感想文を提出いたします。(別館

観たり聴いたり行ったりしたものの感想をだらだらと。。。

GHOST IN THE SHELL

ゴースト・イン・ザ・シェル(2017)
GHOST IN THE SHELL

20170329_01


2017.03.29.
鑑賞状況:やや寝不足
18:30〜 @よみうりホール 試写会
uzazo評価:★★★☆☆



「ゴースト・イン・ザ・シェル」攻殻機動隊の実写化。
試写会が当たったので観に行ってきました。

公開前なので以下ネタバレ無しのザックリ感想。


何とも言い難い。。。


といった感じでした。


ちなみに全く攻殻機動隊を知らない
ヨメ氏に感想を聞いてみた所
「普通に面白かったよ」と。

ちょっと判断に戸惑う作品だと思います。



ボクが何とも言い難かった理由。

日本のアニメファンは深度の違いはあれど
攻殻機動隊リテラシーがあると思うんですね。

ボクはそんなに深く語れる程ではありませんが
原作コミック・押井版・神山版・ARISEと
まぁ一通り見ています。

そうすると正直「微妙」と言いたくなるのですが
その「微妙」と感じる部分は攻殻を知っているから
感じてしまう部分なのだろうか?と自分に疑念を抱いてしまう。

そしてあしざまに批判するような事も出来ない。

なぜなら今回の実写版の作り手達が攻殻機動隊が
大好きなのはよくよく伝わって来ちゃうし
頑張っているのもよく分かる。

そして観客の中にいる攻殻機動隊ファン達に


「オレ攻殻好きなんだぜ!
 みんなも好きだろ!」



と目配せしてくるんでコチラとしても


「おっおう…」


と微妙な表情になってしまう。みたいな。


絵ヅラとしてもの凄くチャチいという事もありません。
いくつかのシーンを抜き出すと「おっ」と思える部分もある。

ただ厳しい言い方をすると
好きなシーンの切り貼りで作られている印象。

あくまでも切り貼りであってコラージュとして
新しい何かが産まれている訳でもないんです。

なので本作を見ると従来の攻殻機動隊と重ねて浮かぶ連想が
ノイズになってしまい結果的に物語に集中できなかった。

つまり別物としてまっさらな目で観る事を許さないぐらい
従来の攻殻をなぞりつつもやっぱり別物であるという…。


以下、ネタバレではありませんが
一つだけ内容に触れます。


もしかしたらボクなんかが思いつかないような
深度の深い分析で高評価される方が出てくる可能性も
なきにしもあらずなのですが
ボクが観た感想としては
本作でもっとも従来の攻殻と違う部分は

ゴーストのあり方についてです。

核心ともいえる部分が違うので
ボクとしてはどうしても厳しめの評価になってしまいます。

ただ「ゴーストのあり方が違う」って
従来の攻殻を知っているから感じる事であって
全くの初見・別の物語として見た人には関係ないんですよね。。。

ヨメ氏の感想も踏まえてもう一度観たら
全く別の作品として楽しめるかも。とは思います。

吹き替え版のキャストがオリジナルの声優さんという事なので
期待していたのですがボク的には1年後ぐらいに
WOWOWとかで観られればそれでいいかなぁ。と思っています。

BLUE GIANT/石塚真一

  • March 28, 2017
  • book
20170328_01

BLUE GIANT/石塚真一

内容にも触れた感想になるので未読の方はご注意を。



大好きだった「BLUE GIANT」というマンガが単行本10巻を持って完結した。
その衝撃的な展開に脊髄反射してしまいつい別所で暴言を吐いてしまった。

いやはや反省。

万万が一運悪くワタクシの暴言を見てしまった方がいたら
好きなマンガ故の脊髄反射暴言であったのでお許しいただきたい。

衝撃的展開に「みんな怒っているだろう」と
他の方の感想を検索してみたら誰も怒ってない。
というか感動のコメントに溢れていて
脊髄反射で暴言を吐いた事を激しく後悔した。
(暴言は削除済みでございます。)


