Fumble or Fumble



気ままに書いてみよう!!

「竜宮城と七夕さま」:浅田次郎

日頃から目の酷使に注意が足りなかったために
とうとう、ドライアイになる。

お世話になっている眼科医院で処方してもらった点眼薬で
凌ぐ。

その間、

パソコンをまったく見ないわけにもいかず。
最小限の仕事をこなし、

朝の読書はしばらくお預けにするつもりが、

ままならず、

熱中しない本、気軽に読めるエッセイはいいだろうと
本書を選んだ。

著者は「鉄道員(ぽっぽや)」の作者であることぐらいは知っていた。

JAL機内誌の人気連載を単行本化した本

肩もこらず、
時間のつなぎ目に読んでみる。

この話術は、きっと男性ファンが多いのだろう。
可もなく不可もなく数編読む。

それにしても、

中華料理の嚆矢、膂力、面壁久しい、
鬱と鬣、掌の中の箱匣、 

など多数、

普段使わない漢字や語彙が頻繁に使われる。
漢字に関する考察や、語彙力の豊富さには圧倒された。



君が夏を走らせる」:瀬尾まいこ

あと少し、もう少し」の派生作品。

高校生になった大田君が先輩の子ども
1歳10ヶ月の女の子の面倒を見ることになる。

16歳の思いがけない奮闘物語。

成績順により振り分けられ、
もう捨てたも同然だと思っている高校生活に
新たな風が吹き始める。

出来過ぎの感はあるものの、
ひと夏の経験が彼の心の成長を図り、
余韻の残る結末だった。


全編に著者の暖かいまなざしがあふれ、
爽やかな気分になれる。




「あとすこし、もうすこし」:瀬尾まいこ

陸上部以外からも寄せ集められた6人の中学生駅伝物語。

県大会出場を目指して襷を繋ぐ、

6人の男子中学生たちのそれぞれの想いや背景(家庭環境)が
各章(区間)となり、襷がつながれていく。

三浦しをん作『風が強く吹いている』と比べると
少し物足らなさはあるけれど、

久しぶりに、
清々しい読後感をあじわった。




「龍が哭く」:秋山香乃

河井継之助の生涯を描いた長編小説。


徳川時代末期の武士。
越後長岡藩牧野家の家臣。

疲弊した経済を立て直し、
財政再建を成し遂げている。

戊辰戦争(北越戦争)で長岡藩は
中立の立場を明らかにするが、
新政府軍に聞き入れられず、

止む無く
旧幕府軍として「奥羽越列藩同盟」を組んで
北越戦争に参戦することになる。

継之助は何も得るところもない戦いに、
長岡藩士のすべてを投入して敗れ、

長岡は壊滅的な打撃を蒙り焦土と化す。
継之助は中途戦死する。


著者のあとがきでは、

「等身大の継之助を描きたい。

英雄としての格好いい姿ではない、
十分すぎるほど弱さも抱えて、

その中で自身の出来ることを
精一杯成し遂げた人間臭い継之助を描きたい。

生きていた時代でさえ、
人物評価は割れていたという。

それぞれの中にそれぞれの継之助が存在するのだから
私は私流の継之助を描いた」・・・とある

現在でも長岡市民の評価は割れている。

武装中立の道を目指しながら、
戦争になってしまった。

どっちも付かず中途半端な、
自己矛盾の塊とまで評される人物を

著者は愛情を持って描いている。





「流」:東山彰良

2015年第153回直木賞受賞作品。


この年、
芥川賞に「火花」が受賞している。
芸人作家の誕生で騒がれた年でもある。


本書は、

日中戦争に翻弄された歴史を
台湾の外省人と本省人の抑圧と解放をテーマに

外省人の青年を主人公に描いている。


当時の選考委員の評価は高かったようだが、
暴力的なシーンや野卑的な表現についていけないところもあり
興味も半減したが、

文章の勢いと主題に魅了されて読んでしまった。

読書は人それぞれに嗜好があるので

個人的には合わなかったが、

戦争の知らない世代が、

日本、台湾、中国の関係や争いの虚しさを知る
切っ掛けに成れば良い。



「京都の壁」:養老孟司

数年前に、
著者のシリーズもの「バカの壁」はべストセラーになったけれど
バカの壁という概念に興味を持って読まれた方も多いと思う。

肯定的な評価と否定的な評価とさまざまな反響があった。

本書の場合は

「京都以外の出身者から見た京都論」とはいかなるものか
京都と言えば、「ぶぶ漬けだけでも」「いちげんさんお断り」等に代表される、
典型的な「よそ者を寄せつけない壁のある街」と引き合いに出されるが、

