東京大学陸上運動部ブログ

現役部員が競技生活・日常生活を思い思いに綴ります。

32.背影 越國@歩2

ピロン。通知が来た。千菊さんからだ。背筋がシャキッとする。忙しい千菊さんが、わざわざ俺に。こう言うと反省してないようだが、俺の欠点を延々と指摘する、千菊さん特有の厳しさも、いつしか日常になった。


ピロン。今度は金谷さん。さっきの相談に、もう返事をくれたみたいだ。金谷さんは兄貴そのものだった。上の兄弟がいない俺にとって、こんな兄貴がいたらよかったのにと、困ったときには、この人に相談すれば何とかなるだろうと、そう思えた頼れる兄貴。



2人とも、ずっと、ここにいると思っていた。




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金谷さんは、俺が最も早く知り合った陸上部員だった。最後のインターハイで失格し、引退後の切り替えができずにいた時。勉強に身が入らず、ひたすらツイッターをクルクルしていた俺を見つけてくれた。


陸上の呟きをする度にリプで絡んでくる、アニメアイコンの謎の東大生。しきりに東大に勧誘してきた。その時から数えると、丸3年の付き合いになる。予期せぬ1年の延期があったが、金谷さんは浪人中も、頻繁にリプライで励ましてくれた。


合格発表があった、3月10日午後0時。自分の番号を見つけた、合格したとツイッターに投稿した、その2分後に、LINEのQRコードと一緒に、金谷さんからDMが来た。


「東大合格おめでとう!次は関カレ!」


応援部もびっくりの青田買いである。選択肢など、あってないようなものだった。後悔しかなかった高校陸上。俺は絶対に、あんな場所で終わる選手じゃないはずだ。


もう一度、この脚で、全国の舞台を掴み取ってやる。そう誓った俺の、返す言葉はもう決まっていた。


「越國太貴です。よろしくお願いします」


19歳。大学陸上の世界に、足を踏み入れた。


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千菊さんは、研究が忙しいらしく、頻繁には練習に来なかった。時々、一人淡々と、長いこと歩いているのを見た。博士課程の研究と並行し、独自の理論に沿って、詰将棋みたいに練習をする千菊さん。アスリートのひとつの究極形だった。


今でも鮮明に覚えているのは、1年生の11月。爽やかな風が吹く秋の日。その日のメニューは4000×4。普段、長い距離は見慣れている競歩パートでも、思わず目を疑ってしまうような、過酷なロングインターバルだった。


その日は珍しく、千菊さんがいた。弱った。垂れれない。とりあえず、1km4分45で始めよう。4分30はちょっときついけど、そのままラストまで行ければ、関カレ標準ペースも上回っているし、十分すぎる効果だ。




最初の2本は楽だった。よし、次も同じペースで行ける。そう思って入ると4分40だった。問題はない。体が温まって少し速くなっただけ。最後、4本目は頑張ろう。もう12km歩いた。あとたったの10周で完遂だ。やってやるよ。そう思ってスタートラインに立つと、今まで別練習をしていた千菊さんも横にいた。


一緒に4分30で入って、2000までは行けた。なんだ。できるじゃないか。強くなったな。そう思った矢先、フッと足が止まった。少し遅れた。ダメだ、ズルズルと落ちてしまう。3本目まではいけたし、妥協点かな。そう思うと、前から言葉が飛んできた。


「何してる、まだ4分半」


歩きながら振り返り、手招きする千菊さん。そうだ。ペースは上がってない。まだ練習は終わってない。キロ4分30、1周1分48で、10kmを完歩しないと、3月の全日本競歩には行けない。もう一度ギアを上げた。息が上がり、心拍計は200を叩く。それでも、前を行く高い壁に、合わない歩幅に、必死に速度だけは合わせて歩いた。


スマートウォッチのログを見返すと、ラスト5周の記録も残っていた。


1'48-1'48-1'47-1'45-1'41  maxHR:206


その日の練習後、千菊さんに、初めて褒められた。


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金谷さんの、35kmへの挑戦は、最初は嫌々なように見えた。


20kmと35kmが開催される、3月の全日本競歩の、35kmの標準は切れていたけれど、20kmは切れなかったからだと、そういう理由だった。とはいえ、遠征に行くためなんていう理由で、おいそれと目指せるような種目ではないはずだった。少なくとも俺は、そんなことになっても、35kmには出ないと思う。歩き切れる自信が全くない。


程なくして、金谷さんから、某ビジネスホテルの愚痴を聞かなくなったことに気づいた。長いことやっていた朝バイトを、朝練のために辞めていたらしい。2部練。今でこそ、俺もできるようになったが、通常練習でヘトヘトになるのに、追加でその日に自主練なんて、当時の俺には信じられなかった。


