ラッキーな僕たち

セカンドミニアルバム「スクラップインマイルーム」発売してからのHello!! My Scrap ツアーがファイナルの新宿マーブルで無事に終わった。これからの楽しみがたくさんある分寂しいとかそういう風には思わないけど、ただ、終わったんだなあという気持ち。何はともあれ無事に終わらせることができて良かった。

ファイナルの新宿マーブルはベランパレード、そして僕個人としても生まれて初めてのワンマンライブだった。正直ずっと不安で、でもその不安は自信がないとかそういうことではなく自分がどんな気持ちになるのか予想しきれないことがちょっと怖かったんだと思う。

当日、バンドメンバーの入りの時間にカメラマンの南風子さんが来てくれた。風子さんはベランパレードのことを一番撮ってくれているカメラマン。何故かpodoのユウキさんもはやい時間から来てくれてリハをしている僕らを褒めてくれたりした。物販を手伝ってくれるって。podoのユウキさんがだよ。おかしいよね。ボイガルのワタナベシンゴくんも花を持って駆けつけてくれて彼は開場前のアナウンスをしてくれた。

楽屋からシンゴくんの声が聴こえてきて、いつものSEが鳴り、ステージに上がるとあとは一瞬だったように思う。とにかくみんなの顔が笑って見えてそれが嬉しくて仕方なかった。眼に映るみんなのいろんな表情が美しくて忘れたくないなあと汗だくで叫びながら冷静な頭で思ったりしました。ありがとう。
歌を歌うのは楽しい。バンドもムカつくこともあるが楽しい。歌を作るのも楽しい。でもたまにものすごく悲しくなったり寂しくなることがあります。でもそれがみんながいる、みんなって誰だよって感じだけど一人じゃないって思える貴重な時間だと僕は思えるようになりました。もっとどんどん良いバンドになる未来を僕らは握っているので安心して楽しみにしていてください。

アンコールは新曲とユウキさんとワタナベシンゴくんを交えてナイトウォーリーをした。バンドを始める前から超好きで何回も何回も一人で聴いていたロックバンドのボーカル、信じられないことのようだけど僕らのステージで歌ってくれた。フロアから観る彼らに憧れ続けてきたけど同じステージ上で歌っている二人が超、、、、、かっこよかった。もし僕がメンバーだったら一生一緒にバンドしたくなるよ。

アンコールでやった新曲は「Lucky」という曲です。やれて良かった。

言葉で言えることはなるべく言葉にして伝えるべきだし、身振り手振りで伝えれたら良い。
できなかった分だけちゃんと歌になればいいな。








 

Lucky
 

 

丸まった猫背を伸ばし 飛んでいった宇宙飛行士

すり減らした靴底には 悪い僕が目立っていた

心込めて伝えるから 心込めて聞き流して

でたらめな返事をくれよ 

愛してる

 

うつくしい一人暮らし 宇宙の隅っこ 一人暮らし

時間も追い抜いてみせるから

いつか会えること 信じてほしい

 

楽しい地獄さ ラッキー ラッキー

見上げる時は瞬きはしないでね

探してね

楽しい地獄さ ラッキー ラッキー

君から見れば宇宙に浮かぶゴミでも

それが光さ

 

懐かしいな ベランダの角

まっすぐに伸びろよ 豆苗

君は今も覚えてるかい 忘れてくれてるといいけど

 

うつくしい一人暮らし 東京の隅っこ 一人暮らし

記憶もちゃんと連れていくから

いつか会えること 信じてほしい

 

楽しい地獄さ ラッキー ラッキー

見上げる時は瞬きはしないでね

探してね

楽しい地獄さ ラッキー ラッキー

君から見れば宇宙に浮かぶゴミでも

それが光さ

 

 

光る 一人暮らし

やかんの泣いてる音が聞こえるんです
 

光る 一人暮らし

空き缶一つも捨てられないでいます



隙間 寂しくて震える今を感じてたいよ

 

