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フリーゲーム『Ruina』の小説が書けたらいいですね。

長編

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~

夢見子




第1話  胎動 ― よびごえ ― Part.1  Part.2 
第2話  
呪詛 ― はじまり ―         
第3話  
決意 ― みちびき ―        
第4話  
邂逅 ― つどいしもの ―       
第5話  
同胞 ― しょうがい ―       
第6話  
共闘 ― せいぞん ―       
第7話  
結成 ― なかま ―         
第8話  
飼犬 ―よごれもの―         
第9話  
魔将 ―ナムリス―         
第10話 
転生 ―エンダ―           
第11話 
鬼子 ―しょうねん―        
第12話 
残骸 ―こうてい―         
第13話 
晴天 ―ひとやすみ―        
第14話 
廃都 ―しょうしつ―        
第15話 
障壁 ―とどかぬこえ―       
第16話 
戦人 ―めいせい―                    
第17話 
守人 ―ダーマディウス―                    
第18話 
霧中 ―ていたい―                    
第19話 
魔女 ―アイビア―                    
第20話 
忘却 ―きおく―                    
第21話 
空白 ―へんよう―
第22話 月下 ―こころ―                     
第23話 
囚人 ―ぎせい―
第24話

番外   
設定 ―もうそう―

~ fated child, undecided fate ~ 第23話

「帰りは良い良い、行きは怖い。っと」
「まあ、贅沢は言うものじゃないよ」
「・・・・・・テレージャ。これも、やっぱり・・・・・・」
「タイタスの魔術なのかどうか、かい?私には判別しかねるかな」
「わざわざ敵に塩を送る様な真似をするのでしょうかね?」
「・・・・・・それだけの余裕が有ると言う事なのだろう。或いは、我々の動向を楽しんでいるのか」
かつての宮殿の中を、彼等は歩いていた。
遺跡の入り口に存在する、触れた者を別の場所へと瞬時に転移させる魔法陣も万能では無かった。
帰りは何処から入っても洞窟の中へと続くものの、洞窟から入れば必ず廃墟の中へと送りこまれる。
よって、彼等の目指す森へと進むには廃墟の中の宮殿を経由する必要があった。
「けど、幽霊が出なくなったとは言え、なんだか寒気がしますね」
主が消え、それに伴いすべての住人が消えた宮殿は以前とは別の不気味さを醸し出していた。
「全くだ。夜中に一人でここを歩かせたら、ちょっとした罰ゲームになりそうだ」
「・・・・・・亡霊など恐れるべき相手でも無いと思うがな」
「いや、だってお化けですよ?怖いじゃないですか」
「前にも言った筈だが、生きてる相手を殺すよりは気が楽だろう」
「・・・・・・流石です、メロダークさん!僕はまだまだ未熟でした!!」
メロダークの持論にアルソンが涙を流しながら感服する。
だから、そういう問題でも無いだろうに。
ヴァンは敢えてそれを言わずに、森へと続く門に手を掛けた。


「さて、何かあるとすれば・・・・・・」
「あれだろうね」
森を覆っていた霧が晴れて初めて露になった、天を衝かんばかりに聳える大樹。
まるでおとぎ話や神話にでも出て来る聖なる樹の様に大きく、神秘的な姿。
「あれを登るだなんて、ぞっとしないね」
「じゃあ、宮殿で書物でも探してろよ」
「つれない事を言ってくれるじゃないか。」
時折現れる夜種を蹴散らし、森を奥深くへと進む。
「わあ、見てくださいよ、あれ!」
アルソンが指差す先には、背に蝶の様な羽を生やして宙を舞う人形の様な大きさの小人が居た。
それは、まさしく絵本の挿絵に描かれた妖精そのものだった。
「・・・・・・敵か?」
「どうだろうな。だったら、ちょっとやり辛いな」
とりあえず様子を見てみようとヴァンが踏み出すより早く、妖精はこちらへと飛んできた。
「やあ、僕パック!人間なんて珍しいね、迷い込んじゃったのかな?」
やたらと高い声で自己紹介と質問を矢継ぎ早に済ませ、呆気に取られたヴァン達の前で浮揚する。
「この森で、一番えらい奴って何処に居る?」
「あっちだよ!ついでに、出口はそっち!」
ヴァンの問いにパックが指差したのは、親玉が居る方は崖っぷち。森の入り口は検討違いの方向。
「いけない!もう霧なんて無かったんだ!」
「よーし。お前、敵だな?覚悟しろ」
「ひぃいいーーー!!」
悲鳴を上げながら、パックは凄まじい速度で逃げていった。
霧が出ていた頃は、こうして何人の探索者を迷わせたのだろうか。
「ロクでも無い妖精も居たもんだな」
「・・・・・・やはり、あの樹だな」
森の中を更に進み、やがて現れた大樹の元へと続く吊り橋へとヴァンが足を一歩踏み入れる。
その時だった。突如、大樹の方角から放たれた幾本もの矢がその足元を穿った。
「やったねヴァン君。大正解だ」
「こんなご褒美、願い下げだけどな」
「ここより先は妖精王の領土。穢れた人間共よ、一歩でも進めばそなた等の眉間を射る」
姿は見えないが、随分と美しい声が橋の掛かった渓流を越えて響き渡った。
その忠告に、ヴァン達は目配せをしあい、やがて頷く。
「立ち止まるなよ!!」
ヴァンの声と共に、彼等は一斉に橋へと駆け出した。
その間にも矢は次々と飛んで来る。それを避け、あるいは打ち落として尚も橋を駆け抜ける。
やがて、橋の向こうの射手の姿も鮮明に見えてくる。
彼等はいずれも長身に長髪。中性的な顔立ちをしており、その身体はぼんやりと輝いている。
人間では無かった。先程出会ったパックと姿形は違えど、彼等もまた妖精だ。
放たれた矢が服を、四肢を、顔を掠めつつも足を止めずに橋を突っ切る。
やがて橋を渡り切った所で、全速力の勢いをそのままに妖精達へと飛び掛る。
ヴァンが逆手に構えた短剣を、メロダークが腰を深く落として構えた大剣を振るわんとしたその瞬間。
鳥の囀る声の様な音と共に、彼等を包む様に突然の風が吹き抜けた。
それと共に、妖精達は顔色を変えて驚く。
そして、口惜しそうにヴァン達の顔を睨み、森の奥へと姿を消した。
「我等が王はそなた達を通せと申した。・・・・・・好きにするが良い」
最後の一人も、そう言い残して消えていった。
根元の近くから見上げるその樹は、まるでそのまま空のむこうへと辿り着けそうな程に高く聳える。
「・・・・・・なんで星が出てるんだ?」
見上げた枝葉の隙間から覗く空には、どこか無機質に輝く星達が浮かんでいた。
出発からここへと至るまで約二時間。星など見える筈も無い。
「ともかく、今は先に進もう。どうやら歓迎されているみたいだからね」
テレージャに促される形で、ヴァンは聳え立つ大樹へと再び歩を進める。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第23話 囚人 ― ぎせい ―

 

 

大樹の体内には遥か上へと続く階段が設けられていた。
先程の妖精達は、どうやらこの大樹を住処としているらしい。
「冗談きついぜ、これは・・・・・・」
ヴァンの脚の怪我は、治療に加えてテレージャ達の魔法の効果も有り、ほぼ問題無い状態ではある。
しかし、例え万全の状態だったとしても、余りにも厳しい道程だ。
それでも、先に進まなければならない。
彼等は意を決して、延々と続く階段を一歩ずつ登っていく。


「ヴァン君、私は疲れたよ」
「まだ5分も経ってないだろうが」
「おんぶしてくれたまえ」
「・・・・・・アルソン、出番だ」
「ぼ、僕ですか!?」
「そう、お前だよ。重そうな鎧を着込んで、しんどいだろうけど」
「・・・・・・いえ、これも鍛錬です!」
「君は少し、ものの言い方を考えた方が良いと思うな」


「流石に、ちょっと堪えるな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「メロダーク。お前、マントはどうした?」
「・・・・・・暑い」
ガシャン。
「鎧まで!?」
「暑いのだ。仕方あるまい」
ファサッ。
「うわぁああああああ!?」
「クール!!」


「アルソン君、急ぎたまえ。もうヴァン君達に完全に置いて行かれてしまったよ」
「そ、そんな、事、言っ、ても・・・・・・」
「・・・・・・よし、私が降りれば、少しは楽になるだろう?」
「それは、駄目、です!」
「何故だい?」
「き、騎士たる者、自分の、言葉を、曲げ、ては、いけま・・・・・・」
「・・・・・・アルソン君?」
「うぅううううおおおおおおおおおお!!」
「ちょ、ちょっと!走るのはやめ・・・・・・きゃあああああ!!」


階段のひとまずの終点、大樹の中腹に開けた広場で、ようやく一休みとなった。
「ハァッ・・・・・・はぁッ・・・・・・ぶおっ」
「アルソン、大丈夫・・・・・・じゃ、ないよな。どう見ても」
ヴァンが水筒を投げ渡すものの、それを飲むのも受け取るのも億劫な程にアルソンは疲れ切っていた。
「全く君は、なんであんな無茶をしたんだい?」
「その・・・・・・。騎士としての鍛錬を積みたくて・・・・・・」
宮殿でのメロダークの話を聞いてから、アルソンはただでさえ熱い血を更に滾らせていた。
その結果がこれである。
「・・・・・・多少の無茶をしてこその鍛錬だ。これからも励む事だな」
「せめて服だけでも良いから、着てから言えよ」
パンツ一丁で腕組みをするメロダークの言葉には、何のありがたみも無かった。
余談だが、アルソンの疲労の内、数パーセントは彼の脱ぎ捨てた鎧や衣服の回収に由来する。
「とにかく、今は遺跡の探索を最優先しているというのもあるけど、あまり無茶してはいけないよ?」
替えのタオルと床に転がった水筒をアルソンに渡しながら、テレージャが言い聞かせる。
「すいません、ありがとうございます・・・・・・。よし、元気百倍です!」
水筒の中身を一息に飲み干して、アルソンはすくと立ち上がった。
「いや、お前・・・・・・。まだまだ登るんだぞ?」
「はい!」
「はいじゃなく!全部飲むんじゃねえよ!」
「え?・・・・・・あー!?」
「・・・・・・妖精族の者から、何か飲む物でも貰えれば良いんだがね」
「毒でも盛られたら・・・・・・盛られても大丈夫そうだな。とりあえず、アルソンだけは」
「僕を何だと思ってるんですか!?」


