「宮殿の外って事を考えたら、まぁ当然ですけど・・・・・・」
「すっごい広いね・・・・・・」
宮殿の奥にあった門を開いたネルとアルソンが、目の前の景色に圧倒される。
死霊の支配から解放された宮殿を抜けた先にあったものは、広大な地底都市。
もとい、かつては地上に存在していた都市の残骸だった。
「古代アルケア帝国、その帝都の残骸か。・・・・・・夢の様な光景だね」
テレージャは緑光黴の放つ光に照らされた薄暗い廃都の姿に感嘆する。
小高い丘の上に存在する宮殿の門から見下ろす限りでも、その規模は相当なものだ。
「夢の様な光景、ね。俺には岩と石ころの塊にしか見えねぇな。薄気味悪いぜ」
「気を付けたまえ、パリス君。君の足元の石材ひとつ、君の寄りかかる柱の一本が人類の宝だ」
「宝、ですか・・・・・・」
テレージャの弁を聞いたフランが、すぐ側の石柱に手を触れる。
劣化しきったその石柱は、それだけで大きな音を立てながら倒れていった。
「え!?そんな・・・・・・あたし・・・・・・」
「あぁー!はい失った!我々人類は貴重な宝をまたひとつ失った!!」
「も、申し訳ございません!」
テレージャの叱責にフランは慌てて頭を下げる
「なんか活き活きしてるな、テレージャ」
「和んでる場合じゃないわよ、ヴァン。何か来るわ」
キレハが既に戦闘態勢を整え、眼前の闇を見つめている。
やがて姿を現したのは数体の宙に浮かぶ人面石と泥で作られた人形だった。
「魔法仕掛けの人形か。ケケッ。大した魔術師みてぇだな、遺跡の親玉は」
「さっきの柱が倒れた音でも聞きつけたか?」
「・・・・・・すみません」
ヴァンの非難にまたしても肩を落としつつも、フランが両手に短剣を構える。
「まぁいいさ。そのうち出くわす相手なんだろうからよ!」
新たなる冒険の始まりを告げる戦いが、幕を下ろした。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第14話 廃都 ― しょうしつ ―

 

 

「うるぁあああ!」
パリスが新たな得物、鉄鎖を最後の一体となった泥人形に絡め、動きを封じる。
「ヴァン、外すなよ?ちゃんと狙えよ!!」
ヴァンの新たな武器である弩から放たれた矢は、寸分狂わずに泥人形の頭部を撃ち抜いた。
「パリス、そんなにビビるなよ」
魔法仕掛けの泥人形は、見る見る内にただの泥となり崩れ落ちた。
「・・・・・・さて。とっとと探索に移ろうか」
「待って。それとそれ、どうしたの?」
ネルが指差すのは、ヴァンとパリスの手にした新品の武器だった。
「おう。昨日、釣りのついでに港の行商から買ったんだ。どうよ、決まってるだろ?」
「お金はどこから出したの?」
「遺跡で拾ったもの売り払った金」
「おい、パリス・・・・・・」
うろたえるヴァンを押しのけて、更にネルがパリスに問い詰める。
「みんなで集めたお金って事だよね?一応聞くけど、いくら残ってるの?」
「帰って確認しないとわからn「スッカラカン」
「馬鹿かお前は!!」
「うん、わかった」
ネルに袋叩きにされる二人を庇う者はいなかった。
アルソンとフランですら、仕方の無い事と認めて傍観するに留まった。
冒険の成果を無断で用いた二人が解放された頃には、彼等の顔はすっかり伊達男になっていた。


一方、ひばり亭では待機組となった面々が暇を持て余していた。
「ひーまーだーぞー」
「・・・・・・ふひふぉひっふぁふふぁ」
「ガハハハ!いいぞエンダ、もっとやれ!」
軽くとはいえ、エンダの力で頬を引っ張られるメロダークは堪ったものではない。
手を放した隙に肩車していたエンダを下ろし、膝の上に座らせる。
「なんでエンダ達はおるすばんなんだ?」
「もし誰かが遺跡の中でいなくなったり、みんな帰って来なくなった時の為だ」
「・・・・・・ヴァンもいなくなるのか?」
「もしかしたら、な。まぁ、あいつ等なら大丈夫だろうよ」
「むー・・・・・・」
「・・・・・・そう心配するな。お前の父さんはちゃんと帰って来る」
ラバンとメロダークの言葉を聞いても、エンダの不安げな表情は晴れなかった。
「ヴァンが帰って来たら、思い切り抱きついてやれ。な?」
ラバンの硬くガサガサした掌がエンダの頭を撫でる。
「くすぐったいぞ」
その掌を払いながらも笑みを浮かべるエンダに、ラバンもまた笑みを浮かべた。
そう、ヴァン達がこんな所でくたばるはずは無い。それでは、困るのだ。
己に課せられた使命を噛み締めながら、メロダークは心の中でそう呟いた。


