VagrantChamber

フリーゲーム『Ruina』の小説が書けたらいいですね。

November 2009

~ fated child, undecided fate ~ 第12話

――何かが、床を這い回っている。
何かを探している様に、部屋中を這い回っている。
起きないと。起きて、そいつの正体を突き止めないと。
・・・・・・動けない。俺は、どうしちまったんだ?
這い回っていた何かが、俺の手首を掴む。
冷たい感触。腐った肉の様な臭い。瞼越しに感じる視線。
「・・・・・・見つけた。見つけたぞ、我が子よ。我が肉よ。我が裔よ!」
瞼が上がらない。身体が動かない。誰だ?そこにいるのは誰だ!?
「わからぬか?我が名を当ててみせよ。当てられぬのならば、その身も魂も我がものとなるぞ」
チッ。意味のわからねぇ事をぬかしやがる。
手よ、動いてくれ。動いてこのふざけた野郎の頬を一発殴らせてくれ。
瞼よ、開いてくれ。開いてこのふざけた野郎のツラを拝ませてくれ。
そんな願いとは無関係に、唇が、歯が、舌が、喉が動く。動いてその名を紡ぎ出す。
「タイ・・・・・・タス・・・・・・」
タイタス。知らない名前。知らない言葉を、俺の口が紡ぎ出した。
その途端に身体が自由になる。金縛りからも、重力からも。
瞼を開くと、眩しい程に真っ白な空間の中にいた。上下左右もわからない、白い空間。
誰かが俺の顔を見下ろしている。逆光で顔が見えない。お前がこの悪戯の犯人か?
「・・・・・・諦めはせぬぞ。来たれ、奈落の弥終(いやはて)へ。その魂、必ず我がものに・・・・・・」
見下ろす影が白に溶けていく。待て、待ちやがれ!!


「・・・・・・・・・・・・夢、か」
目を覚ましたヴァンの視界には、見慣れた天井と不恰好に伸ばされた自分の手だけが映っていた。
部屋を見回しても、そこはやはり見慣れた自分の家だった。
いびきをかいて眠るパリスに、寝息も立てずに眠り続けるチュナ。
「・・・・・・もう一眠り位は出来るかな」
外にはまだ星達が輝いている。
今度はせめて、夢を見ないように。見るにしても、良い夢を見られるように。
そう願い、ヴァンは再び瞼を閉じた。
夜が明ければ、いよいよ最後の戦いだ。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第12話 残骸 ― こうてい ― 

 

 

「おお・・・・・・。おお・・・・・・!おお・・・・・・!!・・・・・・グレイテスト!!!」
「・・・・・・おい。どうしちまったんだ、この女?」
宮殿に足を踏み入れるや否やテンションが頂点に達したテレージャを見て、シーフォンが尋ねる。
「太古のロマンに目が無いんだよ。・・・・・・結局、ついて来やがって」
「折れてやったんだよ。とりあえず、共闘って事で手を打ってやる」
「はいはい」
出発の間際、シーフォンはヴァン達に合流した。
今回は待機組無し。全員総出でこの宮殿へと来ている。
「・・・・・・いよいよ、ですね」
フランが恐れを消すように己を鼓舞する。
「ああ。・・・・・・皇帝、タイタスとやらの亡霊を倒せば、全部が終わる」
タイタス。ヴァンの夢の中に現れたものの名は、この宮殿の主の名前と同じだった。
出発前にテレージャがこの宮殿の考察を全員に言い聞かせた。
遥か昔、この地にあったアルケア帝国。その最後の皇帝が作らせた宮殿であろうと。
「よ、よよよよ、良し。いいいいい行こうぜ」
「・・・・・・どうしちゃったの、彼?」
明らかに様子のおかしいパリスを見て、キレハが隣に立つネルに聞く。
「あー。パリスって、幽霊とかそういうのすっごい苦手なの」
「ふーん・・・・・・。あら?何かしら、耳鳴りがするわ。誰かに見られているような気配も・・・・・・」
震えるパリスに聞こえる様に、キレハがそんな事を言う。
「おい馬鹿やめろ!本当になんか出てきたらどうするんだよ!!」
「うん、いるな」
エンダが指差す方には、全身血塗れの、生きているとは到底思えない探索者が立っていた。
「うわぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
パリスの絶叫を響く中、生ける屍をメロダークが一太刀で真っ二つにした。
「・・・・・・この程度で騒ぐな。それにどうせ倒すなら、生きているものよりは気が楽だろう」
達観しすぎて常軌を逸した様な言葉だが、確かにその通りだった。
「どうか、安らかにお眠りください」
アルソンが遺体の側に跪き、祈りを捧げる。
「・・・・・・みんな、聞いてくれ」
生ける屍の登場で騒然となった場が静まった所で、ヴァンが口を開く。
「噂が本当だったなら、これが俺達の最後の戦いになる。
 今回ばかりは相手が相手だ。生きて帰れる保証なんてどこにも無い。
 無事にホルムの町に帰れるかどうかだって疑わしいものさ。 
 ・・・・・・でも、必ず生きて帰ろう。元気な姿でホルムに帰ろう。全員でな。
 ・・・・・・以上!大昔の王様をブッ潰して、英雄になろうぜ!!」
決戦に赴くにあたり、朝の内から考えていた激励を飛ばす。
しかし、ヴァンの予想に反して、その言葉を聞いた全員は呆然としていた。
「・・・・・・あれ?」
そして、次の瞬間爆笑に包まれる。
「アッハハハハハハ!きゅ、急に何を言い出すのかと思ったら!」
「ガハハハハハハ!よっ!リーダー!世界一!!」
「お前、そんなガラじゃねーから!ギャハハハハハハ!」
特に、彼を昔から良く知る面々の反応たるや相当なものだった。
「お、お前等なぁ!!」
「い、いや。良い演説だったとお、思うよ」
「そうね。す、少なくとも、緊張は解けたんじゃないかしら?」
笑いを堪えてフォローするテレージャとキレハの言葉も何の救いにもならない。
「ご立派でしたよ、ヴァンさま」
「ヴァンさん!僕は感動しました!!」
ましてや真剣な目をしてそう讃えるフランとアルソンに関しては、傷口に塩だ。
命を賭けた戦いに赴くとは思えない空気に、図らずもその原因となったヴァンが頭を抱える。
「ああ、もう良い!行くぞ!!」
顔を真っ赤にしながら、ヴァンは宮殿の奥へと踏み込んでいった。


「しーぽん。この奥に、タイタスって人の幽霊がいるの?」
「ああ。だが正面切ってかかっても無駄骨だな。それと僕の名前はシーフォンだ」
程なく広間へと到着した一同が、魔性の気配の満ちた暗闇の前に立つ。
「攻撃が効かねえんだ。・・・・・・傷を付けても、すぐに回復しやがる」
「不死身の皇帝、ってか?ああ、元々死人か。それじゃあ死なないわな」
ラバンが顎鬚を撫でながら、どうしたものかと考を案じる。
「テレージャ。破魔の理力ならどうなんだ?死霊とかゾンビには効果覿面だったが」
「それで解決出来ていれば、とっくに倒されてるだろうさ」
このまま突っ込んでは他の探索者と同じ末路を辿り、とはいえ活路は見出せず。
「八方塞がりか。参ったね、どうも」
「とにかく、この宮殿の探索を先に進めてみよう。
 もしかしたら、皇帝を破るヒントもあるかも知れないし」
テレージャの提案に非を唱える者はいなかった。

――こうして。

「僕らはみんな生きている!生きているから死ねるんだ!!」
「ヘイハニー!俺達と一緒に踊ろうぜー!エブリデーナイトフィーーッヴァーーー!!」
「うわぁああああ!?腸を振り回さないでー!!」
「うわぁあああ!!ネルさんが腸を掴んでゾンビを振り回してます!!」

――彼等は宮殿を探索して。

「見つけたあ!お客様だあ!!」
「き、汚い!こんな汚いコックさんなんていません!!」
「・・・・・・料理を穢す者は、私が斬り捨てる!」
「君達の料理も相当ひどいと思うんだけどね」

――皇帝の謎を明かすべく。

「うむ・・・・・・。良い風呂だ。流石は高貴な者達の・・・・・・なんじゃこりゃあああ!?湯が真っ赤に!!」
「ラバン殿、前を隠してください!」
「で、デカい・・・・・・!このジジイ、只者じゃねぇ!!」

――四苦八苦しながら。

「助けて・・・・・・。助けて・・・・・・」
「駄目だって!このドア開けちゃ駄目だって!!エンダ、ヴァンの馬鹿を止めてくれ!!」
「うんしょ」
「開けるなぁあああああああ!?」
「えらいぞ、エンダ」

