感想文を提出いたします。(別館

観たり聴いたり行ったりしたものの感想をだらだらと。。。

マジカル・ガール

マジカル・ガール(2014)
Magical Girl

20170512_02


2017.05.12.
鑑賞状況:やや寝不足
wowow 録画視聴
uzazo評価:★★★★☆


劇場公開当時、大変良い評判を聞いていて
観に行けなかった「マジカル・ガール」。

wowowで放送されていたので録画視聴してみました。


なるほどっこれは面白い。


どんな内容なのか知らずに観ていると
アレよアレよと全く知らない場所へと連れて行かれてしまう。
ストレートなフィルム・ノワールの傑作でした。

ニヒリズム的なユーモアを交えながらも
物語で巧妙に省略されている部分を想像させられ
ショック描写がほとんど無いにもかかわらず
見終わった後にはとても陰惨な物語を見た気分になる。

先が見えない暗闇の中を進んで行くような
この物語は詳細を知らないで観た方が楽しめるので
まだご覧になっていない方はココでお別れです。

wowowメンバーズオンデマンドでも配信されていますので
wowowに加入されている方は是非に。



余命わずかな娘の希を叶えたい父親が
金策に奔走する事でホンの少しのズレから歯車が狂いはじめる。

別に難しい話でもなくホントにストレートに面白い物語です。

フィルム・ノワールってファム・ファタールに
翻弄されてとんでもない世界に足を踏み入れてしまう物語ですが
見終わってみると2人のファム・ファタールの物語。

冒頭の

完全な真実というのは
常に答えが同じであり
つまり 2+2 は 4 なのだ


ジグソーパズルの最後のピースのありか

余命わずかな娘・アリシア と その父親・ルイス。
バルバラ と ダミアン

4人の運命のピースは常に答えは変わらない。と
冒頭で暗示させている事を思うとぞゾクッとしてしまう。


そしてどうしても「まどマギ」が重なって見えてしまう。

「まどマギ」のネタバレ入るのでご注意を。

「まどマギ」は魔法少女が成長すると魔女になる訳ですが
物語冒頭、少女として登場するバルバラは成長して魔女になります。
一方余命わずかな少女アリシアは魔法少女になった。

円環の理に導かれていく4人の物語。

そんな風に見えました。


そして物語冒頭、魔法少女であったバルバラ。

教師であったダミアンに授業中に持っていた
メモを読み上げさせられ「そのメモを渡しなさい」と
命じられるも渡す事は出来ないという。

「なぜなら持っていないから」

と、手を開くとメモが消えている。

ラスト・ダミアンは対になるように

「携帯電話を渡せない。なぜなら持っていないから。」

と手の平から消す。


ここで2人は対等の立場になれたのか?

決して対等にはなれていない。
なぜなら冒頭で少女バルバラが見せた魔法は
メモを手の平から消すことではない。

あの時に読み上げた言葉なのです。

読み上げるよう命じられたメモには
実は何も書いていない。

彼女の使った魔法は言葉そのものなんです。


この冒頭シーンを観た時に引っかかって
視聴後再度一時停止しながら確認しちゃいました。


これはボクが引っかかった印象的な部分なんですが
スミからスミまで丁寧に演出されていて
グイグイと物語に引き込まれてしまう。

名作だと思います。

マーベル展 @ 六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー

20170504_01


世の中GWらしいではありませんか。

「混んでいる時に出掛けるのは愚策」という持論を展開したのですが
ヨメ氏に「混んでない時も出掛けないではないかっ!」と軽く論破され
イソイソと出掛ける事にいたしました。

とはいえ何も考えていなかったので美術館巡りっ

のハズが GW の混雑を見くびっておりました。。。

最初に訪れた「マーベル展」で疲労困憊。
予定していた他の美術展はまたの機会に。

六本木ヒルズ展望台にて開催されていた「マーベル展」。
なんと入場まで1時間弱かかる大盛況。

入場するとあり得ない程の大きさのアイアンマンお出迎え。(写真:左)
シンボルとしてはいいのですが 1/1 を超えてしまうスケールに違和感。
と、思っていましたらちゃんと 1/1 スケールの展示もありました。(写真:右)

