東大漕艇部コーチブログ

東京大学運動会漕艇部のコーチが、その活動を綴る。


こんばんは。
女子部コーチの岡です。

先週末の9月11日、インカレ最終日をもって04年度が終わりました。

女子舵手付フォア「こゝろ」のレース結果は以下のリンクから見ることができます。

女子舵手つきフォア(W4+) "こゝろ"

#C 青木 涼 (農3年・フェリス女学院高校出身)
#S 江口 幸花 (教養4年・大分上野丘高校出身)
#3 磯崎 水優 (文三2年・栄東高校出身)
#2 平松 きみか (文4年・半田高校出身)
#B 森田 葵 (工4年・栄東高校出身)

第49回全日本大学選手権大会 | 競技者 | 日本ボート協会 (jara.or.jp)

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(OBOG有志の方々の寄付により、女子用のスイープオールを購入させていただきました。本当にありがとうございました。)

懇親会でも平松が話していた通り、レース1日目の反省を生かして2日目、そしてまたその反省を生かして最終日と、インカレ期間を通して、クルーとして大きく成長してくれました。

最終日のレースについては、4Qで審判艇の波を受けて舵がきかなくなり、サイド強調を入れるも、風の影響もあって大きく蛇行、レーン侵害の結果一度止まる、というアクシデントがありました。

まずは、命に関わるような事故にならなくて本当に良かったと思います。

4年生にとっては引退試合にあたるレースでこのようなアクシデント、内心気が気ではありませんでしたが、揚艇後のミーティングでは、1Qで2:00を切れて嬉しかった、今までで一番良い漕ぎができた、私大まではあとこれくらいだね、と、クルー全員前向きな話をしてくれていました。

その中でも私が一番嬉しかったのが青木のコメントです。

コックスとして一番責任を感じて、きれいごとばかりじゃなく、思うところが山ほどあるはずなのに、青木はちゃんと顔を上げて「良い漕ぎを出してくれてありがとうございました」と言っていました。

皆様、この意味がわかりますでしょうか?

こういうとき、「ごめんなさい」と言うのはすごく簡単です。

でも、その「ごめんなさい」は自分のための言葉、罪悪感を軽減させたり、責められるのを防ぐために言っているにすぎないので、それを聞いて幸せになる人はいません。
(懇親会での前川コーチの話とも通じますね。)

青木の「ありがとう」は、ちゃんと人のための言葉だったと思います。
苦しい気持ちをおさえて、頑張ってそう伝えてくれた彼女の心中、クルーへの思いやりを感じて、それはレースのタイムや結果より数十倍価値のあることで、これだけで私は感無量でした。

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さて、ここからはレース当日の私自身の話をさせていただきますと、朝起きた瞬間から「今シーズンも今日で終わりか……」と、この時点でとても寂しかったです。

艇庫に来てみたら、和やかにしゃべっている選手の様子や、オールを準備している青木の姿、向井さんが玄関で大きめの毛虫を発見して「うぉっ毛虫や」と足で追い払おうとしている風景すら名残惜しく、一人でますます寂しくなっていました。

そしてレースが始まって1Qのスタートダッシュ、私は金網越しに見ていたのですが、その一糸乱れぬ漕ぎを見て、「ここまで来られて本当によかったな」と思いました。
そして自転車で伴走しながら、そう感じた自分に少し驚いていました。

東商戦と京大戦は、相手よりも出ている姿、勝っている姿が鮮明でしたが、そういう「対戦相手と比べての姿」ではなく、「クルーが漕いでいる姿」だけでこんなにも満ち足りた気持ちになることもあるんだ、と初めて知りました。

現役時代は結果にこだわり続け、長年どこかひきずってきた私ですが、今になってようやく、その荷を少しだけ下ろせたような気がします。

そういう意味で、こゝろクルーのみんなには本当に感謝しています。
たどりついた最後のレースで、最高の漕ぎ、最高の笑顔を私に見せてくれて本当にありがとう。

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懇親会でも話したとおり、「女子部をいかに作っていくか?」というのが、コーチを引き受けてから抱えてきた私の問題意識の一つでした。

現役のとき、私は女子部が好きではなく、なくなればいいとすら思っていた時期もあります。
私自身の未熟さが大きな要因だったにもかかわらず、どこかで他人のせいにしていたからこそ、そういう発想になっていたのだと思います。

でも、自分の属していたチームが好きになれないまま引退するというのはとても悲しいことだったと、最近になってようやくわかってきました。

さらに、懸命にチームを支え、応援してきてくださった方々がいるのに、「チームが好きではありませんでした、いいことなんか何もありませんでした、結果を残せなくてごめんなさい」という発言をするのはとてつもなく失礼なことで、あってはならないことだったと、これも最近わかってきました。

(もちろん現役時代、いいこともたくさんありました。でも当時は「いいことなんか何もなかった」に近い発言をしていたような気がします)

 

本当は「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」を言いたかったし、支えてきてくれた方々の気持ちに応えたかった、そのために結果を出さないといけない、勝たなければいけないと大きな勘違いをしていました。

そして、それが勘違いだったことに気がついたのも、だいぶ後になってからのことでした。

だからこそ、何があろうと後輩たちには自分と同じ道を踏ませない、どんな結果でも笑って終われるようなチームになってほしい、というつもりでやってきました。

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でも、本当にこんな日がくるとは、女子部でこんなクルーを出せる日がくるとは、正直思っていませんでした。

 

これは私の手前勝手な気持ちですが、レースの結果にとらわれることなく、「ありがとうございました」と笑って言ってくれた彼女たちに、自分が叶えられなかったことを叶えてもらったような、そんな気がして嬉しかったです。


そしてこれも内心驚いた話ですが、私自身も、ようやく東大の女子部を好きになりつつあるような気がします。

選手一人ひとり、会えるだけで十分嬉しいし、元気な顔が見れたらもっと嬉しいし、いろんな表情をとても可愛らしく思うし、心から自慢に思います。

(最終日はみんなと別れがたすぎて艇庫にずるずる居つき、挙げ句の果てに終電を逃してしまいました。)

特に、江口、平松、森田の3人は、人として本当に大きく成長してくれました。

もうこの3人が漕いでいるところを見ることはないのか(もしかしたら漕いでるかもしれませんが)……と思うととても寂しいですが、この先、もっと大人になった彼女たちと会えることもすごく楽しみです。

そしてもちろん、青木と磯崎は来年があります。
04の3人が引退するというのは大きな節目ですが、過去のやり方にとらわれることなく、自分達が一番輝けるようなチームを作っていってほしいと思います。

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それでは最後に、感謝の言葉で締めたいと思います。

まずは、04対校をはじめとする選手のみんな。インカレの懇親会では、どのクルーもいきいきしていて、その表情がとても印象的でした。
他人に漕がされるのではなく、自分達で考えて、一つ一つベストな道を選び取ってきた成果だと思います。
本当にお疲れ様でした。

スタッフ・マネージャーのみんなは、部を支え続けてくれてありがとうございました。
コロナの対応に追われて相当大変だったと思いますが、その中でも艇庫の日常をしっかり守ってきたことは本当にすごいことだと思います。
自分達のやってきたことに誇りを持っていてください。

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女子部学生コーチの聖美さん、向井さんは、一番近くで選手たちを支えてくれました。
2人が現地指導を担ってくれたことで、技術的に大きな成長がありました。そして選手たちも、気持ちの面で、ますます頑張ろうと思えたのではないかと感じています。
聖美さんの本質を見抜く優しいまなざしと、向井さんののほほんとした佇まい、どちらも私のツボでした。
大石さんは、女子部コーチとして関わった時間は短かったけど、いつでも後輩たちを気に掛けていることが伝わってきていました。
最終日も声をかけてきてくれてありがとう。とても嬉しかったです。

