こんばんは、大橋春人です。
今日は早く帰宅。

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さて、月末ですが塔3月号を読んでいきましょう。
月集から。



朝霜の残れる道に黒と黒揉み合いながらカラス争う(吉川宏志さん)


たぶん通勤の途中。「黒と黒」はもちろんカラスのことなんだけど、歩いてきて近づいたから「カラス争う」と分かるんですね。「朝霜」の白さとカラスの黒さの対比も見どころ。



あと十年生きてようぜと電話にて妻を亡くした男がふたり(永田和宏さん)


これは想像なんだけど、電話相手は小池光さんではないだろうか。なぜ電話をしているのかは分からないけど、別れ際の挨拶として「あと十年生きてようぜ」が出たんだろう。



校庭で日の丸の旗おろしゐる人あり旗は重たげに見ゆ(栗木京子さん)


今はどうか知らないけれど、私が中学生の時は国旗が掲揚されていて、夕方下ろす人がいた。見所は「重たげに見ゆ」。昨今の政治問題は置いておくにして、やはり国旗って重たいよ。例えば代表ユニフォームと同じくらいの重さで。



工場検査終へて封印をするときに笑ふのは責任を持たぬものたち(真中朋久さん)


時々真中さんはこういうシニカルな目線の歌を出されるのだけれど、だいたい的確なので好きだ。「笑ふ」相手をしっかり観察している。責任のある人は笑わないのだ。最後まで集中している。



釣りに行きたいが釣りに生きたいに変わる頃今宵の酔いもいよいよ本気(永田淳さん)


趣味に生きたいというのは(いや、趣味なのか本業なのか分からないレベルまできているけど)人の本音だろう。でも現実的でないから普段は言葉にしない。酒の勢いで言ってしまうのだ。
下の句のイ音の連打も効果的。



泣き叫び注射打たれるおさなごの声に和めり待合室は(松村正直さん)


えっ、和むの?となってしまう一首。初句から「泣き叫び」だからねぇ。不穏な入り方をしている。しかし妙に「和めり」に説得力がある。とりあえず注射打てたか、みたいな感じだろうか。



ペット連れ込み禁止の図柄はすべて犬 猫をつないで歩いてみんか(黒住嘉輝さん)


なるほど、そういう抵抗方法。犬があかんなら猫ならええやろう、と。
もう一つはこれだけ猫好きの割合が増えた今でも、「ペット連れ込み禁止の図柄」は犬だけ。ちょっと皮肉もあるのだろう。まぁ猫つないで歩くことは少ないですからね。



若き頃の河野裕子の通勤路を通る学舎はあらず目印は桜の樹(石本照子さん)


河野裕子さんには教師をしていた時期がある。あまり長い期間ではなかったらしいけど。主体はその道を歩く。でも学舎はもうない。おそらく周りの風景も変わったのだろう。でも「桜の樹」は変わらずにある。そこだけ昔と変わらずにある。



黒猫と郵便局とエホバ来てしばしののちに初雪のふる(落合けい子さん)


ある初冬の一日。「黒猫と郵便局とエホバきて」が面白い。変わったこともあるな。特に猫。そして初雪が降る。いろんなことがあるけど、平凡な一日。



ある時は翼賛短歌ある時は政党批判歌 累々並ぶ(川本千栄さん)


短歌を詠む、というのは極めて個人的な作業なのだけれど、時代によって人は簡単に流される。歌人のトラウマと言える「翼賛短歌」、そして安保の時期や現在の「政党批判歌」が紙面を埋め尽くす状況を指摘する歌だ。
ちょっと脱線するけど、何かしら投稿するときに現状に日和った歌を出す方が採用されるかも、という歪んだ射幸心はないだろうか。私はある、と思う。ないとは言えない。



「肌色」が死語になりたる日本で子がつよく握るペールオレンジ(澤村斉美さん)


そうなのか、肌色はすでに死語なのか。ここ数年差別用語として取り上げられていたからね。今の色鉛筆にはない。でも「ペールオレンジ」には違和感がある。青白いオレンジ、ってことやものね。それはそれで違和感があるなぁ。今後日本人の肌色ってペールオレンジになるんかなぁ。もちろん人によって肌の色って違うんだけど。
調べてみると2000年以後「肌色」は無くなったらしくて、たぶん私より下の世代になると違和感がないんだろうな。


長編をたらたらたらたら読みたしと思いつつ数年などはすぐ過ぐ(永田紅さん)


「たらたらたらたら」が面白い。ある年齢になって忙しくなると長編を読む時間なんて取れない。もう一度カラマーゾフの兄弟読みたいけど、無理かな…。



よく晴れて暖かだった去年の今日 10・21寒き雨降る(本間温子さん)


さてこの日付を見て何を思い出すだろうか。おととしの秋、鳥取で起きた大きな地震だ。語らなければ忘れてしまう、よその人は特にそうなのでこういう形で残すことは正しいことだと思う。



与謝野晶子乗りいしシベリア鉄道の彗星の青い髪なびきつつ(山下泉さん)


与謝野晶子は鉄幹を追いかけて日本からパリに行った。シベリア鉄道経由はその時代、ほぼ最速と言えるだろうか。そのスピード感も「彗星」であり、与謝野晶子の髪もまた「彗星」なのだ。まるで絵画のような一首。




作品1、花山多佳子さんの選に行きます。


止められて電気料金借りにくる隣の人の皺のてのひら(斎藤雅也さん)