「ヴァン・・・・・・。ヴァン・・・・・・」
「なんだよ・・・・・・」
「俺の顔はどうなっている?鼻はあるか?耳はあるか?」
「ジャガイモみたいなツラだよ」
「お前もだろうが!!つうか、お前が武器買って来いっつったんじゃねぇか!!」
「お前がベラベラ喋らなきゃ良かったんだよ!馬鹿なの?死ぬの?死んでくれ!」
「はいはい喧嘩しないの。それとも、もう1セットいっとく?」
「「・・・・・・すんません」」
仲良くワンワン吠え立て合う馬鹿兄弟と、それを一言で押さえ込む幼馴染み。
「緊張感ってモンが無ぇのかよ、あいつ等は」
そんな彼等を遠巻きに見ながら、シーフォンが吐き捨てる様にそうごちる。
それでも、敵の気配を察してはすぐさまルートの変更や応戦の合図をするのだから大したものだ。
「凄いですよね。とても町の悪漢だったなんて思えませんよ」
「だからこそ、君みたいな新米の騎士より頼れるんだと思うよ」
アルソンの失言に釘を刺すテレージャに同意する様に、シーフォンもその口を開く。
「毎日が戦いだったんだろうよ。今日生きる金を誰かから殴って奪い取る様な」
「あなたも同じだから?」
「・・・・・・ケッ」
自分の質問に機嫌を損ねたシーフォンに構わず、キレハはヴァンを見つめる。
彼は一体、今まで何人をその手に掛けたのだろう?その度に彼は強くなったのだろうか?
「・・・・・・なんだよ」
「何でも無いわよ」
視線に気付き振り返ったヴァンに、彼女はそっぽを向いて無関心を強調した。
最近妙に自分につっかかるキレハに違和感を覚えつつも、ヴァンは再び前を向く。
彼女の猜疑の眼差しも、今はとりあえず無視する事にして。
やがて彼等の目の前に現れたのは、これまでとは異質の存在だった。
黒い水晶で出来たオベリスク。
「・・・・・・中に、誰か居ます」
フランの言葉の通り、その中には膝を抱えた少年が閉じ込められているのがうっすらと見えた。
「これも、古代アルケア帝国とやらの遺産なのか?」
芸術品と呼ぶには余りにも無粋なそれを差し、ヴァンがテレージャに尋ねる。
「私の知る限りでは、見た事も聞いた事も無いね」
「ただ、何やら妙な魔力は感じるけどな」
それに触れながら、シーフォンが頬に歪んだ笑みを浮かべる。
「面白ぇじゃねぇか。こんな魔法まであるなんてな」
それを見て、顔に怒りの色を浮かべてネルが突っかかる。
「こんな小さい子が酷い事されてるんだよ!?それの何が面白いってのさ!!」
「いちいちウゼェんだよ、テメェ・・・・・・」
シーフォンの杖に魔力が集まるのを察して、ヴァンが弩から矢を放つ。
矢はくっ付きそうな程に近い二人の顔の隙間を縫い、薄闇の中に消えて行った。
「喧嘩すんならここから出てからやれ。・・・・・・俺の言えた義理じゃないけどよ」
「・・・・・・チッ」
舌打ちと共に、シーフォンは杖に宿した魔力を収めてネルの手を払った。
「あ、危ないじゃない!当たったらどうすんのさ!?」
「いや・・・・・・。シーフォンになら、まぁ当たっちゃってもいいかなー・・・・・・。なんて」
「ヴァンのバカー!!」
振るわれたネルの拳をヒラリと避けたヴァンの背中が、黒水晶のオベリスクに触れる。
その時だった。
水晶がまるで水面の様に波打ち、ヴァンの身体を飲み込んだ。
「なっ・・・・・・!?」
「ヴァンさま!!」
黒水晶に飲み込まれるヴァンの手を、フランが掴み取ろうと手を伸ばす。
しかし、彼女の手が届くより早く、ヴァンの身体は完全に水晶の中へと飲み込まれてしまった。
「そんな・・・・・・」
フランが何度も黒水晶に触れても、まるで何の変化も無い。
冷たい感触だけが、フランの掌に残るだけだった。
「なんだよこれ・・・・・・!ヴァン!聞こえるか!?すぐ助けてやるからな!!」
水晶を叩きながら、中のヴァンに届く様にと声を張り上げパリスが叫ぶ。
「・・・・・・それどころじゃないみたいだぜ?」
シーフォンの声に振り返ると、既に数名が武器を手にして身構えていた。
暗闇のむこうからやってきたものは、異形の怪物だった。
女の身体に男や女に子供の身体、無数の手足や口や目。
それらを無茶苦茶に継ぎ合わせた様な、混沌そのものと言った姿をした魔物。
それが群を成して迫ってきていた。
「・・・・・・畜生!こんな所でくたばんじゃねぇぞ!!」
消えてしまったヴァンに対して、危機に陥った仲間達に対して。
そして、自分に言い聞かせる様なパリスの咆哮が廃都に響き渡った。