スペシャルアドバイザーの冨田さんは、ご自身のトレーニングやレースでお忙しい中、女子部ミーティングに参加してくださったり、艇庫で選手にあたたかい言葉をかけてくださったり、時にはお土産を買ってきて元気づけてくださったりと、大変気に掛けていただきました。
ミーティングではいつでも、自らの経験を惜しみなく、しかも謙虚な姿勢で共有してくださいました。ボート選手としてだけではなく、身近にいる素敵な大人として、現役選手にとっては非常に大きな存在だったと思います。
本当にありがとうございました。

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前任コーチの片山さんは、社会人コーチとしての役割や問題意識、メニュー作成の考え方等、あらゆることを私に引き継いでくださいました。
今年に入ってからも、京大戦の振り返りミーティングに参加してくださったり、離れてからも気に掛けてくださっていることが嬉しかったです。常に近くにいなくても、遠くゆるく見ていてくださる方の存在はとても大きいと思っています。
今後ともチームを見守ってきていただけましたら幸いです。

来年度から社会人コーチとして関わる予定の江澤さん、実は今年度からちょくちょく艇庫に来てくださっていました。
私が5年目の年に全てのレースをともにした仲ですが、現役のときから言うことも言葉遣いもあまり変わっていなくて、個人的にはそれが嬉しかったです。

今いるコーチ勢とはまた異なるキャラクターのコーチとして、今後がとても楽しみです。
来年度から是非よろしくお願いします。

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同じく社会人コーチの前川さんは、異国の地から、毎週欠かさずにオンラインでミーティングをしてくださっていました。
ミーティングの小さな積み重ねを通して、選手たちの自信が少しずつ育まれていったと思います。

女子部に新しく持ち込んでいただいた知識、考え方の枠組みについては様々なところで語られていますが、その根本にある人間性のようなものに、私自身もどこか支えられてきました。


女子部監督のいつほさんは、いつでも広い視野でチームを見守ってきてくださいました。
健全で前向き、かつ現実的な視点から女子部の方向性を示してくださり、言うまでもないことですが、いつほさんなくして今の女子部はありえなかったと思います。
コーチをやってくれないかと私に声をかけていただいたこと、心から嬉しかったし感謝しています。
今後とも女子部を末永く見守っていてください。

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保護者の皆様には、4年間を通して多大なるご支援とご理解をいただき、ありがとうございました。
女子選手のさりげない仕草、なんでもない言葉選びに触れていると、ご家庭でとても大事に育てられてきたんだろうなと、いつでも透けて見える思いでした。
その支えがあってこそ、彼女たちは一人一人、自分の足で自分の人生を歩みつつあると感じています。
これからも東大ボート部をあたたかく応援していただけましたら幸いです。

その他にも、朝倉さん、野崎さん、山路さん、岩井さん、長田さん……等々、ここには書き切れないほど多くの方の支えがあり、今年度の活動を無事に終えることができました。
本当に、感謝してもしきれないことばかりです。
ありがとうございました。

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最後に、いつもこのブログを読んでくださっている皆様、こんな気ままな文章につきあってくださる読者の方々がいればこそ、継続してこのコーチブログを書いてくることができました。

私は来年度も部に関わる予定なので、このブログも細々と続けていきたいと思っています。

今後とも東大ボート部と女子部の応援をよろしくお願いいたします。

令和4年度女子部コーチ
岡奈々子

 

こんばんは。

女子部コーチの岡です。

 

インカレ12日目が終わりました。

私は仕事で見に行けなかったのですが、女子舵手付きフォア「こゝろ」は初日の反省からレースプランを見直し、2日目、より良いレースを楽しめたようです。

最終日はさらに攻めると聞いたので、どんなレースを見せてくれるのか、とても楽しみにしています。

 

 

さて解体新書シリーズ、今回は佐藤いつほ監督の登場です。

ここ5年間女子部監督として、誰よりも真剣に、熱意と優しさをもってチームを見守ってきてくださいました。

 

実は私の1つ上の先輩にあたり、現役時代から言い尽くせないほどお世話になりました。

私が1年生、いつほさんが2年生の冬場にダブルを組んだのですが、自分が一番純粋にボートを楽しんでいたのはそのときだったかもしれない、と今になって思います。

(性格はまったく似ていない、まさに正反対の組み合わせでしたが、どういうわけか漕ぎはぴったり、男子スカルを抜きながら荒川を爆漕したのが良い思い出です。)

 

一昨年、女子部コーチをやってくれないかと声を掛けていただいたとき、他ならぬいつほさんの頼みだからこそ応えたい、とまず最初に思いました。

女子の指導陣がここまで集まったのは、いつほさんの人望があってのものです。

 

5年分の想い溢れるインタビュー、是非お楽しみください。

 

 

2022831日・電話にて~

 

岡 :よろしくお願いします。

佐藤:よろしくお願いします。

 

岡 :お名前と入学年度をお願いします。

佐藤:佐藤いつほです。入学年度は平成22年(2010年)です。

 

岡 :好きな食べ物と嫌いな食べ物をお願いします。

佐藤:好きな食べ物は、焼きたてのパンと海鮮丼です。嫌いな食べ物は、すいかとメロンです。

岡 :すいかって……色んな場面で出されますよね。

佐藤:そうなんですよ。ご褒美的な顔をして。

岡 :善人の顔をして。

佐藤:食べられなくはないんですよ。なので、出されたらなんとなく嬉しそうな顔をして食べなきゃいけないという……大人になったら克服できるかと思ってたけど、できませんでした。

岡 :焼きたてのパンはいいですね。焼きたてのパンのにおいは幸せのにおいであると、何かに書いてありました。

佐藤:仕事始めてから、趣味でパン教室に通って、自分でパンを焼いてみたんですよ。そしたら、こんなにおいしい食べ物は今までなかったなと……香りも、味も。

岡 :こねるところからやりますか?

佐藤:はい。そこからやります。

岡 :是非一回食べてみたいです。

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岡 :近況を教えて下さい。

佐藤:大学を卒業後、学校に教員として勤めました。中高一貫校で、持ちあがり式で中学1年生から高校3年生まで一つの学年を育てて、送り出しました。

就職したのでボート部のトレーナーやコーチはできなかったんだけど、その代わりになるくらいの貢献はしたいと思っていて。なので、試合を見に行ったりとか、女子に差し入れしたりとか、そういうのをほそぼそとやってました。そしたらある年に、主務の玉越さんが「コーチとかじゃなくても、OBOGもどんどん懇親会に出て下さい」って呼びかけてるのを見て。じゃあ行くかってことで出てみたら、「一言挨拶を」と言われ、挨拶をしたら、それを受け入れてもらえたらしく。それで当時の監督の菊池さんに、「女子部監督を」と頼まれました。ちょうど女子選手がいなくなってしまうタイミングで、もう一度女子部を立て直すためにということで依頼されました。

岡 :始まりは菊池さんだったんですね。

佐藤:そうです。それまでも女子部監督という役職はあったけど、コーチングの面が強かった。こういう形での女子部監督という役割を菊池さんが思いつかなければ、今の女子部はなかったかもしれません。

岡 :依頼を受けようと思った理由はなんですか。

佐藤:そのときはもう、女子選手が絶える、女子部がなくなる、という状況だったので、「まず女子部をなんとしても守らなければならない」と思いました。それがどうしてかっていうと、色々あるんだけど……はっきりした出来事としては、自分が2年生のときに、部の運営のため、選手からマネージャーを出さないといけない、ってなって。そのとき一度は、私が選手をやめてマネージャーになることになったんですよ。自分は選手として弱かったし、「まあそうか」と思って一度受け入れた。でもそのときに女子の先輩たちが、選手としての能力うんぬんよりも、「女子部を守るために、女子選手は残さないといけない」ということをはっきり言ってくれて。

