或る人は、その人を「思想家」と呼ぶが、また或る人は「カルトの教祖」のように呼ぶ。そういう事は珍しくもないのかも知れない。その代表的な人物が「太田龍」もしくは「太田竜」という事になるのでしょう。（古くは「太田竜」と名乗っていたが、或る時期から「太田龍」という表記に変わった。）
東アジア反日武装戦線の爆弾テロが起こった際、思想的な黒幕ではないかとされたのが当時の「太田竜」という人物であった。アイヌ民族の英雄、シャクシャインを日帝主義者（日本の帝国主義者の意）が勝手に像をつくっている事は許し難いとしてシャクシャイン像の台座を損壊させたという事件があり、それに関与していたのが後に東アジア反日武装戦線の複数名のメンバーであった。その東アジア反日武装戦線のメンバーに思想的影響を与えていたのが、このアイヌ主義を掲げていた太田竜であると考えられていた。つまり、爆弾テロ団体に思想的影響を与えた�犇義牒瓩任呂覆い里�と実際に考えられていた人物でもあった。
で、先日、樋田毅著『記者襲撃』（岩波書店）に目を通していた際、意外な事に新右翼にも太田竜は影響を与えていたという一節があった。極左と極右が、この「太田竜」という人物の思想で繋がっていたという事にもなる。『記者襲撃』は、朝日新聞阪神支局襲撃事件等を起こした赤報隊事件を元朝日新聞記者が追ったノンフィクション作品でしたが、そこでは実際に新右翼（これは外部からの呼称であり、彼等は自分たちを民族派と称する）は太田竜に影響を受けていた事が分かる。しかも、際どい分岐点かも知れない。
しかも、この太田竜という思想家は、その後、陰謀論をまき散らすカルトの教祖「太田龍」へと変貌してゆく。（ああ、フェイク問題やインテリジェンス問題を取り上げている最中に、相応しくないテーマなのですが、この陰謀論については、独立した別個のものと割り切って展開させます。）ここで言っている陰謀論とは、一般的に陰謀論と認識されているものの意で展開させてゆきますが、例えばユダヤ陰謀論として【イルミナティ】という単語がありますが、そのイルミナティが世界を操っているという陰謀論を展開させ、最終的には「レプティリアン（爬虫類人類）が世界を支配している」というところまで展開させたという意味で、その思想の変遷は特異といえば特異でもある。
太田竜（龍）を考えるにあたり、太田龍の死後に刊行された一般社団法人太田龍記念会編『太田龍・追憶集』（柏艪舎）という一冊を読了。同著は太田龍の自著ではないものの、太田龍を崇拝する人や交流のあった人たちが寄せた文章によって「太田龍」を読み取ったものという事になります。
以下、それに沿って――。
1930年、樺太生まれ。父方は代々漢方医の家系の四男として誕生。本名は栗原登一（くりはら・とういち）。東京理科大中退。その後、独学でマルクス、ヘーゲルなどを学ぶ。
1945年に青年共産同盟に加盟、1947年に日本共産党入党。ここまでは、実はありがちな流れでもある。
1950年、太田は「スターリニスト共産党官僚権力は人類と労働者人民の敵と化した」との結論に到り、日本共産党を脱党。元々、太田はトロツキストと呼ばれていたらしい。ここは左翼間のセクト争いの様相もありますが、つまり、日本共産党打倒を掲げて脱党した。当時の日本共産党はスターリン政権下のコミンテルン（第三インターナショナル）に連動して動いていたとされる。当時の日本でも激化した左翼運動は日本共産党に異を唱えるものが多かった。
1967年、ここが大きな分岐点となりますが、太田は「マルクス主義も資本主義と同根同罪で西洋近代主義の一味である」との結論に到り、窮民主義的社会主義へ転向する。つまり、マルクス主義だって西洋近代主義であり、資本主義と同根同罪であるという結論に行き着いたの意。そして、この頃から窮民、これもオールド社会主義にはあったものと思われますが、貧困民や被差別民を救うという思想になってゆく。そこで浮上してくるのが、在日差別であり、アイヌ史という事になる。
ここは太田龍による思想的な開花があったと捉えるべきかも知れないと思う。『追憶集』に寄せられた文章を読んでいると、左翼活動をしている中で、既に周囲の人々は西洋近代的シチズン（市民）になっており、実はその頃に太田は西洋文明に染まっていく市民社会のシチズンたちを見限って、敢えて「すべての窮民の為に決起せよ！」的な思想に着地したものと思われる。これは、まさしく、反日帝を掲げていた東アジア反日武装戦線の根底に流れていた思想に似ている。
また、この頃までに太田は「日本民族の源流は縄文人に在り」という思想に到り、民族主義的な思想に傾倒してゆく。太田の思想は「天皇が登場するも遥か昔の縄文人に日本人の起源がある」であったが、その民族的遺伝子としての思想や文化を重視した為、新右翼からも注目され、一水会の合宿には講師として講義をしたという。抗議をしたのは農本主義についてで、つまり、橘孝三郎と権藤成卿についてであったらしい。実は右翼思想を純粋に紐解いていくと農本主義こそが本流であり、理論としては権藤成卿の農本主義と、純正社会主義の北一輝しか右翼思想の理論は展開できていないという評が根強い。海外の夷狄を排除するという攘夷思想が右翼の原型なので、国風文化を守れと言った具合の無形の価値観と大きく関係している。
太田の思想は、その後、縄文回帰になり、自然志向な思想に傾斜してゆく。家系が漢方医であった事も影響してか西洋医学よりも東洋医学、玄米を食べる事を実践し、岩盤浴、更には飲尿健康法を周囲に勧めだす。この飲尿健康法は「太田道灌」の血を引いているという夫人が自然食料理の講師や太極拳の指導者をしており、夫人が飲尿健康法を実践し、それに影響されたものだという。（本名は栗原登一であるがペンネームで太田姓を名乗っていたのは夫人が太田道灌の血筋に由来か？）