この2箇所は撮影OKエリア。

20170504_02


で、展示の内容なんですが

各アメコミの原画・掲載誌。ヒストリー。
映画撮影に使用された衣装・コスチューム。
映画各作品のコンセプトアート。

といった感じ。

情報展示の側面が大きいので激混みの状況では
正直「展示を楽しみきる」というのは難しい。

できれば空いている時に行くのが良いですね。

混んでいる時は体力勝負になってくるので
ワタクシ達体力無し夫婦はザザッとめぼしい所を見て終了。

まぁでも楽しかったです。


で、開場を後エスカレーターを下りますと
期間限定の MARVEL ホットトイズストア。

ストア内には 1/1 マーベルヒーローがお出迎え。(写真)

20170504_03


写真には納めていませんが販売している商品も
キレイにディスプレイされていて
イグジット・スルー・ザ・ギフトショップならぬ
美術展本編の延長戦といった感じ。

ワタクシ模型趣味でありながら模型イベントに行った事もないので
ホットトイズの商品をこんなまとめて見る機会は初めてでした。

ストアの方も美術展と同じぐらい楽しめました。


他に行こうと思っていた美術展は機会があれば…といった感じなんですが
一つ絶対に見ておきたい展示があるのでそれだけはなんとしても会期中に…

ちゃんと見に行けたら感想書きます。

GHOST IN THE SHELL

ゴースト・イン・ザ・シェル(2017)
GHOST IN THE SHELL

20170329_01


2017.03.29.
鑑賞状況:やや寝不足
18:30〜 @よみうりホール 試写会
uzazo評価:★★★☆☆



「ゴースト・イン・ザ・シェル」攻殻機動隊の実写化。
試写会が当たったので観に行ってきました。

公開前なので以下ネタバレ無しのザックリ感想。


何とも言い難い。。。


といった感じでした。


ちなみに全く攻殻機動隊を知らない
ヨメ氏に感想を聞いてみた所
「普通に面白かったよ」と。

ちょっと判断に戸惑う作品だと思います。



ボクが何とも言い難かった理由。

日本のアニメファンは深度の違いはあれど
攻殻機動隊リテラシーがあると思うんですね。

ボクはそんなに深く語れる程ではありませんが
原作コミック・押井版・神山版・ARISEと
まぁ一通り見ています。

そうすると正直「微妙」と言いたくなるのですが
その「微妙」と感じる部分は攻殻を知っているから
感じてしまう部分なのだろうか?と自分に疑念を抱いてしまう。

そしてあしざまに批判するような事も出来ない。

なぜなら今回の実写版の作り手達が攻殻機動隊が
大好きなのはよくよく伝わって来ちゃうし
頑張っているのもよく分かる。

そして観客の中にいる攻殻機動隊ファン達に


「オレ攻殻好きなんだぜ!
 みんなも好きだろ!」



と目配せしてくるんでコチラとしても


「おっおう…」


と微妙な表情になってしまう。みたいな。


絵ヅラとしてもの凄くチャチいという事もありません。
いくつかのシーンを抜き出すと「おっ」と思える部分もある。

ただ厳しい言い方をすると
好きなシーンの切り貼りで作られている印象。

あくまでも切り貼りであってコラージュとして
新しい何かが産まれている訳でもないんです。

なので本作を見ると従来の攻殻機動隊と重ねて浮かぶ連想が
ノイズになってしまい結果的に物語に集中できなかった。

つまり別物としてまっさらな目で観る事を許さないぐらい
従来の攻殻をなぞりつつもやっぱり別物であるという…。


以下、ネタバレではありませんが
一つだけ内容に触れます。


もしかしたらボクなんかが思いつかないような
深度の深い分析で高評価される方が出てくる可能性も
なきにしもあらずなのですが
ボクが観た感想としては
本作でもっとも従来の攻殻と違う部分は

ゴーストのあり方についてです。

核心ともいえる部分が違うので
ボクとしてはどうしても厳しめの評価になってしまいます。

ただ「ゴーストのあり方が違う」って
従来の攻殻を知っているから感じる事であって
全くの初見・別の物語として見た人には関係ないんですよね。。。

ヨメ氏の感想も踏まえてもう一度観たら
全く別の作品として楽しめるかも。とは思います。

吹き替え版のキャストがオリジナルの声優さんという事なので
期待していたのですがボク的には1年後ぐらいに
WOWOWとかで観られればそれでいいかなぁ。と思っています。

