「おいおい、なんだよこれ?」
目の前に広がる光景に、パリスが素っ頓狂な声を上げる。
昨日の探索で見つけた階層の、更にその下層。
長い螺旋階段を降りた先には、広大な空間が広がっていた。
その岩壁に沿って、これもまた螺旋状に通路が続いている。
ただ、そこには異質な物があった。
何層もの通路に跨る程の、巨大な生物の骨が地層から露見していた。
「これ、もしかして竜の骨とかかな?」
「多分そうだろうな。こんなでかい生き物、見たこと無い」
ヴァンとネルもその景色に感嘆する中、パリスがふと思いつく。
「なぁ、ちょっと削って持って帰ってみようぜ?」
「やめといた方が良いよ。バチが当たっても・・・・・・」
パリスの提案をネルが止めようとするが、それより早くヴァンが歩き出していた。
「ヴァンまで!?」
「・・・・・・あ。しまった、さっき説明するの忘れてたな」
昨夜、ひばり亭で解散してからの事を、都合の悪くならない程度に説明する。
ピンガー商会で、遺跡で出た珍しい物を買い取ってくれる。その程度の説明だ。
「そんなの買い取って・・・・・・ああ、需要はありそうだもんね」
「貴族だとかそういう連中は好きそうだろ?貴重な物とか珍しい物がさ」
ネルから一応の納得を得て、彼等は通路を下りながら竜の亡骸へと近付く。
そして彼等が、丁度竜の背骨の辺りに差し掛かった頃だった。
「・・・・・・何か近付いてきてるぜ」
パリスが遠くから歩み寄る何者かの気配を察知した。
その言葉に、彼等は岩壁と骨との間に出来た隙間に身を隠す。
通路を歩いて来たのは、列を成して行進する夜種達だった。
「ヒュムヒャックヲ殺せ!宮殿ニ入レサせるナ!将軍閣下ノ命令ダ!!」
戦闘を歩く、他よりも上等な装備をしている夜種が甲高い声で叫ぶ。
「竜の子供ヲ探セ!新シい守護者ノ礎ヲ探セ!将軍閣下ノお望ミダ!!」
まともにぶつかっては危うい数の夜種が、彼等のすぐ横を通り過ぎていく。
やがてその足音が遠のいたのを確認した上で、ヴァンが隙間から顔を覗かせ周囲を見る。
「・・・・・・よし、出ても大丈夫だ」
息を潜めて狭い空洞に詰め込む様に隠れた3人は、外に出るなり深呼吸をした。
「ふー・・・・・・。良かったね、みんなでぞろぞろ行かなくて」
一安心といった様子のネルが、昨夜の話し合いの中心となったヴァンの顔を見る。
「全くだな。しっかし、あいつ等一体何なんだろうな?」
パリスの疑問は尤もだった。群を成して行動する夜種はとっくに見てきたが、
今しがたこの通路に現れた夜種はそれとはまた違っている。
言うなれば、兵隊の様な夜種だった。
「気になる事も言ってたな。将軍だとか宮殿だとか、竜の子供だとか」
パリスが列挙したものはどれもが遺跡の核心に迫るものに聞こえる。
「この先に、何があるんだろうね」
ネルが地下空洞の底を見つめてみるが、ここからではただ真っ暗な闇しか見えない。
改めて気を引き締め、彼等は螺旋状の通路を再び下り始めた。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第9話 魔将 ― ナムリス ― 

 

 

長い道程になるかと思われた螺旋の通路だったが、予想は良い方向に裏切られる事となった。
岩壁には何箇所かに脇道へと続く扉が設けられており、下るのはあっという間だった。
螺旋状の通路の終点、そこに構える一団が視界に捉えられる距離までは。
かがり火に照らされ、その姿がぼんやりと浮かび上がる。
巨大な地底湖の真ん中に小島が浮かんでおり、そこに夜種が集結している。
武装した夜種が囲んでいるのは、黒い外衣を着込んだ何者かだった。
黒い馬にの様な生物に跨り、槍か何かの様な大きな槌を手にしている。
「・・・・・・あれが夜種の親玉か?見た感じは人間みたいだけどよぉ」
遠巻きに様子を観察するパリスが小声でヴァンに問いかける。
頭部は外衣のフードに隠れ伺い知れないが、そのシルエットは明らかに夜種とは違った。
「恐らくな。・・・・・・あんな物騒な怪物を率いてるんだから、一筋縄じゃ行かないだろう」
だが、この先に進むにはあの小島の先に続く道を通らなくてはいけないようだ。
衝突は、避けられない。
「ラバン爺達も、こっちに来るかな?」
「どうかな。出来れば俺達だけで相手にしたく無いけど・・・・・・」
ラバン達とは遺跡に着いてすぐに違うルートに別れたが、いずれはここに辿り着く可能性が高い。
ただ、あくまで可能性の話だ。探索中の行動、ルート選定は各チームの判断に委ねている。
このままここで来る保障の無い増員を望んで待ち続ける訳にもいかない。
「問題は、あの夜種の数だよな・・・・・・」
取り巻きが、せめて半分にでもなってくれれば3人でも恐らく大丈夫だろう。
問題は、その方法だ。どうやって頭数を減らす?
「ヴァン、わたしにまかせて」
そう言って、ネルは道具袋から何かの薬品の詰まったフラスコを取り出しニンマリ笑った。