おそらく、真の思想家としての最高潮はマルクス主義と絶縁した「辺境最深部に向って退却せよ」という思想であり、それは或る種の窮民主義であり、辺境最深部に退却して時機を窺がい、革命の時機を待つべしであったのだろうな、と私見では思う。これが1970年から1971年と思われる。太田は古文献や民俗学なども渉猟し、辺境最深部、具体的にはアイヌ革命のようなものに傾斜していく。
日本の源流は縄文人にあり、アイヌ的な先住民生活こそが、唯一、西洋文明に抵抗できるものであるという具合の流れであったと思われる。これは先住民の生活スタイルこそが文明に侵される以前の健全な状態であるという思想になり、インカ帝国を理想であったとする思想などにも傾斜する。これをインカの言葉で「タワンティンスーユ」と発音し、意味は「宇宙的共同体」の意味であるという。
革命を強固に主張する文化人として竹中労、平岡正明、そして文化否定論者である太田竜、その三名は革命を志向しているという意味で「三バカ」と称されていたが竹中労とは度々、衝突していたという。やはり、小便を飲むと健康になると勧められたが、その辺りから旧左翼系の人脈は徐々に離れて行ったと思われる。ここに来ると自然志向となり、エコロジー運動などへ傾斜していく。
エコロジーへの傾斜というのは、諸々の環境団体の中にエキセントリックな人たちが登場する事を我々は知っている。環境問題は真摯な問題であり、間違ってもバカにすべき問題ではないが、そこに居場所を見つける何かがある。太田は『肉食は地球は滅ぼす』、『家畜制度全廃論』、『動物実験廃止』といった著作を刊行し、ここでも或る種のカリスマ的な存在になってゆく。これが年代としては1985〜1987年頃となる。
ここも太田を侮れない部分かも知れない。現在、世界的にベジタリアンの流行、その潮流を認める事ができますが、かなり先取りしていた可能性がある。また、動物愛護運動でも先駆け的なところがあり、太田は動物実験の全廃を呼び掛けて一部に熱心な信者を当時から集めていた。この思想の裏側には進化・深化のようなものがあると評する者もあり、つまり、この80年代に太田は「人類独尊」から「萬類共尊」という究極的なところまで行ってしまう。人類のみが尊いのではなくて、万物は共に尊いという思想に到達する。或る意味ではエコロジー的な到達点かも知れないし、動物実験廃止はアヒンサーを考えれば、思想の終着点のような気もする。生命あるものを食して生きている訳ですが、許されるのは最小限の殺生であるべきで動物実験のようなものは好ましくないと考えることになる。
ここからが、カルトへの入り口という事になるのかも知れない。実は動物実験廃止論は太田龍が元祖ではなく、スイスの作家、ハンス・ルーシュなる人物が既に展開させていたという。太田は「ハンス・ルーシュ論」なるものを展開していく中で、或る問題に行き着いた。西洋医学の内部には動物実験に反対する学派があった事、また、それに依拠する学派があったが、動物実験廃止学派及び準じる学派の存在は欧米のマスコミ界によって《抹殺された》と感じ取ったという。分かり易く述べてしまうと、ここから「ロスチャイルドやロックフェラー帝国に操られた欧米のマスコミ界が問題を矮小化したり、無いものにしてしまっている」という陰謀論の原型に行き着いたと思われる。（45人前後によって構成されている追憶文集の中の一つに、詳しく触れている文章があり、その「入口」を指摘している。）
この太田は物事を徹底しないと気が済まない性分なので、一気に傾斜する。闇の政府がある、それは秘密結社という形を取っている、それはフリーメイソンであり、その更に中枢にはイルミナティという秘密結社中の秘密結社が存在している――と、18世紀の話になっていく。
荒唐無稽な感も否めませんが、分岐点としては有り得るような気がする。西洋文明と東洋文明との差異を著したものでも解体新書の話、つまり、実際に人体解剖したか否かの問題がある。西洋近代とは見世物として人体解剖を見世物にしていた。残酷な見世物ですが、そこへ踏み切れたのが西洋文明であった訳です。ヒトの遺体を解剖して西洋医学が勃興した。勿論、解剖した遺体を視ることで人体の構造を学んだので西洋にはサイエンスが起こったという話が下田淳著『「棲み分け」の世界史』（ＮＨＫブックス）に記してあったと思う。
残酷さでは東洋文明も負けていないのですが、その発想は起こらなかった。死者を冒涜する事や霊魂を畏怖するという観念が東洋にはあり、八つ裂きにして処刑する事はあっても、解体してどうなっているのか人体の秘密を解明しようというそれはなかった。また、福岡ハカセの週刊文春の連載にもポスドク時代には毎日毎日、10匹であったか100匹であったか、要はマウスを殺す作業をしていたが、正直、気が滅入る仕事であった旨、記されているのを読んだ事がある。確かに現代文明とは、この「他者の死の犠牲の上に築かれている事」と関係している。
先に挙げた『「棲み分け」の世界史〜欧米はなぜ覇権を握ったのか』（ＮＨＫブックス）の著者は同著が刊行された時点では宇都宮大学教授であり、当時、相応に反響を呼んだ書籍であった。概要に触れると、東洋文明になく西洋文明にあるもの、その差異に於いて、ヨーロッパそのものの成立はカール大帝の登場や中央集権体制によって「エウロペ」に語源を持つ「ヨーロッパ」という言葉、その概念と認識が成立したのは11世紀とし、欧米が決定的に世界的覇権を掌握したのは19世紀だとする。そしてヨーロッパが世界の覇権を握った要素は次の２点、「科学」と「資本主義」と分析する。