取り憑かれたように練習していた金谷さん。設定もピッタリで、それでも満足せず、試合の方が辛いんだからと、気を緩めているところを一度も見なかった。




迎えた3月16日。全日本競歩能美大会。俺の20kmは遅めのスタートだったので、会場に着いた時には、35kmの試合は佳境だった。そこに、冷たい雨が降る道路を、ものすごい顔で歩く金谷さんがいた。軽く応援の声をかけ、アップへと向かった。


俺がスタートする直前。アップが終わって控え室にいた頃、夏子さんから、金谷さんが8位になったことを聞いた。日本選手権での入賞。一気に胸が熱くなった。


俺の試合はダメだったけど、迎えてくれた金谷さんのいつもの顔からは、一つ大きなことを成し遂げた自信が溢れ出していた。この大会に来られて、金谷さんの勇姿を見られてよかったと、心から思った。


アスリートとしての金谷さん。その姿は、脳裏に焼き付いて、今でも俺の歩く指針になっている。


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全日本競歩を終えて、2年生になった俺は、20kmシーズンを終えて、一回り強くなった。冬に積み上げた距離と、春の暖かい空気は、スピードを底上げしてくれる。


4月の練習で、1000mのインターバルをしたら、4分15がサラッと出た。おっ、これは強い。4分30がやっとだった冬前を思えば、目をみはる成長だ。


5月に控える関東インカレでは、俺より強い人たちと一緒にレースできる。そこで、全カレの標準を切れるんじゃないか。誰もが憧れる大会の、そのA標準は42分00。1000m4分10のペースで、10000mを歩けば切れる。俺も全国にチャレンジしてみたい。


とはいえ、いきなりスピードが上がっても、敢えて獲得しようとは思わずに、思いがけず得た力を、どうしていいのかわからない。とにかく速くやればいいんじゃないか。それしか思いつかなかったし、短い距離を、速く歩く練習をしたら、確かに速く歩けるようになった。4分10もこんなもんか、と思った。




しかるに関カレは惨敗だった。4分10で、3000mまでしか行けなかった。全カレには遠く及ばなかった。できると思ったことができない、情けなさともどかしさ。関カレ2部3位という、輝かしく見える成績の裏に、悔し涙が滲んだ。


クヨクヨはしない性分なので、頭の中には次を見ることしかなかった。七大戦5000mW。20分台前半でも、得点すら怪しいタフな試合。19分台を出そう。出して優勝しよう。そう思って、関カレの結果報告にそう書いた。


その日の夕方、千菊さんから、びっくりするほど長いラインが来た。一言で言うと、見通しが甘い、ということへの指摘だった。かなり堪えた。七大トップと俺の間にある差は、数ヶ月で埋められるようなものではない。もし、埋められるほどに、俺が早く成長できるとしても、その目標は、成長した結果、後に上方修正するべきものだ、と。


1000mが速くても、10000mが速くないと何の意味もなかった。関カレで垂れたのは、設定ペースが実力に見合わなかっただけ。俺は、七大戦の得点圏外で、眼中に入ってもいない。数々の、見て見ぬふりをしていた、厳しい自分の現実。目を逸らしたままでは、お前はこれ以上強くなることはできないと、そういうメッセージだった。




10000mW 41:44.41


それからの俺の成長の日々は、今の俺のこの記録が、どんな文章よりも、雄弁に語ってくれるだろう。




######




千菊さんみたいになりたかった。とにかく理論。強くなるために、何をすべきか。自分を分析し、制御し、確実に結果に結びつける。最後の年で全カレを手にした千菊さんの笑顔。夢を追うことの重さと、叶える喜びを、最後のわずか2年の間に、その背中で教えてくれた。


金谷さんみたいになりたかった。負けん気とポジティブさで、どんなことでも乗り越える。大学から競歩を始めて、フルマラソンを完歩した金谷さんの力強い足取り。俺にはまるで想像もつかない過酷な道程を、いつもの顔で踏破した。金谷さんは、凡庸だなんていうけれど、間違いない。歴代の名だたる選手に並ぶ、憧れの先輩だ。


いつしか気づいた。俺は2人にはなれない。千菊さんみたいに、涼しい顔で信じられないほど重い仕事をこなすことも、金谷さんみたいに、ガッツで過酷な試練を強かに乗り越えていくことも、結局できなかった。でも、2年間で、俺にしかできないことも、たくさん見つけることができた。同じようにはできなくても、学んだことを少しずつ消化していった。


そして今。入部を決めたあの日、心に誓った全国の舞台の、その切符はこの手の中にある。



######



金谷さんが、3時間寝坊して、結局欠席したこと。


千菊さんが、当たり前のように、召集終了ギリギリに登場すること。


雨の日のロング練習で、金谷さんが何回もトイレ離脱すること。


宿泊所の布団から、千菊さんの足がはみ出すこと。


遠くに犬が見えるだけで、金谷さんが引くほどビビること。




先輩と過ごした時間の全部が、下級生としてこの場所で過ごした俺を、ここまで成長させてくれた。どんなに心強かっただろう。俺より進んだところから、いつでも声をかけてくれる。導いてくれる。この先もずっと、その背中に引っ張られていたかった。