――死霊との壮絶な戦いを。

「繰り広げましたとさ。めでたしめでたし」
「終わらせるな」
話を締め括ろうとするテレージャの頭を、ヴァンが小突いた。
散開して宮殿内の探索を続けて、もう何時間が経過しただろうか。
彼等は宮殿内の、中庭として使われていたであろう広場に集まっていた。
結局、打倒皇帝の鍵となるものは見つからなかった。
「やれやれ・・・・・・。これじゃあ何時までかかるかわかったものじゃ無いな」
ヴァンが円形の池を囲う石垣に持たれかかり、その水面を見下ろす。
池の水は不自然な程に澄みきっていて、蓮の花が咲き誇っていた。
水面を覗いている内に、視界がぼやけてくる。
そして、次第に景色が移り変わっていく。


町を行き交う人々。町も人も、古い絵に描かれているそれと同じだ。
磔刑に処され、その骸を鳥に啄ばまれる死人。
逃げ惑う少年と、それを追い立てる兵士達。
純白の外衣に身を包み、命乞いをする人々を次々にその手に握る槍で貫く騎士。
瞬く間に景色が移り変わり、やがて逆光になった部屋の景色に辿り着く。
誰かが立っている。シルエットは、女のもののようだった。
そして、声が聞こえる。無音の空間に、女の声だけが響く。
「―――ヴァン」


「どうしたの?」
「ん?・・・・・・ああ、なんでもない」
キレハの声で、ヴァンはふと我に返った。最近、こういう事ばっかりだ。
疲れているのだとか、そんな理由では無いであろう事にヴァンは薄々気付きはじめていた。
「メロダークの話、ちゃんと聞いてた?」
「・・・・・・悪い。聞いてなかった」
「しっかりしなさいよ」
メロダークの話はこういうものだった。
皇帝のいる広間。その床に隠し階段を見つけ、降りた先には怪しい部屋があったのだという。
「そうか、行こう」
先を急ごうとするヴァンの肩をメロダークが掴む。
「・・・・・・何かに呼ばれている様な、導かれている様な感覚はあるか?」
まるで心の中を見透かされた様な彼の質問に、ヴァンは戸惑いながらも返す。
「・・・・・・ねえよ、そんなもん」
それを打ち明けた所で、神殿で厄払いでも勧められる程度だろう。
そう思って、ヴァンはメロダークに答えた。


「これは・・・・・・ヒントというよりは、もう答えみたいなものだね」
碑に刻まれた文の解読を終えて、掛けた眼鏡を懐に仕舞いながらテレージャがそう告げた。
メロダークの見つけた部屋には、干乾びた死体を吊るした9本の磔台が立っていた。
その内の7本は、晒された死体が青白い光を放っていた。
磔台の立ち並ぶ手前に鎮座する碑文の内容をテレージャが訳して伝える。

『我が主は自らの御霊を分かち、九の罪人に隠したり。
 九の罪人在る限り、皇帝は不滅なり。
 即ち、九の罪人滅する時こそ皇帝滅する時なり。
 されど、皇帝はなおも不死たらんとするだろう。
 強き者よ、どうか我が主に安らぎの眠りを』

「・・・・・・という訳だ。この様子を見ると、いつの間にやら罪人の幾つかを倒していたみたいだね。
 つまり、残りの罪人の霊を討てば、不死の皇帝を討てるという訳さ。
 都合の良い事に、磔台には罪状が刻まれている。それをヒントにすればすぐ見つかるだろう」
その言葉に、疲弊していた面々も俄かに活気立つ。
「残るは恐らく、『不忠を働きたる罪』と『勅命を果たさざる罪』の刑死者だ」
それぞれの倒した死霊と罪状を照らし合わせた結果、光無き死体が残りの罪人と推測された。
「あと2人か。よし、先を急ごう」
ヴァンを先頭に階段を上がり、広間へと出る。
その時だった。突如黒い瘴気が立ち昇り、彼等の周囲を包み込んだ。
「な、なんだこりゃ!?」
「魔力の障壁だ。触ると最悪の場合、逝っちまうぜ?」
障壁により、後列にいたテレージャとエンダ、メロダークを残してパーティは分断された。
「下郎共が。余の帝位は誰にも奪わせぬ。例え神々だろうと、始祖帝だろうと渡しはせぬ!」
障壁の内側に、地の底から響く声が木霊する。
「・・・・・・なるほど。こっちの企みはバレバレか」
暗闇の向こうに鎮座しているであろうものを睨み、ヴァンが吐き捨てる。
まるで獲物を追い詰める様に、障壁は皇帝の座の方へとジリジリと狭まりつつあった。
「テレージャ、聞こえるか!?」
障壁の向こうに取り残された、彼女の名を叫ぶ。
「聞こえてるよ。なるべく急いで残りを片付けるから、それまで持ちこたえてくれ!」
魔力に遮られ、くぐもった声ながらも彼女の返事は確認出来た。
「さてと。どの道逃げ場は無いんだ。こっちから出向いてやろうぜ?」
ヴァンの言葉にそれぞれが頷く。そして、皇帝の玉座の方へと駆け出した。


暗闇の向こうに、紫の衣を纏った不死の王が見えてくる。
「愚かなり。その命、我が贄としてくれよう」
石畳を突き破り、槍の如く岩石が隆起する。
立ち止まれば、たちまち地霊の爪に引き裂かれるだろう。
一気に駆け抜けて、皇帝の眼前へと躍り出る。
「でやぁああああああ!!」
駆け抜けた勢いをそのままに、アルソンが右手に構えた槍を皇帝の胸へと突き立てる。
槍は皇帝の胸板を貫き、背を破る。
しかし、皇帝は何事も無かったかの様に手にした剣をアルソンへと振り下ろした。
左手の盾がその一撃を弾き、バックステップと共に槍を引き抜き体勢を整える。
胸に空いた穴は、見る見る内に塞がっていった。
「無駄な足掻きぞ」
皇帝の手にした剣に魔力が宿り、周囲の空間が歪む。
次の瞬間、皇帝の周囲に雷が雨の如く降り注いだ。
雷は皇帝の意するがままに軌道を変え、ヴァン達の身体を掠めていった。
「ぐっ・・・・・・」
致命傷には至らないものの、皇帝の唱えた天雷陣は彼等に少なからぬダメージを与えた。
皇帝はその様を見て再び天雷陣の詠唱を始める。
「そう何度も・・・・・・させるか!!」
息を合わせた様にフランとヴァンが同時に皇帝へと駆け寄る。
ヴァンの一撃を皇帝が剣で受け止めた隙に、フランが2本の短剣を交差させ皇帝の首を飛ばす。
宙に舞った髑髏の口がパクパクと動くも、詠唱は中断された。
「これなら・・・・・・!」
流石に仕留めただろう。そんなフランの期待を裏切る様に、皇帝の首がその胴に吸い寄せられる。
断面同士が吸い付く様に結合し、一瞬の内に癒着する。
「愚かなり!!」
手にした剣でヴァンを弾き飛ばし、返す刀で空中のフランを跳ね上げる。
その一撃を短剣で受け止めたものの、彼女の身体は天井へと叩きつけられた。
「クソッタレがぁ!!」
気を失い落下するフランをパリスが抱きとめ、ダメージを最低限に食い止める。
「これなら・・・・・・どうだ!!」
ネルが火炎瓶に火をつけ皇帝へと投げ付ける。
己を包む炎を意に介さず、皇帝は再び詠唱を始める。
・・・・・・その時だった。
彼等の背後に立ち昇っていた魔力の障壁が消滅した。
「ぐぉおおおおおおおお!!」
そして、身を焼く炎に今更の様に悶え苦しむ。
皇帝が自らの身体に掛けた、不死の魔法が解かれたのだ。
「でかしたぞ、テレージャ!!」
宮殿内の何処かにいる彼女を称えて、ラバンが剣を構えて皇帝へと突っ込む。
瞬く間に8本の剣閃が皇帝の身体に走り、その身を深く刻み付ける。
「愚物共が・・・・・・!余は死なぬ!朽ちぬ!!」
皇帝の身体から、血の様に赤い霧が発せられる。
その霧は彼等の身体に纏わりつき、その赤を更に濃くして皇帝の身体へと吸い寄せられた。
「くっ・・・・・・!?身体が・・・・・・」
急に身体中の力が抜け落ち、キレハが地に膝を着く。
「吸血鬼の呪文かよ、畜生・・・・・・!」
同じく血を奪われたシーフォンが舌打ちをする。皇帝の傷は再び塞がっていた。
「振り出しに戻る、ってか・・・・・・?」
吸血の霧をまともに浴びたラバンに至っては、意識を保つので精一杯といった様子だった。
「・・・・・・パリス、ネル、アルソン!行けるか!?」
よろめきながらもヴァンが立ち上がり、三人に声を掛ける。
「こんな程度で、くたばるかよ!」
「僕なら平気です!」
「わたしも、大丈夫・・・・・・!」
その声に頷き、再び短剣を両手に構えて皇帝を睨みつける。
「一気に仕留めるぞ!!」
このままではどの道ジリ貧で終わると踏み、彼は今出来得る最高火力での短期決戦を決断した。
捌く事すら叶わぬ程の剣戟の乱舞が皇帝の身体を刻み付ける。
「愚物風情がぁああああ!!」
皇帝はたまらず、再び吸血の霧を全身から発する。
血を吸い尽くされるのが先か、皇帝に致死の傷を与えるのが先かの消耗戦となった。
「折角ここまで来たんだもん!こんな所で、負けるもんかぁあああ!!」
ふらつく身体に鞭を打ち、ネルの手斧が皇帝の右腕を吹き飛ばす。
「僕が、僕達がこの災厄を終わらせる!!」
アルソンの渾身の一突きが、再び皇帝の胸板を貫く。
突如彼等の周囲を風が吹き荒れ、吸血の霧を掻き消す。
「これ以上、あなたの好きな様にはさせない!」
キレハの風呼びの歌が、皇帝の最後の切り札をも無効化する。
「使え、パリス!!」
パリスが圧し折れた棍棒を投げ捨て、ヴァンから投げ渡された短剣を手に取る。
「くたばりやがれ!ミイラ野郎!!」
「これで・・・・・・終わりだ!!」
ヴァンとパリスが同時に放った一閃が交差し、皇帝の首を再び斬り飛ばす。
遺言どころか断末魔を残すことも許さず、皇帝の身体は見る見る内に朽ち果てて、風化し飛散した。
「・・・・・・駆け付けるまでも、無かったか」
広間へと舞い戻ったメロダークが、構えを解いて死闘の終了を見届けた。