それらは「日本人特有の性質」であって、京都は、
それらを色濃く残しているだけに過ぎないことを、
東京や大阪、鎌倉といった都市と比較されています。

それを「ゲマインシャフト」地域共同体と「ゲゼルシャフト」
機能別共同体の関係で読みといておられる。

千年の都・京都にはいくつかの壁が存在する。
言葉の壁、老舗の壁、地形の壁、京料理の壁、京都人の壁、文化の壁……

このような壁が有るのか否か、

最終章で、

「京都の壁は、本来は京都だけではなく、日本の街には必ず存在している地域共同体の壁なのです。」

まさにそのとおり、

慣習やしきたり言葉などは地域の人の生活を守る精神的な壁であり、
京都に限らず排他的な壁はどこにでも存在する壁だと思う。

因みに、

洛中の認識が、
明治になり京都市内に路面電車網が張り巡らされ、

「北大路通、東大路通、九条通および西大路通の内側が洛中」
という共通認識が生まれたようですが、

京都で生まれ京都で育った「明治生まれの母」は認識が違った。

洛中は、

北は丸太町、南は五条通まで、
東は寺町、西は千本通りまで。

祇園祭の鉾や山が建つ町内あたりが洛中だったようです。

糺の森には山賊がでる・・・なんて云ってました。






「がん消滅の罠」完全寛解の謎:岩木一麻

本書は、『このミステリーがすごい!』大賞受賞作品。

興味を惹くタイトル、「救済のネオプラズム」が原題らしい。

余命宣告を受けた末期がん患者が、
生命保険の生前給付金を受け取り、

その後がんが消える‥‥

がんセンターの内科医と研究者、保険会社の調査員が
保険金詐欺の疑いをもって調査を始める。

がんは、日本人の死亡原因の第1位であり、

がんとは無縁で生きられない昨今、

「がんの完全寛解」は、誰もが関心を寄せる事柄。

しかし、

がんの発生と消滅に関してのトリックは、
果たして理論上がんの完全寛解があり得るのか。

本書においては、動機や登場人物の関係、
次々と起こる出来事にご都合主義を感じる。

がんをコントロールする医師と、
従わなければ命を脅かされる患者

支配する側とされる側、

人間の尊厳を否定し、人の命をもて遊ぶ行為は許せない。

倫理観欠如の医師が増えればどうなるだろう・・・

トテモ怖ろしいことだ。

人間の生命をあつかう医療に利益追求の考えを
持ち込むべきではない。

概して医療関係者は、
医療の世界に経済学を持ち込むことには

抵抗感が強いはず・・・と信じたい。





「応仁の乱」: 呉座勇一

「応仁の乱」について、知っている概略は、

複数の守護大名家の家督争いや将軍家の後継問題、
有力大名の細川勝元と山名宗全の幕政をめぐる主導権争い
などが要因となり、
全国の諸大名が東西両軍に分かれる形で応仁元年(1467)に勃発。

