思考のカケラ

コンサルタントの備忘録

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前回の投稿では、サピエンス全史についてまとめました。
サピエンス全史のキーワードは何といっても「虚構」にあります。今まで、世界の趨勢について現実世界で起こったことを書き連ねた書籍は多いですが、「虚構」について注目したものは非常に少ないのではないでしょうか。
 
今回はサピエンス全史のキーワードである「虚構」、これをもっとよく使われる言葉で表現した「フィクション」を基にして、話を展開していきます。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福
ユヴァル・ノア・ハラリ
河出書房新社
2016-09-08


 
■良いフィクション、悪いフィクション
フィクションには良いフィクションと、悪いフィクションがあると思います。
良いフィクションは人々の期待感を高め、より大きな力を発揮させるものです。例えば、モチベーションを高める目標である、「甲子園優勝!」「東大合格!」などが良いフィクションに該当します。

一方で、悪いフィクションとは、本当はそんなこと気にしなくても良いのに、なぜか気にしてしまうような考え方です。例えば、お店に入って、店員さんに商品のことについて聞くなんて恥ずかしいとか、今は話しかけたら良くないかも、と思ってしまうようなことです。

良いフィクションについては、どんどんと自分の中で作っていくべきですが、悪いフィクションを持っていると、ストレスになります。
そのため、良いフィクションをいかに構築し、悪いフィクションをいかに破壊していくかが、大事になっていきます。
 

■良いフィクションを作るために、まずは好奇心から
良いフィクションを作るために理想的なのは、自分がこれだけはどうしても実現したいというビジョンを持つことです。オリンピックで金メダルを獲るなどといった目標が、このようなビジョンに該当します。
しかし、現実的には、どうしても実現したいビジョンを持っている人は、僕を含めてほとんどいません。
そこで、ビジョンがない場合には、少しの好奇心から動き始めることが大事だと思います。それは、今自分が興味のあることや、今できることに力を注いでみることです。
よく、Will, Can, Mustで自分の進むべき方向を判断すると言われますが、そもそも自分が何をやりたいかがわからず、また何ができるのかもわからないことが多々あります。そのため、どう判断すれば良いかわからず、悩んでしまうこともあります。

what-kind-of-job-do-i-want_01
(出所:https://www.procommit.co.jp/support/point/what-kind-of-job-do-i-want

そんな時には、まず何かに挑戦し、とりあえずやってみることが大事だと思います。やってみないと何も分かりません。そして、数を打っていくうちに、興味を持って少しでもやり続けたいことが出てくるはずです。


■モチベーション・ポートフォリオの構築
良いフィクションを作るための今の最適解としては、少しでも興味があるものを複数作り、モチベーション・ポートフォリオを構築することが良いのではないかと思います。株価のように、モチベーションにも上がり下がりがあります。モチベーション・ポートフォリオを組むことによって、1つのことに熱中できる時には、それに集中して、熱中できないときには、他の興味があることに移ります。これによって、株式でポートフォリオを組むことにより大きな損失を防ぐように、興味があることを組み合わせることで、モチベーションが完全に下がった状態を防ぐことができます。
このようにモチベーションを保ち、色々なことに挑戦していくことが、新しいフィクションを作るための現段階の最適解だと思います。
(最近よく言われるようになった「多動力」の考え方にも少し近いかもしれません。)

多動力 (NewsPicks Book)
堀江 貴文
幻冬舎
2017-05-27

 

■ビジョン・エンジニアリング
 ただ、僕が本当に興味があるのは、「ビジョン・エンジニアリング」です。ビジョン・エンジニアリングとは僕が勝手に言っているのだけなのですが、個人に適したビジョンを科学的に構築していく方法です。誰もが、自分の力を発揮するための、新しいフィクションが必要だと思います。
昔(若干今もですが)は、
①良い大学に入り
②大企業に就職して
③結婚して
④夢のマイホームを買って
⑤子供も良い大学に入れる(①へ戻る)
というライフコースが幸せのゴールデンルートになっていたと思います。これも1つのフィクションです。
現在・未来においては、一人一人が個別のゴールデンルートを探しているようにも思えます。生活の仕方が多様になっている現代において、世の中に1つのフィクションだけでは、個々人の欲望には答えられません。個人の欲望によって動いている世の中では、世界に用意されたフィクションと、個人が潜在的に選びたいと思っているフィクションとに齟齬があるように思えます。そこで、必要になるのがビジョン・エンジニアリングです。世界を動かす新しいフィクションや、一人一人にチューニングされたフィクションが求められています。
 