個人的な考えなのですが批判的な感想の時ほど
他の人の感動に水を差さない様に場所を選ぶべきで
書くならば半強制的にソートされるSNSではなくBlogだろうし
しっかり理由を書いておくのが礼儀のような気がします。

そして暴言を吐いてしまったボクなりの理由がある。

という事で感想を書き残しておきます。


ザックリとしたあらすじ。
中学生の卒業記念に友人に連れて行かれたライブで
JAZZに魅せられサックスを吹き始めた主人公のサクセスストーリー。


このマンガの存在は割りと前から知っていたのですが
読み始めたのは著者の石塚真一氏が上原ひろみさんと対談した
NHKの番組を見たのを期に後追いでコミックスを読み始めました。

JAZZという音楽をテーマに
臨場感のある作画で主人公の成長を描いていく
大変楽しいマンガとして読んでいました。

こういう書き方をすると反論もありそうですが
作画や扱っているテーマ、雰囲気はシリアスでありながら
展開はベタな少年マンガ的。「努力・根性・気合い」で
諸問題を乗り越え成長を繰り返して行きます。
(ちなみに「努力・根性・気合い」は上原ひろみさんの座右の銘でもあります。)

上記の書き方はちょっと揶揄した書き方にもとられそうですが
決してそんな事はなく用意された障壁を乗り越えていく展開には
爽快感がありますしボクは大好きで毎回新刊を心待ちにしていました。


ただちょっとしたヤダ味も感じていたんです。


前述の通り「リアルな葛藤」という雰囲気で描かれているのですが
ベタな少年マンガ展開ですから当然結構なご都合主義なんですね。

そのバランスが人気を得ている部分なのかもしれませんが
ボクの感想としては作者の意図が透けて見えるというか、
ちょっとイヤだな。と思う部分が結構あったんです。

この物語の主人公は「選ばれし者」です。

あり得ない程の練習をしますが
主人公に克服しがたい弱点はありません。
克服しがたい弱点を個性に変換するような仕掛けがない所か
「努力・根性・気合い」だけで多くの人に
あり得ない程の感動を与える演奏をする才能を持っています。

そして絶妙なタイミングで必要な人と
「ひょんな事をキッカケ」に出会い協力を得ます。
主人公と明確に対立する存在はあまり現れません。
表現はアレですが「敵」という意味では全く現れません。

さらには単行本で読んでいると
巻末にその巻に登場した人物の回想インタビューが
「Bonus Track」というオマケで描かれている。
この「Bonus Track」がなければ何らかの理由で
主人公の夢が叶わない結末もありえると思うのですが
回想インタビューがある事で余程の叙述トリックがない限り
主人公は世界的なサックスプレーヤーになるという
とてつもない大きな夢の成功が約束されています。無敵状態。


もちろん創作された物語である以上
全てが用意された出来事です。
ご都合主義の展開でもいいと思います。

でも描かれている世界で許容出来る事って
限界があると思うんです。
納得感というか説得力というか…

この作品は「リアルな葛藤」という雰囲気にコーティングされている事で
感動の為に用意された展開のヤダ味が強調されてしまう。

例えばボクがこのマンガで最初にイヤだなと明確に思ったエピソード。

主人公が初めて作曲するキッカケは
懇意にしていた犬がひき逃げされて死ぬという出来事です。
受け止め方は人それぞれだと思います。

これはもちろんボク個人の受け止め方なんですが
ベタな少年マンガ的ご都合主義が繰り返される中で
こういった展開が出てくると
「主人公の成長の為に犬が殺された」と感じてしまう。

実は「BLUE GIANT」ってほぼ全ての出来事が
そういう構造で作られているんです。


主人公に降りかかる数々の困難の解決は
他者に起こる不運によってキッカケがもたらされ
他者の不幸を踏み台にして主人公は成長します。


別にそれでもいいんですね。

主人公の成長・成功にライドしている訳ですから
読んでいて「気持ちいい展開」ならいいんです。
ただ描いている内容に対して悲劇の許容量というのはあって
「犬がひき逃げされる」というエピソードは
ボク的にはイヤだなと感じてしまい許容量を超えていた。