「・・・・・・皇帝を倒せば、それで終わるんだったよな?」
「・・・・・・噂では、な」
皇帝を倒しホルムへと帰還し、ヴァンとパリスは疲労も身体の痛みも無視して家へと走った。
そして、目を覚ましたチュナを思い切り抱き締めてやるつもりだった。
「なんでチュナは眠ってるんだろうな?」
現実は、目を覆いたくなる程に残酷だった。
「まだ終わりじゃねぇってのかよ・・・・・・!」
ヴァンが拳を固く握り締め、壁へと打ちつける。
絶望に打ちひしがれる彼等の頬を涙が伝い落ちる。
眠り続ける彼女の瞼からは、キラキラと光る紫色をした、砂の涙が零れていた。

 

第12話 残骸 ― こうてい ―   了

~ fated child, undecided fate ~ 第11話

古竜の亡骸の横たわる通路を下り、地底湖に浮かぶ小島から続く小道を奥へと進む。
その先には、全面を石で拵えられた太古の宮殿があった。
死霊の類の跋扈するその宮殿を、赤毛の少年がひとり歩いていく。
襲い来る死霊や生ける屍を雷鳴と共に屠り、悠々と進んでいく。
程なく宮殿の中央にあたると思しき広間へと辿り着き、その奥の気配に武者震いする。
鼻先をくすぐるのは、禍々しい死の魔力。
臆する素振りも見せずに、少年はその先へと足を踏み入れる。
やがて見えたのは、玉座に腰を下ろし、紫の衣を身に纏うミイラだった。
あれだ。あれがこの宮殿の主。タイタス16世だ。
口元に笑みを浮かべ、皇帝の残骸に歩み寄り、対峙する。
「跪け。頭を垂れよ。余は大河流域全土を統べし皇帝。アルケア帝国の主なるぞ」
圧倒的な魔力を放つ死者の王が低く唸る様に少年に告げる。
「・・・・・・ケッ。知るかよ」
赤毛の少年はその素性を知りつつも、己を鼓舞する様に嘯いてみせる。
「お前等の持つ太古の魔術、残さず全部貰ってく。僕の踏み台になりやがれ」
手にした杖の先に電流を奔らせて、眼前の敵に向ける。
「愚かな小童めが。己が器を知るが良い」
皇帝から放たれるドス黒い魔力が更にその密度を増す。
「覚えておけ、干物野郎。僕様はシーフォン。すべての魔を統べる者。魔王だ!」
赤毛の少年、シーフォンの構えた杖から一閃の稲妻が放たれる。
そして、その数分後。
「畜生、覚えてろよ!バーカ!!」
彼は尻尾を巻いて逃げ去る事となる。
「駄目だ、タイマンじゃ話にならねぇ・・・・・・。クソ!なんであいつ等はいねぇんだよ!」
ひばり亭に集まってはワイワイ騒がしい、探索者の間で何かと噂の連中。
その連中のリーダーらしい白髪頭の顔を思い出し、シーフォンは舌打ちをした。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第11話 鬼子 ― しょうねん ― 

 

 

その頃、ヴァン達は領主の屋敷へと通されていた。
きっかけは、朝になってからフランが全員に伝えた領主カムールからの言葉だった。
「ネス公国公子のテオルさまが、是非皆さまにお会いしたいとおっしゃっていました」
「ふーん・・・・・・。随分急な話ね」
「昨日の夕方にホルムにお越しになられたそうなので」
「でもなんでまた、私達に声がかかったんだい?」
「アルソンさまとテオルさまは親戚関係にあたりますので、その繋がりらしいですよ」
当のアルソンがひばり亭に来ていない理由はそれだった。
キレハとテレージャがそれぞれの疑問を解決したところで、全員がヴァンに注目する。
「・・・・・・なんだよ」
「どうするんだい?公国公子直々のありがたいお言葉のようだけど」
「公子様のご機嫌損ねる訳にもいかないだろう。アルソンの面子もあるし」
ヴァンの言葉に、テーブルに拳を打ち付ける者が約1名。
「俺ぁ行かないぞ!そんな野郎のツラなんか見たくも無ぇ!!」
パリスは顔を真っ赤にして腹を立て、全員の顔を睨んで怒鳴りつけた。
「落ち着けよ。これで褒賞がパーになったら困るだろ?」
流石にみんなの前でその理由を告げる事は出来ず、適当な理由を見つけてヴァンが諭す。
「やれやれ、どっちが兄貴かわかったものじゃないな」
「本当に、パリスはいつまで経ってもお子様なんだから」
ある程度の事情を知っているラバンとネルもそれに調子を合わせる。
「ヴァン。パリスはガキンチョなのか?」
ヴァンの服の裾を引っ張り、エンダがそう尋ねる。彼はその質問に苦笑いで返すだけに留めた。
「・・・・・・チッ。わかったよ。拝んでやるさ、ありがたーい公子様のツラでも」
意外とすんなり折れたパリスも含めて、彼等は領主の館へと向かう事となった。


「あ、みなさーん!!」
中庭で薔薇の花を鑑賞していたアルソンが、ヴァン達の姿を見てブンブンと手を振り駆け寄る。
「子供か」
その額をテレージャがピシャリと叩いた。
「騎士なんだから、もうちょっとドッシリ構えたらどうだい?」
「あはは・・・・・・。すいません。それじゃあ、行きましょうか」
アルソンとフランを先頭に正面玄関を潜り、大広間に踏み入る。
「ほう。貴公等が噂の探索者か」
声の主は、階段の手摺に寄りかかり広間の集団を見下ろしている。
顔に痛々しい傷跡を残した、美丈夫の貴公子だった。
「己はネスのテオル。大公ラウルの息子だ」
見上げる面々の顔を見渡し、階段を降りる。
「是非、貴公等の話を聞きたくてな」
テオルが歩み寄るのを見て、誰からともなく頭を下げる。
「ハハ、そう畏まるな。堅苦しいのは、己も好かぬのでな」
再び顔を上げた面々の中から、テオルはヴァンを見つめて手を差し伸べた。
「貴公がヴァン殿か。アルソンから、勇敢な冒険者と聞いているぞ」
その手には一瞥する事も無く、ヴァンはテオルの目だけを見つめながらその手を取った。
「・・・・・・光栄にございます。テオル公子」
「良い目をしている。勇者の眼差しだな」
握手もそこそこに、テオルは踵を返してフランとその隣の老執事に目をやる。
「皆さま、部屋をご用意しております。どうぞこちらへ」
恰幅の良い、いかにも好々爺といった様子の執事が恭しく頭を下げる。
彼の名はゼペック。レンデュームの里の前代の長にして、フランの祖父だ。
ゼペックとフランの後を、彼等はぞろぞろとついていった。
「・・・・・・“光栄にございます。テオル公子。”だって!」
笑いを堪えきれずに、ネルが小声で先程のヴァンを真似てみせる。
「なんだよ」
「だって、すっごい睨みながらそんな事言ってるんだもん」
「睨んでねぇよ。目付きが悪いのは昔っからだろう?」
「そうなのかい?てっきり喧嘩でも売るつもりなのかと思ったよ」
テレージャもその様を気にしていたらしく、ヴァンをからかう。
チラチラと様子を気にするフランと目が合い、ヴァンは小さく咳払いをした。


