2019年10月13日

秋出水

今日は快晴。台風の一夜が明けて、甚大な被害が明らかになりつつある。被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げる。高台にある寓居は幸い無事だったので、昼下がり、散髪に出掛けると、水戸市内を流れる那珂川の支流が氾濫し、常磐自動車道の水戸北インター周りが浸水していることを聞いた。後でツイッターを見てみると、インターの傍にある大きなホームセンターが水没する報道写真が掲載されていて、ショッキングであった。

信濃なる千曲の川のさざれ石も君し踏みてば玉と拾はむ 巻14 3400番歌

「信濃の千曲川の小石も、あの方が踏んだのなら、玉と思って拾いましょう。」 千曲川が決壊し、長野市が浸水していることや、川岸が削られて上田電鉄の鉄橋が崩れていることや、二年前に宿泊した鹿教湯温泉への道路が陥没していることを、氏の息子さんのフェイスブックで知った。そして、長野市にある長野新幹線車両センターに待機していた車両が浸水し、今後の運行に影響が出ることをツイッターで知った。また、佐久ご在住の土屋虹魚さんもご無事であることをフェイスブックで知った。

中麻奈に浮き居る舟の漕ぎ出なば逢ふことかたし今日にしあらずは 巻14 3401番歌

「あの岸辺に浮いている舟が漕ぎ出したら二度とあの方にお逢いできないから、今日だけでもお逢いしなくては。」 テレビのニュースに比べると、ツイッターやフェイスブックの情報は早くて細かいことを、このたび思い知った。水戸市内の浸水は、朝のテレビ・ニュースには無かったが、夕方のニュースでは報じていた。

唐衣裾に取り付き泣く子らを置きてぞ来のや母なしにして 巻20 4401番歌
信濃国防人部領使国造小県郡他田舎人大島

「唐衣の裾に取り縋って泣く子らを置き去りして来てしまった。母親もいないままに。」防人部領使は、防人を引率する役人のこと。大島は役人の名。今は上田市に編入された丸子は、もともとは小県郡にあった。小県郡は万葉の時代以来の古い地名であることがわかる。

信濃路は今の墾道刈りばねに足踏ましむな沓はけ我が背 巻14 3399番歌

墾道は「はりみち」と読む。「信濃路は新しく切り開かれたばかりの道。ささくれた切り株に足を踏んだりしませんように、沓をお履きなさい。」 来月の東京句会での皆様との再会を祈念している。

valery2006 at 23:39|PermalinkComments(0) 短歌 

2019年10月12日

野分

台風の影響で風雨が強まりつつある。交通機関の多くは計画運休をしている。

道化師の化粧崩れや葉鶏頭 田代青山

ルオーが描く道化師は控え室で憂愁な表情を浮かべている。化粧崩れが葉鶏頭に通じている。人生の不条理が背景に感じられる。

神奈備山正面にして月祀る 上田和生

月祀るという季語には、伝統的な奥床しさがある。中七に作者の心意気がある。

戦争はしづかに来ると秋の雨 尾関くに子

社会や経済の仕組みが行き詰まると、20世紀は戦争になった。21世紀は戦争に寄らずに、行き詰まりを解消する政治が問われている。

吾子抱かれ誰似誰似と秋彼岸 廣渡 好

秋彼岸が効いている。「今朝秋や見入る鏡に親の顔 村上鬼城」も秋の句である。

静かなり二百十日の日曜日 小林京子

初見は東京句会。上五でユニークな句になっている。もっと大胆な句が出来そうな気配がある。

秋の雲字引新に誕生日 水田 広

文学の志を新たにした思いが、秋の雲に感じられる。「秋の雲立志伝みな家を捨つ 上田五千石」と同様、秋の雲には風狂がある。

壊れゆく春夏秋冬今日の月 安藤風子

日本近海の海水温が上昇し、亜熱帯性気候になりつつある。中七に春夏秋冬と置いて、座五でどのように収めるかが腕の見せ所である。

呟きを問はれてをりぬ昼の虫 矢島渚男

今日は終日、書斎に篭り、第一句集の原稿に手を入れようと思う。一つは、編年体の原稿を逆年順に並べ替えること。もう一つは巻頭句を決めることである。「玉石の弁」に、啓発されたと書いて頂いたので、あの句を巻頭にしようかと思っている。