岡 :そうだったんですね。

佐藤:でもそれって、ともすれば女子優位と言うか、「じゃあ女子は結果を出さなくても選手でいられるのか?」と非難されかねないことでもある。でも、女子の先輩たちは明確にそういう姿勢ではたらきかけていたし、当時の男子の先輩たちも同じような見方をしてくれていて。その先輩たちは「選手を弱いからという理由で排除するチームは強くはなれない」とも言っていましたね。それに比べたら、私は自分のことしか考えていなかったなと。自分が受け入れれば済むことだと考えて、その行動ひとつで、もしかしたら女子部が絶えてしまったかもしれない、と思ったら恥ずかしくなって。今回は先輩たちが動いてくれたから守れたけど、今後は「自分が守らないといけない」と感じて、ずっとそういう思いが根本にあります。そのときその場にいる人が、意識して努力して維持しないといけない、ということですね。

ただそのとき、私の代わりにマネージャーになった男子選手がいるから、彼らの思いは本当に、忘れてはいけないと思います。

岡 :私は現役の頃、「女子部を守る」なんてひとかけらも考えていませんでした。

佐藤:うん、でも難しいところだよね。

岡 :女子部という枠を残すことに、そこまで必要性を感じてなくて。もちろん続いてくれるなら続いてくれた方が嬉しいんですけど、ただ存続させることに意味はないというか。それくらいだったら女子部なんかいらない、とすら思っていました。いつほさんの思いを私はくめていなかったなと、今になって思います。

佐藤:そういう雰囲気が、たぶん途中から多数派になったんだろうね。なんでかはわからないけど。もちろん、ただ女子部を残すためだけに、漕ぎたくない人を無理やり漕がせるのはナンセンスだと思う。

岡 :バランスのとり方が難しいところですね。

佐藤:だから私としては、「漕ぎたい」という女子がいたときに、無理なく漕げる環境を整えておく、ということを主眼にやりたいと思って。小さいチームでもいいから、ほそぼそと続けていける場所をもう一度作りたい、という気分で始めました。

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岡 :現役時代はどんな選手でしたか。

佐藤:体力的にも運動経験的にも、選手としては不足している方でした。なので、そういう面で部を引っ張る存在にはなれないとは思っていて。でも、クルーボートで先輩たちと一緒に乗る中で、ボートは一人一人の力ももちろん重要だけど、それ以上のポテンシャルを発揮できるスポーツだと思ったので。クルーが前向きに進んでいけるような雰囲気を作ることで、チームに貢献しようと思ってました。

岡 :現役時代で嬉しかった思い出を教えてください。

佐藤:それはいっぱいあるよね。嬉しかったことっていうと、たぶん小さな思い出がたくさんあって……

まずは1年生の遠漕、嵐の中漕ぎ切って、トレーナーに褒められ、自分でもできるんだって思えた時。ちなみにその日が誕生日だったので、みんなに祝ってもらいました。あとは1年生の秋にはじめて対外レースで、シングルスカルで、一人で相模湖レガッタに出たんですよ。その時に、同期も先輩たちも、わざわざ相模湖まで応援に駆けつけてくれたこと。あとは、2年生のときにはじめて後輩とダブルを組んで、小さなレースだけど、金メダルをもらったこと。

あ、岡さんがエルゴをめっちゃ更新したときに、なんかすごく覚えてるんだけど、思わず、岡のほっぺを両手ですりすりしてしまった記憶が。

岡 :なんですと?

佐藤:私の方がびっくりしてました。あれ、私なんでこんなことやってるんだろう……って途中で思いつつも、喜びをそのように表しました。

あとはしばらく休部してた後輩が復帰したレースで、彼女が漕ぎ切ったときに、私もめちゃくちゃ嬉しくて。で、その子が「いつほさんに喜んでもらえたことがよかった」って言ってくれたことも嬉しかった。

あとは一番最後のレース。先輩たちと一緒に漕いで出したタイムよりもいいタイムを、最後のインカレで出せたこと。それは先輩たちへの恩返しになったなと思いました。

岡 :その最後のインカレの話は、引退するときにいつほさんが書いてくださったお手紙に書いてありました。

佐藤:ほんと?

岡 :引退した後に自分を支えてくれるものはやっぱり結果だよね、という話を書いてくださってました。

佐藤:それは当時の率直な思いだけど、呪いにもなるね

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岡 :お話を聞いていると、自分のことっていうよりは人のエピソードが多いなと思いました。いつほさんの人柄が表れてますね。

佐藤:どうもありがとうございます。まあでも基本的に、小さい頃から「自分は恵まれてる」っていう気持ちが強いので、自分のことで喜ぶというよりは、人のことで喜ぶ心理の方が強く働く特徴があります。

岡 :「自分が恵まれてる」と思うのはどんなときですか。

佐藤:まずちゃんと親がいて、小さい頃から可愛い可愛いと言ってもらえて。本とか勉強道具もたくさん与えてもらえて、だから小学校の頃から成績もよくて。それから習い事もたくさんさせてもらって、たまたまそこで結果も出せて、だからすごいって言ってもらって、周りにも信頼されて、やっぱりそういうのって恵まれてるよな、と。自分の力ではない。その一方で、本とかテレビを見ると、「世界には恵まれてない子がたくさんいます」と教えられて。それに比べると、自分はこれ以上何もいらないんじゃないかなって、かなり小さい頃から思ってましたね。小学生のときには確実に思ってました。

岡 :お仕事として教員を選んだことにもつながっているのでしょうか。

佐藤:そうね、学校が嫌いだった人が教員になって、学校が嫌いな子の支えになってあげるっていうパターンもよくあるんだけど。学校が嫌いな人ばかりいる学校、ってなんだよって思うので。自分は学校が好きで、楽しめた方の部類だったから、そういう「学校が好きだった人」が教えられる楽しさもあるんじゃないかなって思っていました。

あとは、恵まれてる子たちの中にも、恵まれているからこそ精神的に不安定になってしまう人もたくさんいて。それもまた病的だよなと……多くの人が、「世界の恵まれない子」に目を向けてるのであれば、自分は「恵まれてるけど苦しんでる子」を見る仕事をしてみたいなって、思ったのもあります。子どもたちの心のバランスを見守りたいと思ったのかな。

岡 :もし私が教員になるとしたら、私は確実に学校が嫌いな部類だったので、学校が嫌いな子のための先生であろうとした気がします。そういう意味でもいつほさんと私は真逆でおもしろいです。

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岡 :監督としての自分の役割を教えて下さい。

佐藤:まず監督としてのミッションは「女子部を存続させること」でした。女子の選手が継続的に漕ぎ続けられるような環境を作る、ということですね。それを具体的にすると、個々の選手の気持ちの変化をキャッチして、必要なケアをして、ボート部を好きでいてもらう……そのために行動すること、これが私の役割だったかなと思います。先ほどの菊池さんの話にもあった通り、本当は新歓を成功させることを求められていたと思うんですけど、そういう女子部はあまりイメージできなくて。それよりも、小さくても続いていける女子部を作りたかったので、自分にはそういう役割の方が向いてるかなと思ってました。

 

岡 :監督をしてる中で嬉しかったことは。

佐藤:そうね……(熟考)……まず前提として、「女子部を小さくても続いていけるチームにしよう」と思ってやってきたので、それについて嬉しかったことを話します。

最初に聖美と華織が入ってきてくれて、この2人は女子部を一から作るという意気込みが強かったんだよね。04の代(今の4年生)で新入生がたくさん入って、そのとき2人と一緒に、今後の女子部の展望を考えたんですよ。「1年後に女子でクォドを組んでなんらかのレースに出る。2年後に2000mの距離をしっかり漕げるようになる、タイムトライアルができるくらいのレベルにする。3年後(04が最高代になったとき)に、一橋や京大と対校戦で戦う。5年後に、インカレの準決勝に進む。そして何年後かはわからないけど、いつかインカレのファイナルAで戦う」と。で、蓋を開けてみたら、選手たちがそれを上回るスピードで女子部を育ててくれた、そのことが嬉しいです。それ以外に小さな「嬉しかったこと」はたくさんあるけどね。

岡 :今のところ、そのプランをしっかり叶えてきてくれてますね。

佐藤:そう。そうなんだよね。

岡 :なんでこんなにうまくいったんでしょう?