殊に「科学」についての考察は注目に値したと思う。「科学」を意味する「サイエンス」の語源はラテン語の「スキエンティア」であるとし、その意味は「知識」であった。現在でいうところの科学という意味ではない。そして「知を愛する者」を意味するラテン語が「フィロソフィー」であり、実はスキエンティアとフィロソフィーには区別らしい区別はなかった。「科学者」を「サイエンティスト」と呼ぶようになり、従来の知識人の意味を分断して「科学者」及び「サイエンティスト」という言葉が創り出されたのは19世紀の事でしかないという。裏返すと、19世紀以前は理系（科学）と文系（人文）という分野の明確な区別はなかったという。
そこで大きな分岐点になったのは、人体解剖であった。この箇所、引用します。
大学での人体解剖は一般に公開され、見学料が徴収された。ヴェサリウスの公開解剖の様子は著書『ファブリカ』（一五四三）の扉表紙に木版画で印刷されている。人体解剖は「見世物」の要素を持っていたのだ。見世物が貨幣の対価を期待していたおこなわれることはいうまでもない。（『「棲み分けの世界史」』77頁）
人体解剖を見世物にする風習は、16世紀に始まり、16〜17世紀が最盛期となるが、実は19世紀前半まで継続していたという。19世紀前半に行なわれていた人体解剖も見世物であった。この箇所も引用します。
事実、十六、七世紀は公開解剖の全盛期であった。ヨーロッパ中で公開解剖の「劇場」チケットが飛ぶように売れたという。解剖の日は祝祭日が選ばれ、パレードがおこなわれた。一五九七年のイタリアでの解剖を広告とするビラには、リュート奏者と陽気にパレードする観客の様子が描かれた。解剖医は観客に切開した部位をよく見せるために工夫した。（同77頁）
16世紀のヨーロッパに何が起こったのかという問題について、著者は「資本主義」を挙げている。つまり、それまでのヨーロッパ社会には宗教観やそれぞれの死生観があったが、この時期に資本主義の論理が宗教観や死生観を圧倒し、その為に金銭と名誉とを同時に獲得できる見世物としての人体解剖が起こり、人体解剖は恒常化していき、その果てにパレードをしながら人体解剖ショウを楽しむノリであった事が分かる。勿論、従来のキリスト教は人体解剖を禁止していた。
また、レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロは、この時期に登場していますが、この両巨匠は16世紀に活躍するが、ミケランジェロは作品づくりの為に何度も人体解剖を行った彫刻職人であり、一方のダ・ヴィンチは一時期ではあるがパヴィア大学の外科職人（当時は外科医ではなく外科職人）をししていて解剖人体図は身近な存在であった。つまり、何かも、ヨーロッパがヨーロッパとして本格的に勃興したのは、この「科学」と「資本主義」によると指摘するものであった。
で、日本にも入って来た「解体新書」は、遺体を損壊してはならぬという既存の死生観、その価値観の大きな分岐点をもたらしたと実際に我々も歴史で習ってきた訳です。
まぁ、西洋の方は気分を損ねるかも知れませんが、この人体を解剖して見世物にし、金儲けをするという発想は東洋には生まれなかった。日本の武士も中世までは野犬を捕まえてきては、その犬を馬上から矢で射るという「犬追い」という見世物を行なっていた。それは武術鍛錬のものであったが見世物でもあり、桟敷席までつくっていたというから大々的な見世物にしていたものと思われる。しかし、「残酷であるから改めよ」という価値観の方が起動したものと思われる。更には世界的にも珍しい「生類憐みの令」が発令になったのは1687年だから、17世紀の事だ。確かに人類史的に考えても人体解剖を見世物にしてしまうという大胆な発想は、或る種の宗教的死生観を乗り越えねばならず、そうそう簡単には生まれないでしょう。（中国史を記したとされる「史記」には、紂王と妲己とは罪人らに命がけのゲームに挑ませ、結局は苦しみながら死ぬ様子を娯楽として楽しんでいたという記述がある。「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」のガチ版の趣き。が、史記にはそれは否定的な意味合いで記されており、そんな悪趣味な真似をしていた紂王は、正義の味方（周の武王）に誅されたという逸話になっている。人の道を犯すものは誅されるという価値観の反映でしょう。）
また、その後にヨーロッパによる植民地政策を考えて欲しい。また、本格的な東洋文明との出会いとなったのはアヘン戦争であったと思われるが、その振る舞いを考えて欲しい。現在ともなると「西洋文明」がイコールで「文明」と解されていますが、そもそもからして悪魔的な性格を帯びた文明である事にも気付けるかも知れない。
太田龍の話に戻りますが、陰謀論的な傾向を強めていく太田も【サタニズム】や【サタニスト】という単語が使用されている。和訳するなら「悪魔主義」や「悪魔主義者」でしょうか。では、具体的にどのように使用されているのかというと、【ユダヤ悪魔教サタニスト金融勢力】として使用している。それが意味しているのは「ユダヤ地下世界金融勢力」であり、つまり、ユダヤ資本が世界を動かしているフリーメーソン陰謀論の型である。