valery2006 at 08:48|PermalinkComments(0) 俳句 

2019年10月10日

台風19号

 今日は快晴。爽やかな一日で、半袖のシャツで過ごすことが出来た。台風19号が近づいている。早ければ、明日の夕方から二、三日は暴風雨が予想されている。皆様の御無事を祈念している。

末枯れの風情の妻よ月祀る  戸川克巳

 俳誌『梟』十月号を読む。昔の人は先生の自宅へよくお邪魔していたのだなあと感心する。現代では、この風習は余り行われていないように感じている。なぜだろうか。やはり、世の中が忙しくなったからだと思う。

人の来る敬老の日の獣道  戸川克巳

 この句のような敬老の日は、なかなか置けない。老人会のハイキングなのだろうが、老人たちの来し方が獣道に重なって見えてくるところが面白い。

脚を組み替へると海が減る九月  小川真理子

 海で謳歌した夏の恋が終わってしまった感慨であろうか。脚を組み替へるを意訳すると、髪を切るこころに通じる気配がある。

子を生さぬわれ哺乳類木の実踏む  宮川由美子

 凄いなあと思う。これほどの迫力のある句は、なかなかお目に掛かれない。哺乳類を入れることにより客観性を担保して、私事とバランスを取っている。

無花果を割ればじんわり花の跡  須賀 薊
無花果の内部に宇宙秩序あり 倉田明彦

 東京句会では無花果の話が盛り上がって、なかなか愉快であった。花の跡という収め方がかっこいい。

タピオカのミルクティー手に秋暑し 岸田雨童
秋暑しタピオカ啜り合ふ二人    大迫弘昭

 最近、タピオカが流行していることを小生は俳句に教えてもらった。二句とも秋暑しなのは、残暑が厳しかった証左であろう。秋暑しより、もっと面白い季語が見つかる予感がする。

赤き実のその名を聞けば牛殺し 原 雅子

 調べてみると、鎌柄(カマツカ)という木の別名らしい。「鎌の柄に利用されたのと同じ理由で、堅くて粘りのある性質を利用し、たわめて輪っぱにして、牛の鼻輪を作った」とある。また、「馬と同様、牛は鼻輪を付けられた途端、おとなしくなる。牛殺しの「殺し」とは、手なずけるという意味」らしい。新しい季語の予感がする。

雲開きゆく有明の月明かり 金子光利

 和歌で詠まれた世界が広がっている。代表句の予感。

掌に隕石ずしり沈み秋 矢島渚男

 秋がよく効いている。

















valery2006 at 21:23|PermalinkComments(0)

2019年10月09日

野紺菊

 今日は快晴。夏日手前まで気温が上がったものの、爽やかな一日であった。夜空には、レモンのかたちの月が上がっている。

片山の冬木林にしばらくを夕日沁むときこころ傷みす 吉野秀雄

 「伊香保厳冬」から一首を引いた。先日、上州へ吟行に出掛けた。榛名湖に臨む丘に吉野秀雄の石碑が建っている。刻まれている歌は達筆なため読めない。さういへば、歌人は富岡生まれで、高崎に育ったことを思い出した。名前は知っているが、歌は余り知らなかったので、出来心で、彌生書房の「定本 吉野秀雄全歌集」全三巻を手に入れてしまった。目次を見ると、旅吟が中心になっている。

