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トークステージのラストは「生きづらさ」。
ゲストスピーカーは精神科医の泉谷閑示さん。主催者側聞き手は林恭子さん。林さん自身が泉谷さんのカウンセリングを受けていたことがある人。

まず林さんから生きづらさの理由の一つとして「自己肯定感」が持てないということがあるのでは、と問いかけ。

それに対して泉谷さんは自己肯定の反対は自己否定。このように「マルかバツか」の思考を「二元論」という。私はこの二元論の苦しみから離れるお手伝いをしている、と。これがおそらく泉谷さんの心の悩みに関する解きほぐし哲学のメインであろうと全体の話を聴く中で再考したことだ。

先ほどの「働く」のテーマでも出た「普通」ということば。その普通という「大通り」は人為的に作られたものだ。だから大通りからずれたとしても、私(泉谷)は大通りに戻らない道を勧めている。つまり「自分だけの道」を歩むことを勧めている。大通り以外の道はモデルがないとしても、モデルというのは邪魔なものでしょ?大通りから離れて歩んだら林さんのような人が生まれる。そういうことです、と。

林さんの次の質問は、これも「働く」テーマのトークステージと絡むけど「とりあえず考えてばかりいないで、まず働いてみたら」と巷間よくいわれるアドバイスについて。

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泉谷さんは自分はその意見から「働く」についてとことん考えてみた。実は「働く」には三種類がある。その三種類を「働く」という言葉ひとつにまとめてしまうから話がややこしくなる。

哲学者、ハンナ・アーレントはその三種をまずlabor(労働)、work(仕事)、action(活動)にわける。そして、後者に向かうにつれて人間らしいものになる。古代ギリシャでは労働は卑しいものとされた。だから生きる以上しなければならない労働は奴隷にやらせた。

良し悪しは別として、労働だけが中心だと人間は生きることに意味を見出せなくなる。いまはlabor中心の社会だけれど、workやactionの中にある「意味」を感じたいと人は思っているはずだと。

次に「好きなものがない、好きなことが見つからない」という声もよく聞く、と林さん。泉谷さん曰く、そういう人は多い。でも好きなことは考えても出てこない。むしろその前に嫌いなこと、やりたくないことを自分の中でハッキリさせることのほうが先決だ。「ノー」が生き物の最初の自己表現である。

みんな頭の声ばかり聞いて、心の声を聞かない。心の声の最初のものは「ノー」なのだ、と。
林さんはその意見に同意しつつも、でも「心のノー」は怖い。そう思ってしまうのにはどうしたら?と。

泉谷さんはもちろんそういうことはある。でも、「心のノー」を無視した関係性は壊れるときは壊れるものです、と。

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続けて林さんより、そういう進み方は泉谷さんという伴走者を得たから進めたけれど、心の中の声を出す勇気を与えてくれる人がいないときはどうしたら?と。

泉谷さんはそういう声を出してきたかつての人びとの言葉を参照にすれば良い、と(本、音楽、美術等のアートなど)。

「心の声」に絡めて林さんから「とはいえ、この会場に来られた人はなぜここに来られたのでしょうね?」と。

それに対しては「大通りを歩くくらいだったら死んだほうがマシだ」と思っているからじゃないですか、と。
「だって、大通りを歩いているのは死体ばかりじゃないですか」となかなか過激なご発言。「人は自分が生きたいと思う道を行くんだ。自分が人生の最後に『面白かった』と言って死ねればよい」と。

これは結構うなづけるというか、最後の希望というか。例えば大通りを守るように生きてきた自分の父親を考えてみると、昔の価値観に縛られたままの老境で、日々がつまらなそうで、わがまま放題の様子を見ていると、正直『こうはなりたくないよなぁ…』と思うわけなのですよ。親に対して何と残酷な思いだ、と言われるかもしれないけれども。

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さて、アフタートークでは「日本人の自分としては、自分の本音と建前の区別が分からなくなっている気がする」というご意見あり。

それに対して泉谷さんは「わがまま」を復権させるべきだ。麻痺を解除するために、我慢からちょっとずつ離れてみることが必要、と。

精神科医志望の医学生から「泉谷先生みたいになるにはどうしたら?」。
「まず一個の人間になること。技術だけじゃなく、「そうか」と実感できる方法で。すべて真っさらなところからカウンセラーになって欲しい。私自身、もう勉強はいい、と思っている。フロイトもユングももういい。それよりも知識じゃなく、『目の前の人がわかること』が大事だと思っている」とのお話でした。

私自身がもう27年精神分析という名目で特定の先生と長いセッションを続けている存在なので、泉谷先生の話しに全く異議なしだ。

小手先のテクニック的な話は一切なく、一貫して本質的なことしか話されなかったので、その点も信用ができたし、実際「揺らがなさ」において自分のセラピストに良く似ている。この境地まで至ると最早「存在が語る」世界だな、と思った。つまり人として本物だなと思ったのである。著作本のとおりの人だった。

ただ、個人的にアフタートークのときに質問させていただこうと思ったのだけど、泉谷先生のカウンセリングを受け始めた当初の人にも今日の会合のような本質的な話をされるのだろうか、ということだった。でもほかの人に対する質疑のやりとりを聞いて、特にあえてこの場でそのことを聞くこともないな、と思い直した。そこは人を見て機を見ながら対話をしていく根本は持たれているだろう、と直感したからである。

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レポーター
札幌市 杉本賢治



【レポータープロフィール】
杉本賢治(すぎもと けんじ)
札幌市。経験者が聞く10のインタビュー『ひきこもる心のケア』(世界思想社)。中井久夫推薦! ナンチャッテ社福士。排除を関心領域に社会保障に興味あり。趣味はマイナーな音楽を聴くこと、寝ること。
WEBサイト インタビューサイト「人と社会を考える」