物語が持つ悲劇の許容量ってうまく説明できないんですが
例えば「けいおん!」の中で誰かの死がキッカケになって
放課後ティータイム の成長が描かれたらみんな怒るでしょ。
用意されたぬるま湯に気持ち良く浸かっている所に
氷水ぶっかけられるみたいなものですから。

逆に「BECK」で誰かが死んでも別に怒らない。
「BECK」は全部読んでいませんが
銃弾が撃ち込まれたギターがウンヌンで
怖い人に追いかけられる世界観ですから。

では「坂道のアポロン」で誰かが死んだら。

ボクは怒りません。

もちろんどんな風に描かれるのかにもよりますが
そこにはリアルな人間が描かれているので
現実の残酷性を感じて感動すると思います。


じゃ「BLUE GIANT」はというと。

めっちゃ怒られそうですがどれかに例えるなら
「けいおん!」が一番近いんじゃないかと思うんです。

ちょっと熱めの湯に「おぉアチチチッ」と浸かっているみたいな。
そこにさらに熱い湯が注がれて「おっアチッ」と気持ちよく浸かっている。
この風呂に「犬がひき逃げされて死ぬ」は熱すぎて気持ち良くない。


さて、最終巻である10巻で描かれたエピソード。

ゴボゴボっと沸騰した湯を頭からぶっかけられ

てめぇわざとだろっ!!

と、ボクは怒ってしまった訳です。

主人公の成長の為だけに描かれてきた物語が
物語中盤からの展開で主人公「達」になったのですが
結局その「達」の部分すら
「主人公の成長の為だけに用意されてきた他者」であり
「他者の不幸」を踏み台にして主人公が成長する。

主人公の成長の為だけに描く不幸としては
描いている物語の許容量を遙かに超えてしまっていている。
「感動するでしょ」という作者の意図が見えてしまって
ボクは「こんなんで感動するわけねぇだろっ!」と。

またその展開をさらに感じ悪くしている要因に
衝撃的な展開になる直前のシーンで言い訳的に
逃げ場を用意したセリフを言わせているんですね。

別の巻の「Bonus Track」では別の人を通して
その後の顛末を言わせているのも逃げ腰というか…


作者が不誠実とは思いません。

もしろ誠実が故に登場人物を突き放せない事で
主人公自身は決定的なダメージを受けなかったり、
衝撃的な展開の直前に逃げ場を用意するような
セリフを言わせたりしてしまう。
結果、背後にいる作者が透けて見えてしまい
ご都合主義に拍車が掛かって見えるのでは。と。


10巻の顛末に対して主人公が

「オレは汚い奴だ。」

というくだりがありますが
あれって主人公の為だけに展開された物語に対して
負い目を感じている作者さん自身の吐露のように見えます。


ネタバレですが
「BLUE GIANT が10巻で完結」と書きましたが
「BLUE GIANT SUPREME」という続編が
既に発売され物語は続いております。

そしてボクは2冊を続けて読みました。

「BLUE GIANT SUPREME」の展開が
これまでにも輪を掛けて御都合主義の連続。

遡って10巻の展開に怒りが増し増しになってしまいました。


念の為に書いておきますがボクは「BLUE GIANT」好きなんですよ。
この感想を書く前にもう一度最初から読み返してみましたが楽しく読みました。
ただ前から引っかかっていたヤダ味の部分は引っかかってしまったし
読み返しても10巻の展開は物語の許容量を超えて不快に感じる。


冒頭にも書きましたがボクとは真逆の感想を持つ人もいると思います。
そちらの方が多いかもしれませんからウッカリこの感想を読んでしまって
不快になった人がいたらお詫びします。スミマセン。

