「もく星号事故」もしくは「もく星号遭難事件」という事件がオキュパイド・ジャパンにあったのだそうな。松本清張著『日本の黒い霧』（文春文庫）で取り上げられていたのですが、今、読むと色々と凄い事を浮かび上がらせてしまう。
庶民派の経済学者として親しまれてきた森永卓郎さんの著書の新聞広告を目に飛び込んでくる。タイトルは『書いてはいけない』らしく、また、森永卓郎さんはステージ４のがん告知を受けており、命のあるうちに本来は書いてはいけない話を書いたという。そこには日航機123便墜落事故に関しての記述で一章を割いているらしいと知った。
「もく星号」とは羽田発福岡板付行の日航機の名称であった。機体はマーチン202という型式。1952年とは昭和27年の事であり、初代ゴジラの放映が昭和29年なので、その時代に発生した航空機遭難事故という事になる。当時の日本はＧＨＱの統治下にあり、航空機はノースウエスト航空の委託運航という事にして航行されていた時代であるという。
1952年４月９日午前７時34分に「もく星号」は37名の乗客を乗せて羽田空港を発った。この日の朝は風雨が強く酷い濃霧であった。
しかし、もく星号は離陸から僅か20分後には消息を絶った。
もく星号が消息を絶った事により、日航や海上保安庁らの関係各所は、その行方の捜索をしていた。
同日15時15分、航空庁板付分室には米軍からの情報を入電した。その米軍からの情報によると「もく星号は静岡県浜名湖の西南16キロの海上で、その機体を発見され、既に米軍の巡視艇によって全員が救助された」というものであった。
更に25分が経過すると、国警静岡県本部が「米第五空軍捜索機は、遭難機を浜名湖西南16キロの海上で発見、米軍救助隊が出動して、乗員、乗客全部を救出した。なお、救助の時刻、救助隊の入港する場所は不明である」と発表した。
航空庁も15時に横田米軍基地からの通信があったとして、次のように発表した。「日航機は、舞阪沖、北緯34度35分、東経137度30分の地点で遭難している。目下、海上保安庁の巡視船と名古屋の空軍基地から飛行機が現場に迫っているが、付近は濃霧のため機体を発見できていない」。しかし、この航空庁の発表は時間が経過すると、変節してゆき、「現場の状況は、機体は海中に没し、尾部のみが見える」になった。
もく星号が離陸後、20分ほどで消息を絶ったという一報は早い時間帯からラジオのニュースなどでも逐一放送されていた。もく星号の乗客、その家族らにも連絡が行っていたらしく、乗客家族らは午前中から続々と日航本社へと詰めかけていた。どこかに不時着していたなら日本航空が頼りだし、万が一、墜落していたとしても日本航空に頼るしかないという状況であった。
不可解な状況のまま、時間が経過して日没となる。情報は錯綜しており、機体が発見されたという舞阪沖には日本巡視艇、航空機が捜索を行なったが機体は発見されず。では、米軍から通信があったように米軍の掃海艇「ハロン」、「ファイヤークレスト」の二隻が全員救助に成功したという情報も一時的は入ったが、その後、その話は霧のように立ち消えて行った。９日夜にはって米軍掃海艇は米軍当局に「１名の救助者も乗せていない」との連絡を受けた。
乗員乗客の安否については、もはや絶望視するような暗澹たる空気が流れ始めたという。捜索は夜を徹して行なわれ、日付が変わって翌10日には捜索範囲が広げられ、遠州灘に限定せず、館山付近から伊勢湾にかけての海域全般の再捜索も行われた。
翌10日、午前８時43分、日航捜索機「てんおう星号」が三原山噴火口東側一キロ、高さ二千フィートの地点で、バラバラになっている「もく星号」の機体を発見した。同時に米空軍第三救助隊の捜索機のうちの一機も、バラバラになった機体を発見した。この第三救助隊では現場にパラシュートで医療隊員２名を降下させ、その機体が「もく星号」である事を確認、更に生存者が居ない事を知らせた。
同10日11時、大島地区の救助隊が遭難現場に到着。機体は三原山の山頂に向かって帯状に四散しており、全員の死体が発見された。
航空機が消息を絶ち、その後、やたらと情報が錯綜する様子が生々しい。
この「もく星号遭難事件」については発生した初期団体から無数の臆説（おくせつ／推察による仮説）が流れたという。何故なら事件が経過が余りにも不自然なものであったから――。
