戦国武将の武田信玄が富士山の神仏に病気の娘の平癒を祈った願文の所在が約200年ぶりに確認され、山梨県富士吉田市に寄贈された。江戸期の約200年前の古文書「甲斐国志」の草稿に、富士信仰を広める役割を果たした上吉田の御師(おし)の家にこの願文があると記され、長く行方知れずとなっていたが、山梨県外に住む御師の子孫の男性が家内を整理中に見つけ、寄贈した。市歴史民俗博物館(同市上吉田)で公開されている。

 願文は永禄8(1565)年5月に、信玄が「富士浅間大菩薩」に息女の病の平癒を願った内容。願いがかなえば「息女が富士に詣で、富士に僧を集めて大乗経を読誦し、神馬三頭の奉納を約束する」などと古紙に記されている。

 信玄自筆の根拠は、「信」の字の「言」の上部が「ユ」になる点など独特の筆遣いや、何字かおきに墨をつけ直したことによる文字の濃淡、花押など。信玄自筆文書の研究者が鑑定して信玄のものと認めた。

 同博物館によると、墨の使い方や筆遣いから、「勇壮」といった一般的なイメージとは異なる信玄の細やかで几帳面な一面がうかがえるという。息女が誰を指すかについては織田信長の嫡男、信忠と婚約した信玄の五女、松姫(信松院)の可能性がある。

 寄贈した御師の子孫の男性は小学生のころ、父親から「信玄の古文書が自宅にある」と知らされていたが、長く所在が分からなくなっていた。御師は霊峰への参拝者の宿泊所に自宅を提供するなど富士信仰を広める役割を果たす存在。

 同博物館の担当者は「信玄が富士山を深く信仰していたことを証明する願文として大変貴重」と話している。現存する信玄の自筆文書は数少ないとされ、身内の病気回復や安産を願ったものとしては願文2通が富士御室浅間神社(山梨県富士河口湖町)に伝存するという。

 公開は6月30日まで。常設展観覧料は大人300円、小中高生150円。火曜休館。問い合わせは同博物館(電話)0555・24・2411。

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