日本に空前のノストラダムス・ブームを巻き起こした五島勉著『ノストラダムスの大予言』（祥伝社）という本がある。奥付をチェックすると初版は昭和48年11月25日初版発行とあり、私が手にしているものは昭和52年昭和56年１月20日の355版発行と印刷されている。小学生の頃に塾講師が同著を取り上げてくれたのを切欠に、塾の帰りに塾の下で営んでいた書店で購入したが、その時には、もう『ノストラダムスの大予言�供戮�発売になっていたので私は「�供廚諒�から目を通したのだったと記憶している。つまり、「�供廚鯑匹鵑生紊砲気�のぼって「�機廚乏催�する『ノストラダムスの大予言』を読んだのであった。
改めてパラパラと目を通してみると、相応のクオリティであった事に気付かされる。なんだかんだいって、現在も放送されているヒストリーチャンネルあたりの番組と比較しても遜色がない。遜色がないどころか、「その前後、マルス（軍事）が幸福の名の下に支配するだろう」であるとか「底無しのブール（財布）」であるとか、或る意味では見事過ぎる言葉で現在の「末法の世」を表現できてしまっているのだ。
そして、ゲーテの『ファウスト』に係る一文もあった。
私たちは文豪ゲーテの名作「ファウスト」にゆき当たる。『ファウスト』の第一部第一幕第一場に、ゲーテは、こう書いているのだ。〈それ脱けだせ。広く開かれた世界へ。ここに神秘に満ちた本がある。ノストラダムスが手ずからしるしたかの偉大な本だ。ひとつの魂が他の魂によびかけた。おまえのこれからの案内役としては、この本が一冊あれば十分ではないか〉（『ノストラダムスの大予言』75頁）
ゲーテの『ファウスト』に、ノストラダムスの名前なんて出てきたっけ？ そう思い、無性に確認したくなり、本棚を漁ると新潮文庫版の高橋義孝訳の『ファウスト（一）』と『ファウスト（二）』を見つけるに到った。五島勉の記している「第一部・第一幕・第一場」という項目は見当たらない。新潮文庫版では前段としての「口上」から始まり、「悲劇第一部」が始まる。そして、その「悲劇第一部」の第一場になるのでしょうか「夜」と題された場面で、そのシーンを見つけることができた。
逃げ出せ、さあ、広やかな精霊の世界へ。
そしてこの、高名な占星術者自筆の、
神秘の書を供とすれば、
お前はその世界へ出て行かれるはずだ。
この書によって星辰の運行を知り、
自然の教えを受けたならば、
魂の力が目ざめてきて、
精霊どもの交わす言葉もわかろうというものだ。
（ゲーテ著・高橋義孝訳『ファウスト（一）』（新潮文庫）35頁）
この箇所だ。しかし、そこには〈高名な占星術者自筆の神秘の書〉という表現が使用されているだけで固有名詞としての「ノストラダムス」が使用されていない。しかし、文意は誤まっていない。実は「高名な占星術者」には注釈がつけられており、巻末には確かに「ノストラダムス」という固有名詞が挙げられている。「高名な占星術者⇒十六世紀フランスの占星術師ノストラダムスをさす。ここではノストラダムスは神秘的な自然研究家の代表者と見立てられている。」と解説されていた。
何故、こうした話は正当に評価されないのだろうか？ 例えば五島勉は「ペテン師」のように日本で扱われた。殊に90年代ともなると完全にペテン師であるかのように扱う情報媒体だらけであったと思う。ノストラダムスに限らず、いわゆる終末予言ネタは2024年現在でもヒストリーチャンネルでもナショナルジオグラフィック・テレビでも定番ネタである。「終末思想」にしろ「末法思想」にしろ、実際には一過性のブームなのではなく、それは太古の昔から現存している思想であり、しかも、裏返せば「形あるものはいつかは壊れる」や「永遠に成長することなどはない」や「栄枯盛衰」といった思想の宝庫でもある。それらと向き合いたくない驕れる現代人の心性が、これらを拒絶してきたという事ではないのだろうか？
このノストラダムス・ブームに限定すれば、それは一過性のブームという性質を見出すこともできる。しかし、実際には違う。黙示録あたりにも遡ることが出来てしまうし、仏教体系でも弥勒菩薩の体系がある。「この世」と「あの世」とがあるという事、光と闇があるという事、善と悪、生と死、神と悪魔、天国と地獄等々それら全てを取るに足らない戯言として片付けてきてしまったが故に、現在の絶望的状況があるのではないのか？ むしろ、向き合わないで来たことが、この現況と関係しているのであり、謂わば因果応報として現在があるという事ではないのだろうか。