■おわりに
今は個人個人が新しいフィクションを創る時代になったのだと思います。ビジョン・エンジニアリングを個人個人がしていく時代とも言えると思います。もちろん、誰もがすぐに「〇〇を目指す!」なんて言えるわけではありません。なので、ビジョンが明確でない場合は、今自分が少しでも関心があること、少しでもできることモチベーション・ポートフォリオを組み、興味があることのスキルや情熱のレベルを高めていくのが最善の策だと思っています。

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今回は、上下巻合わせて500ページを超える大作のサピエンス全史を、1つの図とA4用紙2ページにまとめるという暴挙をしてみたいと思います。(当然ながら抜け漏れ等がありますが、本書を読む時間をなかなかとれない方をメインターゲットとして、概要の理解を優先しているため、ご容赦ください。)
サピエンス全史では、人間の今までの歴史を、「現実」と「虚構」の観点から壮大に俯瞰しています。
人間の歴史では、大きく3つの革命がありました。それは、「認知革命」「農業革命」「科学革命」です。

<サピエンス全史 全体像>
図2
(筆者作成)

■認知革命 まず、認知革命の時期では、サピエンスは突然変異によって、脳の神経が変化しました。これにより、物事を認知できるようになりました。そして、認知ができるようになると、サピエンスは意思疎通のための言語が使えるようになりました。そこでサピエンスがしたのは噂話です。たしかに、現代でも二人の人間が会えば、噂話のような大したことない話ぐらいしかしません。 サピエンスの大きな特徴としては、噂話ような「ありえないことを信じられる」ことが挙げられます。このような「虚構」を信じる能力は、同じ時代を生きていたネアンデルタール人にはなかった特徴です。「虚構」を信じることができると、多数で同じ物事を信頼することができます。それはつまり、大人数で協力が可能になったことを意味しています。これによりサピエンスは大人数で協力ができ、ネアンデルタール人を倒すことができました。ネアンデルタール人はネアンデルタール人同士で協力することができなかったのです。

■農業革命 その後、サピエンスは大陸を渡り歩き、生息地域を広げていきます。しかし、その中である植物が従来の狩猟採集にストップをかけました。小麦です。小麦は従来の移動式の狩猟採集から、定住式の生活に移行するきっかけとなりました。サピエンスは小麦を栽培し、定期的に収穫することで生活できるようになりました。これが農業革命です。
しかし、農業革命はほとんどのサピエンスを幸せにはしませんでした。なぜなら、平均的な農耕民は従来の狩猟採集の時よりも、働いている時間が長くなり、さらに得られる食べ物の量も減ったからです。そう、農業革命は史上最大の詐欺だったのです。 ただ、このような状況にも関わらず、人間は農業を続けました。それは、一生懸命に働けば、安定した収入(食べ物)が得られるという「虚構」を信じていたからです。これは、現代にも当てはまると思います。会社で一生懸命に働けば、安定した収入がもらえるのは、現代にも通じる
ある種の「虚構」ではないでしょうか。


虚構を信じることができると、それが「想像上の秩序」を生むようになります。想像上の秩序とは、私たちは本質的に平等であると信じれば、安定し、繁栄する社会を築けるという共同的主観です。このような虚構が発展し、さらには帝国や貨幣、宗教が広がっていきます。帝国については、ある領域の中で多数の民族が集まって形成され、世界で最も一般的な政治組織となりました。貨幣については、物々交換、貝や銀などを用いて取引をしていましたが、利便性を追求するうちに、紙幣・硬貨が主流となりました。これは、紙や金属に「信頼」という虚構を載せています。皆が紙幣や硬貨を信頼することによって、それが「貨幣」として機能するのです。 また、宗教については、人間を超えた存在に対する信念を人々が共有し、発展しました。しかし、宗教の中でも仏教は、人間を超えた存在を認めていませんでした。仏教の教祖は、シッダールタという人間であり、人間を超えた存在ではありません。そのため、人間が知らないものをどのように説明できるのかという疑問が生まれていきました。

