―午前7時―

「おはよー」
眠い目を擦りながら自室から出てきたネルの鼻を美味しそうな匂いがくすぐる。
「あら、ネル。今日は随分ゆっくりなのね」
「今日はお休み。みんな、昨日の戦いで疲れちゃったし」
宮殿の主、タイタス16世との激闘を終えた翌日。
ラバンの提案で、この日は探索を中止して休養日とする事になった。
彼自身やフランの身体的ダメージもさることながら、
彼等のリーダーであり、探索に置いても主戦力となっているヴァンを気遣っての事だった。
全てが終わると思っていた遺跡の探索は、再び先の見えないものとなっていた。
テレージャの話によると、宮殿の先には古代アルケア帝国の都が存在するという。
本当の黒幕は、廃墟と化した帝都の奥にいる。
長期間に渡るであろう探索と戦いに備えて、再び覚悟を決めなおす為に。
今日一日をその為の一日とすることとなった。
窓からは暖かい春の日差しが差し込んでいる。
昨日は夜明けに遺跡に潜り、ホルムの町中へと戻った頃には日付も変わろうとしていた。
およそ一日振りの日の光を浴びて、ネルは大きく背伸びする。
「・・・・・・やっぱり、これからも遺跡の探索を続けるつもり?」
ネルの母はスープを皿に注ぎながら、心配そうにネルに尋ねる。
「チュナちゃんを助けるまでは、わたしも頑張らないと」
男兄弟しかいないチュナにとってネルは姉の様な存在だった。
一人っ子のネルにとっても、チュナは可愛い妹も同然だ。
「怪我だけには気をつけなさいよ?父さんに続いてネルともお別れなんて、嫌だからね?」
もうすっかり過去になってしまった、大きな掌と優しい笑顔がネルの脳裏に蘇る。
「・・・・・・大丈夫だよ」
もう二度と、お母さんに悲しい思いはさせない。
口に出すには歯痒くて、彼女は心の中でそう付け足した。
「まぁ、ヴァン君達がいれば大丈夫か。それより、あなたテオル公子とお会いしたんだって?」
「うん。それがどうかした?」
「どうかしたじゃないわよ!羨ましいわー。あんな美男子、そうはいないわよ?」
まるで少女の様に瞳を輝かせる母に、ネルはすっかり呆れてしまう。
「お母さんは、少しは自分の年齢を考えなさい!」
「はいはい。あ、そうだ。今日お休みなら、午後から店番お願いね」
「えーーーーーーーー!?」
一つの戦いを終え、次の戦いへと挑むため。彼等はそれぞれの休日を過ごす。
本日は、晴天なり。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第13話 晴天 ― ひとやすみ ―

 

 

―午前10時―

「えー・・・・・・それじゃあ、今日はみんなでフットボールを・・・・・・」
「やだー!わたしおままごとがいい!」
「おれ、オニごっこ!」
「ぼくはかくれんぼ!」
神殿のほど近くの、大きな木が一本生えているだけの空き地に集まる子供達。
木の下に集まる彼等の中心には、ボロボロのボールを持ったヴァンが立っていた。
それなりに名の知れたチンピラと、無垢に笑う子供達。
この奇妙な取り合わせの原因となったのは、エンダの世話を引き受けてくれたアダの一言だった。
「今度、子供達の遊び相手をしてやってくれんか?」
神殿に暮らす孤児達の遊び相手。それが、エンダの世話の代価となった。
まだ幼い頃のヴァン達はアダに大変良くしてもらった為、彼女には未だに頭が上がらない。
義理堅いヴァンは結局その頼みを断ることは出来ずに、今に至る。
「お前等なぁ・・・・・・」
しかし、結果は悲惨なものだ。彼は見事に子供達に振り回されている。
怖がられて泣かれはしない。それだけがヴァンにとって唯一の救いだった。
「ヴァン、その球をどうするんだ?」
生まれて初めての遭遇となるボールに、エンダが首を傾げる。
神殿に預けられて日も浅い彼女が、他の子供と一緒に遊ぶことで仲良くなってくれれば良い。
アダの頼みを引き受けた時、ヴァンはそんな事を考えた。
その為にも、どうにかして子供達が楽しく仲良く遊べるようにしなければ。
――あ、そうだ。
ヴァンの脳裏に現状打破のアイディアが浮かび上がる。
「良いか、エンダ?このボールをな・・・・・・こうするんだ!」
手に持ったボールを放り投げ、そのまま高く蹴り上げる。
そして、それを頭で、足の甲で、踵で、つま先で器用にリフティングしてみせた。
「こんな、風に、手を、使わないで、ボールを・・・・・・」
「蹴るんだな!」
ヴァンが頭で打ち上げたボールを追いかける様にエンダが高く飛び上がる。
「んー、うい!!」
雷でも落ちたかの様な爆発音が周囲に響き渡る。
エンダに蹴られたボールは、目では捕らえられない速度で遥かへと吹っ飛んだ。
「・・・・・・もうちょっと、軽ーく蹴ってくれよ・・・・・・」
頭上で鳴り響いた轟音に耳を押さえてヴァンがエンダに注意する。
彼の言葉にきょとんとするエンダを、他の子供達も呆然として見つめている。
こりゃあ、大失敗か。
ヴァンがそんな風な事を考えたときだった。
「エンダちゃんすごーい!!」
「ぼくにもあのワザおしえて!」
「おれだってまけないぞ!!」
呆気に取られていた子供達が、エンダに駆け寄り賞賛を浴びせた。
「ん?お・・・・・・?うん、エンダはすごいんだぞ!」
子供達の反応にしばし戸惑いながらも、エンダは胸を張る。
エンダを含む子供達はみんな、無邪気に笑っている。
「・・・・・・ったく」
その光景に、ヴァンも複雑な心境ながらも頬を緩めた。