今度は、大樹の外皮を彫り込んだ様な、螺旋状の坂を登り続ける。
手摺などある筈も無く、一歩間違えればすぐさまあの世へと突き落とされる。
「うわー、絶景ですね!」
にも関わらず、アルソンは目を輝かせながら先程の疲労が嘘の様に元気良く登っていく。
「あー・・・・・・。こいつもあれか、パリスの同類か」
「煙とナニは高い所が好きという、あれかい?」
「まあ、そんな所だ」
「・・・・・・そうだ。今度、キレハ君とここに来てみると良いよ」
「キレハと?なんでまた?」
「きっと、喜ぶと思うよ」
彼女の何かを企んでいる様な笑みに、ヴァンは意外そうな面持ちでパノラマを眺めた。
「・・・・・・やめておく。あいつの“喜ぶ”顔も見たいけど、苦労の割に合わねえ」
「そうかい。残念だよ」
時折軽口を叩きながら、上へ上へと突き進む。
そして、それは突然にやって来た。
「・・・・・・あれは?」
一瞬過ぎった巨大な影。
メロダークの見上げた先には、一羽の鳥が飛んでいた。
樹海の上を大きく旋回し、こちらへと向かい飛んでくる。
そして、こちらへと近付くにつれて違和感も大きくなる。
違和感の正体は、その余りにも異常な大きさだ。
「冗談だろ!?」
機械弓を構えるヴァンだったが、普段は頼もしいそれも、今は何の救いにもなりそうに無い。
唯一対抗出来そうなのはメロダークの大剣程度だが、体勢を崩せばすぐさま死神は彼を迎えに来るだろう。
逃げるしかない。
しかし、その結論を実行に移すより早く、巨鳥の爪は彼等四人の身体を纏めて掴み取った。
意識が消し飛びそうな程の速度で、巨鳥は大樹の上方へと飛んでいく。
そんな中で、ヴァンはそれを捉えた。
大樹の手前で妖精族の戦士と対峙した時と、同じ風を。


巨鳥が彼等を解放したのは自らの巣ではなく、大樹の頂上付近に広がる小さな集落の広場だった。
「・・・・・・みんな、大丈夫か?」
「なんとかね。・・・・・・心臓に悪いよ、まったく」
「もう、鳥さんのエサになるしかないのかと・・・・・・」
「・・・・・・もし、妖精の王とやらが呼びかけなければ、そうなっていただろうな」
メロダークも先程ヴァンが感じた風に気付いていた。
妖精達の王は、そうしてこの樹を守る者達に声を届けているらしい。
なんとか立ち上がった彼等の前に、一人の妖精族の者が姿を見せる。
「旅の方々よ、よくぞ参られました。我等の王がお待ちです」
そう告げる妖精は、集落のあちこちでこちらの様子を見ている者達よりも立派な服を着ている。
どうやら彼は、妖精族の王に仕える者らしい。
「・・・・・・なあ、あんた達はずっとこの森で暮らしてるのか?」
前を歩く王の使者にヴァンが声を掛けるが、彼は何も答えない。
「あんた達は一体何なんだ?俺達の味方なのか?敵か?それとも・・・・・・」
「どちらでもございません。・・・・・・ただ、我々妖精族は得てして人間を憎んでおります」
王の使者は涼しい顔のまま、ヴァンにそう釘を刺した。
押し黙る一行の目の前に、王の居城と思しき屋敷が現れたのはそれからすぐだった。
冷たく、穏やかな銀の光に包まれた屋敷。
門番達は使者とヴァン達を交互に見やり、無表情を崩す事無くその門を開いた。


「ようこそ、奈落の牢獄へ」
館の最奥の部屋で、大きな窓から外を見下ろしていた者が、そう呟いてヴァン達へと振り向いた。
振り向いたその顔は、妖精族の中でも殊更美しかった。
サークレットに飾られた翡翠の様な宝石が、それを更に際立たせている。
「我が名はユールフィンデ。歓迎しよう、稀なる客人よ」
彼の浮かべる微笑は優しくも、途方も無く悲しげなものだった。
「聞かせてくれぬか?地上の話を。まだ河縁の黄金樹は繁っているか?一角獣の蹄の音は聞こえるか?」
彼の問い掛けに含まれる耳慣れない単語に戸惑うヴァンを見て、テレージャが答える。
「黄金樹も一角獣も、私達にとっては既に伝説や神話、物語の中の存在だよ」
「・・・・・・そうか、やはりか。地上は既に人の子の手で切り拓かれたか」
「今度はあなたの番だ。私達に教えてくれないかい?あなた達の目的を。ここに居る理由を」
ユールフィンデは目を瞑り、ひとつ息を吐いた後に語り出した。
「我等は古き森の民の生き残り。そなた達・・・・・・人族との戦いに敗れ、この地に囚われし者。
 すべては遥かなる昔、私が先代の王の従者だった頃。一人の少年と出会った事から始まった・・・・・・」


かつて神々の影が地上にあった頃。人族は河底の泥で町を築き、互いに争い合うだけの種族だった。
ある時、一人の少年が我等の住まう森へとやってきた。
彼は我等の知恵を学び、人族を救いたいと私に訴えかけた。
彼の心は正しく、善いものだった。
私は彼に、我等の魔術を教えた。少年は瞬く間にそれを修め、身に付けていった。
しかし、その奥義を会得するには至らなかった。種族の持つ能力の限界がそうさせたのだ。
少年は嘆きながら、森を去っていった。
それでも私は、その少年との繋がりには意味があるものと信じていた。
人族と妖精族とが手を取り合う未来の、その礎となるやも知れぬと思っていた。
その少年と再会を果たしたのは、それから幾十年の後。彼がすっかり壮年となってからの事だ。
彼は大王を名乗り、数多の軍隊を率いてこの森へと攻め込んできた。
彼等は、我等の術を遥かに凌ぐ破壊の魔術で森を焼き、土地を奪い、多くの我が同族を殺めた。
遠きあの日、森を去ってからの彼に何があったのかは私は知らない。
しかし、再び出会った彼は既に人族の能力を超えて、魔性のものと化していた。
先代の王を討ち果たした彼は、続いて小人、巨人、竜・・・・・・太古の種族を次々に討ち倒した。
そして、種族の中から選定された捕虜を河岸に築いた都へと連れ去った。
彼は力ある秘石を囚人となった種族の王へと与えた。
その魔力で彼等を束縛し、自らを守る結界の人柱に・・・・・・すなわち、守護者と化したのだ。
太古の種族の力は世界の根と結びついており、それを支配する事で彼は地上の王権を得た。
こうして、彼の築いた都は永遠のものとなった。
だが、千年を越えて尚も栄え続けた彼の帝国は、天の望まぬものとなった。
地上の者の手では守護者の結界を打ち破る事は出来ないと神々は、自らの手で罰を下した。
大洪水と地震を引き起こし、都自体を地の底深くへと封じ込めたのだ。


「・・・・・・しかし、守護者達が存在する限り、彼を真に滅ぼす事は叶わぬ。
 例え幾千、幾万の年月が流れても、彼はいつの日かこの世に蘇るだろう・・・・・・」
ユールフィンデの、妖精族の悲劇。そして、未だ見ぬ他の太古の種族も同様に。
彼等は皆、人族の王の抱いた野望の犠牲となった者だった。
そして、彼の言う人族の王とは即ち。
「・・・・・・タイタス、か」
「アルケア帝国に纏わる文書にあった話は、誇張を加えたものでは無かったようだね」
彼等の胸に去来するものは、或いは太古への憧憬。或いは傲慢なる王への怒り。
この冒険の先に待ち受けているであろう者への脅威と恐怖。
そして、それと対峙し、討ち倒す為にするべき事とは。
「そう。私もまた、皇帝の守護者の内の一人だ」
そう告げて、彼は翡翠色をした秘石に指を触れる。
すると、秘石と同じ色をした翡翠の様な光が彼の身体を包み込んだ。
「秘石の魔力は魂をも束縛する。私には、最早逃れる事も叶わぬ。
 人の子よ、そなた達は何を望む?彼を滅ぼす事を、真に願うか?」
妖精王の見つめる先には、いつかの少年と同じ、銀の髪をした男。
「・・・・・・意地でも、俺はそいつを倒さないといけない」
「ならば、私を殺せ。我等を殺し、四つの秘石を奪い取れ。
 その先に彼の眠る墓所への道は開かれるだろう。我等の屍を越えて、彼の意志を挫くのだ」
「待ってください、僕達はあなたを・・・・・・」
アルソンの声を掻き消す様に、ユールフィンデを取り巻く光は更に強く輝く。
「言ったはずだ。我等の魂は囚われている。・・・・・・救って欲しいのだ。そなた達に、この運命から」
翡翠の輝きは一瞬の閃光となる。
そして、その後には先程までのユールフィンデは居なかった。
「されど、力無き者には彼を討つ事も、我等を解き放つ事も叶わぬ。
 人の子よ、力を示してみよ。持てる全ての力をもって、私を殺してみせよ!」
ユールフィンデの身体は、巨大な蜘蛛の頭部に彼の上半身を縫いつけた様なものへと変化していた。
「さあ、来るが良い。秘石の魔性に侵され、夜種と化したこの身を滅ぼしてみせよ!!」
翡翠の光が禍々しく乱舞し、それに呼応する様に屋敷を構成する木からは荊が伸び、意志を持った様に踊り狂う。
風羽根の剣を抜き放った彼の悲願を叶える為に。すべてを解決する為に。
この戦いは拒む事も止める事も出来ない。それが望まざるものであったとしても。