彼等は小島の手前の、身を隠せる程度の大きさの岩まで接近することに成功した。
「・・・・・・探せ、竜の子を。新たな守護者となるべき、古竜の裔を」
くぐもってはっきりとは聞き取れなかったが、数メートル先の黒衣の男はそう夜種に命じた。
「スエってなんだ?」
「子孫とか、そんな感じの意味じゃないか?」
パリスのどうでも良い質問に、ヴァンもどうでも良いとでも言わんばかりの適当な答えを返す。
「どうやら、あの黒頭巾は随分と竜にご執心みたいだな」
小島の夜種達の様子を観察して、こちらに気付いていない事を確認する。
「ネル、この距離からでも届くか?」
「余裕だね」
ヴァンの問いにネルが親指を立てて答える。
「でよ、それ結局何なんだよ?」
パリスの指は、ネルの手にしたフラスコを差していた。
「だから、さっきも言ったでしょ?今週のビックリドッキリ道具だって」
その名前では、どちらかというと嫌な予感しかしない。
「これ投げたら、耳塞いでね。あと目も瞑ってくれたら更に良し」
「なるほど、そういうものか。・・・・・・まさか全部木っ端微塵とか、そういうオチは無いよな?」
ネルの忠告に、ヴァンもパリスもその効能を理解した。
「なったらごめんね」
「おいおい・・・・・・」
「えいっ」
予告も無しに、彼女は突然フラスコを小島目掛けて投げ付けた。
ヴァンとパリスは慌てて耳を塞ぐ。
フラスコは空を切り、小島にぶつかる寸前に。
黒衣の男の手にした得物で撃墜された。
しかし、その行為は無意味に終わる。用は衝撃が与えられれば良かったのだ。
フラスコ内の液体は、トカゲの糞を精製した爆薬と油を混ぜ合わせたものだ。
すぐさま、熱風と衝撃が小島全体に広がった。
「馬鹿かお前は!投げる前になんか言えよ!」
ヴァンがネルの頭を小突く。
「結果オーライって事で、許して?」
「オーライも何も、煙が収まるまではなんとも・・・・・・」
ヴァンの言葉を遮るように、爆煙を切り裂き黒衣の男が現れた。
「何者だ・・・・・・」
男自身にも、彼の乗る馬にも被害は何も無いようだった。
「嘘だろ?まさか、音と煙だけの爆弾だってか?」
「そんな訳ないでしょ・・・・・・」
やがて煙が晴れ、バラバラに砕けた夜種達の骸が小島に転がっているのが確認出来た。
「マジだ、すげぇ」
「ほらね?」
「お前等、今はそれどころじゃなく!」
感心するパリスと鼻高々のネルを叱咤して、ヴァン達は小島へと乗り上げた。
「よう、黒尽くめ。色々話してもらおうか?」
短剣を構え、ヴァンは目の前の敵を睨みつけた。
「・・・・・・貴様等からは、奇妙な力を感じるな」
黒衣の男は、まるで準備運動でもするかの様に大槌を振り回した。
相当な重量であろうそれを、黒衣の男はまるで小枝でも振るかの様に軽々と扱う。
「我が名は魔将ナムリス。来い、人の子よ。その命、皇帝陛下に捧げよう・・・・・・」
そして、戦いの火蓋は切られた。


