感想文を提出いたします。(別館

観たり聴いたり行ったりしたものの感想をだらだらと。。。

BLUE GIANT/石塚真一

  • March 28, 2017
  • book
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BLUE GIANT/石塚真一

内容にも触れた感想になるので未読の方はご注意を。



大好きだった「BLUE GIANT」というマンガが単行本10巻を持って完結した。
その衝撃的な展開に脊髄反射してしまいつい別所で暴言を吐いてしまった。

いやはや反省。

万万が一運悪くワタクシの暴言を見てしまった方がいたら
好きなマンガ故の脊髄反射暴言であったのでお許しいただきたい。

衝撃的展開に「みんな怒っているだろう」と
他の方の感想を検索してみたら誰も怒ってない。
というか感動のコメントに溢れていて
脊髄反射で暴言を吐いた事を激しく後悔した。
(暴言は削除済みでございます。)


個人的な考えなのですが批判的な感想の時ほど
他の人の感動に水を差さない様に場所を選ぶべきで
書くならば半強制的にソートされるSNSではなくBlogだろうし
しっかり理由を書いておくのが礼儀のような気がします。

そして暴言を吐いてしまったボクなりの理由がある。

という事で感想を書き残しておきます。


ザックリとしたあらすじ。
中学生の卒業記念に友人に連れて行かれたライブで
JAZZに魅せられサックスを吹き始めた主人公のサクセスストーリー。


このマンガの存在は割りと前から知っていたのですが
読み始めたのは著者の石塚真一氏が上原ひろみさんと対談した
NHKの番組を見たのを期に後追いでコミックスを読み始めました。

JAZZという音楽をテーマに
臨場感のある作画で主人公の成長を描いていく
大変楽しいマンガとして読んでいました。

こういう書き方をすると反論もありそうですが
作画や扱っているテーマ、雰囲気はシリアスでありながら
展開はベタな少年マンガ的。「努力・根性・気合い」で
諸問題を乗り越え成長を繰り返して行きます。
(ちなみに「努力・根性・気合い」は上原ひろみさんの座右の銘でもあります。)

上記の書き方はちょっと揶揄した書き方にもとられそうですが
決してそんな事はなく用意された障壁を乗り越えていく展開には
爽快感がありますしボクは大好きで毎回新刊を心待ちにしていました。


ただちょっとしたヤダ味も感じていたんです。


前述の通り「リアルな葛藤」という雰囲気で描かれているのですが
ベタな少年マンガ展開ですから当然結構なご都合主義なんですね。

そのバランスが人気を得ている部分なのかもしれませんが
ボクの感想としては作者の意図が透けて見えるというか、
ちょっとイヤだな。と思う部分が結構あったんです。

この物語の主人公は「選ばれし者」です。

あり得ない程の練習をしますが
主人公に克服しがたい弱点はありません。
克服しがたい弱点を個性に変換するような仕掛けがない所か
「努力・根性・気合い」だけで多くの人に
あり得ない程の感動を与える演奏をする才能を持っています。

そして絶妙なタイミングで必要な人と
「ひょんな事をキッカケ」に出会い協力を得ます。
主人公と明確に対立する存在はあまり現れません。
表現はアレですが「敵」という意味では全く現れません。

さらには単行本で読んでいると
巻末にその巻に登場した人物の回想インタビューが
「Bonus Track」というオマケで描かれている。
この「Bonus Track」がなければ何らかの理由で
主人公の夢が叶わない結末もありえると思うのですが
回想インタビューがある事で余程の叙述トリックがない限り
主人公は世界的なサックスプレーヤーになるという
とてつもない大きな夢の成功が約束されています。無敵状態。


もちろん創作された物語である以上
全てが用意された出来事です。
ご都合主義の展開でもいいと思います。

でも描かれている世界で許容出来る事って
限界があると思うんです。
納得感というか説得力というか…

この作品は「リアルな葛藤」という雰囲気にコーティングされている事で
感動の為に用意された展開のヤダ味が強調されてしまう。

例えばボクがこのマンガで最初にイヤだなと明確に思ったエピソード。

主人公が初めて作曲するキッカケは
懇意にしていた犬がひき逃げされて死ぬという出来事です。
受け止め方は人それぞれだと思います。

これはもちろんボク個人の受け止め方なんですが
ベタな少年マンガ的ご都合主義が繰り返される中で
こういった展開が出てくると
「主人公の成長の為に犬が殺された」と感じてしまう。

