2009年10月02日

【第24話】 試練 5


ユキエさんが家庭裁判所に離婚調停を申し立てたのだ。

慰謝料・子供の養育費については第三者を交えて、公的に記録を残しておいた方が安心に違いない。
しかも今、藤谷は仕事をしていない。
手に職はあったものの、心臓が悪い身障者なのでなかなか条件に合う就職先は見つからなかった。
失業給付金と2ヶ月ごとの身障者年金、そして私のバイト代と母に借りた100万円の残りで何とかやりくりしていた。
もちろん貯金なんて一切なかった。

請求されたところで慰謝料・養育費なんてどうやって払うのか?

それはユキエさんも考えたはず。
だからこそ、間違いなく払ってもらえるよう公的機関を利用したのだろう。
先々取りっぱぐれがないように。


だが、藤谷の心配をしている場合ではなかった。
ユキエさんは私にも100万円の慰謝料を請求してきたのだ。

夫の不貞行為の相手である愛人に対する慰謝料請求。
妻としての正当な権利行使。
おそらく、調停の申立書には『私という愛人が原因で夫婦関係が破綻した』ということになっているのだろう。
妻であるユキエさんには全く責めに帰することはないと。

確かに現在の事実だけを切り取ればそうかも知れない。
しかし、結婚前の事情は一切汲み入れられないのだろうか?
私だって十分過ぎるほど傷付き、精神的被害をこうむっているのに。

たぶんユキエさんは私を憎んでいる。

そう感じた瞬間、また私の中に闘志がみなぎってきた。
「いつまであの女は私を苦しめるの?!
私は私の愛する人を取り返しただけなのに」
2年前の春の衝撃。
その年の夏は私とユキエさんが入り乱れ、藤谷の家でバトルを繰り広げ、
秋には私が完全に打ち捨てられ、失意のどん底だった。

その一連の出来事が走馬灯のように蘇り、再びユキエさんとの対決を余儀なくされた自分を鼓舞した。
何の因果か、藤谷という男を介して憎みあう立場になってしまった2人の女。

「慰謝料なんて払うもんか!私は悪くない!」

-------------------------------------------

初めての調停の日、藤谷と2人揃って家庭裁判所に向かった。
もちろんそんなところに出向くのは生まれて初めてだったので、
朝から緊張が隠せなかった。

もちろん民事の話し合いのためで、刑事罰を裁かれるわけではないのだが、
呼び出された立場の私は多少の後ろめたさを感じないわけにいかなかった。
それさえ「私をこんな屈辱的な気分にさせて!」とユキエさんに対する憎悪に昇華させていたのだが。

到着すると、事務室のようなところで受付を済ませ、廊下を挟んだ待合室で暫く待たされた。
そこには先客が数人いた。
それぞれ、違う案件で呼び出された人達で、相手方とは別室で待機させられてるようだ。
この建物のどこかにユキエさんもいる。
調停の相手方と顔を合わせることはないのだが、以前藤谷の家から出てきた時の姿と写真の顔が交互に頭に思い浮かんだ。

もし、今ユキエさんと2人きりで話し合うことが出来たなら何を言うだろう。お互いに。

そんなことをぼんやり考えていたら、まず藤谷が呼ばれて行った。
待合室に1人で残され急に不安になってきた。
こういう場にはやはり弁護士が必要なんだろうか?
そんな費用がないのでもちろん相談には行っていないが、はたしてユキエさんの方は?
弁護士連れでやって来る?そうしたら向こうのいいようにされてしまう?
ジリジリと不安に苛まれながら30~40分たったころ、私の番になった。

係官について廊下をまっすぐ行くと、相談室とかかれた部屋の1つに招じ入れられた。

中はとても殺風景でスチール机に相談員が2人並んで座っていた。
初老の男女1人ずつだ。
その向かい合わせに座らされ、まず名前などを確認し、
「なぜ今日ココへ来たかわかってますね?」と言われた。

なに?いきなり尋問口調?

私の心は瞬時に硬化した。
まるで犯罪者を見るような目で、責めるような話し方が気に入らなかった。
確かに公序良俗に反する行為での呼出だったかもしれないが、
双方の言い分を平等に聞くのが裁判所の仕事ではないのか?

