フレイザー著・吉川信訳『初版金枝篇』上下巻（ちくま学芸文庫）では、先史時代に行なわれていた生贄の習俗について、それを聖餐的殺害（せいさんてきさつがい）と翻訳している。少しややこしいものの、生贄も供犠も、どちらも聖餐的殺害という行為であるの意。興味深い事にフレイザーは、その聖餐的殺害を、とエジプト型とアイヌ方とに分類できると述べている。非常に紛らわしいので混同されてしまうだろうが、そこには差異があるだろうと分析している。
この二種類の聖餐的殺害――わかりやすくするために、エジプト型とアイヌ方と呼んでもよいだろうか――は明らかに、見る者によって混同されがちである。また特定の例がいずれの種類に属するものでるかを明言するためには、聖餐として殺される動物が、通常は殺されない種に属するものであるのか、あるいは部族民が日常的に殺す種に属するものであるのかを、確認する必要がある。（『初版金枝篇』下巻164頁）
古代エジプトではアメン神が広く信仰の対象とされていた。おそらく、この神の名である「アメン」が、その後の西洋キリスト世界に於いて、その祈りの最後に語られる「アーメン」に変化したものではないかという話にも触れたが、あのアメン神信仰の話である。アメン神を信仰していた全ての古代エジプト人は、牡牛を神聖な生き物と考えていた。しかし、一年に一度だけ、アメン神の祭りでは牡牛を殺害し、その毛皮を剥ぎ、その毛皮で神像を包んだ。その後に人々は牡牛を弔い、神聖な墓地に埋葬した。そして遺跡から発見されたアメン神の神像は、ヒトの男性の胴体と牡牛の頭をした半人の姿で表現されているという。
エジプトのサッカラには聖牛アピスの為に設けられた巨大地下墓地があり、ヒストリーチャンネル「古代の宇宙人」でも取り上げられたミステリアスな遺跡である。一体、何の為に、そんな巨大な墓地が建設されたのか、或いは技術的に可能だったのかが分からないのだ。エジプト語の「ハピ」（Hapi）や「ハプ」（Hapu）であったものがギリシャ語化したものが「アピス」だという。
そしてアイヌのイオマンテと比較する場合の重要な差異の話にもなりますが、基本的には古代エジプト人は聖牛を殺さないし、食べない。にもかかわらず、一年に一度、聖牛を殺すという祭りを執り行なっていた。アイヌを筆頭にしてカムチャッカ地方にはアイヌのイオマンテと殆んど同じような熊を生贄にして殺すという祭りがあるが、そちらは日常的に熊を殺し、熊を食していたという意味では、エジプトのそれと異なるという事を、フレイザーは『金枝篇』の中で述べている。
イオマンテのケースでは、子熊を手間をかけて飼育し、一定以上にオモテナシが済んでから生贄とする祭りが行われる。アイヌの場合は、その子熊に対してアイヌ人の女性が母乳を与えたりもする。そんな風に育てておきながら、熊送り（イオマンテ）の日の最高潮になると、その愛情注いで育てた熊を引っ張り出して殺し、解体し、その熊の肉を人々で分け合う。しかし、そもそもアイヌやカムチャッカ系の北方民族は、常日頃から熊を殺しているし、食べているし、その毛皮を着ているのだ。また、アメリカ大陸のインディアンや、東南アジアの原住民の習俗にまで共通して、殺した動物の骨を壊さないように丁寧に扱うという共通した習俗があるというが、イオマンテの熊の供犠もそれと共通している。
アイヌ型の聖餐的殺害としての生贄・供犠、その習俗を、フレイザーは「贖罪」と関係していると分析している。つまり、常日頃から熊を殺し、その熊を食し、毛皮を着るという具合に熊の恩恵に授かっている事をアイヌは贈与関係として理解し、それを実は「罪なことである」と感じている。だからこそ、オモテナシをした上で殺害し、且つ、イオマンテがイオマンテたる由縁は、熊を死の世界に送るが、その熊が死の世界で「人間たちにはよくしてもらった。世話になった」のように報告し、再び、恩恵として人間の前に登場してくれることを願う主旨の、贖罪型の聖餐的殺害であると言っている。実は、或る種の〈罪滅ぼし〉がアイヌ型の聖餐的殺害であるという。
対して、先述の古代エジプトの聖牛アピス信仰の聖餐的殺害は、一年に一度だけは聖牛を殺害し、食しもしていたが、それは贖罪が目的なのではなく、「神殺しとしての供犠」であるとする。確かに似ているので混同しやすいが、明らかに聖牛殺しには贖罪や罪滅ぼしといった意図はなく、純粋な供犠なのだ。またまた、純粋な供犠と表現したところで紛らわしいものの、それは「獣の神」を神として殺しているという意味である。