BLUE GIANT/石塚真一

  • March 28, 2017
  • book
20170328_01

BLUE GIANT/石塚真一

内容にも触れた感想になるので未読の方はご注意を。



大好きだった「BLUE GIANT」というマンガが単行本10巻を持って完結した。
その衝撃的な展開に脊髄反射してしまいつい別所で暴言を吐いてしまった。

いやはや反省。

万万が一運悪くワタクシの暴言を見てしまった方がいたら
好きなマンガ故の脊髄反射暴言であったのでお許しいただきたい。

衝撃的展開に「みんな怒っているだろう」と
他の方の感想を検索してみたら誰も怒ってない。
というか感動のコメントに溢れていて
脊髄反射で暴言を吐いた事を激しく後悔した。
(暴言は削除済みでございます。)


個人的な考えなのですが批判的な感想の時ほど
他の人の感動に水を差さない様に場所を選ぶべきで
書くならば半強制的にソートされるSNSではなくBlogだろうし
しっかり理由を書いておくのが礼儀のような気がします。

そして暴言を吐いてしまったボクなりの理由がある。

という事で感想を書き残しておきます。


ザックリとしたあらすじ。
中学生の卒業記念に友人に連れて行かれたライブで
JAZZに魅せられサックスを吹き始めた主人公のサクセスストーリー。


このマンガの存在は割りと前から知っていたのですが
読み始めたのは著者の石塚真一氏が上原ひろみさんと対談した
NHKの番組を見たのを期に後追いでコミックスを読み始めました。

JAZZという音楽をテーマに
臨場感のある作画で主人公の成長を描いていく
大変楽しいマンガとして読んでいました。

こういう書き方をすると反論もありそうですが
作画や扱っているテーマ、雰囲気はシリアスでありながら
展開はベタな少年マンガ的。「努力・根性・気合い」で
諸問題を乗り越え成長を繰り返して行きます。
(ちなみに「努力・根性・気合い」は上原ひろみさんの座右の銘でもあります。)

上記の書き方はちょっと揶揄した書き方にもとられそうですが
決してそんな事はなく用意された障壁を乗り越えていく展開には
爽快感がありますしボクは大好きで毎回新刊を心待ちにしていました。


ただちょっとしたヤダ味も感じていたんです。


前述の通り「リアルな葛藤」という雰囲気で描かれているのですが
ベタな少年マンガ展開ですから当然結構なご都合主義なんですね。

そのバランスが人気を得ている部分なのかもしれませんが
ボクの感想としては作者の意図が透けて見えるというか、
ちょっとイヤだな。と思う部分が結構あったんです。

この物語の主人公は「選ばれし者」です。

あり得ない程の練習をしますが
主人公に克服しがたい弱点はありません。
克服しがたい弱点を個性に変換するような仕掛けがない所か
「努力・根性・気合い」だけで多くの人に
あり得ない程の感動を与える演奏をする才能を持っています。

そして絶妙なタイミングで必要な人と
「ひょんな事をキッカケ」に出会い協力を得ます。
主人公と明確に対立する存在はあまり現れません。
表現はアレですが「敵」という意味では全く現れません。

さらには単行本で読んでいると
巻末にその巻に登場した人物の回想インタビューが
「Bonus Track」というオマケで描かれている。
この「Bonus Track」がなければ何らかの理由で
主人公の夢が叶わない結末もありえると思うのですが
回想インタビューがある事で余程の叙述トリックがない限り
主人公は世界的なサックスプレーヤーになるという
とてつもない大きな夢の成功が約束されています。無敵状態。


もちろん創作された物語である以上
全てが用意された出来事です。
ご都合主義の展開でもいいと思います。

でも描かれている世界で許容出来る事って
限界があると思うんです。
納得感というか説得力というか…

この作品は「リアルな葛藤」という雰囲気にコーティングされている事で
感動の為に用意された展開のヤダ味が強調されてしまう。

例えばボクがこのマンガで最初にイヤだなと明確に思ったエピソード。

主人公が初めて作曲するキッカケは
懇意にしていた犬がひき逃げされて死ぬという出来事です。
受け止め方は人それぞれだと思います。

これはもちろんボク個人の受け止め方なんですが
ベタな少年マンガ的ご都合主義が繰り返される中で
こういった展開が出てくると
「主人公の成長の為に犬が殺された」と感じてしまう。