実は「BLUE GIANT」ってほぼ全ての出来事が
そういう構造で作られているんです。


主人公に降りかかる数々の困難の解決は
他者に起こる不運によってキッカケがもたらされ
他者の不幸を踏み台にして主人公は成長します。


別にそれでもいいんですね。

主人公の成長・成功にライドしている訳ですから
読んでいて「気持ちいい展開」ならいいんです。
ただ描いている内容に対して悲劇の許容量というのはあって
「犬がひき逃げされる」というエピソードは
ボク的にはイヤだなと感じてしまい許容量を超えていた。

物語が持つ悲劇の許容量ってうまく説明できないんですが
例えば「けいおん!」の中で誰かの死がキッカケになって
放課後ティータイム の成長が描かれたらみんな怒るでしょ。
用意されたぬるま湯に気持ち良く浸かっている所に
氷水ぶっかけられるみたいなものですから。

逆に「BECK」で誰かが死んでも別に怒らない。
「BECK」は全部読んでいませんが
銃弾が撃ち込まれたギターがウンヌンで
怖い人に追いかけられる世界観ですから。

では「坂道のアポロン」で誰かが死んだら。

ボクは怒りません。

もちろんどんな風に描かれるのかにもよりますが
そこにはリアルな人間が描かれているので
現実の残酷性を感じて感動すると思います。


じゃ「BLUE GIANT」はというと。

めっちゃ怒られそうですがどれかに例えるなら
「けいおん!」が一番近いんじゃないかと思うんです。

ちょっと熱めの湯に「おぉアチチチッ」と浸かっているみたいな。
そこにさらに熱い湯が注がれて「おっアチッ」と気持ちよく浸かっている。
この風呂に「犬がひき逃げされて死ぬ」は熱すぎて気持ち良くない。


さて、最終巻である10巻で描かれたエピソード。

ゴボゴボっと沸騰した湯を頭からぶっかけられ

てめぇわざとだろっ!!

と、ボクは怒ってしまった訳です。

主人公の成長の為だけに描かれてきた物語が
物語中盤からの展開で主人公「達」になったのですが
結局その「達」の部分すら
「主人公の成長の為だけに用意されてきた他者」であり
「他者の不幸」を踏み台にして主人公が成長する。

主人公の成長の為だけに描く不幸としては
描いている物語の許容量を遙かに超えてしまっていている。
「感動するでしょ」という作者の意図が見えてしまって
ボクは「こんなんで感動するわけねぇだろっ!」と。

またその展開をさらに感じ悪くしている要因に
衝撃的な展開になる直前のシーンで言い訳的に
逃げ場を用意したセリフを言わせているんですね。

別の巻の「Bonus Track」では別の人を通して
その後の顛末を言わせているのも逃げ腰というか…


作者が不誠実とは思いません。

もしろ誠実が故に登場人物を突き放せない事で
主人公自身は決定的なダメージを受けなかったり、
衝撃的な展開の直前に逃げ場を用意するような
セリフを言わせたりしてしまう。
結果、背後にいる作者が透けて見えてしまい
ご都合主義に拍車が掛かって見えるのでは。と。


10巻の顛末に対して主人公が

「オレは汚い奴だ。」

というくだりがありますが
あれって主人公の為だけに展開された物語に対して
負い目を感じている作者さん自身の吐露のように見えます。


ネタバレですが
「BLUE GIANT が10巻で完結」と書きましたが
「BLUE GIANT SUPREME」という続編が
既に発売され物語は続いております。

そしてボクは2冊を続けて読みました。

「BLUE GIANT SUPREME」の展開が
これまでにも輪を掛けて御都合主義の連続。

遡って10巻の展開に怒りが増し増しになってしまいました。


念の為に書いておきますがボクは「BLUE GIANT」好きなんですよ。
この感想を書く前にもう一度最初から読み返してみましたが楽しく読みました。
ただ前から引っかかっていたヤダ味の部分は引っかかってしまったし
読み返しても10巻の展開は物語の許容量を超えて不快に感じる。


