ラバン達が夜になっても帰らない探索組の面々に気を揉み、そろそろ不安になった頃だった。
体中を傷だらけにして、疲弊しきった皆がようやく帰って来た。
「ラバン爺・・・・・・。ヴァンが、いなくなっちゃった・・・・・・」
それだけ告げて、ネルはその場に泣き崩れてしまった。
「おいおい、一体何があったんだ?」
黒水晶のオベリスクに吸い込まれてしまったヴァンの事。
何度も水晶を壊そうと試みても、傷のひとつも付かなかった事。
それがパリスの口から告げられた遺跡の中での出来事だ。
「結局ヴァンを見つける前に、全員このザマで・・・・・・。畜生、情け無ぇ・・・・・・」
「全員で生きて帰って来ただけでも上出来だ。・・・・・・ヴァンの捜索は、明日からだ」
「・・・・・・畜生」
その後の話し合いで、明日以降は今日の待機組だった面々。
それに加えて、怪我の具合を見て順次増員していく形でヴァンの捜索をする事が決まった。
「ラバン爺、俺の怪我は大した事じゃねぇ。だから、俺も・・・・・・」
「馬鹿たれ。お前が一番ボロボロだろうが」
「けどよ・・・・・・」
「・・・・・・今はその怪我を少しでも治す事に専念しろ。今のお前じゃ戦力外だ」
ラバンに縋るパリスを、メロダークの冷たい言葉が突き放す。
パリスはメロダークに一瞥をくれた後、椅子に乱暴に座り込んだ。
「・・・・・・すみません、パリスさま。私が、もう少し早く手を差し伸べられていれば・・・・・・」
そんな彼に、ヴァンの手に唯一手が届きそうだったフランが謝罪する。
彼女の言葉に、パリスは何も答えなかった。答えられなかった。
弟を助けようとしてくれて、ありがとう。
お前の責任じゃない。
どうしてもっと早く気付かなかったんだよ。
どれもが彼の本音であり、適当な言葉を返せる程の余裕も無かった。
沈んだ空気の中で吠えたのは、シーフォンだった。
「こうなる事位、覚悟してたんだろ?ガン首揃えて何しょぼくれてんだよ!くだらねぇ!!」
そして、未だに泣き喚くネルを睨み、髪を引っつかんで顔を上げさせる。
「こんな程度でピーピー泣き喚きやがってよぉ。テメェもうやめちまえよ!!」
止めようと動き出した者の中、一足早くシーフォンの手を引き離したのはキレハだった。
「辛いのはわかるけど、泣いてても何も始まらないわよ。・・・・・・今日はもう休みなさい」
シーフォンを咎めるのでは無く、ネルに対して優しく諭す様にそう言い聞かせる。
「俺、送ってくるわ。・・・・・・ついでに、今日はこの辺で上がらせてもらうぜ」
ネルは俯いたまま、パリスに手を引かれひばり亭を後にする。
その様子をつまらなそうに見ていたシーフォンの頬を、キレハが思い切り引っ叩いた。
「良かったわね。ヴァンがこの場に居なくって」
こんな程度じゃ済まなかったわよ、と付け足し、キレハも自分の部屋へと引っ込んだ。
「・・・・・・やれやれ。困った事になっちまったな」
そう呟いて、ラバンは皆の帰還を待ちながら眠ってしまったエンダの頭を撫でた。
分厚い雲が空を覆い、星のひとつも見えない夜。
ひばり亭に流れる空気もまた、暗く淀んでいた。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第15話 障壁 ― とどかぬこえ ―

 

 