様々な景色が、一瞬現れては流れて消えていく。
白い蓮の花の浮かぶ水面。
大雨に曝され水没する都市。
磔にされ、身体を鴉に啄ばまれる刑死者。
全身の皮膚を剥ぎ取られ、悲痛な声を上げのた打ち回る者。
倒れた戦士に馬乗りになり、剣の柄を何度もそれに叩き付ける戦士。
血塗れの剣を掲げる戦士に喝采を浴びせる人々。
狂った様な目をして回廊を彷徨う皇帝。
日の射す部屋から外を見つめる女。見覚えのある景色。
その女が、こちらへと振り向き――


覚醒したヴァンが目にしたものは、真っ青な空と眩しい太陽だった。
どうしてだ?俺はさっきまで、地下の遺跡にいたはずだ。
疑問が脳裏に渦巻くまま身体を起こして彼が見たものは、更に彼を困惑させるものだった。
そこは、見知らぬ街角。
通りを行き交う人々。倒れた自分に怪訝な目を向ける人々。走り去る荷馬車。
人々の服装は男女を問わず、シャツに帯を巻いただけの簡素なもの。
何もかもが知らないものだらけの世界。
それなのに、ヴァンの胸には懐かしさの様なものが込み上げていた。
「・・・・・・何処だよ、ここは・・・・・・?・・・・・・みんなは!?」
行き交う人々の波を掻き分ける様に、知らない街を駆け抜ける。
もしかしたら、仲間達も自分と同じく何処かで倒れているかも知れない。
そんな淡い期待を抱き、人々の視線も気にせずに走り回る。
フランがいるはずだ。自分に手を差し伸べようとしてくれたフランが。
テレージャだっているはずだ。今頃、古めかしいこの街の景色に目を輝かせているんだろう?
シーフォンは何処だ?早速誰かに喧嘩を売ってなければいいが。
アルソンはすっかり街に馴染んでいるのかもな。
キレハも居るんだろう?いつもみたいに、澄ました顔をしてるんだろう?
パリスもきっと俺みたいにこの街を走り回っているはずだ。その内出くわす筈だ
ネルは何処に居る?一人でオロオロしてるのか?待ってろ、今、行くから。
共に遺跡へと潜った仲間達の顔を思い浮かべ、その名を叫んで、尚も走る。
・・・・・・しかし、どれだけ走れども、彼等の姿は無かった。
見知らぬ街に、彼はひとりきりだった。
「・・・・・・何なんだよ。遺跡を見つけてから、ロクな事なんてありゃしねぇ・・・・・・」
日が暮れて、すっかりオレンジ色に染まった空を見つめ、ひとりごちる。
すっかり裏通りに迷い込んでしまい、元居た場所にも戻れない。
「ったく・・・・・・。ざまぁ無いぜ。だせぇ・・・・・・」
弱音を吐く彼を叱る者も、慰める者もいない。
訝しげな目を時折り向ける、椅子に腰掛け何かのゲームに勤しむ老人だけがいる。
睨みつける様に彼等へと視線を動かしたヴァンの目に、あらぬものが飛び込む。
椅子の上に膝を立てて座る老人。彼は下着を穿いておらず、その逸物を晒していた。
ヴァンは頭を振ってその事を忘れようとする。下水から漂う汚物の臭いも交わり、気分は最悪だ。
「・・・・・・精々長生きしやがれ。変態ジジイ」
何の罪も無い老人に暴言を吐きつつ、腰を上げて再び歩き出す。
行く当てなんて何処にも無い。それでも、彼はここには居たく無かった。