鳥毛立女屏風に垂りしかの藤が千年の藤と老いてかも咲く 同前

 「南京紫藤」から引いた。詞書には「飛火野にて」、とある。「鳥毛立女屏風」は「とりげたちめびょうぶ」と読む。「千年」は「ちとせ」と読む。屏風に描かれた藤と飛火野に咲く藤を重ねている。あの屏風絵に藤が垂れているとは気づかなかったが、調べてみると、藤らしきものが木から垂れている。師事した会津八一の影響からか、奈良の名所での作品も多い。また、会津八一と同様、書も優れている。

  信州姨捨晩春
姨捨は春もさびしよ冠着の嶺ゆく汽車の笛ひびき来て
をばすての山の上より空刺して桂の若葉萌えよろひけり
立ち岩の天の姥石蔽ふかに月読桂みどりかざしつ
姥捨の棚田を植ゑむ夏にしてまづしく暗し小田の水明り

 「冠着」は「かむりぎ」と読む。姨捨には今年の六月に吟行に出掛けた。棚田には苗が植えてあり、畦には靭草やマーガレットが咲いていた。また、桂の木も観た。詩心を誘う桂の木で、やはり、吉野秀雄は歌にしていたと、納得している。

わが敷ける熊の毛皮に冬日さし粗毛の尖きに金色生まる  
月かげを殊にさやかに受けつるは竹煮の草の裏葉なるらし 

 これらの歌には、写生を重んじた歌人の心意気を見る思いがする。吉野秀雄の歌は分かり易く、親しみやすい。当時は人気歌人だったようだが、最近では、取り上げられることが少ないようである。

  詩人池田克巳の葬儀に際して
み吉野の峡に生れて相模のや海べに君が一生終りき  

 「弔歌」から引いた。交友関係から生まれた歌も多い。折口信夫、会津八一、松本たかし、上村占魚、山崎方代等、の歌がある。

  折口信夫博士哀悼 
  九月六日、告別式の折に
悲しみの底ひより湧くいつくしみ吾が如きにも惜しまざりにき 

  山崎方代君しばしば来訪す
血走れる君がまなこは戦傷のためと今日聞きわれ畏まる   
交りて数年経つに戦傷の故の人相と君言はざりき      
来ればする失恋ばなし種尽きずわが方代はかなしかりけり  
無頼の徒ときめてあしらひし頃ありき心に消して君が面を観る

 山崎方代は、吉野秀雄に歌を教えてもらったそうである。人の縁の不思議を思う。

  松本たかしを悼む
  五月十一日逝去、十三日告別式。余病床に在
  りて自らは葬送することかなはず、ひとり歌
  を詠みて哭す
芥子咲けばかならず病むと嘆きしが病めば癒ゆべみ恃みしものを 

  















valery2006 at 21:14|PermalinkComments(0) 短歌 

2019年10月08日

銀杏と医師

ラグビーのワールドカップで、日本が三連勝したので、何となく、気分が明るい。

ぎんなんを焼きてもてなすまだぬくし  星野立子

 街路樹の周りでは銀杏が落ちている。炒った銀杏には、ぬる燗が合う。

銀杏拾ふ外科医にて今日若き母  加藤楸邨

 外科医の俳句は珍しい。この外科医は誰なのだろうか。

あぢさゐや夢にはいつも医師の父  水原春郎

 医師の父が、水原秋櫻子であることは、言うまでもない。秋櫻子忌は、紫陽花忌ともいうらしい。

医師探す知らぬ街角冴返る  加藤知世子

 医師が句によく坐っている。

医師牧師癩者栗咲く道をゆく  村越化石

 栗咲く道に、深いものを感じる。

夜の薄暑チェホフもまた医師なりし  水原春郎

 そうだったのかと感心する。

手術後の医師白鳥となる夜の丘  金子兜太

 難解句。鑑賞は読者のみなさんに任せよう。

春光に君見る医師の眼もて  相馬遷子
春寒し医師招かれて死の儀式  同前
春暁と思ひ寝ざりし医師と思ふ  同前
木瓜の花自然治癒力を医師も俟つ 同前
梅に問ふ癌ならずとふ医師の言 同前
長病みの医師こそかなし韮の花 同前

