無職ダメ人間と猫一匹

友達(猫)はもういない。かなりのクズ人間なので、読んでいて不快になることもあるかもしれませんのでご了承ください。 2019年は、自分なりに頑張れた一年だった。来年は気負わず、だらけず、メンタルを大事に育てていきたい。

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バーピージャンプをし始めてから、3か月間弱。サボってた日も結構あるからやった日を通算したらようやく1か月に到達するぐらいかもしれないが。

最初は4セットも無理ゲーだったが、今ようやく8セットを続けて行えるようになった。

バーピージャンプは30秒×4だったり、20秒×8だったり人によるが、自分は20秒を8セットのタバタ式をやってる。タバタ式とは20秒全力で動いて10秒のインターバルを取る方法だそうな。それを8セット行う。これがかなり効くらしい。

タバタ式は日本人が考案した。それが海外で有名になり、そこから日本に逆輸入された形になったらしい。名称の通りタバタさんっていう方が作られたんだろう。

最初始めたころは時間もインターバルも自分の口で数えたり適当だったが、今はきっちり行っている。

やり方はこの方のを真似ている。





タイマーはこの動画を使ってる。最初に検索して出たのがこれで、カウントも音楽も割とかっこよくて気に入っている。





今はこのバーピージャンプ一本で、他の筋トレ、腕立てや腹筋などはやってない。バーピーがかなりの疲労度を伴うので、もうこれ一本でいいかなと。このバーピー、筋トレもそうだが、有酸素も兼ねているらしい。


もちろん過度な期待はせず、食事も自重できる分はした方がいいだろう。youtubeの動画でも過剰に「こいつはすげーぜ!」と煽りまくっている動画が多々見られるが、あるサイトでは心肺機能は向上されるが、脂肪燃焼はそれほど期待できないという文言があった。ただ、心肺機能が高まることによって、長距離走れるようになり、そのことで脂肪が燃焼されるかもしれないということは言ってた。


ただこのバーピー。本当にしんどい。最初やったときは喘息を発症するかと思ったぐらい。今でも8セットやるとホントきつい。直後は数分間ゼーハーゼーハー状態が続く。

それで最近気づいたのが、終わった直後に座り込んだり横になったりすると、余計にきつい。

なので直後はすぐに座らず、立ち上がったままマットをしまったり、ゆーっくり辺りを歩いたりしてる。そうした方がしんどさが割とマシになる。

面白いのが1セット目(20秒)終わりだと「あれ、意外といけそう」ってなるのにそこから回数を重ねると急激にしんどくなる。

今は8セットできるようになったが、3セット目ぐらいからきつい。最初は4セットで無理ってなってたけど、なんだろう。最初に比べればきつい状態から超きつい状態になるまで伸びるようになったというか。

上手く言えないが、続けることにより楽な状態が伸びるのではなく、少しきつい状態を長く保てるようになるというか。。


始めたばかり
楽→きつい→超きつい

現在
楽→きつい→→→超きつい


こんな感じ。

つまり楽からきついになるまでのスパンは始めた頃とほぼ変わらないが、きついから超きついになるまでのスパンが伸びた。

あとやってて思うのが、タバタ式が結構ゲーム性があって楽しい。あと1回20秒と時間短いので、もう一回続けるか止めるか、自分との戦いみたいな。


これからも続けていって、今度は痩せられるかどうかみたいなことも検証していこうと思う。


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金をかけずに時間をつぶせ、自宅でだらだらするよりは建設的な場所。

それは図書館。

出不精改善で、原点に帰り、ここ最近、図書館へ行く頻度を意図して増やしている。

で、以前から少し気になっていた本が検索するとあったので、館内を探してみた。

その気になっていた本とは、中川翔子こと、しょこたんの「死ぬんじゃねーぞ!!」である。

今はそれほどでもないが、かつて自分は熱心なしょこたんおたくだった。しょこたんといえばブログだが、そのしょこたんブログを毎日かかさず見ていた。2007年~2010年くらいかな。「メポ」とか「ギザカワユス」とか、猫の顔を口に含んだり、でこに文字を書いたり、アホなことやってんなと思いながらも面白くて好きだった。

しょこたんから派生してしょこたんのブログに出てた友達の喜屋武ちあきだったり、小明?って人も少しだけ追いかけるようになったりもした。

愛猫マミタスが死んだという報告があったときは本当残念に思った。


そんなしょこたん。現在は虚言癖疑惑があったり、一般人に「猫をいじめるな!」とつっかかったりした言動からか、それが原因でアンチも増えてきたようだけども。(自分もそれほど詳しくない)自分はかつてに比べれば熱は冷めたが、しょこたんは嫌いではない。


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図書館はいつものように閑散としてて、居心地が良かった。「死ぬんじゃねーぞ」はヤングアダルトコーナーにあった。なので、普段は座らないヤングアダルトコーナーの誰もいない椅子に座り読むことにした。