ただ批判的な感想であっても脊髄反射の暴言よりは
ちゃんと「そう感じた理由」を書いておけば

「そういう見方もあるのね」とか
「こいつ全然わかってねぇな」とか
「コイツ完全に勘違いしてるわ」など

思えると思いますので素直な感想として書き残しておきます。

「BLUE GIANT SUPREME」に物語は続いていますので
最後まで読んだ時に考えが変わったり、より怒り狂った時には
改めて感想を書きたいと思います。


映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険

映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険(2017)

20170320_01


2017.03.20.
鑑賞状況:やや寝不足
16:30〜 @ユナイテッドシネマとしまえん \1,800-
uzazo評価:★★☆☆☆



オッサンには観るベキ映画が他に沢山あると思いますが
ヨメ氏のリクエストで「映画ドラえもん」を観てきました。

公開から少し経っているのでガラガラかと思いきや
連休だった事もあってかホボホボ満席状態。
もちろんお子さんも沢山観に来ておりました。

人目も気にせず袖で涙を拭っているお子さんもいましたし
ヨメ氏も終盤泣いていたので合格点ではあると思います。
とはいえ、気になった部分もチラホラ。


以下、ネタバレ要素含みます。


ザックリとしたあらすじ。

暑い夏を南極の巨大流氷で快適に過ごそうとするドラえもん一行。
流氷深くに埋まっていたリングを見つける。
発見した部分の氷を調べると埋まったのは10万年前。
リングを持ち主に返しに行こうと10万年前にタイムスリップすると
凍りついた自分たちの星を救うために
地球に調査に来ていた宇宙人と遭遇…。

と、いった感じのストーリーです。


冒頭シーン。
ここは文句無く素晴らしかったです。
映画独自のキャラクターでのアクションシーンは
もの凄く迫力がある作画・演出は見事でした。

これは全編にわたって感じた事で
乗り物に乗っているシーンの色彩設計とか含めて
絵的なクオリティがとてつもなく高かった気がします。

さすが大人気コンテンツの劇場版といった所。

この感想を書く段で知ったのですが本作の監督は
スタジオジブリ出身の監督さんなんですね。

超納得です。
ナウシカオマージュと思われるシーンや
大量のウネウネしたものがうごめくシーン、
あれ?これって巨神兵じゃね?とか。
ジブリっぽいなと感じていたんです。


ドラえもんというコンテンツで問題になるのは
未来の道具を次々に出す事が出来る事。

正直、本作でも道具使いすぎじゃね。と思ったのですが
ヨメ氏に確認した所、今回の作品に登場する道具達は
概ね別のエピソードで登場した道具だという事でしたので
道具に関してしばりを設けて作られているのは良いと思いました。

そしてとても有名なアイテムのいくつかが
使えなくなるというしばりを強化する設定も良かったです。


しかし物語全般を考えると不満が残ります。

流氷の中から発見したリングなので
氷付けになった時代では別の場所である。という事で
本筋冒頭で南極での雪中行軍が結構長く描かれるのですが
一行が大変な目にあっているという絵ヅラだけで
この部分、実はあまり物語に寄与しないんですね。

一方、遺跡にたどり着いて進入していく場面。
「ここからは何が起こるからわからないから
 いざというときはコレで身を守るように」と
各人にドラ道具がランダムに配布されるのですが
この遺跡探検部分がダイジェストになってしまうんです。

これって逆じゃねぇかな?と。

各人に道具が渡され探検する状況は
無尽蔵にドラ道具が供給できないという
最大のしばりになる場面です。
渡された道具でアイディアを駆使し
困難を乗り切る展開になり得る部分なので
雪中行軍をダイジェストにして
コッチに時間を使う方が良かった気がします。

そして道具の使い方についてはアイディア不足。
物語の展開上で使った道具が
別のシーンで全く想定していなかった
使い方をするという展開があまりありません。
(全くとはいいませんが…)

ドラえもんというコンテンツでの「未来の道具」って
伏線を作る事ができる強み部分だと思うので
もっと何か工夫が欲しかったです。


ボクが最も納得のいかなかったシーン。

敵に仕組まれた罠で偽ドラえもんが現れて
どちらが本物のドラえもんか迷うシーンが出てくるんです。
四次元ポケットと鈴を奪われ言葉が話せなくなった本物ドラえもん。
どちらが本物か決めるように詰め寄られたのび太がいうセリフ。

どっちも本物のドラえもんという事じゃダメかな?