戦乱は11年にわたって続き、
主戦場となった京都の荒廃や室町幕府の衰退を招いた。

この程度しか知らない。

本書は、
奈良・興福寺僧の尋尊と経覚という2人の日記と
多くの学者の見解を活用され展開する。

細川と山名二者間の利害の対立だけならば当事者間の交渉で
妥協が可能だった。

戦いで払った犠牲に見合う成果を求めたため、
さらに戦争が長期化する悪循環が生まれた。

複雑な人間関係、東西両軍色分けも便宜的に変わる。

不条理な不可解な長い戦乱。

やはり一通りの読み方では十分に理解できなかった。

本題から逸れるが、
巻末の主要参考文献の多さには圧倒された。

蛇足ながら、

学術書でない読み物としての「応仁の乱」が
ベストセラーになったのは、

惹句や人目を引く作戦が功を奏したのだろうか。

現今、ベストセラーは作られるものらしい。


「墨龍賦」 : 葉室 麟

「海北友松」は桃山時代の絵師、建仁寺の障壁画はとくに有名。


武門の生まれながら、血筋を残すために幼くして仏門入る。


迷いながらも
還俗してお家を復興させようという気概を終生持ち続ける。


安国寺恵瓊、尼子勝久、明智光秀など、
歴史上人物と出来事を淡々と描いている。


葉室凛氏の作品は
羽根藩シリーズ三作「蜩ノ記」「潮鳴り」「春雷」以来
読んでいない。


本書は、著者にとって50作目の記念作品らしい。

重厚な作品を期待していたが、残念な結果だった。





「水壁・アテルイを継ぐ男」:高橋克彦

著者のふるさと東北が舞台。

東北の民・蝦夷(えみし)を
搾取と差別で痛めつけてきた。

その時代の中央政府(京の朝廷)
との戦いをテーマーにした物語。

高橋克彦氏の作品を読むのは何年ぶり。

なかでも
東北の民・蝦夷(えみし)を主人公に据えた作品は
強く感銘を受け印象に残る。

『火怨(かえん)』

蝦夷の英雄阿弖流為(アテルイ)と征夷大将軍坂上田村麻呂の戦い

『炎立つ(ほむらたつ)』

京の朝廷に対して、反乱を起こした安倍貞任と、
東北の地に黄金の楽土を築こうとした奥州藤原氏の興亡が
描かれる。

『天を衝く(てんをつく)』
九戸政実(くのへまさざね)の戦い。

『風の陣』
奈良時代の蝦夷の動向を追った作品。


本書は
阿弖流為の死から75年後、
平安時代(元慶二年・878年)に起きた蝦夷の反乱、
元慶の乱(がんぎょうのらん)
阿弖流為の4代後の子孫天日子が決起する。

著者ライフワークの壮大な物語の全編を
再度読み直したくなった。



「戦争の日本中世史(下剋上)は本当にあったのか」:呉座勇一

本書は、
元寇から南北朝をへて応仁の乱までの中世史を
「戦争」の実態・変化から論じた一冊。
膨大な史料を提示して実証している。

通説を外れて史料を改めて検証することで、
「別に戦争なんてしたくない人たち」の姿を描いている。

一貫して貫かれているのは、戦後歴史学を引っ張ってきた
「階級闘争史観」「唯物史観」の見直し・批判ではないのか・・・・

あとがきに
足枷を外せば視野は広げられるという試みに過ぎない。
「階級闘争史観」を全否定をするつもりはない・・・と
あった。

「今でしょ」「倍返しだ」のようなネットスラングや流行語が
見られ、読みやすくするためとはいい、
著者の言い回しに違和感をもつ。

けれども、
歴史研究者が、
資料からどのように推論するのかが良くわかり
得るところはあった。


「十二人の死にたい子どもたち」: 冲方 丁

ショッキングなタイトルだが、
「12人の怒れる男」や「12人の優しい日本人」を彷彿する。

廃業した病院に集まる12人の子どもたち、
彼らの目的は集団自殺。

しかし
集合場所にはすでに一人の少年がベッドに横たわっていた。

彼は一体何者なのか、誰かが彼を殺したのではないか。
このまま計画を実行してもいいのか。

子供たちは自殺を実行するべきか、否か、
各々事情を抱えた者同士が感情をぶつけながら、

全員の意志が一致するまで議論を重ねていく。

議論(謎解き)を重ねるうちに、

ある子の切実な死にたい理由が、
他の子にとっては「な、なんで」「え、そんな理由で?」となる。

そのような状況から
別の価値観があるんだということを認識し、
絶対的な価値観が相対化されていく。

この集いの本当の目的は・・・

子どもたちの議論の行く先は・・・

おおよその予想どうりとなり終わるが、


子どもたちはなぜ死を求めるのか、