臆説ａとなる。乗客の中に１名だけ女性乗客があった。その女性は「小原院陽子」という名前で銀座の宝石デザイナーであった。この小原院陽子という女性は非常に謎に満ちていた。そもそも「小原院陽子」とは偽名であり、現存しない女性であった。また、同女性は立川基地の高官連中と密接な関係にある人物だという噂があった。更に、それ以前には山梨県甲府の軍政部に５〜６年も務めており、そこで青年独身将校寮（ＢＯＱ）に雇用されていたが、ＢＯＱに雇用されていた女性は皆無であり、そのＢＯＱでも彼女は男性名を用いていたという。一カ月に一度だけ、本隊から検査が入ったが、そうすると、その都度、彼女はどこかへ隠れる等して雇われていたという。甲府に滞在しているときは、彼女は軍政部のクラークという大尉の内妻になっていた。しかし、クラークが米国に帰国してしまい、その後、彼女は東京へ出て、いつの間にやら宝石デザイナーになっていた。
更に、この小原院陽子は時価一億円というダイヤモンドを密輸をする為に同日同機に搭乗していたという風聞があった。小原院陽子はＧＨＱ高官と親しい間柄にあり、共謀してダイヤの密輸をする為に登場していたというものであった。そして、そのダイヤを奪還する目的で敵対する勢力が同機に時限爆弾を仕掛けていたか、もしくは密輸組織の中で仲間割れが発生して時限爆弾が仕掛けられていたという臆説が流れたのだという。
松本清張は、この「小原院陽子」という人物の謎めいた経歴が、この臆説を生んだのだろうと片付けている。時限爆弾で爆破したなら機体は不規則な円形になって飛散する筈であるが、実際の事故現場では山頂に向かって帯状に長く粉砕されていた。時限爆弾によるものではなく、もし、山腹に直線的に飛行して激突したのであれば、そこには穴が開く筈だが穴も開いておらず、おそらくは濃霧の為に視界が制限されており、機長が気付いた時には眼前に山が迫っており、慌てて機首を上げたが間に合わずに山腹に衝突した為、〈山頂に向かって帯状に長く粉砕されていた〉のだろうと推理している。
とはいえ、こういう謎の人物がホントに居たんですね。まぁ、独身寮に男性の偽名を用いて雇用されていたというあたりかして驚かされる。また、この「小原院陽子」という女性を巡ってのダイヤ密輸絡みによる時限爆弾説は、当時、かなり多くの人たちによって信じられていたという。
その他にも臆説として、ジョンソン基地の航空管制員がベロベロに泥酔していて、高度を2700フィートと指示すべきところを、2000フィートで飛行させ、人為的ミスによって、もく星号は三原山に激突したとする説があり、更には、もく星号のスチュワード機長が泥酔した状態で操縦していたという説があったという。しかし、この二つの泥酔説は取り合う必要性がないと松本清張は斥けている。どちらも非常に厳重に管理されており、泥酔状態で任務につけるような環境ではなかった事は歴然だという。
この「もく星号事件」は、実はブリタニカ国際大百科事典にも記述がある。説明文の最後のみ引用すると「操縦士の高度誤確認説が強いが、原因は判然としなかった。」と記されている。実は、原因がよく分からぬままに片付けられてしまった航空機事故なのだ。
また、『日本の黒い霧』では当時の国会も動き、事故調査会が発足し、最終的には村上運輸大臣による「事故報告」が為された。その調査に一ヵ月以上も費やしたが不本意な決着になっていた事が記してある。村上運輸大臣が読み上げた結論は「全員が死亡したために直接原因を確認することは困難でありますが、詳細な調査の結果から操縦士が航法上何らかの錯誤をおこした」となっている。
このオキュパイド・ジャパン時代のミステリーについて、松本清張が暴露を試みている。
実は、その航路で三原山を超えるには確実に高度2700フィートでなければならず、それどころか通常は高度6000フィート上空を飛行するのだという。もし仮に高度2000フィートで飛行すれば当然に三原山に激突するのだという。ところが、この「もく星号」は航空管制によって高度2000フィートを飛行するように命じられており、飛行前からスチュワート機長は抗議していた事が明かされている。「何故、2000フィートで飛行しなければならないのか？」と。当日は強い風雨に濃霧が発生していた。悪天候であったのだ。その上、ある事情が絡んでいた。
もく星号が離陸しようとしてた同日同時刻ごろ、羽田空港の上空には高度2500フィートで米軍の軍用機が旋回していた。それだけではなく約10機ほどの米空軍機が飛行中であった。それを回避する為に、もく星号に対しては、羽田空港から館山付近まで高度2000フィートの低空飛行を指示し、館山付近から高度を上昇させ、通常の高度を飛行させていれば、なんら問題は発生しなかった。しかし、もく星号は、館山を過ぎても高度を上げることなく飛行してしまい、同日は濃い霧であった事もあり、機長が気付いた時には三原山が眼前に現われ、僅かに機首を上げてみせたが、そのまま、機首を上げた形で山腹に激突した――と。