・・・


のび太くん


ダメです。

この場面では確信を持って

こっちが本物のドラえもんだっ!

と言ってくれないと。

なぜならこのシーン。
観客にはどちらがニセモノか
明確にわかるように描かれているんです。

もちろん観客にもどちらが本物かわからない演出であっても
のび太は確信を持って「こっちが本物だ!」と言ってもらいたい。

特に今回の様なニセモノをわかっている状態では
「騙されるのではないか?」「騙されちゃダメだっ!」という
強い気持ちでこのシーンを見守っている訳です。

どちらが悪いドラえもんかなんて決められない。という
一見、のび太の優しさから産まれたと見えるセリフですが
結局、外見(ポケットと鈴)と言葉を失った状態になると
のび太には本物のドラえもんが分からない。という宣言。


これはいけない。


どんなキッカケで確信を持ったら良かったのか
帰路の電車でヨメ氏と検討会を開きましたが

「理由は描かなくても良い」
「むしろ描かない方が良い」


ドラえもんとのび太の瞳のカットバック。
他の登場人物はもちろん観客にもわからない
二人だけが通じ合える「何か」。
それだけで確信を持って本物を言い当てる。

これだけで、むしろこの方が感動的だ。

という結論になりました。

とにもかくにも感動的なシーンであるハズのこの場面が
ボク的には最大の減点ポイントになってしまいました。


そしてジャイアン・スネ夫の「手の平返し」。
いくつかあるのですが映画版ならではの
「手の平返して良い奴」じゃないのも気になりました。

物語終盤。
氷付けの星を救うためのアイテムが
実は地球にも必要なアイテムである事がわかるやいなや
ジャイアン・スネ夫は「返せ」と詰め寄ります。

えぇぇ…(イメージ:松本人志)

ですわ。

彼女にはのっぴきならないアイテム。
一緒に冒険してその事を知っているのですから
手の平返しの前に少しは苦悩してくれ。と。


あと別れ際もあまりウマクありません。

一緒にこの物語で冒険をしてきた異星人との別れ。
アイテムの入手に対する感謝という程度で
割りとサラッとお別れします。

ドラえもん一行の行動、勇気やアイディア、不屈の精神などに感化されて
「自分の星を救う為にワタシたちも頑張る」という流れはないんです。

ある意味当然ではあります。

なぜなら今回の冒険では
そういった関係性は描かれていないんです。

いわゆるジュブナイル物としては
あまりウマク無かったなぁと思います。


見終わったあとヨメ氏は泣いていたのですが
話を聞いてみると別の劇場版にあったあるシーンと
似たような展開になると想像して泣いてしまったとの事。


「アレをやられたらマジ号泣だったわぁ」と。


それは今回の物語でも簡単にできるちょっとした演出なので
今回も臆面なくやるべきだった。とボクは思いました。

ソレを「お涙頂戴であざとい」というのであれば
その演出を入れる事があざといと思わせる
物語の積み上げ不足の方に問題があると思います。


あと評価ポイント。

ラストのラストに望遠鏡を使ったシーンがあるんですが
あれはスゴクオシャレで良かったです。

ただそれも別れのシーンをもっと丁寧に描けていれば
何倍も何十倍も深みのあるシーンになったハズなので
評価ポイントであってもザンネンに感じてしまいます。


やいやいと書いて来ましたが
もちろん何もかもダメという訳ではありません。
前述した通りアイテムをしばる設定や
その事でタイムリープが同じ場所に限定されるなど
なるほど。と思うアイディアはちゃんとあります。

しかしそれらのアイディアの内、
核心に関わるいくつかは前半部分でわかっちゃうんです。
「それはオトナとして観ているからでは?」という
意見もあるかもしれませんが
「わかりやすく描かないと子供にはわからない」という気持ちで
作られたのであれば子供をバカにしていると思います。

