「ヒャッハー!酒だァーーーー!!」
薄暗く、男達のむさ苦しい熱気が漂う荒れ果てた廃屋。
そこはアーガデウム中に幅を利かせる盗賊団『天覇超帝邪星党』のアジトだ。
清潔さという概念など無いのか、部屋は汗と酒の臭いに満たされ、かすかに汚物の悪臭すら漂う。
モヒカンヘアーやスキンヘッド、これ見よがしの悪党達を束ねるのはグラガドリスという巨漢。
野獣の如き風貌と気配、そして出所不明の威厳を漂わせ、タライの様な杯で酒を飲む。
そんな悪臭漂う悪党達の楽園の扉が、何者かによって蹴破られた。
「グラガドリスはどれだ?・・・・・・そこのデカブツか」
楽園への侵入者は、三度アーガデウムの地を踏んだヴァンだった。
血走った目で悪党達を品定めし、その中から巨漢の顔を見つけて指を差す。
「恨みは無いが、俺の為に捕まってくれ」
ヴァンの目的は、グラガドリスに懸けられた賞金だった。
彼が現世と過去のこの街を往復して三日間。その間彼は飲まず喰わずだった。
飲食店に入ろうにも、この過去の街で使える金など一銭も無い。
そんな時に彼の耳に入ったのが、グラガドリスという男の噂話だった。
「ふしゅー、しゅるしゅふしゅううう」
「グラガドリスさんは『我が聖域を侵す者には死あるのみ』と言っておられる!!」
獣の唸る様な、とても人の声とは思えぬグラガドリスの声を側近の男が律儀に通訳する。
「ふしゅっ!」
「グラガドリスさんは『かかれ』と言っておられる!!行けぇーい!!」
側近の声に取り巻き達が得物を手にしてヴァンへと襲い掛かる。
「死にやがれぼぁ!?」
「舐めんなこの野ろってんまいや!?」
「くたばりやがらっぱ!?」
しかし、これもモヒカン頭の悪党が背負った宿命か。為す術も無く、彼等は駆逐された。
「俺は今機嫌が悪いんだ。雑魚は引っ込んでろ」
ヴァンは物足り無いと言わんばかりに指を鳴らして、グラガドリスに歩み寄る。
「こ、こいつ強えぞ!」
「やべぇよ、グラガドリスさん!」
うろたえる部下達を押しのけ、グラガドリスがヴァンの前に立ち塞がる。
「ふしゅー・・・・・・。しゅるるふしゅるるる、しゅるる」
「グラガドリスさんは『良かろう。貴様も我が恐怖の伝説の礎としてくれる』と言っておられる!」
見上げる程の巨躯。尋常では無い量の筋肉。しかし、相手は所詮同じ人間だ。
「お前の伝説も、ここで終わりだ」
宿命も因縁も無い、取り立てて述べる様なドラマも無い死闘が繰り広げられた。


「あー・・・・・・。結局余計に腹減らしただけかよ・・・・・・」
死闘を終えたヴァンは衛兵に注意しながらも街を彷徨っていた。
ヴァンはグラガドリスとの殴り合いを制し、その身柄を縛り上げようとした。
しかし、その時になって彼はようやく思い出したのだ。
自分自身もまたこの街の兵士に追われている身だという事に。
結局ヴァンは、グラガドリス達から何を奪う訳でもなく彼等のアジトを後にした。
「仕方ない。どうせ追っかけられるんだ、どっかで食い逃げでも・・・・・・」
ガードの甘そうな店は無いかと探し回っているヴァンを、何者かが見つめている。
それに気付いたヴァンが視線の主を目で追う。
それは、この街の中心に佇む塔からのものだった。
・・・・・・こんな遠くから?気のせいだったのか?
何かひっかかる物を感じながらも、ヴァンは塔に背を向け再び店を探し始めた。
結局、彼が獲物に選んだ店には警邏隊がたむろしており、食事を摂る事は遂に出来なかった。
太古の街には今日も雨が降る。徐々に、確実にその勢いは増していた。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第16話 戦人 ― めいせい ―

 

 