もうじき、俺は3年生になる。いつまでも後輩ではいられない。ここで、2人の背中を見送らないといけない。こんどは、後ろに続く後輩たちを、俺の背中で引っ張らないといけない。偉大な先輩たちが、一人一人何かを残して去っていく。先輩たちと同じように、後輩に財産を残す。そんな、かっこいい自分を想像することは、まだできない。


それでも、トラックに向かう。自分の進むべき道を、自分の脚で進むために。2人と一緒にいられるのは、あとほんの数ヶ月だ。もう俺は、先頭で歩く覚悟を決めないといけない。遥か上の世界の選手達を、何度も憧れた、いつか見てみたい景色を、ひたすら追いかけて、歩いて、歩いて、どこまでたどり着けるだろう。



俺が歩いて行く先の景色と、その足跡が、いつの日か、憧れの2人と同じように、後輩を導く標になることを願う。

31.どうも投1の寺田です。@投1寺田

 どうも、投1の寺田です。顔と名前が一致してない人もまだ多いかも、、、。最近グラウンドで槍投げてる一年生です。どうぞお見知りおきを。
 橋本さんにブログを託されたもんで、今からパソコンをカタカタします。何を書こうか考えながら文章を打ち込んでいるもんですから時折日本語がおかしなところに気づくかもしれませんが悪しからず。

 最近になってようやく大学生活に慣れてきたと感じる今日この頃。東大合格者が10年に一人以上出ていたら進学校、毎年出ていたら神学校、、、そんな学校に通っていた高校時代は勉強ばっかりしてて、正直学校の授業は自分にとっては簡単だった(自分は井の中の蛙であったとも感じる今日この頃)。それだからか大学の授業になれるというのは「わからない感覚に慣れる」ということと同義なのだろうか?

 あ○け先生の微分積分の授業を受けて大学の勉強の難しさに最初に直面した気がする。1Sセメスターの衝撃は忘れられない。

軽く居眠りをして気が付けば黒板の右半分が埋まっている鬼の板書速度、字のいい意味での汚さ(「いい意味で」と付けたら何を言っても許されると最近学んだ)、n次元空間とかいう想像の域を超えた空間で進む数学的議論、、、、

今ではそれが当然であり、特段微積分学の勉強をしたわけではないが何となく話にはついていけている気がする。

「俺の、、、脳細胞が、、、ニューロンが、、、、活性化してやがる、、、」

って独り言をつぶやきながら移動したり、お風呂に入ったりしている。

 話しは変わるが気づけば共通テストまで残り約40日である。時の流れの速さを感じる。去年の自分は来年の自分が何をしていると考えていただろうか?というかそんなことも考える暇もなくただひたすら勉強して追い込みまくってた気がする。

「おーい俺、勉強ばかりしてるけど、たまには空を見てみろ、きれいだろ」とでも声をかけてあげたい。

高まる緊張感、増えていく共通テストへの愚痴、大学生活への期待、、、

脳内はただ ”カオス” 、これに尽きる

 それに対して今はどうか、自分が東大で、あの東京大学で、槍を投げているだと!アルバイトもそれなりにして、空き時間があったら計画的にウエイトトレーニングして、、、変わりすぎデジ(投擲パートグループlineで沖田チーフが文末の「~でしょ」を「~デジ」と打ち間違えたことに由来)。

「おーい、去年の俺。あんた、来年、東大で槍投げてんで」

 同様に感じている人は多いのではないか。かつてあれだけ勉強に一生懸命になれていた過去の自分がまるで別人のように感じられ、家に帰ったらシャーペンを握りもせず風呂に入って寝て、
「あの頃の自分、マジ尊敬★」
ってなってる人は自分だけではないのではないかと思う。

 おっと、また受験期の自分を振り返って長文を書いてしまった。やっぱり冬の寒さを感じたら共通テストの試験会場までカイロを握りしめて歩いてたあの時を思い出しちゃうよね。

 過去のこと振り返ると、しみじみとする。勉強して、模試の成績に一喜一憂して、今思えば当時の自分はめちゃくちゃ単純。大学に入って、周りで尊敬できる人に出会えて、
「自分が知らない世界はこんなに広いのかっ!」
て思えたし、
「ってことはもっともっとすんごい世界があるんじゃね?」
ってなって、、、今人生で一番現実と向き合えてると思う。試験の成績を友達に謙虚なふりして「見るなよ~」とか言いながら見せびらかしてた高校時代の方が自分に自信があったかもしれないけど、、でも今の自分の方が好きかも。