「今にも崩れちゃいそうなボロ小屋だろ?だから誰も近付かないんだ」
兵士に囲まれていた女と、彼女の家までボディガードとして同行したヴァンは再び少年に出会った。
そして、今晩は彼の住まう隠れ家に泊めてもらえる事となった。
「・・・・・・寝てる間に崩れたりしないよな?」
「大丈夫だよ。意外としっかりしてるんだ」
ボロ小屋の中には藁やボロボロの布が敷かれている。その上に、少年が寝転がる。
ヴァンもそれに習い、藁の上へと寝転んだ。
「・・・・・・兵士が探してたガキって、お前だろ?」
「あ、やっぱりわかる?」
「何したんだよ。泥棒か何かか?」
「違うよ。・・・・・・僕には“てきせー”があるんだって」
「適正?」
「そう。アンタ他所者みたいだけど、この国の皇帝が狂ってるのは知ってるよね?」
この国の皇帝。あの女の言葉が真実なら、宮殿で戦ったタイタス16世の事だろうか?
あるいは、それより前の代の・・・・・・。
「前から頭がおかしい人だったんだけど。最近は輪をかけてひどいんだ。
 誰でもすぐに処刑して、町は死体だらけ。おまけに怪しい魔法の研究までしてるんだ。
 皇帝は、その魔法の生贄になるてきせーのある子供を掻き集めてるんだよ」
「物騒な話だな。・・・・・・もしかして、お前の親御さんは・・・・・・?」
「皇帝の命令で殺されたよ。僕を連れて行くのを止めようとして、串刺しの刑さ」
「・・・・・・そうか」
「ま、兄さんも気を付けなよ。この街は、全部が狂ってるんだから」
それ切り、二人の間に交わされる言葉は無かった。
仲間達の安否を心配しつつも、ヴァンは目を閉じる。
疲れきった身体は瞬く間に眠りへと落ちていく。
外からは、雨の降る音が聞こえてくる。
ヴァンの脳裏に過ぎったのは、水晶に飲み込まれた後に見た一瞬の、無数の景色。
その中のひとつ。雨に沈む大都市の光景だった。


昨夜かかった雲は、ホルムに雨をもたらした。
待機を命じられたネルはひばり亭の窓からしとしとと降る春の雨を見つめている。
雨を見つめる彼女の目は、赤く腫れぼったい。
「よう」
そんな彼女に声を掛けたのはシーフォンだった。
昨日の出来事があっただけに、ネルは返す言葉に困り口ごもる。
「昨日は、その・・・・・・。言い過ぎたよ」
彼の発した言葉は、思いもよらないものだった。
「しーぽんらしくないね。もしかして、雨降ったのしーぽんの所為?」
「知るかよ!なんだよ、この僕が頭下げてやったってのにそれかよ!」
ネルの反応に、シーフォンは顔を赤くして喚き散らした。
そんな彼を見て、ネルの顔にようやく彼女らしい笑みが溢れる。
「・・・・・・しーぽんの言う事も、尤もだよね。こんな事も、覚悟しなきゃならなかったのに・・・・・・」
「・・・・・・あんな野郎が、こんな所でくたばりゃしねえよ」
昨夜とはまるであべこべの言葉を二人の口が紡ぐ。
「ヴァンの事、絶対助けようね」
「魔法の修練のついで程度に、付き合ってやるよ」
優しい雨音の中でネルは思う。
やっぱり、しーぽんは本当に悪い奴なんかじゃない。


「・・・・・・馬鹿にされてるのかしら?」
テレージャがキレハに貸した本は、すべて古代文字で書かれたものだった。
ご丁寧に、彼女の手書きの翻訳用早見表まで付いている。
キレハもまた、ネルと同じく待機を命じられた。
それに対し、昨日の怪我も軽かったテレージャは探索に加わった。今ごろ彼女は廃都の中だろう。
「これでも読んでなよ。面白い本だよ?」
出発の前に、テレージャはそう言ってこの本を貸し出した。
暇を持て余したキレハは、早見表を片手にテレージャから借りた本を読む。
中身は何も頭に入って来ない。
頭に浮かぶのは、水晶の中に消えてしまったヴァンの事ばかりだ。
なんであんな奴の事なんか。
心配なのは確かだけど、それは単なる仲間だから。
百歩譲ってそれ以外の理由があるとするなら、あいつが人を殺した理由が気になるから。
それだけよ。だからあいつの顔ばかり思い出すなんて、おかしな話よ。
誰が、あんな奴の事・・・・・・。
キレハの心の声を否定する様に、彼女の胸の奥の何かがざわつく。
泣き喚く幼い自分。大人達の悲鳴。血で染まった自分の手。
忌まわしき記憶。一族に課せられた宿命。自分に課せられた運命。愛せない理由。
「・・・・・・ああ、もう!」
何もかもを振り払う様に首を振り、彼女は再び本を手に取る。
本に書かれた古代文字の解読だけに彼女は集中した。

~~~~~~~~~~

「ほら、もっと力抜けよ。何度もやった事だろう?」
カストールの逞しい身体に、ポリデュークスは己の屈強な身体を預けた。
「兄さん・・・・・・」
ポリデュークスの熱い吐息を吸い込む様に、カストールは弟の唇に吸い付いた。
筋肉で筋肉を抱き締め、肉と肉をきつく結びあう。
二人の漢は、兄弟の絆を超えた愛を確かめあう。