まだ若かった私は途端に反抗的な態度になり、心証を悪くした。

「別に悪いことは何もしてませんけど」

そう言い放った私を女性相談員の方が「はぁ?」という目で見た。

「でもね、藤谷シンジさんの奥さんはアナタに慰謝料請求しているんですよ」
「アナタのせいで夫婦関係がうまくいかなくなり、子供が産まれたばかりなのに離婚せざるを得なくなったということで!」
「結婚している人とお付き合いをすること自体、公序良俗に反する立派な不貞行為なんですよ。悪いことと思ってないの?」

なに?このオバサン。自分も若い女にダンナを寝取られたことあるっていうの?

一方的に責められ、私はスッカリ感情的になり
「とにかく私は藤谷さんと別れるつもりはないですし、慰謝料も払うつもりはありません!
第一、まだ学生なのでそんな大金払えません!」とつっぱねた。

「アナタが払えないのなら保護者の方に請求するしかないですよ?」

これは完全に脅しだった。
私だって手ぶらでは来ていない。一応離婚調停・裁判に関する本を読んで予習していた。
慰謝料は本人にしか請求できないし、払えなければ拒否することも出来る。
その後、裁判で支払命令が出れば従うしかないが、この段階ではとにかく拒否する作戦だったのだ。

「親は関係ありませんから。払えないものは払えません!」
とにかくその1点張りでその日の調停は終わった。


次回は1ヵ月後だ。
また長い戦いになりそうだった。




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2009年09月28日

【第23話】 試練 4


藤谷は仕事を辞めた。

居酒屋のスタッフや親会社に事情を知られてしまったので逃げたのだ。
決してクビになったのではない。
もうすぐ子供が産まれることに同情してくれた親会社の上司は、
今回だけは10日間の無断欠勤を大目に見てくれようとしたのだが・・・。

ユキエさんとの新居として借りていたアパートに住んでいられなくなった彼は、
弟の部屋に転がり込んだ。
身の回りのものを運び出す際、私も手伝って2人の新居だった部屋に入った。

2LDKの狭いアパート。
居間の隣の和室にベッドがあった。そこが寝室。
ジリジリと焦げる思いで見渡した。
そして、ベッドのヘッドボードを見てハッとした。

以前、藤谷が衣装ケースの中に隠していたユキエさんの写真に写り込んでいたベッドと同じだった。
同棲時代から使っているユキエさんのベッド。
ここで子供が出来たのか、と考えると妙に生々しくて
今すぐ火をつけて燃やしてしまいたかった。

------------------------------------------

そしてその年の夏、藤谷とユキエさんの子供が産まれた。
男の子だった。

その子は産まれた時から父親がいない子だった。

その事実を考えた時、さすがに罪悪感に苛まれた。
1人の人間の人生を私は狂わせてしまった。
いや、1人だけではないユキエさんの人生も。
藤谷に関しては自業自得と思えたが、産まれた子供は不憫に思えてならなかった。

だが、もう遅かった。
藤谷は子供に会わせてもらえなかったそうだ。
ユキエさんサイドの断固とした意思が伺える。

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私が大学3年生の秋に、意を決して母親に「何も言わずに100万円貸して欲しい」と言った。

「とにかく就職したら少しずつ返すから、今は何も聞かずに貸して欲しい」と。

しかし100万円といえば大金だ。
ましてや学生の私に簡単に渡せる金額ではない。

ちなみに、うちは母子家庭ではあったものの母親が一人っ子なので、
事業をしていた祖父の遺産で割と良い暮らしが出来ていた。
この時祖母はまだ健在だったが、後々、祖母名義の財産もすべて母のものになる。
そんな事情で未亡人になってからも母は外に働きに出る必要がなかった。
加えて、私と妹は私立の4年制大学に進学し、大学進学後は新車を買ってもらい、
一般よりは少し多めのおこずかいをもらい、高級ブランド物の服やバッグを買ってもらっていた。

今となっては何と恵まれた有難い生活だったのかと祖父母には感謝の言葉も無いのだが、
当時はまだ世間知らずの学生だったので平気で「100万円くらいなら」という気持ちだったのだろう。

ダメ元で頼んでみたものの、さすがに何も聞かれないわけがないと、
色々それらしい理由を考えめぐらせていたら、本当に母は黙って100万円を貸してくれた。

こっちが驚いた。

その100万円で私は部屋を借りた。
もちろん藤谷と住むためである。
洗濯機や冷蔵庫なども中古屋を回ったり、知り合いから譲り受けたりして揃えた。
そう、このために母から借金したのだった。
手のつけようが無いほどの親不孝者である。