楽しい地獄さ ラッキー ラッキー

見上げる時は瞬きはしないでね

探してね

楽しい地獄さ ラッキー ラッキー

君から見れば宇宙に浮かぶゴミでも

それが光さ

 

それが光さ

 


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撮影は南風子
そう言えばライブ中1回も風子さんのこと見つけられなかった。さすがである。


  

風邪のビリア

 風邪のビリア

 

近所のファミレスで一番端っこの席を占領してこの全く曲の解説になっていないようなセルフライナーノーツを書いている。ノートパソコンを開いて。スターバックスでノートパソコンを開く勇気は今の僕にはまだないけれど慣れ親しんだこのファミレスならそれが可能だ。

パソコンの中には僕が書いた全ての曲の歌詞や、日記や、試しに書いてみた小説みたいなものや、一人で録音した新曲のデモ音源なんかが入っている。もう、ほとんど「僕」みたいなものだ。僕は持ち物をボロボロにしてしまう癖があるけどパソコンは毎日画面を磨くし傷がつかないように慎重に毎日リュックサックに入れて持ち歩いている。銀色で触るとひんやり冷たくて、かっこいい。

 


にしても店内が寒いな。11月なのにキンキンの冷房が恐らく強風で僕の手に当たる。手がかじかんでうまくタイピングできない。そもそもタイピングが苦手だから人差し指と中指だけで一生懸命打ち込んでいるのに。この曲のライナーノーツを書き終わったら帰ってちゃんと熱いお湯に浸かろうと思う。風邪引く。

 




日常を当たり前に過ごすのが苦手だ。朝、決まった時間に起きたり、ご飯を作って食べたり、お風呂に入ったりドライヤーで髪を乾かしたり、保湿したり。できるだけちゃんとやる。いくら苦手でもそうしないと後で辛くなるのは自分だとわかるようになったからだ。当たり前みたいな顔をして寝る前に歯も磨くし朝起きたら顔だって洗う。だけど超苦手だ。

 

どんな人に憧れるかと聞かれたら「丁寧に暮らしている人」と答える。僕は丁寧に暮らすことが極端に苦手だから憧れるんだと思う。

丁寧に暮らす余裕がなくなると決まって風邪をひく。「大事にしなさいよ。自分を」と神様的な何かが語りかけてくるみたいだなと思う。

自分が風邪を引いても面倒だと思うくらいのことなのに、大事な人がひく風邪はとても悲しく大きな事件だ。多分、感じることが難しいだけで自分が風邪を引くことも大事な人の風邪と同じようなものなのかもしれない。
敬愛する小田和正さんは歌の中で言っていた。

 

「自分のこと、大切にして。誰かのことそっと、思うみたいに」

 

例えば歯を磨く時、鏡に映る自分の目が虚ろになってきたら僕はいつもこの歌を思い出すようにしている。自分のことを大事にできないと他人を大事にすることは難しい。誰かのことを想うことと自分自身を考えることは繋がっているのかもしれないなと思う。

 

君は毎日美味しいご飯を食べているだろうか。朝ちゃんと起きて仕事に行っているだろうか。お酒は飲みすぎていないだろうか。柔らかい布団で寝ているだろうか。


どんなに気にしたとしても僕には一生わかりっこない。だから、僕はせめてまず、自分のことだけはなるだけ丁寧に暮らしたいと思う。毎日美味しいものを食べて体を綺麗にしてあったかくして眠る。苦手だけど頑張る。

 

近かろうが遠かろうがひとつになる日なんてきっと来ない。でも、誰かのことを想うみたいに自分を大事にすることなら僕にだってできるかもしれない。ただ、日々を暮らすということは、祈りと呼ぶには地味すぎるかもしれないけど。

 

 

 

 

 

「被害妄想も希望的観測もなし。どうせ笑える顔になる」

わたしを海に連れてって

 わたしを海に連れてって

 
「海へ行こう」のアンサーソングで「わたしを海に連れてって」っていう曲を作らないかと長期のライブ遠征でヘトヘトの帰り道にゆりえちゃんに言われた。「いいね」とすぐに返した。本当にいいなと思った。自分で書いた曲に自分でアンサーするなんてなんか洒落ている。セルフアンサーソング。