太田の思想は、共産主義からスタートしながら、そこから脱線して、窮民救済主義のようなものへ向かい、その後、自然回帰エコロジー路線へと傾斜した。窮民救済主義の過程でアイヌに接近し、そこで縄文人的な生き方に、人の道を求めた。つまり、神という自然の中で生活する在り方こそを、本来の人の在り方だという自然回帰思想に深く入っていったものと思われる。既に西洋概念的なシチズンは味方ではない。そして敵の本体は、どこにあるのかという問題を考える中で、世界は実際にユダヤ金融資本の影響を受けている事に着目し、フリーメーソンに着目した。更に、フリーメーソンの中にあるのがイルミナティと呼ばれていた秘密結社であった。『追憶集』の中には、「イルミナティ」を発見したのが太田龍であるかのように述べている者もあるが、総合的に判断すると、その辺りは定かではない。というのもフリーメイソンを世界を支配している秘密結社であるという考え方は、どうも古くからあるらしい事も分かる。ユダヤ系の金融資本が世界を支配している事自体は、否定しにくい事実でもある。また、「イルミナティ」なる言葉は、いわゆる陰謀論者の人たちの間で広がっている言葉であるが政財界にイルミナティの系列に連なる人物が多数、発見できる事に依拠しているらしい。
1990年代の日本にいわゆるユダヤ陰謀本ブームが席巻する。ここで再び脚光を浴びる事になったのが、太田龍であった。その業界では「西の宇野正美、東の太田龍」といった具合でユダヤ関連本が徳間書店を筆頭にして特定の出版社であったが、発刊が相次いだ。事実なのかどうか確認のしようもないが時のレーガン政権から中曽根政権に苦言が呈されたとする言説もあるらしい。その後、トンデモとして陰謀論を展開する出版物を排斥する機運が高まり、実際にユダヤ陰謀論ブームは終結へと向かった。
今の内に真面目な事を述べてしまうと、文藝春秋社の雑誌、マルコポーロ廃刊騒動があった。アウシュビッツ収容所に疑義を掲げる言説を掲載した事が理由で、糾弾に合い、廃刊に追い込まれたというのが騒動の要旨であるが、これに似た問題はＭＩＴ名誉教授でもあるノーム・チョムスキーも同質の問題を起こしている。狙ったものなのか、偶然なのか、最終的にはシオニズム批判をすると言論を制限されてしまうという前例が出来上がってしまい、その事が尚更に陰謀論を過熱させる効果がある訳です。因みにチョムスキーは陰謀論ではありませんよ。ホロコーストは事実として在ったが、無かったと主張する人があるのであれば、それも「表現の自由」、「批判する事の自由」の問題となり、その観点から「表現の自由が何かによって制限されてはならない」という主旨の文章を書いたところ、それが非常に表情の乏しいリヨン大学教授が書いた「そもそもホロコーストはなかった」という論旨の出版物の「まえがき」に使用されたというのが経緯であった。しかし、世界中から「チョムスキーはナチスを擁護している！」と指弾される羽目になり、以降はマスメディアのメインステージからホサレ気味になってしまっているように見える。「捏造される合意」（マニファクチャリング・コンセント）は強烈なプロパガンダ批判であったから商業主義との折り合いは不可能となり、元々、多くの寄稿をしていたニューヨーク・ポスト紙をも批判した事で、扱い難い人物という認識になったのでしょう。しかし、齢90歳を越えても未だに的確な時事評をしているように私には思える。
この問題は「風流夢譚事件」（「嶋中事件」とも）について語っている岩波書店や宝島社に、その問題点が提示されている。その事件の本質とは「脅しに屈して報道が萎縮した事である」と明確に語られている。何々を侮辱した行為がけしからんという表現の内容の良し悪し問題ではなく、侮辱したという暴力に遭い、結果として実際に報道が萎縮してしまった事にあると解説してある。おそらくは弱者権力の問題と呼ばれる問題だ。迫害されているという立場の弱者は、時として言論上では弱者である事を武器にして強者になれてしまう事が起こる。エセ同和問題などの顕著ですが、諸々に言及するのが厄介なのだ。「誰々を侮辱する事は許されない」という言論バイアスが実際にかかることで、実は真意の説明が困難になる。これは現在の日本の言論環境にも深く根差している可能性がある。一部の者が目にする紙の活字媒体でもない限り、インターネットの活字媒体では切り取られて炎上してしまう可能性が高い。
おそらく「ユダヤ陰謀なんてナンセンスだ！」と反応する者が、大勢からすると大半でしょう。過去のトンデモ本キャンペーンの影響もあり６〜７割になるのだと思う。しかし、冷静に考えて欲しいのですが、ユダヤ金融資本が世界に大きな影響を与えているという事は事実ではないと言えるだろうかと反問すれば、実は、そちらの方こそが難しくなってくる。ＮＨＫスペシャルが新たに分かった幕末史として数週間前に放送した「新幕末史」は、まさしくイギリスやロシアの掌の上で繰り広げられたゲームこそが幕末の明治維新であったという史観を克明に暴き出した。薩長軍も江戸幕府軍も列強の武器商人頼みとなって戦争し、アメリカの南北戦争で使用された大量の中古の鉄砲が日本に持ち込まれて使用されていた事が判明した。すべては権益で動いていた列強の政治家と、武器商人の掌の上の出来事だった公算が高い。「日本の新しい夜明けぜよ」なんてロマンチシズムは全く関係がなさそうだ。
例えば「シオニズムと呼ばれている言葉について自分は納得のいくだけの知識を持っているだろうか？」と自問すれば、おそらくは妙に情報が遮断されてしまっている事に気づくかも知れない。昨日の夕方のニュースショウ枠の報道番組内でもイスラエル政府筋の発表として「イランがサッカーＷ杯を攻撃の対象にしている可能性がある」という内容が報じられていましたが、それがどういうソースの情報であるか理解できている日本人は体感するに２割も居ないのが実相のような気がする。