「うおぉおおおおおお!!」
迷いを振り切る様にアルソンがユールフィンデへと突撃する。
しかし、彼の身体は何かに弾かれる。
彼の突進を拒んだものは、まるで蜘蛛の糸の様に張り巡らされた荊で構成された防壁だった。
「捕えよ」
ユールフィンデの命じる声に密集していた荊は散開し、今度はアルソン目掛けて勢い良く伸びる。
「アルソン、盾構えて伏せろ!!」
ヴァンの声を聞き、アルソンはその場で自身の身体を盾で守る。
次の瞬間、盾の向こうで炎が爆ぜる。爆発フラスコより生まれた炎が、荊の鞭を焼き尽くした。
「ありがとうございます!」
アルソンの礼に答える代わりに、ヴァンは機械弓の矢をユールフィンデへと放つ。
その矢を剣で叩き落とし、ユールフィンデは冷たい微笑を浮かべる。
「人の子よ。彼と同じ瞳を持つ者よ。その程度で彼の意志を挫けるとでも思っているのか?」
蜘蛛の様な脚を振り上げ、床板を踏み抜くと、その亀裂から幾本もの荊が、まるで槍の様に伸びる。
ヴァンは慌ててその場から飛び退き、その攻撃を辛うじて回避した。
その間にテレージャが目の前の空間に、神官の用いる特有の魔法陣を描き切っていた。
「これならどうだい?」
テレージャがユールフィンデへと杖を向けると同時に、魔法陣から破魔の理力が放たれる。
破魔の輝きは張り巡らされた荊を巻き込み、彼に炸裂する。
しかし、与えられた被害は微々たるものだった。
闇に住まう者に甚大なるダメージを与える破魔の理力は、聖なる森の力を宿した彼には通用しない。
近付く事も、遠距離からの攻撃もままならないこの状況にヴァンは舌打ちをする。
「手も足も出ぬか?ならば、こちらから行くぞ!」
蜘蛛の身体が地響きを鳴らして駆け出し、それを迎え撃つべくメロダークが剣を構える。
巨体の突進を、床板に深く突き刺した大剣を盾にして受け止める。
「・・・・・・使いたくはなかったが、仕方あるまい」
メロダークがそう呟いた次の瞬間、ユールフィンデの身体は炎に包まれた。
彼が唱えたのは燔祭の炎の呪文。神官達の用いる魔法だった。
聖なる炎はユールフィンデの身を焦がし、彼の使役する荊を完全に無力化した。
「・・・・・・ヴァン君、アルソン君!彼のフォローを!!」
不確かで、微かで、歯牙にも掛ける必要も無い程の疑問。
それが今、目の前で明らかな違和感と共に明らかなものとなった。
テレージャは、今はその疑問を押し殺し、結界を構成してメロダークを斬撃から守る。
「これで、終わらせる!!」
盾を構えて、アルソンが再びユールフィンデへと突進する。
その時、ユールフィンデの持つ風羽根の剣が閃く。
放たれた一閃はアルソンの盾を、鎧を苦も無く切り裂いてみせた。
切りつけられた彼の胸から、鮮血が溢れ出る。
「テレージャ!」
「わかってる、任せたまえ!」
ヴァンは機械弓を構え、矢を放ちながらユールフィンデへと駆け出す。
メロダークも大剣を上段に構え、装備の重量をものともせずに飛躍する。
しかし、彼等の攻撃はいずれも蜘蛛の脚の一撃により阻まれる。
吹き飛ばされたヴァンとメロダークは、壁に身体を打ちつけた。
「・・・・・・その程度か、人の子よ」
その様を見て、ユールフィンデは落胆した様に首を振る。
「せめて苦しまぬ様に・・・・・・」
吹き飛んだヴァンへと、ユールフィンデは一歩一歩、ゆっくりと近付いていく。
「知っているかい?この局面でそういう事を言う者は、凡そ敗れてしまうんだよ」
その歩みを止めたのは、テレージャの声だった。
「“蜘蛛を倒すには蜘蛛を真似よ”だったかな?妖精の一族に伝わる教訓は」
彼女の言葉で、ユールフィンデは気付く。
自身の足元に張り巡らされた糸に。床に溶け込みカモフラージュされた、銀の糸に。
そして、彼がそれに気付いた瞬間。既に彼の八本もの脚のひとつが、その糸に触れていた。
アルソンの治療に走った彼女は、その隙にワイヤートラップを仕掛けていた。
ワイヤーはたちまちユールフィンデの脚に、剣に巻きついてその動きを封じる。
魔力で補強されたその糸は、ちょっとやそっとじゃ切れない代物だ。
「さあ、準備は良いかい?」
「・・・・・・万全です!」
槍を手にして、応急処置を施されたアルソンが立ち上がる。
ヴァンから譲り受けた、かつて魔将が用いていたその槍に力を込める。
穂先に冷気を集め、真っ直ぐにユールフィンデを睨みつける。
「・・・・・・見事だ、人の子よ」
そして、アルソンの放った渾身の一撃が、ユールフィンデの胸を刺し貫いた。


戦いを終えたヴァン達は、屋敷の外で従者に待たされた。
館の中からは、妖精達のすすり泣く声が聞こえてくる。
「・・・・・・これからも、僕達はこんな事を繰り返さなければならないんですか?」
「そうなんだろうな。・・・・・・ったく、キツいよな。・・・・・・本当、冗談キツいぜ」
「・・・・・・そうですね」
これからも、彼等は太古の種族と戦わなければならない。
タイタスの野望の為に犠牲になった者達を、殺さなければならない。
「・・・・・・案外、平気そうだな」
鎮痛な面持ちのヴァンとアルソンを見つめるテレージャに、メロダークがそう声を掛ける。
「私はアルソン君の様に正義感が強い訳でも、ヴァン君の様にお人好しでも無いからね。
 もし、真実を掴むための道がこれしか無いのなら、喜んでこの道を進むさ」
「・・・・・・恐ろしい事を言うのだな」
「隠し事が嫌いなだけだよ。・・・・・・誰かさんと、違ってね」
押し黙るメロダークに、彼女もそれ以上は何も言わなかった。
やがて、彼等を屋敷まで案内した従者がその姿を見せた。
「・・・・・・王はおっしゃっておりました。こうなるのは、我等に課せられた運命なのだと。
 そして王は信じ続けておりました。いつか、我等が解放される日が訪れる事を」
そう言って、従者はヴァンに布包みを手渡す。
包みの中身は、ユールフィンデが身に付けていた翡翠色の秘石と、彼の手にしていた風羽根の剣。
「これは、王の遺言です。この秘石の誘惑に捕われた時、そなたもまた皇帝と同じ道を歩む事になる。
 そしてこれは、妖精族の総意です。・・・・・・我等が王を解放していただき、ありがとうございました。
 どうか皇帝を滅ぼし、我等の虜囚の日々に終わりを・・・・・・」
布包みを受け取り、ヴァンは踵を返して従者に答える。
「・・・・・・終わらせてやるよ。あんた達の王の為にもな」
戦わなければならない理由が、次々に増えていく。
だからこそ、絶対に負けられない。
この先も続く悲しい戦い。それを受け入れる覚悟を決めて、彼等は遺跡を後にした。

 

第23話 囚人 ― ぎせい ―  了

~ fated child, undecided fate ~ 第22話

「駄目、もっときつく縛って・・・・・・」
「・・・・・・傷が残っても知らないぞ?」
キレハの言葉に従い、ヴァンが手にした縄で更にきつく縛り上げる。


「ミギィーーーー!!」
「うおおお!?まだ生きてやがった!!」
「これだけ縛っておけば、手も足も出ないわよ」
「いや、元から手も足も無いだろこいつ等」
ロープでグルグル巻きにされていたのは、目と口の付いたキャベツの怪物だった。
決して縄で何をどうしていた訳では無い。
ヴァンは、キレハに連れられて宮殿から続く森へと訪れていた。
霧の晴れた森の中には誰が作ったのか、キャベツ畑の様なものがあった。
この怪物は、それに油断した動物や人間を捕食するらしい。
「どうでも良いけど、これ本気で食べるつもりか?」
「美味しいらしいわよ」
「・・・・・・喰った奴居るのかよ。誰だよ、その勇者様は?」
「アルソンとメロダーク、あとエンダだったかしら」
「安心感が全く沸かないメンツだな」
「やっぱりそう思う?・・・・・・はい、これ」
キレハが彼女の足元に転がる2匹の殺人ウサギの片方を拾い上げてヴァンに渡す。
「何処かの誰かと違って、怪我人にも容赦無いな」
文句を言い、渋々ながらもヴァンはそれを受け取り肩に掛けた。
「収穫はこんなもんで十分か?」
「そうね。・・・・・・それじゃ、行きましょうか」
彼等がここに来ていた理由。それは、ヴァンの歓迎パーティの食材の調達だった。
成果は殺人ウサギが2頭、野菜怪物が1頭だ。
「それにしても、こんな手間掛けなくても、買えば良かったんじゃないか?」
「生憎、みんな懐具合が芳しく無いのよ。半年間、碌に探索も進まなかったから」
「・・・・・・それにしても、わざわざキャンプしてまで俺の歓迎したいかねぇ?」
「みんな心配してたのよ?ネルも、パリスも、エンダも、ラバン殿も、オハラさんも。それに・・・・・・」
「それに?」
「・・・・・・なんでも無いわ。とにかく、みんな喜んでるのよ。あなた、幸せ者ね」
「・・・・・・おう」
ひばり亭が使えない事を思い出したネルが閃いたのは、こういう事だ。
町と遺跡を繋ぐ森の中にテントを張り、そこで歓迎会のキャンプをしよう。
朝まで騒ごうが誰にも迷惑が掛からない。更に、節約と雰囲気を味わう為に酒以外は各自調達。
そして、夕方までに間に合う様に、手頃に材料を調達出来る遺跡内で採取を行う。
2人は森の入り口では無く、更にその奥へと向かう。
そこには、廃墟の中にあった様な白い魔法陣が浮かんでいた。
昨日の話では、これもヴァンの帰還と共に現れた物だという。
一歩足を踏み入れれば洞窟まで一瞬で移動出来る、大変便利な代物だ。
洞窟の入り口から、キャンプ地まではほど近い。
「・・・・・・ねえ」
「何だよ?」
「・・・・・・ごめんなさい。やっぱり、なんでも無いわ」
・・・・・・相変わらず、変な奴。
ヴァンは心の中で、そう呟いた。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第22話 月下 ― こころ ―

 

 

「ヴゥウァアーンー・・・・・・。俺ぁなあ、めェ~~~~っっ・・・・・・ちゃくちゃ心配してたんだぞぉ~?」
「わかったっつうの!もう何度目だよ、何遍も謝っただろうが!」
宴が始まって早30分。真っ先に異常を来たしたのはパリスだった。
飲んでは泣き、泣いてはヴァンに絡み、絡んだ末にまた酒を飲む。
最初の内はヴァンもそれなりの対応をしていた。しかし、流石に8度目ともなるとそれも限界だ。
「るせぇ~い。おらぁ、乾杯だ~。いいかぁ?杯を乾かすんだぞ~?」
このやりとりも、同じく8度目となる。
「・・・・・・ほれ」
「うるぁ~。乾杯~。・・・・・・ゴッ・・・・・・ブッ・・・・・・ぶべぇあ」
尋常では無いハイペースが祟り、パリスは飲み干すと共に仰向けにぶっ倒れた。
「・・・・・・ったく、無茶しやがって」
「ヴァンさま、お酒に強いですね」
パリスの顔をハンカチで拭き、毛布を掛けてやりながらフランが感心した様にヴァンを見る。
「こんな程度、まだまだ序の口だ。ネル、そっちの瓶取ってくれよ」
「らめらよ~。のみふぎは、らめ~」
「なッ・・・・・・!?」
ヴァンがパリスに気を取られていた隙に、2人目の酔っぱらいが完成していた。
ネルは顔を真っ赤にして、既に呂律も回らない様な状態だった。
「ヴァン~。こっちにきならい」
「・・・・・・こっちに来なさい?」
「そうらよ!はりー!はりあーっぷ!!」
ネルの言葉通り、ヴァンは駆け足で彼女の方へと駆け寄る。
ヴァンが彼女の数歩手前まで来た瞬間、彼女は全身を大きく後ろへと捻った。
「どかーん!!」
間の抜けた掛け声と共に、空気が爆発する様な音と共にネルの剛拳が火を吹いた。
これに当たれば、確実に死ぬ。そう察したヴァンは、紙一重でそれを避けた。
「お、おま、お前!殺す気か!?殺す気だったろ!?」
「ヴァンが悪いんらもん!いーーーーーーっぱい心配させれさぁ」
「だから、お前にも謝ったじゃねえかよ!」
「許しません!わらひは、絶ーーーーッ対!許しまへん!!」
ヴァンは助けを求めて仲間達の顔を見渡すが、ほぼ全員が目を逸らした。
例外だったエンダは目下ごちそうに夢中であり、動きかけたアルソンはテレージャにより制された。
「・・・・・・どうすれば、許して下さいますでしょうか?」
「らっこ」
「は?」
「らっこしてくれらら、ゆゆしらげる」
「・・・・・・ラッコ?ラッコの真似か?ラッコの真似だな。よし、わかった・・・・・・」
「ヴァン君、誤魔化すな!彼女は“抱っこしてくれたら、許したげる”と言ってるぞ!」
まるで何処かの巨漢の取り巻きの様に、テレージャがヴァンを指差しそう告げる。
「通訳すんな馬鹿!!」
「ねぇ~・・・・・・」
困惑したヴァンが、潤んだ瞳で自分を見つめるネルと、ニヤけた顔で見守る面々を交互に見やる。
「・・・・・・わかったよ!抱っこさせていただきます!」
「おひめさまらっこ」
「~~~~~~ッッ!・・・・・・これで満足か!?」
「わあい」
顔を真っ赤にして俯くヴァンに抱き上げられ、ネルが子供の様にはしゃぎ出す。
その光景にラバンとシーフォンは笑い転げ、アルソンとフランは恥ずかしそうに目を覆う。
「ヴァン君、そのまま動かないでくれたまえ。今、スケッチするから」
「何でそんな事する必要が!?」
テレージャがこの状況の委細を描き写している最中、今度はエンダが動き出した。
「これ飲んだら、エンダもたのしいのか?」
彼女は置き去りにされたヴァンのジョッキを手に取り、その中身を不思議そうに見つめていた。
「エンダ、駄目だ。お前にはまだ早い!」
「いいよ~。お姉さんが、ゆるふ!」
ヴァンの断りの言葉と、ネルの許可が同時に発せられる。周囲の反応は、概ねヴァンと同様だ。
二人の顔を見比べ、もう一度酒に目を移して。エンダはその中身を一気に飲み干した。
「けぷ」
「あああ・・・・・・」
見る見る内にエンダの顔はどんどん赤くなり、そのまま彼女はその場にぽてっと倒れこんだ。