結局、ヴァン達が解放されたのは昼を回る頃となった。
テオルの質問もさることながら、どこか興奮した様なアルソンが次々に話題を振っていったのだ。
遺跡の探索中の出来事に始まり、探索の理由からホルム及びネス公国の情勢。
果てはそれぞれの個人的な話にまで火が飛ぶ事となった。
つまらなそうにしてぶんむくれるエンダに、ヴァンは終始気を揉みながら会話に参加していた。
「・・・・・・アルソンの面子なんか気にしなけりゃ良かった」
ひばり亭の、西向きの窓から見える太陽をうらめしく睨みながらヴァンは一人呟いた。
「どうするんだい?」
カウンター越しに茶を出しながら、オハラが尋ねる。
探索者が遺跡に出払った今となっては、まるで貸し切りの様だ。
「探索は中止だよ。もうこんな時間だし、興も冷めちまった」
一向は一時解散。夕方に改めて探索の打ち合わせをするという運びとなった。
領主の館で出されたものとは一味も二味も劣る安物の茶が、ヴァンの五臓六腑に染み渡る。
「やっぱ、騎士の身分とかいらねぇな」
「そういうの、捕らぬ狸の皮算用って言うのよ?」
背後から声を掛けてきたのは、キレハだった。
「大体、あなたが騎士だなんて想像出来ないわ」
「そりゃあね。こんな悪ガキが騎士様だなんて、冗談にしか聞こえないわ」
キレハとオハラの言葉攻めに、ヴァンは苦々しく顔を歪める。
「うっせぇな。案外サマになるかも知れないだろ?」
「それは無いねぇ。さて、仕込みでも始めますか。ヴァン、その娘にお茶淹れてあげたら?」
そう言って、オハラはカウンターから厨房へと引っ込んだ。
「ったく・・・・・・。何かリクエストは?」
渋々といった様子ながらも、ヴァンが腰を上げてキレハに尋ねる。
「ああ、私はいらないわ」
「そりゃ結構」
上げた腰を再び下ろし、残った茶を飲み干す。
「・・・・・・なんか、いけ好かない感じの人よね。ネス公国の王子様は」
「確かに。腹黒っつうか、悪巧みしてるガキみたいな目をしてた」
それが、2人のテオル公子に対する印象だった。
少しの沈黙の後、キレハが意を決して口を開く。
「ねぇ、ヴァン」
一昨日の晩、あなたは何をしていたの?
その問いが口から出るより早く、入り口のドアが勢い良く開いた。
そこに立っていたのは、尖った耳に赤い髪をした少年だった。
彼はヴァンの姿を見るや否やずかずかと近寄ってきた。
「てめぇ何呑気に女と茶なんか飲んでんだよ!!」
突然ふっかけられた因縁に、ヴァンは少し驚きながらも立ち上がる。
「随分と馴れ馴れしくて騒がしいお子様だな。パパやママとでも逸れたのか?」
「うるせぇ!大体、前からテメェ等にはムカついてたんだよ!特に白髪頭のテメェがな!!」
「おお、それはそれは。ご無礼をお許しくださいお坊ちゃま」
「野郎・・・・・・!」
「ちょっと、二人とも止めなさいよ」
不良少年とチンピラの抗争を止めるべく、キレハが口を挟む。
「テメェは黙ってろ、この売女が!」
赤毛の少年の発したその一言に、キレハが額に青筋が浮かべる。
「・・・・・・へぇ。口先だけはご立派みたいね」
直感的に危機を感じたヴァンが、赤毛の少年の胸倉を慌てて掴んで睨みつける。
「言ってくれるじゃねぇか。・・・・・・口の利き方を教えてやる。表に出な」
この場で死にたくなかったらな。ヴァンは心の中でそう付け足した。
「ケッ。あんま舐めた真似してると・・・・・・」
しかし、その願いは通じず。少年は手にした杖に魔力を込めてヴァンの脛目掛けて振り下ろした。
「ッ!!」
慌てて飛び退き、ヴァンは感電を免れた。
「ケケッ。逃げ足だけは立派だなぁ。えぇ?」
「・・・・・・上等だ」
いよいよ本気になったヴァンが、腰に下げた2本の短剣を抜いて両手に構える。
「やっほー。・・・・・・って」
最悪のタイミングで、ネルはひばり亭のドアを開いてしまった。
状況の把握は一瞬で十分だった。
キレハとアイコンタクトを取り、ひとつ頷く。
「おおおおりゃああ!!」
「ごふぅ!?」
ヴァンにはネルの手加減無しの右ストレート。
「やッ!!」
「げばら!?」
赤毛の少年にはキレハの切れ味抜群の左ハイキック。
喧嘩両成敗。不良少年とチンピラは仲良く板張りの床に口付けする事となった。
「あーあ。これはひどい」
フライパンを構えて出てきたオハラが、二人の様を見てそう呟いた。


「・・・・・・へぇ。つまり、俺達の仲間になりたいと」
左の頬を濡れ布巾で冷やしながら、ヴァンはシーフォンと名乗った少年に確認する。
「僕の話を聞いてなかったのか!?下僕になれっつってんだろ!!」
右の首筋を濡れ布巾で冷やしながら、シーフォンはヴァンに吠え立てる。
「死にたくなけりゃ、やめておけ」
ヴァンが彼等の両サイドで睨みを効かせる女傑2人を交互に見やる。
「・・・・・・畜生」
シーフォンも、すっかり萎縮する。
「まぁまぁ。お互い仲良くやろうよ。さっきの事は水に流してさ」
どこか恐ろしい笑顔を浮かべながら、ネルが二人と肩を組む。
「しーぽんだってお友達が欲しかっただけなんでしょ?」
「僕はシーフォンだって・・・・・・友達!?」
ネルに喰ってかかろうとしたシーフォンが、急に押し黙る。
「・・・・・・だッ!だだ、誰がテメェ等なんかと!!」
そして、顔を赤くしてその場を去っていった。
「難しいお年頃って奴か?」
その背中を見て、ヴァンが呆れた様に呟く。
「あなたも良い年して大概だけどね」
「ホントだよ。パリスもヴァンも、大人気無いのは兄弟らしいよね」
そして、再び2人に釘を刺されて押し黙る。


その日の夜、ひばり亭を中心にとある噂が広まった。
宮殿に住まう皇帝の霊を倒せば異変が終わると。
それは、宮殿に足を踏み入れて無事に帰って来たごくわずかな者達の口から発せられたものだ。
宮殿に立ち入った者の多くは夜になっても帰らなかった。
帰ってきた者も、その半数がまるで心を喰われた様な、廃人同然の無惨な姿となっていた。
物語は、ひとつの節目を迎えようとしている。

 

第11話 鬼子 ― しょうねん ―  了

~ fated child, undecided fate ~ 第10話

「・・・・・・人間よ、何をしに来た」
何処からともなく響いたその声に、全員が顔を合わせる。
周囲を見渡し、夜種も他の探索者をいないのを確認したあたりで、ひとつの可能性が浮かぶ。
この、自分達の座している竜の頭蓋骨からの声では無いかと。
「自由を奪うだけではあきたらず、我が死をも穢そうというのか?」
再び響いたその声に彼等は確信する。この声の主は、やはりこの竜の亡骸だ。
「な、ななななあヴァン、俺達、たたたた祟られるのかなぁ?」
幽霊だとかお化けだとかに弱いパリスがガタガタ震えてヴァンの肩を掴む。
彼等は確かに、竜の骨を削って持ち帰ろうとした。結局未遂に終わったが。
「・・・・・・竜さんよ、聞こえるか?俺達はそんなつもり無い」
ヴァンの言葉を亡骸は黙殺した。
「・・・・・・聞こえないのか?」
再び声を上げたヴァンを、突然の眩暈が襲う。
まるで意識を、竜の亡骸に吸い込まれるような感覚。
突然倒れたヴァンに、ネル達が悲鳴を上げて駆け寄った。