「ゆりえちゃんの発想はいいねえ」と調子のいい返事をしながらボロボロの機材車に乗った。そしたら、運転席に座ったギタリストこうたが「滝を観に行かない?」と突然言い出した。滝?という感じ。別にいいけど。

僕らは滝を見るというよくわからない寄り道をして帰ることになった。



一人でいると「滝を見に行こう」なんて恐らく一生思わないと思う。そもそも自然を見に行きたいと思うことがまず、ない。時間ができてもなかなか家から出ないし普段は歩いていける距離にあるファミレスに行ったり、コンビニに行ったり、ネカフェに行ったり、そういう行動パターンでしか思考回路が働かなくなっている。仮に自然が見たいと思ったとしても、一人だったら家の前に生えている木の肌を触って、「自然はいいねえ」なんて言ってのそのそと部屋に戻るはずだ。


ライブでは毎回のように「海へ行こう」という歌を歌っているのに。

 
「海へ行こう」という曲はバンド結成したての頃の僕がちょっと無理をして作った曲だ。この曲を書いた頃の僕はなぜかものすごく海を避けていた。日焼けするのも怖かったから夏の海は特に。PVもわざわざ真冬の海で撮影した。今となってみれば、なぜそんなに海を避けていたのかわからない。でもそんな自分が嫌になってその時の自分がもっとも言わないようなことを曲名にしようと思い、タイトルを「海へ行こう」にした。今思えば、鬱屈としていることに慣れてしまった自分自身に反抗したかったんだと思う。
でも、実際書きあがった歌詞の中で主人公は海に行ったことを思い出したり後悔したりするばかりで、海に行きたいとも海へ行こうとも言うことができなかった。この曲は何日も悩んで書き上げた気がする。よく覚えていないけれど。書き上げた時、歌詞の内容が全然「海へ行こう」って感じでなくてがっかりしたような、安心したような気持ちになった。

 

山道をひたすら走り、山のだいぶ奥まで行ったところに信じられないほど大きい滝があった。想像していた滝の50倍くらいの規模のとても滝らしい滝。吊り橋が滝壺のすぐ近くにあって吊り橋を渡るとものすごく細かい飛沫が霧吹きみたいに顔にかかった。すぐ近くで虹ができていた。僕は恐らく生まれて初めてのちゃんとした滝に興奮してしまって、「滝はいいなあ!自然って最高だね!」とはしゃぎながら何度も言った。


その時、ふわっと思いついた。思いついたのに感覚的には思い出したというような感じ。さっきゆりえちゃんが言っていた「わたしを海に連れてって」という言葉。気がついたら頭の中に歌詞もメロディも全部あった。思い出すみたいに曲が生まれた。

「海へ行こう」では歌詞の中で「海へ行こう」と言うことはできなかったけど「わたしを海へ連れてって」は歌の中で何回も「わたしを海へ連れてって」と言っている。

あの時、僕は無理して「海へ行こう」と言ったけど、本当は「海へ連れてって」って言いたかったのかもしれないとそんな風に思う。あの時、僕は誰かに連れて行って欲しかったんだ。多分。

 

無理して言った言葉も素直に言えた言葉も同じくらい大切にできたらいい。海ではなかったけど「滝へ行こう」と言ってくれたスーパーギタリストこうた。僕が言いたかったことそっと教えてくれたミラクルベーシストゆりえちゃん。滝を一瞬も見ることなく一番後ろの席で汗だくになって眠っていた闘うドラマーもっこり。いつも素直でいられるならきっとそれが一番いいけど、たとえそうじゃない日々が続いても僕たちにはできることはまだまだたくさんあるから。

 

 

 

 

 

「弾む胸の音、止まっても。あなたがいない遠くの日に、誰かが口ずさむ歌になるよ」

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