「よう。あんた、噂の異邦人だろう?」
四度目の目覚めは街の東にある闘技場に程近い街角だった。
彼が立ち上がり歩き出すや否や、怪しげな老人がヴァンに声を掛けた。
老人の身体は白髭だらけの顔とはアンバランスな筋肉の鎧に包まれている。
「・・・・・・さぁ、知らねぇな」
「とぼけんなよ。町中の噂だぜ?グラガドリスを倒した、大悪党の白髪の異邦人」
老人の言う事に、ヴァンは疑問を抱いた。追われているのはまだわかる。
だが、何故この老人がグラガドリスの件を知っているのか。
「あれの手下達が噂してたのを聞いてな。いやぁ、大したもんだよお前さん」
そう言って老人は豪快に笑いながらヴァンの背を叩く。
「それで、俺に何の用だよ?兵士に突き出すつもりなら、それなりの対応させてもらうぞ」
「まぁ落ち着けよ。ここで立ち話も難だ、すぐ近くに俺の屋敷がある。話はそこでしよう」
「胡散臭さの塊だな。今すぐどっか行きやが・・・・・・」
ヴァンの声を掻き消す様に、彼の腹は豪快に空腹の叫びを上げた。
「・・・・・・メシ位喰わせてやるからよ、どうだ?」
結局、ヴァンは老人の誘いに乗って彼の屋敷へと足を運んだ。


老人の屋敷は、まるで収容所の様だった。
高く分厚い石造りの塀。その上には棘だらけの針金を張り巡らせ、門も異様に小さい。
その中は広大な敷地に、何本もの木剣を立て掛けた棚やかかしの様なものが立ち並ぶ。
「・・・・・・剣闘士の養成所か?」
「まぁ、そんな所だ。今じゃ誰も居ないがね」
彼の言う屋敷もまた、剣闘士の宿舎の様だった。テーブルの並ぶ、食堂の様な部屋に通される。
それから少しの後、老人は湯気の立つスープの満たされた皿と硬そうなパンを持ってきた。
「ほれ、好きなだけ喰え」
「・・・・・・いただきます!」
ヴァンは大喜びで硬そうなパンに歯を立てる。
硬そうなのでは無く、本当に硬いパンだった。それも尋常な硬さでは無い。まるで石だ。
スープからも明確な腐臭が漂っている。一体これを作ったのは何日前なのだろうか。
「さて、それであんたに頼みたい事なんだがな・・・・・・」
スープに手を付ける事は出来ず、苦心しながらも石の様なパンを齧るヴァンに老人が告げる。
「一回こっきりで良い。昼から始まる闘技場での勝ち抜き戦に出てくれないか?」
「・・・・・・そんな事だろうと思ったよ。つうか、何で誰も居ないんだ?」
パンを割り砕く手を止めてヴァンが老人に問い詰める。
「・・・・・・最近、皇帝の様子がおかしいのは知ってるか?」
老人の言葉に、ヴァンの脳裏に水晶の中で眠っている少年の顔が思い浮かぶ。
「まぁ、噂には聞いてるよ」
「今までは、闘技試合も多くて週に一回程度だったんだ。だが、あの気違いがお触れを出した。
 毎日闘技試合を開催する様にってな。死と隣り合わせの闘技試合を毎日だ。
 おかげで俺の抱えていた剣闘士達も次々逝っちまった。最後の一人も、昨日死んだ。
 それなのに気違い皇帝は、今日の試合にもウチから戦士を出せと言いやがる」
「・・・・・・なるほど。そりゃあ滅びる訳だ」
「ん?今何て言った?」
「いや、何でも無い。・・・・・・いくつか確認したい事があるんだけど良いか?」
闘技試合に参加する事自体にヴァンは抵抗は無かった。幾つかの条件が満たされればの話だが。
「賞金は出るのか?」
「ああ、勿論だ。今日のは特別デカい大会だからな。その額だって相当なモンさ」
重要な条件二つの内、一つは満たされた。次に、最重要事項の確認をする。
「俺が兵士達に追われてるのは知ってるよな?」
「それも問題無い。その妙な服を脱いで化粧して、仮面でも被れば上等だろうよ」
もうひとつの条件も満たされた。ヴァンは最後にもうひとつだけ確認する。
「武器はどうすれば良い?一応、自前のはあるけど」
そう言って、手持ちの短剣と機械弓をテーブルに載せて老人に見せる。
「その短剣はまぁ良いとして・・・・・・。これは何だ?」
機械弓を指差し、老人が首を傾げる。
ヴァンが外のかかし相手に実践した所、老人は驚きの声と共に使用禁止を命じた。
「流石に飛び道具は駄目だ。しかし、短剣一本じゃあなぁ・・・・・・」
しばし悩んだ後、老人はヴァンに二振りの剣を手渡した。
ヴァンの用いる短剣より二回り程大きな刀身の剣、グラディウスだ。
「ウチの最後の剣闘士の使ってた剣だ。使ってくれ」
「・・・・・・なんだか、呪われそうだな」
「なぁに、天国のあいつも祝福はしても呪いやしないだろうさ」
ヴァンは渋々グラディウスを受け取り、何度か素振りした。
「うん、悪く無いな」
その手応えを確認し、ヴァンは晴れて老人の頼みを受諾した。