実は「BLUE GIANT」ってほぼ全ての出来事が
そういう構造で作られているんです。


主人公に降りかかる数々の困難の解決は
他者に起こる不運によってキッカケがもたらされ
他者の不幸を踏み台にして主人公は成長します。


別にそれでもいいんですね。

主人公の成長・成功にライドしている訳ですから
読んでいて「気持ちいい展開」ならいいんです。
ただ描いている内容に対して悲劇の許容量というのはあって
「犬がひき逃げされる」というエピソードは
ボク的にはイヤだなと感じてしまい許容量を超えていた。

物語が持つ悲劇の許容量ってうまく説明できないんですが
例えば「けいおん!」の中で誰かの死がキッカケになって
放課後ティータイム の成長が描かれたらみんな怒るでしょ。
用意されたぬるま湯に気持ち良く浸かっている所に
氷水ぶっかけられるみたいなものですから。

逆に「BECK」で誰かが死んでも別に怒らない。
「BECK」は全部読んでいませんが
銃弾が撃ち込まれたギターがウンヌンで
怖い人に追いかけられる世界観ですから。

では「坂道のアポロン」で誰かが死んだら。

ボクは怒りません。

もちろんどんな風に描かれるのかにもよりますが
そこにはリアルな人間が描かれているので
現実の残酷性を感じて感動すると思います。


じゃ「BLUE GIANT」はというと。

めっちゃ怒られそうですがどれかに例えるなら
「けいおん!」が一番近いんじゃないかと思うんです。

ちょっと熱めの湯に「おぉアチチチッ」と浸かっているみたいな。
そこにさらに熱い湯が注がれて「おっアチッ」と気持ちよく浸かっている。
この風呂に「犬がひき逃げされて死ぬ」は熱すぎて気持ち良くない。


さて、最終巻である10巻で描かれたエピソード。

ゴボゴボっと沸騰した湯を頭からぶっかけられ

てめぇわざとだろっ!!

と、ボクは怒ってしまった訳です。

主人公の成長の為だけに描かれてきた物語が
物語中盤からの展開で主人公「達」になったのですが
結局その「達」の部分すら
「主人公の成長の為だけに用意されてきた他者」であり
「他者の不幸」を踏み台にして主人公が成長する。

主人公の成長の為だけに描く不幸としては
描いている物語の許容量を遙かに超えてしまっていている。
「感動するでしょ」という作者の意図が見えてしまって
ボクは「こんなんで感動するわけねぇだろっ!」と。

またその展開をさらに感じ悪くしている要因に
衝撃的な展開になる直前のシーンで言い訳的に
逃げ場を用意したセリフを言わせているんですね。

別の巻の「Bonus Track」では別の人を通して
その後の顛末を言わせているのも逃げ腰というか…


作者が不誠実とは思いません。

もしろ誠実が故に登場人物を突き放せない事で
主人公自身は決定的なダメージを受けなかったり、
衝撃的な展開の直前に逃げ場を用意するような
セリフを言わせたりしてしまう。
結果、背後にいる作者が透けて見えてしまい
ご都合主義に拍車が掛かって見えるのでは。と。


10巻の顛末に対して主人公が

「オレは汚い奴だ。」

というくだりがありますが
あれって主人公の為だけに展開された物語に対して
負い目を感じている作者さん自身の吐露のように見えます。


ネタバレですが
「BLUE GIANT が10巻で完結」と書きましたが
「BLUE GIANT SUPREME」という続編が
既に発売され物語は続いております。

そしてボクは2冊を続けて読みました。

「BLUE GIANT SUPREME」の展開が
これまでにも輪を掛けて御都合主義の連続。

遡って10巻の展開に怒りが増し増しになってしまいました。


念の為に書いておきますがボクは「BLUE GIANT」好きなんですよ。
この感想を書く前にもう一度最初から読み返してみましたが楽しく読みました。
ただ前から引っかかっていたヤダ味の部分は引っかかってしまったし
読み返しても10巻の展開は物語の許容量を超えて不快に感じる。


冒頭にも書きましたがボクとは真逆の感想を持つ人もいると思います。
そちらの方が多いかもしれませんからウッカリこの感想を読んでしまって
不快になった人がいたらお詫びします。スミマセン。

ただ批判的な感想であっても脊髄反射の暴言よりは
ちゃんと「そう感じた理由」を書いておけば

「そういう見方もあるのね」とか
「こいつ全然わかってねぇな」とか
「コイツ完全に勘違いしてるわ」など

思えると思いますので素直な感想として書き残しておきます。

「BLUE GIANT SUPREME」に物語は続いていますので
最後まで読んだ時に考えが変わったり、より怒り狂った時には
改めて感想を書きたいと思います。


映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険

映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険(2017)