東アジア反日武装戦線の爆弾テロが起こった際、思想的な黒幕ではないかとされたのが当時の「太田竜」という人物であった。アイヌ民族の英雄、シャクシャインを日帝主義者（日本の帝国主義者の意）が勝手に像をつくっている事は許し難いとしてシャクシャイン像の台座を損壊させたという事件があり、それに関与していたのが後に東アジア反日武装戦線の複数名のメンバーであった。その東アジア反日武装戦線のメンバーに思想的影響を与えていたのが、このアイヌ主義を掲げていた太田竜であると考えられていた。つまり、爆弾テロ団体に思想的影響を与えた�犇義牒瓩任呂覆い里�と実際に考えられていた人物でもあった。
で、先日、樋田毅著『記者襲撃』（岩波書店）に目を通していた際、意外な事に新右翼にも太田竜は影響を与えていたという一節があった。極左と極右が、この「太田竜」という人物の思想で繋がっていたという事にもなる。『記者襲撃』は、朝日新聞阪神支局襲撃事件等を起こした赤報隊事件を元朝日新聞記者が追ったノンフィクション作品でしたが、そこでは実際に新右翼（これは外部からの呼称であり、彼等は自分たちを民族派と称する）は太田竜に影響を受けていた事が分かる。しかも、際どい分岐点かも知れない。
しかも、この太田竜という思想家は、その後、陰謀論をまき散らすカルトの教祖「太田龍」へと変貌してゆく。（ああ、フェイク問題やインテリジェンス問題を取り上げている最中に、相応しくないテーマなのですが、この陰謀論については、独立した別個のものと割り切って展開させます。）ここで言っている陰謀論とは、一般的に陰謀論と認識されているものの意で展開させてゆきますが、例えばユダヤ陰謀論として【イルミナティ】という単語がありますが、そのイルミナティが世界を操っているという陰謀論を展開させ、最終的には「レプティリアン（爬虫類人類）が世界を支配している」というところまで展開させたという意味で、その思想の変遷は特異といえば特異でもある。
太田竜（龍）を考えるにあたり、太田龍の死後に刊行された一般社団法人太田龍記念会編『太田龍・追憶集』（柏艪舎）という一冊を読了。同著は太田龍の自著ではないものの、太田龍を崇拝する人や交流のあった人たちが寄せた文章によって「太田龍」を読み取ったものという事になります。
以下、それに沿って――。
1930年、樺太生まれ。父方は代々漢方医の家系の四男として誕生。本名は栗原登一（くりはら・とういち）。東京理科大中退。その後、独学でマルクス、ヘーゲルなどを学ぶ。
1945年に青年共産同盟に加盟、1947年に日本共産党入党。ここまでは、実はありがちな流れでもある。
1950年、太田は「スターリニスト共産党官僚権力は人類と労働者人民の敵と化した」との結論に到り、日本共産党を脱党。元々、太田はトロツキストと呼ばれていたらしい。ここは左翼間のセクト争いの様相もありますが、つまり、日本共産党打倒を掲げて脱党した。当時の日本共産党はスターリン政権下のコミンテルン（第三インターナショナル）に連動して動いていたとされる。当時の日本でも激化した左翼運動は日本共産党に異を唱えるものが多かった。
1967年、ここが大きな分岐点となりますが、太田は「マルクス主義も資本主義と同根同罪で西洋近代主義の一味である」との結論に到り、窮民主義的社会主義へ転向する。つまり、マルクス主義だって西洋近代主義であり、資本主義と同根同罪であるという結論に行き着いたの意。そして、この頃から窮民、これもオールド社会主義にはあったものと思われますが、貧困民や被差別民を救うという思想になってゆく。そこで浮上してくるのが、在日差別であり、アイヌ史という事になる。
ここは太田龍による思想的な開花があったと捉えるべきかも知れないと思う。『追憶集』に寄せられた文章を読んでいると、左翼活動をしている中で、既に周囲の人々は西洋近代的シチズン（市民）になっており、実はその頃に太田は西洋文明に染まっていく市民社会のシチズンたちを見限って、敢えて「すべての窮民の為に決起せよ！」的な思想に着地したものと思われる。これは、まさしく、反日帝を掲げていた東アジア反日武装戦線の根底に流れていた思想に似ている。
また、この頃までに太田は「日本民族の源流は縄文人に在り」という思想に到り、民族主義的な思想に傾倒してゆく。太田の思想は「天皇が登場するも遥か昔の縄文人に日本人の起源がある」であったが、その民族的遺伝子としての思想や文化を重視した為、新右翼からも注目され、一水会の合宿には講師として講義をしたという。抗議をしたのは農本主義についてで、つまり、橘孝三郎と権藤成卿についてであったらしい。実は右翼思想を純粋に紐解いていくと農本主義こそが本流であり、理論としては権藤成卿の農本主義と、純正社会主義の北一輝しか右翼思想の理論は展開できていないという評が根強い。海外の夷狄を排除するという攘夷思想が右翼の原型なので、国風文化を守れと言った具合の無形の価値観と大きく関係している。
太田の思想は、その後、縄文回帰になり、自然志向な思想に傾斜してゆく。家系が漢方医であった事も影響してか西洋医学よりも東洋医学、玄米を食べる事を実践し、岩盤浴、更には飲尿健康法を周囲に勧めだす。この飲尿健康法は「太田道灌」の血を引いているという夫人が自然食料理の講師や太極拳の指導者をしており、夫人が飲尿健康法を実践し、それに影響されたものだという。（本名は栗原登一であるがペンネームで太田姓を名乗っていたのは夫人が太田道灌の血筋に由来か？）