何を思ってこの時母がポンと100万円を貸したのか解らないが、
私が何か面倒なことに巻き込まれていると思ったのかもしれない。


そして私はとうとう藤谷と2人だけの甘い生活を取り戻した。

長かった戦い。
誰に対して、何のための戦いかはもうどうでも良かった。
私はただ彼が私1人だけのものになったことに非常に満足していた。
そしてやっと、自分本来の姿を思い出した。

私は大学生だったのだ。

藤谷と付き合い始めて、ほとんど忘れていた学業の存在を久しぶりに思い出した。
というより、思い出さざるを得なかった。
3年生の後期の時点で卒業が危ぶまれるほど単位が足りなかったからだ。
これにはさすがに焦った。
自分勝手なことをして100万円も借りておいて、この上大学留年となるとさすがに親や身内に申し開きが出来ない。
大学を4年で卒業出来なかったら、それこそうちの親に藤谷との仲を裂かれてしまうかも知れない。

しかし、3年生になってからほとんど授業に出ていず、
大学に友人がほとんどいなかった私はこの期を取り戻すだけの余裕はなかった。
計算すると、3年生修了時の取得単位と4年生で時間割びっしりに取れるだけの授業を取り、しかも1単位も落とさなければ晴れて卒業というギリギリのところだった。

よし!これからの1年間は真面目に授業に出て、就職活動も行い、将来の藤谷との生活に向けてがんばろう。
そう決心した矢先、家庭裁判所からの呼出状が届いた。

藤谷と私、それぞれに。






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2009年09月25日

【第22話】 試練 3


走り書きのメモには「島田」という文字と隣町の局番の電話番号が記されていた。

「藤谷って結婚してる人なんだって?なんでまたそんな人と・・・」

「もうすぐ子供が産まれるって言うじゃない」

「お宅は娘にどういう教育してるんですか?って文句言われたわよ」

「警察に届けるとか何とかって言ってたけど、相手の人はどうしたの?」

母に言いたいだけ文句を言わせてから部屋を締め出した。
弁解や言い訳や説明は一切しない。
腹を割って話したところで子供の言い分など何も聞こうとしない親だからだ。
そもそも母の感覚では、私がしていることは理解の範疇を超えてしまっているだろう。
要するに、言っても無駄なのだ。

世の中には『姉妹のような母娘』『友達感覚の親子』などと言われている人達がいるが、
私には到底解らない感覚だった。

私は生まれてから一度も、家族と心が通じ合っていると感じたことが無い。
相談事などはもってのほか。一番弱みを握られたくない敵・それが家族だった。
ただの『共同生活者』『保護者』以外の、信頼した親密な感情はまるで無かった。
いわゆる機能不全家族である。
いや、私以外の家族はそれなりに通じ合っていたのかも知れないが、
私だけがどうしても違和感を感じずにいられなかった。

私が小学生の時に死んだ父は私にだけ暴力を振るった。
そんな私を母はかばおうとしなかった。
妹はいつも良い子ちゃんを演じていた。
なにかと姉である私に我慢を強いるしつけだった。
勉強などは出来て当たり前なので、わざわざ褒められることがなかった。
そのくせ母は世の中のことなどまるで解らない無教養人間。
親から抱きしめられたり可愛がられた覚えがほとんどない。
自分の価値観をそのまま子供に押し付ける教育方針だった。
まず父と母が仲良くしているのを見たことが無い。