また、この推理を成立させるだけの根拠も実は挙げている。館山を通過した後、航空機は羽田管制塔（実は所沢）の管轄を離れて、ジョンソン基地にある極東空軍の管制室の指示に従うことになる。実はジョンソン基地との交信も義務付けられていたという。従って、もく星号が高度2000フィートを館山を過ぎてからも飛行し続けたのであれば、ジョンソン基地の管制指示であった事以外には考えられない。しかも、スチュワート機長は離陸前に確認をするほど神経を尖らせていた。更にはラジオビーコンというシステムが存在し、視界不良の場合は地上からのラジオビーコンによって航空機は針路を誘導される仕組みであるという。しかも、もく星号は、館山の無線標識をキャッチしていた事も確認できているのだという。そこでスチュワート機長が高度を6000フィートに上昇させていれば事故は起こっていない。しかし、何故か2000フィートでの飛行を続けてしまったのだ。
ネックはジョンソン基地が持っている筈の、もく星号と、その管制室との交信記録という事になる。当時であってもテープレコーダーに交信記録は存在しており、それを聴けば何もかもが判明する。ところが、これを日本の国会が立ち上げた事故調査委員会が米空軍に要請しても録音テープは最後の最後まで提出を拒否。その為、あの結論になったのが実相であった。
松本清張は、同じく米国系の「東京モニター」と呼ばれる監督調整係が、実はジョンソン基地がもく星号に出していた管制指示を暴露していたという。東京モニターに拠れば「館山通過後十分間二千フィート」という管制指示をジョンソン基地が出していたという。しかも、またまた謎めいているのですが、この「東京モニター」なるものは、日本の航空関連機関ではなく、在日米空軍系の機関であるが、ジョンソン基地でもなく、横田基地でもなく、第五空軍司令部のあった府中市でもないという秘匿された機関なのだという。つまり、米系の秘匿機関が通信を傍受しており、その傍受した内容からするとジョンソン基地が、その飛行指示をしてしまっていた事が決定的なミスなのだ。
そして松本清張が推理しているのは、この時に米軍が意図的な情報操作をしたであろうという部分であった。何が何でも録音テープの提出を拒否するという態度にも現われていますが、それ以上に問題なのは、意図的に偽情報を流したであろう事だと指摘している。つまり、「浜名湖の西南で発見された」や「既に全員救助された」といった情報の出所はすべて米軍からのものであり、新聞やラジオが勝手に情報を捏造して報じたものではなく、発表としてリリースされた情報を報じていたという事であった。つまり、リリースした側が意図的なミスリードをしていたのだ。
三原山に激突したとなると即座にジョンソン基地の管制室によるミスだと判明してしまう。ミスはミスであるにしても、これは威厳に関わる、沽券に関わると話し合われ、当面は捜索の眼を三原山に向けさせないように大島を通過している事にしてしまった方がいいだろうとなり、その上で遠州灘が妥当だろう、舞阪沖が最適だろうとなり、意図的に「舞阪沖で機体が発見された」などの偽情報を流したものと推理している。
引用します。
過失を糊塗するために、捜索の眼を、大島から他所へむけさせる、方策がとられた。のちの状況からみて、ジョンソン基地よりも、名古屋の米空軍機関がこれを行なったフシがある。つまり、ジョンソン基地から名古屋の司令部に報告、そこで協議した上、遭難地点は「舞阪沖」の線が決定されたのではあるまいか。
なぜなら、九日の午後三時十五分、「静岡県浜名湖西南十六キロの海上にその機体を発見、米軍巡視艇により全員救助が開始された」という航空庁板付分室に入った情報は、名古屋から流されたものであり、三時四十分、国警静岡県本部が発表した「米軍からの情報によると」に始まる「遭難機発見、乗員、乗客全員救助」の報告も名古屋から流されたものである。
これが後になると、「機体発見に向った、救助に赴いた」という米軍の情報を、日本側が誤って、「機体発見、全員救助」と「勘違いした」ということになっている。しかし、名古屋から流された「米軍情報」は一回だけではない。その全部を日本側が聞き違えするわけはないのだ。あと始末のために、日本側の「勘違い」にされてしまったのである。〜略〜
この「米軍情報」のために、九日いっぱいと十日の午前中まで、海上保安庁の巡視艇は総出で、舞阪沖を中心に、館山沖から遠州灘一帯を空しい捜索に奔走させられたのであった。日航機も、僚機の機体発見を求めて、海上をさ迷ったのであった。『日本の黒い霧』上巻（文春文庫）133〜134頁
更に続く。