――聞こえるか?人の子よ。忌まわしき血の流れる者よ。
「聞こえてる。一体何をした?」
――忌まわしき人の子よ。されど力を持つ者よ。
「忌まわしき血?力?なんの事だよ」
――私はお前にひとつの望みを託す。
「質問に答えろ!お前は何だ!?」
――私は原初の時代を知る者。しかし人の王に捕らえられ、この塔に封じ込められた。
  そして私は守護者とされた。久遠とも思える時をこの地で過ごした。
「・・・・・・その守護者が、俺に何の用だよ」
――私はこの封印を逃れる為に、我が身を転生させた。
  新たな私は卵へと宿り、今いる私は肉塊となり骨となった。
  だが、新しい私には、まだ名前が無い。
  名を持たぬ竜は知識を得る事が出来ない。それでは真に誕生したとは言えない。
「・・・・・・それで、俺に何をしろと?」
――その手で、新たな私に名を与えよ。願 くば、新  私に 広い空 見   し
「どうした?何を言ってるんだ?」
――残され 時 余 に僅か  王   継 者  さ ど穢  き力を つ よ


なんのデジャブだろう、これは。
またしても至近距離にあったネルの顔を見て、ヴァンは心の中でそうごちた。
「大丈夫・・・・・・?」
「大丈夫だよ。みんな、心配かけたな」
何事も無かった様に立ち上がり、ケロッとした様子のヴァンが心配そうな周囲の顔を見渡す。
「なんだか、この竜に頼みごとされちまった」
彼の言葉に、全員の心配の対象がヴァンの体調から心の不調へとシフトした。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第10話 転生 ― エンダ ― 

 

 

「しかし、俄かには信じ難いな」
先導するラバンが、まだ心配そうにヴァンの顔を見やった。
もしヴァンの話が、彼の心の病では無いとしたならば。
竜の亡骸がヴァンに伝えた言葉が本当なのだとしたならば。
ラバン達には心当たりがひとつだけあった。
鍵が掛かっている訳でも無いのに、押しても引いても開かなかった扉。
まるで、強力な魔法か何かで封じられているかの様な扉。
夜種の捜索隊を何度か蹴散らした頃に、その扉の前に彼等は辿り着いた。
「・・・・・・ここみたいだね」
ラバンの話とは裏腹に、すんなりと開いた扉にネルが呟いた。
そこは、今やすっかり荒れ果ててはいるものの、どうやら礼拝堂の様だった。
祭壇の裏の壁に開いた穴からは、魔法に疎いヴァンやパリスにもわかる程の魔力が流れ出ていた。
「大丈夫なんですか?こんな所に降りて・・・・・・」
何やら尻込みをしているアルソンの顔をメロダークが見やる。
「恐れがあるのならそこに残れ。死神は怯えた者の首から刈るものだ」
突き放す様にそう言って、彼は率先してその穴へと降りていった。
「・・・・・・行けるか?」
「だ、大丈夫です!さぁ、皆さん行きましょう!」
恐れを振り払う様に、アルソンはメロダークの後を駆け足で追っていった。
もしもの事態に備え、ラバンとパリスに見張りを頼んでヴァンとネルもそれに続いた。


そこは、自然の洞窟だった。
その中心にはひとつの球体が鎮座している。
表面に入ったヒビからは、虹色の光が溢れ出ている。
そして、狭い洞窟の中にはまるで嵐の様に魔力が吹き荒れていた。
「・・・・・・名前、どうするの?」
未知への恐怖を打ち消す様に、ネルがヴァンにそんな事を尋ねた。
「どうするかな・・・・・・」
「名前なら僕に任せてくださいよ!」
「黙ってろ」「アルソンは駄目!」「・・・・・・お前には荷が重い」
「まだ何も言ってないのに!?」
ヴァンがその球体・・・・・・恐らくは、竜の転生したものが宿る卵に歩み寄る。
一歩踏み出す度に亀裂は広がり、光が溢れて魔力が暴走する。
気を抜けば吹っ飛ばされそうになるその中で、ふと幼い頃に読み聞かされた物語の事を思い出す。
7つの命を持つ英雄と、巨大な竜との戦いの物語。
その竜の名は。
「・・・・・・エンダ」
ヴァンの呟いたその名と共に、光と魔力の嵐が爆発した。


「だ・・・・・・大丈夫?」
ネルの声が全員の安否を確認する。
「おいおい、大丈夫か!?」
外で待機していたパリスとラバンも駆けつけ様子を伺う。
「ああ、大丈ぶ・・・・・・!?」
眩んだ目が機能を取り戻したヴァンが、その光景に目を見開いた。
卵のあった場所に立っていたのは、青い髪をした、幼い少女だった。
彼女は不思議そうに目をぱちくりさせ、やがて周囲の人間に気付いて岩陰に身を隠す。
「あれが・・・・・・竜?」
岩陰からじっとこちらを見つめるエンダを、ヴァンも負けじと見つめる。
「・・・・・・ほれ」
そしてポケットから包みを取り出し、その中身のチョコレートを出してみせた。
「喰うか?甘くて美味しいぞ?」
その光景に、ネルとパリスが思わず噴き出す。
「に、似合わねぇ事を・・・・・・」
「なんか、子供を誘拐してる人みたい」
しかし、エンダはとことこヴァンに歩み寄り、チョコレートを口に含んだ。
「・・・・・・おおー」
「な、美味いだろ?」
彼女は再びヴァンを見つめる。今度は岩陰ではなく、その場でじーっと。
「・・・・・・お前、お父さんか?」
「!?」
困った様なヴァンを見て、今度は全員が噴き出す。メロダークまで口元に笑みを浮かべている。
「いやいや・・・・・・。笑ってないで、助けてくれよ・・・・・・」
「そうだよ。この人が、エンダちゃんのお父さん」
「おいネル!!」
「お前がお母さんか?」
今度はネルを指差し、エンダがそう尋ねる。
「え!?ちちちちちちちちちち違うよ!?」
「なんでそんなに動揺してるの!?」
「ふーん・・・・・・」
二人の様子を見て、エンダは再び岩陰に隠れて様子を見だした。
「・・・・・・よし。みんな、行こう」
ラバンが突然そんな事を言いだした。
「え!?でも、女の子をこんな所に・・・・・・」
「いいから、行くぞ」
アルソンの制止を振り払い、ラバンが礼拝堂に続く細道を登り出す。
それに続いて、エンダを気にしつつも全員がそれに続く。
すると、彼女は岩陰を飛び出てとことこと彼等の後についてきた。
「イヤよイヤよも好きの内。ってな!」
歯を覗かせてニカッと笑い、ラバンは親指を立てて見せた。
なんか違うと思う。それがラバンに対する全員の意見だった。


「そこに隠れていたか、人の子よ」
「・・・・・・お出迎え、ごくろうさん」
礼拝堂には、魔将ナムリスが待ち構えていた。
その入り口は多数の夜種で塞がれている。今度ばかりは逃げられない。
「お前の友達か?」
エンダがヴァンの顔を見上げてそう聞く。
「いや、お友達じゃない・・・・・・」
ナムリスの言葉を思い出す。竜の子供を探せ。新たな守護者。
「結局、全部こいつの思うがままかよ」
そう吐き捨てたヴァンとナムリスを交互に見て、突然エンダが走り出した。
「うい!!」
そして、ナムリスを思いっきり殴り飛ばした。
「え?・・・・・・え!?」
目の前では、先程散々苦しめられた強敵が幼い少女に良いように殴る蹴るの暴行を受けている。
「・・・・・・人の力じゃ倒せない、とか言ってたよな?」
呆然とする一同に、ラバンが確認する。
「竜の力なら、倒せるんじゃないか?」
「いや、でもこれ、倒すというか・・・・・・」
もはや勝負では無い。一方的な暴力だ。
「そうか、そやつ、竜の子・・・・・・ぐあぁああ!?」
ナムリスはもはやボロボロだ。エンダの跳び蹴りをまともに喰らって無様に倒れる。
「お前、弱っちいな。悪そうな奴なのに生意気だ。エンダがこらしめてやる」
そう言って、彼女は思い切り息を吸い込み、吐き出した。
その呼気は灼熱の奔流となり、ナムリスと後ろの夜種を包み込んだ。
「ちょっとちょっと!?いくらなんでも無茶苦茶じゃない!?」
ネルの突っ込みを取り合う余地も無い程に、戦いはあっけなく幕を閉じた。
後に残った物は大量の灰とドロドロに溶けた大槌だけだった。
呆気に取られる一同の顔を見て、エンダは自信満々に笑ってみせた。