~~~~~~~~~~

「・・・・・・・・・・・・」
キレハは何も言わずに窓を開け、借りた本を投げ捨てた。


「・・・・・・なんだい、これは」
廃都の奥、昨日ヴァンが消えた所の更に奥深く。
そこには、黒水晶の障壁がそびえたっていた。
何処までも続くその障壁に阻まれて、テレージャは探索可能な範囲の狭さを察した。
「これでは、この遺跡の半分も探索出来ないだろうね」
冷たく輝く壁に触れながら、彼女は無念そうな表情で同行する皆に告げた。
「でも、こんなもの昨日はありませんでしたよね?」
フランの言葉にアルソンも頷く。
昨日の探索の最中にも、この様なものは見当たらなかった。
いくらなんでも、こんな大きなものを見落とす筈が無い。
「この先に、ヴァンがいるのか?」
テレージャの服の袖を引っ張り、エンダが尋ねた。
彼女は今朝、ヴァンの話を聞くや否や全速力で遺跡の奥へと駆け出した。
ラバン達が追い付く頃には、遺跡中にヴァンの名を呼ぶ彼女の声が響き渡っていた。
「・・・・・・もしかしたら、だけどね」
テレージャの言葉を聞いて、エンダは固く握った右の拳を障壁に打ち付けた。
「いくらなんでも無茶だろう」
ラバンの言葉の通り、エンダは右拳の痛みを紛らわせる様に手首を振っていた。
それでも諦めきれずに、今度はメロダークからツルハシをひったくり、全力で打ちつける。
「~~~~~~ッッ!!」
ツルハシは無惨にひしゃげ、エンダは全身を走る痺れに涙目になって悶える。
彼女の努力も空しく、水晶の壁には傷ひとつ付いていなかった。
「・・・・・・今出来る範囲で探索を続けてみよう。もしかしたら、何かヒントが見つかるかも知れない」
未練がましく障壁を見つめるエンダを引っ張り、テレージャ達はその場を後にした。


冷たい岩肌の感触でヴァンは目を覚ました。
そこは藁の敷かれた小屋ではなく、昨日彼の居た廃虚の中だった。
「どうなってんだ・・・・・・?」
いい加減、自身に起こる不可思議な出来事にも対応出来なくなってきた。
「・・・・・・そうだ。そんな事より、早くここから出ないと・・・・・・!」
仲間達が、きっと心配している。彼は疑問を投げ捨て、駆け出した。
そして彼が辿り着いたのは、黒水晶の障壁だった。
「なんだよこれ。昨日はこんなの・・・・・・」
昨日、彼を飲み込んだオベリスクとは異なり、水晶の壁は冷たく硬い感触を残すだけだった。
そして、そんな彼を見透かした様に、昨日とは別の黒水晶のオベリスクがすぐ側に佇んでいた。
水晶の中に眠るのは、昨日とは別の子供。
その顔を見てヴァンは思い出す。
昨日、彼を飲み込んだオベリスクの中にいた子供は、確かに昨夜の少年だった。
「・・・・・・これが、狂った皇帝の魔法って訳かよ」
黒水晶のオベリスクは、何の抵抗も無くヴァンの掌を飲み込んだ。
もしかしたら、あの少年を助けられるかも知れない。
そんな期待を込めて、ヴァンは再び過去へと落ちていった。