事故発生後、自らの手落ちを隠すために、擬装工作をしたアメリカ側のやり方である。遭難地点は舞阪沖だという情報を流して、日本側の捜索の眼を、まる一昼夜、そこに釘付けして、三原山衝突から眼をひきはなしたことである。つまり、米側の手落ちをウヤムヤに消してしまったことだ。ジョンソン基地の管制室の過失をかばったといえば人情的に聞えるが、そうではない。これはあくまでもアメリカ占領軍の権威のためであった。
〜略〜ジョンソン基地の管制員が「もく星」号に与えた飛行指示は、テープレコーダーに記録されているが「事故調査会」には、遂にこの重要資料のテープレコーダーは米側から提出されなかった。こちらで催促しても出さないのである。同135頁
なるほど、おそらく、この松本清張の指摘は正しいような気がする。昨今ともなると、「それは実証されていない！」のような強弁によって、或る種の臆説なり陰謀説がナンセンスであるかのように一刀両断されるようになって久しい。しかし、本当は違う。簡単にダマされてしまう御しやすい人たちが増えてしまったのだ。相手に実証させるハードルの高さ低さを自在に変えてしまえるのだ。政治家に巨額のカネが渡っていたら、ホントはそれだけで何かしらの見返りを期待してカネが渡ったものであろうと考えられるのに「贈収賄罪が成立するには、その金銭の見返りとしてこれこれを行なったという証拠が実証されなれけばならない。実証されていないかぎりは無実なのである。」のような法律ギャング、法律ヤクザの論理に巻き込まれてしまう。しかし、ホントは「そんなの証拠がなくても、カネが渡っている時点で、その裏に見返りが求められているに決まってんじゃねぇか」なのだ。「むしろ、何の見返りも期待しないで政治家に巨額の献金をする者が居るとでも？」と切り返すべきなのだ。法治主義的な権威は、その権威を利用しているが同種の権威、お仲間に対しては日和見主義的であり、昨今では、幾らでも可能になってしまっている。
「羽鳥慎一モーニングショー」の一コマとして、桐島聡を報じる中で、コメンテーターの一人が「如何なる理由があっても暴力は許されない」という類いの言辞を述べた。マズいと思ったのか、即座に玉川徹さんが「フランス革命などでも暴力の行使がありましたけどもね…」といった具合に、教条的な正義論になってしまっている事を修正した一コマを記憶している。この教条的な正義論の問題とは、どういう事かというと「暴力は絶対に許されない」や「テロは如何なる事があっても許されない」等であり、あまりにも教条的に過ぎるのだ。おそらく、マークシート式の問題集で正答を得るような思考回路が蔓延してしまっいるので、その正答か誤答かという二元システム思考回路になってしまっているのだ。その教条的な思考システムになると、暴力を行使されたら暴力で応じざるを得ない場合があるという例外に対応できない。
また、【テロ】という言葉あたりになるとかなり教条的になってきてしまっていますが、例えば諜報機関は要人暗殺というテロを行なっている。そう感じないのは、政府機関以外のものが行なうテロ行為のみをテロリズムであると認識し、憎悪の対象にしてしまっているからだ。実は或る種の洗脳だ。世界情勢を見れば思いが到るように、実際には特殊部隊や軍隊、諜報機関の方がはるかにテロリズムを行使している。昔であれば、政府が思想弾圧を目的として活動家を弾圧するテロリズムの事を「白色テロ」と呼んでいたりしたのだ。
なのでプーチン政権が行なった暗殺については「テロ行為は許されない」と怒りを表明し、オバマ政権が行なった暗殺については「正義の作戦であった」と肯定的に語るという認識では、本当は相互性が崩壊してしまっているのだ。その上で「断固としてテロは許されないのだ！」のように拳を振り上げてみせるのが、当代の正義論になってしまっている訳ですが、それを継続していくと、いつの間にか自分自身であるとか、自陣、自国の方こそがテロを正当化したり、ジェノサイドを肯定的な作戦だと語るようになってしまう。相互性の崩壊。矛盾。
いやいや、この「もく星号遭難事件」、私はゾッとした。確かに、いっつも航空機の消息が断たれたみたいな報道って、理解不能なレベルの情報の錯綜が起こりますよね。あれは不可抗力で情報の錯綜が起こっているのかと思っていたのですが、よくよく考えてみると、案外、意図的に情報を錯綜させられてしまっている場合も、あるって事かもなぁ…と。青山透子さんの著書に背筋が寒くなるのは、確かに、薄気味の悪い情報の錯綜があったよなと思い出したから、そうなった訳で。また、米国の航空機事故では実際に真相を隠蔽して後に隠蔽工作が明るみになったケースがあったらしい。まぁ、これを現在の日本で発生した大川原化工機冤罪事件と併せて考えてみると、当代の教条的な正義論の人たちの増加ってのは、ホントに怖ろしい事態なのかもなって思う。