―午前11時―

「なぁ、本当に釣れるのか?」
「釣れる釣れる。この前だって、こーんなでかい虹色魚を釣り上げたんだぞ」
その頃、パリスはラバンに誘われて大河の畔で竿を垂らしていた。
ヴァンもパリスも、一日中チュナの側にいようとも思っていたが、
側にい続けていても彼女は目覚めない。遺跡の奥の諸悪の根源を叩くまでは目覚めない。
ならば、今日は思う存分リラックスして英気を養おう。
それが彼等の下した休日の過ごし方だった。
ラバンが先日の釣果をパリスへと誇らしげに語るが、彼の顔には不信の色が浮かんでいる。
「胡散くせー・・・・・・」
見下ろす大河の水面は、災厄の影響ですっかり赤く濁ってしまっている。
こんな河では、とても魚が釣れるとは思えない。
現に竿を垂らしてそろそろ2時間。未だに小魚一匹も釣れはしない。
「釣りは良い・・・・・・」
ラバンがどこか恍惚とした様な表情で遠くを見つめる。
「おいおい、ついにボケが始まっちまったか?」
「何を言う。俺はまだまだビンビンだ」
「ビンビンって・・・・・・」
「良い魚を釣って、良い風呂に浸かって、良い女と酒を呑む。それが長生きの秘訣だよ」
「なんか、ロクでもねぇ爺さんそのものだな」
「黙れ。ロクでもない若者代表め」
軽口の叩きあいと沈黙を繰り返し、緩やかに時間が流れていく。
「・・・・・・って、坊主じゃ帰れねぇぞ?」
「それもまた一興だ。お、引いとる引いとる」
結局、昼までの釣果はラバンの釣り上げた一匹のみとなった。


―午後2時―

「・・・・・・すまない。遅くなったな」
最近になって墓石が爆発的に増えた共同墓地に、メロダークはいた。
誰よりも早く異変を察知して、その結果死んだ友の眠る墓に花を手向け、黙祷を捧げる。
墓石の前でしばし瞑目していると、一人の男が彼の元へとやって来た。
「これが、エリオとハイアンの墓かい?」
行商人の様な格好をした男がメロダークに尋ねる。
メロダークが頷いたのを見て、彼もまた天の友へと祈りを捧げた。
そして、しばしの雑談の後に話は本題へと移る。
「騎士長に何か伝えるべき事はあったかい?」
男の問いに、メロダークはしばし考えた後に答えた。
「・・・・・・皇帝の憑代と思しき者と、接触した」
彼の答えに男は目を丸くして驚く。
「・・・・・・それ、本当か?」
「憶測の域は出ない。・・・・・・現時点での報告は、あくまでその程度で頼む」
「ああ。間違っても、そいつに尻尾は見せるなよ?」
「わかってるさ。・・・・・・予言は決して果たさせない」
「その為に俺達はいるんだからな。・・・・・・じゃ、また2ヶ月後に。元気でな」
去り行く男の背を見送り、メロダークは再び瞑目する。
「・・・・・・許せ。すべては大義の為だ」
「あれ?メロダークさんも墓参りですか?」
不意にかけられた声に振り向いた先には、花束を持ったアルソンが立っていた。
「奇遇ですね。僕も部隊の仲間達に会いに来たんですよ」
「・・・・・・そうか」
「これ以上、誰にも悲しい思いをさせないこと。それが騎士の大義ですよね!!」
「・・・・・・私はただの傭兵だ」
熱く語るアルソンにやや辟易しながらも、メロダークは表向きの間違いを訂正する。
「・・・・・・大義、か」
アルソンと別れひばり亭へと戻る道すがら、彼の口からふとその言葉が漏れ出した。
自分にとっての大義とは、何だろうか?
大義の為に、仲間を犠牲にしようというのか?
犠牲にして、果たしてそれですべてを終わりに出来るのか?
「・・・・・・・・・・・・」
迷いを断ち切る様に、メロダークは足を速めて歩き出した。