実際ピクサーの作品なんかは大人の目線でも
なんら不満を感じることなく、それどころか十二分に
楽しめる作品になっていますよね。(高評価の近作観ていませんが…)

もちろん基本の設定があるドラえもんと
世界観からフリーハンドで作れるピクサー作品を比べるのは
乱暴である事は重々承知です。
しかしドラえもんはもっともっと良い作品になる
可能性があるコンテンツだと思うのです。


最後になりますがボクは最近の劇場版ドラえもんを
沢山みている訳ではありませんので
ココまで書いて来た事が本作特有の問題なのか
シリーズ全般の問題なのかは定かではありません。

ただ、観た大人がついつい

「今回のドラえもんはマジでヤバイ」

なんて言いふらしたくなるような作品を期待したいです。

ラ・ラ・ランド

ラ・ラ・ランド(2016)
LA LA LAND

20170305_01


2017.03.05.
鑑賞状況:やや寝不足
@ユナイテッドシネマとしまえん IMAX \2,000-
uzazo評価:★★★★★



最高!
素晴らしかったです!



まず本編と関係の無い感想ですが
プロモーションがメチャクチャ上手かったと思います。
劇場に足を運んで貰うために作品の良いところを
言わなければならないと思うのですが
時として「あぁそれは言わないで欲しかった」とか
「先にそれを言っちゃ台無しじゃね」みたいな事がママあります。

本作では作品の魅力は伝えつつも
大切な部分に触れることなく
プロモーションされていたと思います。

日本での公開から1週間経ちましたが
情報に触れないでいる事も時間が経つにつれて
難しくなると思いますので興味のある方は
出来るだけ早く観てしまう事をオススメします。


そしてこの感想も例外ではありません。

感想の後半に行けば行くほど観賞前に
触れない方がいいニュアンスが出てくると思いますので
観賞予定の方はご注意を。


僕の大好きな『セッション』を撮った
デイミアン・チャゼル監督作品。
32歳という大変お若い監督です。

ボクは『セッション』が大好き過ぎるのですが
あの作品を嫌いだという人もいるんですよね。

もちろん作品の評価は人それぞれですが
『セッション』に関してはとらえ違いをしていて
キライになっている人もいるような気がしてならないんです。

継ぎ足し継ぎ足しの不格好な感想ですが
当時書いた『セッション』の感想がありますので
「読んでやろう」という奇特な方はコチラから

『セッション』の感想 

キライという方は作品に描かれている「音楽観」がキライという人が
ある程度いると思うのですが『セッション』では
いわゆる正義の理論が登場しない作品だと思っているんです。

Star Warsで例えるならプリクエルにあたる
最強の敵、ダース・ベイダー誕生物語。


しかしですね。


当時、デイミアン・チャゼルの関連作品として観られた他の作品は
脚本で関わった『グランドピアノ 狙われた黒鍵』だけだった。
これまた「トンデモ映画」といっていい内容で
監督の持っている「音楽観」ウンヌンできる物では無かった。

『グランドピアノ 狙われた黒鍵』の感想。


仮にデイミアン・チャゼルが
明らかにおかしな「音楽観」の持ち主であったとしても
ボクの『セッション』の感想は全く変わりませんが
ラッキーパンチの可能性も否めなかったので
デイミアン・チャゼルの監督としての評価は
次回作持ち越しにしていました。


で、次回作として登場したのが

『ラ・ラ・ランド』

これはとんでもない監督が登場したなぁという感想です。


ボクのミュージカルに対するスタンスですが
好きな作品もあるけど積極的なファンとは言い難い。
という感じです。

ミュージカルのミュージカルたる要素には
歌とダンスがありますがこの最もミュージカル的な見せ場が
時に物語を停滞させてしまう事がある。
ボクはダンスを観るのも好きなのですが
映画・舞台を観る時には物語を重視してみていますので
物語が多少もたついてもそれを超える魅力を感じた作品を
好きになっているのだと思います。