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周りに、自分の他には誰もいない。



もう100パー若者に向けられた本なのに、30超えたおっさんが読むっていう。まー、でも少し興味があったから多めに見て欲しい。

文章はやはり若者に向けられたものなので、文章量も1ページに対して、上下の空白があり、少なくなっていて、簡単な漢字にもルビが振られてある。そして合間合間にまとめのような漫画の挿絵が差し込まれてある。

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話の内容はタイトルにもある通り一貫して現在イジメられている人に向けてかかれてある。しょこたんもかつてはいじめらた経験があることをつづられている。

特に目新しい解決方法があるというわけではないが、メンタルの落ち込んでいる10代の子達が読めば、少しはその気持ちが上向いていくんじゃないかと思う。というか、逃げている人や、逃げたくてたまらない子が見れば、「逃げてもいいんだよ」と認めてくれるのはすごく有難いことだろう。

本の中にはその逃げるという行為を「逃げる」という表現は使わずに「別の道を選択する」というのが印象的だった。確かそう言い換えることも出来るし、そう言った方がポジティブに思えるしね。

2時間弱で読了したが、悪くない内容だと思った。30代に向けてはおススメ出来ないが、10代の子に向けては良い本でしたよとオススメ出来る。

今現在メンタルが苦しい子、学校でいじめらている子。自分を肯定してほしい子はこの本を読むと少し気持ちが楽になるかもしれません。


ただ、30代のおじさんは読んでも特に気持ちが楽にならなかったことをここに報告します。

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去年8月末に派遣契約満了をして、はや半年。もう半年も何もしてねーのかというのは今はとりあえず置いておいて。。

その派遣で働いていた環境は自分にとって、かなり特殊なそれだった。


それは仕事の間ほぼずっと隣に同僚の若い女性がいたということだ。


普通の人からしたら、全然珍しいことではなく普通の日常レベルのことなんだろう。だが自分はなかなかそういうことがなかったから。なので、その経験は仕事を辞めたあとも元同僚のことがしばらく自分の心に根付いてしまうことになった。

ホント働いていた期間はしんどく感じ、「辞めたい辞めたい」だったのに。辞めたあとはその環境を惜しく感じる始末。(最終日に心残りが出来てしまった部分もあるだろう)ホント女々しい野郎だ。




それで本題。

先日、本屋に行った。

入口に入ってすぐの雑誌が並んでるところで漫画を立ち読みして、ふと左を見ると透明ガラスを挟んだ向こうに若い女性がいた。

「、、元同僚!?」

ソワソワしながら視線を漫画の方に戻す。もはや漫画の内容は入ってこない。

しかし同僚っぽいけど、そんなわけがない。明らかに人違いだ。

なぜならその方は赤ちゃんを後ろに背負っていたからである。彼氏がいるぐらいならまだ分かるが、まさか子供がいるなんてことは、、、

しかもその日は平日の真昼間、まだ働いている時間だ。

そう思って、もう一度顔を確認したくなるが、やっぱ失礼だと思い確認はできなかった。

その後店内に入って、啓発本コーナーで立ち読みを始めた。すると自分の後ろを、子どもを後ろに抱えた先ほどの若妻がゆっくり反対の陳列棚を見ながら歩いていた。

それで「あー、これは違う人だな」と確信できた。もし同僚だったらなんらかのリアクションがあったはずだろう。挨拶とかはともかく、来た道を引き返すとか、自分を避けるとかそういうのもなかったから。


結局のところ、俺のよくある「かもしれない思考」だった。

もともと自分はよく街中で似たような人を見るとすぐ知り合いじゃねって不安になるタイプだ。だから確定もせずとりあえずその人から避けるみたいな節が昔からあった。

たぶん不登校になってからそういうのが根付いていったのかもしれない。



で、結局今回も見間違いだったが、元同僚かもしれないと思ったのは今回が初めてではない。以前もすれ違ったり、店内でみかけた女の子を何度か「あれ?元同僚?」ってなったことがしばしばある。

髪は茶髪で、ボブっていうんですか。肩より少し上で、中肉中背。そして20代ぐらいの子。

それぐらいの子を見ると「まさか」ってなる。

たぶん顔をはっきり覚えていないっていうのもあるのだろう。そもそも街中の女の人の顔をまじまじと見れるものでもないし。見れる人は見れるんだろうけど、俺は失礼かなと思って見れないタイプだから。多少視線恐怖もあるしね。

それどころか学生の頃ですらそうだった。ずっと同じクラスの女子も数年間同じクラスにいたのに、卒業するときの卒業写真で「あれ、この子こんな顔だったんだ」ってなってたから。

だからそのあやふや感が元同僚ではないのかというのを掻き立ててしまうのだろう。


だからあれだろう。仮に元同僚とどっかで鉢合うことになったとしても、きっと自分は気づけないのだろうなと思う。

どうせいつもの見間違いだと。


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