百人一首を全て覚えてみると、普段の情景と百人一首の中のある一首が連想されて目の前の情景をより鮮明にイメージとして心の中の心象として残すことができるという便利な道具を手に入れたということがわかった。 
 今はもう桜が散り始めているが、こういう場面ならば、久方の♪で始まる一首や花さそうなども小野小町も花の色はで始まるものもこういう季節に詠ったものなのだろうなと思われる。
 山の上で桜が咲いているのを見れば高砂ので始まる歌があるのだが、これが美しい山の上の桜の心象をより印象的なものとして心に刻みつけてくれるのに役立つ。 
 他には百人一首の中にも覚えやすいものと覚えにくいものとがあるが、なんでこういう違いがあるのかを考えるとやはり自分の中にもあてはまる思いとか共感できる思いがあるものなんかは覚えやすいことが分る。後は意味がちゃんとわかるということ、暗唱するだけになって意味をとれてない歌もあるのだが、こういうものは比較的わすれやすいようである。 
 韻を踏んでいるような歌も覚えやすい。ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもう故に ものおもうみは これなんてラップみたいでリズム感がいいから口ずさみたくなるような歌だなと思った。
 恋愛関係の歌が一番多いのだが、そして恋愛での歌も昔の人がどういう恋をしていたのか、どういう気持だったのかを知る上で興味があるが、人生観とかそういうものを詠ったものが私は興味を覚える。
 歳を重ねて、周りの知人たちも亡くなっていき知り合いがいなくなってしまった気持を、松を使って説明するところとか だれをかも しるひとにせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに
 世の中の移ろいを海原に例え、海人の船を自らに例えているような一首もある
世の中は 常にもがもな 渚こぐ あまのをぶねの 綱手かなしも
 自らが長く生きていくとどうなるのかどういう気持になるのかをうたったり
ながらえば またこのごろや しのばれん 憂しと見し世ぞ 今は恋しき
何百年も昔の人でさえこういう、昔は辛い世だと思ったことが今は恋しく思われるように、また長生きすれば、今現在のことも懐かしく忍ばれるのだろうなと歌っている。
何か今例え辛いことであったとしても歳を経て今のことを見てみると、つらいこともよかったなあと思われるのだろうかと想像を羽ばたかせることができる。
 感情の幅が広がると思われる。
というわけで百人一首という基本を覚えたことからさらに発展して今度は自ら歌をうたうことが大事であると考え、いまから次から次にうたをうたってみようと思う。
1 春先の 眩しき光 花々に ながくや色を たもちてもがな
2 人知らず 我すら知らず 日の下で 世すら知らぬ ねこになりたき
3 冬過ぎて 春来にけらし 花虫の あらわれわたる 花鳥風月
4 恋をせず 仕事もすすまん 金たまらん あなこの先や いかにせむ
5 散り際が 月のひかりに 照らされて ひとひらまるで 金貨のよう