もし、ネル達も一緒に居たらどうしてたんだろうな。
当然止めるよな。こんな馬鹿な事するなって。
ましてやもしもチュナが一緒に居たら、尚更だ。
・・・・・・どうにかして、ホルムに帰らないとな。
早くひばり亭のみんなに会いたい。チュナに会いたい。ネルに、会いたい。
・・・・・・なんでネルなんだよ。どうかしてるのか、俺は?
雑念を振り払う様に頭を振り、薄暗闇の控え室で仮面の付いた簡素な兜を被る。
司会の者の呼び声により、ヴァンは控え室から闘技場へと足を踏み入れた。
押し固められた砂のおかげで、雨でぬかるむ心配も無さそうだ。
闘技場には既に対戦相手が待ち構えていた。
ヴァンと同じくグラディウスを手にしているその男は、これで3試合目だ。
最初に8人抜きを達成した者が、この大会の勝者となる。
戦いの勝敗は立会人により決せられ、とどめを刺すか否かは勝者に委ねられる。
それが老人がヴァンに教えた、この大会のルールだった。
司会者が掲げた手を振り下ろし、ヴァンの戦いが幕を開けた。
歓声の中、ヴァンは一気に対戦相手、トムスの懐目掛けて飛び込む。
不意を付かれたトムスが手にしたグラディウスで迎撃を試みる。
しかし、頭上に掲げたそれが振り下ろされるより早く、ヴァンの前蹴りがトムスの腹を捕らえた。
バランスを崩し尻餅を付くトムスの首筋に、ヴァンは間髪居れずにグラディウスを薙ぎ払った。
峰打ちの一撃は、トムスの意識を完全に飛ばしてみせた。
「・・・・・・勝者、異邦人のキャシアス!!」
司会者が、ヴァンの偽名を高らかに呼び上げる。
先程までトムスがしていた様に、ヴァンは片手を掲げてみせる。
しかし、観衆からの喝采は無かった。
余りにもあっけない幕切れは、彼等を興奮させるに足りなかった。
「・・・・・・ろせ!!殺せ!!殺せ!!殺せ!!」
そして、喝采よりも先に出てきたものは敗者へのとどめを促す声だった。
一人の発したそれはたちまち闘技場全体へと伝播した。
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。
「なんだよ。狂ってるのは皇帝だけじゃ無いんじゃねぇか」
そう呟き、ヴァンは両手のグラディウスを砂へと突き立てた。
それはとどめの一撃の拒否とみなされ、今度は闘技場中がブーイングに包まれる。
やがて兵士達が未だにぐったりとしたトムスを担ぎ、片付ける。
そして次の相手が闘技場に現れる。今度は蛮族の女戦士、ミランダという相手だ。
観客の声援はすべてがミランダへと注がれている。
「この際だ。とことん憎まれ役でやってやろうじゃねぇか」
そんな逆境の中でヴァンは不敵な笑みを浮かべ、再びグラディウスを構えた。