「畜生、寝てるってのに全然腕が解けねぇ・・・・・・」
早くも夢の世界へと旅立った3人をヴァンとアルソン、メロダークがそれぞれテントへと運ぶ。
ヴァンの首には、ネルの腕が絡みついたままだ。
「・・・・・・外してやろうか?」
「いや、いい。なんとか、隙間からこう・・・・・・。おうふ」
エンダを寝かし付けたメロダークが見かねた様子でヴァンに訊くが、彼はそれを断る。
ヴァンはネルを寝かせて、腕と胸との隙間から自分の首を潜り抜かせた。
その際に額辺りに感じた柔らかい感触は、事故だったと彼は自分に言い聞かせる。
「・・・・・・お前達は、まだ子を作らないのか?」
メロダークが、ネルの幸せそうな寝顔を見つめるヴァンに突然そんな事を尋ねた。
「メロダーク。お前が何を言っているのか理解出来ない」
「・・・・・・・・・・・・?」
「俺とネルは夫婦でも無けりゃ、付き合ってもいない」
「そうなのか?」
「そうだよ」
「・・・・・・そうか」
複雑な表情をしてテントを後にするヴァンを尻目に、メロダークはその場に佇む。
もしも、もう一度ヴァンが居なくなったら。今度は決して帰ってこれなくなったとしたら。
彼女は二度と、この様な幸せそうな寝顔をする事は出来なくなるのだろうか。
己の果たすべき使命は、この少女を悲しみの淵へと叩き落してしまうのだろうか。
遠ざかるヴァンの背へと視線を移し、しばし瞑目した後にメロダークもその場を後にした。


そして、再び焚火を囲う面々の前へと3人が帰ってきた時。
その場には更なる混沌が渦を巻いていた。
「ねぇ、どんな気持ち?今更自分の醜態知ってどんな気持ち?」
「今、どんな気持ち?ねぇ、どんな気持ち?ねぇねぇねぇ!」
テレージャとラバンが奇妙な舞を踊っている。キレハを煽りながら踊っている。
当の本人は煽る2人に取り囲まれて、頭を抱えて蹲っている。
「いじめの現場があると聞いて・・・・・・」
「ヴァン!私、あなたに何も変な事言ってないわよね!?」
ヴァンの声に飛びついたキレハの顔は真っ赤で、目には涙すら浮かんでいた。
「フォローしたいのは山々なんだけど、話が見えない」
「宮殿の皇帝を倒した次の日よ!確か、あなたと一緒に飲んだと思うんだけど・・・・・・」
彼の記憶の引き出しから、すぐにその日の事は転げ出てきた。
「あー、はいはいはい。・・・・・・確かに、いつものキレハとは違ったな」
「嘘よ!そんなの嘘よ、絶対嘘よ!!」
その時、彼等と一緒に居たのはパリスとテレージャだった。
パリスはともかく、テレージャはテーブルに突っ伏して眠っていた筈だった。
「テレージャ、お前あの時寝て・・・・・・なかったんだな?」
「面白そうな事になっていたからね。笑いをこらえるのに必死だったよ」
「ヴァンこの野郎!ちょっとこっちゃ来い!!」
「・・・・・・なんだよ、ラバン爺」
彼はヴァンの首に腕を回して肩を組み、小声で語り始めた。
「お前なぁ、そこで口説き落とす位しろよ」
「嫌だよ。良い女だとは思うけどよ・・・・・・」
「あれか。惚れた女に操を立てるってか。馬鹿野郎、女遊びは芸の肥やしだぞ?」
「惚れた女なんて居ないし、そもそも俺は芸人じゃない」
「嘘吐けい。良いか?お前はまだ若いんだ。遊べ。女と遊びまくれ。でないと年喰ってから後悔するぞ?」
「・・・・・・確かに、老いぼれてから女にがっつく様なジジイにはなりたくないな」
「お前・・・・・・!!」
ラバンがヴァンに反論しようとした、その瞬間だった。
皿の割れる音や何かの倒れる音と共に、フランの悲鳴が響き渡った。


「どうした!?」
「し、シーフォンさまが・・・・・・」
彼女の足元にシーフォンが倒れている。口元から青く光る液体を垂らして、目をかっ開いて。
その液体の正体はすぐに理解できた。彼女のいじっていた鍋に、それが満たされている。
「シーフォンさまが、シチューに塩気が足りないとおっしゃっていたので・・・・・・」
「塩だけか?本当に塩入れただけか?入れたのは本当に塩か?」
「あたしにも、どうしてこうなったのか・・・・・・」
彼等の中にある暗黙の了解。フランとメロダークに料理を任せてはならない。
塩を足すだけなら任せても大丈夫だろう。その油断が、シーフォンにとって百年目であった。
「どうするの?これ、明日の朝の分も見越して作ったんだけど・・・・・・」
「申し訳ございません、キレハさま!あたしが責任を持って・・・・・・」
「待て。・・・・・・私に任せろ」
名乗りを挙げたのは、もう一人の暗黒料理人ことメロダークだった。
夏の半ば、彼の料理でひばり亭の探索者達は甚大な被害を受けていた。
「・・・・・・彼に任せてみよう」
「正気かテレージャ!?」
「算数は出来るかい?マイナスにマイナスを乗算すれば、プラスとなる」
「そういう理屈か?」
「私の勘だよ。良く当たると評判なのだが?」
「・・・・・・・・・・・・」
押し黙るヴァンを尻目に、メロダークは鍋に次々と謎の粉を投入していく。そして何故かその都度脱ぐ。
服を一枚脱いでは粉を入れ、一枚脱いでは粉を入れる。
「終わったぞ」
最終的に、メロダークは裸エプロンの格好になっていた。
「終わったね」
「ああ・・・・・・」
先程までの神々しい青い輝きは消え失せ、シチューは禍々しい赤と黒のマーブル模様になっていた。
「あれ、川に流しても大丈夫なのかしら?」
「駄目だ。ここから下流の魚が死に絶えちまう」
完成した狂気の鍋の処理を皆が相談する輪の外でメロダークは首を傾げる。裸エプロンのままで。
「・・・・・・やります。僕が食べます」
「アルソン、あなた死ぬ気なの!?」
「やめたまえ。命は投げ捨てるものではない」
「まだわからないじゃないですか。もしかしたら、美味しいシチューになってるのかも・・・・・・」
「ま、待ってくださいアルソンさま!こうなったのはあたしの責任です、せめてあたしも・・・・・・」
フランの声にアルソンは首を横に振り、力無い笑みを浮かべてみせた。
「別に完食してしまっても、構いませんよね?」
「好きなだけ食すが良い」
メロダークから受け取った皿の中身をスプーンで掬い、勇者アルソンはそれを口に含んだ。


「・・・・・・明日の朝まで、あいつ等の脈有るのかな?」
「きっと大丈夫さ」
散って逝ったアルソンとシーフォンをテントに押し込んだ後には、悲痛な空気が漂っていた。
すすり泣くフランと、沈痛な面持ちのメロダーク。最早掛ける言葉も見当たらない他の面々。
「・・・・・・この辺でお開きにしよう」
ラバンの提案に反対する者は誰も居なかった。
「さて、ヴァンとメロダークよ。火の番の順番でも決めようかい」
「俺がやるよ。メロダーク、後で交代頼む」
「・・・・・・引き受けよう」
「それじゃみんな、おやすみ」
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
どうして、過激な盛り上がりとその反動の寂しい終わり方しか出来ないのだろう。
テントの中へと引っ込む皆の背を見ながら、ヴァンはそんな事を考えた。
「ま、それが変人だらけには調度良いのかな?」
「誰が変人よ」
「・・・・・・とっとと寝ろよ、キレハ」
テントから踵を返して焚き火の方へと戻ってきた彼女は、ヴァンの隣に腰掛ける。
「しらけ過ぎて、逆に眠れないわよ」
「それもそうだな。どうする、飲み直すか?」
「遠慮しておくわ。またあなたの前で恥を晒したく無いもの」
「・・・・・・そんな気にする事かねぇ」
お互いに顔を見合わせる事も無く、ただ燃え盛る薪を見つめる。
交わすべき言葉は互いにあった。しかし、どちらもそれを中々切り出せない。
やがて口を開いたのは、キレハの方からだった。
「・・・・・・ネルの気持ち、大事にしてあげなさいよ?」
「お前までそんな事言うのかよ」
「また勝手に何処かに行って、あの娘を心配させたら承知しないから」
「・・・・・・努力はするけど、約束は出来ない。この先、何が起こるかわからないからな」
ヴァンにとってのこの数日、ネルやキレハ、他の皆にとっては半年間。
色々な事が有り過ぎた。信じるには余りにも現実離れした事が。
明日は何が起きても不思議では無い。
こうして集まっている仲間達も、すべてに片を付けた頃に全員が無事に居るとは限らない。
「・・・・・・少し、散歩でもしてくるわ」
「こんな夜中にか?」
「別に平気よ。星も月も出てれば、それで十分」
そう言い残して、キレハは遺跡のある洞窟へと続く川の上流へと歩いていった。