 長くなりましたね。今の目標はとりあえずやり投げで40,50m投げること。最終的に東大記録出せたらかっこいいな。あと、英検一級取りたい。G資格も取りたい。後、物理工学科に行って落合さんの後輩になる!ベンチ100kg早く上げたい。チキンレッグから脱したい。

 ってな感じです。

 

最初は書くこと思いつかね~!!ってなりながらいろいろ考えて書いてたけど、気づけばそれなりに量いってましたね。

 次はこしくにさんです!
追記)あぐらかいてパソコン打つんじゃなかった。足しびれた。文章打ち終わって立ち上がろうとしたら足に力入らんくて転倒したデジ。

30.世陸と朝の発狂 橋本@跳2

こんにちは。跳躍2年の橋本です。投擲だろという意見は受け付けません。槍も"跳ぶ"ので"跳躍"です。

このブログは何回か書いてますが、フリーテーマは初めてだと思います。特に書くことが思いつかないので、だらだらと色々書いていこうと思います。読んだ後に時間の無駄だったと感じても一切の責任を負いません。


さて、今年の9月に世陸があったと思いますが、自分は駒場でコラボレーターをしていました。朝4:30からのシフトがあったりして大変ではありましたが、貴重な経験ができました。練習・アップとはいえ、グラウンドレベルという特等席で見ることができました。練習をSNSに上げている選手もいますが、SNSでは見れない部分も見れたことは大きかったです。具体的なことはここには書ききれないので省略します。あと印象に残っていることは、カビの生えた白帯を掃除したことですかね笑。やり投はアップだけ駒場でありましたが、白帯があれば準備も楽だということで探したところ、100mスタート地点の奥にある簡易倉庫?にありました。が、土やカビで汚れており、さらにはゴキブリも住み着いていました。それを取ろうとした村上が朝から発狂していたのをよく覚えています。汚れすぎていた為、洗剤やブラシを使い何とかきれいにできました。(とはいっても落とせないカビもありました。)大変でしたがいい思い出になりました。東大競で使うことはないだろうなと思ってましたが、雨の降っていた11月に使いました。きれいにしといてよかったです。


まだ600字くらいなので、もう少し書こうと思います。


今シーズンは六大戦でPBを出したものの、左足首を痛めてしまいました。三角骨障害と診断されました。満足に練習はできなかったものの、国公立戦では、ほぼ助走のない状態でPB-17cmを投げるなど最低限のレベルアップはできていました。走れるようにはなったものの、完治には至らなかった為、手術をすることにしました。9月末に手術を受け、今ではほぼ痛みがなくなるくらいには回復しました。もう少しで全く問題ない状態になると思います。やり投の方も先日短助走で48m投げれたので順調です。落ちてしまった筋力を戻して、来年関カレに出れるようにしたいです。そして、1年の秋以降は専らやり投をやっていますが、来シーズンは跳ぶこともします。"跳躍"の人ですから。足が速くなってる気がするのでPBは間違いなくでるだろうという楽観的観測をしています。


そういえば、この前の練習中に2年の某十種選手に「金かけてるねぇ」と言われました。否定はしませんが、お前も同じだけかけてるだろ笑。腰と肘のサポーターが各2×10^n円で、他にスパイクなどがあるのでそこそこしてますね、、、まあ、陸上はお金かからないようで意外とかかるスポーツなので仕方ないですね。


お金のかかるスポーツといえばF1ですね。木曜本郷でRB16BとMP4/5が展示されてたそうですね。残念なことに駒場で授業があったのでいけませんでした。(※後期教養の授業です。決して駒バックではないです。)そのレットブルのドライバーである角田裕毅が来年はリザーブドライバーに降格することが先日発表されました。これで来年は日本人がいなくなってしまいました。イモラGPでのクラッシュが無ければ違ったとか、ピットミスが無ければ違ったとか思いますが、たらればを言っても仕方ないです。リザーブであれば来年もしくは2027年に再びグリッドに戻ってくるでしょう。一方、嬉しいニュースもありました。フジテレビがF1の独占放送権を獲得し、地上波も11年ぶりに復活するそうです。最大5戦かつダイジェスト放送らしいですが、普段見ない人の目にも映ってF1人気が高まってほしいと思います。また、F1TVも日本で見れるようになるのでVPNの契約とかしなくてもよくなるのはうれしいです。

そろそろアブダビGPのフリー走行が始まるので終わります。


最後に、部室にモニターが入ったら投擲パートで投擲勉強会なるものをやろうと考えています。具体的なことはまだ何も決めていませんが、投擲だけにテーマを絞るつもりはないので、興味のある人はぜひ参加してください。
あと、HPについて何か意見・要望のある方は気軽に連絡してください。


次のブログは、最近やり投げを始めた投擲1年の寺田にお願いしました。


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