おそらく、真の思想家としての最高潮はマルクス主義と絶縁した「辺境最深部に向って退却せよ」という思想であり、それは或る種の窮民主義であり、辺境最深部に退却して時機を窺がい、革命の時機を待つべしであったのだろうな、と私見では思う。これが1970年から1971年と思われる。太田は古文献や民俗学なども渉猟し、辺境最深部、具体的にはアイヌ革命のようなものに傾斜していく。
日本の源流は縄文人にあり、アイヌ的な先住民生活こそが、唯一、西洋文明に抵抗できるものであるという具合の流れであったと思われる。これは先住民の生活スタイルこそが文明に侵される以前の健全な状態であるという思想になり、インカ帝国を理想であったとする思想などにも傾斜する。これをインカの言葉で「タワンティンスーユ」と発音し、意味は「宇宙的共同体」の意味であるという。
革命を強固に主張する文化人として竹中労、平岡正明、そして文化否定論者である太田竜、その三名は革命を志向しているという意味で「三バカ」と称されていたが竹中労とは度々、衝突していたという。やはり、小便を飲むと健康になると勧められたが、その辺りから旧左翼系の人脈は徐々に離れて行ったと思われる。ここに来ると自然志向となり、エコロジー運動などへ傾斜していく。
エコロジーへの傾斜というのは、諸々の環境団体の中にエキセントリックな人たちが登場する事を我々は知っている。環境問題は真摯な問題であり、間違ってもバカにすべき問題ではないが、そこに居場所を見つける何かがある。太田は『肉食は地球は滅ぼす』、『家畜制度全廃論』、『動物実験廃止』といった著作を刊行し、ここでも或る種のカリスマ的な存在になってゆく。これが年代としては1985〜1987年頃となる。
ここも太田を侮れない部分かも知れない。現在、世界的にベジタリアンの流行、その潮流を認める事ができますが、かなり先取りしていた可能性がある。また、動物愛護運動でも先駆け的なところがあり、太田は動物実験の全廃を呼び掛けて一部に熱心な信者を当時から集めていた。この思想の裏側には進化・深化のようなものがあると評する者もあり、つまり、この80年代に太田は「人類独尊」から「萬類共尊」という究極的なところまで行ってしまう。人類のみが尊いのではなくて、万物は共に尊いという思想に到達する。或る意味ではエコロジー的な到達点かも知れないし、動物実験廃止はアヒンサーを考えれば、思想の終着点のような気もする。生命あるものを食して生きている訳ですが、許されるのは最小限の殺生であるべきで動物実験のようなものは好ましくないと考えることになる。
ここからが、カルトへの入り口という事になるのかも知れない。実は動物実験廃止論は太田龍が元祖ではなく、スイスの作家、ハンス・ルーシュなる人物が既に展開させていたという。太田は「ハンス・ルーシュ論」なるものを展開していく中で、或る問題に行き着いた。西洋医学の内部には動物実験に反対する学派があった事、また、それに依拠する学派があったが、動物実験廃止学派及び準じる学派の存在は欧米のマスコミ界によって《抹殺された》と感じ取ったという。分かり易く述べてしまうと、ここから「ロスチャイルドやロックフェラー帝国に操られた欧米のマスコミ界が問題を矮小化したり、無いものにしてしまっている」という陰謀論の原型に行き着いたと思われる。（45人前後によって構成されている追憶文集の中の一つに、詳しく触れている文章があり、その「入口」を指摘している。）
この太田は物事を徹底しないと気が済まない性分なので、一気に傾斜する。闇の政府がある、それは秘密結社という形を取っている、それはフリーメイソンであり、その更に中枢にはイルミナティという秘密結社中の秘密結社が存在している――と、18世紀の話になっていく。
荒唐無稽な感も否めませんが、分岐点としては有り得るような気がする。西洋文明と東洋文明との差異を著したものでも解体新書の話、つまり、実際に人体解剖したか否かの問題がある。西洋近代とは見世物として人体解剖を見世物にしていた。残酷な見世物ですが、そこへ踏み切れたのが西洋文明であった訳です。ヒトの遺体を解剖して西洋医学が勃興した。勿論、解剖した遺体を視ることで人体の構造を学んだので西洋にはサイエンスが起こったという話が下田淳著『「棲み分け」の世界史』（ＮＨＫブックス）に記してあったと思う。
残酷さでは東洋文明も負けていないのですが、その発想は起こらなかった。死者を冒涜する事や霊魂を畏怖するという観念が東洋にはあり、八つ裂きにして処刑する事はあっても、解体してどうなっているのか人体の秘密を解明しようというそれはなかった。また、福岡ハカセの週刊文春の連載にもポスドク時代には毎日毎日、10匹であったか100匹であったか、要はマウスを殺す作業をしていたが、正直、気が滅入る仕事であった旨、記されているのを読んだ事がある。確かに現代文明とは、この「他者の死の犠牲の上に築かれている事」と関係している。
先に挙げた『「棲み分け」の世界史〜欧米はなぜ覇権を握ったのか』（ＮＨＫブックス）の著者は同著が刊行された時点では宇都宮大学教授であり、当時、相応に反響を呼んだ書籍であった。概要に触れると、東洋文明になく西洋文明にあるもの、その差異に於いて、ヨーロッパそのものの成立はカール大帝の登場や中央集権体制によって「エウロペ」に語源を持つ「ヨーロッパ」という言葉、その概念と認識が成立したのは11世紀とし、欧米が決定的に世界的覇権を掌握したのは19世紀だとする。そしてヨーロッパが世界の覇権を握った要素は次の２点、「科学」と「資本主義」と分析する。