さて、本作はどうであったか。

物語を停滞させない工夫が随所に散りばめられていましたし
なによりそんな事がどうでも良くなるような
圧倒的な魅力を持った作品になっていました。


以降ほんの少し内容に触れます。


とにかく冒頭から圧巻のスペクタクルシーンです。

ミュージカル「映画」の名作には舞台では
表現しがたい演出が用いられている事がしばしばあります。

その意味で『ラ・ラ・ランド』の冒頭シーンは
圧倒的と言っていいと思います。
1カメ・1カットの長回し(風?)で
映画でしか表現しえないスケールのオープニング。
続くシーンも計算されつくしたシークエンスのつるべ打ち。

iPhoneも登場する現代の物語でありながら
往年のミュージカル映画の良き部分を踏襲し物語は進んで行きます。

女優を目指すミアと
JAZZピアノを弾いているセバスチャン。
夢を追いかける2人の物語。

とにかくステキな物語なんです。。。

それだけでも十分に観る価値のある作品です。



以降、ネタバレ含みます。



前述の通り圧倒的なスケールとクオリティで
とても美しい物語を軽快なタッチで描いていくのですが
「スゴク面白かったけど普通だった」と思う人もいるみたいです。

ボクとしては「ウソだろっ!」と思うのですが。。。


この映画って『セッション』と同じ構造ですよね。
前半部分に描いて来た事が終盤10数分に極に達した形で表現される。

『セッション』では
ドラマーの物語を描いて来た
最後の最後に極に達した形のドラムソロが現れる。

『ラ・ラ・ランド』では
ロサンゼルスを舞台にしたミュージカルが描かれ
最後の最後に極に達した形のミュージカルが現れる。

そして『セッション』でも『ラ・ラ・ランド』でも
アイコンタクトを取っている2人にしか
わからない感情が交わされる。

観てない人には何のコッチャわからないと思いますが

観ればわかります!
観ましょう!




完全にネタバレしますが
前述の「極に達した形のミュージカル」。
セバスチャンのピアノを聴くミアとの間に産まれた
「ありえたかもしれない人生」が
ミュージカルとして描かれていきます。

つまりそれは「ラ・ラ・ランド」。

物語上描かれる空想でありながら
同時に本作自体の、もっと言えば
ミュージカル作品に対する自己言及。

観客としてはどうしたってこの怒濤の展開に
肩入れして感情移入して観てしまいます。

「どうかこれが夢ではありませんように…」

そんな気持ちでこのシーンを観てしまうんです。

しかしココで描かれるミュージカルは
ミュージカル然として描かれている。

冒頭のハイウェイのスペクタクルシーンも
舞台上での表現に置き換わり
まるで「雨に唄えば」のThe Broadway Melodyなんですよ。

つまりミュージカルとして描かれる「夢のような恋の話」は
ミュージカルの中にしか存在しない事を2人は知っている。

そして夢から醒めた二人は
互いの感情を確かめ合うように視線を交わす。

とても切ないエンディングですが
現実を肯定するとても前向きなラストだったと
ボクは感じました。


先ほど“「雨に唄えば」のThe Broadway Melody”と書きましたが
思い返して観ると全体の劇構造も「雨に唄えば」と重なりますね。
現代風なアレンジが入っていてもオーソドックスな
ミュージカル映画へのリスペクトと同時に
物語をその外側にもっていくというのは
恐るべしデイミアン・チャゼルといった感じす。


もう書いていて自分でもなんだかわからなくなりましたが

とにかく最高でした!


少女は異世界で戦った

少女は異世界で戦った(2014)

20170303_01


2017.03.03.
鑑賞状況:良好
日本映画専門チャンネル 録画
uzazo評価:★☆☆☆☆


CSのラテ欄を見ていましたら
武田梨奈さんと清野菜名さんの名前を発見。

身体能力の高い女優さんのキャスティングはもちろんの事
『少女は異世界で戦った』というタイトルからして
アクション映画であるのは間違いないので

日本版『エンジェル ウォーズ』的なアレかな?