庶民派の経済学者として親しまれてきた森永卓郎さんの著書の新聞広告を目に飛び込んでくる。タイトルは『書いてはいけない』らしく、また、森永卓郎さんはステージ４のがん告知を受けており、命のあるうちに本来は書いてはいけない話を書いたという。そこには日航機123便墜落事故に関しての記述で一章を割いているらしいと知った。
「もく星号」とは羽田発福岡板付行の日航機の名称であった。機体はマーチン202という型式。1952年とは昭和27年の事であり、初代ゴジラの放映が昭和29年なので、その時代に発生した航空機遭難事故という事になる。当時の日本はＧＨＱの統治下にあり、航空機はノースウエスト航空の委託運航という事にして航行されていた時代であるという。
1952年４月９日午前７時34分に「もく星号」は37名の乗客を乗せて羽田空港を発った。この日の朝は風雨が強く酷い濃霧であった。
しかし、もく星号は離陸から僅か20分後には消息を絶った。
もく星号が消息を絶った事により、日航や海上保安庁らの関係各所は、その行方の捜索をしていた。
同日15時15分、航空庁板付分室には米軍からの情報を入電した。その米軍からの情報によると「もく星号は静岡県浜名湖の西南16キロの海上で、その機体を発見され、既に米軍の巡視艇によって全員が救助された」というものであった。
更に25分が経過すると、国警静岡県本部が「米第五空軍捜索機は、遭難機を浜名湖西南16キロの海上で発見、米軍救助隊が出動して、乗員、乗客全部を救出した。なお、救助の時刻、救助隊の入港する場所は不明である」と発表した。
航空庁も15時に横田米軍基地からの通信があったとして、次のように発表した。「日航機は、舞阪沖、北緯34度35分、東経137度30分の地点で遭難している。目下、海上保安庁の巡視船と名古屋の空軍基地から飛行機が現場に迫っているが、付近は濃霧のため機体を発見できていない」。しかし、この航空庁の発表は時間が経過すると、変節してゆき、「現場の状況は、機体は海中に没し、尾部のみが見える」になった。
もく星号が離陸後、20分ほどで消息を絶ったという一報は早い時間帯からラジオのニュースなどでも逐一放送されていた。もく星号の乗客、その家族らにも連絡が行っていたらしく、乗客家族らは午前中から続々と日航本社へと詰めかけていた。どこかに不時着していたなら日本航空が頼りだし、万が一、墜落していたとしても日本航空に頼るしかないという状況であった。
不可解な状況のまま、時間が経過して日没となる。情報は錯綜しており、機体が発見されたという舞阪沖には日本巡視艇、航空機が捜索を行なったが機体は発見されず。では、米軍から通信があったように米軍の掃海艇「ハロン」、「ファイヤークレスト」の二隻が全員救助に成功したという情報も一時的は入ったが、その後、その話は霧のように立ち消えて行った。９日夜にはって米軍掃海艇は米軍当局に「１名の救助者も乗せていない」との連絡を受けた。
乗員乗客の安否については、もはや絶望視するような暗澹たる空気が流れ始めたという。捜索は夜を徹して行なわれ、日付が変わって翌10日には捜索範囲が広げられ、遠州灘に限定せず、館山付近から伊勢湾にかけての海域全般の再捜索も行われた。
翌10日、午前８時43分、日航捜索機「てんおう星号」が三原山噴火口東側一キロ、高さ二千フィートの地点で、バラバラになっている「もく星号」の機体を発見した。同時に米空軍第三救助隊の捜索機のうちの一機も、バラバラになった機体を発見した。この第三救助隊では現場にパラシュートで医療隊員２名を降下させ、その機体が「もく星号」である事を確認、更に生存者が居ない事を知らせた。
同10日11時、大島地区の救助隊が遭難現場に到着。機体は三原山の山頂に向かって帯状に四散しており、全員の死体が発見された。
航空機が消息を絶ち、その後、やたらと情報が錯綜する様子が生々しい。
この「もく星号遭難事件」については発生した初期団体から無数の臆説（おくせつ／推察による仮説）が流れたという。何故なら事件が経過が余りにも不自然なものであったから――。