冒頭にも書きましたがボクとは真逆の感想を持つ人もいると思います。
そちらの方が多いかもしれませんからウッカリこの感想を読んでしまって
不快になった人がいたらお詫びします。スミマセン。

ただ批判的な感想であっても脊髄反射の暴言よりは
ちゃんと「そう感じた理由」を書いておけば

「そういう見方もあるのね」とか
「こいつ全然わかってねぇな」とか
「コイツ完全に勘違いしてるわ」など

思えると思いますので素直な感想として書き残しておきます。

「BLUE GIANT SUPREME」に物語は続いていますので
最後まで読んだ時に考えが変わったり、より怒り狂った時には
改めて感想を書きたいと思います。


シカーダ/原作・山田玲司 作画・バナーイ

  • February 15, 2017
  • book
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amazonさんから着弾し早速読んだ漫画「シカーダ」

現在連載中の作品ですがボクはコミック待ちだったので
試し読みできる1話以降の展開をまだかまだかと待ちわびていた。

近未来の日本、そこは「マンガ」が禁じられた世界。
マンガを取り締まり、燃やす焚書官・レムのくすんだ日常は、
あのマンガを読んだことで一変する
裏表紙に書いてあるコピー引用


この漫画の何がスゴイかって作中に
アノ漫画やコノ漫画が登場するんですよ。
そしてボクらが知っている数々の漫画達が
物語の核心に据えられているという驚きの設定。

ネタバレは避けたいので(帯に書いてあるけど…)
興味のある方は 第1話試し読み へ 


待ちわびた「シカーダ」第一集。
繰り返し読んだ漫画はいろいろあれど
初回に読む段でこんなに丁寧に時間をかけて
ジックリと読んだのは初めてかもしれない。

というのも先日ニコ生で岡田斗司夫氏が
第一集に描かれている内容から独自の分析・推察をして

どうだ山田玲司っ!
図星だろっ!


とプロレスを仕掛けたのだ。

当然これは盛り上げるための
アオリ文句であるわけだけれど

「この漫画は邪推しながら読むとより一層面白い」

というのはとても納得がいった。

あたりまえだけれど初めて読むSFストーリーは
読みすすめるたびに物語の新しい情報が明かされる。
「次はどうなるのか?」という疑問を常に抱きながら
読み進めると面白さは2倍3倍になる。

例えば第一集の最後に明かされる設定を知り
読み返すと第一話冒頭のコマにキッチリと
その設定が描かれてる事を発見したりする。

独自の世界観・設定を持った「シカーダ」の物語は
「邪推」し注意深く読む事でより多く楽しむ事ができた。

そして期待を膨らませ続けて待ちわびた第一集は
パンパンに膨れあがった期待を大きく上回る面白さだった。


さて困った事にすでに第二集を待ちわびる状況となった。

仕方ないので第一集を繰り返し読み
アレコレこの先の展開を妄想してみる事に。

まだ明かされていない部分にどんな設定があるのか。
物語がどのように展開するのか。

そしてなによりこの作品の特徴である

この後どんな漫画が登場するのか。

これは非常に楽しい妄想。


そんな妄想・邪推の行き着いた先。


これってミヒャエル・エンデの
「はてしない物語」じゃないか?



映画「ネバーエンディング・ストーリー」でおなじみですが
本の「はてしない物語」と映画では決定的な違いがある。

「はてしない物語」は「読み手」が「物語」に関与する話ですが
本では物語のレイヤー毎に違う色の文字で印刷されている。
「物語内物語」と「その物語を読む主人公」。
そして主人公が読んでいる本は「今まさに自分が読んでいる本」。
という鏡合わせの構造。

これは読書という行為自体と対になっっているので
映画では決して体験できない驚きの構造なんです。


「シカーダ」第一集のネタバレは避けたいので遠回しに書きますが

この後どんな漫画が登場してどう物語に絡むのかな?
シカーダという存在の持つ能力ってどこから来たのかな?etc...