少しだけ引用します。
したがって牡牛はアメンへの生贄として殺されたのではなく、神自身として殺されたのである。（下巻126頁）
つまり、神への生贄として殺しているのではなく、また、アイヌのように贖罪意識から魂（たま）送りをしているのでもなく、純粋に「その精霊を殺しているのだ」という風習だと分析している。これは表現を変えれば「神殺し」や「王殺し」の起源とも言えるかも知れない。そして、ここに古代エジプトを中心として現在の西側諸国にも広まっている、それにも共通したものがあるかも知れない。
底辺まで拡大していくとアイヌ型もエジプト型も同源になりそうですが、これらの聖餐的殺害の深部には、それを食することによって、その力（霊力）を自分のものにするというギリシャ神話などにある話とも関係してくる。勇敢な人物の心臓を食すると、その勇敢さを自分に霊力として採取することができる的な。だから神でも殺して食する、聖餐的殺害を行なうという訳です。また、エジプトのミイラに顕著ですが、つまり、「再生」の原始宗教観が投影されており、「死んだものは再生する」という死生観が関係しているという。
フレイザーの『金枝篇』の主要な部分はキリスト教が広まる以前の多神教であった時代の世界各地で行われていた不思議な習俗が論じられている。来年の豊作を祈る為に穀物霊におもてなしをしたりする。実は全世界的に似たり寄ったりの呪術的信仰が各地にあった事を明らかにしている。穀物が来年も稔るのは、循環サイクルである事の証、謂わば「再生することの証」であり、刈り取ってしまった穀物に感謝をし、来年は今年以上の豊作に恵まれるようにと願うことから、不可解なオマジナイみたいなことをしてきたのである――と。
そして、そう言われてみると、キリスト教の聖餐、「マナ」とか「マンナ」といったものの話にも繋がっていく。ワインは血であり、パンは肉である。まさしく、聖餐を意味している。他方、「マナ」とはキリスト教に限らず、基本的には精霊を指す場合があり、それは超自然的な力、精霊の意味であり、マナイムズのマナである。あらゆる「もの」には「マナ」が宿っている。これを現代日本語に治すなら、やはり、「精霊」でしょう。
この二種類の聖餐的殺害――わかりやすくするために、エジプト型とアイヌ方と呼んでもよいだろうか――は明らかに、見る者によって混同されがちである。また特定の例がいずれの種類に属するものでるかを明言するためには、聖餐として殺される動物が、通常は殺されない種に属するものであるのか、あるいは部族民が日常的に殺す種に属するものであるのかを、確認する必要がある。（『初版金枝篇』下巻164頁）
古代エジプトではアメン神が広く信仰の対象とされていた。おそらく、この神の名である「アメン」が、その後の西洋キリスト世界に於いて、その祈りの最後に語られる「アーメン」に変化したものではないかという話にも触れたが、あのアメン神信仰の話である。アメン神を信仰していた全ての古代エジプト人は、牡牛を神聖な生き物と考えていた。しかし、一年に一度だけ、アメン神の祭りでは牡牛を殺害し、その毛皮を剥ぎ、その毛皮で神像を包んだ。その後に人々は牡牛を弔い、神聖な墓地に埋葬した。そして遺跡から発見されたアメン神の神像は、ヒトの男性の胴体と牡牛の頭をした半人の姿で表現されているという。
エジプトのサッカラには聖牛アピスの為に設けられた巨大地下墓地があり、ヒストリーチャンネル「古代の宇宙人」でも取り上げられたミステリアスな遺跡である。一体、何の為に、そんな巨大な墓地が建設されたのか、或いは技術的に可能だったのかが分からないのだ。エジプト語の「ハピ」（Hapi）や「ハプ」（Hapu）であったものがギリシャ語化したものが「アピス」だという。
そしてアイヌのイオマンテと比較する場合の重要な差異の話にもなりますが、基本的には古代エジプト人は聖牛を殺さないし、食べない。にもかかわらず、一年に一度、聖牛を殺すという祭りを執り行なっていた。アイヌを筆頭にしてカムチャッカ地方にはアイヌのイオマンテと殆んど同じような熊を生贄にして殺すという祭りがあるが、そちらは日常的に熊を殺し、熊を食していたという意味では、エジプトのそれと異なるという事を、フレイザーは『金枝篇』の中で述べている。