 医師の句というと、相馬遷子を思い出す。季語の斡旋が素晴らしい。

鯛焼の順を待ちをり田舎医師  堀口星眠

 面白味のある医師の句もある。


















valery2006 at 18:52|PermalinkComments(2)

2019年10月04日

木犀

十月になり、寓居の隣家の庭には、金木犀が咲いている。今日は上弦の月で、しばらく夜空を眺めていると、月よりも夜の雲にこころを奪われた。

人稀に月光をくる菊供養  大野林火

 連載「現代俳句を読む(35)」の下書きをする。取り上げる俳人は、今のところ、山口昭男、嶋田麻紀、永瀬十悟、加藤かな文、太田土男、の五氏である。何か論点が欲しいところだが、なかなか、見つからない。

渋柿たわわスイッチ一つで楽湧くよ 中村草田男

 因みに句を引用した俳人は、引用順に、森 澄雄、正木ゆう子、高濱虚子、芝 不器男、品川鈴子、長谷川 櫂、矢島渚男、飯田龍太、鈴木六林男、櫂 未知子、の十氏である。引用句が多くなったのは、秋が深まったためかもしれない。

みすず刈る秋や浅間の貝割菜 石塚友二

 久しぶりに第一句集の句稿を改める。編年体にしているが、迷っている。近作の方が、初期の頃の句よりも良くなっていることが大きい。飯田龍太の第一句集『百戸の谿』は逆年順。巻頭句は、よく知られたつぎの句である。

春すでに高嶺未婚のつばくらめ  飯田龍太

 颯爽として、かっこいい。さて、巻頭句をどうするか。手元には、いい句を持ち合わせていないので、これから作ろうと思っている。

落し水身ぬちを抜けてゆきにけり 萩原麦草

 週末は、巻頭句を作りに、吟行しようと目論んでいる。




 

valery2006 at 21:47|PermalinkComments(0)

2019年09月29日

秋果

虫の声は盛りを過ぎ、曼珠沙華が今、花盛りである。

春泥の乾くまひるま足跡をめくりゆく神あらむ静けさ 福井和子

招待券を頂いたご縁で、芭蕉展へ出掛ける。今年は、芭蕉が1689年3月下旬におくのほそ道の旅をはじめて330年の記念の年らしい。正午過ぎに会場に入ると、予想以上の人混みに閉口する。

三日三晩同じ講座を受講せし姉のやうなる人を慕ひぬ 萩岡良博

ふる池の句の短冊と懐紙を見る。連綿の伸びやかな線が、穏やかに纏まっている。端正な書であり、線に無欲な美しさがある。近年、古池の句の解釈をめぐり、俳人たちが持論を展開している。この句に注目が集まるのは、蕉風開眼の句と位置づけられているからである。古池に蛙は飛び込んではいないとする説まで飛び出している。

ふるさとは石楠花の花咲く頃か父の植ゑたる木の名を記す 稲川信恵

 発句自画賛「蓑虫の音を聞きに来よ草の庵」は、門人の訪問を促すために、「来よ」のみ一行に分けて書かれている。この書き方は、同じ会場に展示されていた「西行物語絵巻 詞書 烏丸光廣、画 俵屋宗達」に「津の国の難波の春は夢なれや葦の枯葉に風わたるなり 西行」の一首が、「あし」のみ一行に分けて書かれているのに、類似している。絵巻は1630年制作であり、芭蕉(1644ー94年)は時間的に見ることは可能である。

なにひとつ成すこともなく白雲に向きて斃れぬ向日葵さかり 喜多弘樹

 発句画賛「かれえだに」は、書が松尾芭蕉、画が森川許六で、なかなかの出来栄えに感心する。森川許六は、絵を狩野探幽の弟で奥絵師の狩野安信に学んだという。芭蕉は絵を許六に学んだ。許六の「百華賦」には、色がなつかしく、親しみやすい絵が描かれている。こういう絵を見ると、子規のように、絵が描きたくなるのが人情だろう。