などという疑問から始まり

「うる星やつら」が紙の本として登場する世界なら
それより後に発売された「シカーダ」だって当然あるハズ。


つまりシカーダという存在そのものが
今ボクの手元にある漫画「シカーダ」から
来ているのではないか?

そしてココには読者としてのボクが存在する。

そして「燃えかけている第一集の装丁」。

と、いう事で「はてしない物語」の構造なんじゃないか。
という妄想になった訳です。


どうだ山田玲司っ!
図星だろっ!


とボクも邪推プロレスを仕掛けて
初夏に発売されるという第二集を心待ちにします。


【 追記 】
岡田斗司夫さんの「シカーダ」解説は 2:40 から


深爪式 声に出して読めない53の話/深爪

  • December 27, 2016
  • book
読書苦手マンのワタクシ。
弾みがついてもう一冊読んでみました。
「深爪式 声に出して読めない53の話」


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いきなり話がそれますが本のカバーってあるじゃないですか。

あれって本来、本自体を保護するために付いているんだと思うんですが
装丁が凝っている事もあって今はカバーも含めて本になっていますよね。

ボクは本を読むときにはカバーを外して読んで
読み終えた後でカバーを戻しています。

読んでいる時にうっかり落として表紙に折り目が付いたり
手汗とか手油で汚れたりしても読み終わって本棚に戻すと
見た目新品みたいで気分がいい。

まぁ本末転倒ではあるんですがね。

そんな訳で本屋さんで購入するときに
「カバーおかけしますか?」と聞かれても
「いやいいです。」と言っているんですが今回は

「いやっいいで…やっぱかけてくださいっ!」

とお願いしました。

カバーを外した状態がどうなっているのか
確認していなかったので。

ポップでカワイイカバーですが
もしやしたらカバーを外したらとっても卑猥な
装丁なのではないかっと不安がよぎったんです。

家にかえって確認してみたら
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これならお外で読んでも安心ですね。

アルファツイッタラー・深爪さんの「深爪式」

大変面白かったです。
何度か声を出して笑ってしまいました。

ボク自身は Twitter のスピード感についていけず
知り合いのフォロワーさんへの生存報告のように
ブログの更新を通知するぐらいです。

そんなボクがどのような経緯で知ったのか
記憶定かではないのですが
深爪さんのツイートが好きでフォローしています。

もちろん面白いというのは当然なのですが
下ネタも多い深爪視点の切り口に笑いつつも
「ほほぉう、なるほどっ」と感心させられる事もしばしば。

さらに恐ろしいのは140文字という制限のあるツイートで
時折、新しい考え方をインストールされる時がある事。


本書には登場していないけど大好きなツイートを引用。


このツイートがなんで好きなのか説明しようもんなら
「このトンチンカンっ やめろやめろいっ」と
怒られそうなのでやめておきますが、スゴイよね。


その深爪さんの本なら読まねばなるまいと
昨日いそいそと本屋に立ち寄って購入。

あまりの面白さに一気に読んでしまいました。

そして声を出して爆笑しながらも
新しい考え方のインストールが何個もある。

大好きな部分が何カ所もあるんですが一つ紹介すると

価値観の違う人間と対峙する事について
「好きならば相手のウンコが食べられるはずだ。食えないのなら、それは本物の愛ではない」と主張されてムキになって反論する人は少ないと思う。それはスカトロマニアを別次元の人間と割り切っているからだ。
 私は価値観の違う人間に批判されたときにはいつも「この人はウンコを食うタイプの人なんだ」と思うようにしている。すると「ウンコを食う人なら仕方ないか」とみるみるうちに怒りが消えていくのだ。
深爪式 声に出して読めない53の話より


「価値観の対立」について書かれているのだけれど
下ネタに昇華 されている事で笑ってしまう。

笑ってしまったという事は小難しい理屈を飛び越して
すでにその思考がインストールされている。

そして実践的でもある。


腑に落ちるとはまさにこういう時に使う言葉なんだろうなぁ。

「すばらしきかな玉袋」のようなただただ爆笑する節もあれば
前述のように笑いながらも核心を突くような言葉が飛び出てくる。

最終章の「深爪な家族」ではグッとくる。

これはズルイ。


興味のある方は是非にご一読を。


そういえば読み終えたのでカバーを戻したのですが
このポップなカバーに惹かれてヨメ氏の目に止まるのをさけるべく
本屋でかけてもらったカバーを掛けて本棚収めようと思います。