燃え盛る炎を、ヴァンはじっと見つめる。まるでその中に答えを見つけるかの様に。
自分は一体何者なのか?
心の奥から聞こえた呼び声。何かを伝えようとして眠りに就いた、かつてのエンダ。
夜種を統べる魔将。その彼等を統べる、この遺跡の何処かに潜む諸悪の根源。
その名は、恐らくアルケア帝国の皇帝タイタス。宮殿で戦ったタイタス16世の、その更に祖先。
彼等が民の犠牲の上に築いた、自分だけが迷い込んだ忘却界を揺蕩うかつてのアルケア帝国。
そこで出会った、皇帝の血を引く女。髪も肌も瞳も自分と同じ色の女。ユリア。
そして、ホルムへと帰還した途端にそれまで存在した障害の多くが消えた。
「・・・・・・先に進むしかない。けど・・・・・・」
その果てに、何が待っている?
本当にすべてを解決して、今まで通りの日々を送る事が出来るのか?
そもそも、すべてを解決した所で何かを変えられるのか?
疑問と不安だけが、目の前で燃える炎の様に巻き起こる。
「・・・・・・ったく、俺はいつからこんな弱虫になっちまったんだ?」
燃え盛る炎は何も答えない。虫の声も月明りも何も答えてはくれない。
ただ、その代わりに、狼の遠吠えがヴァンの耳へと届いた。
「ヴァン。どうやら近くに居るようだぞ」
ラバンとメロダーク、フランもそれを察知して、得物を手にして起き出した。
「・・・・・・キレハが森の奥に行ってる。悪いけど、ここの見張りを頼む」
「ひとりで行く気か?」
「もし何かあったら合図する。・・・・・・じゃあ、行ってくる」
ランタンと機械弓、短剣を手にして、ヴァンは上流へと続く森へと分け入って行った。
「ヴァンさまだけに任せてもよろしかったのですか?」
「・・・・・・恐らく、な」
その遠吠えの主は何なのか。ラバンには確信に近い予感があった。


川沿いに突き進んで程無く、ヴァンは遠吠えの主と思しき姿を目撃した。
巨大な、黒い狼の様な獣が蹲っている。
その姿は、まるで霞の様に曖昧で、ぼやけて見える。
夜種か?それとも別の何かなのか?
矢を番えた機械弓の引鉄に指を掛け、ヴァンは曖昧なその姿に目を凝らす。
「・・・・・・誰?」
聞き慣れたその声が、彼の耳に届いた。
そこには狼の姿は無く、代わりにキレハが立っていた。
「どうしたの?」
「・・・・・・今そこに、でかい狼みたいな・・・・・・」
「そんなもの居なかったわよ」
「・・・・・・そうか。それより、聞こえただろ?狼の遠吠え」
「ええ、そうね。早く戻りましょう」
キレハの様子はどこかおかしかった。
ヴァンはその疑問をとりあえずは胸の奥へと仕舞い込み、今は彼女の無事を喜んだ。
彼女と並んで、ヴァンは周囲を警戒しながらゆっくりと歩を進める。
「・・・・・・今の内に訊いておきたい事があるの」
「そんな場合じゃ無いだろ?」
「少しだけ。・・・・・・ひとつだけだから」
「・・・・・・何だよ?」
「あなたは、どうして人殺しなんかしているの?」
キレハのその言葉で、ヴァンはあの日感じた違和感の正体を掴んだ。
ピンガーに依頼された暗殺。その最中、時折感じた何者かの視線。
「・・・・・・とりあえず、今まで通報も密告もしないでくれて、ありがとう」
「ありがとうじゃないわよ。・・・・・・どうしてそんな事をしているの?」
「ガキが食い繋いでく為に選んだ仕事の果てがそれだった。それだけだ」
「いつまでそんな事を続けるつもり?」
「さぁ、どうだろうな」
「脅されてるとか?例えば、チュナちゃんの事とかで・・・・・・」
「根拠は?」
「ただの勘よ」
キレハのその言葉に、ヴァンは苦笑いを浮かべる。
何処かの巫女さんとは違い、随分と鼻の利く奴だ。
「もういいや。俺も俺で、黙ってるのも結構きついんだ。・・・・・・聞いてくれるか?」
ヴァンは観念して、キレハにすべてを打ち明けた。
ピンガーに雇われている事。チュナを水商売に沈めると脅された事。パリスには秘密にしている事。
「まるで三文芝居のシナリオみたいな話だろ?笑っちまうよ」
「笑えないわよ、馬鹿。いつか使い捨てられるのも目に見えてるじゃない」
「そうだな」
「・・・・・・諦めてる訳じゃないわよね?」
「諦めてなんて無いさ。・・・・・・でも、その為にはまず遺跡の件をどうにかしないとならないんだよ。
 俺が異変を解決して、その褒賞を受け取って、それなりの地位に就いて、権力を手に入れて。
 ・・・・・・そうでもしないと、飼い主を噛み殺せないんだ」
ネス大公から提示された異変解決の褒賞。その中には騎士身分への認定も含まれている。
そうでもしなければ、ヴァンの首輪を断ち切る事は出来ない。
このホルムにおいて、ピンガーの持つ力はそれほどまでに大きなものだった。
「・・・・・・あなたって、本当に馬鹿で、惨めで、愚かで、哀れな男ね」
「ボロクソに言ってくれるな」
「言うわよ。・・・・・・でも、そんな救われない男に、少しだけ協力してあげる気にはなったわ」
「キレハ・・・・・・?」
「チュナちゃんを助けるって目的もある事だし、そのついで程度に力になってあげる」
「・・・・・・すまねぇ。それと・・・・・・ありがとう」
「っ・・・・・・!その代わり、これで貸しひとつよ!たっぷり利子付けて返してもらうから!
 あーあ、何か馬鹿みたい。さっさと帰りましょう」
そう言って、キレハは歩くペースを速めた。
暗さでしっかりと確認する事は出来ないが、その耳は真っ赤になっている。
キレハは変な奴だ。
いつも澄ました顔して、クールを気取って。
でも、本当は優しくて、心配性で。
・・・・・・母さんみたいな奴だ。
「ほら、早く行くわよ」
「わかってるよ」
立ち止まっていた所をせっつかれ、ヴァンも早足でキャンプへと向かった。


「嘘だ!わたし、こんな事してないもん!」
「ところがどっこい、夢じゃありません。現実です。そうだろう、ヴァン君?」
「・・・・・・認知しろ」
「うわー!わー!!わーーー!!!」
翌朝、ネルはテレージャに昨日の光景のスケッチを見せられ発狂していた。
「僕は一体、どうしていたんだ?」
「わかりません。僕も、昨夜の記憶が無くなってしまって・・・・・・」
フランとメロダークの料理によって倒れた二人も無事に朝を迎えた。その時の記憶と引き換えに。
結局、二日酔いでダウンした者もおらず、彼等はその場の撤収作業の後に探索チームの編成を行った。
その打ち合わせの最後に、ヴァンが改まった表情で口を開く。
「・・・・・・みんな。前にも言った気もするし、今更だし、俺の言えた義理でも無いけどよ。
 絶対、最後の最後までくたばんなよ。全部を終わらせるまで、絶対な」
リーダーの突然の宣言に対する反応は、やはり以前と同様だった。
一瞬の沈黙。そして、その後の笑い声。
「だから、似合わないっつうの!」
「・・・・・・うるせぇ!ほら、笑ってないで、気を引き締めて行くぞ!」
命を懸けているというのに、相変わらず和やかでいまいち締まらない。
そんな面々と共に、ヴァンは久方ぶりに遺跡へと挑む。
災厄を終わらせる為に。己に纏わる真実を知る為に。
そして、チュナやパリスと共に、笑いながら過ごせる未来を掴み取る為に。

 

第22話 月下 ― こころ ―  了

~ fated child, undecided fate ~ 第21話

「ネル、後生だ!おろしてくれ!!」
それだけ聞けば変な誤解を招きそうな言葉をヴァンが叫ぶ。
「駄目駄目!デネロス先生に無茶するなって言われたばかりでしょ?はーい、急患通りまーす!」
ネルは本人の意志などお構いなしにヴァンを負ぶって町中を走り回っていた。
久方振りに帰って来た町の悪童が、道具屋の看板娘に負ぶられている。
その光景を町中の皆が見ている。ヴァンの頭は沸騰寸前だった。


「傷は大方塞がっておるな。随分と腕の良い治癒魔法を施されておる。これなら問題あるまい」
ヴァンの両太腿の傷を診たデネロスが、そう太鼓判を押す。
「他の傷もまぁ、問題無かろう。ただし、無茶は禁物だ」
「・・・・・・だって。良い?無茶は禁物だよ」
「おう。・・・・・・それじゃ、ありがとうございました」
「ありがとうございましたー」
診察を受けたヴァンと、付き添いで来たネルが頭を下げてデネロスの庵を後にする。
2人が外へと出た瞬間だった。
「はい」
ネルがその場で、ヴァンに背を向けてしゃがみ込んだ。
「どうした?」
「おんぶしてあげる」
「いらねぇよ!自分の足で歩ける」
「無茶するなって言われたでしょ?」
「無茶しなくても歩けます。大体、大の男が女におんぶされてるなんて情け無さ過ぎるだろうが」
ヴァンの言葉を聞いて、ネルはなよなよとその場に座り込んで顔を袖で隠した。
「久しぶりに顔を見せたと思ったら、こんな非行少年になってるだなんて・・・・・・。
 あの可愛い良い子のヴァンはどこに行ってしまったの?お姉さん、悲しい・・・・・・」
突っ込み所しか見つからない文句の後、「およよよよ・・・・・・」と泣きだした。当然、嘘泣きである。
「はぁ・・・・・・。もう良い、好きにしろよ。ただし、すぐ降ろせよ」
「わあい」
呆れ帰ったヴァンはもうどうでも良くなり、彼女の申し出を受けてしまった。
そして、ネルはヴァンを負ぶるや否や猛スピードで駆け出した。


神殿のアダにも念の為診て貰おうとネルが町中を駆け回る。
「せ、せめて布か何か被らせてくれ!こんなの恥ずかしい!」
「私は恥ずかしくないもん。よーし、飛ばすよー!!」
「ひぎぃ!!」
アダの診察を受けた後はひばり亭へ。今度は失った血液の補充だ。
「はい、あーん!」
ヴァンに口を開ける事を強要させるネルが手にしているのはスプーン一杯の粥などでは無い。
大きなパンをまるごと掴んで、それを彼の口に押し込もうとしていた。
「殺す気か!気持ちはありがたいけど、メシ位自分で喰えるっつうの!」
「いいじゃない。お言葉に甘えちゃいなよ」
オハラはそう言いながら、2個目のパンを持ってきた。
「甘えるも何も・・・・・・」
「パンの1個や2個丸呑みしたって死にゃあしないでしょうよ。だって、ヴァンだし」
「あんたは俺を何だと思ってるんだよ!?」
「今だ、えい」
「もがぁ!?」
彼の注意がオハラに向かっている隙に、パンはヴァンの口へと押し込まれた。
彼にとっては久々のまともな食事もこれでは台無しである。
「う・・・・・・うぅ・・・・・・お・・・・・・おーん」
気道を完全に塞がれてしまい、意識が遠退く。ヴァンは椅子から転げ落ちた。
「うわー!?ヴァン、どうしたの!?ヴァーーーン!!」