臆説ａとなる。乗客の中に１名だけ女性乗客があった。その女性は「小原院陽子」という名前で銀座の宝石デザイナーであった。この小原院陽子という女性は非常に謎に満ちていた。そもそも「小原院陽子」とは偽名であり、現存しない女性であった。また、同女性は立川基地の高官連中と密接な関係にある人物だという噂があった。更に、それ以前には山梨県甲府の軍政部に５〜６年も務めており、そこで青年独身将校寮（ＢＯＱ）に雇用されていたが、ＢＯＱに雇用されていた女性は皆無であり、そのＢＯＱでも彼女は男性名を用いていたという。一カ月に一度だけ、本隊から検査が入ったが、そうすると、その都度、彼女はどこかへ隠れる等して雇われていたという。甲府に滞在しているときは、彼女は軍政部のクラークという大尉の内妻になっていた。しかし、クラークが米国に帰国してしまい、その後、彼女は東京へ出て、いつの間にやら宝石デザイナーになっていた。
更に、この小原院陽子は時価一億円というダイヤモンドを密輸をする為に同日同機に搭乗していたという風聞があった。小原院陽子はＧＨＱ高官と親しい間柄にあり、共謀してダイヤの密輸をする為に登場していたというものであった。そして、そのダイヤを奪還する目的で敵対する勢力が同機に時限爆弾を仕掛けていたか、もしくは密輸組織の中で仲間割れが発生して時限爆弾が仕掛けられていたという臆説が流れたのだという。
松本清張は、この「小原院陽子」という人物の謎めいた経歴が、この臆説を生んだのだろうと片付けている。時限爆弾で爆破したなら機体は不規則な円形になって飛散する筈であるが、実際の事故現場では山頂に向かって帯状に長く粉砕されていた。時限爆弾によるものではなく、もし、山腹に直線的に飛行して激突したのであれば、そこには穴が開く筈だが穴も開いておらず、おそらくは濃霧の為に視界が制限されており、機長が気付いた時には眼前に山が迫っており、慌てて機首を上げたが間に合わずに山腹に衝突した為、〈山頂に向かって帯状に長く粉砕されていた〉のだろうと推理している。
とはいえ、こういう謎の人物がホントに居たんですね。まぁ、独身寮に男性の偽名を用いて雇用されていたというあたりかして驚かされる。また、この「小原院陽子」という女性を巡ってのダイヤ密輸絡みによる時限爆弾説は、当時、かなり多くの人たちによって信じられていたという。
その他にも臆説として、ジョンソン基地の航空管制員がベロベロに泥酔していて、高度を2700フィートと指示すべきところを、2000フィートで飛行させ、人為的ミスによって、もく星号は三原山に激突したとする説があり、更には、もく星号のスチュワード機長が泥酔した状態で操縦していたという説があったという。しかし、この二つの泥酔説は取り合う必要性がないと松本清張は斥けている。どちらも非常に厳重に管理されており、泥酔状態で任務につけるような環境ではなかった事は歴然だという。
この「もく星号事件」は、実はブリタニカ国際大百科事典にも記述がある。説明文の最後のみ引用すると「操縦士の高度誤確認説が強いが、原因は判然としなかった。」と記されている。実は、原因がよく分からぬままに片付けられてしまった航空機事故なのだ。
また、『日本の黒い霧』では当時の国会も動き、事故調査会が発足し、最終的には村上運輸大臣による「事故報告」が為された。その調査に一ヵ月以上も費やしたが不本意な決着になっていた事が記してある。村上運輸大臣が読み上げた結論は「全員が死亡したために直接原因を確認することは困難でありますが、詳細な調査の結果から操縦士が航法上何らかの錯誤をおこした」となっている。
このオキュパイド・ジャパン時代のミステリーについて、松本清張が暴露を試みている。
実は、その航路で三原山を超えるには確実に高度2700フィートでなければならず、それどころか通常は高度6000フィート上空を飛行するのだという。もし仮に高度2000フィートで飛行すれば当然に三原山に激突するのだという。ところが、この「もく星号」は航空管制によって高度2000フィートを飛行するように命じられており、飛行前からスチュワート機長は抗議していた事が明かされている。「何故、2000フィートで飛行しなければならないのか？」と。当日は強い風雨に濃霧が発生していた。悪天候であったのだ。その上、ある事情が絡んでいた。
もく星号が離陸しようとしてた同日同時刻ごろ、羽田空港の上空には高度2500フィートで米軍の軍用機が旋回していた。それだけではなく約10機ほどの米空軍機が飛行中であった。それを回避する為に、もく星号に対しては、羽田空港から館山付近まで高度2000フィートの低空飛行を指示し、館山付近から高度を上昇させ、通常の高度を飛行させていれば、なんら問題は発生しなかった。しかし、もく星号は、館山を過ぎても高度を上げることなく飛行してしまい、同日は濃い霧であった事もあり、機長が気付いた時には三原山が眼前に現われ、僅かに機首を上げてみせたが、そのまま、機首を上げた形で山腹に激突した――と。