20170320_01


2017.03.20.
鑑賞状況:やや寝不足
16:30〜 @ユナイテッドシネマとしまえん \1,800-
uzazo評価:★★☆☆☆



オッサンには観るベキ映画が他に沢山あると思いますが
ヨメ氏のリクエストで「映画ドラえもん」を観てきました。

公開から少し経っているのでガラガラかと思いきや
連休だった事もあってかホボホボ満席状態。
もちろんお子さんも沢山観に来ておりました。

人目も気にせず袖で涙を拭っているお子さんもいましたし
ヨメ氏も終盤泣いていたので合格点ではあると思います。
とはいえ、気になった部分もチラホラ。


以下、ネタバレ要素含みます。


ザックリとしたあらすじ。

暑い夏を南極の巨大流氷で快適に過ごそうとするドラえもん一行。
流氷深くに埋まっていたリングを見つける。
発見した部分の氷を調べると埋まったのは10万年前。
リングを持ち主に返しに行こうと10万年前にタイムスリップすると
凍りついた自分たちの星を救うために
地球に調査に来ていた宇宙人と遭遇…。

と、いった感じのストーリーです。


冒頭シーン。
ここは文句無く素晴らしかったです。
映画独自のキャラクターでのアクションシーンは
もの凄く迫力がある作画・演出は見事でした。

これは全編にわたって感じた事で
乗り物に乗っているシーンの色彩設計とか含めて
絵的なクオリティがとてつもなく高かった気がします。

さすが大人気コンテンツの劇場版といった所。

この感想を書く段で知ったのですが本作の監督は
スタジオジブリ出身の監督さんなんですね。

超納得です。
ナウシカオマージュと思われるシーンや
大量のウネウネしたものがうごめくシーン、
あれ?これって巨神兵じゃね?とか。
ジブリっぽいなと感じていたんです。


ドラえもんというコンテンツで問題になるのは
未来の道具を次々に出す事が出来る事。

正直、本作でも道具使いすぎじゃね。と思ったのですが
ヨメ氏に確認した所、今回の作品に登場する道具達は
概ね別のエピソードで登場した道具だという事でしたので
道具に関してしばりを設けて作られているのは良いと思いました。

そしてとても有名なアイテムのいくつかが
使えなくなるというしばりを強化する設定も良かったです。


しかし物語全般を考えると不満が残ります。

流氷の中から発見したリングなので
氷付けになった時代では別の場所である。という事で
本筋冒頭で南極での雪中行軍が結構長く描かれるのですが
一行が大変な目にあっているという絵ヅラだけで
この部分、実はあまり物語に寄与しないんですね。

一方、遺跡にたどり着いて進入していく場面。
「ここからは何が起こるからわからないから
 いざというときはコレで身を守るように」と
各人にドラ道具がランダムに配布されるのですが
この遺跡探検部分がダイジェストになってしまうんです。

これって逆じゃねぇかな?と。

各人に道具が渡され探検する状況は
無尽蔵にドラ道具が供給できないという
最大のしばりになる場面です。
渡された道具でアイディアを駆使し
困難を乗り切る展開になり得る部分なので
雪中行軍をダイジェストにして
コッチに時間を使う方が良かった気がします。

そして道具の使い方についてはアイディア不足。
物語の展開上で使った道具が
別のシーンで全く想定していなかった
使い方をするという展開があまりありません。
(全くとはいいませんが…)

ドラえもんというコンテンツでの「未来の道具」って
伏線を作る事ができる強み部分だと思うので
もっと何か工夫が欲しかったです。


ボクが最も納得のいかなかったシーン。

敵に仕組まれた罠で偽ドラえもんが現れて
どちらが本物のドラえもんか迷うシーンが出てくるんです。
四次元ポケットと鈴を奪われ言葉が話せなくなった本物ドラえもん。
どちらが本物か決めるように詰め寄られたのび太がいうセリフ。

どっちも本物のドラえもんという事じゃダメかな?


・・・


のび太くん


ダメです。

この場面では確信を持って

こっちが本物のドラえもんだっ!