殊に「科学」についての考察は注目に値したと思う。「科学」を意味する「サイエンス」の語源はラテン語の「スキエンティア」であるとし、その意味は「知識」であった。現在でいうところの科学という意味ではない。そして「知を愛する者」を意味するラテン語が「フィロソフィー」であり、実はスキエンティアとフィロソフィーには区別らしい区別はなかった。「科学者」を「サイエンティスト」と呼ぶようになり、従来の知識人の意味を分断して「科学者」及び「サイエンティスト」という言葉が創り出されたのは19世紀の事でしかないという。裏返すと、19世紀以前は理系（科学）と文系（人文）という分野の明確な区別はなかったという。
そこで大きな分岐点になったのは、人体解剖であった。この箇所、引用します。
大学での人体解剖は一般に公開され、見学料が徴収された。ヴェサリウスの公開解剖の様子は著書『ファブリカ』（一五四三）の扉表紙に木版画で印刷されている。人体解剖は「見世物」の要素を持っていたのだ。見世物が貨幣の対価を期待していたおこなわれることはいうまでもない。（『「棲み分けの世界史」』77頁）
人体解剖を見世物にする風習は、16世紀に始まり、16〜17世紀が最盛期となるが、実は19世紀前半まで継続していたという。19世紀前半に行なわれていた人体解剖も見世物であった。この箇所も引用します。
事実、十六、七世紀は公開解剖の全盛期であった。ヨーロッパ中で公開解剖の「劇場」チケットが飛ぶように売れたという。解剖の日は祝祭日が選ばれ、パレードがおこなわれた。一五九七年のイタリアでの解剖を広告とするビラには、リュート奏者と陽気にパレードする観客の様子が描かれた。解剖医は観客に切開した部位をよく見せるために工夫した。（同77頁）
16世紀のヨーロッパに何が起こったのかという問題について、著者は「資本主義」を挙げている。つまり、それまでのヨーロッパ社会には宗教観やそれぞれの死生観があったが、この時期に資本主義の論理が宗教観や死生観を圧倒し、その為に金銭と名誉とを同時に獲得できる見世物としての人体解剖が起こり、人体解剖は恒常化していき、その果てにパレードをしながら人体解剖ショウを楽しむノリであった事が分かる。勿論、従来のキリスト教は人体解剖を禁止していた。
また、レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロは、この時期に登場していますが、この両巨匠は16世紀に活躍するが、ミケランジェロは作品づくりの為に何度も人体解剖を行った彫刻職人であり、一方のダ・ヴィンチは一時期ではあるがパヴィア大学の外科職人（当時は外科医ではなく外科職人）をししていて解剖人体図は身近な存在であった。つまり、何かも、ヨーロッパがヨーロッパとして本格的に勃興したのは、この「科学」と「資本主義」によると指摘するものであった。
で、日本にも入って来た「解体新書」は、遺体を損壊してはならぬという既存の死生観、その価値観の大きな分岐点をもたらしたと実際に我々も歴史で習ってきた訳です。
まぁ、西洋の方は気分を損ねるかも知れませんが、この人体を解剖して見世物にし、金儲けをするという発想は東洋には生まれなかった。日本の武士も中世までは野犬を捕まえてきては、その犬を馬上から矢で射るという「犬追い」という見世物を行なっていた。それは武術鍛錬のものであったが見世物でもあり、桟敷席までつくっていたというから大々的な見世物にしていたものと思われる。しかし、「残酷であるから改めよ」という価値観の方が起動したものと思われる。更には世界的にも珍しい「生類憐みの令」が発令になったのは1687年だから、17世紀の事だ。確かに人類史的に考えても人体解剖を見世物にしてしまうという大胆な発想は、或る種の宗教的死生観を乗り越えねばならず、そうそう簡単には生まれないでしょう。（中国史を記したとされる「史記」には、紂王と妲己とは罪人らに命がけのゲームに挑ませ、結局は苦しみながら死ぬ様子を娯楽として楽しんでいたという記述がある。「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」のガチ版の趣き。が、史記にはそれは否定的な意味合いで記されており、そんな悪趣味な真似をしていた紂王は、正義の味方（周の武王）に誅されたという逸話になっている。人の道を犯すものは誅されるという価値観の反映でしょう。）
また、その後にヨーロッパによる植民地政策を考えて欲しい。また、本格的な東洋文明との出会いとなったのはアヘン戦争であったと思われるが、その振る舞いを考えて欲しい。現在ともなると「西洋文明」がイコールで「文明」と解されていますが、そもそもからして悪魔的な性格を帯びた文明である事にも気付けるかも知れない。
太田龍の話に戻りますが、陰謀論的な傾向を強めていく太田も【サタニズム】や【サタニスト】という単語が使用されている。和訳するなら「悪魔主義」や「悪魔主義者」でしょうか。では、具体的にどのように使用されているのかというと、【ユダヤ悪魔教サタニスト金融勢力】として使用している。それが意味しているのは「ユダヤ地下世界金融勢力」であり、つまり、ユダヤ資本が世界を動かしているフリーメーソン陰謀論の型である。