何があったのだろう。事情は分かったけど、電気料金すらない状況はわからない。「皺のてのひら」は普通逆さまに言いそうだが、てのひらに焦点が当たっていてこっちの方が素敵だ。ひび割れて、皺の多いてのひらを想像する。



ジャクネンセーコーネンキ、声にだしたなら異国のスケート選手のような(沼尻つた子さん)


若年性更年期。この言葉を知らずに発音するなら東欧の人命みたいにも聞こえる。でも若年性更年期って大変で、結句のいいさしの先を考えてしまう。「ような響きだけれど、実際は私の体で起きていること」というように。



忘れじと一本松は形のみ造られた枝に鳥の巣の見ゆ(青木初枝さん)


奇跡の一本松は結局枯れてしまって、その後にモニュメントとして形だけ残した。批判がかなり出たようだし、最初皮肉かなぁ、と思ったけど、たぶん皮肉の要素はこの歌にはない。「鳥の巣」がある。つまり、形のみ残された木にも本物の生命が帰ってきた。次第に自然は復興している、という歌だ。



サンバハートとわが不整脈に名をつけて気にせぬ振りを続けて十年(金井一夫さん)


不整脈をサンバハートって名付けたのは面白いなぁ。単純に逃避のためなんだろうけど。十年かぁ。結局検査入院になる一連なので早く行っておけばよかったですね。



ゼミ生は就職活動ほぼ終へてピアスの穴を時が埋めゆく(清水良郎さん)


学生から社会人へと変わりゆくゼミ生。その変化を「ピアス穴」に見ているのがこの歌の良さ。たぶんそろそろ埋まったんじゃないかな。
12月締め切りの詠草。私の頃よりも就活が後倒しになっているにせよ、12月だと先生も気が気でなかっただろうな。



グレゴール・ザムザの弟の芋虫とエレベーターの中に遭いたり(杜野泉さん)


エレベーターの中に芋虫がいたら嫌だなぁ。でもザムザの弟と言っちゃうところがユーモア。もちろんカフカの『変身』が元ネタ。ちなみにザムザには妹がいるけど、弟はいない。もしかしてすでに虫に…。



歩かなくなった、あるいは歩けなくなった児のくつ うすももいろの(永田愛さん)


引いたのはいいけれど、この歌をうまく評することができそうにない。義肢会社の一連。何かしらの障害を抱えた子供の靴がある。その子はどうなったのだろう。歩かなくなったのか、それとも歩けなくなってしまったのか。
歌として難しいところはないのだけれど、主体の心情まで潜ろうとするとどこまで踏み込んでいいのか分からない。



作品1、栗木京子さんの選です。


大安の月曜日なり窓口に養子離縁の届出多し(紺屋四郎さん)


どういうことなの…?まぁ、大安の日曜でなく月曜だからか。でも「養子離縁の届出多し」ってすごいな。そんなに多くあるものなのか。たまたまと片付けるのが一番なんだけど、二句目までと三句目からの流れに妙な凄みを感じる。



十八万五千二百六十一とう沖縄の戻れざるまま焼かれし死者は(林泉さん)


185261人。この多すぎる、具体的すぎる数字がリアルだ。そのひとりひとりに死に様があった。沖縄戦における最期が。彼らは生まれた土地に帰ることもできなかった。



しあわせの意味がとつぜん腑に落ちたそして私は歌を忘れた(乙部真実さん)


しあわせの意味を探して歌を作っていたのだろうか。だからしあわせの意味がわかった途端歌を忘れた。それこそ幸せかもしれない。いや、不幸せかもしれない。あなたはどっち?私は詠みたい。詠み続けたい。



猫バスの停まる駅舎になるはずが慌て者いて日野駅になる(菊沢宏美さん)


ファンタジーの世界から現実的すぎる日野駅へ(笑)ジブリの森があるのは日野だったかな…。それにしても八王子でも三鷹でも町田でもなく日野というのが良い。



桃というさびしき回文 階段を下りても夜空、まだ明るくて(白水ま衣さん)


不思議な構想を持つ歌だ。まず、回文まで。「桃」は回文だけど二音しか持たない。間がないから寂しい。
三句目から。屋上にいて、夜空は明るい。降りてきたら暗くなるだろうか。それでもなお明るい。まるで桃の回分のように中身がない。



瀬戸内のフェリーの名前みたいでしょ神経因性疼痛なんて(空色ぴりかさん)
神経因性疼痛=ニューロパシックペイン


兵庫第三共栄丸みたいな感じのが多いですけど(笑)昔大阪南港から松山に行くフェリーだとそんな感じだったなぁ。
でもここの主題も「神経因性疼痛」だろう。主体は今それで苦しんでいる。なんとか誤魔化そうとして瀬戸内のフェリーみたい、とうそぶいている。



特急にぶつかりガラスを割りてゆく鹿は雄にてちらりと角見ゆ(福井まゆみさん)


この鹿、生きてるんかな。「割りてゆく」だからぶつかって去っていった、って風に取れる。たぶん南風だからスピードもないしな(笑)
「ちらりと角見ゆ」が見どころ。本当に一瞬しか見えなかった。その一瞬の鮮やかさ。



街頭にテイツシユを配る若者の此の頃をらず木枯らしの吹く(大島りえ子さん)


寒くなったからいなくなったのか。それとも経済状況の変化のせいか。ティッシュ配りして集客するよりもネットで広告出すほうがいい時代になりつつあるものなぁ。「木枯らし」は寂しさを表しているだろう。



というわけでその1でした。4月頭にかけて読んでいきます。