■科学革命
そこで、登場するのが科学革命です。この時期から、人間自身が知らない物事への追求が
始まりました。例えば、ニュートンが運動方程式を発見して物理学が発展したり、さらに数学が発達したり、ということがありました。その数学の中で、他の学問を発展させることにつながったのが、確率・統計の発見です。確率・統計が使えるようになると、未来を予測することができます。統計学が「科学の文法」として呼ばれる所以です。これによって、心理学や社会科学など、様々な学問を発展させるきかっけとなりました。 科学が未来を予測できるようになると、それが「進歩」に確証を持たせました。進歩・成長することが事前にわかると、それが信頼・信用を呼び、それが経済成長につながります。 また、科学を武器に用いることによって、国が強くなり、帝国がさらに大きくなります。大きくなった帝国は、その資金を科学に回すことによって、さらに科学を発展させ、それによって優れた技術・武器を作ろうとしていました。つまり、科学というものが生まれたことによって、好循環が生まれるようになったのです。 科学によって、安定した経済成長が見込めるようになると、国同士は戦争という手段をとらなくなりました。なぜなら戦争をすることは国として採算が合わないからです。それであれば、国同士が協力して貿易をした方が、経済的なメリットは大きいのです。これによって、現在では人類史上最も平和な時間が過ぎています。 このような状況になると、各人がそれぞれの幸せを求めるようになります。 幸せは①心理学・社会学的観点、②生化学的観点から説明されています。 ①心理学・社会学的には、客観的な条件と主観的な期待が幸せの要因になります。客観的な条件については、例えば、周囲の人たちと比べて自分は安っぽい車しかもっていないと、少し不幸な気持ちになります。主観的な期待の例では、医薬品の効果を過度に期待して、なんでまだ自分の病気が治らないんだと不満を抱くことが挙げられます。さらに、人生の意義を見出すことが幸せにつながるともされています。 ②生化学的には、ニューロンの影響や生化学物質(ドーパミン、アドレナリン等)が脳内に放出されること等によって幸せを感じます。

以上のような幸せに対する考え方には共通の前提があります。それは、人は自分が幸せであるかどうかは、自分が一番よくわかっていると考える傾向にあることです。主観的な感情が幸せの根本にあるという考え方です。 しかし、対照的に、仏教をはじめとする多くの伝統的な哲学や宗教では、幸せは内なる感情とは無関係で、幸せのカギは真の自分を知る、すなわち自分が本当は何者なのかを理解することであるとされています。最大の問題は、自分の真の姿を見抜けるかどうかです。

我々の未来はこれまでの延長線上にはありません。現在・未来においては、人間が機械と融合したり、ゲノム編集によって、従来の人間を超えた人間をも作り出せる可能性があるためです。人間は神を超えた存在にもなりえます。このような転換点において、私たちが充分な時間を割くべきなのは、まず私たちが「何になりたいのか」という疑問への答えを構築することです。その一方で、人間が自分たちの欲望を操作できる日も近いかもしれなません。そのため、もしかすると真の疑問は、私たちは「何を望みたいのか」かもしれません。

■おわりに
サピエンス全史は、どの章を読んでも内容が深く、各章で色々な議論ができる名著だと思います。(その分、まとめるのは大変でした。)
ジャレド・ダイヤモンドが「銃・病原菌・鉄」で、サピエンス全史における「現実」の部分を著しているのに対して、サピエンス全史では、「虚構」を人類史を読み解く切り口として用いていることが印象的でした。
今回の投稿はサピエンス全史のまとめに絞りましたが、次回の投稿では、サピエンス全史に対する自分の考えを述べていきたいと思います。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福
ユヴァル・ノア・ハラリ
河出書房新社
2016-09-08


サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福
ユヴァル・ノア・ハラリ
河出書房新社
2016-09-08



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なんでそんなに本を読むようになったのかと、最近聞かれることがありました。
確かに昔の僕は全く本を読もうとせず、まさか大人になってからこんなに本を読むとは思いもしませんでした。
全然本を読まなかった少年の僕が何をきっかけにして 本を読むようになったのか、また今なぜ本を読むのか、自分自信を振り返りながら書いていきたいと思います。

 ■読書とはかけ離れた少年時代
きっと小さい頃から本をたくさん読んできたんでしょうね、 なんて言われることがよくあります。
そんなことは全くありませんでした。むしろ小さい頃は ゲームばかりしていて、読んでいた本はゲームの攻略本か、コロコロコミックぐらいでした。お陰でゲームでは町内で一番になり、今でもボンバーマンでは誰にも負ける気がしません笑。

夏休みの宿題でよく出された読書感想文は本当に大っ嫌いで、母親に図書館に連れて行かれて1日中監禁されても、1行も感想文を書きませんでした。
本を読むのが大っ嫌いな少年は そのまま高校生になり、少し悪知恵が働くようになりました。高校1年生の夏休みに、また読書感想文の宿題があったため、適当に本を一冊借り、その本のあとがきを全部写して一瞬で宿題を終えました。そして高校1年の時に作った読書感想文を高校2年、3年の時にも使い回し、大嫌いな読書をする時間を見事に大幅カットしました。結局高校を卒業するまで、人生の中でほとんどまともな本を読んできませんでした。


■ターニングポイント
 そんな僕も大学受験だけは力を入れ、予備校にも通っていました。その予備校の講師の中に、本を読むのが大嫌いだった少年の運命を変えた人がいました。その先生は英語の先生で、福山雅治のように見た目もかっこ良く、話も面白い方でした。授業の時にたまに雑談があるのですが、その雑談にも 聞き入っていました。ある日何気なく普段通りに受けていた授業の中で、その先生が趣味の話をしました。大学に入ってからどういう趣味を持つべきか、その先生がいろいろ話をしてくれました。その中で、今も僕の心に残ってる言葉があります。