「で、結局今日は進展無しだってよ」
ひばり亭での打ち合わせを終え帰宅したパリスが、眠るチュナの頬を撫でる。
「困った奴だよな、ヴァンの野郎も。肝心な時に居なくなるなっての」
そう言って、眠る彼女の頬に付いた紫色の砂を拭ってやる。
これも遺跡の呪いなのか?これ以上、まだチュナに何か起きるってのか?
冗談じゃねぇぞ、クソッタレ。
「・・・・・・もう十分じゃねぇかよ・・・・・・。チュナもヴァンも、居なくなっちまうってのかよ・・・・・・!」
力無く椅子へと腰を下ろし、震える身体を黙らせる様に拳を膝に打ち下ろす。
「何やってんだよ俺は・・・・・・。兄貴だろうが・・・・・・!それなのに、クソッ・・・・・・」
自分の不甲斐無さを責め、むせび泣く。泣きながら、自分自身を戒める。
シーフォンがこんな所を見たら笑うだろうか?
仕方無ぇだろうが。仲間なんかじゃねぇ、もっと大事な家族なんだよ。
キレハが今の俺を見たら、ネルの時みたいに宥めるのだろうか?
うるせぇよ。泣きたくなんかねぇんだよ。でも、涙が止まらねぇんだ。
こんな時、ヴァンだったらどんな言葉を懸ける?
・・・・・・きっと、口より先に手が出るんだろうな。
俺を殴って、諦めてんじゃねぇと叱り飛ばすんだろうな。弟の癖に生意気だっつうの。
「・・・・・・まだ終わっちゃいねぇんだよな」
そう、まだ何も終わっていない。チュナもヴァンも、助け出す術は無いと決まってはいない。
「・・・・・・絶対、助けてやるからな」
気が付けば、雨は既に止んでいた。


人で賑わう広場の片隅でヴァンは目を覚ました。
昨日とは別の場所。別の景色。烏の鳴き声。どよめく声。
左手には真っ白な岩で建てられた丘の様な塔。右手には、大きな宮殿。
その宮殿にヴァンは見覚えがあった。面影が残る程度だが、間違いない。
これはタイタス16世が支配していた宮殿だ。
そして、人だかりの中心には磔にされた罪人が何かを叫んでいた。
「暴君め、今に見ていろ!神は貴様の暴挙を許しはしない!報いを受けよ!!」
反逆罪、とでも言うのだろうか。彼に与えられた罪状なんてわからない。
ただヴァンが理解したのは、この男は皇帝の機嫌を損ねたのだろうという事位だ。
やがて罪人を括った石柱へと、白い外衣に身を包んだ男が歩み寄る。
それも見覚えのある姿だった。宮殿の前に立ち塞がった、魔将ナムリスと名乗った黒衣の男。
白い外衣の男は、その手にした槍で罪人の心臓を一刺しで貫いた。
不意に、白い外衣の男と目が合う。
フードの奥に隠れ、顔なんてまるでわからない。
それでも感じる、無機質な眼差し。
魔将ナムリスと同じ眼差し。
「・・・・・・っと、まずい!」
ヴァンは白い外衣の男に気を取られ、すっかり失念していた。
自分は仮にもこの国の兵士に追われている身なのだ。
人目を避け、勘を頼りに裏路地から裏路地へと突き進む。
何度も行き止まりに出くわしながらも、彼はなんとか昨日の少年がいた小屋へと辿り着いた。
恐る恐るその中へと踏み入ると、そこには誰も居なかった。
ぐちゃぐちゃに踏み躙られて散らばった床のボロ布と藁が、そこで何があったのかを物語っていた。
「・・・・・・そうかよ」
行き場の無い怒りを心に仕舞い込み、ヴァンはその場を去っていった。
狂った街に雨が降り続く。やがて来る終末を告げる、冷たい雨が。


第15話 障壁 ― とどかぬこえ ―  了