また、この推理を成立させるだけの根拠も実は挙げている。館山を通過した後、航空機は羽田管制塔（実は所沢）の管轄を離れて、ジョンソン基地にある極東空軍の管制室の指示に従うことになる。実はジョンソン基地との交信も義務付けられていたという。従って、もく星号が高度2000フィートを館山を過ぎてからも飛行し続けたのであれば、ジョンソン基地の管制指示であった事以外には考えられない。しかも、スチュワート機長は離陸前に確認をするほど神経を尖らせていた。更にはラジオビーコンというシステムが存在し、視界不良の場合は地上からのラジオビーコンによって航空機は針路を誘導される仕組みであるという。しかも、もく星号は、館山の無線標識をキャッチしていた事も確認できているのだという。そこでスチュワート機長が高度を6000フィートに上昇させていれば事故は起こっていない。しかし、何故か2000フィートでの飛行を続けてしまったのだ。
ネックはジョンソン基地が持っている筈の、もく星号と、その管制室との交信記録という事になる。当時であってもテープレコーダーに交信記録は存在しており、それを聴けば何もかもが判明する。ところが、これを日本の国会が立ち上げた事故調査委員会が米空軍に要請しても録音テープは最後の最後まで提出を拒否。その為、あの結論になったのが実相であった。
松本清張は、同じく米国系の「東京モニター」と呼ばれる監督調整係が、実はジョンソン基地がもく星号に出していた管制指示を暴露していたという。東京モニターに拠れば「館山通過後十分間二千フィート」という管制指示をジョンソン基地が出していたという。しかも、またまた謎めいているのですが、この「東京モニター」なるものは、日本の航空関連機関ではなく、在日米空軍系の機関であるが、ジョンソン基地でもなく、横田基地でもなく、第五空軍司令部のあった府中市でもないという秘匿された機関なのだという。つまり、米系の秘匿機関が通信を傍受しており、その傍受した内容からするとジョンソン基地が、その飛行指示をしてしまっていた事が決定的なミスなのだ。
そして松本清張が推理しているのは、この時に米軍が意図的な情報操作をしたであろうという部分であった。何が何でも録音テープの提出を拒否するという態度にも現われていますが、それ以上に問題なのは、意図的に偽情報を流したであろう事だと指摘している。つまり、「浜名湖の西南で発見された」や「既に全員救助された」といった情報の出所はすべて米軍からのものであり、新聞やラジオが勝手に情報を捏造して報じたものではなく、発表としてリリースされた情報を報じていたという事であった。つまり、リリースした側が意図的なミスリードをしていたのだ。
三原山に激突したとなると即座にジョンソン基地の管制室によるミスだと判明してしまう。ミスはミスであるにしても、これは威厳に関わる、沽券に関わると話し合われ、当面は捜索の眼を三原山に向けさせないように大島を通過している事にしてしまった方がいいだろうとなり、その上で遠州灘が妥当だろう、舞阪沖が最適だろうとなり、意図的に「舞阪沖で機体が発見された」などの偽情報を流したものと推理している。
引用します。
過失を糊塗するために、捜索の眼を、大島から他所へむけさせる、方策がとられた。のちの状況からみて、ジョンソン基地よりも、名古屋の米空軍機関がこれを行なったフシがある。つまり、ジョンソン基地から名古屋の司令部に報告、そこで協議した上、遭難地点は「舞阪沖」の線が決定されたのではあるまいか。
なぜなら、九日の午後三時十五分、「静岡県浜名湖西南十六キロの海上にその機体を発見、米軍巡視艇により全員救助が開始された」という航空庁板付分室に入った情報は、名古屋から流されたものであり、三時四十分、国警静岡県本部が発表した「米軍からの情報によると」に始まる「遭難機発見、乗員、乗客全員救助」の報告も名古屋から流されたものである。
これが後になると、「機体発見に向った、救助に赴いた」という米軍の情報を、日本側が誤って、「機体発見、全員救助」と「勘違いした」ということになっている。しかし、名古屋から流された「米軍情報」は一回だけではない。その全部を日本側が聞き違えするわけはないのだ。あと始末のために、日本側の「勘違い」にされてしまったのである。〜略〜
この「米軍情報」のために、九日いっぱいと十日の午前中まで、海上保安庁の巡視艇は総出で、舞阪沖を中心に、館山沖から遠州灘一帯を空しい捜索に奔走させられたのであった。日航機も、僚機の機体発見を求めて、海上をさ迷ったのであった。『日本の黒い霧』上巻（文春文庫）133〜134頁
更に続く。