さて、どうするか。
ヴァンは目の前の敵に思案を巡らせる。
馬上にいて、長い得物を手にした敵との戦いなんてした事が無い。
それでも、それがどれだけ厄介なものかは理解出来る。
迂闊に近寄る事は出来ない。かと言って、この間合いでは攻撃出来ない。
「来ぬのなら、こちらから行くぞ」
突っ込んでくる。そう警戒したヴァン達を襲ったのは、意外な攻撃だった。
何かを呟き、槌を振るう。
たちまち黒い渦が発生し、ヴァン達を飲み込んだ。
「魔法・・・・・・!?」
その正体に気付くと共に、彼等の全身を激痛が襲う。
闇の投影が、傷を与えずに痛覚のみを刺激する。
その隙を逃す事無く、ナムリスがヴァン目掛けて突進する。
「舐め・・・・・・んな!!」
痛みを堪え、薙ぎ払う様な槌の一撃を回避する。
「大丈夫か!?」
体勢を立て直し、パリスとネルの状態を確認する。
「この位、平気!」
既に立ち直ったネルが手斧を構え、万全をアピールする。
パリスも同様に歯を食いしばって立ち上がり、小島を旋回する様に走り回るナムリスを睨む。
「チョロチョロ走り回りやがって・・・・・・!」
パリスが棍棒を放り投げ、代わりに鉤爪の付いたロープを手に取る。
「ちったぁ大人しくしてろ!!」
馬上のナムリスを引き摺り降ろすべく、その縄を投げ付ける。
寸分狂う事無く馬の軌道上に走った縄は、惜しくも先端の鉤爪を槌で殴られ弾かれた。
だが、その一瞬の隙を狙ったかの様に、パリスの持っていた棍棒が矢の如き速度で飛んできた。
ネルがパリスの投げ捨てたそれを拾いあげ、放り投げたのだ。
頭部に直撃を食らったナムリスが、バランスを崩し落馬する。
「今なら・・・・・・!」
ナムリスが倒れたのを確認して、短剣を手にしたヴァンが駆け寄る。
しかし、その鼻先を振り回された大槌が掠める。
派手にすっ転び、尻を強かに床へ打ちつけつつも、ヴァンは直撃だけは回避した。
「愚かな・・・・・・」
ナムリスはまるで何事も無かったかの様に、悠然と立ち上がってみせた。
「人の手では、我は倒せぬ・・・・・・」
そして彼の元に愛馬が恭しく歩み寄り、ナムリスが再びその背に跨る。
「諦めよ、人の子よ」
「・・・・・・わかった、あきらめるよ」
ナムリスの低く響く声に、ネルが答える。
「おい、ネル・・・・・・」
「あんたを今やっつけるのはね!!」
そう言って、彼女は石の様な何かを足元目掛けて投げ付けた。
直後、辺りはたちまち濃密な煙幕に包まれた。

 


ここはどこだ?
・・・・・・雨の音がする。黴臭い。薄暗い。
牢屋だ。牢の中には数人の兵士と女がいる。
黒くて長い髪。・・・・・・母さん。
母さんに、立派な服を来た男が何か話している。
その男が、カムールが母さんから離れると、代わりに兵士が歩み寄る。
その手には、大きな斧が握られている。
兵士が、母さんの首を目掛けてその斧を――

 

 

夢から引き摺り出されたヴァンが目を開くと、ネルの顔が凄まじい程の至近距離にあった。
「うわぁああああああああああ!?」
突然の出来事に、ヴァンは間髪入れずに絶叫を上げた。
「あ、起きた!良かったー・・・・・・」
「全く、心配ばっかりかけさせおって」
安堵するネルとラバン爺。倒れているパリスの足元に佇むメロダーク。
アルソンがパリスに人工呼吸をしている。どっちもお気の毒に。
覚醒し始めた意識の中で、ヴァンはこれまでの事を思い出す。
魔将とかいう奴との戦いの最中に、ネルが何かを地面に叩き付けた。
途端に煙が立ち込め、突然ネルに担ぎ上げられた。
その担ぎ方が乱暴で、まるで体当たりでもされた様な衝撃だった。
この様を見るに、恐らくそのまま湖に投げ込まれたのだろう。
「・・・・・・なんでラバン爺達がここに?」
「通路を下りてると湖で溺れてるお前等の姿が見えてな。そこの小船で拾ってやったんだ」
ラバンの指差す方には小船があった。今いる場所は、湖の水面より相当高い場所の様だ。
「・・・・・・ここは?」
「竜の頭蓋骨の上だ。ここならあいつらも簡単には来れまい」
状況を把握したヴァンが、今度はネルの方を見やる。
「今度からは、前もって教えてくれよ」
「気をつけまーす」
続いて、もうひとつの疑問の解決に取り掛かる。
「・・・・・・したのか?人工呼吸・・・・・・」
「する前に起きちゃった」
「そうか・・・・・・」
胸を撫で下ろすヴァンに、ネルが不服そうに頬を膨らませた。
「うげぇえええええええええ!?」
パリスもアルソンの人工呼吸の甲斐あって目を覚ました。寝起きは最悪だろう。
一応の危機は乗り越えたが、それだけだ。
あの男を、魔将ナムリスを倒さない限りは先へと進めない。
「・・・・・・人間よ、何をしに来た」
不意に、彼等の耳に何者かの声が響いた。

 

第9話 魔将 ― ナムリス ―  了