―午後3時―

領主の館の一室でフランは彼女の本業に勤しんでいた。
丹念に家具や調度品を磨き、床にはホコリひとつ残されていない。
「フランや、やっぱり今日は休んだ方が・・・・・・」
ゼペックが心配そうに、忙しなく働くフランに声を掛ける。
「大丈夫ですよ、おじい様。怪我だってたいした事じゃないですから」
「いや、しかしだな・・・・・・。うーむ・・・・・・」
彼にとっては大事な孫娘だ。昨日気を失う程の怪我をしたと聞いては無理をさせたくない。
「・・・・・・まあ良い。ところでフランや、仲間達とはうまくいっておるか?」
「ええ。皆さまにはとても良くしてもらってます」
皆さま。その言葉を口にした時、彼女は昨日の戦いでの出来事を思い出した。
タイタス16世の反撃を受けて気を失った自分を助けてくれたのは、パリスだという事を。
自分の事を嫌い、冷たい言葉と態度ばかりの彼が助けてくれたという事を、思い出した。
その事を思い出し、フランは何故か嬉しくなった。
パリスとも、ちゃんと仲間と呼び合えるかもしれない。友達にだってなれるかもしれない。
そんな期待が、フランを喜ばせた。
「・・・・・・なら、良いのだが・・・・・・」
何やら嬉しそうな孫娘を見て、ゼペックが一抹の不安を覚える。
アルソン殿?人柄は良いが、青二才には孫を任せられん。
黒い長髪の戦士?奴はなにやら変態そうだ。
リーダーらしい白髪の若造?駄目だ駄目だ。
頬に傷のある若造?論外だ。却下だ。あんな馬の骨に孫娘は渡せん。
「あの、おじい様?」
「む!?やや、なんでもないぞ、フランよ」
余計な心配だった。そう心の中で納得し、ゼペックは自分の持ち場へと戻っていった。
「どうしたんだろう、おじい様・・・・・・」
そんな彼の心配を、フランは知る由も無かった。


―午後4時―

「しーあわっせはーっあーるいってこーないっーだーかーらあーるいっていっくんっだねー♪」
調子はずれの歌声の主は、デネロスの元に頼まれた薬の材料と酒を届ける道中だったネルだった。
デネロスの住まう町外れの庵に着くと、意外な人物が庵のドアから飛び出した。
「畜生、必ず奪い取ってやるからな!!」
デネロスにそう叫んだシーフォンは、すれ違うネルに目もくれずに走り去って行った。
「・・・・・・どうしちゃったんだろ」
「おお、ネルよ。いつもすまんな」
開けっ放しのドアからデネロスが顔を出し、頼んでいた品を受け取る。
「はい、毎度ありがとうございます。お酒飲みすぎたら、ダメですよ?」
「わかっとるよ。・・・・・・ところでネルよ。お前、あの少年と一緒に探索しておるのか?」
「えーと、それが何か?」
「あいつと関わるのはやめなさい。奴は鬼子だ。いつかお前達を裏切るだろうよ」
「鬼子って、しーぽ・・・・・・シーフォン君が、何をしたっていうんですか?」
仲間への言われない批評にネルが喰ってかかる。
「奴は己の力を過信し、己には制御出来ぬ魔術を使い、友を死なせた男だ。
 それにも関わらず、奴は贖罪もせずに方々の魔術師から術を盗んで回っている。
 そういう男なんだよ、シーフォンという奴は」
「・・・・・・失礼します!」
そこまで聞いて、ネルは踵を返してシーフォンを追いかけた。
「おい、まだ代金を・・・・・・。行ってしもうた」


