「・・・・・・人間よ、何をしに来た」
何処からともなく響いたその声に、全員が顔を合わせる。
周囲を見渡し、夜種も他の探索者をいないのを確認したあたりで、ひとつの可能性が浮かぶ。
この、自分達の座している竜の頭蓋骨からの声では無いかと。
「自由を奪うだけではあきたらず、我が死をも穢そうというのか?」
再び響いたその声に彼等は確信する。この声の主は、やはりこの竜の亡骸だ。
「な、ななななあヴァン、俺達、たたたた祟られるのかなぁ?」
幽霊だとかお化けだとかに弱いパリスがガタガタ震えてヴァンの肩を掴む。
彼等は確かに、竜の骨を削って持ち帰ろうとした。結局未遂に終わったが。
「・・・・・・竜さんよ、聞こえるか?俺達はそんなつもり無い」
ヴァンの言葉を亡骸は黙殺した。
「・・・・・・聞こえないのか?」
再び声を上げたヴァンを、突然の眩暈が襲う。
まるで意識を、竜の亡骸に吸い込まれるような感覚。
突然倒れたヴァンに、ネル達が悲鳴を上げて駆け寄った。


――聞こえるか?人の子よ。忌まわしき血の流れる者よ。
「聞こえてる。一体何をした?」
――忌まわしき人の子よ。されど力を持つ者よ。
「忌まわしき血?力?なんの事だよ」
――私はお前にひとつの望みを託す。
「質問に答えろ!お前は何だ!?」
――私は原初の時代を知る者。しかし人の王に捕らえられ、この塔に封じ込められた。
  そして私は守護者とされた。久遠とも思える時をこの地で過ごした。
「・・・・・・その守護者が、俺に何の用だよ」
――私はこの封印を逃れる為に、我が身を転生させた。
  新たな私は卵へと宿り、今いる私は肉塊となり骨となった。
  だが、新しい私には、まだ名前が無い。
  名を持たぬ竜は知識を得る事が出来ない。それでは真に誕生したとは言えない。
「・・・・・・それで、俺に何をしろと?」
――その手で、新たな私に名を与えよ。願 くば、新  私に 広い空 見   し
「どうした?何を言ってるんだ?」
――残され 時 余 に僅か  王   継 者  さ ど穢  き力を つ よ


なんのデジャブだろう、これは。
またしても至近距離にあったネルの顔を見て、ヴァンは心の中でそうごちた。
「大丈夫・・・・・・?」
「大丈夫だよ。みんな、心配かけたな」
何事も無かった様に立ち上がり、ケロッとした様子のヴァンが心配そうな周囲の顔を見渡す。
「なんだか、この竜に頼みごとされちまった」
彼の言葉に、全員の心配の対象がヴァンの体調から心の不調へとシフトした。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第10話 転生 ― エンダ ― 

 

 

「しかし、俄かには信じ難いな」
先導するラバンが、まだ心配そうにヴァンの顔を見やった。
もしヴァンの話が、彼の心の病では無いとしたならば。
竜の亡骸がヴァンに伝えた言葉が本当なのだとしたならば。
ラバン達には心当たりがひとつだけあった。
鍵が掛かっている訳でも無いのに、押しても引いても開かなかった扉。
まるで、強力な魔法か何かで封じられているかの様な扉。
夜種の捜索隊を何度か蹴散らした頃に、その扉の前に彼等は辿り着いた。
「・・・・・・ここみたいだね」
ラバンの話とは裏腹に、すんなりと開いた扉にネルが呟いた。
そこは、今やすっかり荒れ果ててはいるものの、どうやら礼拝堂の様だった。
祭壇の裏の壁に開いた穴からは、魔法に疎いヴァンやパリスにもわかる程の魔力が流れ出ていた。
「大丈夫なんですか?こんな所に降りて・・・・・・」
何やら尻込みをしているアルソンの顔をメロダークが見やる。
「恐れがあるのならそこに残れ。死神は怯えた者の首から刈るものだ」
突き放す様にそう言って、彼は率先してその穴へと降りていった。
「・・・・・・行けるか?」
「だ、大丈夫です!さぁ、皆さん行きましょう!」
恐れを振り払う様に、アルソンはメロダークの後を駆け足で追っていった。
もしもの事態に備え、ラバンとパリスに見張りを頼んでヴァンとネルもそれに続いた。


