短1の近藤くんにあててもらいました。彼は菅平合宿の某夜、主に短2,3が集まった人狼に唯一の短1として参加し、果敢に狂人を演じていたのが印象的でした。


陸上→音楽→と来るともう書についてぐらいしか話題が思いつかなかったのでそうすることにします。それと、今回のはあまり時間をかけられなかったので、前回のようなトリッキーな文章とかではありません。

記憶が曖昧なのですが、義務教育として習う書といえば、今は楷書・行書ぐらいでしょうか?私も長らく書いてきましたが、お恥ずかしながら今日まで(硬筆はともかく)毛筆でまともに草書を書いたことがありませんでした。ここでは5つの書体について軽く触れたいと思います。

まずは「篆書(テンショ)」です。これは甲骨文・金文・小篆・印篆などの古代の書体の総称です。篆書というとよくわからないけど甲骨文であれば思い浮かべやすいかもしれません。読解は困難ですが造形美や生命感のある書体です。
CCF20161027_00000Fig1. 甲骨文

もう一つよく知られていないであろう書体は「隷書(レイショ)」です。これは秦で生まれ漢には流通していた、前述の篆書を実用的な文字へと簡略化した書体です。実はあーなんか看板とかで見たことがある!というものだったりします。文章では説明しづらいですが、起筆で折り返したり横線に波磔(ハタク)という払い出しがあったりと、筆の使い方が独特で面白いです。
CCF20161027_00001Fig2. 隷書の一例

3つ目は「楷書」です。以降簡略化の歴史となりますが、活字の書体は楷書となります。
書写書道、というとお手本を見て真似をする、お手本に近いと「上手い」と言われる、そんなイメージがあります。しかし、書道は一点を目指して練習するのでしょうか?以下の例を見るとあれ、となります。

CCF20161027_00002Fig3. 牛橛造像記(ギュウケツゾウゾウキ)
CCF20161027_00003Fig4. 虞世南(グセイナン)の書
CCF20161027_00004Fig5. 欧陽詢(オウヨウジュン)の書
CCF20161027_00005Fig6. 褚遂良(チョスイリョウ)の書
CCF20161027_00006Fig7. 顔真卿(ガンシンケイ)の書

どれも臨書(古典をお手本に書くこと)の題材にされるような、有名な中国の古典ですが、ちょっと5つ見ただけでも全然違いますよね。どれが良い、とかはないです。活字において、目的に応じてフォントを変えるように、何かに古典の書風を用いるときに目的に応じて選んだりします。んーと、私は虞世南の孔子廟堂碑(コウシビョウドウヒ)の書風が好きです。

添付は省きますが、彼らの「行書」も美しくて有名です。しかも、やはり書風はそれぞれ異なります。同じ人の楷書と行書は似ていたりもします。
するとここで出てくる疑問は、書道において「美しい」とは何か?ということになります。"最も"上手い楷書・行書という考え方がまず違うわけです。もっと極端な例がありますがその前に最後の書体に触れておきます。

「草書」です。これは隷書を速く書くのに便利なように簡略化して生じた書体です。昨今は活字の影響と教育の変化により、手書きに楷書を書く人がほとんどになってしまいましたが、かつては速書きの利便性から草書を日常的に書く人が多かったようです。
現在、フォント検索としてインターネットで草書のサンプルを見ることができます。(もちろん図書館には草書の字典があります。)自分の名前を草書で書けるようになると、かなり楽しいです。そして調べてみると気づくことなのですが、一字に対して草書の字形というのは複数あったりします。この十七帖(ジュウシチジョウ)でも、一行目の一番上と一番下は同じ「吾」ですが、知らないと同じ字とは認識しづらいでしょう。
CCF20161027_00007Fig8. 草書の一例


5つの書体に含めませんでしたが、日本にはもう一つ、仮名があります。
先ほどの極端な例に話を戻しますが、夏休みに毎日書道展に行ってきました。部門として、漢字部・かな部・近代詩文部・大字書部・篆刻部・刻字部・前衛書部がありました。とても気になるのが前衛書だと思います。これは本当に驚いたのですが、色のついた墨を使ったり、文字ですらなく絵や図形が書かれていたり、墨で額面が埋まっていたりするのです。すると更に込み入った疑問にたどり着きます。書道って何だっけ?広辞苑は「毛筆を用いて文字を巧みに書く術」と言っています。やはり文字ですよね。でも、文字を"想起させる"抽象的な物ならその定義に入るかもしれません。書道展の委員などの方は、これは幅広い年齢や海外の方も飛び込んでいけるような、そんな発展である とおっしゃっていますが、今後も書道の概念が広がっていったら面白いですね。

そういえば、同日に同じ美術館では美術展が行われていましたが、やはり来場者は書道展より圧倒的に多かったような気がします。
それと、少し話に聞いたのはエントリーシートは電子的に提出するようになってきているようですね。少し寂しいことです。しかし事務処理上の観点からは自然な変化なのかもしれません。かく言う私も板書をPCで取ることが増えているので人のことを言えませんね。
でも、日本や中国の伝統として みたいな堅いお話でなくて、伝達・記録の趣深いツールとして、または芸術の一つとして、書道に触れる人がたくさんいたらいいな、と思うことはたまにあります。
画像の文献 「書の古典と理論」 全国大学書道学会 編 (光村図書)


お次は升野くんです。