「・・・・・・どけよ」
シーフォンの前に、息を切らせたネルが立ち塞がる。
いつも呑気そうで穏やかな彼女の瞳は、今はひどくシリアスな色を宿している。
「デネロス先生の言ってたこと、本当のことなの?」
彼女が何を言っているのかはすぐに理解できた。シーフォンは舌打ちをして背を向ける。
「あのクソ禿ジジイ、余計なこと吹き込みやがって・・・・・・」
「・・・・・・本当、なの?」
背を向けて歩き出したシーフォンに彼女はなおも喰いかかる。
「ああ、そうだよ。僕はダチを殺したよ。魔術の比べあいをしてな。
 強い力を持ってる奴どうしがぶつかるのは当然、ぶつかれば弱い方が死ぬのも当然だろう?
 あいつは僕より弱かったから死んだ。・・・・・・それだけだ。これで満足か?じゃあな」
振り向いた彼から矢継ぎ早に、しかし淡々と彼自身の過去を告げられる。
その事実に、彼の過去にしばし呆然としていたネルが、再び歩き出した彼の腕を掴む。
「なんだよ。まだ用があんのか?」
私は何を言えばいいんだろう?何をしたくて引き止めた?何を言う権利がある?
「・・・・・・反省、ううん。後悔はしてないの?」
混乱する頭のなかでネルが必死に紡ぎ出した言葉を彼にぶつける。
「・・・・・・するかよ。そんなもん」
腕を掴む手を払い、シーフォンは再び歩き出す。
ネルは何も言えず、何も出来ずにただ去り行く背を見つめるだけだった。


―午後8時―

「(前略)だから今の神殿のお偉方は駄目なんですよーーーー!ファ(以下規制)!!!」
「はいはい、わかったから席を立たない」
すっかり酩酊し、饒舌になっているテレージャをキレハがなだめる。
一人酒も寂しいと思い彼女を誘った事を、今更の様に後悔する。
「あ、そういえば。今日の昼間、面白いものを見たんだ」
「へぇ。何を見たの?」
「ヴァン君がエンダ君や神殿の子供達と一緒に遊んでたんだよ。意外な一面もあるものだね」
テレージャの言葉で、キレハはネルから聞いた彼等の家が留守だった理由を知った。
彼女は今日、チュナの見舞いに行こうと思っていたのだ。
「そうなの。似合わない事するわね」
テレージャは何か意味有り気な目でキレハを見つめていた。
「何よ」
「良いお父さんになりそうじゃないか。いやぁ、良かったねキレハ君」
「・・・・・・あなたが何を言ってるのか理解に苦しむんですけど?」
「ハハハ、何をおっしゃる。暇さえあればヴァン君ばかり見ている癖に」
「とんだ言い掛りね」
下らないと吐き捨てるように、グラスの中身を傾ける。
テレージャの言っている事は、確かに事実だ。
キレハにとってヴァンは気になる存在というのも事実だが、それは決して恋心なんかではない。
夜霧に包まれた町。感情を殺した顔。血の臭い。痛ましい程に悲しい顔。
不意に脳裏に浮かび上がるそれらを消すように、キレハはグラスの中身を飲み干した。
「第一、あいつのファンなら他にいるでしょう?」
「確かに。・・・・・・そういえば、パリス君も謎だね。彼はなんでフラン君に辛くあたるんだろう」
「さぁ?・・・・・・あ、もしかすると」
「好きな女の子をわざといじめる男の子の心境?」
キレハの言葉をテレージャが引き継ぐ。
「んな訳ねぇだろ!」
そして、それを当の本人が否定した。
「“恋バナ”か?そんな事より俺と熱ーい一夜の恋を・・・・・・」
「黙ってろこの色ボケジジイ!」
今しがた来たばかりのパリスとラバンも同じテーブルに着き、酒を頼む。
「あーあ。一日無駄にしたぜ」
「君達は何をしていたんだい?」
「釣りだよ。朝から粘って、結局ボウズ」
「俺は釣ったじゃないか」
「メダカみたいな、小ーーーーーーいさいのを一匹だけな」
賑やかな二人を見て、キレハがふと尋ねる。
「あいつは一緒じゃないの?」
「ヴァンか?あー・・・・・・。もう少ししたら来る。あ、やっぱ来ねぇかも」
「・・・・・・何か急用でも?」
「なんか、ネルの奴に泣きつかれてた」