太田の思想は、共産主義からスタートしながら、そこから脱線して、窮民救済主義のようなものへ向かい、その後、自然回帰エコロジー路線へと傾斜した。窮民救済主義の過程でアイヌに接近し、そこで縄文人的な生き方に、人の道を求めた。つまり、神という自然の中で生活する在り方こそを、本来の人の在り方だという自然回帰思想に深く入っていったものと思われる。既に西洋概念的なシチズンは味方ではない。そして敵の本体は、どこにあるのかという問題を考える中で、世界は実際にユダヤ金融資本の影響を受けている事に着目し、フリーメーソンに着目した。更に、フリーメーソンの中にあるのがイルミナティと呼ばれていた秘密結社であった。『追憶集』の中には、「イルミナティ」を発見したのが太田龍であるかのように述べている者もあるが、総合的に判断すると、その辺りは定かではない。というのもフリーメイソンを世界を支配している秘密結社であるという考え方は、どうも古くからあるらしい事も分かる。ユダヤ系の金融資本が世界を支配している事自体は、否定しにくい事実でもある。また、「イルミナティ」なる言葉は、いわゆる陰謀論者の人たちの間で広がっている言葉であるが政財界にイルミナティの系列に連なる人物が多数、発見できる事に依拠しているらしい。
1990年代の日本にいわゆるユダヤ陰謀本ブームが席巻する。ここで再び脚光を浴びる事になったのが、太田龍であった。その業界では「西の宇野正美、東の太田龍」といった具合でユダヤ関連本が徳間書店を筆頭にして特定の出版社であったが、発刊が相次いだ。事実なのかどうか確認のしようもないが時のレーガン政権から中曽根政権に苦言が呈されたとする言説もあるらしい。その後、トンデモとして陰謀論を展開する出版物を排斥する機運が高まり、実際にユダヤ陰謀論ブームは終結へと向かった。
今の内に真面目な事を述べてしまうと、文藝春秋社の雑誌、マルコポーロ廃刊騒動があった。アウシュビッツ収容所に疑義を掲げる言説を掲載した事が理由で、糾弾に合い、廃刊に追い込まれたというのが騒動の要旨であるが、これに似た問題はＭＩＴ名誉教授でもあるノーム・チョムスキーも同質の問題を起こしている。狙ったものなのか、偶然なのか、最終的にはシオニズム批判をすると言論を制限されてしまうという前例が出来上がってしまい、その事が尚更に陰謀論を過熱させる効果がある訳です。因みにチョムスキーは陰謀論ではありませんよ。ホロコーストは事実として在ったが、無かったと主張する人があるのであれば、それも「表現の自由」、「批判する事の自由」の問題となり、その観点から「表現の自由が何かによって制限されてはならない」という主旨の文章を書いたところ、それが非常に表情の乏しいリヨン大学教授が書いた「そもそもホロコーストはなかった」という論旨の出版物の「まえがき」に使用されたというのが経緯であった。しかし、世界中から「チョムスキーはナチスを擁護している！」と指弾される羽目になり、以降はマスメディアのメインステージからホサレ気味になってしまっているように見える。「捏造される合意」（マニファクチャリング・コンセント）は強烈なプロパガンダ批判であったから商業主義との折り合いは不可能となり、元々、多くの寄稿をしていたニューヨーク・ポスト紙をも批判した事で、扱い難い人物という認識になったのでしょう。しかし、齢90歳を越えても未だに的確な時事評をしているように私には思える。
この問題は「風流夢譚事件」（「嶋中事件」とも）について語っている岩波書店や宝島社に、その問題点が提示されている。その事件の本質とは「脅しに屈して報道が萎縮した事である」と明確に語られている。何々を侮辱した行為がけしからんという表現の内容の良し悪し問題ではなく、侮辱したという暴力に遭い、結果として実際に報道が萎縮してしまった事にあると解説してある。おそらくは弱者権力の問題と呼ばれる問題だ。迫害されているという立場の弱者は、時として言論上では弱者である事を武器にして強者になれてしまう事が起こる。エセ同和問題などの顕著ですが、諸々に言及するのが厄介なのだ。「誰々を侮辱する事は許されない」という言論バイアスが実際にかかることで、実は真意の説明が困難になる。これは現在の日本の言論環境にも深く根差している可能性がある。一部の者が目にする紙の活字媒体でもない限り、インターネットの活字媒体では切り取られて炎上してしまう可能性が高い。
おそらく「ユダヤ陰謀なんてナンセンスだ！」と反応する者が、大勢からすると大半でしょう。過去のトンデモ本キャンペーンの影響もあり６〜７割になるのだと思う。しかし、冷静に考えて欲しいのですが、ユダヤ金融資本が世界に大きな影響を与えているという事は事実ではないと言えるだろうかと反問すれば、実は、そちらの方こそが難しくなってくる。ＮＨＫスペシャルが新たに分かった幕末史として数週間前に放送した「新幕末史」は、まさしくイギリスやロシアの掌の上で繰り広げられたゲームこそが幕末の明治維新であったという史観を克明に暴き出した。薩長軍も江戸幕府軍も列強の武器商人頼みとなって戦争し、アメリカの南北戦争で使用された大量の中古の鉄砲が日本に持ち込まれて使用されていた事が判明した。すべては権益で動いていた列強の政治家と、武器商人の掌の上の出来事だった公算が高い。「日本の新しい夜明けぜよ」なんてロマンチシズムは全く関係がなさそうだ。
例えば「シオニズムと呼ばれている言葉について自分は納得のいくだけの知識を持っているだろうか？」と自問すれば、おそらくは妙に情報が遮断されてしまっている事に気づくかも知れない。昨日の夕方のニュースショウ枠の報道番組内でもイスラエル政府筋の発表として「イランがサッカーＷ杯を攻撃の対象にしている可能性がある」という内容が報じられていましたが、それがどういうソースの情報であるか理解できている日本人は体感するに２割も居ないのが実相のような気がする。