事故発生後、自らの手落ちを隠すために、擬装工作をしたアメリカ側のやり方である。遭難地点は舞阪沖だという情報を流して、日本側の捜索の眼を、まる一昼夜、そこに釘付けして、三原山衝突から眼をひきはなしたことである。つまり、米側の手落ちをウヤムヤに消してしまったことだ。ジョンソン基地の管制室の過失をかばったといえば人情的に聞えるが、そうではない。これはあくまでもアメリカ占領軍の権威のためであった。
〜略〜ジョンソン基地の管制員が「もく星」号に与えた飛行指示は、テープレコーダーに記録されているが「事故調査会」には、遂にこの重要資料のテープレコーダーは米側から提出されなかった。こちらで催促しても出さないのである。同135頁
なるほど、おそらく、この松本清張の指摘は正しいような気がする。昨今ともなると、「それは実証されていない！」のような強弁によって、或る種の臆説なり陰謀説がナンセンスであるかのように一刀両断されるようになって久しい。しかし、本当は違う。簡単にダマされてしまう御しやすい人たちが増えてしまったのだ。相手に実証させるハードルの高さ低さを自在に変えてしまえるのだ。政治家に巨額のカネが渡っていたら、ホントはそれだけで何かしらの見返りを期待してカネが渡ったものであろうと考えられるのに「贈収賄罪が成立するには、その金銭の見返りとしてこれこれを行なったという証拠が実証されなれけばならない。実証されていないかぎりは無実なのである。」のような法律ギャング、法律ヤクザの論理に巻き込まれてしまう。しかし、ホントは「そんなの証拠がなくても、カネが渡っている時点で、その裏に見返りが求められているに決まってんじゃねぇか」なのだ。「むしろ、何の見返りも期待しないで政治家に巨額の献金をする者が居るとでも？」と切り返すべきなのだ。法治主義的な権威は、その権威を利用しているが同種の権威、お仲間に対しては日和見主義的であり、昨今では、幾らでも可能になってしまっている。
「羽鳥慎一モーニングショー」の一コマとして、桐島聡を報じる中で、コメンテーターの一人が「如何なる理由があっても暴力は許されない」という類いの言辞を述べた。マズいと思ったのか、即座に玉川徹さんが「フランス革命などでも暴力の行使がありましたけどもね…」といった具合に、教条的な正義論になってしまっている事を修正した一コマを記憶している。この教条的な正義論の問題とは、どういう事かというと「暴力は絶対に許されない」や「テロは如何なる事があっても許されない」等であり、あまりにも教条的に過ぎるのだ。おそらく、マークシート式の問題集で正答を得るような思考回路が蔓延してしまっいるので、その正答か誤答かという二元システム思考回路になってしまっているのだ。その教条的な思考システムになると、暴力を行使されたら暴力で応じざるを得ない場合があるという例外に対応できない。
また、【テロ】という言葉あたりになるとかなり教条的になってきてしまっていますが、例えば諜報機関は要人暗殺というテロを行なっている。そう感じないのは、政府機関以外のものが行なうテロ行為のみをテロリズムであると認識し、憎悪の対象にしてしまっているからだ。実は或る種の洗脳だ。世界情勢を見れば思いが到るように、実際には特殊部隊や軍隊、諜報機関の方がはるかにテロリズムを行使している。昔であれば、政府が思想弾圧を目的として活動家を弾圧するテロリズムの事を「白色テロ」と呼んでいたりしたのだ。
なのでプーチン政権が行なった暗殺については「テロ行為は許されない」と怒りを表明し、オバマ政権が行なった暗殺については「正義の作戦であった」と肯定的に語るという認識では、本当は相互性が崩壊してしまっているのだ。その上で「断固としてテロは許されないのだ！」のように拳を振り上げてみせるのが、当代の正義論になってしまっている訳ですが、それを継続していくと、いつの間にか自分自身であるとか、自陣、自国の方こそがテロを正当化したり、ジェノサイドを肯定的な作戦だと語るようになってしまう。相互性の崩壊。矛盾。
いやいや、この「もく星号遭難事件」、私はゾッとした。確かに、いっつも航空機の消息が断たれたみたいな報道って、理解不能なレベルの情報の錯綜が起こりますよね。あれは不可抗力で情報の錯綜が起こっているのかと思っていたのですが、よくよく考えてみると、案外、意図的に情報を錯綜させられてしまっている場合も、あるって事かもなぁ…と。青山透子さんの著書に背筋が寒くなるのは、確かに、薄気味の悪い情報の錯綜があったよなと思い出したから、そうなった訳で。また、米国の航空機事故では実際に真相を隠蔽して後に隠蔽工作が明るみになったケースがあったらしい。まぁ、これを現在の日本で発生した大川原化工機冤罪事件と併せて考えてみると、当代の教条的な正義論の人たちの増加ってのは、ホントに怖ろしい事態なのかもなって思う。