「・・・・・・気持ちは嬉しいけど、やりすぎだ」
「ごめんなさーい」
無事復活したヴァンは、今度はちゃんと自分の足で歩く許可を得た。
ぽつぽつと言葉を交わしながら、ネルは時間を潰すかの様にゆっくりとしたペースで歩く。
ヴァンも彼女の歩幅に合わせ、すっかり変わった町の景色を見回す。
遠くに見える山は黄色や赤に染まりつつあり、道行く人の装いも変わっている。
空はすっかり高くなり、風の匂いも春のものとは異なっている。
「・・・・・・本当に、半年も経っちまったんだな」
ヴァンが忘却界を漂う夢幻の都に迷い込んだのは春の半ばだった。
しかし、こうして彼が帰ってきた頃には既に秋が訪れていた。
彼が居ない間に、半年間の月日が流れていた。
「ほんと、みんなに心配かけさせて」
「・・・・・・悪かったよ」
「いや・・・・・・。ヴァンの所為じゃないっていうのは、わかるんだけど……」
気まずそうにネルが俯く。二人の間に交わされる言葉はもう無い。
ヴァンの家が近付く度に、彼女の顔はどこか悲しげなものへと変わっていく。
やがて、壁に背を持たれかけさせて待っていたパリスの姿を見つけた。
「よう、帰って早々デートかよ」
「茶化すな」
「まぁ・・・・・・。お前が、ちゃんと生きて帰ってきてくれて、お、俺・・・・・・よ、良がっだ・・・・・・」
半年振りに、行方不明になっていた弟と言葉を交わしたパリスはその場で泣き崩れた。
「おいおい、泣くなよ。・・・・・・チュナはどうなってる?相変わらずか?」
「・・・・・・今、見せてやる」
涙を拭い、パリスが屋根裏へと続く階段を登っていく。
彼の顔には既に安堵も歓喜もなく、険しい表情が浮かんでいた。
「・・・・・・覚悟、しといてね」
ドアノブを掴んだヴァンに、ネルはそれだけ告げた。


「・・・・・・何の冗談だよ、これは?」
チュナは眠り続けていた。それは半年前から変わらない。
ただ、変わってしまったのは。
彼女の身体が、すみれ色の水晶に包まれていた事だった。
それはまるで、廃墟に佇んでいたオベリスク。人間を包み込んだ、黒い水晶の柱。
忘却界に幻のアーガデウムを築き、維持させる為の生贄。
「・・・・・・お前が居なくなって、しばらくしてからこうなっちまったんだ。
 水晶を割って剥しても、すぐに元通りになっちまうんだ・・・・・・」
「他の、同じ様に眠ってた子達もチュナちゃんと同じ様になっちゃってるんだ」
パリスとネルが、呆然とするヴァンにそう説明する。
「・・・・・・ちょっと待ってろよ。必ず、助けてやるからな。」
ヴァンは眠るチュナにそう呼びかけて、すみれ色の水晶に手を触れる。
それは、まるで体温の様に温かかった。
チュナをこんな目に遭わせている犯人は、あの廃墟の奥深く、何処かに居る。
目的も何もわかったものではないが、この悲惨な状況を見て、恐らく奴は、笑っている。
あの灰暗い、廃墟の奥底で。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第21話 空白 ― へんよう ―

 

 

昼を少し回った頃に、探索を早々に切り上げた面々がひばり亭に帰ってきた。
仲間達はまだ人の少ない店内の、馴染みの席に着く。
彼には仲間達に訊かなければならない事も、答えなければならない事も山ほどある。
「さて、早速ヴァン君に質問を・・・・・・。と言いたい所だけど、まずは探索の報告を」
テレージャはちらりとヴァンの顔を見た後に、各班のリーダーに話を振った。
「地下の廃墟、西側の障壁はもう消えていました。これで先に進めますね」
「ありがとう、アルソン君。東側も同じだったよ。次、ラバン君」
「森の霧は晴れていた。昨日までずっと濃霧だったのにな」
「ありがとう。・・・・・・ヴァン君が帰ってきた途端、今までの障害が消えるだなんてね」
「きっと、神様が僕達を祝福してくれたんですよ」
「アハハハハ。とことん能天気だね、アルソン君」
アルソンの言葉を笑い飛ばし、テレージャは再びヴァンの顔へと向き直る。
「・・・・・・ヴァン君。君はこの半年間、何処で何をしていたんだい?」
「先に言っておく。みんなは、俺の話を信じない」
その言葉にテレージャ達は首をひねり、先に話を聞いていたパリスとネルは気まずそうな顔をする。
「俺は、ずっと昔。滅びる寸前のアルケア帝国に居た」
ヴァンの言葉に、一同は一様にぽかんと口を開けて唖然とした。
「・・・・・・おいおい、冗談ならもっと上手い事考えて言えよ。つまんねーんだよ」
真っ先に口を開いたのはシーフォンだった。彼らしい、毒を込めた言葉でヴァンの一言を否定した。
ほら、言った通りだ。そんな事を訴える様に、ヴァンはパリスとネルの顔を見やった。
当然、パリスもネルも彼の言葉を素直に信じる事は出来なかった。
彼を信用していないのではなく、あまりにも現実離れした彼の経験がそうさせていた。
「・・・・・・もうちょっと、詳しく話してくれない?流石に、鵜呑みには出来ない答えだわ」
「詳しく、ね・・・・・・。正直、俺自身訳わからねぇんだ。だから、上手くは説明出来ないけど・・・・・・」
キレハの言葉を受けたヴァンが、向こうで起きた出来事、ユリアから訊いた事を述懐する。
黒水晶の柱に飲み込まれて、目が覚めると見知らぬ街角で、そこの兵士から女を助けて、
その女からこの街がアルケア帝国の都アーガデウムだと聞いて、一人の少年と出会って、
その少年は廃墟の水晶の中にいた子供と同じで、眠ると再び廃墟の中で・・・・・・。
「・・・・・・それで、出会ったんだ。俺と同じ色の髪、同じ色の肌、同じ色の瞳をした女に。
 その女・・・・・・。ユリアは、今まで何度か見覚えがあった。夢の中・・・・・・っていうのか?
 とにかく、初めて見る顔なのに、知ってる顔なんだ。それで、その女が・・・・・・」
ユリアの言っていた言葉を、なんとか咀嚼してみんなに伝える。
そこが生と死の狭間、忘却界にある夢の都だという事。
それを作り出しているのは、水晶の中で眠り続けるアーガデウムの人々だという事。
何故自分だけがそこに辿り着いたのかは教えてくれなかったという事。そして・・・・・・。
「そんな事を仕組んだのは、タイタス16世。そして、その先祖達・・・・・・。って事らしい。
 以上だ。・・・・・・あー、あと。両脚の傷は、例の闘技場の野郎に付けられた傷。
 この槍が、魔将のダーマなんたらが使ってた槍だ。証拠はこれ位だな」
「ふーむ・・・・・・。多分、ヴァン君にはここまで妄想を広げられはしないだろうね」
「・・・・・・忘却界などという言葉、お前が知っているとは思えない」
テレージャとメロダークが、それぞれの感想をヴァンにぶつける。
そしてその言葉に、一同が納得した様に頷いて同意する。
「・・・・・・なーんかムカつくが、とりあえず嘘じゃないってのは理解してくれたか?」
「うい」
その時、今まで沈黙を保っていたエンダがすいと手を挙げた。
「どうした?」
「なんでヴァンには足が生えてるんだ?」
彼女の質問に、ヴァンはしばし困惑した後に答えを見つけ出した。
「俺は幽霊じゃないぞ。足だって生えてるし・・・・・・。ほれ、エンダのほっぺだって引っ張れるだろ?」
そう言って彼は、エンダの席まで歩いて彼女の頬を両手で引っ張った。
想像以上に柔らかく、予想以上に伸びるそれにヴァンが笑い出す。
「あんまりちょうしにのるな」
「ぐっはッ!!・・・・・・はぁッ・・・・・・ああ・・・・・・!?」
そんなヴァンの脛を、エンダが思い切り蹴り飛ばした。


