱となった第二次世界大戦は連合国軍の勝利で終わる。となると、戦勝国たる連合国軍側が次なる世界のリーダーとなる。勿論、リーダーになるのは米国が最有力候補だ。しかし、連合国軍には当時のソビエトもあった。ナチスドイツを直接的に破ったのはイギリスでもフランスでもなく、甚大な被害者を出しながらも激戦を制したのはスターリン政権下のソビエトであった。原爆が日本に投下された1945年８月初旬には、もう、その問題で動ける者は先を見越して動いていたという事だ。
勿論、極左と呼ばれる活動家や新右翼と呼ばれる活動家も、ヤルタ・ポツダム体制、それを頭文字にして「ＹＰ体制」などと古くから呼称していた。また、ＮＨＫが製作した「映像の世紀」等のドキュメンタリー番組でも、終戦間近の米国では、戦後、どのように世界を経営していくべきかの会議が行なわれていた事を紹介している。
ヤルタ会談とは、1945年２月にクリミヤ半島のヤルタで開催された会議であり、ここにルーズベルト、チャーチル、そしてスターリンという連合国側の三巨頭が集まって戦後世界について話し合いが行われた。そして実際に秘密協定が結ばれていた。まだ、日本のポツダム宣言受諾までは半年ほど時間を残している事に留意してほしい。このヤルタ会談では戦後処理についての話し合いが行われ、ドイツの処理問題、付随する東欧問題、第二次世界大戦の戦後処理、国際連合の創設、そしてソビエトによる対日参戦についても話し合われていた。
大日本帝国が降伏を決めてポツダム宣言を受諾を、戦後日本人が言う所の終戦記念日、1945年８月15日に発表、その終戦のドサクサにソビエトが日ソ不可侵条約を破棄して侵攻したが、何のことはない、ソビエトによる対日参戦はヤルタ会談で話し合われていた通りのシナリオであった。そういうことなのだ。
「何故、大日本帝国はもっと早く降伏できなかったのか？」という問題が戦後になって話題になることが多々ある。半藤一利、保阪正康らは文藝春秋社を舞台にして半世紀近く、そういった問題に取り組んでいたが、その問題はうやむやで判然としなかった。原爆だけでポツダム宣言受諾の決断に到れたかどうか。ソビエト参戦のみであったとしてポツダム宣言受諾を決断できたかどうか。そこは正直、考えても分からないという。なので、日本がポツダム宣言受諾を決心したのは「原爆投下」＋「ソビエトの対日参戦」の二つが揃ったからであり、どちらか一つであったならポツダム宣言受諾を決意できなかったのではないかという意見も、相応に強い。上層部は兎も角として、当時の日本国民は「一億玉砕」や「生きて虜囚の辱めを受けず」という精神訓に染まっており、近年、明らかになってきたところでは米軍が上陸してきた場合には竹槍だけではなく、毒ガス兵器の使用も検討されていた事が判明している。
近現代といいますが、大雑把には戦前を近代と呼び、戦後を現代と呼んでいる。この現代に該当する戦後世界を支配しているものは何か？ この問題についての、ノーム・チョムスキーの見解という事になります。
米国は元々はモンロー主義として、ヨーロッパの諸問題に巻き込まれる事なく、米国は米国のみが隆盛になることを希求していた。しかし、米国は英国を中心とする欧州勢力によって戦争に巻き込まれたという語り口が一つ。オリバー・ストーン史観では、それはその通りであるが、米国にはハワイやフィリピンで事前に動いていたから帝国主義に走る予兆は事前に見られたという語り口であった。それに対して（チョムスキーによって比較して述べられている意味ではありません。当ブログで比較することになるの意です。）ノーム・チョムスキーは米国の外交問題評議会の中に創設された戦争平和研究会という組織を重視している。その戦争平和研究が創設されたのは1939年であり、第二次世界大戦の勃発に合わせたタイミングで作られている。つまり、チョムスキーは、もう、その時点から戦後の世界秩序についての研究が為されていたという説明しているのだ。
一九三九年に戦争が始まるときから米政府は、戦争が終ると米国が圧倒的なパワーをもつことを予測していた。国務省の高官と外交専門家たちは戦時中、たびたび会合を持ち、戦後世界の計画を練っていた。彼らはまず米国が支配すべき「大領域」（グランドエリア）を描いた。それには西半球、極東、元英連邦と中東のエネルギー資源が含まれていた。ソ連がスターリングラード以降、ドイツ軍を摩耗させると、「大領域」構想はユーラシアに広がった。少なくとも経済の核となる西欧が含まれた。この「大領域」内において米国は「揺るぎないパワー」を維持し、「軍事と経済で圧倒」することにしていた。さらにこの計画に介入してくる国家の「主権行使を制限する」方針だった。（『誰が世界を支配しているのか？』89頁）
続けます。
欧州は独立独歩を求めると予想されており、ＮＡＴＯはこの脅威に対応する意味もあった。一九八九年に冷戦が解消され、ＮＡＴＯの存在意義がなくなったが、そのとき逆にＮＡＴＯは東欧まで拡張された。（同90頁）