佐藤:この展望を今の4年生たちに伝えたことはないんだけどね。だから、すべてその通りに進んできた、という感じではないけど……そうね、結果的には「すべてのピースが奇跡的にハマった」ということでしょうか。「こうしよう」とか「こうなるだろう」とか、そういう予測のもとに集まったメンバーではないんですよ。ただ、選手は全員、「自信を持って活動できるチーム」を作り上げたい、という気持ちを持てていたと思う。そしてコーチは全員、「選手が自信を持って活動できるチーム」にしたい、と思っていた。そのために「選手自身に考えさせること」を重視しました。それ以外の点ではもうばらばらに、ぎりぎりで集まったメンバーだったけど、そこが共通認識としてあったのは大きかったかも。

岡 :振り返ってみれば確かにそうなのかもしれません。コーチ陣のチームワークも、この共通認識があったからこそ築けたと思います。

佐藤:選手の話をすると、まずはもちろん、聖美の存在がありました。「女子がレースに参加できる部にしたい」という気持ちで自ら選手になって、しっかり成果を残せるところまで育ってくれました。そして、そのあとに華織が、悩みながらも最後まで続けて、一つ下の後輩の面倒をしっかり見て、育ててくれたこと。これもすごく大きなことだったと思います。

今の4年生は、最初から選手としてまっすぐでしたね。「自分たちが結果を出して男子と対等に活動したい」という気持ちが最初からあって、それを最後まで貫いてくれました。

岡 :そうですね。最初に会ったときは、どの選手もまっすぐというか、素直というか。良い子すぎてびっくりしました。

佐藤:ただ、それだけではやはり足りないところがあって、そこに、青木と磯崎という後輩が入ってくれました。今の4年生はその2人が入ってきたあたりから、「自分たちが結果を残すだけ」「自分たちが楽しむだけ」ではなく、自分たちの殻の外を見られるようになったなって思います。後輩ができると、やっぱり、自分たちがやってきたことを伝えたい、伝えなきゃいけない、という思いが生まれるので、それも大きかったなと。

それでまたこの後輩たちがね、とても……なんというんでしょうね、すがすがしい子たちだった。青木も磯崎もスタッフの小栗も、行動派で、先輩たちの背中をしっかり押してくれて、みんなここまで引っ張りあげられたのではないかと。たぶん誰が欠けても、まああたりまえではあるんですが、ここまでは来られなかったと思います。

岡 :なるほど……

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佐藤:次にコーチの話をしますと、まず「女子部を復活させよう」ってなったときに、「協力しますよ」と唯一言ってきてくれたのが朝倉さんでした。女子は男子といっしょくたではなく、女子のフィジカル、メンタルに合わせて、適切なペースで育てるようなチームを作ったほうがいい、そういう女子部を作りたい、ということで協力してくださいました。

聖美も華織も、今の4年生も、女子部として漕ぎ始めた時期にシングルスカルを習ったのが全員朝倉さんなんだよね。細かい指導というより大枠を示すやり方なので、選手たちはもしかしたらそこまで思っていないかもしれませんが、朝倉さんに最初から最後まで、ずっと漕ぎを見てもらったのは、すごく大きいと思います。途中で漕ぎの方針が変わるということもなかったし。朝倉さんは最初女子部コーチで、途中からヘッドコーチに変わったけど、女子部のことはずっと気にかけてくださっていて、とてもありがたいことだと私は思います。

そして片山さん。片山さんは、聖美が選手になると決めた時に、「ならばぜひサポートしたい」ということで育ててくれました。目標とするレースを決めて、それまでにどういうペースで練習していけばいいのか、どうすれば目標を達成できるのか、ということを、練習メニューを通して伝えてくれた。東大ボート部の過去10年を自分なりに消化して、外国人コーチの時代とOBコーチの時代の両方を知っているからこそ、各々の指導法のエッセンスを取り入れて。とても親身に熱心にやってくださいました。「ボートの練習」のやり方を女子部に教えたのは片山さんです。

そして、その下地があってからの前川さんでしたね。適切なトレーニング量と長期計画、その理論的な裏付けが、女子部の目指す活動形態にとって最も根本的な支えになりました。それも大胆に、誠実に伝えてくれたので、選手も「これが自分の求めていたものだ」と分かって、どんどん雰囲気が良くなりました。

あとは、岡本コーチが見に来てくれた時期もあったり……そして岡さんも入ってくれて。コーチングに来る頻度はそこまで多くなかったかもしれないけど、選手たちの説明能力を引き出してくれたのは岡さんなんじゃないかなと。

岡 :そうなんですか?

佐藤:仙台育英が今年甲子園で優勝したんだけど、その選手たちの特徴のひとつが「説明能力の高さ」である、というのを何かで読んで。あ、これだなと思ったんですよ。最近の女子部がうまく回ってるように見えるのは、自分の気持や状態を言葉にする、説明することが増えて、すごく上手になった、ということがあると思っていて。スポ根というか、「コーチから言われたことをただ黙ってやる」という時代から変わっていくとすれば、選手自身の説明能力というのはどうしても求められてくる。片山さんと前川さんはしゃべる量がわりと多いタイプで、それもモデルとしてはよかったと思うし、岡さんのやり方も別の面で効いてるんじゃないかなと感じてました。

岡 :そう言っていただけるとすごく嬉しいです。言われてみれば、とにかく選手にしゃべらせることというか、言葉を引き出すことはいつも心がけていました。自分があんまりしゃべる方じゃないんで、じゃあ人にしゃべってもらえばいいやという魂胆もあるんですけど。

佐藤:でも、誰にでもできることじゃないと思います。

岡 :ありがとうございます。

佐藤:はい!

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岡 :監督をしている中で大変だったことは。

佐藤:大変な時というのは、私よりも選手の方が辛いはずなので、あまり「大変だった」という記憶には残してないんですが、強いて言えば……そうね、時間と精神力、体力を一番使ったのは、今の4年生が女子部に合流したときですね。実体のない女子部を一から作ろう、ということなので、うまくいかないことはあってあたりまえ、と私は思っていたけど、でも選手にとっては「自分たちが思っていたような活動ができない」というもどかしい時期だったと思います。新しい組織を作るには絶対通らないといけない道なんだけど、やっぱりその時期はお互い大変だったなと。そもそも女子用の用具がないとか、そういう面もあったし。女子部は柔軟な活動方針で進んでいこうとしていたけれど、やはり対校戦とか男子部との兼ね合いとかの場面ではそれが通らないこともあって、周りの理解が得られない、という意味でも一番辛い時期だったのではないでしょうか。山路監督にも調整役をずいぶんしていただきました。

岡 :今の4年生の代で、女子漕手がまだ5人いるときでしたね。

佐藤:もちろんその子たちが全員漕手として続けるというシナリオもあったし、もしかしたら全員でエンジョイローイングの方向に行っていたかもしれない。そして全員で、対校選手としてばりばり活躍していたかもしれない。でもその方が良かったとは限らなくて。本当にそのときそのときで、受け入れられる道をぎりぎりで選んできたんだよね。その積み重ねで今の女子部の形になったんだったら、今のあり方が一つの正解だったんじゃないかなと思います。