と言ってくれないと。

なぜならこのシーン。
観客にはどちらがニセモノか
明確にわかるように描かれているんです。

もちろん観客にもどちらが本物かわからない演出であっても
のび太は確信を持って「こっちが本物だ!」と言ってもらいたい。

特に今回の様なニセモノをわかっている状態では
「騙されるのではないか?」「騙されちゃダメだっ!」という
強い気持ちでこのシーンを見守っている訳です。

どちらが悪いドラえもんかなんて決められない。という
一見、のび太の優しさから産まれたと見えるセリフですが
結局、外見(ポケットと鈴)と言葉を失った状態になると
のび太には本物のドラえもんが分からない。という宣言。


これはいけない。


どんなキッカケで確信を持ったら良かったのか
帰路の電車でヨメ氏と検討会を開きましたが

「理由は描かなくても良い」
「むしろ描かない方が良い」


ドラえもんとのび太の瞳のカットバック。
他の登場人物はもちろん観客にもわからない
二人だけが通じ合える「何か」。
それだけで確信を持って本物を言い当てる。

これだけで、むしろこの方が感動的だ。

という結論になりました。

とにもかくにも感動的なシーンであるハズのこの場面が
ボク的には最大の減点ポイントになってしまいました。


そしてジャイアン・スネ夫の「手の平返し」。
いくつかあるのですが映画版ならではの
「手の平返して良い奴」じゃないのも気になりました。

物語終盤。
氷付けの星を救うためのアイテムが
実は地球にも必要なアイテムである事がわかるやいなや
ジャイアン・スネ夫は「返せ」と詰め寄ります。

えぇぇ…(イメージ:松本人志)

ですわ。

彼女にはのっぴきならないアイテム。
一緒に冒険してその事を知っているのですから
手の平返しの前に少しは苦悩してくれ。と。


あと別れ際もあまりウマクありません。

一緒にこの物語で冒険をしてきた異星人との別れ。
アイテムの入手に対する感謝という程度で
割りとサラッとお別れします。

ドラえもん一行の行動、勇気やアイディア、不屈の精神などに感化されて
「自分の星を救う為にワタシたちも頑張る」という流れはないんです。

ある意味当然ではあります。

なぜなら今回の冒険では
そういった関係性は描かれていないんです。

いわゆるジュブナイル物としては
あまりウマク無かったなぁと思います。


見終わったあとヨメ氏は泣いていたのですが
話を聞いてみると別の劇場版にあったあるシーンと
似たような展開になると想像して泣いてしまったとの事。


「アレをやられたらマジ号泣だったわぁ」と。


それは今回の物語でも簡単にできるちょっとした演出なので
今回も臆面なくやるべきだった。とボクは思いました。

ソレを「お涙頂戴であざとい」というのであれば
その演出を入れる事があざといと思わせる
物語の積み上げ不足の方に問題があると思います。


あと評価ポイント。

ラストのラストに望遠鏡を使ったシーンがあるんですが
あれはスゴクオシャレで良かったです。

ただそれも別れのシーンをもっと丁寧に描けていれば
何倍も何十倍も深みのあるシーンになったハズなので
評価ポイントであってもザンネンに感じてしまいます。


やいやいと書いて来ましたが
もちろん何もかもダメという訳ではありません。
前述した通りアイテムをしばる設定や
その事でタイムリープが同じ場所に限定されるなど
なるほど。と思うアイディアはちゃんとあります。

しかしそれらのアイディアの内、
核心に関わるいくつかは前半部分でわかっちゃうんです。
「それはオトナとして観ているからでは?」という
意見もあるかもしれませんが
「わかりやすく描かないと子供にはわからない」という気持ちで
作られたのであれば子供をバカにしていると思います。

実際ピクサーの作品なんかは大人の目線でも
なんら不満を感じることなく、それどころか十二分に
楽しめる作品になっていますよね。(高評価の近作観ていませんが…)

もちろん基本の設定があるドラえもんと
世界観からフリーハンドで作れるピクサー作品を比べるのは
乱暴である事は重々承知です。
しかしドラえもんはもっともっと良い作品になる
可能性があるコンテンツだと思うのです。


最後になりますがボクは最近の劇場版ドラえもんを
沢山みている訳ではありませんので
ココまで書いて来た事が本作特有の問題なのか
シリーズ全般の問題なのかは定かではありません。

ただ、観た大人がついつい

「今回のドラえもんはマジでヤバイ」

なんて言いふらしたくなるような作品を期待したいです。
Profile
Search (in blog)
Recent Comment
Sponsored Link
感想文を提出いたします。(別館