この箇所を読むにあたっては、そもそもＮＡＴＯ（北大西洋条約機構）は、どういう理由で存在していたのかという問題になる。ＮＡＴＯは対共産主義イデオロギーに対しての対抗措置であったのか、或いはソビエトを中核とする共産圏に対しての対抗措置であったのか？ 対イデオロギー？ それとも軍事的理由？ しかし、1989年にソビエトは崩壊し、東西の冷戦体制そのものも終焉した。イデオロギーの対立の時代は終わったし、これによって東西冷戦も崩壊したと言える。しかし、ＮＡＴＯは残り続けて、東欧にまで拡大するという歴史的経過を辿った。『誰が世界を支配しているのか？』は2018年の発刊なので、まだ、ウクライナ戦争は始まっていませんが、その前兆となる動静を語っている。
（やはり、ＮＨＫスペシャルが現在は「混迷の世紀」と題して、先日、第二回が放送されましたが冒頭近くで提示されたのは、その地図でした。確かにＮＡＴＯの版図が拡大している。ユーラシア大陸に於けるＮＡＴＯの拡大に気を揉んでいたのがロシアのプーチン政権であったのは間違いないのでしょう。）
では、どのようにＮＡＴＯは存在価値を説明されてきたのかというと、「ガスと石油のパイプラインを防衛するため」であり、それら欧州のエネルギー体制は重要な基盤であるから、ＮＡＴＯは欠かせないという。或る種の国際秩序の重要基盤なのでＮＡＴＯ軍によって防衛する必要性があるの意になる。しかし、チョムスキーは、それは米国の世界戦略の一つであり、独立独歩を求めるであろう欧州諸国、その独立独歩を求める機運を起こさせない為という意味《も》あったと述べているのだ。何故なら、米国の世界戦略では、米国一国のみが秀でていなければならず、そうなる事で世界の覇権を掌握しているという事だからであるという。
このように展開させると、「勘繰り過ぎだろう？」と考えることになる訳ですが、そこで初めて世界平和研究会の話に繋がってゆく。1939年に創設された世界平和研究会の立ち上げに寄与した人物の一人であるジョージ・ケナンの話になる。ジョージ・ケナンは、政治家であり、学者であり、米国務省の政策立案者であった。また、政策立案者の中にはタカ派からハト派まであったが、ジョージ・ケナンは穏健なハト派に所属していた。しかし、このジョージ・ケナンにこそ、ノーム・チョムスキーの鋭い舌鋒は差し向けられている。この箇所、引用します。
国務省の政策立案者だったケナンは、尊敬されていた政治家であり学者であり、政策立案者の中では穏健なハト派に属していた。ケナンの考えでは、米国の政策目的は「不均衡」を維持すべきことだった。つまり、巨大な豊かさを持つ米国と貧困諸国をそのまま保つことだ。その目標を達成するために「あいまいで非現実的な話をやめなくてはならない。たとえば人権尊重とか、生活水準を上げるとか、民主化をはかるなどという考えだ」と助言している。さらに「率直な権力の概念」で対処すべきだと主張する。「利他主義とか世界への貢献」のような「理想主義のスローガンに邪魔」されてはならないというのだ。
ケナンが意識していたのはアジアだが、米国主導の世界経営参加国には、だいたい適用できる。こうした国々に対するとき、当然の常識となっているのは「理想主義的なスローガン」を相手国に対して頻繁に使うことだ。その対象にはこうした国々の知識人層が含まれる。知識人たちがこのスローガンを広めてくれると期待しているからだ。（同127頁）
こういう部分にまで言及するのがチョムスキーの妙味ですが、裏返せば、米国の世界経営戦略は非情なリアリズムによって構築されており、彼らが繰り出してくる歯の浮くような理想主義の言説は、どれもこれも参加国（同盟国）を操る為に用いられている単なる虚言だという事になる。
そして、実際に歴史を検証すると、世界各国が民主主義国家になる事をアメリカの世界戦略から見い出せるのかというと実は見い出しがたい。米国は、飽くまで世界経営をする覇権的立場を喪失しないように振る舞っているだけで、だから南米大陸やアラブでは独裁政権の方に武器支援をしてきたのが現代史ではないのか――となる。日本の場合は、そこそこ理想主義的なタテマエが幅を利かせている成功例なので、日本の政治家や知識人の中にはハラカラ的な感覚で実際に同盟国だと語る者もある。価値観を共にする同盟国であると、その気になっている部分もあるので厄介ですが、その割には、いつまで経っても日米地位協定は改善されないのが現実でもある。
あ。先日、読んだ樋口毅『記者襲撃』（岩波書店）の中には、右翼の分類について述べられており、昔ながらの伝統右翼は親米であるのに対して、新右翼は反米であるという指摘がありました。これも米国の中の世界戦略、具体的にはヤルタ秘密協定あたりに思いが到ると「あれれれ」となる為でしょう。