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岡 :東大ボート部の魅力を教えてください。

佐藤:東大に入った人というのは、多かれ少なかれ勉強面での自信があって、ある種のちょっとした優越感も持っている。でも自分自身、なんとなくこれはうすっぺらいものだって気づいている。そして学生のうちは「価値あるものから何かを学びとる側」だけど、社会に出たら「自ら価値を生み出す側」にならないといけない……ということがある。とすると、その「価値を生み出す側」になるために、大学4年間で何をするか?と考えるんだよね。

誰かを支えたり助けたり役に立ったり、そういうのができるようになるためには、自分自身が何か死力を尽くして努力した、そういう経験がないと難しいのでは、と思っています。そうじゃないと、本当の意味で、価値を生み出す側、誰かを支える側にはなれない。学生生活最後の4年間、たっぷり時間をかけて、いくらでも失敗できるチャンスがあって、自分の弱いところを徹底的に見つめて、負ける経験をたくさんして……負けるっていうのは、色んな意味でね。レースでも気持ちの面でも、人とのやり取りの中でも、負ける経験をたくさんして、自分を等身大で見られるようになる。そういうものが、社会に出たとき糧になるんじゃないかなと思います。

岡 :ここまで死力を尽くせる場ってなかなかないですよね。

佐藤:東大生だから、頭を使うことだったら、ある程度かっこよくできると思う。でも、自分の身体の限界が試されるとなると、「ほんとに苦しい時って、自分ってこんなどす黒い感情が出てくるんだ」とか、「こんなふうに疲労困憊で何も考えられなくなるんだ」とか、そういう気づきがある。そんな自分を一度正面から見て取り扱う、そういう経験ができる場はなかなか少ないのでは、と思いますね。

 

岡 :ボート競技の魅力を教えて下さい。

佐藤:やっぱりクルーを組んで、まったく違う考え方の人とでも、シンクロして一体にならなければならない……というところが、奥が深いと思います。もちろんトレーニングで自分の身体と向き合う、成長する喜びを知る、というのも一つの大きい要素だけどね。でも、その先にはやっぱりクルーボートがあって。知れば知るほど、相手のことが好きになっていく部分もあれば、嫌いになっていく部分もある。それを全部ひっくるめて、受け入れて、一つのクルーを作るところが醍醐味だなと思います。

岡 :本当にそうですね。

佐藤:ねえ。こんなに嫌いな人でも、こんなに嫌な奴でも、こんなにわけのわからない相手とでも、同じ舟に乗ってゴールを目指せるんだというのは、ボート競技でしか発見できない、人間のすごいところですね。

岡 :私は他人が嫌いなまま終わってしまった現役生活でした。今はそんなことないんですけど、当時は嫌いなところを受け入れて前に進む、というところまでいけなかったですね。でも、今の043人はそこを乗り越えられたのかなと、見ていて思います。

佐藤:きっと新人期に培われた絆が強いんでしょう。

岡 :なんだかんだ言いつつ、好き嫌いのレベルを超えて、人として認め合えているというか……この子たちは引退したあとも会えるような関係まで育ったかも、とふと思えた瞬間があって。そのとき、コーチやってて本当によかったと思いました。

佐藤:ほんとにね。引退してからも、その後の人生の色んなステージを共有しようと思えたら、それってとても嬉しいことだよね。

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岡 :女子部の選手へメッセージをお願いします。

佐藤:一人ひとりいきますね。

一人ひとり、とても時間をかけて考えてくださいました)

まず、水優ちゃん。漕手になるかどうかを迷っていたけれど、先輩たちと同じクルーに乗ってみたい、という気持ちで、決心してくれました。その決断がなければ、今年の女子部の活躍はなかったと思います。なので、本当に感謝しているし、期待しています。

涼ちゃんは、常に自分の気持ちに正直に向き合ってきたと思います。だからこそ、今の「コックス兼漕手」という新しい活動の仕方を切り拓いてこれたと思うし、それがすでに大きな貢献です。涼ちゃんには、選んだ道を正解にする力がきっとあると思います。

あおちゃんは、誰よりもレースで勝つことを強く願ってきたと思います。その思いが女子部の原動力になりました。最後のレース、大好きな人たちみんなの応援を受けて、漕ぎ切ってください。

きみちゃんは、誰よりもボートが好きで、そして自分にも周りにも嘘をつかない、そうやって過ごしたこの4年間は、他の人には決して辿れることがない道だったと思います。最後のレースは、クルーと一緒に、舟と一緒に、漕ぎ切ってください。

さっちゃんは、誰よりも「強くなりたい」という確かな気持ちをもって、入部してからずっと、女子部を引っ張って来てくれました。最後のレースは、自分を信じて、クルーを信じて漕ぎ切ってください。

岡 :素敵なメッセージをありがとうございます。

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岡 :最後に、これを読んでくださっている方々にメッセージを。

佐藤:この5年間、女子部監督をつとめさせていただき、今年は特に多くの方々に、お祝いや励ましの言葉をいただきました。女子部が今こうして、目に見える活躍ができているのは、多くの方々の努力の積み重ねのおかげです。

女子選手が漕ぎ続けられる場所を残したい、という気持ちでやってきましたが、それは常にみんなで心をかけて維持していかなければ、簡単に失われてしまうものでもあります。

今の現役部員の皆さんは、ボート部は男子も女子も共に活躍できるチームになれると、実感を伴って言えると思います。それはこの部の長い歴史の中でも、とても、とても稀なことです。これをあたりまえにしたほうがいいよね、と思う人がいたら、このあたりまえを守るために考えて、発言して、行動してほしいと思います。今のボート部の記憶を鮮やかに持っていられるのも、維持できるのも、失われたときに取り戻せるのも皆さんだけです。

また、OBOGの皆さんには、ぜひボート部に戻ってきてほしいです。今もOBOGコーチやスタッフは皆、仕事や家庭がありながら、ボート部に関わり続けてくれています。今日はしんどいなーという日もあれば、家族と過ごしたいなーと思いながら来る日もありますが、それでも自分がコミットする姿勢を見せることが選手の背中を少しでも押せるならと続けています。この力が繋がっていくことが必要です。今は30代が多く活躍していますし、20代後半や40-50代の方にもぜひ関わっていただきたいです。

そして、今年も応援してくださった皆様には、今の女子部そして東大漕艇部を、記憶に残していただけたら幸いです。誰かの記憶に残る限り、チームは何度でも再生できると思うので。

岡 :本当にそうですね。ありがとうございました!

 
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いかがでしたでしょうか。

 

文字を起こしながら、前述の冬場のダブルのとき、いつほさんが艇上にチョコを持ってきていて、「食べる?」とくださったことを思い出していました。

 

小さな気遣い、でもそれがとても大きな気遣いだったことを、当時の私はまったくわからずばくばくチョコを食べていましたが、今ならその意味が少しはわかります。

 

現役のときはよくわからなかったことも、こうしてコーチ・監督として一緒にやっていく中で、新しく見えてきたこと、気づけたことがたくさんあります。それによって自分の選手時代の見方もちょっとずつ変わってきて、感謝することもよりいっそう増えました。

 

OBOGの皆さんにボート部に戻って来てほしい」という言葉にはそういう意味もあるのではないかなと勝手に思っています。

 

いつほさん、この5年間、本当にありがとうございました。

女子部のみんなは、このバトンをしっかり受け取って、次に繋げていってください。

 

 

それでは次回もお楽しみに。

 

女子部コーチ

 

 

こんにちは。

女子部コーチの岡です。

 

ついにインカレ初日ですね。

女子舵手付きフォア「こゝろ」のレースは本日14:04発艇です。

どうぞ応援をよろしくお願いします。

 