数え上げればキリがない。
もう自分の家族になど何も期待していないので、今さらどうでもいいことなのだが。

だから早くここを出たかった。
出来れば早く結婚し、まったく別の新しい家族を作りたかった。
私を藤谷に執着させたのはこんな背景があったのかも知れない。

-----------------------------------------

私はユキエさんの実家に電話をかけてみることにした。
いよいよ直接対決の時が来た。

プルルルルル。

呼び出し音が鳴る。
受話器を持つ手がじっとりと汗ばみ、口の中は乾いていた。

「はい、島田です」
出た。おそらくユキエさんの母親だろう。年配の女性の声。

「薄井と申しますが、恐れ入ります、ユキエさんはご在宅でしょうか?」
なるべく落ち着いて、そしてなめられないよう慇懃無礼に言った。

一瞬の沈黙。
相手が心の中で「アッ!」と言っているのが聞こえるようだ。


「ちょっと、アナタどういうつもりなの?!」いきなりの専制パンチ。
「藤谷は?一緒にいるんでしょ?出しなさい!!」声を荒げるユキエ母。

「藤谷さんは今ここにいません。すみませんが、ユキエさんと代わっていただけますか?」
なおも冷静に応える私。

「娘は話したくないと言ってます!藤谷はどこ?」
おそらくユキエさん本人には何も聞いていないのに勝手に話したくないことにされている。

「お願いです、ユキエさんと代わって下さい!」少し語気を強めてみた。

「だから話したくないと言ってるでしょう」相手も譲らない。

この押し問答が5分くらい続いた頃、電話の向こうで何やらやりとりがあった。
ボソボソと話し声が漏れ聞こえた後、「もしもし・・・」と若い女性の声に代わった。

「ユキエさん・・・ですか?」恐る恐る聞いた。

「はい、そうです」消え入るような声。

「私、薄井きみどりです」
苛めたくはなかったが、いくぶん『ご存知の』というニュアンスを込めた。

「このたびはご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
まずはお詫びを。
「藤谷さんはおうちへ帰られました」
そして報告。大人の対応を心がけた。

「そうですか」いくぶん安心したのか声の感じが和らいだ。

そしてここからが本題。
「あのぅ、もう藤谷さんの好きにさせてあげて下さい!彼、相当悩んでいます」

「好きにって?」

「だから、そのぅ、彼はあなたと別れたがっています!」
嘘をついた。藤谷はユキエさんと子供とやり直すと言っていたのに。

売り言葉に買い言葉なのか「こちらもそのつもりです!」ユキエさんがタンカを切った。

「子供にも会わせるつもりはありません」そこまで言うと受話器を母親にひったくられたようで

「ちょっと!いい加減にして!アナタ何話してるの?まったく今時の若い子は・・・」
ブツブツと何か小言めいたことを言っていたが聞いてはいなかった。

「とにかく、こちらはこちらで話をつけます!アナタには関係ないことですからね!」
そういってガチャンと電話は切れた。

ふん。
私は鼻で笑った。

ユキエさんから一方的に別れを告げられれば藤谷は私のところに来るしかない。

心の中で呟いた。
「私を悲しませるから、こんな目に合うのよ」





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2009年09月23日

【第21話】 試練 2


ついに私とのことがユキエさんとその家族にバレてしまったらしい。
というより、やはりユキエさんはかなり前から気付いていたようだ。

彼女にも私に対して負い目があったのか、それとも殊勝に夫を信じていたのか
あまり大袈裟に騒ぐことはしたくなかったらしい。
しかし、ユキエさんの母親が非常に口うるさいタイプの人で、
そもそも2人の結婚にずっと反対していたのはこの母親だけだったらしい。
父親や弟は「本人が望むなら」とむしろユキエさんの味方をしてくれていたのだが、
高圧的な一家の権力者然と君臨していた母親には誰も逆らえなかったのだ。

よくある話だが、こういうタイプの親に育てられると子供は常に親の顔色を伺う、
自己主張の出来ない奴隷のような人間になってしまう。
ユキエさんもまさにそんなタイプで、何か様子がおかしいと母親に問い詰められて
あっさり口を割ってしまったようだ。

そもそも妻が妊娠中毒症にかかり実家に引きこもっているのに、
夫はめったに様子を見に来ず、いつ連絡しても家に居ないとなれば誰もが浮気を疑うだろう。
怒った母親に呼び出された彼はこっぴどく責められたらしい。

にっちもさっちもいかなくなった藤谷の口から漏れた言葉が「死にたい」だった。

正直、この時私は腹の中で笑っていた。

ユキエさんの家族の知るところとなってしまえば、もう離婚は時間の問題ではないか。
死ぬくらいの勇気があれば、どこか遠いところで2人でやり直すことなどた易いはず。
私はユキエさんなんかと違う。彼のためならいつでも家族を捨てられる。


