2008年のリーマンショックにはじまる世界経済の不調以降、日本経済は復調の気配を見せない。
大学生や、就職後一年目のサラリーマンへの仕事に関するアンケートにおいて、「現在の会社に長く勤めたい」「年功序列的給与処遇の希望」など高度成長期に一世を風靡した日本的雇用への回帰を指す結果だったという新聞記事が印象的に残っている。

そこで、10代20代の日本の若年層の価値観の多様性がどの程度広がっているのか考えてみたい。
今回扱う「価値観の多様性」とは、「日本的雇用」と、「同一賃金同一労働を基本とする職業観」の差のことだ。(これ自体の着想は城繁幸「3年で辞めた若者はどこへ行ったのか」から得た)

日本的雇用では、雇用契約時に職務が決まっていない。(この日本的雇用については濱口桂一郎「新しい労働社会」を参考) それゆえ定期新卒一括採用で職業訓練を受けていない若年層を採用し、自社内で訓練を行ったあと、強制的に配属を行う。契約時に職務が決まっていない以上、職務で賃金を決定するのではなく年功や、勤務態度や意欲といった「能力主義」査定で給与を決定する。
反面日本以外の国での雇用慣行である「同一賃金同一労働」では職務を明確に規定し、その職務に合う人材を募集する。基本的に職務で給与は決定され、契約した職務以外は行わない。

城繁幸は「なぜ若者は3年で辞めるのか」に始まる連作で、日本的雇用に裏打ちされた「昭和的価値観」を痛烈に批判した。年功序列は、経済成長と人口増加が前提となっているシステムだ。入社する人間がピラミッド状に増加し、業績が増加してポストが増えることが前提となっている。

だが、上記のアンケートでは「年功序列的処遇」を希望している学生が増加傾向にあるというのだ。人口が減少局面に入り、産業構造の移転が終了してほとんど経済成長が見込めない日本において、これは一体どうゆうことか?

これはいくつかの要因が考えられる。
一つは教育制度の問題だ。日本は普通高校が高等教育の中で7割を占める国だ。被教育者は小中高大と偏差値競争に追われており、職業的な目標や価値基準を考える機会に欠けていることは否定できないだろう。
竹内洋は「日本のメリトクラシー」でこうした短期的な偏差値競争が、人生の長期的な目標を設定し、その達成手段として教育があるのではなく、より偏差値の高い高校、大学へと入学することが自己目的化していると評した。
上記のアンケートとすり合わせると現行の教育制度が変わらない限り、いくらIT化やグローバル化が進んでも職業的価値観は大きく変わらないのだという仮説が成り立つ。
経済環境が変化しても、教育制度と同時に連動性が高い雇用慣行が変化しないと、人々の職業意識は変化しないのかもしれない。
独立系ニュースサイト「Mynewsjapan」を運営する渡邉裕之の「35歳までに読むキャリアの教科書」
など、欧米型のキャリア構築を進める自己啓発本も存在するが、現在日本的雇用が居直っている日本では、転職はリスクだという認識が強いし、給与面でも実際そうだろう。

ただ、今後の経済環境は不確定リスクが多い。
日本経済は財政面で問題を抱えており、ここ数年後財政破綻した場合には1997年にIMF介入があった韓国のように、労働市場の自由化が起こる可能性がある。
それでなくとも、少子高齢化と途上国の製造業参入で経済成長が見込めず、GDPは右肩下がりにならなくとも、戦後のような高度成長は訪れない。

つまり、現在日本の従来の教育を受け、職業世界に足を踏み入れる世代は「成長が訪れないかもしれないが、日本的雇用の内側にさえ入り込んでしまえばなんとかなるだろう」という希望的観測のもとでしか、ほとんど職業人生を構築できないでいる。
結局日本的雇用の残滓にすがるしかない過度期の世代は、今後一体どうなるのだろう。