「やあ、おかえり」
ひばり亭に帰ってきた一同を読書をしていたテレージャが出迎えた。
「みんな聞いて聞いて!ヴァンがお父さんになった!!」
ネルの開口一番のその言葉に、ヴァンが顔を青くする。
「ネルこの野郎!!」
お父さんになったというヴァンの後を付いてきた小さな女の子。
「・・・・・・頑張れ、お父さん」
「ファイト、オー。ですよ」
状況を把握しかねるテレージャとフランが、出来る限りの言葉でヴァンを応援した。
「応援しないでお願い!!」
「おかえり・・・・・・!?えーと・・・・・・。誰、この子?」
遅れて姿を見せたキレハもエンダの姿を見て動揺しながら尋ねる。
「ヴァンの娘のエンダだ。よろしくな、キレハ」
ラバンまでネルに調子を合わせる始末だ。
「・・・・・・あらあら、大変ね。頑張りなさいよ、お父さん」
大体の話を理解したキレハが、悪戯っぽく笑ってヴァンにそう言った。
「やめて!俺をいじめないで!!」
困惑するヴァンを見上げて、エンダが残念そうな顔をする。
「エンダのお父さんじゃないのか?」
そして、ヴァンの困惑が混乱に変化し、間髪入れずに大混乱へと昇華する。
「・・・・・・い、いや。全然そんな事ないぞ?」
「そうか!わーい!!」
突然抱きつかれ、ヴァンの背骨が悲鳴を上げた。


「・・・・・・そういう訳で、明日は遺跡の奥にあるらしい宮殿の探索に取り掛かる」
明日の作戦会議をしているヴァン達の言葉に耳を傾ける者がいた。
「結構やるみてぇだな、あいつ等。・・・・・・ちょいと、利用してやるか」
そう呟いて、赤毛の少年は不敵な笑みを浮かべた。

 

第10話 転生 ― エンダ ―  了

~ fated child, undecided fate ~ 第9話

「おいおい、なんだよこれ?」
目の前に広がる光景に、パリスが素っ頓狂な声を上げる。
昨日の探索で見つけた階層の、更にその下層。
長い螺旋階段を降りた先には、広大な空間が広がっていた。
その岩壁に沿って、これもまた螺旋状に通路が続いている。
ただ、そこには異質な物があった。
何層もの通路に跨る程の、巨大な生物の骨が地層から露見していた。
「これ、もしかして竜の骨とかかな?」
「多分そうだろうな。こんなでかい生き物、見たこと無い」
ヴァンとネルもその景色に感嘆する中、パリスがふと思いつく。
「なぁ、ちょっと削って持って帰ってみようぜ?」
「やめといた方が良いよ。バチが当たっても・・・・・・」
パリスの提案をネルが止めようとするが、それより早くヴァンが歩き出していた。
「ヴァンまで!?」
「・・・・・・あ。しまった、さっき説明するの忘れてたな」
昨夜、ひばり亭で解散してからの事を、都合の悪くならない程度に説明する。
ピンガー商会で、遺跡で出た珍しい物を買い取ってくれる。その程度の説明だ。
「そんなの買い取って・・・・・・ああ、需要はありそうだもんね」
「貴族だとかそういう連中は好きそうだろ?貴重な物とか珍しい物がさ」
ネルから一応の納得を得て、彼等は通路を下りながら竜の亡骸へと近付く。
そして彼等が、丁度竜の背骨の辺りに差し掛かった頃だった。
「・・・・・・何か近付いてきてるぜ」
パリスが遠くから歩み寄る何者かの気配を察知した。
その言葉に、彼等は岩壁と骨との間に出来た隙間に身を隠す。
通路を歩いて来たのは、列を成して行進する夜種達だった。
「ヒュムヒャックヲ殺せ!宮殿ニ入レサせるナ!将軍閣下ノ命令ダ!!」
戦闘を歩く、他よりも上等な装備をしている夜種が甲高い声で叫ぶ。
「竜の子供ヲ探セ!新シい守護者ノ礎ヲ探セ!将軍閣下ノお望ミダ!!」
まともにぶつかっては危うい数の夜種が、彼等のすぐ横を通り過ぎていく。
やがてその足音が遠のいたのを確認した上で、ヴァンが隙間から顔を覗かせ周囲を見る。
「・・・・・・よし、出ても大丈夫だ」
息を潜めて狭い空洞に詰め込む様に隠れた3人は、外に出るなり深呼吸をした。
「ふー・・・・・・。良かったね、みんなでぞろぞろ行かなくて」
一安心といった様子のネルが、昨夜の話し合いの中心となったヴァンの顔を見る。
「全くだな。しっかし、あいつ等一体何なんだろうな?」
パリスの疑問は尤もだった。群を成して行動する夜種はとっくに見てきたが、
今しがたこの通路に現れた夜種はそれとはまた違っている。
言うなれば、兵隊の様な夜種だった。
「気になる事も言ってたな。将軍だとか宮殿だとか、竜の子供だとか」
パリスが列挙したものはどれもが遺跡の核心に迫るものに聞こえる。
「この先に、何があるんだろうね」
ネルが地下空洞の底を見つめてみるが、ここからではただ真っ暗な闇しか見えない。
改めて気を引き締め、彼等は螺旋状の通路を再び下り始めた。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第9話 魔将 ― ナムリス ― 

 

 

長い道程になるかと思われた螺旋の通路だったが、予想は良い方向に裏切られる事となった。
岩壁には何箇所かに脇道へと続く扉が設けられており、下るのはあっという間だった。
螺旋状の通路の終点、そこに構える一団が視界に捉えられる距離までは。
かがり火に照らされ、その姿がぼんやりと浮かび上がる。
巨大な地底湖の真ん中に小島が浮かんでおり、そこに夜種が集結している。
武装した夜種が囲んでいるのは、黒い外衣を着込んだ何者かだった。
黒い馬にの様な生物に跨り、槍か何かの様な大きな槌を手にしている。
「・・・・・・あれが夜種の親玉か?見た感じは人間みたいだけどよぉ」
遠巻きに様子を観察するパリスが小声でヴァンに問いかける。
頭部は外衣のフードに隠れ伺い知れないが、そのシルエットは明らかに夜種とは違った。
「恐らくな。・・・・・・あんな物騒な怪物を率いてるんだから、一筋縄じゃ行かないだろう」
だが、この先に進むにはあの小島の先に続く道を通らなくてはいけないようだ。
衝突は、避けられない。
「ラバン爺達も、こっちに来るかな?」
「どうかな。出来れば俺達だけで相手にしたく無いけど・・・・・・」
ラバン達とは遺跡に着いてすぐに違うルートに別れたが、いずれはここに辿り着く可能性が高い。
ただ、あくまで可能性の話だ。探索中の行動、ルート選定は各チームの判断に委ねている。
このままここで来る保障の無い増員を望んで待ち続ける訳にもいかない。
「問題は、あの夜種の数だよな・・・・・・」
取り巻きが、せめて半分にでもなってくれれば3人でも恐らく大丈夫だろう。
問題は、その方法だ。どうやって頭数を減らす?
「ヴァン、わたしにまかせて」
そう言って、ネルは道具袋から何かの薬品の詰まったフラスコを取り出しニンマリ笑った。


彼等は小島の手前の、身を隠せる程度の大きさの岩まで接近することに成功した。
「・・・・・・探せ、竜の子を。新たな守護者となるべき、古竜の裔を」
くぐもってはっきりとは聞き取れなかったが、数メートル先の黒衣の男はそう夜種に命じた。
「スエってなんだ?」
「子孫とか、そんな感じの意味じゃないか?」
パリスのどうでも良い質問に、ヴァンもどうでも良いとでも言わんばかりの適当な答えを返す。
「どうやら、あの黒頭巾は随分と竜にご執心みたいだな」
小島の夜種達の様子を観察して、こちらに気付いていない事を確認する。
「ネル、この距離からでも届くか?」
「余裕だね」
ヴァンの問いにネルが親指を立てて答える。
「でよ、それ結局何なんだよ?」
パリスの指は、ネルの手にしたフラスコを差していた。
「だから、さっきも言ったでしょ?今週のビックリドッキリ道具だって」
その名前では、どちらかというと嫌な予感しかしない。
「これ投げたら、耳塞いでね。あと目も瞑ってくれたら更に良し」
「なるほど、そういうものか。・・・・・・まさか全部木っ端微塵とか、そういうオチは無いよな?」
ネルの忠告に、ヴァンもパリスもその効能を理解した。
「なったらごめんね」
「おいおい・・・・・・」
「えいっ」
予告も無しに、彼女は突然フラスコを小島目掛けて投げ付けた。
ヴァンとパリスは慌てて耳を塞ぐ。
フラスコは空を切り、小島にぶつかる寸前に。
黒衣の男の手にした得物で撃墜された。
しかし、その行為は無意味に終わる。用は衝撃が与えられれば良かったのだ。
フラスコ内の液体は、トカゲの糞を精製した爆薬と油を混ぜ合わせたものだ。
すぐさま、熱風と衝撃が小島全体に広がった。
「馬鹿かお前は!投げる前になんか言えよ!」
ヴァンがネルの頭を小突く。
「結果オーライって事で、許して?」
「オーライも何も、煙が収まるまではなんとも・・・・・・」
ヴァンの言葉を遮るように、爆煙を切り裂き黒衣の男が現れた。
「何者だ・・・・・・」
男自身にも、彼の乗る馬にも被害は何も無いようだった。
「嘘だろ?まさか、音と煙だけの爆弾だってか?」
「そんな訳ないでしょ・・・・・・」
やがて煙が晴れ、バラバラに砕けた夜種達の骸が小島に転がっているのが確認出来た。
「マジだ、すげぇ」
「ほらね?」
「お前等、今はそれどころじゃなく!」
感心するパリスと鼻高々のネルを叱咤して、ヴァン達は小島へと乗り上げた。
「よう、黒尽くめ。色々話してもらおうか?」
短剣を構え、ヴァンは目の前の敵を睨みつけた。
「・・・・・・貴様等からは、奇妙な力を感じるな」
黒衣の男は、まるで準備運動でもするかの様に大槌を振り回した。
相当な重量であろうそれを、黒衣の男はまるで小枝でも振るかの様に軽々と扱う。
「我が名は魔将ナムリス。来い、人の子よ。その命、皇帝陛下に捧げよう・・・・・・」
そして、戦いの火蓋は切られた。