「ねぇ、どこか遠くに行こう」私は藤谷の手を握りながら言った。

「遠く?」

「そう、ここじゃないどこか」

「どこに行くんだよ?そんな金無いし!」

「死ぬ気ならお金なんていらないでしょ?とにかく2人で逃げよう」
本当は死ぬ気なんて無いのは分かっていたが、私の真剣さをアピールする為
「こっちも心中覚悟なんだ」と暗に匂わせた。

まさか私がそんなことを言うと思っていなかったので、彼はしばらく驚いて言葉に詰まっていたが
「じゃ、行こう」と力無く同意した。

もう破れかぶれだったのだろう。
自分では何も決められない情けない男。

------------------------------------------------

それから私たちは10日間だけ駆け落ちをした。
私たちは家族に何も言わずその日のうちに街を出た。
軍資金は私の口座に入っていたバイト代10万円だけ。
藤谷の方は、ユキエさんに財布を握られていたので手持ちは2~3万円程度だった。

車で海岸線を走り、夜はラブホテルに泊まった。
しかし昼間は行った先で普通に観光した。死ぬ気ゼロである。
本当に死なれては私の方が困ってしまうので、藤谷に「生きていればいいこともある」と植えつけたかったのだ。
私との明るい未来を思い描いて欲しかった。

駆け落ち中は敢えてユキエさんのことも、子供のことも、これからのことも話さなかった。
少なくとも私からは聞かなかった。
藤谷の心が落ち着いて結論が出れば、彼の口から語られるべきだと考えていた。

が、しかし最後までそれが語られる気配はなかった。

結局資金が底を尽き、また地元に戻ってきてしまった。
最後のラブホテルに泊まった時、とうとう私は我慢できずに聞いた。

「これから・・・どうする?」

「俺やっぱり、アイツとやり直す。子供のために」藤谷はこう言いのけた。

10日間も考える時間を与えたのに結論はこれ?
さすがに私はイラついた。
「あっそう!で、私はどうなるの?!」

この10日間もちろん藤谷は無断欠勤で、ユキエさんや彼の家族も急に行方不明になったことに慌てているだろう。
もしかしたら警察に捜索願が出ているかもしれない。
うちの親だって・・・。

ここまで騒ぎを大きくしておいて、今さら元に戻れると思っている藤谷がバカに思えた。
そして、こんなに藤谷に対して幻滅しているのにまだ好きだという気持ちが消せない自分はもっと大バカだと思った。

もうこれ以上行くところがないので、それぞれ一旦自宅に帰ることにした。
なんと言うお笑いぐさだろう。
元の木阿弥だ。

藤谷と別れ、10日ぶりに自宅へ帰った。
母親が憔悴しきった顔で出迎えた。

「アンタ!一体今までどこに行ってたの?」

母の言葉など無視して自分の部屋へ向かった。

母は私の背中に思いもよらない言葉を放った。

「藤谷って人と一緒だったんでしょ?島田さんて人から電話がきたわよ!」

島田はユキエさんの旧姓だった。
ユキエさんの母親がどういうわけかうちの番号を調べ上げ連絡してきたらしい。

「もし帰ってきたら連絡して欲しいって・・・」と母は私にメモを渡した。





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2009年09月21日

【第20話】 試練 1


少しは落ち着いて話を聞こうという気になり、私は深呼吸を数回した。
それまでの声とは打って変わって低い声で「何ヶ月なの?」と聞いた。

「3ヶ月」と藤谷は呟くように言った。

妊娠3ヵ月ということは12週目ということか。
私はすばやく頭の中で逆算した。
妊娠は最終月経の初日から数えるので、妊娠した可能性が高い排卵日は
今から10週間ほど前ということになる。

通常女性の生理周期は28日=4週間と考えられ、生理と生理の中間に排卵日がある。
現在11月半ばなのでユキエさんが妊娠したのは8月下旬~9月初旬のようだ。
入籍したのは8月末だと聞いていたので、新婚旅行に行っていたらまさにハネムーンベイビーだったろう。

万事休す。

ユキエさんはお腹の子共々、親子揃って私と藤谷を引き裂くつもりなのか。
そもそも私と藤谷に縁がなかったのか。
しかし、今さらどれだけ縁が無いと言われてももう遅かった。
私の中で藤谷への愛情は爆発寸前に膨れ上がり、
周りの全てのものを飲み込む勢いで流れ出そうとしていた。