キャラクターの内面や背景が、
もう少し詳しく知りたい。





「光秀の定理(レンマ)」: 垣根涼介

明智光秀はなぜ「本能寺の変」を起こしたか。
歴史ミステリーとして解明はされていない。


歴史は勝者によりつくられる。

命題をどう描くのか興味深く読み進める。

戦乱が頻発した時代でありながら、
合戦の場面がほとんどない。「本能寺の変」も描かれない。

理(ことわり)世の中の理 、人としての理
理という視点から、歴史を見つめている。

数学のパラドックス確率論(モンティ・ホール問題)
このくだりで思考が一時ストップする。

最終章
光秀の友人として描かれる架空の人物、愚息、新九郎は
少し出来過ぎた感はあるが、

二人が述懐する場面で分析している
信長と光秀の合理的な考え方の一致点。

しかし、
両者の人間関係の捉え方に決定的な違いがあるという

人に序列を求める信長と対等を求める光秀。

この違いが
「本能寺の変」を起こす要因の一つとなったという考察は
新鮮だった。

『確率論から読み解く歴史』って書かれてる通り、
新しい視点から描かれたユニークな戦国時代は面白い。





「土の記」上下: 眤次〃

「空海」以来の新作、
奈良県の山間部が舞台。

関西の大手メーカーを退職し
農業に従事する老主人公と
日本の原風景のような日々の暮らしぶりを
緻密な描写で綴る。


ドラマチックな展開はない、
人間の日常を淡々と描いている。


農業・稲作について、詳密に描写したところで
『晴子情歌』におけるニシン漁の描写に思いを巡らす。


青森の素封家での暮らし、
鮮やかに生々しく綴られていた。

特に鰊漁での浜の賑わいと働く人の喧噪や
息づかいの描写には圧倒された。


本書でも

主人公の大学で地質学を専攻した知識を活かした
実験的な農業を稲作マニュアルではなく、
人間の営みと、自然の営みを密着させて描き出している。


「農は科学的知的な営み、日本人はもっと理解を」
どこかの寄稿文を読んだ記憶がある。


下巻に移り

平成23年、衝撃的な3.11東日本大震災、
世界中が注目した。


その影響は、

800厠イ譴心村の人々や土中の虫けらや水中の魚
鯰にいたるまで少なからぬ衝撃と影響を及ぼす。


著者は、

言論人として東日本大震災、原子力発電所事故を
メディアに於いて強く発言してきた。


彼女なりの震災に対する思いが伝わってくる。


老主人公の脳にも少しずつ異変が忍び寄る。
記憶力の極端な喪失が見られ、

精密検査で一過性脳虚血発作の疑いの診断
MRIで脳梗塞が見つかる。


娘との不協和音、家族のあり方の変容、
出穂の喜びもつかの間、


最後の12行で非情な結末を迎える。



「蜜蜂と遠雷」:恩田 陸 

第156回直木賞受賞作品、

新人の登竜門と称される国際ピアノコンクールを舞台に。
第1次予選から本選まで2週間の戦いを描く。

著者のインタビューによると

≪完成までに12年を費やした。
3年ごとに開催される浜松国際ピアノコンクールに4回通い、
すべての演奏を聴いたという。

何度も通ううちに演奏の聴き方も変わり、
ピアニストの気持ちが理解できるようにもなった。
実際にコンクールに参加したことのある人たちから、
共感したと言ってもらえました≫

とあった。

音楽小説において
どこまで一定のクオリティを維持し
音楽を語れるのか気になるところだった。

コンクールの課題曲をはじめ目次、
第一次予選から二次、三次、本選まで

曲名が記載されていた。

音楽のモチーフから、
主登場人物4名に本選で何を弾かせるのか
キャラクターと曲の組み合わせに興味をもった。

風間塵(16歳、養蜂家の父と各地を転々とする)
バルトーク「ピアノ協奏曲第三」
なるほど、バルトークの民族音楽というか、土着性。

マサル・C・レヴィ・アナトール(19歳ジュリアードの王子)
プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第三番」
オープニングが華やかな、聴衆を引き付ける曲

高島明石(28歳、楽器店勤務の妻帯者)
ショパン「ピアノ協奏曲第1番」
もっともポピュラーな選曲。

栄伝亜夜(13歳時に天才少女と謳われる)
プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第二番」
7年前、この曲の演奏直前に逃げ出した。