ちぬ鯛の陸揚げされし港には小舟に大漁の旗がひらめく 熊岡悠子

 伝 西行の中務集を見る。伸びやかな線が流麗な筆致であり、月のひかりが澄みとおるようにも見えてくる。芭蕉はこの書を意識していたのかもしれないと想像を逞しくする。展覧会には、与謝蕪村の「山水図屏風」と「奥之細道図 巻下」も展示してある。蕪村の筆は俳諧調で、時代のやや退廃的な粘りがある。

わが肩に体重をかけ歩みたる人を聖なる鹿と思へり 森島峰子

 展覧会の会場の出口には標識が立っている。右は陶片室、左はルオーとある。ルオーの部屋に入ると、ピエロや女性の肖像画と宗教画が展示してある。ピエロや女性を描く鮮やかな色遣いと緑や青を基調にした昏い背景が調和しており、しばらく眺めていると、こころが癒される思いがした。
















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2019年09月28日

秋雨前線

台風が過ぎて、秋が深まりつつある。夏の暑さの疲れからか、目にはジョルジュ・ルオーのサーカスの絵画。耳にはサミュエル・バーバーのアニュス・デー 作品11の合唱。耳目は、それぞれの癒しを求めて旅をしている。

昼寝より恥ぢつつ覚めぬ夕の部屋虚しきまでのあかるさに充つ 宮 柊二

「恥ぢつつ」という感情には、戦中派の生き残ってしまった申し訳なさや、生きるうえでの使命感が背景にありそうである。明るき寂寥が歌の主題である。

みづからの血の逆流るる音のして寂しき夜半と目瞑りてゐたり 同前

釈迢空の歌に親しんでから、宮柊二の歌を読むと、その声調のためか、日常的で身近な安心感を覚えることが多い。声調のほかに、歌の内容が平明に伝わってくることが大きい。歌に含みを持たせつつ、平明に表現することは、歌を読むほどには簡単ではない。それが作歌の醍醐味の一つであるが、そのためには、どうしても他者なるわれに歌を読んでもらう必要がある。

春晩く五月のきたる我が郷や木々緑金に芽吹きわたれる 同前

郷は「くに」と読ませている。拙歌は歌誌「ヤママユ」の緑金集に収められている。評に取り上げられる拙歌は分かりやすく、しかも、俳諧味を伴うものが多い。葉書や電子メールやLineに引いてくれる拙歌も分かりやすく、声調の整ったものが多いようである。作者としては、自信作を引いて欲しいが、そのような歌は得てして平明ではなく、表現が暴走していることが、後になってから分かるのである。

蠟燭と燐寸を前に用意して風吹く夜に何も為ずをり 同前

平明な言葉で狂気を歌に詠んでみたい。そんなことを思わせる歌である。ただ平明過ぎてもの足りなく感じる。前川佐美雄の鬼百首の世界に憧れるが、なかなか真似が出来るものではない。二十年ほど前に作った拙歌を読むと、狂気を捉えようとしながら表現が未熟なため、今の私からみると、平明に伝わらない歌が多い。今秋は、それらの歌を推敲しようと思っている。





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2019年09月23日

ねむりの果て

台風が来ている。暴風雨になりつつある。静かに読書を愉しむ。

たましひは舫ひ解かれてただよへりながくながく夕陽を見つむ 小谷陽子

加藤楸邨のエッセイ「熊谷守一の書について」を読む。良い書には顔があるという。高村光太郎も同じことを書いている。
絶えて久しい知人からなつかしい手紙をもらつたところが、以前知つてゐたその人の字とは思へないほど古法帖めいた書体に改まつている。うまいけれどもつまらない手紙の字なのに驚くやうな事も時々ある。しかしこれはその人としての過程の時期であつて、やがてはその習字臭を超脱した自己の字にまで抜け出る事だらうと考へてみづからを慰めるのが常である。
高村光太郎 「書について」

