
2012.01.23.震災後の日本を舞台にした園子温版「罪と罰」。
鑑賞状況:やや眠 09:30~ @ユナイテッドシネマとしまえん 1,200-(割引券使用)
uzazo評価:★★★★☆(良い)
突きつけられる理不尽の中、それでも生きろときみは言う。
大好き園子温監督作品「ヒミズ」観てきました。
例によって原作未読。
ネタバレという程の感想を書けるとは思いませんが
どうしても内容に触れてしまうのでこれから観る予定の方は
読まない方が良いかと思われます。
震災後に大幅な脚本修正したとのウワサを聞いていましたが
設定そのものが震災後の日本になっています。
きっと物語の本筋に必要不可欠な変更では無かったハズですが
これは絶大な効果を発揮して作品のテーマを強化している様に感じました。
あらすじなどはオフィシャルサイトなりを読んでいただくとして
極端な例えをしてしまうと主人公・住田祐一に世界がのしかかってくる物語。
劇中の「スミダ」「スミダくん」「スミダさん」という響きが
見事に機能しギュウギュウと彼を抑圧していく。
全てのベクトルが住田祐一に向かっていて容赦なくのしかかる。
わかりやすい両親などとの関係性以上にこの物語前半パートでは
全ての人間のはけ口が住田祐一になっている。
中でも「良きこと」的に熱弁をふるう教師の気持ち悪さは異常。
それに返す住田祐一の言葉、
職員室で教師を問い詰める茶沢景子の言葉。
「良きことを言う自分」への陶酔という醜さがむき出しにされる。
誤解を恐れずに書いてしまうが今の日本では
よく見られる種類の気持ち悪さのように感じた。
しかし中盤以降彼に向けられたベクトルの中で
真に彼を想うベクトルが有ることも示される。
きっかけはねじ曲がっていようとも
「彼を想う」という事にウソは無い。
この放たれた「真の想い」が住田祐一に届くのか。という物語。
震災以降の日本。を見事に描いたシーンはまだまだ沢山ある。
なかでも秀逸だったのは夜野とテル彦の盗みのシーンだ。
部屋のテレビに映し出される宮台真司氏が原発事故について
解説する言葉と夜野とテル彦の心情が
ピッタリとリンクするシーンは非常に見事。
テクニカルな意味での凄さはもちろん
このシーンが有ることでもう一つのメタファーが
見事に提示された気がする。
それは住田祐一をとりまく抑圧、
もっといえば登場人物全てに降りかかる何か。
ソレは原発事故以降の放射能汚染の問題同様
画面には映らない、決して目には見えない何か。
いわゆる「空気感」とでもいうのだろうか。
園子温監督はこういった表現がメチャクチャウマイし
最大の魅力の一つだと思う。
これまでは音、光で表現されていた部分に
「決して目で見る事が出来ない何か」のメタファーとしての
原発事故とその周辺。これは見事だったと思う。
この作品で映し出される瓦礫に埋め尽くされた被災地の様子、
メタファーとして利用される放射能汚染。
これらの事には人それぞれの受け止め方はあると思う。
もちろん否定的にとらえる人もいるだろう。
しかし物語は人間を描いているのであって
人間は常にそれまでの歴史・文化の上に成り立っている。
現在進行系の震災以降の日本というのも
決して避けて通る事の出来ない歴史の一つだ。
それは映画に限らず今後目にする何か、
震災に全く触れていない物であっても
また過去に作られた作品であっても
僕らに刻まれた震災とその後の日本を
切り離して考えることが出来ない。
もしかしたらその事を真正面から向き合った
初めての作品なのではないだろうか。
受け取り方は人それぞれであっても
これらの事を扱う監督の表現者としての姿勢は
真摯な物であったとボクは思う。
ちょっと話が物語りからそれてしまいましたが
この作品に描かれている世界観は
それほど痛烈で明快に「震災後の日本」という
状況を物語に組み込んでいるように思えた。
その世界観の中に描かれた物語。
オフィシャルサイトに掲載されている著名人コメントにあった
映画評論家、森直人氏のコメントが全てだと思った
現代日本に転生した「罪と罰」の
ラスコーリニコフとソーニャのようだ。
なるほど。非常にわかりやすい。
というかその通り。他に書く事が無い。(笑
これは園子温版「罪と罰」だ。
現代日本。
今、まさに今の「罪と罰」。
園子温作品で必ず描かれる
サークル(輪・環)とそこからの脱出者。
それはこの作品でも描かれている。
しかしその他の作品と大きく違うのは
この物語におけるソーニャ、茶沢景子の存在。
園子温監督作品でこれほどまで強烈に
サークル(輪・環)からの脱出を後押しした
キャラクターはいないのではないだろうか。
「スミダ ガンバレ」
よく言われる「頑張れ」という言葉の残酷性。
「すでに頑張っている人間にどう頑張れというのか」
もちろんその事は理解できる。
しかしこの作品ににおいてその指摘は筋違いだ。
これは前述した冒頭の教師のセリフと対になって使われているわけで
同じ言葉でも「真に想う言葉は届く」という事を示している。
作品冒頭から繰り返される抑圧の象徴
「スミダ」「スミダくん」「スミダさん」という響きから
真に想い、発せられていた響きが彼に届く。
「スミダ ガンバレ」
このセリフには
前述の残酷性は判っている。
それでも頑張れ。
それでも生きろ。
確証の無い希望を思い浮かべて
それでも生きろ。
という風にボクは受け取りました。
そこに映し出されているものは希望その物。
確証の無い希望を夢想して生きる行為。
走り出した彼らそれ自体が「希望」なんだ。
そんな風に思いました。
またキャスティングについて。
これまでの園子温作品の出演者が多く登場する。
もちろんこれまでの作品で繰り返し出演されている
俳優さんは沢山います。他の監督より多いかも。
しかし本作ではオールスターキャスト的に
小さな役にまでこれまでの出演者が
キャスティングされているのが印象的。
これはボクの勝手な深読みなのですが
この作品のテーマ、
チープな言い方になりますがエールとしての
意味合いがあるのではないかなぁ。と。
なにやら「震災」「原発事故」「頑張れという言葉」を
取り上げて否定的な感想を抱く方もいるそうだが
ボクにいわせれば「いったい何を見ていたのだ」という感じだ。
感想は人それぞれの物であるのは大前提だ。
この作品が嫌いだという人も当然いるだろう。
しかし上記の事を理由にこの作品を批判するのは
この作品に登場する教師の気持ち悪さと同質。
もちろんこの作品が完璧だなんて思わない。
未消化になっている部分も見受けられる。
しかしソレを差し引いても尚余りある魅力がある。
今必要なメッセージが打ち出されている作品だとボクは思います。
とにかくボクはスキです。
素晴らしい作品でした。