イオマンテのケースでは、子熊を手間をかけて飼育し、一定以上にオモテナシが済んでから生贄とする祭りが行われる。アイヌの場合は、その子熊に対してアイヌ人の女性が母乳を与えたりもする。そんな風に育てておきながら、熊送り（イオマンテ）の日の最高潮になると、その愛情注いで育てた熊を引っ張り出して殺し、解体し、その熊の肉を人々で分け合う。しかし、そもそもアイヌやカムチャッカ系の北方民族は、常日頃から熊を殺しているし、食べているし、その毛皮を着ているのだ。また、アメリカ大陸のインディアンや、東南アジアの原住民の習俗にまで共通して、殺した動物の骨を壊さないように丁寧に扱うという共通した習俗があるというが、イオマンテの熊の供犠もそれと共通している。
アイヌ型の聖餐的殺害としての生贄・供犠、その習俗を、フレイザーは「贖罪」と関係していると分析している。つまり、常日頃から熊を殺し、その熊を食し、毛皮を着るという具合に熊の恩恵に授かっている事をアイヌは贈与関係として理解し、それを実は「罪なことである」と感じている。だからこそ、オモテナシをした上で殺害し、且つ、イオマンテがイオマンテたる由縁は、熊を死の世界に送るが、その熊が死の世界で「人間たちにはよくしてもらった。世話になった」のように報告し、再び、恩恵として人間の前に登場してくれることを願う主旨の、贖罪型の聖餐的殺害であると言っている。実は、或る種の〈罪滅ぼし〉がアイヌ型の聖餐的殺害であるという。
対して、先述の古代エジプトの聖牛アピス信仰の聖餐的殺害は、一年に一度だけは聖牛を殺害し、食しもしていたが、それは贖罪が目的なのではなく、「神殺しとしての供犠」であるとする。確かに似ているので混同しやすいが、明らかに聖牛殺しには贖罪や罪滅ぼしといった意図はなく、純粋な供犠なのだ。またまた、純粋な供犠と表現したところで紛らわしいものの、それは「獣の神」を神として殺しているという意味である。
少しだけ引用します。
したがって牡牛はアメンへの生贄として殺されたのではなく、神自身として殺されたのである。（下巻126頁）
つまり、神への生贄として殺しているのではなく、また、アイヌのように贖罪意識から魂（たま）送りをしているのでもなく、純粋に「その精霊を殺しているのだ」という風習だと分析している。これは表現を変えれば「神殺し」や「王殺し」の起源とも言えるかも知れない。そして、ここに古代エジプトを中心として現在の西側諸国にも広まっている、それにも共通したものがあるかも知れない。
底辺まで拡大していくとアイヌ型もエジプト型も同源になりそうですが、これらの聖餐的殺害の深部には、それを食することによって、その力（霊力）を自分のものにするというギリシャ神話などにある話とも関係してくる。勇敢な人物の心臓を食すると、その勇敢さを自分に霊力として採取することができる的な。だから神でも殺して食する、聖餐的殺害を行なうという訳です。また、エジプトのミイラに顕著ですが、つまり、「再生」の原始宗教観が投影されており、「死んだものは再生する」という死生観が関係しているという。
フレイザーの『金枝篇』の主要な部分はキリスト教が広まる以前の多神教であった時代の世界各地で行われていた不思議な習俗が論じられている。来年の豊作を祈る為に穀物霊におもてなしをしたりする。実は全世界的に似たり寄ったりの呪術的信仰が各地にあった事を明らかにしている。穀物が来年も稔るのは、循環サイクルである事の証、謂わば「再生することの証」であり、刈り取ってしまった穀物に感謝をし、来年は今年以上の豊作に恵まれるようにと願うことから、不可解なオマジナイみたいなことをしてきたのである――と。
そして、そう言われてみると、キリスト教の聖餐、「マナ」とか「マンナ」といったものの話にも繋がっていく。ワインは血であり、パンは肉である。まさしく、聖餐を意味している。他方、「マナ」とはキリスト教に限らず、基本的には精霊を指す場合があり、それは超自然的な力、精霊の意味であり、マナイムズのマナである。あらゆる「もの」には「マナ」が宿っている。これを現代日本語に治すなら、やはり、「精霊」でしょう。