そこは、自然の洞窟だった。
その中心にはひとつの球体が鎮座している。
表面に入ったヒビからは、虹色の光が溢れ出ている。
そして、狭い洞窟の中にはまるで嵐の様に魔力が吹き荒れていた。
「・・・・・・名前、どうするの?」
未知への恐怖を打ち消す様に、ネルがヴァンにそんな事を尋ねた。
「どうするかな・・・・・・」
「名前なら僕に任せてくださいよ!」
「黙ってろ」「アルソンは駄目!」「・・・・・・お前には荷が重い」
「まだ何も言ってないのに!?」
ヴァンがその球体・・・・・・恐らくは、竜の転生したものが宿る卵に歩み寄る。
一歩踏み出す度に亀裂は広がり、光が溢れて魔力が暴走する。
気を抜けば吹っ飛ばされそうになるその中で、ふと幼い頃に読み聞かされた物語の事を思い出す。
7つの命を持つ英雄と、巨大な竜との戦いの物語。
その竜の名は。
「・・・・・・エンダ」
ヴァンの呟いたその名と共に、光と魔力の嵐が爆発した。


「だ・・・・・・大丈夫?」
ネルの声が全員の安否を確認する。
「おいおい、大丈夫か!?」
外で待機していたパリスとラバンも駆けつけ様子を伺う。
「ああ、大丈ぶ・・・・・・!?」
眩んだ目が機能を取り戻したヴァンが、その光景に目を見開いた。
卵のあった場所に立っていたのは、青い髪をした、幼い少女だった。
彼女は不思議そうに目をぱちくりさせ、やがて周囲の人間に気付いて岩陰に身を隠す。
「あれが・・・・・・竜?」
岩陰からじっとこちらを見つめるエンダを、ヴァンも負けじと見つめる。
「・・・・・・ほれ」
そしてポケットから包みを取り出し、その中身のチョコレートを出してみせた。
「喰うか?甘くて美味しいぞ?」
その光景に、ネルとパリスが思わず噴き出す。
「に、似合わねぇ事を・・・・・・」
「なんか、子供を誘拐してる人みたい」
しかし、エンダはとことこヴァンに歩み寄り、チョコレートを口に含んだ。
「・・・・・・おおー」
「な、美味いだろ?」
彼女は再びヴァンを見つめる。今度は岩陰ではなく、その場でじーっと。
「・・・・・・お前、お父さんか?」
「!?」
困った様なヴァンを見て、今度は全員が噴き出す。メロダークまで口元に笑みを浮かべている。
「いやいや・・・・・・。笑ってないで、助けてくれよ・・・・・・」
「そうだよ。この人が、エンダちゃんのお父さん」
「おいネル!!」
「お前がお母さんか?」
今度はネルを指差し、エンダがそう尋ねる。
「え!?ちちちちちちちちちち違うよ!?」
「なんでそんなに動揺してるの!?」
「ふーん・・・・・・」
二人の様子を見て、エンダは再び岩陰に隠れて様子を見だした。
「・・・・・・よし。みんな、行こう」
ラバンが突然そんな事を言いだした。
「え!?でも、女の子をこんな所に・・・・・・」
「いいから、行くぞ」
アルソンの制止を振り払い、ラバンが礼拝堂に続く細道を登り出す。
それに続いて、エンダを気にしつつも全員がそれに続く。
すると、彼女は岩陰を飛び出てとことこと彼等の後についてきた。
「イヤよイヤよも好きの内。ってな!」
歯を覗かせてニカッと笑い、ラバンは親指を立てて見せた。
なんか違うと思う。それがラバンに対する全員の意見だった。


