俺はモテるのだろうか?

狙った女の子を100発100中でゲットするという意味であればノーだ。

ただ、平均的な恋愛経験値よりも上位にあるという意味ではイエスだろう。

20代の頃、俺は「ふつう」にしていてぼちぼちモテた。彼女がいないときよりもいるときの期間の方が圧倒的に長かった。つきあって、女の子の方からふられたことはなかった。女の子からの好意を感じつつも、つきあっている女の子が別にいるときには気付かないふりをした。出会いの場所は趣味のサークルだったり、職場関係の合コンだったりした。まさに「ふつう」だ。

ふつうにつきあって、ふつうに別れて、ふつうに過ごしていた。

つきあっていた彼女から求められるままにウン十万円という高額のプレゼントを贈るというバカなこともやった。それもいまとなればいい経験だ。高かったが、いい授業料だったと思う。

俺が20代半ばだった頃、あるきっかけで30歳過ぎの女性と知り合った。俺は見た瞬間に彼女を好きになった。素敵な女性だった。透明感があった。そして彼女が俺に好意を持っていることもわかった。うまくはいえないが、不思議とわかるものなのだ。彼女は独身で、彼氏もいなかった。障害はなにひとつないように感じた。

俺は彼女を誘って何度もデートに行った。彼女は心もきれいな女性だった。彼女が年上だったこともあって、デートはいつも割り勘。高額なプレゼントは求めるそぶりすらなかった。彼女は東京の反対側に住んでいたので、片道1時間以上をかけて会いに行ったりした。

彼女も俺に会いに遊びに来た。俺の家で一緒に過ごした。このブログを読んでいる読者諸氏には信じられないと思うが、当時の俺はその状況でも手を出さなかった。ふつうにご飯を食べて、一緒にDVDを見て、健全に解散した。もちろん俺はオトコなので、彼女と裸で抱き合っている姿をいつも想像していた。しかし、あくまで「ふつう」だった俺は、つきあうまではキスもすべきではないと思っていた。

数えきれないくらいのデートを繰り返していた俺たちは、周囲からは既につきあっていると思われていた。

知りあって半年くらいしてからだろうか。俺は彼女に告白しようと思った。「ふつう」だったとはいえ、なぜそんなに時間をかけたのかは覚えていない。仕事が忙しかったのか?いや、ただのチキンだったのだ。万が一にも傷つきたくなかっただけだ。

その日、俺たちは新宿にある雰囲気のいいレストランで食事をした。帰り道を歩きながら、俺は彼女の手を握った。それまでも冗談で手をつないだりはしていたが、このときは想いをこめて手を握った。それは彼女にも充分に伝わっていた。

そして俺は告白した。





彼女の回答はノーだった。




俺の頭は真っ白になった。俺の方程式には無い状況だった。

そして、彼女は泣いた。俺の手を握りながら泣きじゃくっていた。俺はといえば無表情で、現実を受け入れられずにいた。はたから見れば、俺が彼女に対して別れ話をしているようにしか見えない状況だ。

彼女を落ち着かせるために自動販売機で飲み物を買って、公園沿いに二人で座って飲んだ。そして彼女の話を聞いた。

彼女は少しずつ話してくれた。彼女も俺を好きだということ。ただ、彼女は俺よりもかなり年上で、その差が変わることは永遠にないこと。そして俺とつきあえば、いつか捨てられるという恐怖を抱え続けることになること。

彼女は自信を失っていたのだ。それゆえに俺との関係を深めることを恐れていた。

いまならどうすればいいのかわかる。そんな状況の女性には言葉はいらない。彼女を受け入れるということをただ態度で示せばよいのだ。

ただ、お子さまだった当時の俺は、どのように彼女に接すればいいのかわからず、ただ黙って彼女の話を聞くだけだった。

そして俺たちの未来はなくなった

その後も彼女とは会う機会があり、友達としての関係を続けることになった。ただ、会う回数は減っていき、やがてほとんど連絡も取らなくなっていった。

そんなある日、俺は彼女からの電話を受けた。彼氏ができて、結婚することになったらしい。俺は素直に彼女のために喜んだ。そして彼女と会うことになった。久しぶりに会う彼女もキレイだった。彼女は彼氏さんとの馴れ初めを教えてくれた。そして写真を見せてくれた。そこには人がよさそうな小太りの非モテ風アラフォーのオトコがいた。

彼女は俺に感謝していると言った。俺と知り合ったとき、彼女は自信を失っていたのだとも言った。30歳を過ぎ、もう誰とも恋愛をすることはないのではないかと思っていた。それが俺と時間を過ごすことで、自信を取り戻すことができたのだと。

負け惜しみかもしれないが、俺は彼女にそういってもらえたことを光栄に思っている。誰かの人生にポジティブな影響を与えられたことが嬉しいのだ。いまになって振り返ると、深い関係になった女の子たちよりも、彼女とのやりとりの方が印象に残っている。逃がした魚はでかい、というだけではないと思う。

いま、俺は街に出て多くの女の子に声をかけている。たまにはその子たちと深い関係を持つことになる。そんなとき、俺は彼女たちに何かを与えたいと思っている。

彼女たちにとって俺は通り過ぎていくオトコでしかない。しかし、だからこそ俺はなにかポジティブなものを与えたいのだ。俺は基本的に一度きりということは考えていない。相手が受け入れてくれるならば、何度でも会おうと考えている(もっとも、そういう関係になることは少ないのだが・・・。これは俺の魅力不足だろう)。

男女関係も結局は人間関係だ。与え、与えられるものであって欲しい。俺はそうしたいと考えているし、できると信じている。奪い、奪われるようなものは人間関係とはいえない。人間は、お互いに高め合うべきなのだ。俺は基本的にこの原則に従って活動している。

こんなことはオトコの都合にすぎない?相手のことを考えていない?オトコはズルい?

さて、それはどうだろうか。

上記の女性については、後日談がある。

彼女が結婚したあと、彼女を含む友人たちと飲みに行くことがあった。なんとなくの流れで俺と彼女は二人だけで飲み直すこととなった。お互いの近況報告や昔話をしていると、数年前に戻ったような錯覚を感じた。

そして彼女は濡れた目で俺にこう囁いた。

「私の周りの友達はみんな不倫してるんだよ。いいダンナさんがいるのに、悪い人たちだよね。ウーゾくんはそういうのどう思う?」

お子さまだった俺でも、そのメッセージははっきりと理解できた。ケーゴさんいうところの「婚外恋愛」のオファーだ。



まったく…。



ズルいのはオトコだけではないということを俺は学んだ。