さて女子部解体新書シリーズですが、今回よりコーチ・監督編に入ります。

選手5人に対してちょっと多すぎるくらいの陣営ですが、それぞれの得意なことや好きなこと、持ち味や人間味を生かして、密に連携を取りながらやってきました。

 

インカレ真っ只中ですが、女子部の舞台裏を覗くような感覚で楽しんでいただけたらと思います。


 

コーチ編第一弾は学生コーチの向井さんに登場していただきます。

 

艇庫に何度も足を運び、現地での技術指導を一手に引き受けていました。

微に入り細を穿った独自のフィードバック、その積み重ねがなければ、女子クルーとしての飛躍はありえなかったと思っています。

 

是非お楽しみください。

 

 

2022826日・電話にて~

 

岡 :よろしくお願いします。

向井:よろしくお願いします。

 

岡 :それではまず、お名前と入学年度をお願いします。

向井:向井一晃です。入学年度は平成29年(2017年)です。

 

岡 :好きな食べ物と嫌いな食べ物を教えてください。

向井:好きな食べ物は、和食全般ですね。だしの味のするものはだいたい好きです。でも、だしの味がしないお刺身も好きです。

嫌いな食べ物はほぼないと思ってて、基本的にどんなものでも食べられるんですよね。でもなんだっけな、何かあった気がする……そういえば、セロリはあんまり好きじゃないですね。とくに生のセロリはちょっと理解できないです。

あとは……うーん、好きな食べ物も、他にもある気がするんですけど、好みがそう大きくふれないというか。「めっちゃ好き」とか「めっちゃ嫌い」とか、あんまりないのかもしれません。実は最近、食事関係でちょっと悩みというか、思ってることがあるんですけど、食に対して、自分は他の人と比べて興味がないのかなっていう気がしていて。何か食べてるとめちゃ幸せ、みたいな人いるじゃないですか。そのときだけは嫌なこと全部忘れられるみたいな……その気持があんまりわかんなくて。

岡 :なるほど。振幅が小さいという……

向井:そうですね……楽しいこと・好きなことはあるんですけど、自分のマックスのテンションと他の人のマックスのテンションの間にはギャップがあるような気がしています。喜びの表現の問題かもしれないです。

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岡 :近況を教えて下さい。

向井:大学院の2年生です。農学部生命科学研究科の応用動物科学専攻で、内分泌を扱う研究室にいます。ホルモンなどの信号や刺激が伝わる仕組みを解析しています。自分は実験をほとんどしてなくて、紙とペンとパソコン使って、シグナル経路の数理解析をしています。シグナルの伝わっていく経路について数理モデルを作って、数理モデルを作ることで、実験しづらい箇所の予測を立てられるようになるんですよ。シグナルがこう変わったらこうアウトプットが変わるんじゃないか、と。修士論文はこれから書いていきます。

岡 :忙しいところ、日々のコーチング本当に感謝です。避暑合宿も、京大戦に続いて二往復してくれたみたいで、本当にありがとう。

向井:移動するの好きなんで、リフレッシュにもなるんですよ。電車とかバスに乗ってるだけでも好きだし、普段と違うところに行くのも好きだし、全然苦じゃないですね。

岡 :卒業後の予定は。

向井:ネットワークセキュリティの会社に就職して、システムエンジニアの仕事をやります。コードを書く業務がメインになる予定です。今も実験でプログラム書いて、計算したり、結果をグラフにしたりしてるので、それの延長と言えば延長かもしれません。プログラム書くのはけっこう好きですね。バイトでもプログラム書く作業をしています。

岡 :やりたいことが一貫していていいですね。

向井:最後になって繋がったなって感じですね。実は僕、実験がすごく苦手なんですよ。細胞の実験だと、ちゃんと薬品の量を測らないといけないし、時間もしっかり測らないといけないし、そういうの失敗するとゼロからやり直しになっちゃうので。料理なら、途中で失敗したとしても、食べられる状態まではどうにか持って行けるじゃないですか。でも実験ってそういうもんじゃないので、それがきついですね。今パソコンでやってる作業も、失敗したとしてももう一回書き直せばいいだけなので、なんとかなってるところがあります。

もしかしたら、習字とか習っておいたらよかったかもしれないですね。

岡 :習字とは?

向井:一発勝負系みたいな、そういう習い事を一つでもやってたら、もうちょっとマシな性格になったかもしれません。試合もそうなんですけど、一発勝負系があんまりうまくなくて。ボートは試合でやることが練習と同じなので、まだ良かったなと。たとえば野球だったら、どんなボールがくるとか、どんなプレーになるとか、その場にならないとわからないじゃないですか。ボートはやってきたとおりに漕ぐのがほとんどなので、まだ自分に合ってたと思います。

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岡 :現役時代はどんな選手でしたか。

向井:整調をやることが1年生のときから多かったですね。エイトだったら2番に回ることもあったり、端の方にいることが多かったです。体型が細い方なので、もちろん身体を大きくする努力はするけど、技術だけは誰にも負けないようにしたいって、ずっと思ってて。それはある程度形にできたんじゃないかなと思います。

艇庫生活レベルだと、色んな人と話す方でした。マネージャーやスタッフとも話すし、もちろん選手とも、後輩とも話すし。後輩から見て威厳があるタイプではないというか、まったくなかったと思うんですけど、とりあえず色んな人と話していました。

あと、艇庫でやってたことっていうと、艇庫が台風で浸水したあたりから、Wi-Fiをよく調整してました。他にやる人がいなかったので。あと細かいところですけど、艇庫の色んな備品、ボディソープとか、アルコールとか、ハンドソープとか、そういう買い出しから漏れがちなものを調達してました。僕がとりあえずネットで買って、会計にお金を請求するという。サブ買い出しみたいな役割です。

岡 :すごく大事な役割ですね。

向井:今も、平川がアルコール注文やってくれたりとか、細々と引き継がれてると思います。ネットで注文するのに得意不得意があるかはわからないけど、アマゾンで注文とか、僕はわりと息をするようにできるんですよ。ないんだったらとりあえず注文しようと。注文すれば1日か2日で届くし、次の買い出しを待つより早いし、大量のボディソープ買って運んでくるのも大変なんで、ネットで買えばいいんじゃんってことで、よくやってましたね。

あと、勉強部屋の照明がめっちゃ高いところにあるんですけど、蛍光灯が切れかけてきたときに、そのための梯子を買ってきたのも自分です。外に置いたら2階の窓から入れそうなくらいのばかでかい梯子でした。

岡 :それは相当大きいですね。

向井:いやそれは言い過ぎました。でもけっこうでかいやつです。今も勉強部屋の端っこに寝かせてあります。登場機会はその蛍光灯を替えるときくらいしかないんですけどね。

几帳面なタイプではないんですけど、その気になったら、ちょっとめんどくさい修理や整備ができる方ですね。自分の家だったらやらないかもしれないけど、艇庫ではよくやってました。カスタマイズとか、色々いじったりとか、小技・小道具的なのも好きです。ちょっとしたものを買って付け加えて機能をアップグレードしたり。たとえば、スマホのカメラとかパソコンのインカメにつける広角レンズっていうのを持ってて、それをつけると普段の視野よりも広がるんですけど、そういうちょっとした工夫みたいなのはよくやります。

あとトレ部屋のダンベルの中で、おもりの部分は棒にネジでくるくる止めるんですけど、使ってるうちにネジが緩んでくるやつがあるんですよ。そういうのもよく締めてましたね、使う前にくるくるくるって回して、きゅってやるだけなんですけど。そういう細かいところに気づいちゃうところがありますね。

岡 :私はそういうのに気づかないタイプで、気づいても「まあいんじゃん」って思っちゃう方なので、すごいなと思います。

向井:僕もそういうところあるんですけど、一度その気になるとしっかりやっちゃいますね。

岡 :ハウスキーパーのようですね。

向井:艇庫管理人と呼ばれていたこともあります。

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岡 :女子部コーチを引き受けようと思った理由を教えてください。