さて、どうするか。
ヴァンは目の前の敵に思案を巡らせる。
馬上にいて、長い得物を手にした敵との戦いなんてした事が無い。
それでも、それがどれだけ厄介なものかは理解出来る。
迂闊に近寄る事は出来ない。かと言って、この間合いでは攻撃出来ない。
「来ぬのなら、こちらから行くぞ」
突っ込んでくる。そう警戒したヴァン達を襲ったのは、意外な攻撃だった。
何かを呟き、槌を振るう。
たちまち黒い渦が発生し、ヴァン達を飲み込んだ。
「魔法・・・・・・!?」
その正体に気付くと共に、彼等の全身を激痛が襲う。
闇の投影が、傷を与えずに痛覚のみを刺激する。
その隙を逃す事無く、ナムリスがヴァン目掛けて突進する。
「舐め・・・・・・んな!!」
痛みを堪え、薙ぎ払う様な槌の一撃を回避する。
「大丈夫か!?」
体勢を立て直し、パリスとネルの状態を確認する。
「この位、平気!」
既に立ち直ったネルが手斧を構え、万全をアピールする。
パリスも同様に歯を食いしばって立ち上がり、小島を旋回する様に走り回るナムリスを睨む。
「チョロチョロ走り回りやがって・・・・・・!」
パリスが棍棒を放り投げ、代わりに鉤爪の付いたロープを手に取る。
「ちったぁ大人しくしてろ!!」
馬上のナムリスを引き摺り降ろすべく、その縄を投げ付ける。
寸分狂う事無く馬の軌道上に走った縄は、惜しくも先端の鉤爪を槌で殴られ弾かれた。
だが、その一瞬の隙を狙ったかの様に、パリスの持っていた棍棒が矢の如き速度で飛んできた。
ネルがパリスの投げ捨てたそれを拾いあげ、放り投げたのだ。
頭部に直撃を食らったナムリスが、バランスを崩し落馬する。
「今なら・・・・・・!」
ナムリスが倒れたのを確認して、短剣を手にしたヴァンが駆け寄る。
しかし、その鼻先を振り回された大槌が掠める。
派手にすっ転び、尻を強かに床へ打ちつけつつも、ヴァンは直撃だけは回避した。
「愚かな・・・・・・」
ナムリスはまるで何事も無かったかの様に、悠然と立ち上がってみせた。
「人の手では、我は倒せぬ・・・・・・」
そして彼の元に愛馬が恭しく歩み寄り、ナムリスが再びその背に跨る。
「諦めよ、人の子よ」
「・・・・・・わかった、あきらめるよ」
ナムリスの低く響く声に、ネルが答える。
「おい、ネル・・・・・・」
「あんたを今やっつけるのはね!!」
そう言って、彼女は石の様な何かを足元目掛けて投げ付けた。
直後、辺りはたちまち濃密な煙幕に包まれた。

 


ここはどこだ?
・・・・・・雨の音がする。黴臭い。薄暗い。
牢屋だ。牢の中には数人の兵士と女がいる。
黒くて長い髪。・・・・・・母さん。
母さんに、立派な服を来た男が何か話している。
その男が、カムールが母さんから離れると、代わりに兵士が歩み寄る。
その手には、大きな斧が握られている。
兵士が、母さんの首を目掛けてその斧を――

 

 

夢から引き摺り出されたヴァンが目を開くと、ネルの顔が凄まじい程の至近距離にあった。
「うわぁああああああああああ!?」
突然の出来事に、ヴァンは間髪入れずに絶叫を上げた。
「あ、起きた!良かったー・・・・・・」
「全く、心配ばっかりかけさせおって」
安堵するネルとラバン爺。倒れているパリスの足元に佇むメロダーク。
アルソンがパリスに人工呼吸をしている。どっちもお気の毒に。
覚醒し始めた意識の中で、ヴァンはこれまでの事を思い出す。
魔将とかいう奴との戦いの最中に、ネルが何かを地面に叩き付けた。
途端に煙が立ち込め、突然ネルに担ぎ上げられた。
その担ぎ方が乱暴で、まるで体当たりでもされた様な衝撃だった。
この様を見るに、恐らくそのまま湖に投げ込まれたのだろう。
「・・・・・・なんでラバン爺達がここに?」
「通路を下りてると湖で溺れてるお前等の姿が見えてな。そこの小船で拾ってやったんだ」
ラバンの指差す方には小船があった。今いる場所は、湖の水面より相当高い場所の様だ。
「・・・・・・ここは?」
「竜の頭蓋骨の上だ。ここならあいつらも簡単には来れまい」
状況を把握したヴァンが、今度はネルの方を見やる。
「今度からは、前もって教えてくれよ」
「気をつけまーす」
続いて、もうひとつの疑問の解決に取り掛かる。
「・・・・・・したのか?人工呼吸・・・・・・」
「する前に起きちゃった」
「そうか・・・・・・」
胸を撫で下ろすヴァンに、ネルが不服そうに頬を膨らませた。
「うげぇえええええええええ!?」
パリスもアルソンの人工呼吸の甲斐あって目を覚ました。寝起きは最悪だろう。
一応の危機は乗り越えたが、それだけだ。
あの男を、魔将ナムリスを倒さない限りは先へと進めない。
「・・・・・・人間よ、何をしに来た」
不意に、彼等の耳に何者かの声が響いた。

 

第9話 魔将 ― ナムリス ―  了

~ fated child, undecided fate ~ 第8話

それは、ひばり亭で解散してから何時間も経った頃だ。
眠りに就く事が出来ずに、キレハは河岸をぶらぶらと散歩していた。
眠れない理由は考え事だとか悩みとか、そういう類が原因だった。
しかし、それを吹き飛ばす様なものを彼女は目にする。
「ヴァン?・・・・・・あいつ、こんな時間に何やってるの?」
港から町中へと続く道を、彼は歩いていた。
彼の様子はどこかおかしかった。
腰には短剣を納めた鞘がぶらさがっており、気配を押し殺しながら歩いている。
「もう遺跡に行くつもり?・・・・・・そんな訳無いわよね」
彼の行動を不審に思い、少なからず暇潰しにもなるといった期待を込めて彼女は後を着けた。
その行為を、後に彼女は後悔する事となる。

 

 


Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第8話 飼犬 ― よごれもの ― 

 

 

話は、それより数十分前に遡る。
「よっ。待ってたよ、ヴァン」
港に構えたピンガーの事務所を兼ねた店に、ヴァンは来ていた。
事務所にはランタンの灯がついているだけで、彼等以外は誰もいない。
彼がヴァンに耳打ちしたことは、暗殺の打ち合わせへの誘いだった。
「ま、座ってくれよ」
ピンガーの促すままに、彼の指差した椅子に腰を下ろす。
やがてピンガーも対面の椅子に腰掛け、ヴァンに向き合った。
「さて、今回の獲物についてなんだけど・・・・・・お前さ、カーケンって街は知ってるよな?」
カーケンはホルム領のちょうど真南に位置する、自由都市国家群の首都だ。
「今回の騒ぎで、ちょっとボク的に厄介な商人が来ちゃってさ。
 若いので脅しかけても、全然折れてくれなくってね。
 おまけに本格的にホルムに腰を下ろすつもりで家まで借りちゃう始末さ。まいっちゃう訳よ」
「・・・・・・そいつを殺せと?」
「そう!これからも各地の商人が押し寄せるだろうから、その見せしめ代わりにもね」
「わかりました。決行日は?」
「今日、今からで頼むよ。そのつもりでその格好で来たんだろう?」
「・・・・・・そいつの家は?」
「ひばり亭の向かいの通りの・・・・・・まぁ、地図を見ればわかるよ」
そう言って、紙に書き殴った簡素な地図をヴァンに手渡す。
赤いインクで丸の付けられた場所が、例の商人の家だった。
「報酬は例の通り、そいつの顔の皮と交換で渡そう」
「わかりました。・・・・・・それでは」
早々に打ち合わせを切り上げ、ヴァンは扉を開いて夜の闇に溶けていった。
「・・・・・・全く、弱みのある奴は便利だよ。使えるだけ使わしてもらうよ、犬野郎」
高級なブランデーをグラスに注ぎ、一口呷ってピンガーはひとり呟いた。