これからの人生趣味は、全力の読書にしておけ。

もともとその先生の考え方は非常にかっこ良く、僕はその考え方の背景に何があったのか興味を持っていました。そしてその先生が言うには、今の自分の考え方を作ったのは読書だと。それも並大抵の読書ではない。全力の読書だと言ってました。「本からはとてつもなく多くの考え方を学ぶことができる。全力の読書なしに今の自分は考えられない。」という言葉を今でも覚えています。

僕の中で、今まで本に対して「嫌なこと」としてしか認識していなかった固定観念が、音をたてて崩れ落ちた瞬間でした。
僕はその先生の話に感銘を受け、大学入学後に全力の読書をすると心に誓いました。


■動き出した時間
その後大学合格が決まってから、手探りで全力の読書を進めていきました。最初は何の本を読んだら良いのかわからない状態でした。 とりあえず自分が少しでも興味を持った本を読もうと思い、書店でいろいろな本を買って回りました。大学の図書館にもよく通いました。お金がなかったので、本を借りる方が財布にやさしかったのです。

本を読んでみると、「全然面白くないじゃん」「お金と時間を損した」なんてこともよくありました。ただ、自分が興味を持った本を読み進めると、なんとなく本の読み方・楽しみ方に気づいていきました。
よく、「理解する」と「わかる」は違うと言われます。「理解する」とは物事の構造が把握できた状態で、「わかる」とは 物事の一部だけが不明な状態から、明確になった状態を表します。本を読んでいくと、物事の構造が少しずつ浮き彫りになってきます。そして、自分にとってどこがわからないのかがはっきりしていきます。この状態になってくると、分からないところだけ、本から答えを探せば良いので、宝探しのようにワクワクしてきます。また、答えを探す前に自分で正解を考えてから読み進めると、クイズ感覚になってより楽しめます。
このような感覚になると、「なんで今まで自分は本を読まなかったんだろうか」「小さいころにあれだけ時間があったのに本を読まなくて損した」といった気持ちになってきます。ただ、本を読むのに遅すぎることはありません。僕の場合は、大学時代から少年時代のツケを返すための全力の読書が始まりました。

それからは1週間に10冊以上のペースで本を読み進めました。1冊読むと、関係する本も読みたくなり、次々と本を読んでいきました。大学図書館でかなり多くの本を借りていたので、どの場所のどの棚にどんな本が本があるか、ほぼ把握していました。
社会人になった今でも、1週間に10冊本を読むこともあります。大学時代に比べると、限られた時間で最大の成果を出すことが求められるようになりましたが、大学時代に全力の読書を始められたことは、今の成果にもかなりつながっていると思います。 

■読書に対する今の考え方
僕の場合、ビジネスや科学の領域で本を読むことが多かったので、ここではあくまで自分の知識の取得や考え方の研鑽のための読書について考えます。
巷では、「速読」という方法があり、関連する書籍も多く出版されていますが、僕はあまり速読を信じていません。なぜなら、ただ目を速く動かして字づらだけを追っていては頭に何も残らないからです。速読よりも必要になるのは「速解」だと思います。頭を働かせて速く理解することができれば、それだけ本が速く読めたことになるからです。
結局は、理解した状態にいかに近づけるかが重要だと思っています。

読書を通して、多くの考え方・知識をつかんでくると、考えが「成熟」してきます。「成熟」するとは、「物事を緻密に考えられること」「物事の関係性を考えられること」「多くの視点を持てること」だと思っています。例として、小学生が習う歴史科目と高校生が習う歴史科目を比較してみましょう。小学生が習う歴史の内容が1,2,3,・・・,10まであるとすると、高校生がならう歴史の内容は1, 1.1, 1.2, 1.3,・・・9.9, 10といった感じで、より「緻密」になっています。また、高校生の場合は、時間軸だけでなく、エリア軸(同時期における日本と世界)でも考えるので、日本と世界各国の「関係性」を考えることになります。そうすると、アメリカやドイツなどの「視点」から歴史を考えることができます。歴史科目を例として出しましたが、どの分野でも小学生と高校生を比較すると、より「緻密」で「関係性」を考慮し、多くの「視点」を持った考えができるようになってきます。
本を通して、考え方を成熟させていくことは、生きていく上で非常に重要なことだと思います。誰しもが日々の生活の中で問題にぶつかり、それを解決していかなければなりません。その解決を手助けするのが、自分の中で成熟した考えだと思います。

僕もさらに成熟した考え方に使づけるよう、日々全力で読書を進めていきたいと思います。


ではでは。 
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