向井:特に、断る理由がなかったみたいな……それはちょっと消極的ですけど。単純に、後輩に対してできることがあるならしたいなって、もともと思ってました。どういう経緯で決まったかはよく覚えてないんですけど……去年は06の新人トレーナーをやっていて、トレーナーが終わった段階で仕事がなくなったから、女子部のコーチに選ばれたのかな。そんな流れだった気がします。

岡 :一昨年の京大戦クオドに乗ってくれたのがすごく印象に残ってます。

向井:そういうこともあったので、女子部と比較的親和性が高いんじゃないか、向井ならすっと入れるんじゃないかみたいな、そんな空気もあったかもしれません。

でも実は、昔のことって全然覚えてないんですよ。昔のクルーのこととか、レースの展開とかも、整理して頭にしまっておけなくて。僕の同期の宇都なんか、そういうのすごく覚えてるんですけどね。だから、自分が女子部コーチになった経緯とかも、なんとなくしか覚えてないです。

でも、後輩に自分なりのやり方で伝えられることはあるんじゃないかなって、そういうのは思ってました。僕が先輩から教わったことと、自分で考えて編み出してきたこと・僕オリジナルのやり方みたいなものもあって。コーチングしながらそういうのを伝えて、選手にはうまく咀嚼してもらって、いいものは受け継いでいってもらえれば、という気持ちもありました。自分の中だけで終わっちゃうと、それがいいものだったのかもわからない。もしいいものだったら、今後も残っていってほしいなと思って。これが、後輩のコーチをしたいという、僕のもう一つの気持ちみたいなところですね。

岡 :確かに向井さんのフィードバックは、向井さん自身の言葉という感じがして、すごくいいなと思ってます。

向井:そうなんですよ。実は先輩から、細かい技術を教えてもらった記憶があんまりなくて。もうちょっと「もっとなんかあるんじゃないか?」というか……うまく漕ぎたいなら、もっと考えるべきじゃないかなって思ってたところもあります。

ただ難しいのは、こういうのって、どうしても自分が根拠になってしまうところですね。「自分はこうやったらうまくいった」ということになってしまう。だからそれを押し付けるのも申し訳ないと思いつつ、「ちょっと試してみて」という感じでよく伝えています。そういうのやってるうちに、「これで合ってるんだな」って、僕自身も自信がついてきたりとか。そういう自分の中での変化もありながら、その都度伝えたいことを伝えてます。

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岡 :ボートへのこだわりを教えてください。

向井:ボートって、根本的には、「自分の身体が出せる力をうまく伝え続けること」と、「動かした舟の動きを邪魔しないこと」と、この二本立てですよね。当たり前といえば当たり前なんですけど。それってまず間違いないことなので、それが土台にあります。

「自分の身体が出せる力をうまく伝え続けること」、つまり出せる力を最大限発揮するってところでは、パワーをつけることも大事だけど、上手く力を伝えるやり方が絶対あるはずなので、それをよく意識してました。身体をうまく使うというところだと、そういうのが上手い人って、色んなスポーツにいると思うんですよ。野球のイチローさんとか、陸上の武井壮さん、為末大さんとか。そういう人たちのしゃべってるYoutubeをよく見てましたね。

ボートのコーチングって、「もっと長く押せ」みたいによく言いますけど、「じゃあどうするんだ?」というのがわからないコメントがけっこう多いなと。でも、「もっと長く押せ」と言われるということは、なんか自分が違うことをしてるわけですよね。「じゃあどうするんだ?」というヒントを得るために、違うスポーツの人たちの考え方を参考にしてるところはありました。

あと、自分は身体の使い方が上手くないんだなっていうのはずっと思ってて。というのは、高校のときにバレーボールやってたんですけど、そのとき監督に「いやそうじゃない、こうするんだ」って何かについて言われたことがあって。目の前で見本をやってくれるんですけど、「こうですか?」って僕が真似したら「いやちがう」と。そのやりとりが何回かあって、つまり、「こうですか?」「いやちがう」「こうですか?」「いやちがう」「こうですか?」「いやちがう」と……結果、そのとき先生の機嫌がそもそもよくなかったのもあって、めっちゃ怒られたんですよ。おまえはどこを見てるんだと。おまえの目は節穴かと。

岡 :節穴……

向井:すごく理不尽に怒られたなと思って。でもそのとき、自分は、見たものをそのまま真似するのは上手くないんだって認識しましたね。自分では「できてる」って思ってても、何か違うことをやってるんだろうなって。

そういう経験はボート部入ってからもやっぱりあって。上手い身体の使い方を真似してるつもりでも、傍から見るとできてないってことが、自分は多々あるだろうなと。なので、僕はエルゴやる時とか、よく横に鏡を置いて、自分ができてないことを見つけようしてました。細かいところに目がいく性格もあいまって、ちょっとでも無駄の少ない漕ぎをしようって、少しずつ直していく感じでしたね。これは僕自身の、ボート上手くなるためのこだわりの話です。

岡 :艇庫管理人の話と見事に繋がりましたね。

向井:あと、他のスポーツの動きと通じる部分がところどころあるんじゃないかなって思ってました。たとえば僕はバレーでよくジャンプしてたんで、まあそんなうまくないんですけど、ボートの前の跳ね返りと多少似てるじゃないですか。他のスポーツの動きからボートに応用できるものはないかなって、よく考えてました。バレーの動きだったら、せっかく自分の中に持ってるものなので、形を変えても使えるなら使いたいなって思ってました。

自分の力を最大限伝えることと舟を邪魔しないこと、どちらも身体が思い通りに動いてないと結局できないですよね。そういうところで、他のスポーツも取り入れつつ、自分の経験も取り入れつつ、色々試行錯誤しながらやってきました。

岡 :他のスポーツを参考にする考え方は私にはなかった。とても柔軟で良い考え方だと思います。

向井:ボートってあんまり情報ないじゃないですか。ボートの有名人っていったら、もちろんボート界ではいますけど、世間的にはあんまりいないというか。本も少ないし。他のメジャーなスポーツだと、競技のことはもちろん、陸トレのときに何を考えるとか、色んな話が見れるので、なんか使えるものあるんじゃないかなって。それこそ為末さんとか武井さんとか、そういう人からインスパイアされつつやってました。

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岡 :コーチをやってきた中で嬉しかったことは。

向井:「もっとこうしたらいいんじゃないか」と選手たちに色々伝えて、そういうのも伝わったり伝わらなかったりなんですけど。それで選手たちか漕ぎを変えていって、その結果として、納得できる形でエルゴのタイムや艇速上がったりして、それで「艇速上がりました!」みたいな報告がくるとき……ですかね。その流れでレースのいい結果が出る、ということももちろんありますけど。東商戦も京大戦もどっちも勝ってくれましたが、特に東商戦は、良い漕ぎをしてくれたと思ってます。本人たちも納得いってるんじゃないかな。京大戦はちょっと不完全燃焼感がありましたけど。

あと、自分が言ったことじゃなくても、何かのきっかけで「こうやったら良くなった」とか、そういう報告も聞くと嬉しいですね。漕ぎを変えられるってすごいことだと思ってて。ボートって、変えてるつもりで変わってないとかよくあるじゃないですか。「変えました」って選手が言っても「ほんとかそれ?」みたいな。

岡 :確かにありますね。

向井:だからこそ、「あっ確かにこういうふうに変わったな」と思える瞬間があると嬉しいです。特に女子部の選手は、そういうのがわりとできるなって思ってて。乗艇後のミーティングでも、「こういうところを変えてうまくいった、うまくいかなかった」みたいな、そういう話ができてるのが良いと思います。