「知りませんよ、そんな事」
見通しの利かない道を歩くヴァンの目に飛び込んだのは、洗濯物の入った籠を抱えた女。
そして、彼女に何かを問い詰める、粗末な武具で身を固めた2人の男だった。
「嘘を吐くな!あの小僧がこの辺りに隠れているのは知っているぞ!」
「だから、知らないと言ってるでしょう!?」
女の言葉に男達は顔色を変え、彼女を剣の柄で殴り飛ばした。
「なんだその態度は!!来い、詰所で問い詰めてやる!!」
倒れた女の髪を無造作に掴み引き摺り起こす。彼女の額からは血が流れていた。
「・・・・・・胸糞悪いモン見せやがって」
ここで何をすればどうなるか。
そんな事を考えるより早く、ヴァンは男達へと駆け出した。
「な、なんだ?」
振り返った男の顔目掛けて跳び上がり、膝蹴りを叩き込む。
抜けた歯が血と共に吐き出され、蹴られた男が悶えながら転げ回る。
「貴様ぁ!!我等の公務を邪魔立てする気かぁ!?」
「知らねぇよ、んな事ぁ」
振り下ろされた剣をかいくぐり、無防備な足を払い転倒させる。
そして、兜に守られていない顔面を思い切り、何度も蹴り込んだ。
「・・・・・・つまんねぇ」
血塗れの爪先を倒れた兵士の腹へと押し当て、その血を拭う。
倒れた兵士は呻き声を上げる事も無く、ピクリとも動かなかった。
やがて、怯えた目で自分を見つめる女性にヴァンが気付いた。
「あ・・・・・・。わ、悪い。ちょっと待っててくれ。確か、傷薬が・・・・・・」
腰に下げた袋から傷薬を探り出し、手に取った瞬間だった。
警笛が鳴り響き、その方向から走り寄る更に多くの男達。
「ハッ。上等だ」
女に傷薬を投げ渡し、兵士を迎え撃つ様に走り出す。
その手を、小さな手が掴んだ。
「やめときな。こっち来て!あと、お姉さんも!!」
子供に手を引かれるまま、ヴァンと女は入り組んだ通りを駆け抜ける。
やがて、兵士の気配は完全に無くなっていた。
「・・・・・・とりあえず、ありがと・・・・・・って、もう居ねぇのかよ」
礼の言葉を言うべき相手は、既に何処かへと隠れてしまっていた。
困惑しながらも、ヴァンは背後で息を切らせる女に向き直る。
「悪いな。洗濯の途中だったのに」
「いえ・・・・・・。あのままじゃ、兵士達に鞭でぶたれてましたから」
彼女の言葉に、ヴァンは違和感を覚える。
先程の男達が兵士というのは、まだ理解出来る。
それより、質問に満足な答えをしなかっただけで鞭で打つなんてどういう事だ?
この国はそんな横暴が罷り通る様な所なのか?
「なぁ。変な事聞くようで悪いんだけど・・・・・・。ここは、何処だ?」
ヴァンの問いに、女は怪訝そうな表情で彼を頭から爪先までジロジロと見つめる。
「えーと・・・・・・。異国の方、ですか?」
「まぁ、そんな所」
「ここは、アルケア帝国の都。アーガデウムですよ」
彼女の答えは、俄かには信じがたいものだった。
大昔に滅んだはずのアルケア帝国。そこに今、自分はいるのだという。
「・・・・・・あの、どうしました?気分が優れないみたいですけれど・・・・・・」
「ん?ああ、なんでもない・・・・・・。ありがとう」
やっぱり、ロクな事なんて何も無い。
ヴァンは余りにも現実離れした事実に呆然としつつ、オレンジから紫へと変わった空を見上げた。


第14話 廃都 ― しょうしつ ―  了