五島勉著『ノストラダムスの大予言』では、ゲーテがノストラダムスを絶賛していたとして、次のように続けている。
ゲーテといえば、近世ドイツが産んだ最大の文学者、思想家、世界最高の知性人とたたえられた人である。しかも『ファウスト』は、その成功の知性人が、二十年近い歳月をついやして書きあげた記念碑的ライフワークなのである。（『ノストラダムスの大予言』75頁）
『ファウスト』の著者であったゲーテがノストラダムスに心酔していたであろう事は、その占星術者が著した本に記されている記号、それを〈符〉と表現していますが、次のシーンで一層、明らかになる。実はゲーテはノストラダムスを、神か悪魔に例えているのだ。『ノストラダムスの大予言』ではファウスト博士は「この書物を書いた人は、もしかすると神ではないのだろうか。……いや、神ではあるまい。この男は悪魔ではなかったか」と語った事になっている。
新潮文庫版では、次のように訳されている。
うむ、この符を見ると、突如として己の全身に、
いうにいわれぬ歓喜が漲ってくるとは不思議だ。
岩々しい浄らかな幸福感が新たに燃え上がって
五体の隅々まで流れてくるようだ。
己の胸のざわめきを鎮め、
悲しい心臓を喜びで満たし、
神秘な働きで己の周囲の自然の諸力を
己に明らかにしてくれるこの符の書き手は、
神だったのではあるまいか。
己が神なのか。ひどく心が澄んでくる。
（ゲーテ著・高橋義孝訳『ファウスト（一）』（新潮文庫）35〜36頁）
確かに、その本を著した人物について「神だったのではあるまいか」と『ファウスト』の中で言わせている事は確認できる。ゲーテがノストラダムスに心酔していた事は、おそらく疑いようがない事実らしい。
おそらく、日本の場合は80年代に経済もサブカルもピークを迎えてしまい、続く90年代はバブルの余韻でなんとかやり過ごし、00年代以降になると商業主義的価値観と自己啓発ブームに政治も文化も社会システムも乗っ取られてしまい、道徳も倫理もかなぐり捨てて、人間性をも放擲し、ただただ、利便性を追求する事を善とし、長生きを善としてきた。挙げ句の果てには巨大な政府をつくりだし、揺り籠から墓場まで面倒を見てもらう気になっている。それらの口車に乗って、まんまと経済カースト体制に組み敷かれてきたのではないのか。それら不都合な物語から、ただただ目を背け続けているだけという気がしないでもない。
改めてパラパラと目を通してみると、相応のクオリティであった事に気付かされる。なんだかんだいって、現在も放送されているヒストリーチャンネルあたりの番組と比較しても遜色がない。遜色がないどころか、「その前後、マルス（軍事）が幸福の名の下に支配するだろう」であるとか「底無しのブール（財布）」であるとか、或る意味では見事過ぎる言葉で現在の「末法の世」を表現できてしまっているのだ。
そして、ゲーテの『ファウスト』に係る一文もあった。
私たちは文豪ゲーテの名作「ファウスト」にゆき当たる。『ファウスト』の第一部第一幕第一場に、ゲーテは、こう書いているのだ。〈それ脱けだせ。広く開かれた世界へ。ここに神秘に満ちた本がある。ノストラダムスが手ずからしるしたかの偉大な本だ。ひとつの魂が他の魂によびかけた。おまえのこれからの案内役としては、この本が一冊あれば十分ではないか〉（『ノストラダムスの大予言』75頁）
ゲーテの『ファウスト』に、ノストラダムスの名前なんて出てきたっけ？ そう思い、無性に確認したくなり、本棚を漁ると新潮文庫版の高橋義孝訳の『ファウスト（一）』と『ファウスト（二）』を見つけるに到った。五島勉の記している「第一部・第一幕・第一場」という項目は見当たらない。新潮文庫版では前段としての「口上」から始まり、「悲劇第一部」が始まる。そして、その「悲劇第一部」の第一場になるのでしょうか「夜」と題された場面で、そのシーンを見つけることができた。
逃げ出せ、さあ、広やかな精霊の世界へ。
そしてこの、高名な占星術者自筆の、
神秘の書を供とすれば、
お前はその世界へ出て行かれるはずだ。
この書によって星辰の運行を知り、
自然の教えを受けたならば、
魂の力が目ざめてきて、
精霊どもの交わす言葉もわかろうというものだ。
（ゲーテ著・高橋義孝訳『ファウスト（一）』（新潮文庫）35頁）