「おいおい、なんだよあのキャシアスとかいう奴」
「これで6人目か?・・・・・・あ、今ので7人抜きだ!」
「あの仮面の下の顔、見てみたいわ」
「きっと良い男よ?」
「キャシアース!!がんばれー!!」
あっけない程鮮やかに相手を倒すヴァンの姿に、観客達は徐々に惹かれ始める。
ブーイングは徐々にどよめきとなり、どよめきはやがて喝采へと変わる。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。なんだよ、調子の良いお客さんだな・・・・・・」
遂に残す所あと一勝負となったヴァンだが、その疲労は既に限界に近付いていた。
そして、最後の対戦相手が姿を現した時。
ヴァンへの声援の一切が消え、対戦相手の名を呼び讃える声が闘技場に響き渡った。
「エルバクス!!エルバクス!!エルバクス!!エルバクス!!エルバクス!!」
その男、エルバクスはこの闘技場で長年に渡り全戦全勝の大記録を誇る、無敗無双の英雄だ。
「・・・・・・異邦の戦人よ。貴殿の力、見事であったぞ」
「そりゃ光栄だ。観客には悪いけど、あんたにも無様にブッ倒れてもらうぜ?」
互いに言葉を交わしながら、開戦の合図を待つ。
ピリピリとした緊張感が場を包み、観客の歓声さえも静まり返る。
雨の降る音だけが響く中、司会者の手が振り下ろされた。
互いに相手の様子を見ながら間合いを取る。
ヴァンはグラディウスの二刀流。エルバクスは罪人の断頭にでも使うかの様な大剣。
先に死線へと踏み込んだのは、ヴァンだった。
小枝でも振り回すかの様な速度でエルバクスの剣が舞い、幾筋もの剣閃を宙に描く。
それを掻い潜る様にヴァンは一気間合いを詰め、すれ違い様に一撃を叩き込む。
ヴァンの一撃は鎧に打ち消され、エルバクスの連撃はヴァンの太腿を切り裂いた。
「やるじゃねぇか・・・・・・」
決して浅くは無い傷の痛みにヴァンは脂汗を垂らしながらも口元に笑みを浮かべる。
互いの剣と剣とがぶつかり合い、雨の降りしきる闘技場に火花が飛び散る。
しかし、連戦の疲労と太腿に負った傷により、ヴァンは徐々に押され始める。
振り下ろされた大剣の一撃をヴァンは交差したグラディウスで受け止める。
「どうした、異邦の戦人よ。この程度だったのか?」
「冗談・・・・・・。勝負はここからだ!!」
ヴァンは全霊の力を込めて、エルバクスの大剣を弾く。
太腿の傷からは血が噴出し、過度の負荷が掛かったグラディウスの内、片方の刀身が砕け折れる。
折れたグラディウスを投げ捨て、ヴァンはエルバクスの懐に潜り込む。
そして、間合いを取ろうと後退しかけたエルバクスの前の足を踏みつけ阻止する。
「痛いの行くぜ?」
ヴァンの言葉はエルバクスにでは無く、自分自身への言葉だった。
重なねられた足と足を、ヴァンは残る片方のグラディウスで深く刺し貫いた。
大剣の間合いでも無く、グラディウスの間合いでも無い。至近距離で二人の動きは封じられた。
「・・・・・・愚かな。この間合いで何が出来る?殴り合いでも始めるか?」
常軌を逸した行為の果てに丸腰となったヴァンを見て、エルバクスが不敵に笑う。
仮面の奥に見えた笑みに、ヴァンもまた笑みを浮かべる。
「そんな面倒な事ぁしない。・・・・・・あんたの負けだ!!」
ヴァンは自前の短剣を、懐に隠し持っていた。
瞬時にそれを抜き、エルバクスの剥き出しになった肩へと深々と突き刺した。
「ぐぉぁああああ!?」
悶え暴れるエルバクスの動きにより、グラディウスで繋ぎ止められた足に激痛が走る。
「くっ・・・・・・うぉおおおおおッ!!」
ヴァンが己の足ごと突き刺したグラディウスを抜き取ると、勢い良く血が噴出した。
そして、その柄でエルバクスの顔面を仮面ごと殴り飛ばす。
兜に付けられた仮面はいびつに変形し、剥れ落ちる。
露になったエルバクスの顔面をヴァンは何度も殴りつける。馬乗りになり、何度も拳を打ち下ろす。
やがてエルバクスがピクリとも動かなくなった所で、試合は止められた。
「勝者、異邦人のキャシアス!この結果を持って、今大会の優勝者を異邦人のキャシアスとする!!」
一瞬の静寂の後、爆発する歓声と喝采。
勢いを増した雨に打たれながら、ヴァンは血塗れの右拳を掲げ・・・・・・。
そのまま、膝から崩れ落ちた。


「いや、恐れ入ったよ!まさか、本当に優勝しちまうなんてな!!」
ヴァンへの応急処置を終えた老人が、彼の成し遂げた偉業を讃える。
「・・・・・・こんな所で死ねない身の上だからな」
「なんだ、あんた女房か子供でも居るのか?」
「いや、ええと・・・・・・。まぁ、そういう事で」
「なぁ、どうだ?もし良かったら、このままウチの剣闘士にならないか?」
「遠慮しとくよ。故郷で家族が待ってる」
「そうかい、残念だ」
やがて闘技場で繰り広げられていた、出番の無かった剣闘士と虎との殺し合いの余興が終わる。
いよいよ表彰式だ。賞金と賞品を受け取って、早くホルムに帰る手がかりを探そう。
ヴァンが再び闘技場に姿を見せると、割れんばかりの声援が鳴り響いた。
その声にどこか誇らしげに笑みを浮かべ、闘技場の中央に立つ人影を見る。
そこに居たのは、白い外衣を身に纏い槍を手にしたあの男だった。


第16話 戦人 ― めいせい ―  了