きっかけは3年前のある日の事だった。
たまたま一人でピンガーの事務所を訪れていたヴァンに、ピンガーが声を掛けた。
ピンガーに初めて依頼された暗殺の仕事は、ヘマを犯した先輩への制裁だった。
「お前には期待してるんだよ。腕っ節もあるし肝も据わってる」
そう言うピンガーの頼みを、最初はヴァンも断った。
「俺にはそんな事、出来ませんよ。他を当たってくれませんか?」
しかし、断りの言葉を告げたヴァンに対し、彼はこう言い放った。
「お前等の妹・・・・・・チュナだっけ?中々良い女になりそうじゃないか」
パイプをふかし、その煙をヴァンの顔目掛けて吹き付ける。
「ボクが娼館の経営もしてるのは知ってるよね?
 お前の妹を、そこにブチ込んでやっても良いんだよ?」
「手前・・・・・・ふざけんな!!」
「おい、口が過ぎるぞ?野良犬風情が。誰のおかげで食わせてもらってるんだよ。ん?」
ピンガーはパイプに残る火のついた煙草を、ヴァンの膝に落とした。
顔を歪めながらも、ヴァンはピンガーを見据える。
その脳裏には、いつも危険な仕事をする自分達を咎めながらも、
いつも慕ってくれるチュナの笑顔を思い浮かべていた。
その笑顔を、壊したくない。
「・・・・・・俺が、俺がその仕事をすれば、チュナに手を出さないって、約束してくれますか?」
「当然じゃないか。そうだ、パリスにも伝えておきなよ。2人いればしくじらないだろう」
次に脳裏に浮かんだのは、能天気でどこか抜けてる、相棒とも言うべき義兄の顔。
パリスもまた、笑い顔が思い浮かんできた。
その笑顔を、壊したくない。
「いえ・・・・・・。俺一人でやります」
「そうかい。それと、しくじったらどうなるかはわかるよね?」
「・・・・・・はい」
「ならいいよ。それじゃ、行っておいで」
はじめての暗殺の標的である先輩の犯したミスは、暗殺のし損ないだった。
失敗すれば、今度はヴァンがその的になり、先程の約束も反故にされる。
そして彼は依頼を成功させ、その後も何度かその手で人を殺めてきた。
ほんの僅かな報酬と、家族が笑顔で明日を迎えられる希望と引き換えに。
彼が、彼等がこの町で生きていくには、この手を汚し続けなければならない。
その事実は、彼を何度も苦しめた。それでも、もう逃れる事は出来ない。
首輪はもう、この首に掛けられているのだと自覚しているのだから。
「・・・・・・もう引き返せないんだよ」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、彼はカーケンの商人の家に忍び込んだ。


キレハは家屋の陰に隠れて、姿を消したヴァンが現れるのを待っていた。
一件の家に忍び込んでから、十数分でヴァンは再びその姿を現した。
その手には何かを詰め込んだ袋が握られている。
そして、夜風に混ざる仄かな血の臭いを彼女は嗅ぎ取った。
「あの馬鹿、まさか・・・・・・!」
一体何の為にあの家に忍び込んだのかは知らない。
だが、彼は人を殺した。その疑惑は、もはや確信に近いものだった。
彼を問い詰めようとするも、彼女は彼の顔を見てしまう。
ヴァンの顔は、今にも泣き出しそうな程に悲しげな表情をしていた。
「・・・・・・良くわからない奴なのは、どっちよ」
結局、ヴァンを問い詰める事はせずに、彼女はひばり亭へと引き返した。


「ん・・・・・・。おう、ヴァン。もう起きてたのか」
パリスが目を覚ました時、ヴァンは台所で湯を沸かしていた。
「ああ。なんだか、眠れなくてな」
結局彼は報酬を受け取り家に帰ったあとも、眠る事は出来なかった。
身体を洗い、血の臭いを落としてからはずっとベッドに腰掛けうつむくだけだった。
「探索中にぶっ倒れるなよ?」
「俺を誰だと思ってるんだよ」
沸いた湯で安物の茶を淹れ、それを満たしたカップとパンをパリスに手渡す。
彼等の簡素な朝食だ。チュナが元気にしている頃でも、スープが付いている程度の差だが。
「・・・・・・俺が言うのもアレだけどよ、あんまり無理すんなよ」
茶をすすりながらパリスがヴァンに忠告する。
「まーた兄貴ヅラしやがって」
「そりゃあ、俺はお前の兄貴なんだからな」
そう言って、パリスは白い歯を覗かせ微笑む。
その笑顔を守る為に手を汚したヴァンは、その笑顔にいつも救われ、傷付く。
「・・・・・・はいはい、そうですね」
そんな本心を押し殺すように、硬くなったパンを咀嚼し茶で流しこんだ。
味気無い朝食を済ませ、身支度を終わらせる。
「それじゃあ、行ってくるぜ」
パリスが眠るチュナの額に手を当て、そう呟く。
ヴァンも彼女の姿を目に焼きつけてから、ドアを開いた。


「ちーっす」
パリスの間延びした挨拶と共にひばり亭に来た頃には、既に全員が揃っていた。
「おはようございます!それでは、薔薇戦士倶楽部、出発!!」
「待て。そのチーム名は駄目だし、全員では行かないって昨日言っただろう?」
逸るアルソンを、ヴァンがすかさず制する。
昨夜の酒の席で、彼等は今後の探索の方針の軽い打ち合わせをしていた。
3人2組で遺跡に潜り、残りの面々や負傷者、体調を崩した者は不測の事態に備えて待機。
このスタンスで今後の探索を進める事が決定されたのだ。
「とりあえず、キレハ君は休んだ方が良いんじゃないかな?」
テレージャが隣に佇むキレハの顔色を見て、そう提案する。
彼女の顔色は随分と悪く、探索に連れていくには少し不安な様子だった。
「・・・・・・わかったわよ」
それだけ告げて、彼女はさっさと自室に戻っていってしまった。
「なんだ、あいつ?ああ、あれか。お月さまの日か」
そう発言したパリスを、ネルが渾身のラリアットで薙ぎ倒した。
結局、今日遺跡に潜るのはヴァン、ネル、パリスの組とラバン、アルソン、メロダークの組。
テレージャとフラン、キレハが待機する事となった。
「なんで男ばっかり・・・・・・」
肩を落とすラバンを慰める者は、特にいなかった。
各々が装備や仲間の体調を確認し、健闘を祈る言葉を掛け合い、彼等は再び遺跡を目指した。
「そういえばさ、この間引っ越してきた商人って知ってる?」
道すがら、ネルがそんな事を切り出す。
「ああ?誰だよそれ。知らねえな」
「カーケンから来た人みたいなんだけど、昨夜殺されたんだって」
彼女の言葉に、ヴァンの脳裏に昨夜の記憶が蘇る。
夜の霧、刃越しの肉の感触、血の臭い、剥ぎ取った顔の皮、涙、吐瀉物、後悔、首輪。
「なんだよそれ。物騒だな、おい」
ネルの話を聞いて、パリスが関心なさそうな顔をしてそう返す。
「遺跡がらみの犯行だったりしてね」
「おいおい勘弁してくれよ。“犯人はひばり亭にいる”とか、笑えない冗談だぜ?」
軽い調子で言葉を交わすパリスとネルに、ヴァンはしれっとした顔を通すので精一杯だった。
「・・・・・・ヴァン、どうしたの?」
そんな彼の様子を、ネルが目ざとく気付いて尋ねる。
「ん?いや、ちょっと遺跡の事を考えてた」
「そっか、ならいいや。そうだよね、今考えなきゃいけないのは遺跡の事だもんね」
やがて彼等は洞窟に足を踏み入れ、薄暗い道を慎重に進む。
ヴァンはチュナの顔を思い出し、昨日彼を呼んだ声の主を思い出し、前へと進む。
しかし、その首に巻き付けられた首輪の存在を振り切る事は出来なかった。

 

第8話 飼犬 ― よごれもの ―   了

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