岡 :建設的なミーティングですね。

向井:もちろんうまくいった方がいいですけど、うまくいかなかったとしても、僕が言ったことに取り組んでくれて、「こうでした」っていうフィードバックがあると嬉しいです。彼女たちもそれを糧に成長していけるし、僕も経験値がたまっていくというか。そういう取り組みはおもしろいと思いますね。

岡 :私は月2回しか艇庫に行かないのですが、見に行くとほぼ100%の割合で「向井さんがこう言ってくれて、その結果こうなりました」という話を聞きます。だから、向井さんが伝えてくれてることが本当にいっぱいあるんだろうなって思うし、選手もちゃんと受け取っているのを感じます。

向井:選手たちは、うまく咀嚼してくれてると思います。僕があんまり整理して伝えられてないときもあるんですけど、それぞれうまく落とし込んで、取り入れてくれたりして、そこは助かってますね。

 

岡 :コーチをやってきた中で大変だったことは。

向井:個人個人の漕ぎ、細かいところに目をつけるのは得意なんですけど、全体を見るのがあんまり得意じゃなくて。そういうマクロな悩みが選手から出てきたときにうまく対処できてないなって思う時があります。こういうとき宇都がいてくれるとすごくいいんですけどね。高岡とかもそういうのが上手くて、そこは僕が力不足を感じてるところです。

岡 :なるほど……それは知りませんでした。

向井:特に宇都は、舟の動き全体を見るのがうまいんですよ。僕ももちろん見るんですけど、なかなか宇都ほどの目にはなれないなって。あとは、クルーとしてどこに向かっていくか?みたいな、そういう方針を考える時に、もうちょっとうまくアドバイスできたらなって思うこともあります。もちろん僕は漕がないので僕が決めるわけじゃないですけど、リーダーシップ的なものをもうちょっと取れてもいいのかな、っていう気がしないでもないです。

岡 :クルーとしての方向性は、外からコーチが言うのではなく、クルー内で話し合って決められればいいかなとは思いますが。

向井:結局はそうなんですけど、たとえば選手の方から二つの案が出てきて、選手の中で決めあぐねたりするときに、うまくアドバイスができればいいなと。正直よくわかんなくて「どっちでもいいんじゃない?」とか言っちゃうこともあるんですけど……仮にどっちでもよかったとしても、選手としては「もうちょっとなんか言ってくれよ」ってなりますよね。

岡 :そこは確かにそうかもしれません。

向井:そこは自分がうまくできなさそうなので、他の人にも手伝ってもらおうかなって、ちょっと思ってます。

岡 :ちなみに自分は、そもそも漕技を見るコーチってことで入ったはずなんだけど、やっぱり月2回しか行かないと、正直わかんないなというのが悩みです。フィードバックも細かくないし、いつもほんわりしたことしか言えなくて悩ましい。

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岡 :ボート競技の魅力を教えてください。

向井:水の上を滑るのは単純に気持ちいいですよね。ちゃんと漕げるようになったらわかることですけど。あとは、屈強な男……いや男でも誰でもいいんですけど、屈強な人間が4人や8人乗ったところで速いとは限らない、少なくとも息が合ってないと進まないし、そこそこ上手い人集めても、合ってないとあまりいい結果にはならない、そういうところがおもしろいなと。ちょっとしたタイミング、ちょっとした身体の動かし方が合うか合わないか、そういうのがタイムに直結するところが良いと思います。

 

岡 :東大ボート部の魅力を教えて下さい。

向井:今って、大学生だったら一人暮らしの人が多いじゃないですか。ごはんは部活やサークルの友達と一緒に食べたとしても、結局そのあとは家に帰って、シャワー浴びて寝るみたいな。最後には一人になって寝て、一人で起きるわけですよね。でも、ボート部だとそうはならない。一緒にお風呂入って、一緒に寝るという、ここまでセットになってるとけっこう違うというか。より濃い人間関係になると思います。現代社会にはびこる孤独感を、この艇庫は寄せ付けないですよね。もちろん、その瞬間その瞬間では一人で塞ぎこんだりとか、そういうのはあるかもしれないですけど、概して孤独とは無縁な空間だなって、僕の目には映ります。

岡 :確かに艇庫では、否が応でも人の存在から逃れられないよね。

向井:より人間らしいんじゃないかなって思います。朝4時に起きるのは人間らしくないかもしれないですけど、でも漁師さんとか、そういう人もいますもんね。近くに色んな人がいて、そこで一緒に生活するのってむしろ普通というか、人間らしいんじゃないですかね。

岡 :それはそうかも。私の現役時代からもう10年くらい経つけど、SNSの発達による影響なのか、人といなくても人と繋がってるような、そういう錯覚に陥ることって増えたなと思ってて。でもそれって繋がってる気がしてるだけで、近くで声をかわすとか、面と向かって会うとか、ここ10年だけでも本当に減ったなって思う。確かに艇庫という場所自体が貴重かもしれませんね。

向井:宿泊スペースが雑魚寝や大部屋なのって、いいことなんじゃないかなって思います。もちろん鼾がうるさいとか、そういうトラブルはありますけど、人の生きる姿って、もともとそんなもんじゃないですか。なんやかんや毎年20人とか新入生が入ってきて、ちゃんとボート部は続いているわけですよね。ということはきっと現代も、みんなが心から望んでばらばらになってるわけじゃない、ということなんじゃないでしょうか。「寝る時くらい一人じゃないと無理」とか言う人は多そうですけど、そういう人の中でも、まあまあの割合で、やってみたら意外と馴染んだりとか、いきいきやってく人もいそうだなって。ボート部じゃなくても、こういう艇庫みたいなところに集まって大勢で暮らすとか、案外やっていける人は多いのではないかと。

岡 :確かに、心の奥底でそういうのを求めてる人は多いかもしれない。

向井:あとは単純に、今の子どもとか若者って、そういう生活してる大人をあんまり見てないから、シンプルに「わからない」というのもあるんじゃないかなと思います。わからないから怖いというか。今までそういう大人を見てないだけで、だからこそ人との繋がりの形をわからないだけかもしれないなと。自分もボート部入ってなかったら、たぶんわからなかったと思うし。

でもこういう生活を通して、多少考え方の違う人がいても意外と暮らしていける、ってことがわかるじゃないですか。完全に排除しなくてもやっていけるんだって、それを学ぶ経験にはなると思います。合宿というか、共同生活がキーですね。

 

岡 :女子部の選手5人へメッセージをお願いします。

向井:至らない部分もありましたが、ここまで付き合ってくれてありがとう。インカレでは積み上げてきたものを存分に発揮してほしいと思います。Good luck!

 

岡 :最後にこれを読んでいる方々へメッセージを。

向井:ここまで読んでいただきありがとうございます。もしよろしければ、下の拍手ボタンを押していってください。ほかの選手のインタビュー記事も面白いので、ぜひ! それではまた。

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いかがでしたでしょうか。

 

艇庫管理人の話も、ボートのこだわりの話も、ひとつひとつ丁寧に、それこそ微に入り細に入り語ってくださったのがとても印象的でした。

威厳はなくてもプライドがあるからこそ、選手も向井さんの言葉にしっかり耳を傾け、ひとつでも多く吸収しようと頑張ってこれたのだと思います。

 

そして女子部の学生コーチは向井さんだけではなく、東商戦までの期間は、李聖美さんが人一倍親身にやってくださっていました。

年度が近いからこそ話せることもあり、一番身近な相談相手として、選手たちが本当に頼りにしていた存在だったと思います。

 

自分の将来を決めていくこの大切な期間に、学生コーチとしてかかわってくださったことに深く感謝しています。

向井さん、聖美さん、本当にありがとうございました。

 

それでは次回もお楽しみに。

 

女子部コーチ

 

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