「そこに隠れていたか、人の子よ」
「・・・・・・お出迎え、ごくろうさん」
礼拝堂には、魔将ナムリスが待ち構えていた。
その入り口は多数の夜種で塞がれている。今度ばかりは逃げられない。
「お前の友達か?」
エンダがヴァンの顔を見上げてそう聞く。
「いや、お友達じゃない・・・・・・」
ナムリスの言葉を思い出す。竜の子供を探せ。新たな守護者。
「結局、全部こいつの思うがままかよ」
そう吐き捨てたヴァンとナムリスを交互に見て、突然エンダが走り出した。
「うい!!」
そして、ナムリスを思いっきり殴り飛ばした。
「え?・・・・・・え!?」
目の前では、先程散々苦しめられた強敵が幼い少女に良いように殴る蹴るの暴行を受けている。
「・・・・・・人の力じゃ倒せない、とか言ってたよな?」
呆然とする一同に、ラバンが確認する。
「竜の力なら、倒せるんじゃないか?」
「いや、でもこれ、倒すというか・・・・・・」
もはや勝負では無い。一方的な暴力だ。
「そうか、そやつ、竜の子・・・・・・ぐあぁああ!?」
ナムリスはもはやボロボロだ。エンダの跳び蹴りをまともに喰らって無様に倒れる。
「お前、弱っちいな。悪そうな奴なのに生意気だ。エンダがこらしめてやる」
そう言って、彼女は思い切り息を吸い込み、吐き出した。
その呼気は灼熱の奔流となり、ナムリスと後ろの夜種を包み込んだ。
「ちょっとちょっと!?いくらなんでも無茶苦茶じゃない!?」
ネルの突っ込みを取り合う余地も無い程に、戦いはあっけなく幕を閉じた。
後に残った物は大量の灰とドロドロに溶けた大槌だけだった。
呆気に取られる一同の顔を見て、エンダは自信満々に笑ってみせた。


「やあ、おかえり」
ひばり亭に帰ってきた一同を読書をしていたテレージャが出迎えた。
「みんな聞いて聞いて!ヴァンがお父さんになった!!」
ネルの開口一番のその言葉に、ヴァンが顔を青くする。
「ネルこの野郎!!」
お父さんになったというヴァンの後を付いてきた小さな女の子。
「・・・・・・頑張れ、お父さん」
「ファイト、オー。ですよ」
状況を把握しかねるテレージャとフランが、出来る限りの言葉でヴァンを応援した。
「応援しないでお願い!!」
「おかえり・・・・・・!?えーと・・・・・・。誰、この子?」
遅れて姿を見せたキレハもエンダの姿を見て動揺しながら尋ねる。
「ヴァンの娘のエンダだ。よろしくな、キレハ」
ラバンまでネルに調子を合わせる始末だ。
「・・・・・・あらあら、大変ね。頑張りなさいよ、お父さん」
大体の話を理解したキレハが、悪戯っぽく笑ってヴァンにそう言った。
「やめて!俺をいじめないで!!」
困惑するヴァンを見上げて、エンダが残念そうな顔をする。
「エンダのお父さんじゃないのか?」
そして、ヴァンの困惑が混乱に変化し、間髪入れずに大混乱へと昇華する。
「・・・・・・い、いや。全然そんな事ないぞ?」
「そうか!わーい!!」
突然抱きつかれ、ヴァンの背骨が悲鳴を上げた。


「・・・・・・そういう訳で、明日は遺跡の奥にあるらしい宮殿の探索に取り掛かる」
明日の作戦会議をしているヴァン達の言葉に耳を傾ける者がいた。
「結構やるみてぇだな、あいつ等。・・・・・・ちょいと、利用してやるか」
そう呟いて、赤毛の少年は不敵な笑みを浮かべた。

 

第10話 転生 ― エンダ ―  了