この箇所だ。しかし、そこには〈高名な占星術者自筆の神秘の書〉という表現が使用されているだけで固有名詞としての「ノストラダムス」が使用されていない。しかし、文意は誤まっていない。実は「高名な占星術者」には注釈がつけられており、巻末には確かに「ノストラダムス」という固有名詞が挙げられている。「高名な占星術者⇒十六世紀フランスの占星術師ノストラダムスをさす。ここではノストラダムスは神秘的な自然研究家の代表者と見立てられている。」と解説されていた。
何故、こうした話は正当に評価されないのだろうか？ 例えば五島勉は「ペテン師」のように日本で扱われた。殊に90年代ともなると完全にペテン師であるかのように扱う情報媒体だらけであったと思う。ノストラダムスに限らず、いわゆる終末予言ネタは2024年現在でもヒストリーチャンネルでもナショナルジオグラフィック・テレビでも定番ネタである。「終末思想」にしろ「末法思想」にしろ、実際には一過性のブームなのではなく、それは太古の昔から現存している思想であり、しかも、裏返せば「形あるものはいつかは壊れる」や「永遠に成長することなどはない」や「栄枯盛衰」といった思想の宝庫でもある。それらと向き合いたくない驕れる現代人の心性が、これらを拒絶してきたという事ではないのだろうか？
このノストラダムス・ブームに限定すれば、それは一過性のブームという性質を見出すこともできる。しかし、実際には違う。黙示録あたりにも遡ることが出来てしまうし、仏教体系でも弥勒菩薩の体系がある。「この世」と「あの世」とがあるという事、光と闇があるという事、善と悪、生と死、神と悪魔、天国と地獄等々それら全てを取るに足らない戯言として片付けてきてしまったが故に、現在の絶望的状況があるのではないのか？ むしろ、向き合わないで来たことが、この現況と関係しているのであり、謂わば因果応報として現在があるという事ではないのだろうか。
五島勉著『ノストラダムスの大予言』では、ゲーテがノストラダムスを絶賛していたとして、次のように続けている。
ゲーテといえば、近世ドイツが産んだ最大の文学者、思想家、世界最高の知性人とたたえられた人である。しかも『ファウスト』は、その成功の知性人が、二十年近い歳月をついやして書きあげた記念碑的ライフワークなのである。（『ノストラダムスの大予言』75頁）
『ファウスト』の著者であったゲーテがノストラダムスに心酔していたであろう事は、その占星術者が著した本に記されている記号、それを〈符〉と表現していますが、次のシーンで一層、明らかになる。実はゲーテはノストラダムスを、神か悪魔に例えているのだ。『ノストラダムスの大予言』ではファウスト博士は「この書物を書いた人は、もしかすると神ではないのだろうか。……いや、神ではあるまい。この男は悪魔ではなかったか」と語った事になっている。
新潮文庫版では、次のように訳されている。
うむ、この符を見ると、突如として己の全身に、
いうにいわれぬ歓喜が漲ってくるとは不思議だ。
岩々しい浄らかな幸福感が新たに燃え上がって
五体の隅々まで流れてくるようだ。
己の胸のざわめきを鎮め、
悲しい心臓を喜びで満たし、
神秘な働きで己の周囲の自然の諸力を
己に明らかにしてくれるこの符の書き手は、
神だったのではあるまいか。
己が神なのか。ひどく心が澄んでくる。
（ゲーテ著・高橋義孝訳『ファウスト（一）』（新潮文庫）35〜36頁）
確かに、その本を著した人物について「神だったのではあるまいか」と『ファウスト』の中で言わせている事は確認できる。ゲーテがノストラダムスに心酔していた事は、おそらく疑いようがない事実らしい。
おそらく、日本の場合は80年代に経済もサブカルもピークを迎えてしまい、続く90年代はバブルの余韻でなんとかやり過ごし、00年代以降になると商業主義的価値観と自己啓発ブームに政治も文化も社会システムも乗っ取られてしまい、道徳も倫理もかなぐり捨てて、人間性をも放擲し、ただただ、利便性を追求する事を善とし、長生きを善としてきた。挙げ句の果てには巨大な政府をつくりだし、揺り籠から墓場まで面倒を見てもらう気になっている。それらの口車に乗って、まんまと経済カースト体制に組み敷かれてきたのではないのか。それら不都合な物語から、ただただ目を背け続けているだけという気がしないでもない。