―午後9時―

「ちょっとは落ち着いたか?」
「うん・・・・・・。ありがと」
ヴァンが突然家に押しかけてきたネルに泣きつかれて、早一時間半。
彼の隣に座るネルは、ようやく涙を枯らしたようだ。
シーフォンの話を聞いた。デネロスの言っていた事も、本人の口から聞いた事も。
ヴァンの知る限りでは、シーフォンの探索の目的は遺跡に眠る太古の魔術の会得だ。
ネルの話によれば、彼には友人を魔術の勝負で死なせてしまった過去がある。
そして彼は、その過去に微塵の後悔もしていない。
「それじゃあ、デネロスの爺さんが信用するなっつうのもわかるけどな」
「ヴァンはどうするの?明日からも、しーぽんと一緒に行くの?」
ネルの問いに、ヴァンは眉間に皺を寄せて押し黙る。
この先、彼が自分達の障害になり兼ねない。しかもその可能性は決して低くは無いだろう。
もし近い将来に血を見る様であれば、今のうちに縁を切った方が良いのだろう。
しかし・・・・・・。
「・・・・・・お前はどうしたい?」
半ば答えを確信しながらも、ヴァンはネルの目を見てそう尋ねた。
「私は、デネロス先生の話もしーぽんの話も、それが全部じゃないと思うの。だから・・・・・・」
「まだ仲間でいたい、か」
ネルの答えはヴァンの予想した通りだった。
まだヴァンもパリスも幼い頃、この町に来てすぐの頃もそうだった。
町中の子供達に怯えた目で見つめられ、町中の大人達に冷たい視線を浴びせられた。
けれどネルは、恐れる事も軽蔑もしないで自分達に手を差し伸べてくれた。
アダやオハラ、ネルといったごく少数の人々の優しさに助けられて今日まで生きてこられた。
だから今、ヴァン達は辛うじてホルムの住人として認められている。
「俺もそれで良い。もし何かあったら・・・・・・。まぁ、その時はブン殴ってお説教だな」
彼女の優しさを、打算で無碍にする事はヴァンには出来なかった。
それが彼なりの恩人であり親友でもある彼女への忠義であり、彼の甘さでもある。
「・・・・・・うん!」
ヴァンの答えに、ネルは目を輝かせる。
「ったく、お人好しと言うか何と言うか・・・・・・」
「人のこと言えないと思うんですけどー?」
「うっせぇよ。・・・・・・もう時間も時間だ。送ってやるよ」
「えー!?」
「えーじゃない!ほら、行くぞ!」


―午後11時―

「どうなのよ!?付き合ってるの!?」
「ぱ、パリス、助けて・・・・・・」
「俺寝てるよ。ぐーぐー」
「野郎ッ!」
「どーーなのよーー!?」
ネルを家へと送り届けたヴァンがやって来たひばり亭には、既に秩序もクソも無かった。
遺跡への情熱を熱く語ったテレージャはテーブルに突っ伏して眠っている。
ラバンは標的をオハラへと移し、カウンターの席で何やらピンクな猥談を繰り広げている。
そしてその2つの台風が過ぎた頃、今度はキレハの様子が豹変し始めた。
「だから何遍も言ってんだろが!俺とネルはそんなんじゃねぇって!!」
「くさーい。臭いわー。嘘の臭いがプンプンするわー」
「とりあえずもう飲むな!酔い醒ませ!みんな困るし、誰も得しねぇから!」
パリスは助けを求めるヴァンと目が合ってもなお狸寝入りをし続ける。
「ぐーぐー」
「こいつ絶対許さねぇ・・・・・・」
「パリスは関係ないでしょー!?私はあなたと話してんの!!」
「耳元で怒鳴るな!つうか、もし付き合ってたとして、お前に何の不満があるんだよ?」
「えっ!?・・・・・・不満?」
「いや、そんな急に大人しくなられても・・・・・・」
「ふ、不満なんて無いわよバーカ!!」
「たーすけてー」
ヴァンの叫びは誰の心にも届く事なく、無情な夜は続く。


結局、日付が変わる頃にヴァンは解放される事になった。
「疲れた。すっげぇ疲れた・・・・・・」
「お疲れさん」
肩を落として歩くヴァンの背中を、ほろ酔いパリスが軽く叩いて労う。
「死ね。チュナが元気になったら即死ね」
「うっせぇ!お前ばかりモテやがって!チュナ助けたら即効で死んじまえ!」
物騒な言葉が野良犬の遠吠えに混じってホルムの町へと響く。

ひとつの戦いを終え、次の戦いに臨むための休日。
雲ひとつ無い夜空に浮かぶ月が沈む頃には、再び戦いの日々が始まる。
ある者は仲間との絆を感じ、ある者はその絆に疑問を覚えた。
ある者は己の意志を確固たるものとし、ある者は己の使命に疑問を抱いた。
ただの寄せ集めの仲間だった彼等は、その繋がりを変えていく。
或いはより深く、或いはより歪に、或いはより想いを潜めて。
そして、物語は次の転機を迎える事となる。


第13話 晴天 ― ひとやすみ ―  了