とか思いつつも低予算は間違いないハズ。

しかしキレイな女の子のガチアクションさえ見られれば
オレ得なので期待に胸を躍らせて視聴。

正直、ネタバレもへったくれもないんで書いちゃいますが
近未来パラレルワールドアクションSFといった感じ。

銃器が消滅し警官も刀を所持する世界。

wow!
ソードアクションっ!


君らが団体で移動していて一番目立たない方法を考えた。
今の日本にありふれているのは美少女アイドルグループだ。
地方巡業中のアイドルグループは怪しまれない。


という非常に理路整然としたトンデモ論理で
アイドルの衣装に身を包み

wow!
ミニスカアクションっ!



戦いで痛めた体を癒すために湯治に行きます

wow!
入浴シーン!



と、サービス満点で最高の舞台は用意されたんですが…


全く乗れないんっす。


全体的には悪の組織から平和をまもる
戦隊モノの様なノリを目指した様に思うんですが
中途半端にシリアスな設定が入るんですね。
これがギャグ的に笑える物なら良かったんですが…

上記で紹介した超真顔で語られる
「アイドルの格好をする理由」からするに
笑っていい作品だと思うんですが作品全体の雰囲気が
笑って良かったのかな?って考えている時点で
全く笑えないという微妙なバランスなんです。

そして後半に明かされるこの世界観の設定に
「3.11.」が使われているんです。
もっともっと時間が経っていれば
印象が変わるのかもしれませんが
現時点では正直不謹慎に感じてしまうんですね。

それら一切合切は横に置いておきましょう。

冒頭に書いた通り
キレイな女の子のガチアクションを
見られさえすればボクは大満足なんです。
しかも本作はソードアクションですから。

・・・。

確かに身体能力の高い女優さん達ならではの
激しいアクションシーンは満載なんですが
こちらもイマイチ。ヒャッハーできない。


前半部分のオフィスなどの室内アクションは
結構見応えあったんです。
エレベーター内でのアクションとか
シチュエーションを活かしたバリエーションがあるので。

しかし序盤を過ぎるとパラレルワールド間を行き来する
壮大なSFなんですが戦う場所は主に雑木林だけ。

もちろんいろんなアクションを見せてくれるのですが
絵ヅラ(音楽も)が全く変わらないので
繰り広げているアクションにバリエーションがあっても
ものすご〜く単調に感じてしまう。

そして最大の問題点。

ソードアクションなのに
血が一滴も出ない。


首元をガッツリ刀で切るシーンが何度もありますが
どう考えても血しぶきがブブブーッと出るハズなのに、
俳優さんの演技ではそういう演技をしているのに、
血が一滴も出ないので非常に不自然で盛り上がらない。

血が一滴も出ないという事は
当然返り血も浴びないんです。

返り血を浴びた女の子好きのボクとしては
オレ損っ!


一滴も出ない。一滴も出ないと書いて来ましたが
冒頭シーンで実は血が出るシーンがあるんです。

犯罪現場に居合わせた巫女さんに返り血がパッとかかる。

この映画で最もボクがテンションが上がったシーン。

そしてこの巫女さんがメッチャ可愛くて好みのタイプなんです。

「この女優さん絶対知っている」
「絶対見た事あるハズ」
「何の作品で観たんだろう」


と、

脳内ハードディスクをガリガリフル回転して
検索をしてみたんですが全くヒットしないんです。


ズットあの好みの女優さんが気になっていたので
エンドロールでちゃんとお名前を確認しましたよ。


やっぱりボクの知っている女優さんでした。


紗倉まな さん



検索をかけた領域が間違っていたので
検索に引っかからなかったようです。


いつもありがとうございます。ナニガ



本作にも出演されている清野菜名さんが
主演されたの「東京無国籍少女」の感想で
内容面に対して結構辛辣に書きましたが
終盤10数分のアクションシーンを魅せに魅せた
押井守監督に申し訳無い気がしてきた。


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