つい先月ミチコが結婚して、遠く離れた町へ引っ越してしまってから
私と藤谷の仲を知るものは身近に誰もいなくなった。
そして私は敢えて誰にも相談しなかった。
反対されるのが分かっていたのと、この密やかな関係が
むしろ大人の恋を漂わせ官能的だったからだ。
他人の家庭を壊そうとしてるのに、まだ学生の私にはその重みが分かっていなかった。

「で、どうするの?」むしろ私は落ち着いていた。


藤谷の方がうろたえ、冷静さの欠片もなかった。

「分からない!でも、俺たち、前にも子供をダメにしてるから、今度こそ自分の子を抱きたいんだよ。アイツだってもう若くないし、産ませてやりたいんだ。子供には何の責任もないんだ!」
頭を抱え苦悩する彼を見て、可哀想だと思った。
そして自分がこの情けない男を守ってやりたいとさえ思った。

なんて心の弱い、無力な人なんだろう。

今まで藤谷のことを頼もしく感じていたのは、
ただ7歳年上の社会人という点においてだけだったのだ。
実際は身勝手で流されやすく、優柔不断で臆病な人間なのだ。

ここで大概の若い女性は幻滅して、一気に冷めてしまうのかもしれなが、
私はむしろもっと自分を頼って欲しいとさえ思っていた。
どちらかというと姉御気質の性格がこんな風に作用するとは自分でも驚きだったが、
この時は完全に自分の力を買かぶっていた。この人には『私こそが』必要なんだと。

とにかく今は藤谷の方が混乱しているので、今後のことは私の方がナビゲートしなければ。
そう思った私は「分かった。とにかく暫くは会わないようにします」と時間稼ぎのつもりで言った。
藤谷自身も私から離れられないことは分かっていたので、まずは落ち着かせるつもりでリリースすることにした。

たった一人の男の為に若い女がここまで狡猾な策士になるとは誰が想像できただろうか。
不本意ながら、自分の図太さ・強靭さに感心するばかりだ。
これは神様が私に与えた試練なのかもしれない。そう考えることにした。
何が何でもユキエさんから藤谷を奪い返したい、その気持ちだけは揺るがなかった。

----------------------------------------------

暫くは藤谷に会わない日々が続いた。
クリスマスが過ぎ、正月が過ぎていたが何とか離れて過ごすことが出来た。
むしろ、以前とは違って私の心には余裕があった。
理由は次の通りだった。

ユキエさんは看護士なので、もし藤谷と離婚しても子供と2人で何とかやっていくことは出来るだろう。
今後妻のお腹がどんどん大きくなっていけば、男として彼は私の体を必然と求めるようになるはず。
後は、藤谷の浮気に
嫌気が差したユキエさんが自分から別れを切り出すようになればいい。

密かにそんな作戦をたて、会ってはいなかったが時々藤谷と電話で話し様子を伺っていた。
そして妊娠5ヶ月目頃であろうか、ユキエさんが妊娠中毒症で入院したのである。

詳しい原因は分からないが、仕事を続けていたことに加え、
もしかしたら藤谷が他の女と会っていることに気付き、それがストレスとなっていたのかも知れない。
短期の入院の後、ユキエさんは大事を取って早めに産休に入り、実家で過ごすことになった。

このことは私にとっては好都合だった。
2人が別居状態になれば誰に遠慮することなく藤谷に会えるからだ。

「最近どうしてる?独りで淋しくないの?」
そんな甘い言葉に藤谷はすぐに飛びつき、飢えた私たちは獣のように求め合った。
この段階で私は完全に藤谷を支配していると思った。身も心も。

完全に立場は逆転した。
あんなに藤谷の一挙手一投足に翻弄されていた私はついに主導権を握ったのだ。
身重の妻を裏切っている、しかし若い愛人からは離れられないという事実が
相当彼を痛めつけていたようだ。

後々解ってきたことだが、藤谷はとにかく精神的に弱い男だった。
一旦自分の手に負えないとなると逃げるか、完全に人のせいにしてしまうのである。
そして極度の依存性質であり、「捨てられる」ということを恐れていた。
これは幼い頃、母親が家を出て行ってしまったことがかなりのトラウマになっていたのだろう。
この時も、ユキエさんか私に見捨てられたらもう生きていけない、それくらい追い詰められていたと思う。

藤谷と出会って2度目の春が訪れた頃、彼はこう言った。

「死にたい」





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