しばらくを分かれふたたび相寄りぬ中洲といへるこの世の時間 同前

さる出版社からシリーズの一冊として歌集出版のお誘いの手紙が届いた。おそらく所属結社のどなたかが紹介して下さったのだろう。ありがたいお話なので、二十年間にわたり歌誌に掲載された拙歌をこの機会に見てみると、拙歌には顔がないことに気がついた。決して上手くはなく、つまらないのである。

うたびとの額を寄せあふ「宝の家」のめぐりはあをきあをき月の出 同前

小生の歌の師である前 登志夫の歌を見てみると、第一歌集『子午線の繭』の巻頭歌から顔がある。ただ歌の文体や書法には、古今東西の詩の影響が渾沌としている。歌の肌合いのざらつきに魅力がある。つぎの『霊異記』には釈 迢空の影響が見られ、歌の書法にばらつきが少なく、整っている。ただ、迢空の形を借りながら、荒ぶる魂が独自の姿に定着した歌もある。そして、第三歌集『縄文紀』に至り、歌の書法に落ち着きが出ており、安定している。「山の樹に白き花咲きをみなごの生まれ来につる、ほとぞかなしき」に本当の顔を見る思いがする。この歌集で迢空賞を52歳で受賞している。

くれたけの節と節とのうつほには青空がみち月光が満つ 同前

学ぶことには真似る要素があるため、拙歌は前登志夫の書法を無意識のうちに借りて歌を作ってきた。従来の歌では上の句で叙景し、下の句で思いを述べるかたちが多いが、前登志夫の歌には、上下を逆さまにした歌が多い。初期の頃の拙歌はその影響を受けている。

求美即不得美
不求美即美也

「求められたり、求めなかったりする美というものは、頭の中で予測する程度の出来合いの美で、本当の生きてはたらいている美ではない 加藤楸邨」ということである。美と表出は一体であり、不可分である。求めて得られるものではない。歌の顔も同じである。顔のない歌を集めて出版する訳にはいかないので、今回のお誘いは、断ることにした。



valery2006 at 05:53|PermalinkComments(0)

2019年09月22日

吉野葛

今日は曇り。奈良歌会が始まる前に、葛切りと吉野葛の干菓子を頂く。寛永堂と書かれた黒塗りの漆器の蓋を開けると、黒蜜の入った器が見え、その器を取り出すと、氷水の中に葛切りが半透明な面を浮かべている。

春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ 前川佐美雄

黒蜜の中に葛切りを泳がせると、春霞が漂う。そして、無意識に大和や吉野の靄を想起させる。

紫陽花の重さを知っているひとだ 心のほかは何も見せない 大森静佳

吉岡実により装幀された前 登志夫第三歌集『縄文紀』の一連「鬼市」を読む。雪の闇や霜や靄の重さを知っている人だと思う。本当に歌いたかった内容を持つものは、抄出の歌集には収められていない。思想詩が叙景歌とマリアージュした声調は、一読して、本心を読み取るのが難しいからである。

黒塗りの昭和史があり鉦叩 矢島渚男

葛切りを食べ終えて、残りの黒蜜を眺めていると、歴史の闇、ひいては、人間が生きる為に持ち合わせている闇が感じられ、闇の中に澄みわたる鏡の趣きを漂わせている。いつしか、葛切りと黒蜜を収める黒塗りの漆器は、定型の詩形に変容していた。

〈在る〉ものは何かを裂いてきたはずだつるつると肉色の地下鉄 大森静佳

第二句と肉色から、戦後、占領下で発生した下山事件を想起した。この未解決事件は、松本清張著『日本の黒い霧(上)』にて推理されている。推理小説を読むような面白さがある。

地下鉄の赤き電車は露出して東京の眠りしたしかりけり 前 登志夫

上の句は前川佐美雄のからくれなゐの歌の寂しさの影響を受けている。「露出」とあるので、鬼市の歌に出てくる「拒みたる快楽」の喩と解釈することも出来るだろう。


valery2006 at 03:30|PermalinkComments(0) 短歌