フランの持ってきたタオルを脛に巻き付け、ヴァンは半年間ホルムや遺跡で起きた出来事を尋ねた。
廃墟の探索に何も進展が無かった事。
宮殿から続く、地底に広がる森の事。
夜種の大量発生と、それによる不作や物価高騰の事。
その原因でもある、魔将アイビアとの戦いの事。
そして、呪いで眠り続ける子供達の変化の事。
「そういう訳で、事態は全然好転しとらん」
「むしろ悪化してる、か・・・・・・。参っちまうな」
頭を掻き毟りそうぼやくヴァンに、テレージャが声を掛けた。
「けれども、君の帰還とほぼ同じくして道は拓かれた」
「・・・・・・みたいだな」
「ヴァン君。君は一体、何者なんだい?私には、これがただの偶然とは思えないんだよ」
「・・・・・・さぁな、わからねぇよ。死んだおふくろにも、大河の岸辺で拾ったガキとしか聞いてない。
 それ以降はご覧の通りさ。このホルムで碌でも無い生き方してる、ただのチンピラだよ」
「テレージャ、お前の思い過ごしじゃねぇのか?こいつとは俺が一番長い付き合いなんだ。
 だから断言してやるぜ!こいつは、お前の思う様な不思議な力を持つ様な野郎じゃないってな!」
ヴァンの答えにパリスも乗っかる。その言葉に、ネルも頷いた。
「ま、そういう事だ。少なくとも、俺には何もわからないんだ」
「・・・・・・まぁ、いいよ。それで納得するよ」
渋々といった様子で、テレージャはその話題を切り上げた。
「さて、とりあえず話し合いはこの辺でお開き!」
そう言って、ネルは両手をパンと叩いて立ち上がる。
「なんだ?」
「さて皆さん。今日はようやく、我等が頼りないリーダーが元気に帰って来てくれました!」
「おい、誰が頼りないだ!」
ヴァンの突っ込みを無視して、ネルは更に続ける。
「そういう訳で、今日はパーッと帰還おめでとうパーティでも開いて、お祝いしよう!」
全員の視線がネルに注目する。皆、無言のままだ。
「・・・・・・そんな大袈裟なの、いらn「良いアイディアだ!ネル、グッジョブ!!」
沈黙を破るヴァンの断りの言葉を切り裂いて、ラバンが親指を立てて賛同する。
「そうだな、最近みんなで飲む事も無かったからな。おいヴァン!今日こそお前を潰すぞ!!」
「エンダもつぶすぞー!」
「ネルさん、流石です!!」
「そうですよね。折角ヴァンさまが生きて帰って来られたのですから、お祝いしましょう!」
「・・・・・・そ、そうね。こういう節目はキッチリ付けないと、やる気にも関わるわね」
「私も賛成だよ。久々に楽しい光景が見られそうだ」
「・・・・・・たまには息抜きも必要だな」
結局、ほぼ全会一致での賛成により、ネルの提案は可決された。
「パーティだぁ?いらねぇよ、僕はそんなのに参加するほどお人好しじゃあ・・・・・・」
「うるせぇ、お前も参加だ!強制参加!!」
「はい、これで全員参加だね。わあい」
この流れで、恐らく主役となる自分が断る程、ヴァンは空気が読めない男では無い。
もとい、この流れで断ろうものなら何をされるかわかったものじゃない。
「・・・・・・お言葉に甘えさせてもらおうか。酒、あるだけ持ってこいよ!」
しかし、ヴァンの言葉とほぼ同時にどこか申し訳無さそうにオハラが割って入った。
「はいはい、盛り上がってる最中悪いんだけど。・・・・・・今日、あれの日だから」
彼女の言葉に、ヴァンを除く全員が思い出した様にその事を思い出す。
「・・・・・・あれの日?」
唯一事態を飲み込めないヴァンに、オハラは店内の掲示板を指差す。
季節の限定メニューが書かれた横に貼られた、一枚の告知書。
それには火車騎士団の貸切予定日が書かれていた。
「なんでも、領主さんの所で盛り上がる訳にも行かないんだとさ」
「はぁー、なるほど。でも、いいじゃねぇか。上客なんだろ?」
「ま、あんた達よりはね。そういう訳で、今晩という訳にはいかないのさ。
 全く、空気の読めないタイミングで帰って来ちゃって」
「んな事言われても・・・・・・」
「・・・・・・明日にする?」
がっくりと肩を落としたネルにキレハがそう提案する。しかし、ネルは首を横に振った。
「まぁ、折角なんだから、今晩が一番だよなぁ?」
「騎士団の方々に相席させて貰いましょうか?」
「駄目だ。あんないかつい連中に囲まれちゃあ、酒が不味くなる」
ああだこうだと揉めているその時、ネルが突然立ち上がった。
「全員集合!!でも、ヴァンはあっち行っててね」
「は?・・・・・・まぁ、良いけどよ」
ヴァンを除いた面々が何やら小声で打ち合わせを始める。
その様を、彼は出来るだけ彼等の声が聞こえない様に離れて観察する。
やがて話が纏まったのか、それぞれ何人かのグループに分かれてひばり亭を後にした。
そして、様子を見ていたヴァンの方にキレハが歩いて来た。
「あなたのお祝い、今晩に決まったわよ。おめでとう」
「・・・・・・店、使えないんだろう?」
「まあね。それより、早く準備してきて」
「準備?何のだよ」
「そうね・・・・・・。あなたの武器、機械弓と短剣と、あとロープも」
「まさか、遺跡でやるつもりか?」
「そんな訳無いでしょう?いいから、急いで。町の広場で待ってるから」
彼女に促されるまま、ヴァンは一度帰宅した際に置いてきた武器や道具を取りに戻った。
「一体、何する気なんだよ・・・・・・」
未だ万全には程遠く、走る事は出来ない足を出来る限り速めてヴァンは家路を急いだ。

 

第21話 空白 ― へんよう ―  了

~ fated child, undecided fate ~ 第20話

「おい、見ろ!」
「あ、あれは・・・・・・!?」
「お亡くなりになられたと聞いていたが・・・・・・」
「やはり、ダーマディウス将軍は不滅なんだ!」
聖塔の番人である儀杖兵達が、こちらへ向かってくるその影に声を上げる。
やって来たのは栗毛の馬に跨った、薄汚いボロ布を纏ったダーマディウスっぽい何者か。
兵達は一様に唖然とした後、顔を見合わせあって笑みを浮かべた。
「・・・・・・どうなされたのですか、ダーマディウス将軍?」
「ユリ・・・・・・ゴホン!ユリアに用がある。我を通せ」
うっかり出てきた地声を咳払いで誤魔化し、低くしゃがれた声で要求する。
「はぁ・・・・・・。ところで、あなた様は闘技場で討ち死になされたと伺っていたのですが?」
「我は不死なる魔将ぞ。異邦人を取り逃しはしたものの、すぐに追い詰めてくれよう」
「外衣が汚れていらっしゃるようですが」
「闘技場の土埃の所為だ。着替えたいのは山々だが、急用なものでな」
「この馬はどうなされたのですか?あなた様の愛馬は、白馬だったはず」
「あー・・・・・・。予備の馬よ。何やら彼奴等、調子が悪いようでな」
「その槍に巻かれた布はどうなされたのですか?」
「これは、あれよ。・・・・・・あれ。身だしなみ」
「・・・・・・肝心の刃が剥き出しになっておられますが」
「もしもあの異邦人が現れたら、すぐさま首を取れる様にそうしておる。さぁ、早く退けい」
「最後にもう一つだけよろしいでしょうか?」
「・・・・・・どうした」
「「「「お前、偽者だろ!!」」」」
兵達が一斉にダーマディウスに扮した男を指差す。
「あちゃ~・・・・・・。何やってんだよ、あの人」
沈黙がその場を包み、影で様子を見守っていたグラガドリスの部下は額に手をやり呆れかえる。
「・・・・・・偽者だよ!!」
ボロ布を脱ぎ捨てたのは、兵達の予想通りの人物。ダーマディウスを討ったヴァンだった。
彼が何故こんな無謀な策を実行に移したのか。話はこの数時間前に遡る。


「おい、生きてるか?」
夜明け前、ヴァンは鼾をかいて眠るグラガドリスの部下を叩き起こした。
彼の怪我は出血こそ派手だったものの、致命的な傷は負っていなかった。
「んあ・・・・・・。なんですか?」
「昨夜の作戦あるだろ?お前が囮になるって作戦。あれ、やっぱ無しだ」
「無しって・・・・・・。どういう事っすか!?」
「お前、意外とピンピンしてるじゃねぇか。なら、わざわざ命捨てる事も無いだろ?」
ヴァンは何処からか拾ってきた2枚のボロ布の片方をダーマディウスから奪った槍に巻き出す。
そしてもう片方を身体に纏う。ダーマディウスの外衣の様に。
「はい、一丁上がり。後は馬にでも乗れば完璧だな。門番だって通してくれるだろうよ」
「え?・・・・・・いや、そうっすね。うん」
グラガドリスの部下には、ヴァンの姿はダーマディウスではなく乞食か何かにしか見えなかった。
しかし、疲れているはずなのに妙に目を輝かせるヴァンを彼は止める事が出来なかった。


その結果がこれである。
「あーあーあー。結局こうなるのかよ」
立ち塞がる儀杖兵達は、武器を構えながらもその顔には恐怖の色を浮かべている。
ダーマディウスを倒したという事実は、それ程までに脅威的な事なのだろう。
それに気付いたヴァンは口元に笑みを浮かべる。
「なら良いさ。勝手に通らせてもらうぞ!!」
ヴァンに脇腹を蹴られ、馬は高く嘶いて前へと駆け出した。
その上に乗るヴァンは使った事の無い槍を出鱈目に振り回して兵達の間を突き抜ける。
「うわ、本当に行っちまったよあの人・・・・・・」
何から何まで無謀なヴァンを見送りつつ、グラガドリスの部下は彼の言付け通りにその場を去る。
「・・・・・・どうか、無事で居てくださいよ」
そう呟いて、彼は雑踏の中へと姿を消した。
聖堂へと続く門を無視して、馬は階段を駆け昇る。
立ち塞がる兵達はヴァンの振り回す槍がダーマディウスの物と気付くや否や引き下がる。
やがて塔の頂上に辿り着いた所で、ヴァンが馬の手綱を引っ張りその脚を止めさせる。
「ご苦労さん。・・・・・・ちょっとそこで待ってろよ」
ヴァンが鬣を撫でながら協力してくれた馬を労う。
香の匂いの漂う列柱の回廊を奥へと進む。
その途中、ヴァンの視界が霞み、意識が遠退き、膝から床に崩れ落ちた。
ヴァンの身体に蓄積されたダメージと疲労は限界に近かった。血も大量に失ってそのままだ。
「・・・・・・まだ、くたばれ無いんだよ」
ふらつく足元に苛つきながらも、列柱に手を付き倒れるのを堪えて更に進む。
やがて小部屋へと辿り着いた彼が目にしたものは。
陽光に白む石造りの壁。大理石の床。石の寝台。そして、外を見下ろす女。
いつか見た夢。それと寸分違わぬ光景だった。

 

 

Ruina 廃都の物語 ~ fated child, undecided fate ~
第20話 忘却 ― きおく ―

 

 

「・・・・・・退屈じゃ。そうは思わぬか?」
女は息を荒げるヴァンの方へと振り返り、彼の元へと歩み寄る。
美しい顔をした女だった。だが、それ以上の違和感がヴァンを襲う。
銀の髪、白い肌、真っ赤な瞳。どれもヴァンにとっては見知ったものだ。
それらはすべて、彼自身のものと同じだった。
「妾の顔に、何か付いとるのか?」
女は首を傾げて彼の顔を覗き込んだ。
「・・・・・・いや、なんでもない。あんたがユリアか?」
「なんじゃ、知っておったのかい。・・・・・・それにしても、酷い有様じゃな」
ユリアは全身傷だらけ、顔色も青白いヴァンにそう告げ、石の寝台を指差した。
「色々と用はあるのじゃがな。まずは傷を癒してやろう。そこに座っておれ」
用がある。それはヴァンにとっては妙な事だった。彼は彼女に用がある。
しかし、彼女が自分に用があるというのはどういう事なのか?
まるで、ヴァンがここに訪れる事を知っていたような。
そんな疑問が、いつか感じたこの塔からの視線の記憶と共に浮かび上がる。
「どれ、まずは服を脱ぎや」
「は!?・・・・・・まぁ、良いけどよ」
「下も全部、すっぽんぽんじゃぞ」
「・・・・・・これもか?」
以前見た老人の事を思い出し、ヴァンはズボンを下ろして下着を見せてみる。
「なんじゃそれは?それも脱ぎ」
「・・・・・・勘弁してくれないか?」
「遊んでそうな顔しておいて、何を初心な事言っとる。・・・・・・ほれ!!」
そう言ってユリアは、ヴァンのズボンを下着ごと無理矢理引き下ろした。
「なななななな何しやがる!?」
「おお、ご立派様じゃな」
ヴァンの股間にぶらさがる逸物を見て、ユリアはからかう様にそう笑う。
「・・・・・・帰りてぇ。ホルムに帰りてぇ」
やられたい放題のヴァンは目に涙を浮かべてそう漏らす。
「安心せい。話す事話したら、すぐにお主を帰してやろう」
「帰す?帰すって・・・・・・。知ってるのか!?過去から帰る方法を!!」
「まぁ、まずは治療じゃ。話の途中で眠られては敵わんからの」
結局、ヴァンは彼女に為されるがまま、治療を終えるのを待つしかなかった。