夜行/森見登美彦

  • December 24, 2016
  • book
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森見登美彦さんの「夜行」読みました。

森見登美彦さんの作品は「四畳半神話大系」「有頂天家族」が
アニメ化されていますので原作を読んだ事がない人でも
氏の作品をなんらかの形で知っている方も多いと思います。

読書苦手マンのワタクシですが
森見作品はかなり読んでいる。

初めて読んだ「夜は短し歩けよ乙女」が
大好きすぎてそこから遡りいろいろ読みました。
中でもデビュー作である「太陽の塔」と
「夜は短し歩けよ乙女」は繰り返し読んでいる。

独特の文体から繰り広げられる妄想と
笑わずにはいられないパンチラインに魅せられるのですが
森見登美彦さんの作品に通底して流れているテーマ。

それは「コチラ側」と「アチラ側」。
そしてその隙間に迷い込んでしまう人と
大切な物がフッと姿を消してしまう喪失感。

笑ってしまう妄想物語の裏に潜んでいる
どこか冷たく美しい感覚。

これが全作品に通底して描かれている。

ある時期から(「宵山万華鏡」ぐらいかな?)
独特な文体を使わない作品も書かれていますが
本作「夜行」はその極に達した作品でした。

学生時代の仲間達と10年振りに再会し
各々が語り始める物語が短編として描かれる。

それぞれの語り部が旅先で出会う謎の連作銅版画「夜行」と
10年前に姿を消してしまった長谷川さんの面影。

ひやりと首筋を撫でられるような冷たい物語とその結末。

森見作品の冷たく美しい部分が抽出されたような本作「夜行」。

この作品を読んだ後で過去の作品を読み直したら
より一層楽しめるような気がしています。

近々、最近読んでいなかった過去の森見作品を
引っ張り出して読み直したいと思います。

鬼才 五社英雄の生涯/春日太一

  • December 11, 2016
  • book
鬼才 五社英雄の生涯/春日太一

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読書苦手なワタクシが久々に読みました。

時代劇・映画史研究家である
春日太一さんの著書「鬼才 五社英雄の生涯」。

ワタクシが楽しみにしているラジオ番組へのゲスト出演で
春日太一さんの事を知ったのですが初登場なさった
「俺たちが観たい夏休み映画特集」は大好きで繰り返し聴いています。

「蹴られ」としても一流である春日太一さんですが
同番組で語られる映画の話はいつも内容が濃く
映画愛に溢れていて大変楽しく拝聴しております。

その春日太一さんが自身の最高傑作というのですから

「これは読まないわけにはいかない。」

…と思いつつも

読書が苦手である上に
映画に関する知識も乏しく
五社英雄監督の事もよくしらないボクが
果たして読めるものなのだろうか…。と二の足を踏んでいた。


しかしそんな心配は必要ありませんでした。


意を決してネット注文し昨日届いたのですが
「序章ぐらいは読んでおこうかな…」と読み始めたら
グイグイと引き込まれ結局一気に読んでしまった。

「極道の妻たち」「吉原炎上」などタイトルを聞けば
ボクでも知っている代表作のある映画監督 五社英雄。

五社英雄監督の人生を描いた本作は
監督のフィルモグラフィーを丁寧に追いつつも
決して堅苦しい分析や評論だけに留まらない。

春日太一さんの映画愛・五社英雄愛が込められ
まるで小説を読むかのようにドキドキハラハラしながら読み進められる。
そして魂を燃やし尽くすかのようなその生き様に終盤は涙ぐんでしまった。

ボクのように映画の知識が無い、
五社英雄監督をよく知らない人でも
「一人の男の生き様」として
楽しく読めると思いますのでオススメ。

今後は五社英雄作品を意識して観てみたいと思います。

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