キャラクターの設定に合わせて
演奏するプログラムを決める。

一次予選から本選まで進むにつれ、
演奏する曲の難度は上がり、
彼らの演奏をどう描写するかも難しくなっていく。

相当の曲の理解度が要求される。
大変な作業だったろう。

風間塵の演奏描写が、ブーニンを想起させた。

1985年スタニスラフ・ブーニンがショパン国際コンクールで
独自の解釈で演奏をしたが優勝した。

登場人物に漫画的なパターンがあり、
天才的奏者の勝負、型破りな天才、王子様キャラ・・・


気になるところだが、

アニメ、マンガで育った世代にはわかり易く
共感を呼ぶことだろう。

所詮小説は虚構の世界だから、
それなりに面白く読ませてもらった。




「沈黙」: 遠藤周作

江戸時代初期のキリシタン弾圧の渦中に置かれた
ポルトガル司祭を通じて、
神と信仰の意義を独自の観点から扱った作品。

初版は昭和41年(1966)
その頃、純文学書下ろし作品の数々を読んでいた。

「砂の女」:安部公房 
「個人的な体験」:大江健三郎 など

その中の一冊でもあった「沈黙」、

2017年、
マーティン・スコセッシ監督により映画化されることを知り

再読することにした。

著者にとっての長年のテーマは、

「日本人が信仰しているキリスト教は、本物のキリスト教か」

「日本人でありながらキリスト教徒である矛盾」

神の存在をめぐる素朴で本質的な疑問。

著者自身がキリシタンでありながら、宗教の意義を問いかけることが
彼のワークライフだったのだろう。

遠藤作品は、
文章表現が繊細で生々しく暗い、

読み進めていくにつれて、
もう続きを読みたくないような気分になる。

真逆な作風
「ぐうたら人間学、狐狸庵閑話」の様な、茶目っ気な作品もあった。

小説が映画化されるたびに思う、小説家と脚本家とは違う、

往々にして、
小説の核心を描くことは、不可能に近い。



「六月の夜と昼のあわいに」:恩田 陸   序詞:杉本秀太郎

現代絵画、フランス文学者の杉本秀太郎さんの序詞(詩・俳句・短歌)
と画家の作品からイメージされた十編の作品集。

一編づつ冒頭に絵画1枚と詩歌が掲載されている。
それぞれ小説としての形式が違い不思議な世界が展開する。

・恋はみずいろ:合田ノブヨ「冬の結晶」

・唐草模様: 町田久美「ごっこ」

・Y字路の事件:小林志保子「Square Garden―夏の終わり」


・約束の地:本田誠「とても小さな声」

・酒肆ローレライ:冨谷悦子「棗菊」

・窯変・田久保順子:福島淑子「夢のつづき」

・夜を遡る:樋口佳絵「呼吸法」

・翳りゆく部屋:伴美里「Room」

・コンパートメントにて:高木紗恵子「Cherry ripe」

・Interchange:伴戸玲伊子「記憶の雫」


散文詩のようなスタイルもあり、
不思議な淡いはかない時の流れを感じさせる。

少々のモヤモヤ感が残っても、

時には
このような作品を読むことも良いのでは。




「猫と針」: 恩田 陸

2007年に上演された
「演劇集団キャラメルボックス」のために書かれた戯曲。

閉鎖的な空間での会話劇。

ところが
関係者の元へ脚本が届いたのが開演の1週間前とか

演者も演出者も役を練る時間があったのだろうか。
内容とは関係ないが疑問を持つ。

本書は演劇経験者なら
どんな風に演じるかなぁ?と、楽しみながら読まれるかもしれない。


恩田陸作品を数冊読んだところで
まだ良さがわからないが、

最後の投げやり、結論のあいまいさやあなた任せ、

良く言えば余韻はどうやら作風らしい。


「危険なビーナス」: 東野圭吾

文章は読みやすく
読み手を引き込むストーリーの展開はいいとして、

人物設定(品性に欠ける主人公とヒロイン)に共感が持てない、
魅力がない。

作風が変わったか?

序盤から、不信感を持ちながら読み進める。

後天性サヴァン症候群やウラムの螺旋など、
脳科学の要素は、
ストーリーの鍵であるにもかかわらず、

必然性を感じなかった。

終盤、
意外な犯人が登場するが、
犯人の行動や動機、追いかける人たち、警察の行動も不自然。

何の感慨もないままに読み終えた・・・・

次回は、
ライトノベルではなく、読み応えのある、
脳科学をテーマーにしたSFミステリーを
期待したい。



「消滅」: 恩田 陸

台風が接近しつつある日本の国際空港。


日本へ帰国したばかりの11人の男女が

テロリスト容疑をかけられ、別室に連行される。

閉鎖空間において、
コードネームは「消滅」テロリスト探しが始まる。

モチーフは、
大規模通信障害、ヒューマノイドロボット登場、超大型台風の接近、
高潮、孤独な肺炎、

興味津々読み始めたが、

活かしきれてない。ただ並べただけ。

また、
極限状態の心理描写も今一つ伝わらなかった。

500ページの小説
長く引っ張り、収束はどうなるか気になったが

結末も肩透かし、

綿密なプロットがあったのだろうか。

余分なことだが、

12年前のアメリカ映画「ターミナル」が脳裏に浮かぶ。
スティーヴン・スピルバーグ監督、トム・ハンクス出演。

母国を出発後クーデターにより政府が消滅する。
パスポートが無効になり、入国ビザは取り消されて
ターミナルに閉じ込められる。

ターミナルで暮らすようになり従業員との交流を描いた作品だった。

結末が、小気味良かっただけに無意味でも比べてしまう。

おりしも
「蜜蜂と遠雷」が
2016年下半期の直木賞候補にノミネートされた。

次は、
期待を裏切らない作品であってほしい。



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ひと・まちPCサロン,シニア情報生活アドバイザー養成講座の認定講師。 Web管理をしている。 http://t.co/qHAKvUHx  頼まれて、公私団体のWeb製作をしている。 近江八幡市でネチズン・八幡(シニアネット)を主宰。 http://t.co/B5zdu2LH
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