「ほれ、これで楽になったじゃろう」
傷の痛みも、身体の疲れも確かに癒えていた。・・・・・・しかし。
「魔法使っただけじゃねぇか!何処に脱ぐ必要があったんだよ!!」
ズボンに足を突っ込みながら、ヴァンがユリアの仕打ちを非難する。
「一応、傷の具合も見ないと駄目じゃろう。全身打撲と肋骨にヒビ、それと脚の傷と軽い怪我。以上!」
「それ位、自分でもわかる。傷の縫い直しとかはしちゃくれないのか?」
「だって妾、縫い物とか苦手だもん」
「可愛い子ぶってんじゃねぇ!!・・・・・・もう良い。教えてくれよ、あんたの知ってる事全部」
「まぁ、その前に。そなたは何故、そんな身体を引き摺ってまでここに来た?」
「・・・・・・遺言を届けに来た。パッポスって男が、あんたの事を愛していた。そう言っていた」
「ふーん・・・・・・。そうかい」
ユリアの余りにもそっけない態度はヴァンの癪に障った。ただ、それを咎める資格は彼には無い。
「・・・・・・さぁ、あんたの番だ。何故俺はこんな所に居る?あんたは何なんだ?あんたは俺の何を知っている?」
「一遍に訊くでない。・・・・・・妾は初代皇帝を祀るこの神殿の斎宮・・・・・・。皇帝家の血統を継ぐ巫女じゃ」
皇帝。とある名前と共に何度も耳にしたその言葉。
「・・・・・・タイタスを祀る神殿って事か?」
「まぁ、そういう事じゃ。厳密にはタイタス一世、始祖帝とも呼ばれておる皇帝を祀っておる」
「妾はそんな血を引いてしまったばかりにこの神殿に押し込められてしまった。
 いずれはこの地下の化け物の嫁となる運命じゃった」
「今は違うのか?」
「うむ。その日が来るより早くこの国は潰れてくれた。本当に清々したわい」
「潰れたって・・・・・・。まだこの街は賑やかだし、兵隊だって居るじゃねぇか」
「頭が潰れた、とでも言うのかのう。妾の叔父上・・・・・・今の皇帝は狂ってしまっておるじゃろう?
 そんな者に統治など出来やせん。だから、もう潰れておるに等しいのじゃよ」
「・・・・・・なら、あんたはどうしてまだここに居るんだ?」
「化け物の嫁にはならずに済んだが、叔父上や先祖の企みやらに巻き込まれてしもうた。
 結局妾はいつまでもここに閉じ込められる事になったのじゃ。とある役目を与えられてな」
「その企みってのは何だ?」
「・・・・・・そなたは、ここがどういう所か知っておるかえ?」
「・・・・・・ずっと昔のアルケア帝国。信じたくないけどな」
ヴァンの答えを聞いて、ユリアは予想通りといった表情で微笑む。
「意外に夢見がちじゃな、そなたは。ここは過去でも現在でも無い。・・・・・・この世では無いのじゃ」
「この世じゃないって・・・・・・。何だよ、それじゃあここは天国か?いや、地獄か。地獄なのか?」
「それも違う。・・・・・・この都はとうに死んでおる。そなたに遺言を預けた者も、兵士も、町人も。
 ・・・・・・妾もそうじゃ。この都の者は皆等しく死人じゃよ」
「全く話が見えねぇな。つまりここは何なんだよ?」
「・・・・・・この街は明日から降り続ける大雨に飲まれて滅びる。しかし、それを皇帝はひどく恐れた。
 だから彼奴は、生と死の狭間にある忘却界(リンボ)という領域にこの都を移したのじゃ。
 都も民も、すべてそっくりそのままな」
「移すって・・・・・・。この街全部を、その忘却界とやらにか?」
「そなたも見たじゃろう?水晶の中で眠り続ける人柱を。人柱達は夢を見続けておる。
 忘却界へと通ずる夢を。ここは、人柱達の夢の中なのじゃよ。三千年以上も繰り返される夢じゃ。
 滅びの数日前を永遠に繰り返す夢の世界。どうじゃ、退屈な世界じゃろう?」
「・・・・・・ここがどういう所かはわかった。・・・・・・とりあえずはな。それで・・・・・・」
「あ、ちょい待ちや」
自身の疑問を解決するべく喰いかかるヴァンをユリアが制する。
「どうした?」
「喉が渇いた。そこに水瓶があるじゃろう?ちと汲んできておくれ」


「・・・・・・別にお客様扱いしろだなんて言わないけどよ。何この仕打ち」
愚痴をこぼしつつも、ヴァンは水瓶から柄杓に一杯の水を汲み上げ、それをユリアに手渡す。
彼女はそれを一口含み、ひとつ息を付く。・・・・・・そして、何やら物欲しげな視線に気付く。
「なんじゃ、そなたも欲しいのかえ?」
「昨夜、雨が止んじまった所為で水の一滴も飲んでないんだ。飯だって碌に喰ってないしな」
「そうかそうか」
ヴァンに柄杓を差し出そうとしたが、ユリアはその手をピタリと止める。
「・・・・・・どうした?」
「口移ししてやろうかえ?」
「結構だよ!!」
くすくすと笑うユリアの手からヴァンが柄杓を引ったくり、一息に飲み干す。
「あ、妾の分まで!」
「細かい事気にすんなよ。・・・・・・まず、質問というか確認だけどよ。
 この都は滅びて、またその何日か前に遡るんだよな?」
「そうじゃ」
「って事はだ。・・・・・・死んだ奴も、一旦この都が滅べばまた蘇るのか?」
「まぁ、そうなるのう。因みに、妾と皇帝の一部の部下以外は記憶も元通りじゃ」
グラガドリスの遺言を届けにここまで来たヴァンの努力は、その一言で水泡に帰した。
「・・・・・・とんだ無駄骨じゃねぇかよ、畜生」
「ご苦労様、といった所かのう」
「ったく・・・・・・。じゃあ次、なんで俺は・・・・・・俺だけがここに来ちまったんだ?」
「・・・・・・それがそなたの運命だったから。妾からはそれ位しか言えないのう」
「何もったいぶってやがる。知ってるんなら教えてくれよ」
「そなたは甘えん坊か!・・・・・・自分の運命は、自分で受け止めるんじゃ。自分の事は自分でせい!」
その一言に、ヴァンは先程彼女が課した仕打ちへの疑問と共にある事を思い出す。
泣き喚く自分やパリスにそう言い聞かせた、母の記憶。
「・・・・・・ふざけた事言いやがって。もういい、わかった。これ以上は訊かねぇよ」
「うむ、良い子じゃ」
「・・・・・・これが最後の質問だ。本当はまだまだ訊きたい事だらけだけどよ」
「どうすれば帰れるか、じゃろう?」
「わかってるじゃねぇか。・・・・・・それも自分でどうにかしろってか?」
「そう言いたいのは山々じゃがな。・・・・・・この寝台に横になれ」
「・・・・・・こうか?」
言われるがままに、ヴァンは腰掛けている寝台にごろりと寝転がる。
「妾は夢見の司。予言を求める輩に予知夢を見せるのが妾の役目じゃった。
 ・・・・・・そして、この夢の世界に閉じ込められた者を現世に送り返す事」
ユリアはヴァンの枕元に座り、彼の額に触れる。
「現の夢を見せてやろう。夢の中で眠り、現を夢見るのじゃ」
額に触れる手の温もりに、ヴァンは彼の意志などお構いなしの睡魔に襲われる。
「我等にとっての夢が、そなたの現実。行って為すべき事を為すがいい。
 ・・・・・・そなたが運命に屈せぬ様、妾はここで見守ろうぞ」
瞼は否応無しに降りてきて、視界は黒一色に塗りたくられる。
「おやすみなさい。運命の御子よ」
薄れ行く意識の中で、ヴァンは彼女の最後の言葉を聞いた。


廃墟の中の一室でヴァンは目を覚ました。埃を被った石の寝台の上で。
そして、ユリアが彼を見下ろしていた。ミイラとなり、すっかり変わり果ててしまったユリアが。
「・・・・・・ユリア」
彼女の名を呼び、その頬に触れようと手を伸ばす。
しかし、彼女の遺体はヴァンの掌が届くより早く砂の様になり崩れ去った。
「・・・・・・ったく。言いたい事ばっかり言いやがって。結局余計に訳がわからねぇよ」
砂になった彼女の身体を握り締め、ヴァンは寝台に拳を打ち下ろす。
「運命の御子だ?いつから俺はそんな大層なモンになったんだよ」
寝台の脇には、ダーマディウスから奪った槍が落ちていた。
それは夢の世界にあったのと同じく、青白い光を放っている。
その柄に恐る恐る触れてみるも、掌が凍る事は無かった。
槍を掴み取って、廃墟となった神殿の階段を降りる。
やがて夢の中では気付かなかった地下へと降りる階段がヴァンの目に止まる。
ユリアの言っていた、地下の化け物とやらが居る場所へと続いているであろう階段だ。
しかし、階段は数段降りた先の小さな石室で行き止まりとなっていた。
どこまでも深く、しかし透き通った蒼色の壁。その中で何かが蠢いている。
原始的な生物が次々と姿を変えていく。何かが生まれては何かが滅びる。
「・・・・・・こんな所にいる場合じゃないな。早く、帰らないと・・・・・・」
仲間達の心配する顔が目に浮かぶ。仲間達に怒られる自分の姿が目に浮かぶ。
いつか見た、廃墟の道を阻む黒水晶の障壁は何処にもなかった。
遮る物の無い廃墟を歩いていく。姿こそ変われど、ここは紛れも無くアーガデウムだった。
宮殿へと続く坂に作られた階段の前には、白い光を放つ魔法陣が描かれていた。
「・・・・・・またあっちに逆戻り、なんてオチは嫌だぜ?」
魔法陣の中にヴァンが片足を突っ込む。次の瞬間、彼は眩い白に包まれた。


ヴァンが辿り着いたのは遺跡の入り口。滝の洞窟の中の泉だった。
「・・・・・・帰れるんだ。やっと・・・・・・」
安堵と共に、ユリアの魔法では癒し切れなかった傷の痛みがヴァンを襲う。
「っはぁ・・・・・・。まだ倒れるなよ?せめて、外に出てからだ・・・・・・」
槍を杖代わりにして、よろめきながらも光の射す方へと歩を進める。
そして、ヴァンは遂に辿り着く。
見知った風景。ホルムへと続く森の中。
「・・・・・・ヴァン?」
見知った顔。目を見開いて驚くネルやパリスの顔。仲間達の顔。
「・・・・・・ただいま」
彼等の顔を見て、緊張の糸が一気に切れた。
ヴァンは力無い笑顔のまま、地面へと倒れこんだ。

 

第20話 忘却 ― きおく ―  了

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